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毒と健康は紙一重(7)


 一仕事が終わって飯を食って休んでると、すぐに次のステップがやってきた。

 気づけば俺たちはラウンジに招かれて、そこにはスカベンジャーズにシド・レンジャーズにセキュリティ・チームと大層な顔ぶれだ。


「まず結論から言わせてもらうよ。カジノを潰して囚われている人物を全て救出する、これが私たちの次の目標だ」


 そして壁のモニターを背にしたヌイスの開口一番がこれだった。

 画面いっぱいに表示される情報の数々は『救出作戦』という名前で一括りにできそうだ。


「ねえ……いきなりぶっ飛んでないかな? いや分かるよ、俺も女性がひどい目にあってるのは黙っちゃいられない性分さ。で、何をどうしたら例のカジノを潰す方向に移れるんだい?」


 俺の言いたい第一声は近くのエミリオが代わってくれたし、続く言葉もボレアスやサムがやってくれるだろう。


「んで、俺たちを呼んだってことはその目標とやらに参加しろってことだよな? 誘う相手を間違えてねえか思い直した方がいいんじゃねえか?」

「引っ越し業者の次は囚われのお姫様を救うヒーローに転職しろっていうのか。いいね、ささやかな我が家と意中の娘が揃ってた故郷に火を放ってやり直した俺にはうってつけだな」


 口から皮肉と不満がこぼれる二人が気の毒だ。ヌイスが構わず続けようとするとごつい女性の手が上がる。


「善人が動かなければ悪はどこまでも栄え続ける、これはシド将軍が心がけている言葉さ。私たちレンジャーはその通りに事をなすつもりだけどいいのかしら? これ以上堂々と介入すれば、少佐が危惧していた企業同士のいざこざが深くなるでしょうに」


 アクイロ准尉はこの堂々としすぎな任務に思うところがあるらしい。

 とはいえ続くヌイスのセリフを既に信用しきった顔だ。攻め込む気満々な顔が頼もしいこった。


「単純な話だよ。サベージ・ゾーンはね、実はラーベ社にとっても都合が悪い場所だったんだ。そして私たちが付け入る隙があったわけさ」


 しかしすんなり返された言葉はこれだ。強い女性の顔は拍子抜けしてるし、俺だってそうだ。


「あそこがですって? なんの冗談だい?」

「待てヌイス、あの傭兵だらけのクソ素敵な観光スポットがラーベの弱点だって?」

『あそこがラーベ社にとって都合が悪い……? だけどサベージ・ゾーンって他の企業へ攻め込むための足掛かりなんですよね? どうしてそこが……?』

「ダネル君が思ってた通りだったんだ。彼らに内通者がいた、そしてその人物とコンタクトがとれて次に進めたってわけだね」


 ラーベ社がこれ見よがしにしていた場所こそが弱みだったなんて誰が思ったことか。みんながざわめいた。


「ほらみたことか。どうだお前たち、俺のカンは鋭いだろう?」

「大当たりよダネル少尉、おめでとう。まさかあいつらがここまで足並みが揃わない連中だとはね、正直驚いたわ」

「すげえ話になってきちゃったじゃねーの。なんだよまさか内部崩壊してるとかそういうオチだったりすんのか?」


 北部部隊の連中は大盛り上がりだ。その点、少佐もといデュオ社長は悪だくみを企てているようなにやけ顔で。


「それについてだがあれこれ話すよかこれ見た方が早いだろうよ。ヌイス、種明かしだ」


 壁のモニターに決定的な何かを提示するように促したようだ。

 全員の目に十分行き渡るほど大きな画面が切り替わる。それを背景にヌイスは「さて」と切り出した。


「ここまでカジノの内情を把握できる人間は少ない。それで、もしかしたらと思ってある人物を探ってみたら大当たりだったよ。なんと彼はひそかに私たちからの接触を待っていたんだ。そしたら挨拶代わりにこんなものが送られてきてね」


 俺たちの前に浮かんだのは――とあるメールの文面だ。



差出人-アレクサンドル・カスピン

宛先-ドミトリー・ネムツォフ

件名-例の件について


ごきげんよう同志。

ラーベ社は君の提案したレッドレフト・カジノの防御強化案を採用し、必要な機材や人員を提供する準備がある。これはサベージ・ゾーンの象徴となり、今後のバロール侵攻において重要な意味を持つだろう。

君が短期間でならず者たちを兵士としてまとめ上げた手腕は評価に値する。また、粗悪な薬物を流通させ他企業の経済力を奪う君たちの手法も、今や大きな成果を上げている。

あの忌まわしき悪魔も君の目論み通りに我が社に接近しているようだ。我々は君たちの活躍に期待している。


一方で最近の君の行動について懸念がある。

サベージ・ゾーンを動かす際には我々の判断を仰ぐ取り決めだったはずだが、なぜ勝手に兵を使って縄張りを拡大しているのか? 人身売買や臓器売買の件も実験的なものであったはずなのに、なぜ組織ぐるみで行っているのか? また、組織の要であるイワン・シェルギン副司令を交えずに独断で応じる理由は何か?


私の目はごまかせないぞ、ドミトリー。

おそらく組織を拡大させようとする意図があるのだろう。それくらいの意気込みは評価する。クリーンな臓器を求める富豪たちが増え、君を頼る時期であることも理解できる。

しかし、今の君のやり方は我が社の当初の想定から逸脱している。

気付かれぬよう行動するようにと伝えたはずだ。指示に従わない独断行動を繰り返すな。あくまでそこはバロール社の所有物だということを忘れるな。

そちらが要求したルツァリ四機についてだが、現在の信用性に懸念があるためカフカMark1を三機引き渡すこととなった。

我々は君の無意味な承認欲求を満たすために支援しているのではないことを自覚してほしい。


ヴァシリー・グルゴリッチ社長は万一に反乱分子が生じた場合、その粛清に直属の私兵部隊を差し向けることを検討しておられるそうだ。貴兄らが同志から反逆者へと変わらぬことを願うばかりだ。

私からの個人的な助言だが、度を越した横柄な態度はやがて君に裏切り者を生むだろう。


――

差出人-ドミトリー・ネムツォフ

宛先-アレクサンドル・カスピン

件名-Re:例の件について


よお主任殿。

ふざけるなよ。俺が欲しいのは使い古しのカフカMark1じゃなくて新品のルツァリだ。

オーケー、ここでいっぺんお互いの関係を確かめようか?

まずラーベの縄張りがここまで広くなったのはおたくらの頑張りじゃねえ、前に立ってる俺たちのおかげだ。

新しい薬を各地に流す戦略ってのも俺たちの苦労あってこそだろ? さらった雑魚メスで商売するやり方なんて、おたくらはあれこれ理由つけてぐずぐずやってたじゃねえか。それを代わりにこなしてやって大成功してんだぞ?

ストレンジャーのせいで滑り落ちたおたくらの業績を立て直せてるのも俺たちのおかげだろ? なのにどうして俺たちの評価はあのホワイト・ウィークス以下なんだ? なんで俺は報われねえんだ? ふざけやがって!


まあいい、ところで俺たちの前身がスカベンジャーに偽装した運び屋だったことは忘れてねえだろうな? 前のやつらが何十年とライヒランドへ物資をこっそり送り続けていたことだってな。

おたくらには悪いがその時の証拠は勝手に押さえたからな。今これがちょっとした手違いで外に広がったら困るだろ?

黙って俺たちに投資しろ。裏切り者探しなんかしても無駄だ。ここがレッド・プラトーンで成り立ってることは忘れるなよ?

俺の城にため込んだチップが欲しいならとにかくルツァリだ、ルツァリをよこせ。


追記:だいぶ前に俺たちを見下していたことはぜってえ忘れねえからな。



「重大なやり取りをそのままお届けしてくれるなんて親切だな。ラーベ社の重要な情報が俺たちへの試供品みたいにされててびっくりだ、あいつら情報漏洩サービスでも始めたのか?」

『こ、これって大変なことだよね? ラーベ社がライヒランドと繋がってたってはっきり書いちゃってるよ……!?』


 お気持ち強めなやり取りが目に付くと、こうして思わず軽口が出てしまった。

 スカベンジャーたちは戸惑ってるし、セキュリティ・チームも目を疑ってるし、北部部隊三名もこれには苦笑いだ。

 この裏切り者によってもたらされた社外機密メールについて表情で伺えば。


「イチ君、どう思う?」


 眼鏡で白衣な友人は面白がるように感想を求めていた。どうと言われても。


「どう思うって……この面白いメールの内容? それともこんなの見せてくれたやつ? どっちがいい?」

「そうだね、メールの中身はもう十分面白いし、君の軽口が聞きたいかな?」

「いったい誰だか知らんけど本気で裏切ってるな。組織を退社してどっかで新しい人生を歩もうとしてるのがよく伝わるよ、うん」

「どうもありがとう、素晴らしい意見だね。ミコ君の言うように、このリークされたメールはとんでもないものさ。この情報だけでもラーベ社の信頼を格段と落とせるよ」


 誰かの裏切りに、感情的過ぎる一文に、ラーベ社の内情に、そしてカジノ攻略のチャンスまで揃ったお得なメールだ。

 俺の軽口がいいアクセントになったのか、じっと眺めていたフランメリア人の皆様も楽しく納得した様子だ。


「ふむ、あの傭兵たちはラーベ社とあまり仲がよろしくないようで。それに司令と副司令が不仲であることもうかがえます、私の大好きな人間どものどろどろとした部分ですね」

「はっはっは、これまでの話の流れから察するに簡単なお話ですなあ? これだけの情報を収穫できる人柄と言えば、傭兵部隊を裏切っているのは文面にあるイワン・シェルギン副司令という人物でしょうな」


 白髪エルフと眼鏡エルフのコメントがぴたりとはまったらしい、ヌイスが「そうさ」と切り出した。

 おかげでラーベの無茶苦茶な内部事情に変な笑いすら出てしまった。


「そうだね、送り主はイワン・シェルギン……レッド・プラトーンの副司令のことだ。これは彼からのちょっとした手土産だね」

「そりゃまたずいぶんと偉そうなやつが裏切ってるみたいだ」

『ほんとに内部の人の仕業だったんだ……その人、大丈夫なのかな? こんなこといつかばれちゃうかもしれないし……?』

「大丈夫なわけがないだろう。だから短期決戦だなんて言ったのさ、あの件で私たちのやる気が伝わって、思い切った賭けに出てるんだ」

「なるほど? 『今のカジノの営業方針が不満だからぶっ壊すの手伝います』ってか?」

「その通り、ここぞとばかりに私たちに助け舟を求めてるんだ。それにしては大きく出たことには違いないけどね、今すぐにでもバレてしまうリスクを背負ってまですり寄ってきたんだから」

「俺には職場の退職を手伝ってくれって魂胆を感じるぞ。信用できるのか」

『でも、その人のおかげでいろいろ分かったんだよ? 信用できる人だとは思うけど……? それにこんなのばれちゃったら、もう二度と後戻りできないだろうしし……』

「こんなもんいきなり押し付けてくるあたりそうなんだろうな。とりあえず『賭け事は俺たちじゃなくカジノでやれ』とでも返しとけ、そっからスタートだ」


 この暴露ショーがヌイスの言う「付け入る隙」か、だったら急なカジノ強襲の路線もまあうなずける。

 が、とうとうデュオが「ぶはっ!」と笑いをこらえ切れなくなった。ラーベの調査で沈んでた顔がご機嫌だ。


「そう、そういうことだよお前ら。ずっと手を貸してくれてたのは何を隠そう組織の補佐役で、おまけにラーベが隠したがってた事実もバラしてくれて、命がけでこっちに助けを求めてるんだぜ? なんて面白え冗談だよ、ええ?」

「ついでに引っ越し先と転職先も求めてそうだな。俺たちのこと転職セミナーかなんかと勘違いしてないよな?」

「へへっ、それならバロールへようこそだ。いやあ、してやられたよ! とっくの昔に俺たちはあのカジノに招かれてたんだよ、早くぶっ潰して下さいってな。こんだけネタが揃ってるのにまだその気にならないかい、諸君?」


 すっかり乗り気の社長は俺たちのやる気に問いかけてきた。

 真っ先にノルベルトの逞しい腕が上がった。続く形で北部部隊の面々もだ。


「面白い巡り合わせではないか? 俺様は参加だ、心が高鳴ってたまらんぞ」

「あーあ、少佐にスイッチ入っちまったよ。もちろん俺は参加ですぜ、どうせライヒランドの名前出ちまった時点でシド・レンジャーズ強制参加だ」

「堂々と飛び込めるきっかけができたなんて素敵な話ね。いいわ、ジータ部隊の恐ろしさをたっぷり教えてやろうじゃないか」

「土産話はいくらあっても困らんだろう。その副司令とやらにはラーベ社の素性をもっと教えてほしいものだな」

「くくく……これがやつらの見せる弱点というものか! 陰謀渦巻くやつらの腹の内は何色なのだろうな! 面白い、実に面白い! 我すごくいきたい!!」

「こんな愉快なの見せられたらやるしかないわい。何が必要かわしらに言うてみ? 街ごと吹っ飛ばす爆薬か? やつらの服か? 暗殺グッズだって作ってやらあ」

「おーおーすげえ情報漏洩のせいで流れ変わってんなあ。そうだ、うちの自走する鎧貸してやってもいいぜ? ウォーカーぐらいははっ倒せるはずだ!」

「フェルナアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 フランメリア人のバケモン度合いも乗っかってラウンジは大盛り上がりだ。

 ここまで俺たちを明るくしてくれるなんて向こうはそういうセンスに恵まれてるに違いない。


「ワオ、面白いね。あいつらが元々傭兵じゃなかった上に、ライヒランドと繋がってたなんて話のスケールが大きくなりすぎだよ」

「アレクサンドル・カスピンってラーベ社に長年仕えてる主任だったかしら? そんな大層な人物とのやり取りを漏らすってことは、あの見るからに頑丈そうなカジノの内側はボロボロかもしれないわよ? チャンスじゃない」


 少し乗り気になってきたエミリオと、ひと稼ぎするチャンスでも見つけたような彼女さんにヌイスは「うん」と返して。


「彼らは元々傭兵じゃなかったそうなんだ。前身はただのスカベンジャーだったけどそれは嘘、実際は遠征して物資を集めてくる業者に見せかけたライヒランドへの物資運搬役さ。つまりラーベ社がスティングの侵攻を支援していた証拠に他ならないね」


 面白そうに語り始めた。みんなも親愛なる眼鏡で白衣なやつの続きを待ち遠しくしてる。


「ところがライヒランドが不幸にも潰れて、前のレッド・プラトーンは廃業手前まで追い込まれたらしいんだ。そのタイミングでリーダーが入れ替わって、今の営業形態に代わったそうだよ。おそらくラーベ社の援助もあっただろうね」


 話は続いた。心なしかクールな顔は楽し気だ。


「情報を流してくれた本人がいうに、ドミトリー司令が調子に乗ってミスを犯したそうだ。さっきのお気持ちメールがそうだよ、承認欲求が祟って雇い主に歯向かってしまったんだ。雇い主に上納するはずの大量のチップとラーベ社の秘密を人質にね」


 もう隠し切れない頃合いだろう。あいつには珍しい意地悪な笑みがある。


「だから私たちは今からカジノ強盗をする。彼らのいう商品も、カジノにため込んだチップも、そしてラーベ社の弱みも全て奪うんだ。ついでに居場所も奪おうか?」


 そんな悪い顔したヌイスはそういって話を締めた。

 カジノの中は案外ズタズタだったようだ。俺はデュオと仲良く笑った。


「人質がいなかったらあと数日で勝手に閉店しそうなのは分かった」

『……なんでわたしたちが行く前からめちゃくちゃなんですか!?』

「こんな事実を知っちまったらもう恐れることはねえ。これほど笑わせられたのあ人生初めてだ、なあ?」

「というかこのカジノ強盗も向こうからの申し出でね。もちろんそうするにあたって「分け前もくれ」ってきっちり対価も求めてるんだ、退職金をもらうつもりで頑張ってくれそうだよ」


 怒涛のネタばらし連打はオーバーキル気味に続いた、また画面が切り替わる。


イワン・シェルギン: あいつ正気じゃないぞ!

イワン・シェルギン: どこにクライアントの弱み探ってゆするバカいるんだ!

イワン・シェルギン: 俺たちはおしまいだ、ラーベ社直属の部隊が武器もって進捗尋ねに来たらそれでおしまいだ!

ν: まあ落ち着きなよ。君が死刑台の目の前に立たされてるのは伝わった。

ν: にしてもラーベ社の私兵部隊か。確か熾烈な連中で、見せしめに捕まえたギャングを生配信スタイルでじっくり拷問したとか実績もあったね。

イワン・シェルギン: 次は俺たちが拷問ショーやらされるかもしれないんだぞ。

ν: そうならないために君と話してるじゃないか。で、けっきょく君たちのリーダーは雇い主をどう怒らせたんだい?

イワン・シェルギン: あの馬鹿、何に酔ってるのか知らんがアホみたいに舞い上がってあのザマだ。

イワン・シェルギン: ちょっとうまくいったからって調子乗る性格はもう仕方ないが、最近ラーベ社が強気に出てこないのをいいことに上手に出たんだ。

イワン・シェルギン: クソみたいな理由でだぞ!

イワン・シェルギン: 旧式の使い古しを渡されたからってあんなメール送りやがって!

イワン・シェルギン: ラーベ社にとって不利な情報をカジノに保管してるんだ!

イワン・シェルギン: クソ野郎、そんなのお前の頭の中にしまっとけ!

ν: なんていうか君のお友達は感情表現豊かだね、うん。

イワン・シェルギン: しかも今月上納するはずのチップも意地張って支払わんもんだから俺たちは見限られようとしてる。損切ってやつだ。 

イワン・シェルギン: だから俺たちも損切をするんだ。プランもずっと前から温めてた、この日のためにカジノにいろいろ仕込んどいたんだ。頼むよ!


 ……という必死な思いのこもったチャットログが出てきた。

 そりゃデュオも愉快だろう。気づけばそこにいた全員もコメディでも見せられたような笑い方だ。


「彼はかなり前から見限るつもりでいたんだ、たとえばバイソンズにちまちま情報を送っていたりね。相当の不和が溜まってたようだよ」

「それで俺たちがきっかけでやっと発散できそうなんだな? なんてしょーもない話だ」


 このしょーもない話にたっぷり呆れてると、デュオがそれらしく話を切り出そうとしていて。


「もしアリゾナ・ウェイストランドに『我が社はライヒランドと結ばれていました』なんて証拠付きで拡散されてみろよ? その途端にラーベ社は終わりだ、プレッパーズから生まれ変わったスティングまで敵に回すんだからな!」

「それは愉快な交友関係になりそうだな少佐。そうだ、グレイブランドなんてどうだ? やつらはライヒランドと関りのある連中をしらみつぶしに滅ぼす勢いだぞ、山を越えてくるどころか壁をぶち破って報復しにくるだろう」

「シド・レンジャーズが総力を挙げて攻め入ってもいい大義名分ね。いっそのことそうしないかい? 私は歓迎だ」

「いひひひひっ、おもしれーじゃねえですかい! こんな楽しいイベント用意してくれてたのかよあいつら!」


 敵の弱みが言い広まったおかげでジータ部隊は賑やかだ。

 そうか。ラーベ社にとって都合の悪いものがあって、おまけに手引してくれるやつらもいると――まさにビッグチャンスだ。


「ラーベ社が何もしてこない理由がそれか、司令官殿にあったらお礼でも言っとこうか」

『あれから何も動きがないってことは、ごたごたしていて手が回らない……ってことだからなのかな? それに、大切な情報も掴まれちゃってるし……』

「そう、突破口はあっちのアホが作ってくれた。内緒にしときたいモンも、今月納めるはずのチップも勝手に掴まれてるからラーベはたたらを踏んでるのさ。だからサベージ・ゾーンをパンパンに膨らませときながら何もできねえんだ」

「だから今こそ攻め時ってことか」

「おう、アグレッシブにやったってお釣りが出るほどだ。どうだ?」

「ちょうど履歴書に【カジノ強盗】って経歴が欲しかった。他に強盗体験したいやつは?」


 決まりだ、明日にでも滅ぼしてやろう。

 「ん」と肯定気味にすり寄るニクをふわふわ撫でていると、人間人外ごちゃ混ぜの手が次々上がった。


「ふっ、根こそぎ奪うのだな? 俺様そのようなシチュエーションは好ましいぞ、まるで幼き頃に読んだ義賊の物語をなぞるようではないか」


 極太タイプのオーガの腕が特に目立ってる。悪巧み混じりの強いスマイルだ。


「いいや、全部奪い返した上で利子もつけてもらうんだ」

「ただで奪い返すというわけではないのだな。して、利子はどれほどだ?」

「決まってんだろブルートフォース、たんまりだ。バロールは安かねえ」


 とても愉快そうな社長の一声が仕上げだ、全員の手が「YES」を示してる。

 話がまとまるとヌイスがさっそくモニタに次の資料を映した。カジノの内部構造についてだ。


「手短に言うとこんな感じだね。このカジノにはチップを運搬する機能があって、その集積場が奥にあるんだ。そして人質がいるのは宿にもなってる二階だ、十五個の部屋にそれぞれ一人ずつ閉じ込められてる。地下駐車場は丸ごとキッチンに改装されてドラッグを製造してるようだ――これらを一度に同時に叩くよ」


 ずいぶん簡単に言うが、俺たち向けに整えられたマップはそれでも複雑だ。

 厳重そうなロビー、監視カメラだらけの通路、立ち並ぶ数々の部屋、そしてそれらを守る外の守りだ。

 例えば戦車で強気に来店しても盛大なおもてなしで食い止められるだろう。タロンもそこに難色を示してた。


「だけどよお……お前らの考えなんてお見通しだ、見取り図なんてくれてやる、だからいつでもかかってこいストレンジャー。そんな魂胆だねえ」

「そりゃあの変なのが強気に出るわけだ。もしかして雇い主にイキったのもこれが原因か?」

「かもな。ねえ少佐、これじゃ俺たちが尻尾巻いて逃げてからリベンジしにくるところまで備えてるって感じじゃねーですかい。やる気ありすぎだこれ」

「命捧げる覚悟で傭兵稼業に真剣なのか、それかよっぽど調子乗ってるかのどっちかだろ。だが心配すんな、ちゃんと考えはあるぜ」

「了解了解……ちなみにですけど俺もちょいとばかしチップ貰ってもいいですかい? どうせいっぱいあるしいいでしょ?」

「いいぜ、やれるもんならやってみろ。シド将軍には黙っといてやる」

「さっすが少佐! 話が分かるぅ! よっしゃストレンジャー、死ぬ気で頑張ろうぜ」

「うちもチップ欲しいっす~♡」


 もう既に二名ほどカジノ強盗に磨きがかかってるが、ヌイスは周りの状況の説明に移ったようだ。

 誰かが撮った写真が浮かんだ。前よりも人の出入りが激しい店構えだ。


「あれからカジノにはどんどん人が集まってるとのことだ。ストレンジャーを退けたっていう広告に集客効果があったらしいよ」

「俺には武器を持った連中が増えてるようにしか見えないぞ」

「共に働く同志も募ってこの有様なんだ。でもこれはラーベ社の想定した事態じゃなくて彼らの独断だ、上からの支援はもう来ないだろうね」

「今まで以上に警戒が厳重になったことには変わらないだろ。ここからどう入店する?」


 俺たちのおかげでまさかこんなに大盛況してるとは思わなかったが、一体どこに入り込む余地があるんだろうか。

 しかしそこはヌイスだ、トラックやゴミ収集車の写真を表示して続けた。


「第一に、この人の多さは我々が紛れるには好都合さ。副司令に『ストレンジャー撃退記念パーティー』を開いてもらうよう手配してもらった、君たちはその客やカジノお抱えの業者として入り込んでもらう」

「相変わらず準備がいいな。俺たちが来たら『ストレンジャー歓迎パーティー』に化けるサプライズか」

「第二に、あそこは女好きな殿方が多いらしくてね。華がない分、外から来たかわいい子にはだいぶガードが甘くなるそうだ――もちろん用が済んだら商品にされるわけだけど」


 眼鏡のかかった視線はここの女性陣を見て回ったようだ。

 確かに女性はいるがどれも個性豊かだ。首は取れる、彼氏はいる、筋肉質だったり耳が長いと印象が強すぎる。 


「ねえ、今俺の彼女を品定めしなかった? 冗談だよね?」

「あら、いいじゃないエミリオ。カジノ強盗なんて私たちにぴったりでしょ」

「なるだけ美しい女性を送り込んでサプライズって寸法さ。幸いここにいる女性陣はだいたい逞しいじゃないか」

「ロアベアもあてはまってるな、それもぎりぎり」

『ぎりぎりとかロアベアさんに失礼でしょいちクン!?』

 

 「そんな~」という誰かの抗議は無視するが、ヌイスの言葉の触れ込みはここらのすべてに回ったようだ。


「遠慮する必要が薄れた以上、皆がするべき仕事は山ほどある。でもとにもかくにも重要なのは敵陣にすんなり入り込める先兵だ、向こうの気が緩むとびきり可愛い子がね」


 ……最後に俺に指を指して、だが。


『…………あの、どうしていちクンに指を指してるんですか?』

「おい、俺が美少女かなんかに見えるのか? ちょっとした冗談じゃないなら早いうちに眼科行った方がいいぞ」

「何を言ってるんだい? 可愛い女の子ならいるじゃないか」


 心なしか視線がねっとりしてる。やばいぞこいつ。

 そのまま台無しの雰囲気で話が終ろうとしてるが、そこで背の扉が開いて。


「――そしてカジノの連中は俺の作った毒で皆殺しだ。それを取り巻く薬中どももこの世から退場してもらう」

「第三に……クリューサ君が今は亡きメドゥーサ教団お墨付きのとっておきで場を盛り上げてくれるそうだ。地図上から消えてもらう寸法さ」


 最高に顔色が悪いお医者様が辛そうな息遣いで混じった――皆殺しだとさ。


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