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29 この広い世界で孤立した教会(2)


 教会の周りには――赤い薬莢(やっきょう)が数え切れないほど転がっている。

 12ゲージの散弾だ、一発で一人と換算したら数百人はやってるだろう。


『このたくさん転がってる赤いのって……』


 薬莢の分布を見てみると、入り口の周りにだけ散らばってる気がする。

 そして真上にはこちら側に突き出た鐘塔――ちょうど一人が突っ立って銃を撃つにはちょうどいい場所かもしれない。


「散弾の薬莢だな。どうもここで熱心に撃ちまくったやつがいたみたいだ」


 そしてそこから地上に薬莢が散らばれば……?


「……ミセリコルデ、ここはハズレだったかもしれない」

『ど、どうしたの?』


 窓は内側から板でふさがれている……籠城でもしてたのか?


「……何が言いたいかというと、やばい奴がいるかもしれない。こんなところで高所に陣取って撃ちまくるやつがいたとして、そいつがまともかどうかって話だ」

『それって……』

「ああ、離れたほうがいいかもな」


 他に何かあるといえば、入り口の横に手押しポンプがある。

 こう、なんか、動かしたら地下水をくむやつだったはず。

 この世界じゃどうせ水なんて出ないだろう、よって飾りだ。


「それもそうだ、アルテリーがいないからって安全とは限ら――」


 その場から一歩離れようとしたとき、不意に妙な緊張が背筋に走る。

 咄嗟にリボルバーを抜こうとしたが、それより先にじゃきっと音がした。


「ハッハァー! よくも我が聖域に足を踏み入れたな、忌まわしき賊め!」

「――ちっ! やっぱ罠だったか!」


 音の発生源は頭上。しかもテンションの跳ね上がった声が落ちてくる。


「その汚い足をこれ以上踏み入れてみろ! さもなくばわしの祝福(・・)が貴様の頭を吹き飛ばすだろう!」


 見上げると、案の定さっき注目したところに人がいた。

 外套を着てフードをかぶった老人がこっちに散弾銃を向けている。

 アルテリーじゃないだろうが知人にはしたくないタイプなのは確かだ。


「おい待て! あんたに何かしに来たわけじゃないんだ!」


 とはいえとりあえず声をかけて、両手を上げた。

 まだ話ができる方だと思うからだ。やつらなら一声かけながらぶっ放してくるが、こいつはまだ撃ってこない。


「理由など知ったことか、立ち去れ! 聖なる散弾がその頭を吹き飛ばす前にな!」

「分かった! お望み通り帰ってやるから銃を降ろせ!」

「まずはさっさと出ていけ! 二度とその呪われた顔を見せるな!」


 ……呪われた顔っていうのはどういう意味なんだろうか。

 ここまで言われたら引き下がるしかない。無理に押し入る理由もない、帰ろう。


「オーケーよく分かった! 後ろから撃つんじゃないぞ!」


 俺は両手を上げて、高所に陣取るイカれたやつをじっと見ながら引いた。

 少しでもおかしなことをしたら遠慮なくぶっ放せる勢いだ。


「……む!? 待たれよ!」


 ところが数歩下がったところで、老人が銃を降ろした。

 それになんだか驚いた様子だ。こっちだってびっくりしてるが。


「今度はなんだ!? 持ってるモン全部おいてけとかいわないよな!?」

「お前さん、その腰につけてるのは――ええい、そこで待っておれ!」


 銃口がこっちから外れたと思えば、老人は姿を消してしまった。

 ほどなくして教会の中からどたばたと急ぎ足の音が聞こえてきて。


「その短剣はなんだ!? わしに見せてくれ!」


 散弾銃を持ったアグレッシブな老人がこっちに向かってきた。

 声に見合うほど老け込んだ顔で、首から銀色の十字架がぶら下がっている。

 さながら聖職者といった感じか。ちょっと狂ってるけれども。


「お、おい! なんだよいきなり!?」

「いいから見せてくれ、それはもしや――」


 そいつの視線は腰の鞘に納めてあるミセリコルデに釘付けだ。

 当の本人はすっかり黙り込んでるが、きっとびくびくしてるに違いない。

 まさかこいつをくれとか言わないよな、とか思ってると。


「おお……見える! 青い光をまとっているぞ! 神の遣いだったのか!」


 とうとう訳の分からないことを言い始めた。


「あー……なんだって?」

『いちサン、このひと……ひょっとして魔力が見えてるのかも』


 リアクションに困っていると、短剣から自信なさげな調子の声がした。

 魔力っていうのは目に見えるものなんだろうか。


「喋った! やはり喋ったぞ! ということはお主は聖剣なのだな!?」


 そんな声を聞けてイカれた老人は嬉しそうな様子だ。


「お前、聖剣だったのか?」

『ミセリコルデだよ……?』


 問題は人の腰を掴んでミセリコルデをのぞき込んでいるということだ。

 きっとひどい構図になってるはずだ、マジで勘弁してくれ。


「そうか、お前さんは聖なる者だったか! これは失礼した、まるで歴戦の賊のような面構えで勘違いしておったわ!」


 そして挙句の果てに「顔が怖い」とか言われている。

 もう少し俺が粗暴だったらその頭に9㎜弾でも打ち込んでたと思う。


「気にしないでくれ。中身より見た目で判断したほうが楽だろうしな」

「ハッハッハ! 銃など向けてすまなかったな! こんなところで立ち話というのもなんだ、中でじっくり話そうではないか」


 もちろん皮肉で返してやったが本人は心の底から笑顔だ。


「……元気な爺さんだな」

『そ、そうだね……』


 すっかり気迫が抜けた老人についていくことになった。

 この世界にもまだ話が通じる人間がいるなんて思ってもなかった。


「この荒れ果てた大地にふたたび命が戻ったと感じて、わしは"もしや"と思ったのだ。そこにまさか神の遣いが訪れてくるとは……」


 少しおかしい老人に招かれた教会の中は、思ったほど汚くはない。

 はじまりのシェルターに比べればきれいなものだ。

 椅子や講壇も残っていて、適切な人間さえいればちゃんと教会として機能しそうだ。

 適任者と、本当に必要とする人間がいればだが。


『あ、あの……おじいちゃん、わたしはただの短剣の精霊なんですけど……』

「謙遜などしなくてもよい、神の遣いよ。お前たちのおかげでこの地にまた緑が戻り始めている、感謝しているぞ」

『えっと……どういうことなんでしょうか……』


 ……例えばの話、こういうのは神父には絶対向いてないと思う。


「青き力が満ち始めているのだ、聖剣よ。お前がまとっている青き力だ! 黙示録後のこの世界がいまふたたび蘇りつつある」


 俺はよくしゃべる怪しい爺さんの後ろを追った。

 言っていることはよく分からないが、ミセリコルデがただの短剣ではないと見抜いたのは間違いなさそうだ。


「なあ……じいさん。よく分からないけど俺たちが何かしたのか?」


 さっきより態度は良くなったが相手はまだ銃を持っている。

 こういうアレなやつは強く問い詰めないほうがいいはずだ。


「私の第六感(シックスセンス)が感じ取っているのだ、お前さんたちはこの世界を変えに来たと。だがそれを良しとしない悪魔たちも目覚めてしまった、人の血肉を喰らいこのウェイストランドを1つにしようとする、不届きものがだ!」

「……まあ、後半部分はよく分かる」

『わたし、たまたま迷い込んだだけなんですけど……』


 いきなりスピリチュアルなことを言われてしまうものだから反応に困る。

 だけど不届きものということなら理解できる。きっとあのクソカルトどもだろう。


「気をつけろ、お前さん。あの馬鹿どもは悪魔と契約し、闇を作り出した! 肉と骨の怪物だ! 悪魔と手を組みこの世の中を堕落させようとしている!」


 力強い声と罵詈雑言に導かれると、そこは教会の二階だった。

 階段の先は一人暮らしに必要な住まいが整えられているようだ。

 壁にぎっしり飾られた散弾銃のコレクションを除けばだが。


「アルテリーのことか」

「そうだ、アルテリー・クランだ! 奴らにはもう会ったか?」

「ああ、宗教勧誘がしつこくてな。帰ってもらった(・・・・・・・)よ」


 そんな質問に親指で傷跡をなぞるように首を切るしぐさをとってみると、


「そうか……お前さんはどうやら信頼できる男のようだ、よくやった」


 嬉しそうに攻撃的な笑顔を浮かべてきた。こいつもカルトは嫌いらしい。

 変な爺さんだけどあいつらが嫌いという共通点だけははっきりしてる。


「さて。私はアルゴ、この教会の神父だ、そして――散弾銃(ショットガン)の神だ!」


 アルゴと名乗った老人は首飾りの十字架を俺に見せつけてきた。

 最後の部分は冗談っぽく言ってるんだろうが、周りに置いてある散弾銃コレクションのせいで本気に聞こえた。


 水平二連式、巨大なリボルバーみたいなもの、弾倉が差さっているもの、いろいろな散弾銃がある。神というかただのガンマニアといったところだが。


「俺は……イチだ」

『わたしはミセリコルデです』

「イチにミセリコルデか。まあくつろいでくれ、お二人さん」


 変なのに捕まってしまったがやっと足を休めることができそうだ。

 ずっと背負っていた荷物を降ろしてソファーに腰かけた。


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