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毒と健康は紙一重(6)


 あれからどうにか誰一人欠けずに帰ってこれたが、状況は何一つ良くない。

 いや、むしろ悪化してるといったほうが適切だ。

 蓋を開ければバロールの危機どころじゃない例のカジノの悪行の数々に、命がけの鬼ごっこの末にクリューサの頭がカチ割られる始末だ。


 持ち帰れたものは確かにあった。

 急激に栄えつつあるサベージ・ゾーンの内情、広がり続ける危険な薬物の影響、他企業を害する傭兵の存在、そして俺たちの敗北だ。

 あそこを牛耳るレッド・プラトーンは誰かさんが必ず来ると信じて、手持ちのチップを全てかけていたわけだ。

 でも俺たちは逃げた。悔しいがあいつらの勝ちだ、至高のなんとか司令は大当たりを引いたのだ。


「……それでイチ君、バイソンズから託されたものについてなんだけど」

「中身はなんだった? カジノの攻略情報でも書いてあったか?」

「うん、中にあったのは間違いなく件のカジノに関する情報だ。それも全てだ、私たちの欲しいものがぎっしり詰まっていたのさ」

「全部だって? 大げさにいってるわけじゃないよな?」

「本当に全部なんだ。見取り図はもちろんだけど、ドラッグの流通ルートや顧客の情報なんてものもあるし、警備シフトや拉致被害者のいる箇所まで事細かだ。なんなら君たちが集めた情報と一致するものだって揃ってる」

「そりゃすごい。至れり尽くせりで胡散臭いな」


 そしてこの話はヴァルハラ・ビルディングの地下区画で続いていた。

 駐車スペースで縮こまるバンは弾痕だらけだ。染みつく鉛色のそばでヌイスの口はすらりと語る。


「もう裏は取れてるよ。ニシズミにレッド・プラトーンと繋がりのある団体があるそうだから調査してもらったけど、困ったことに本当にその通りだったんだ。中には一企業が秘密裏に人身売買と繋がっていることが発覚したほどさ、今頃あちらは大騒ぎだろうね」

「バロールも大騒ぎじゃないか? さっき警備兵のやつらが血相変えて出勤してたぞ」

「こっちにすらそういうのが何件もあったんだ。彼らは今大慌てで悪者逮捕に勤しんでるよ」

「なんてオチだ。ってことは、デュオが思ってた以上にラーベの影響がしみ込んでるのか」

「彼の言う通り、目に見えない侵略がすぐそこまで忍び寄っていたわけだ。まったくこれじゃ藪から蛇どころかティラノサウルスが飛び出してきたようなものじゃないか」

「実際飛び出してきたのはウォーカーだろ。あいつらの操縦が下手で助かった」

「それをさも当然に撃退する君もどうかしているよ。まったく情報量が多すぎて脳が焼けちゃいそうだ」


 こいつの言っていた内通者、もといバイソンズは本気であのカジノを潰すつもりだったのか。

 亡くなったそいつらの安らぎと、治りかけの脇腹の治癒を願ってトルティーヤチップスを頬張った。

 ヌイスに一枚すすめると「あ」と持ってかれた。気難しいままの顔はばりばりよく噛んで。


「……彼らは君が信頼に値するかどうか見極めたうえで、命がけで全てを打ち明けるつもりだったんだろうね。おそらく多少の無茶も厭わずに情報を集めたはずだ、それが彼らの焦りか決死の覚悟かはもう知る由もないけども」

「手にあるもん全部投げ出してか」

「それだけあの傭兵たちの悪行に腹を立ててたのかもね。刺し違えるつもりで」


 眼鏡越しの視線が遠くをじっくりと見つめた。

 そこには分厚いガラスで硬く隔たれたラボがあって、短剣を握ったダークエルフが心配そうに中を覗いている。


「あいつらが無茶してああなったような言い方だな」

「まあ、その多少がやつらに気取られる原因となった可能性があるけども。それだけストレンジャーを会う前から頼っていたのかもしれないよ」

「それか俺に気持ちと余命を急かされたか」

「もしかして責任を感じてるのかい?」

「けっこう複雑だ。特にクリューサがやられたことがな」

「あれは彼自身の問題だ。そもそも自ら望んで飛び込んだんだからね」

「あいつのメドゥーサ教団がらみの話か」

「うん。今は亡きかの教団が遺した薬物の製法、それも失敗作が奇跡の秘薬みたいな扱いで勝手に広められてるんだ。いい思いはしないだろうね」

「……そうか、だからあいつ乗り気だったんだな」

「一番責任を感じてるのはクリューサ君だ。よもや自分たちがかつて作っていた薬が女子供をいいように扱うための道具として使われてるなんて、医術と薬を重んじる育ち方をした彼にとって死よりも苦しい屈辱なはずだ」


 今こうして話で持ち上げている人物と言えば、二人が覗くラボの中で何かをしているようだった。

 無事に戻ってしばらくすると、クリューサはよろよろしながらあのガラスの中に籠ったのだ。

 それっきり小難しい化学実験セットと対面したままだ。


「――よお。横から言わせてもらうが誰が悪いとか話すだけ無駄だ。あの傭兵どもが妙に敏くて準備ができすぎてた、これが全ての原因だろ?」


 顔を見せようともしないお医者様をばりばり気にかけてると、俺たちの間にデュオが割り込んできた。

 こうして言うように向こうの手筈が良すぎたのは確かだ。何かも。


「全部あいつらのせいか。なあ、あの変なやつが「リークしたやつがいる」とか得意げに言ってたよな」

「言ってたなあ。そいつの仕業っていいたいんだろうが探っても無駄だ」

「無駄だって? 誰だか知らないけどそいつのせいで死にかけたようなもんだろ?」

「腹の探り合いはここじゃ朝の挨拶ぐらい当たり前のたしなみだし、それか適当ぶちこんだハッタリかもしれねえ。だがもう遠く通りすぎちまった道だ、わざわざ戻ってえっちらおっちら謎解きでもするつもりか?」

「私だってあれこれ探って何にも成果がなかった末にこう言ってるんだよ? どの道向こうの力が上回っていただけのことなんだ。数に物を言わせて圧倒するラーベのやり方にまんまとやられたのさ」

「オーケー、悔しいけどなんとか司令とかいうやつの方が一枚上手だったってのは認めるよ。あと覚悟もな」

「それでいい。もうあのカジノは人質のいる拠点になっちまったんだ。不確定だらけの裏切り者探しにじっくり取り組むのと、段々と警備が厳重になっていくカジノを速やかにぶっ壊すの、お前ならどっちがいいよ?」

「俺の性格上後者だ」

「そうだ、ただいま絶好調なラーベに勝つにはもう短期決戦で挑むしかねえ。さもなきゃ次に何をしでかすのかおっかないぜ」


 今俺たちが置かれている状況はこの社長の落ち着きのなさで推し量れた。

 考えてみれば今ブルヘッドで一番頭を悩ませてるのはこいつだ。それだけ危機が差し迫ってるのだ。

 当然だ。この一件でミリティアの侵攻からラーベ社悪行詰め合わせセットまでさんざん知る羽目になったのだから。

 現にデュオは、いや、ツーショットは今まで見たことのない渋い顔だ。


「だが少佐。勝手な推測だが、あの傭兵たちの中に裏切り者がいるんじゃないか? そうでなければラーベから危険視されているギャングごときがそこまで情報を集められるとは思えん」


 気の利いた軽口でも考えていると、ダネル少尉がタオルで髭を乾かしながら挟まってきた。

 こんな状況でシャワーをたしなんでたらしい。でも口にすることは頷けた。

 もしかしたらうっかり秘密を漏らす人種がいるかもしれない。ラーベの民度なら十分ありえる。


「なあ、もしかして向こうじゃ子供のなりたい職業ランキングに『裏切り者』とか『内通者』とか載ってんのか? だったらレッド・プラトーンのやつらがあんな趣味悪い育ち方したのも納得だ」


 だから俺は軽口をたたいた。誰にとは言わないが。

 周りのシリアスな顔が少し戸惑ったが、特に効いたであろうデュオが「へっ」と笑った。


「なるほどな、もしそんな都合のいいやつがいたら大助かりだ。そんな気がしてきたぜ」

「私もそう思ってたところだよ。資料によれば彼らは大量のメンバーを抱えてるそうだけど、これだけ無秩序だと中身はごたごたしてるだろうね。向こうの民度を考えると特にそうだ」

「あそこは腹に一物抱えたような者ばかりだろう? 質より量なやつらが集まったところで一枚岩ではいかないはずだ。何かしら軋轢が生まれていて当然だ」

「じゃあ絶望的じゃないってことだな。当初の予定通りどうにかしてぶっ飛ばすか? お望みならまた変装して潜入してやるぞ」

「へへっ、言ったな? 今の言葉忘れんなよ? 悪いがヌイス、ちょいとニシズミのやつらに持ちかけておいてくれねえか? こっちの手札全部見せても構わねえ」

「分かった。実は私にも考えがあってね、ただちに取り掛かるよ」

「面白くなってきたじゃないかお前たち。軽く土産話を持ち帰る程度の気分だったが、いっそ武勇伝でも立ててしまおうか」


 レッド・プラトーンをどうにかする方向性は再び進んだみたいだ。

 ヌイスがすたすた去って、ダネル少尉も「まずは休んでおけ」と人の肩を叩いて行ってしまった。

 地下空間に残されたストレンジャーと社長は不思議と波長が合うようだ。こんな状況に二人で鼻で笑った。


「偉くなるといろいろ大変なんだな。社長になると苦労するみたいだ」

「お前ならいつか似たような目に合うさ、覚悟しとけよ? しかしまあ……たいしたもんだよお前は」

「なんだよいきなり褒めて」

「いや、ニルソンで装甲車ぶち抜いた頃から変わってねえなって思っただけだよ。いい意味でな」

「あれからずっと大きいのばっか相手にしてるよ。次は馬鹿でかいウォーカーでもぶち抜こうか?」

「いっそラーベのビルでもやっちまえ。それよりお前の専属医はどうした?」


 プレッパーズらしく言葉をぶつあってるうちに、デュオは奥のラボが気になったらしい。

 ガラス包みのそこに近づくと相変わらず防護服を着た医者が見えるが。


「むう。クリューサがなんだか怖いぞ、あれからずっと構ってくれん」

『いちクン、クリューサ先生がここから出てこないの。クラウディアさんが声をかけても全然返事もしてくれなくって』


 分厚い隔たりはダークエルフと物言う短剣の心配も遮ってた。

 ご本人は大雑把に言えば調合中だ。複雑な知識と技術でオチの読めない何かを生み出そうとしてる。


「ご覧の通り面会謝絶だってさ。クリューサ、さっきからどうしたんだお前」

『まだちょっとふらふらしてるし、ちゃんと傷が治ったか心配なんだよね……』

「安静にしろと言ったのにああなんだ。回復魔法の副作用で体力を消耗しているはずだ、せめて振り向けというのに顔も見せてくれないぞ」

「無事なんだか重症なんだかわからねえなおい。ったく、レディ二人分の呼びかけにも応じないとかなっちゃいないぜ」

「野郎の声にも反応しないなら重症だろ。おいクリューサ、別に『大丈夫か』とかありきたりな挨拶はしないからこっち見ろ」


 駄目だ、俺たちが後ろから好き放題に言っても見向きもしない。

 横から見ても防護服の気密性が表情すら守ってるし、ガラス容器だの管だのが複雑に繋がった道具の意味も謎だ。

 返事は一向にない。耳にできるのは地下に流れる陽気でゆっくりしたテンポの音楽だけだ。


「先に言うけど茶化しにきたわけじゃないぞ。お前が頭カチ割られたのは俺の責任だ」


 透明な隔てをノックしてからそう伝えた。

 ひくっと動きが止まったようだ。それからあいつは目の前に没頭したまま。


『お前の心配などどうでもいい。ああなってしまったのも俺があの有様を探ろうと勝手に躍起になっていたからだ、ろくな死に方ができないことも覚悟していた』


 苛立った調子で返してきた。良かった、言葉遣いもいつも通りだ。

 ヌイスが言ってた通り、こいつは自分たちの薬がひどい悪用のされ方をしていることに腹を立ててるんだろう。


「その、なんだ、ヌイスから聞いたよ」

『何をだ』

「メドゥーサ教団の薬がクソ素敵な形で無断使用されてて、そいつを調べようとしてたところとかな。あとそういうのに死ぬほど腹立ててたってことも」

『薬ではない、毒だ』

「似たようなもんだ。お前、自分たちの薬があんな使われ方してるのを気にしてたんだろ? それに薬漬けにされてるやつのことが心配そうな感じもしたぞ」


 どうせ振り向かないんだ、トルティーヤチップスをばりばり食った。

 クラウディアにも差し出すと咀嚼音もばりばり二倍だ。それでもあいつは振り向かないが。


『イチ』

「なんだ」

『ここまで来て俺がまだメドゥーサ教団に未練たらしくしているといったら、お前は笑うか?』

「いいや? 俺だってまだボスが恋しいし、後悔してることも山ほどある」

『ならば我らの作った薬が快楽を貪るためや、女をいいように扱うための道具として利用されて腹を立ててると言ったら笑うか?』

「薬漬けにされて苦しんでる連中と腹を立ててるお前がセットだぞ、笑えるか」


 クリューサの背中にはちゃんと感情が籠ってる。

 そんな時、ミコが『えっと』と言い出したので手元に返してもらうと。


『その……クリューサ先生は自分たちの薬が女の人にひどいことをするために使われてて、責任を感じてるんですよね?』

『だからなんだというんだ』

『でも、そんな人たちをどうにかしたいって顔をしていましたよね』

『知るか、お前の見間違いではないのか』

『……だってわたしたちに話してる時、ずっと怒ってるような、後悔してるような感じでしたから。今も助けてあげたいって気持ちでいっぱいなんだって、そんな風に見えます』


 窓越しに次々と言葉を投げかけられて、とうとう向こうの動きが止まった。

 けっして振り返るつもりはないらしい。けれども手は動かぬままで。


『まず第一に、メドゥーサ教団を死してなお利用する魂胆が気に食わん。どこの誰の仕業か知らんが、こんな遠く離れた地に我らの知識をいいように歪めて広めるなど実に腹立たしい、反吐が出る』


 はらわたが煮えくり返ってそうな声がした。手はまだ止まらない。


『我らの失敗作が奇跡の秘薬だと? あれをやつらの政治の都合や金儲けに利用した挙句に、人間を商品として扱うようなビジネスの引き立て役として扱うなど屈辱の極みだ、死ぬほど不愉快だ』


 身振りは相変わらずなものの背中は確実に怒っている。まだ続きそうだ。


『……我らメドゥーサ教団はアリゾナ・ウェイストランドで数え切れぬほど命を奪ってきたが、薬で人を奴隷に落とすような汚らわしい行いだけは誓って一度もしなかったものだ。まして取り出した人の臓をたかだかチップと取り換えるなど、医術と共に生きてきた我々にとって最大の禁忌だ』


 また動きが止まった。こんなにべらべらと喋るクリューサは初めてだ。


『我らの薬で我らの教えに反する行いをするなど、俺にとってどれだけ皮肉なことかお前たちに理解できるか? 薬というものを理解せずおぼれる馬鹿どもは死んでしまえ、これ見よがしに薬をばら撒く傭兵どもも皆殺しにされてしまえ、たとえ泣いて懇願されてもラーベの血が流れる人間は決して助けん、誰一人としてだ』


 ……まあ、ちょっと言葉がいつもより過激だが。

 デュオが「おー怖ぇ」だとかこっそり挟んだので一瞥しておいたが。


『その通りだミコ。俺の人生が馬鹿にされているようで腹立たしいし、我らの薬がくだらない企みの小道具として用いられていてこうして悔いている。あわよくば、そうなってしまった女どもに然るべき始末をつけたいということもな――どうだ? 皮肉すぎて笑えるだろう?』


 最後にあいつの後ろ姿は皮肉な形で笑っていた。

 見守るクラウディアは黙ったままだし、デュオはしっかり耳にしてる、だがしかし――


『笑いません。クリューサ先生がいつだって医療に対してまっすぐなこと、ずっと前から知ってますから』


 肩の短剣は自虐的な問いかけに実にあっさり返したようだ。これには参ったのかため息が聞こえた。


『……できることならフランメリアとやらに行く前に俺の中に残るしがらみを軽くしたいのもある。これからは今までと少し違う生き方をしてみたい。ただそれだけだ』


 結果はクリューサの負けだ。ずっと付き添うダークエルフが「ふっ」と笑んだ気がした。


「そうか。クリューサ、ようやくお前のことを聞けて私は嬉しいぞ」


 この二人の間にはいい仲があるんだろう、そういってお医者様の相棒は場を後にした。

 そういうことか。だったら一緒にダムを目指す仲だ、気持ちのいい新生活のために俺も手を貸してやろう。


『……聞くが、件のカジノには敵しかいないんだな?』


 ラボの知的な作業風景は変わらないまま、次にはそんな問いかけがきた。

 するとデュオは「待ってました」とばかりの笑みだ。


「いいこと教えてやるよ。聞いた話だとカジノに色んな場所から傭兵が集い始めてるそうだ」

『なぜだ? こちらに攻め込むつもりなのか?』

「どうだろうな。だがあいつらがカジノの宣伝を広めて、それにほいほい釣られたやつらが色んな思惑で集まってるのは確かだ」

『宣伝だと? どういうことだデュオ』

「あいつらさっそくストレンジャーを退いたってふれこみでラーベ中に広告流してるとさ。なんならお前たちが逃げる姿も放送中だ、おいしい場面だけ都合よく切り取った上でだが」

『ふん、実際には何人も殺されてウォーカーすら歯が立たなかっただろうに』

「工作すんもラーベ人間のたしなみだ、そういうのを信じちまうのもな。それとあの辺の市民はほぼレッド・プラトーンに同調してるのが分かった、だからあんな数揃えられたんだろうな」

『サベージ・ゾーン丸ごとか。それにしても俺たちがひどい目にあって間もないのにそこまで調べがつくとはな』

「バロールを裏切ってくれたお馬鹿さんに手伝ってもらったんだ、許してほしけりゃ手伝えってね。持ち帰ってくれた情報のおかげで手札はだいぶ増えた、感謝するぜ」

『俺はただ勝手に加わって自滅しただけだ。それで、これからどうなる? 大規模な殺し合いに発展するぐらいは想定しているが』

「どんだけキレてんだよお前は。いいか、奴さんが本気ならもっと気合の入った連中がサベージ・ゾーンに雪崩みたいに押しかけてるだろうさ。まだ俺たちに攻め込む口実がねえのよ」

『やつらが忌み嫌うストレンジャーが白昼堂々と現れたのにか』

「ああ、しかもバロールが関与してることもうすうす感づいているはずなのになーんもしてこねえ。こりゃ何かあるぜ」

『そもそもやつらはラーベ社に忠誠など誓っていないだろう。今回起きたことも上が望まぬ形で勝手にやつらが行っただけで、実際は本腰を入れて戦争を始める気などないのかも知れん』

「あっちの人口と民度的に上と下とでえらい齟齬が生じているのかもな。まあ、つまりあの辺は丸ごと敵だ、全部ぶっ殺しても俺は許すぜ」


 ガラスを隔てた二人の会話は物騒な方向に傾いてる。

 そばで聞くに、帰ってきてさほど時間が経ってないのに状況がこうも進んでいるのはバイソンズの情報のおかげなんだろう。

 話のオチは『そうか』というクリューサの短いつぶやきで。


『おい、聞こえているかドワーフども。ヴァルハラ・ビルディングの部屋に備えてあるアロマディフューザーをかき集めろ、そして俺の言う通りに改造しろ』

『おーおーなんかキレちゃっとるのうお前。こりゃ面白いことするつもりじゃな?』

『わし分かる、これ人がいっぱい死ぬやつじゃ。スティングに残っとるやつらにゃ悪いが楽しませてもらおうじゃないの』

『なんとなくじゃがお前の考えはよー分かった。任せな、わしらがすげえの作ってやらあ』


 俺の脳みそと目はだいぶ良くなってるだろうが、心なしか防護服越しに強い殺気が見えた。

 なにより無線機にかかる言葉がそうだった。こんなに冷たく殺意のこもった言い方なんて初めてだ。 


『デュオ、よく聞け』

「聞いてるさ。分かるよ、やり返してえんだろ?」

『そうだ。あのクソカジノに住み着くゴミどもも、それにすがる薬中どもも皆殺しだ。サベージ・ゾーンを浄化してやる』

「おいおい過激じゃねえか。そんなことできんのか?」

『お前たちシド・レンジャーズはよく知っているはずだ。もう忘れたのか?』

「あんなの忘れられると思ってんのか毒蛇くんよ。お前らはシド将軍やボスのトラウマだ」


 怒りを墓場まで持っていかずに済んだお医者様はそれっきりだ。

 俺に分かるのはそこで大勢の人が死ぬ何かを作っていることと、言うだけ言ってスッキリしたってことぐらいか。


「なんていうか、うん、元気そうでよかったよ。頭大丈夫だよなあいつ?」

『ほんとに大丈夫なのかな……? だってクリューサ先生、いつもより怖いよ……言ってることも物騒だし、もっと心配だよ』


 気がかりなのはサベージ・ゾーンを消し去りそうな口調だが、デュオは「心配いらねえよ」と誘ってきた。

 危なげなラボから離れると、にやついた顔が無線機を促す――聞かれたくないようだ。


「なあお二人さん。ボスが一番恐れてたのはミリティアでもライヒランドでもなくて、メドゥーサ教団だった……なんていったら信じるかい?」


 あいつは壁際の自販機にパスをかざしながら尋ねてくる。

 ボスの最大の脅威だなんて言い回しは初めてだ。冷たい缶入りのジンジャーエールが手渡された。


「あの人が? まあ確かにメドゥーサ教団って単語に苦い薬でも飲まされてるみたいな顔してたよな」

『クリューサさんのいた組織が……ですか?』


 かしゅっと開けて一口飲むと甘辛い口当たりだ。デュオは俺たちの反応を楽し気にしてる。


「お前にゃメドゥーサ教団についてはあんまり話さなかったよな」

「ああ、ヴェガスに蔓延ってるレイダーの一つだったことぐらいだ。薬が大好きでお医者さんごっこしてるとかだったか?」

『薬と医学を重んじてる人たち、でしたよね? プレッパーズの人達や、シド・レンジャーズとも因縁があるって聞きましたけど』

「そう、大体そんな感じだが実際は俺たちの最大の敵でもあったんだぜ? ボスが嫌な顔するもんだから説明は控えたが、メドゥーサ教団ってのはひとたびその気にさせちまったらどうしようもない組織だったんだ」


 その口から出てきた言葉は意外だ。にやつく顔に真剣さが隠し切れてない。


「俺にあるイメージはせいぜいアルテリーの一件で知らぬ間にぶっ潰れてたぐらいだ」

『でも、おばあちゃんは『一生の仇』だって言ってたような……?』

「あいつらは毒を持って忍び寄ってくるんだ、マジで毒蛇みてえにな。それで先代レンジャーたちが棺桶三ダース分はくたばったし、ボスや俺の部下もクソほど死んだもんだ」


 もっと言えば忌まわしそうでもあった。薬より苦いものがあったような顔だ。


「だからボスはあんなに拍子抜けしてたのか」

「そうさ、俺もあんな顔見るの初めてだったぜ。つまり……あいつらの本質はお医者さんじゃねえ、気づいたら命をかっさらいにくる暗殺者だよ。クリューサだってそうだ」


 話のオチはガラス越しの誰かに向けられてた。そのままデュオは皮肉な笑い方をして。


「あいつの人柄がどんなもんか、お前はどれくらい知ってるよ?」

「愛想悪いし顔色は死んでるしいつも俺に皮肉の処方してくるひでえやつだ。最近は振り向く気配がないからそろそろあいつが幽霊じゃないかと疑ってる」

『いちクン、こんな時にそんなこと言わないの……』

「ごめんなさい」

「ははっ、いい答えだがちっとも分かってなさそうだ。実際のあいつはお前らに振り回されてるお医者さんなんかじゃねえよ」

『クリューサ先生が……?』

「そうだミコサン、あいつは何を隠そう教団のトップが手塩にかけた息子だ。 言うならば『ボスとストレンジャー』って感じの関係かね」


 いまいち今の俺たちには信じがたい事実をそこに重ねたようだ。

 防護服姿で黙々と没頭するあれが暗殺者だって? ミコと視線で確かめるも、デュオはなぜか楽しそうだ。


「お医者様を怒らせちまったってことは、カジノにいるやつらどころかサベージ・ゾーンの人間が大勢くたばっちまうかもな。お気の毒だねえ」


 そうやって意味を深く込めたコメントだけを残して、また一人去っていった。

 ついでにすれ違う形で白黒メイド姿もやってきた。


「イチ様ぁ、クリューサ様のお頭が心配なので差し入れにきたっす~。まだご存命っすか?」


 だいぶ失礼な言い方だが気を使ってくれてるらしい。手に持ったエナジードリンクの缶は行き過ぎてるが。


「あいつなら皮肉を言うほど元気だよ。あと怪我人にエナドリ飲ませるな」

『あの、せめてもうちょっと身体にいいものにしよう……?』

「何かなされてるようなんで景気づけにどうかなーと思ったっす! ところで何してんすかあの人」

「デュオが言うには大量殺戮の前触れだってさ。つまり今はほっといてやれ」

「わ~お」


 不相応な見舞いの品は没収だ。代わりに頂こうと思ったが、健康上の助言を思い出してやめておいた。


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