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毒と健康は紙一重(5)


『――君たちが今いる場所はかつて工場地帯として開発されていた区域だ。まるで巨大な廃墟だけど、表立てないパトリオット・バイソンにとっては都合のよい場所なんだろうね』


 すぐそこにある光景は無線越しの淡々とした言葉をなぞっていた。

 マーケットから境界線まで南下したあたりから、未完のままの工場や倉庫が何度も目に付くようになっていた。

 錆びついた工業エリアだ。人気も乏しく、景気の悪そうな人間が時々見える。


「マジでここなのか? そいつら実は地縛霊かなんかじゃないよな」

『その時はミコ君にお祓いでもしてもらってくれたまえ。で、彼らは工場の一つを手直しして住居として使っているらしいんだ。牛の看板を掲げた食品工場なんだけども……』

『……いちクン、牛ってもしかしてあれかも』


 ヌイス曰く目印は牛だそうだが、不安そうな短剣とそれがちょうど重なった。

 なんてこった、遠くの看板に草をはみ続ける牛がいる――また会ったな。


「オーケー、居場所が判明した。俺の顔見知りが教えてくれたぞ」

『顔見知り……? まあ見つかったようで何よりだ、時間もぴったりだね』


 親切な牛くんに「どうも」と一礼してからその工場を歩き探る。

 人が住んでいる形跡だらけだ。あちこちはお手製の壁でみっちり塞がれて、特定の場所以外からの侵入を拒んでる。


『……連れていかれたっていう人たち、きっと今もカジノでひどいことされてるんだよね? 早く助けてあげたいよ……』


 手がかりを探っていると、肩の短剣が不安げな音色だ。

 心配するな相棒、例のカジノの非道の数々には俺だって思うところがあるさ。優しく叩いてやった。


「すぐに廃業させてやる。デュオ、一石三鳥どころか倍になるかもな」

『へっ、そしたら感謝の気持ちも倍だな。こっちは今ヌイスに色々やってもらってるとこだ』

『さっきニシズミとコンタクトが取れたよ。こっちが手に入れた情報を伝えたら向こうの情勢をすんなり教えてくれた』

「今の俺たちの状況とどう絡んでた?」

『やっぱりこの頃になって急に行方不明事件が多発していたそうなんだ、それからバロールでもつい先日数件あったのがやっと確認できた』

「つまりカジノに無理やり就職させられたお姉さんがたがいっぱいってことか。助けがいがありそうだ」

「なーに心配いらねえよイージス、こっちにゃストレンジャーにジータ部隊だぜ? 囚われの姉ちゃんたちをきれいさっぱり奪い返して大円団にしてやっからよ」


 相棒の心配はタロンの軽口もあって『……はい』と少し落ち着いた。

 とはいえ俺たちの想定が崩れているのは違いない。クリューサもその点について考え込んでるようで。


「だがヌイス、お前たちの言う何もかも吹き飛ばす計画が逆に吹き飛んでしまったようだぞ。これからどうするつもりだ?」

『必死に考えてる。当初のプランはもう駄目だ、一体どれほどの人数がどんな配置で囚われているのか分からなきゃ攻め込めない。幸い、あのフットワークの重いニシズミ社が話に応じてくれて協力を仰げそうなのが救いだけど』

『でも商売させられてるやつらの大部分はニシズミの人間なんだぜ? 俺たちが下手なことして死なせてみろよ? これからの付き合いに影を落としちまうだろうし、今のラーベがそいつをダシにバロール叩きでもしたらたまったもんじゃねえよ』

「連中に果たしてそこまで悪知恵が働くやつがいるかは分からんが、ニシズミの人間を盾にされてうかつに手を出せなくしているのは違いあるまい。薬の症状が深刻になる前に対処しなければ手遅れになるぞ」

『おまけに時間制限つきか。やれやれ、次から次へと問題が重なって賽の河原に放り込まれた気分だよ』


 いまだに変わらない不機嫌さが足取りによく浮かんでいた。

 メドゥーサ教団の薬の件が間違いなく絡んでそうだ。そんな気難しいものが全身にこびりついてる。


「……ミコ、もしかして愛国的っていうのはこういうことか?」

『うん、アメリカの国旗だね。一緒に描かれてるのは牛かな?』


 しばらく壁を辿っていると途中で星と赤白のストライプが気を引いた。

 お手製の古き良き国旗がシンボルのようだ。太くて逞しい牛がアクセントだ。


「へっ、ほんとにそれらしいじゃねーの。立派なバイソン添えやがって」

「主張の激しい牛だな、気に食わんデザインだ。きっとろくでもないやつらに違いあるまい」


 目印に食いつく二人を背に「いくぞ」と静かに踏み込んだ。

 ところどころむき出しのコンクリートを踏むと、人の暮らす匂いと温かい空気をすぐ感じた。


『ねえ……ちょっと静かすぎないかな? 変な感じがする……』


 けれどもミコのふとした疑問形に俺たちの意識が切り替わる。

 出迎えもなければ音一つしない。なのにさっきまで誰かがいたような生活感だけが残ってた。

 ストレンジャーを警戒しているのか、洒落たサプライズなのか、それとも罠なのか。何にせよいい印象はない。


「イージスよぉ……残念だがお前のいやーな予感は的中だぜ。こいつを見ろよ、6.5mm弾の薬莢だ」


 とうとうタロンが突撃銃を抜いた。薬莢が山ほど転がってたからだ。

 足を止めて触れると温かい――隠していたリージョン自動拳銃を抜いた。


『……薬莢? いちクン、もしかしてそれまだ温かい?』

「ああ、第一印象最悪の温度だ」

「そもそも時間通りに来てやったのに出迎えもこねえ時点でアレよ。まーた想定外の事態だ」

「ふん、パトリオット・バイソンどもの腹の内を探る手間が省けたようだな」


 クリューサも目の前の皮肉な痕跡にリボルバーを掴んだ。

 それは血だ。真新しい赤色が何かから逃げるように奥へと引きずられていた。

 一番の悪い知らせはその持ち主もいることだ。普段着に軽く防具をあしらった姿が山ほど死んでる。


「こっちじゃ死体が来客に対応する文化でもあるのか? それともこういうインテリアじゃないよな?」

『……そこで死んでいる人々は間違いなく彼らだろうね。いったい何があったっていうんだい?』

『内通者とやらがどうしてこんな目にあってんだ? 何かおかしいぜこりゃ』

「さあな、今分かるのはラーベっぽくない連中が追い回されるようにぶっ殺されてることだ。身体の向きと倒れ方からしてちゃんと反撃はしたらしい――押し切られたけどな」


 何かと戦ったであろう死体の悲劇的なドラマは工場奥まで続いてる。

 カービン・キットを組み立てながら悪い知らせの方へと進んだ。


『イチ君、これはもう当初の予定からかけ離れてる状態だ。向こうの協力は諦めてそこから脱出した方がいい』

「逆に言えばパトリオットなんとかが本当に俺たちの味方だった証拠だろ。こっちに有利なもんがまだあるかもしれない、急ぐぞ」

『う、うん……! もしかしたら、まだ生きてる人がいるかも……!』

「もう退けねえところまで踏み込んじまってるだろ、行くしかねえぜ」

「こうなった以上、お前たちについていくのが一番安全だ。ストレンジャーはつくづく運のないやつだな」


 『まったく君たちは』と深刻に呆れるヌイスに構う暇もない、急ぎ足だ。

 通路を彩る死体の数がどこまでも増えるが、行き止まりはすぐ近くだった。

 最後にたどり着いたのは倉庫だ。奥の壁に誰かがもたれかかってる。


「……あ、あんた……もしかして、ストレンジャー……」


 俺たちを待っていたのは絶望的な人間の姿だ。

 成すすべもなく撃たれまくったんだろう。全身は血だらけ、腕は千切れかけ、頭の一部が赤く弾けていた。

 咄嗟に服の隙間から『ヒール』の一句が人だった何かに向かうが。


「よせ、頭部の一部が吹き飛んでる。無用の痛みを与えて苦しめたいのか?」


 医者がそういうんだ、どう見ても手遅れなそいつに魔法が不発した。

 もしそこに救いがあるとすれば、初老ほどの男の顔に安堵があるぐらいだ。


「よお、約束通り来たぞ」

「ほんとうに、きて、くれ、罠だ、早く、逃げろ……! わ、私の……家族……無念……1……7……7……6、7、4……」


 べっとりとした手がどこかを刺していた。

 血まみれの指先が示すのは雑に置かれたパレットの一つだ。

 蹴とばすと床に電子金庫が埋め込まれてあった。ミコがすぐ『177674』と言い出したのでその通りに解くと。


「報告だ。確かにブツを受け取った、今すぐ離脱する」

『……何もできなくてごめんなさい』


 小さな鞄が大事に閉じ込められていた。嘘偽りのないものに違いない。


『彼らは誠実だったんだね。成果は十分だ、そこから速やかに離れてくれ』

『くそっ、マジで命かけやがって……少しでも疑っちまった俺が馬鹿みてえじゃねえか。逃げろお前ら、やべえぞ!』


 ということは俺たちが狙われてるのも事実だ。来た道を全力で戻った。

 工場を飛び出すと、ずっと付きまとっていた悪い予感がとうとう形となって現れた。


「ストレンジャーだ! チャンスだ、ぶっ殺せ!」

「次はあいつらだ! 逃がすな!」

「60000チップだ! 待てコラァ! 四肢ねじ切って玩具にしてやる!」


 いったいどこに潜んでいたのか、ギャングとも傭兵ともつかない小汚いラーベの市民たちが数えざわざわ駆けつけてきた。

 刃物か鈍器か銃器か、まとまりのない得物を手にぎらつく目で『60000チップ』を求めてる。

 銃口で逃げ道を探ると街中から派手な音楽も流れた。俺たちに向けたサプライズなのは明らかだ。


「住民けしかけてBGMつきで歓迎してくれるなんて気取ってんなクソ野郎!?」

『あ、あんなに沢山……!? 何なのこの人達!?』

「傭兵でもギャングでもねえぞありゃ! ただの武器持った市民だ!」

「薬漬けのな! くそっ、レッド・プラトーンはよほど趣味が悪いようだ!」


 薬と覚悟のキマった暴徒たちが四方から押し寄せてくる。

 廃墟から派手に現れた一団に45口径を手当たり次第速射した。クリューサの九ミリも混ざって人の群れが崩れていき。


*Brtatatatatatatatatatatata!*


 ダメ押しとばかりの誰かの突撃銃がそこを薙ぎ払った。

 薬中の壁がハイになった悲鳴を上げて綻んだ。銃剣を片手に突っ込む。


「に、にがすかぁぁぁぁ! 死ねっ死んで大金持ちだぁはははははは!」

「みんなこっちだ! 囲め囲め囲め! 殺せ殺せ殺せ!」


 バットと鉄パイプを持った二人組が立ちはだかる――左寄りに一気に詰めた。

 振りかぶる野球用の道具より早く踏んで首をざっくり斬りなぞる。

 次いで迫る一撃に軽く翻って蹴り流した。【レッグパリィ】だ、そこから逆手持ちの銃剣で脇腹を突く。


「買って正解じゃねーかチクショー! どきやがれクソがぁぁぁ!」


 そこにタロンの攻撃を感じた。穿った相手を捻り倒して横に逸れる。

 見境のないフルオートが「ぉほぉ!」と苦しむそいつごとあたりを散らしたようだ、余りものをカービンで撃って捌く。


『そのまま左に曲がってバロールを目指すんだ! 今ハーレー君が向かってる!』

『アホみてえな音楽流しやがって、趣味悪いな! 走れ! 捕まるな!』

『俺の出番か。なんとかして南奥まで逃げ込め、そこなら俺の狙撃範囲だ』


 耳に伝わる指示に蹴とばされるように人混みをこじ開けた。

 廃工場の間を抜けて広々な道路まで一心不乱に走るが、前も横も後ろも敵だらけだ。

 まるでゾンビ映画のそれだ。武器を持った暴徒が血眼で俺たちを求めている。


「あそこに逃げ込め! 包囲されるよりはましだ!」


 また一人45口径の制止力で転ばせると、クリューサの拳銃が誰かを撃った。

 その後ろにそれはあった。こまごました建物が身を寄せ合ってる。

 錆びだらけの裏路地が長く続いて、後ろと左右からくる追手の数に比べたら死ぬほど頼もしい。


「どこに繋がってんだ!?」

「心配してる場合じゃねえだろ! 先に進め、ケツの安全は保障してやる!」

「少なくとも薬中で圧死だけは避けられるだろう!?」

『取り乱すなお前たち。そこを突破すればバロールへ続く道路はすぐ――待て! 屋根に敵がいるぞ!』


 「見つけたぁ!」と現れた薬中をぶち抜きながらそこに押しかけると、すぐに状況がダネル少尉の言葉と重なった。


『いちクン! 上に敵が……!』


 忍ばせた短剣の声にならって見上げると――いた、黒い身なりのやつらだ。

 武器も格好もがっしりしてるそいつらは間違いなく薬中じゃない。あれはレッド・プラトーンの傭兵だ!


『すげえ、隊長の読みは大当たりだぜ! しっかり撮影しとけよ野郎ども! いい宣伝になる!』

『このまま豚どもにやらせるなよ、こいつらは俺たちの手柄だ! まとめてぶっ殺しちまえ!』


 建物の屋根から身を乗り出してきたが、カービンを短く叩き込んでご挨拶だ。

 不用心に上半身を晒していた誰かが倒れた。更に言えば――


『やつらの足を止めろ! グレネーどっっっっ』


 屋上で今まさに俺たちの足止めをしようと意気込んでたやつの首が吹き飛ぶ。

 ぼしゅっと鈍く弾けたそいつは絶交した手榴弾を落としたようだ。お仲間が「ばっおま」と一句残して爆ぜた。

 そして事の流れにしたがって突撃銃がごとっと落ちてきた。こんな粋なことをするのはダネル少尉だ。


『派手な宣伝の割に大したことないな。そこからは射程範囲内だ、可能な限り撤退を支援する』

「援護どうも。お茶目なことしやがって」

「なんだよあいつらうちの少尉にやられてるじゃねえか。ストレンジャー、やっちまえ!」


 頭上の心配がなくなるとタロンが落ちたての得物を蹴り上げた。持ち上がるそれを俺は逃さない。

 ラーベ社のロゴが刻まれた得物だ。弾倉が5.56mmより大きい上に、チャージングハンドルが見当たらない。

 あった、本体右側だ。カービンを下げて引っ掻くように初弾を確かめた。


「オーケーよく分かった! 何もかも傭兵どものせいだ!」


 「装填!」とタロンが引いた。入れ替わるようにハンドガードを上から抑え込んでトリガを絞る。


*Brtatatatatatatatata!*


 308口径ほどじゃないちょうどいい反動だ。よたよた駆けつけてきた薬中ご一行が鉛中毒で急死した。

 すると別の屋上から黒ずくめが姿を見せた。咄嗟のリボルバーが処方されて引っ込んだ。


「もし薬中どもの仕業ならばバイソンズはもっと下品にくたばっていたことだろうな! お前の言う通り傭兵の仕業か!」

「なるほどこいつらレッド・プラトーンに焚きつけられてる感じか!? 常連さんけしかけてくるとかおもしれーことしやがるぜ!」


 三人で尻と頭を守りながら進んでいるとばばばっ、と連射音が立った。

 また上からだ。突撃銃らしいインパクトが脇腹を掠った――痛え!

 肉の一部を持ってかれた痛みだ。じゃあ内臓は無事だ、室外機を盾に覗いてくる頭を発見、短連射で仕留める。


「くっそ……! 痛えなオイ! やってくれたな!?」

『いちクン!? 大丈夫!? 撃たれたの!?』

「撃たれたくせに元気じゃねえの! あともうちょいだ、そのままキレてろ!」

「せめて血を止めろ馬鹿者! スティムを使え!」


 今度は窓から銃身が出てきた、反射的に撃って抑え込むとそこで弾切れだ。

 同時に腹から血がたらたら溢れる感触が強くなってきた。お医者様の投げたスティムを掴んでそこにぶっさす。

 注射が苦手だが今は忘れた。中身を打ち込むと腹に力が戻ってくる。


「薬ぃぃぃぃ! クスリぃぃぃぃぃぃぃ! 苦しいぃぃぃ!」


 すると窓からも薬に酔った市民様が出てくる。なので逆手に持った突撃銃で然るべき治療だ。

 具体的には銃床で喉をぐしゃりと潰した。その勢いを使って振り向きざまに追手めがけて得物を投げる。

 「おぎゃっ!?」と誰かの顔が潰れると、合いの手の狙撃がまた傭兵の誰かを弾いた。


「あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ……!?」


 不幸にも目の前に落下したそいつはコンクリートに冷たく迎えられたようだ。

 俺は苦しむそれを目ざとく触った。傭兵らしいタクティカル・ベストから弾倉を抜いてタロンにパス。


「タロン! 弾だ!」

「こりゃどうも! やっぱお前レンジャーになれよ悪いこと言わねえから!」


 目の前はがら空きだ、用済みの傭兵を避けて裏路地を駆け抜けた。

 後ろから『待って』と苦し気な声がしたが、薬中たちの足音を前に盛大な悲鳴に変わった。

 一瞬振り向くと市民に群がられた傭兵がゾンビ映画のようにひん剥かれてた。


『トラブル発生だ、お前たちの進行先にラーベの警察車両が向かっている!』

「なんだって!? それっていい知らせか!?」

『いいわけがあるか! 後ろにやつらのウォーカーが追従してるんだぞ!』

「傭兵と警察がグルってことかよ! なんて素敵な組み合わせだ!」


 と思ったら悪いニュースだ。今日は厄日として覚えてやる!

 またどこからともなく現れた不健康な人間に遮られた、腹に数発撃ち込んで治療した。

 お次はエンジンの爆音だ。ぐちゃぐちゃ生々しい衝突音と悲鳴の大合唱が追いかけてきて。


『ヒャッハァァァァァッ! 俺の車は真っ赤だ! 俺も真っ赤だァァァッ!』


 汚らわしい赤に染まったオープンカーが群れを挽き潰しながら迫ってくる!

 必死にしがみつくラーベ市民数人をアクセサリーにしたそれは――俺たちに目もくれず追い越していった。ふざけんな!


『まだ猶予はあるからとにかく早く駆け抜けろ! 敵の増援を可能な限り足止めする、急げ!』


 これで行く先には追加でチップ目当ての警察とウォーカーだ。それでも逃げ場は一つしかない。

 左右の建物から薬中がとめどなく溢れてくる。槍を持ったやつが通せんぼしてきた。


「はぁっ……はぁ……! 我らの、薬で、ふざけた真似をしやがって……!」


*pam! pam!*


 迷うことなく突き出されたクリューサの得物が抑え込んだ。

 腹に二発食らったのに「まっまだ元気!」と目をぎらつかせて笑ってる。そいつから槍をひったくって走る。

 うちのお医者様は体力不足が祟って苦し気だ。ちゃんと運動しとけクソが!


*zzZZVAVAVAAVAVAVAVAVAVAVAVAMMmm!*


 その時だった、背後で重すぎる連射音がつんざいた。

 まさに爆音と言わんばかりの独特の銃声だ。同時に俺たちのそばにがしがしと衝撃が立った。

 足がビビるほどの重さだ――人間の悲鳴の合唱も混じってつい振り向くが。


『逃がすかよぉぉっ! 退け退け! 俺たちの邪魔をするな豚どもがぁ!』


 本当に嫌なものが向こうにあった。あのウォーカーだ!

 獲物を見つけた『カフカMark1』がラーベ市民を物理的に散らしながらこっちに走り込んでいる。

 4メートル以上の巨体は裏路地を赤く染めて猛進中だ。冗談と言ってくれ。


『う、嘘……ウォーカーが来てる……!? に、逃げて! 早く!?」

「ワーオ、あいつらこの上なくマジみたいだ。どんだけ俺のこと嫌いなんだ?」

「それかぶち殺してえぐらい愛してるんだろうよ――っざけんなガチじゃねーか死ねラーベのクソボケども!」

「ふ……ふざけるな……わざわざウォーカーまで持ち出すか……!?」


 オーケーもう二度と振り向くもんか。槍を片手に逃げて駆けた。

 四問の重機関銃がコンクリートを削ろうが、背後で山ほどの人間がミンチに加工されようが、また屋上から傭兵が撃ってこようがもう止まれない。

 ばすっとクリューサに銃弾が掠って怯んだ。俺はすぐにミコを向けて。


『クリューサ先生、もう少しです! ――【セイクリッドプロテクション】!』


 防御魔法をかけてもらった。漂う青い盾で目立つがないよりはマシだ。

 ところがそれもすぐに崩れてしまう。優位に見下ろす傭兵たちの銃撃がしつこく追いかけてくるからだ。

 裏路地の終わりはもうそこだ。バロールとの境界線と繋がる道路がやっと足に触れるも。


 ――がしゃんっ!


 そこで待っていたのは一足先にたどり着いたもう一機のウォーカーだ。

 傭兵のシンボルがしつこく表現されたカフカMark1が、ちょうど俺たちをもてなそうと重機関銃つきの腕を持ち上げていた。

 ガラス一枚に覆われたコックピットにしたり顔の傭兵が良く見えたが。


『残念だったな! 挟み撃ちだっ! せいぜい俺たちの引き立て役に』

「――おらあああああああああああああっ!」


 口上にあわせて手元の得物を放り投げた。

 具体的には【ピアシング・スロウ】による投げ槍だ。見下すそいつに鉄製の槍がかっ飛び。


 ばきんっ!


 粉砕音を立ててコックピットをぶち抜いた。操縦手が串刺しになるのもよく分かった。


『ぎゃあああああああああああああああああああっ!? い、痛でえええええええ! なんだこれっ、刺さっ、ああああああああ……!?』


 追撃のウォーカーは悲鳴を拡声しつつこっちによろよろ向かってきた。

 さっと避けると串刺し血まみれのそれは裏路地へ突っ込んだ。振り返るつもりもないが派手な轟音が響いたのもすぐだ。

 何が起きたかはタロンの表情で分かった。まるで巨体二つが衝突事故を起こしたような顔だ。


「いや、お前、槍でウォーカー仕留めるとかマジぃ……?」

「操縦席ガラス張りにしたやつが悪い。これで逃げやすくなったな」

『ま、またウォーカー倒しちゃったの……!?』

『ははっ! やりやがった! いい絵が取れたぜ、今度ボスに見せていいか?』

『化け物かい君……? いや呑気にやってる場合じゃないよ、今のうちに道路に沿って境界線まで向かうんだ!』


 カービンに弾倉を叩き込んで逃走劇を続けた。

 そんなところに左手から派手なサイレンが響く――パトカーが60000チップ目当てに駆けつけていた。

 慌てたタロンが迎え撃つが、むしろアクセルを強めて詰めてくる。


『どこに【槍はウォーカーより強し】という言葉を作るやつがいるんだ。だが俺の腕前だって中々に乙なものだろう?』


 しかしこっちには狙撃上手なおっさんもいる。遠目にばふっ!とタイヤが弾けるのを感じた。

 たった一発の小銃弾でハンドルを奪われた一両がぎゅるぎゅる重心を立て直そうとするが、けっきょく負けて滑り回った。

 後続の数両は先頭の緊急停止に巻き込まれて大事故になったようだ。お見事。


「援護どうも、これで大量解雇だ」

『十数人分は給料を払わなくて済むんだ、ラーベ社もさぞ感謝しているに違いない。さあ行け』

「見たかストレンジャー? うちの少尉もやるもんだろ?」


 ダネル少尉の援護と思しき銃声も遠くから聞こえてきた頃だ。パトカーから這い出てきた警察官の頭が弾けた。

 ウォーカー衝突事故で裏路地の人だかりも足止めを喰らってる。これで逃げ延びる可能性はぐっと上がったはずだ。


「うおぉぉぉぉぉぉぉ俺がサベージ・ゾーンのレジェンドだぁぁぁッ!」

「いたぞ! ぜっっってええええええええええ逃がすかぁぁぁ!」

「手足もいで皮はいで内臓とって目玉も舌もうへへへへへへへへっ!」


 そのはずが、目先の廃墟からまた別の市民の群れが現れる。

 中でも一際物騒なやつが目立っていた。機関銃と弾帯を派手に持った男だ。

 ふらつく手がばばばばっと遠慮のない銃撃で俺たちをなぞってきた。幸い初弾は豪快に外したらしい。


「どっからこんなに出てくるんだ!? 畑から取れてんのか!?」

「数多すぎんだろ!? 暇なやつかき集めたんじゃねえの!?」


 一刻も早く腰からシールド・デバイスを抜いて立ち上げた。

 青色の膜がばちばちと5.56㎜の連射を防いだ。ゆらめくシールドからカービンを構えて数連射。

 そいつが踊り倒れると、引きっぱなしのトリガが周りを迷惑に巻き込んだ。

 空いた穴を塞ぐように次が立ちふさがるも「ぶっころ」と口が吹き飛ぶ。ダネル少尉の仕業だ。


「くっ……! こいつらはただの薬中じゃないぞ! 戦闘用ドラッグで――」


 また一つ道をこじ開けようとした時だ、クリューサの文句にぱんっと銃声が重なる。

 振りむけばクリューサが太ももを抑えていた。崩れそうになるも耐えたが、ほんの僅かな停滞にあいつらは目ざとく。


「もっもっもらったぁぁぁぁぁッ!」

「ひぃぃぃっやっはぁぁぁぁぁぁぁ! 頭蓋骨もーーーーらい!!」


 追いついたやつらがそこに殺到した。

 鋭く振り落とされた鉄パイプが後頭部を打ち据えて、ごつっと嫌な音と共にあいつが倒れた。

 「がはっ」とどうにか絞られた声も殴る蹴るの暴力に潰されていく――畜生、殺してやる!


「くっ……クリューサ!? くそっ! てめえら離れやがれ!?」

『クリューサ先生!? いちクン! わたしが助けるからお願いっ!』


 俺はいやな音を立てていくそこに反転した。延長弾倉をカービンに叩き込み。


*Bababababababababababam!*


 好き放題のリンチを浴びせるそいつらにショート・トリガをさばいた。

 横から突っ込んでくる誰かもタロンが銃床で殴り倒してくれた。45口径のリズムにばたばた人が散っていき。


『【ショート・コーリング!】』


 ようやく見えたあいつの姿にミコの魔法が発動した。

 ぶょんと引き寄せられたが最悪の様態だ、頭をカチ割られて不健康な顔色が死んだように物静かだった。

 気づけば取り囲まれていた。じわじわにじり寄るやつに突撃銃とカービンを次々撃ち込むが、終わりが見えない。


「タロン! 弾は!?」

「もうねえよ! どうすんだよこの状況!?」


 動かないクリューサを抱えて逃げ道を探るがそんな都合のいい場所はゼロだ。

 タロンの突撃銃も品切れだ、俺たちはどんどん飲み込まれていく。

 が、寄って集る市民たちの動きは徐々に落ち着き始め。


「これはこれは、誰かと思えばストレンジャー様。まさかと思って待ち構えて見りゃ、マジでとんだ大物が釣れちまったなぁ?」


 意地の悪さがかかったご機嫌な声が薬中の海を割るように寄ってきた。

 黒い戦闘服を着た傭兵だ。そいつは尖った目で俺たちを品定めしている。


「……誰だお前? 薬中の親分か?」

「はっ、強がりか? 見栄張るなんてダセえこった、お前はもう詰んでんだよ。これだけブルヘッドを渡り歩いてて誰にも気づかれねえと思ってるのか?」


 幸いなことにそいつが何やら語り始めると、周囲の市民たちも空気を読んで手出しを止めたらしい。

 合図でもすれば一斉に襲いかかるであろう雰囲気だが、肝心の本人は背から特大のマチェーテを抜くところで。


「――まずはご挨拶だ、ビッグな賞金首さんよ。俺はレッド・プラトーンを率いる男、至高のドミトリー司令だ。お前はどうせうまくウェイストランドを渡っていると思っていたんだろうが、その自惚れが自身を破滅に導いたのさ、このマヌケ野郎」


 オーガの手にフィットしそうなそれを振りかざすと大笑いを始めた。周りもつられて笑いの大合唱だ。

 『時間を稼いでくれ』とうっすら届くヌイスの声もした。このいっぱい語りたさそうなやつに乗ってやろう。


「あー……そうだな、お前の言う通り途中までうまくいってたつもりだ」

「はっ、お前たちより俺の方が優れていたって証拠だ。なあに単純だ、あの馬鹿な売人がお前らに捕まって、しかも同業者たちも帰ってこないとなりゃ、次の狙いは俺たちかもしれねえだろ? 絶対に来てくれるって信じてたんだぜ俺は」

「なるほど、だからあんな風に大慌てでカジノの改装してたのか。余計な手間かけさせて悪かったな」

「先行投資ってやつさストレンジャー。カジノを要塞みてえにしてそこらの住人に武器持たせてお出迎えってわけよ、結果はジャックポットだ! 今どんな気分だ? 悔しいだろうなあ?」

「してやられた気分だよ、参ったな」

「だから強がりは止せっていってんだろ? 格が違うんだよ、俺が優れてるのは頭脳だけじゃねえ、人徳もだ。いきなり俺んところにタレコミがきてよ、たしかなんだっけか、黒のファラオとか名乗るうさんくせえやつだが、こともあろうに誰かさんが俺たちに歯向かおうっていうじゃねえか。そしたらまさに大当たりだ」

「俺たちのことをリークするやつがいたのか、フットワークが軽いわけだ」

「そうだ、お前は人生で最悪の時間を過ごしてるんだ。そしてお前らに手引できるやつとなりゃ、俺たちのカジノを良く知ってるやつがいるパトリオット・バイソンしかいねえだろ? 前々からあの気に食わねえやつらをぶっ殺す理由が欲しかったが、お前のおかげでそれも埋まったんだから本当にありがてえじゃねえか」

「そうか、あいつらがくたばったのも俺が原因か。じゃあ感謝してくれよ」

「それにラーベのやつらもお前にびびって簡単に支援の申し出をしてくれたんだ、本当に死ぬほど感謝してるぜ疫病神さんよ。さて、俺が欲しいのは何か分かるか?」


 舌の回りまで絶好調なそいつは大きな身振りを絶やさぬまま寄ってきた。

 クリューサを気にかけると血だらけでかすかに痙攣してる――まだ生きてるか、死ぬんじゃねえぞ。


『ダネルだ。今から運び屋たちがそちらへ突っ込む。突入にあわせて援護する、死ぬ気で動け』

『話が違うじゃねえかチクショォォォッ!? 一体向こうで何やってやがんだアホどもがァァァ!』

「こういうシチュエーションだとチップじゃなくてお前の命が欲しいとかそういうノリだろうな、違うか?」

「そうだ、お前は敏いやつだな。チップなんざ幾らでも手に入るんだよ、ラーベのご機嫌なんざ知ったことかよ! お前に生きていることを後悔するような苦痛を与えて、このブルヘッドにストレンジャーの断末魔を刻み込んでやる! お前を叩き斬って伝説になるんだ!』

『くそっ、よく喋ってよく動く男だ! 少しぐらい止まったらどうだ情けないやつめ!?』

「はっ、他所の土地にクソみたいに薬を流して、おまけに人さらいもして売春させてるやつが伝説だって? 伝説のクソ野郎として末永く語り継がれるだろうな」

「よくご存じだな? まあこれもお上からの指示ってやつだが、これが案外俺たちのライフスタイルにあった稼ぎかたでな。これからもニシズミやバロールの雑魚どもで末永く稼がせてもらうぜ」

「だいぶ先を見据えてるみたいだな。これから死ぬ予定はあるか? ないなら俺が作ってやるよ」

「今頃地獄は満杯だろ、だったら俺はまだ死なねえ――おっと、そういや噂じゃヴェガスの薬中カルトの生き残りも連れてるんだったな? その死にかけのゴミがそうか? だったらそいつの墓にお礼の言葉でも刻んでやるよ、【お前らのむなしい歴史のおかげで我が社は儲かりました】ってな!」

「じゃあ俺からも一言言わせてくれ。くねくねしながら長々喋るなオカマ野郎」

「うるせえ黙れ! てめえなんか怖かねえ! さあ苦痛の時間だ、スト――」


 ばふっ。

 ご高説を垂れてる司令官の片腕が綺麗に吹っ飛んだ。

 二次被害でヘッドショットを決められた薬中がもつれ転んで、この即興のスピーチ大会に動揺が広がっていき。


 ――ぎゅぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎっ!


 狼狽えるそいつらめがけて、唐突のバンが猛スピードのドリフトで突っ込む。

 南側から必死の思いで走ってきたそれは、見事なテクニックで交通事故を引き起こして目の前を掃除していった。


「あ゛……? あああああああああああっ!? ううう腕!? 俺の腕がぁぁぁぁぁぁ!?」

「クリューサ! 大丈夫か!?」


 それに乗じてクラウディアがバンの荷台からするりと飛び出てくる。

 身近な敵をすれ違いざまに切り伏せながらクリューサの元へ一直線だ。俺は腕を掴んで引きずった。


「こいつがしぶといことを祈れ! 早く運べ! 引くぞタロン!」

「壁の外が恋しくなっちまったぜ! 撤退だ撤退!」

「しっかりしろクリューサ! 死ぬんじゃないぞ! よくもやってくれたなお前たち!? 絶対に許さんぞ!」

『まだ生きてます! クラウディアさん、首にスティムを打って下さい! それからすぐにヒールをかけます!』

『全員乗ったな!? 安全運転はできねえぞ、しっかりつかまれ畜生が!』


 脇目も振らず車内に飛び込むと諦めの悪い住人たちが駆け寄ってきた。

 扉を閉じて遮ったがしばらくカンカンと銃弾が叩いた。ようやく落ち着けたのは『ヒール!』と詠唱が響いた頃だ。


「……わ……我々、の、薬は……人を穢すためでは……」

「おい、クリューサはどうだ!? 死んでないよな!?」

「さすがのあいつらも諦めたみてえだな! とんだお使いだったぜ!」

「クリューサ、もう喋るな! 暴れないように抑え込んでくれお前たち!」

『は、はいっ! い、いきます……【ヒール】!』


 クリューサはくたばっちゃいないようだが、苦し気なうわごとが漏れていた。

 焦点の合わない目と彷徨う手は北を探ってる。回復の痛みで暴れだしたが、俺たちが抑えるまでもなく静かになった。



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