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毒と健康は紙一重(2)


 妙にさびれた景観にバロール社製のバンが停まるのを尻で感じた。

 降車のお見送りは運転席からの「ついたぜ」というハーレーの声だ。


「ったく、俺たちはいつからお前専用のタクシーになっちまったんだ? マジで運び屋をなんだと思ってやがる」

「タクシーどうも、チップはいくらがいい?」

『あ、ありがとうございました。ってなんだか寂れすぎだよここ……!?』

「いらねえよ。さっさと行けクソども」

「ほー、ここがバロールの端っこねえ。壁の外みてえな有様じゃねえかよ」

「俺たちからすれば敵地一歩手前といったところだが、このあたりはあちらの文化が侵食しているようだぞ。無論悪い方のな」


 俺たちを吐き出したバンは怯えるようにUターンで逃げた。

 放り出されたのは野郎が三人。俺とタロンとクリューサのなんともいえない集まりだった。

 それもこぞって『小汚い』とか『よれよれ』とかエンチャント名がつきそうな装いだ。


『あのシド・レンジャーズまで関わってくるなんて聞いちゃいねえぞ。いいか、お前らがくたばるか、ラーベ社が死に際のコヨーテみてえに大人しくなったら秒でおさらばしてやるからな』

「そう言わないでもう少し付き合ってくれよハーレー、ついでに愛想も良くしたらどうだ?」

『とばっちりで俺たちも命狙われて、しかも壁の外も見張られてるから帰れねえんだぞ? こんな呪いみてえな縁は早く終わって欲しいね。用が済んだらバロールの地域まで引っ込んで連絡しろ、すぐ回収しに行く』


 耳飾りのような無線の調子は良好だ。去っていくバンに手を振った。


『境界線ぎりぎりにたどり着いたね。そこはバロールの縄張りの一歩手前だ、今から敵地と思って行動してくれ』

『おーおー荒れてんねえ。この景観の酷さについてはお隣さんの品の無さが原因だ、まともなやつは全員お引越ししたのさ。住み着いてるやつもラーベ社の息がかかってるかもしれねえから感づかれんなよ?』

『それからミコ君、鞘に仕込んだ無線機の調子はどうだい? 聞こえてる?』

『ちゃんと聞こえてます。わたしのためにわざわざ作ってくれてありがとうございます、ヌイスさん』

『いいんだよ、情報共有は大切だからね。万が一の時は君が頼りだ』


 オーケー、ヌイスとデュオの声もよく透き通ってる。

 念入りに前を確かめるが、今までの様子から一変して治安の悪い街並みだ。

 左右でアパートやら雑居ビルが人の手もご無沙汰なままで、路上は思いつく限りのゴミに飾られてる。


「もしかして俺たちが向かう場所っていうのはあれか? 急に文明レベル下がってないか?」


 そんな光景もまだマシな方だった。

 しばらく進まないところで、これよりひどいものが見えているからだ。

 ヌイスに見せてもらったあの汚らしい街並みがクソ律儀に実在していた。


 ろくに手入れされていない道路を北へ辿れば、廃れ具合はまた一段と上だ。

 無秩序な街がへばりつき、その象徴とばかりに巨大なビルがそびえていた。

 行儀のいいバロールとは違う。空気も悪くてどこか薄暗いラーベの街並みだ。

 ある意味世紀末世界らしい光景だ。特に遠くから小口径の連射がたたたんっと聞こえるあたりが。


『急にスラムみたいになってる……。ねえ、ところでさっきから銃声が響いてるんだけど気のせいじゃないよね?』

「間違いなく5.56mmの音だ。こっちじゃ真昼間からそういうのぶっ放すのがトレンドなのか? 俺たちも真似した方がいいか?」

「へへ、肝が据わってんねえお二人さん。心配いらねえよ、こんなの壁の外じゃ当たり前じゃないの。リラックスだぜリラックス」

「あの知能が格段と下がっているのがラーベのテリトリーか。民の顔は王の顔を表すそうだが、これではろくな支配者ではなさそうだ」

「壁の内側に廃材アートギャラリーがあるってことはそういう性格なのかもな。もしかしてラーベ社の社長って掃除苦手なタイプ?」

「お前と気が合うだろうな。あのビルまで押しかけて親睦でも深めたらどうだ」

「いいなそれ。あっちで傭兵から装備奪ってそのまま仲良くなりにいくか」

『待っていちクン、声が本気だよ……?』

「そりゃいいねえ、んじゃ俺はトラックに爆発物乗っけて突っ込むわ。こういう時はまどろっこしいのはやめていっそ『将を射よ』でいっちまうのがいいのよ」


 俺たちはあの光景に軽口を叩きながら進んだ。

 廃墟同然の通りの先では近代的なビルと掘っ立て小屋たちのあべこべなコントラストがある。

 ガラの悪い顔立ちも増えてる。もう少しでバロールからラーベになる頃か。


『おっかねえ冗談はやめろ上等兵ども、連邦政府ビル爆破事件の真似事なんてしちまったら明日にはラーベVSバロールの戦争ショーだ』

「そういうのをお望みじゃなかったのか?」

『俺たちの代で第五次企業戦争なんざごめんだね。今回はお前らの善意だけ受け取っとくが、それよかしっかり撮っととけよ?』

『改めて今回の仕事を確認しよう。君たちのするべきことは三つ、特定のポイントに私の用意した細工を施してもらうこと。マーケットを調査すること。そしてあちらの内通者と接触してカジノの見取り図と入場用のパスを受け取ることだ。そっちの様子は衣装に仕込んだカメラで撮影されているからね』


 よし、今の状況はしっかり二人に伝わってる。意を決してラーベを踏んだ。

 どうして俺たちがいるのかは無線機が語るように、例のカジノを潰すための下ごしらえってやつだ。


 事のあらましは前に街中で捕まえた悪者だ――ああもちろん上陸したポセイドンじゃない方の。

 あいつはラーベの連中から違法薬物を仕入れていたが、ある日突然『もっと大口の取引がある』と外されてしまった。

 すると逆恨みで運び屋から奪い取ろうという魂胆に走るわけだが、誰かさんの横槍で失敗だ。


 運が尽きたそいつはセキュリティと濃厚な尋問タイムを過ごす羽目になった。

 ラーベが資金集めに熱心だの、他社の縄張りに薬物を流すよう仕向けられてるだの、カジノを根城にする傭兵どもが深く関わってるだの、派手にネタバレしてくれたらしい。

 バロールやニシズミはこの頃やたらと出回る薬物に頭を悩ませてたそうだが、これでその仕組みが明らかになった。

 これは傭兵から絞った言い分と重なっていて、スカベンジャーの自宅を襲ったのもネタを割られたことに対する報復の一つだそうだ。


 次に俺たちを悩ませるのは『レッド・プラトーン』と呼ばれる傭兵集団だ。

 そいつらはすぐ近くで怪しい動きを見せているが、ならばこちらからアプローチしてやろうという話である。


「小細工に市場調査に内通者ね。今回はずいぶんと準備がいいな、特にこの気に食わないコスプレとかな」

『君が売人を捕まえたのがきっかけさ。レストランでひと悶着あった頃からこの件の調査と準備を並行していたんだ、粛々とね』

「俺たちにやらせるつもりだったんだな、粛々と。誰かさんに変装しろって言われてからこんなシチュエーションばっかだよまったく」


 そんな事情に歩かせられつつ、放置された服屋のショーウィンドウを見た。

 髪型を変えて偽のタトゥーで飾ったストレンジャーがいる。

 タロンもクリューサも同じだ。今の俺たちはまるで壁の外のレイダーだ。


『今日もおめかしは完璧だな。人食いカルトにお邪魔しに行った頃を思い出さねえか?』

「ちょうど俺も思い返してたところだ。あの時みたいに無事に帰れるよう祈っといてくれ」

『へへっ、どうせなんかあってもブチ破って帰ってくるだろお前』

「そうだな、なんかあったら街一つ滅ぼしてでも帰宅してやる」

『こちらダネルだ、面白い話の合間に失礼。所定の位置についたぞ、境界線ぎりぎりのビル屋上で監視中。338ラプアマグナムの提供に感謝する』

『今回は北部部隊名物の陽気なおっさんが監視してくれてるぜ。万一の時はボスほどじゃねえが2km以内なら手が届くことを忘れんな」

『あの婆さんには一生敵わんさ。しかしラーベの街並みは薄汚いとはいえたいした発展のしようだな? あんなものでも壁の外よりはずっと快適だろう』


 今ならダネル少尉の援護つきもあって少しは気楽だ。

 ところでどうしてここにラーベ社が忌み嫌うストレンジャーがいるかって?

 それにはもちろんちゃんとした理由もある。


「ところでヌイス、内通者っていうのはまともなやつなのか?」

『今のところ一番信用できる連中だよ。ラーベ社に警戒されているギャング、その名も【パトリオット・バイソン】っていう連中なんだけど』

「オーケーもっと不安だ、向こうのギャングのどこに安心を見出せばいい?」

『彼らは古き良きアメリカを掲げてラーベ社憎しで固まった愛国的な組織だよ。長く過ごしているうちにそういう性癖に目覚めたらしくてね、そっちの警察よりもよっぽど治安を守ってくれている実績もあるんだ』

「物好きなやつらだな。信用できるのか?」

『古参メンバーに件のビルの改装に携わった建築家もいるんだ。そのご本人とコンタクトが取れて、結果組織ぐるみで協力してくれることになったのさ』

「そしてそいつが図面やらをくれると。ハッキングでどっかから盗むとかそういうスマートな手段はなかったのか?」

『うっかり私の手が届くところに丸ごと置いてくれればそれで済んだろうね。デジタル化は避けて徹底的にアナログな形で保管してるみたいだ、こればっかりは抜かりないね』

「けっきょく一番のセキュリティは現物を手元に置くことか」

『そして君の存在は取引の担保さ。指定された時間にストレンジャーの姿と現ナマのチップが揃って引き渡す算段になってる』

「現金払いなのは分かったけど俺をご指名か。マジで物好きなのか裏切る気なのかどっちなんだ?」

『君は彼らにとっては憎き企業に一泡吹かせた英雄みたいなものだよ? ラーベ社は自分に歯向かうものはあらゆる手で排除する社風だ、命がけの行為になるからそれに値する人間に託したいんだろうね』

「もう一度聞くぞ、信用できるのか」

『記録によればその建築家は例のカジノで娘を失っているようだ。死因は薬物の過剰摂取によって自分の嘔吐物で窒息死、本人の望まぬ形でね』

「自分が携わったクソカジノで家族を失うなんて皮肉極まりない話だ」

『この件に私怨も関わっているのは確かだろうね。私は彼らが反ラーベ組織として長く活動している点と、その人物が件の傭兵たちに憎しみを抱いている点を信用できる証左として受け取ったわけだ』


 どうもストレンジャーは悪の企業に立ち向かう選ばれし勇者らしい。

 ラーベ社を目の敵にしている連中とやらはよっぽど暇か本気なのか、そんな勇者に命をベットしているようだ。

 今はそいつらのラーベ嫌いを信じて、最初の挨拶が『騙されたな、死ね!』にならないことを祈ろう。


 それはさておき、汚くも賑わうラーベ社の街並みだが――


『ヒャッハァァァァッ! どけどけぇ! 新車の飾りにしてやるぜぇッ!』


 ぐしゃんっ。

 踏み込んだ途端、突然のオープンカーが歩道にいた命をさらう。


『あァ!? だったらこっちは新品のマシンガンの試し撃ちだぁ! ひゃはははは逃げろ逃げろォ!』

「うわあああああああっ!? 逃げろ! 殺されちまうぞ!」

「なんだあいつ!? どっから軽機関銃なんざ持ってきた!?」

「誰か警官を呼べ!」


 スピード感あふれるひき逃げの次は、駐車場からぱぱぱぱぱんっと銃声だ。

 軽機関銃を吊り下げた男が的当てに興じるのが遠目に見えた。逃げ戸惑う市民が道路にばたばた倒れた。


「おお? なんだてめえら、ここらじゃ見ない顔だな?」

「おい見ろよ! あいつらラーベのモンじゃねえぜ! それらしい格好してるくせにずいぶん顔が明るいじゃねえか」

「また外からお客さんか。こっちにこいよ、ちょいと仲良くお話しようぜ?」


 極めつけは立ち並ぶバラックからぞろぞろやってくる男たちだった。

 目も当てられないほど不潔というわけじゃないが、長々着こなした装いが悪者らしい年季を振りまいてる。

 しかし身振りが妙だ。手先が震えてるし、肩も疲れたように揺れてる。


『ようこそ。そこがクソ忌まわしいラーベの縄張り、その名も【サベージ・ゾーン】ってやつだ。薬中どもがお出迎えとは幸先がいいねえ』


 で、こんなレイダーの巣窟みたいな街のどこが幸先がいいんだ?

 口から皮肉の山が出かけたが、クリューサの皮手袋に「待て」と遮られて。


「真昼間にこんな格好でこそこそとやってくる奴は限られているだろう。俺たちは薬を探している、分かるか?」

「おいおいこいつをよーく見てみろ兄ちゃんたちよぉ? 徹夜したみてえな肌色だし顔も怖いときた、つまりお薬が必要な患者だぜ?」


 かと思えばそんな作り話をもとにタロンがぐいぐい背中を押してくる。

 なるほど薬をお求めのお客様って体か。ひどい演技させやがって。


「そ――そうなんだ、く、薬が欲しいんだ、薬あるか? いくらだ?」

「なんだぁ? お前もエアブースト欲しいのかぁ? チップくれりゃあ分けてやってもいいぞぉ?」

「あいにく欲しいのはこの頭が冴えわたる方だ。持っているのか?」


 ここでクリューサはすかさずあの小瓶をちらつかせた。

 青緑の薬を見せびらかすと、次第に気の合う仲間でも見かけたような目つきが俺たちを招いた。


「エネルギスタが欲しけりゃマーケットかレッドレフトにいきな」

「いい薬だろ? 今日からもっと楽しめよ兄弟、楽園にようこそだ」

「ま、まだ薬が足りてねえなぁお前、ちゃ、ちゃんとキメて来いよ、いいな!」


 そいつらはすんなりと道を開けてくれた。先行きは相変わらず不安だが。

 見送るやつらのそばを抜けると甘ったるい紅茶のような香りがした。



 サベージ・ゾーンを一言で表すなら活気のある貧民街だ。

 建築物が土地を奪い合い、狭い路地にまで押し込まれた店が永遠にやかましくしていた。

 歩道で反吐を吐いて死ぬやつもいれば、路上で祝砲代わりの散弾をぶっ放す馬鹿もいるし、重厚な音楽を流しつつ裸で"発電"する――最悪だ。


『ひえっ……!? な、なんてことしてるのあの人たち……!?』

「もしかして俺たちが選ばれた理由ってここにお似合いだからとかじゃないよな? くそっ、ミコに変なもん見せやがって」

『その点についてはこう答えるよ。耳が長かったり獣要素があったりな独特な人柄がそっちに踏み込んだら、向こうは真っ先にバロールの素行を疑うだろう? それにこういう雰囲気に慣れた人間は限られるからさ』

『ん……ぼくも一緒にいきたかった。待ってるね』

「適切な人選をどうも。それならロアベアはどうなんだ? 首とれるけど」

『彼女も駄目だ。ヒロインは不自然なまでに綺麗だから、ウェイストランドらしく飾ってもどうしても違和感が立っちゃってね』

『うちらってデフォルトでお肌も奇麗で体つきもいいっすから、その辺目立ちすぎて一目でバレちゃうんすよねえ……あひひひっ♪』

「そりゃ残念。スカベンジャーのやつらはどうなんだ?」

『彼らもダメだ。理由もちゃんと説明しようか?』

「簡潔に頼む。もちろん俺が納得できるようにな」

『バロールのスカベンジャーはお上品すぎるんだ、場慣れしてないって意味でね。それと敵にマークされているという点を加味すれば大勢で向かうのは好ましくない、よって妥協して三……いや四人だ』

「選ばれし勇者が四人か。嬉しくない名誉だな」

「不愉快だろうけど我慢してくれ。できるならドローンで空から偵察したかったけど、そういうのは都市のルール上不可能でね』


 名誉ある選ばれし四人はそんな事情でサベージ・ゾーンを渡っている。

 バロールを威嚇するような街は本当に複雑で、その上どこを見ても関わりたくない人種ばかりである。

 ちょうど通りかかるボロいクリニックの前にもそんなやつがいた。

 明るく楽し気な男女が『リフレックス』に瓜二つの吸引器に口づけしては、白い煙をうっとり吐いてるような……。


「エアブーストか。よもやあんな黒歴史をここで目の当たりにするとはな」


 ずっと不機嫌なクリューサはあれについて何かご存じみたいだ。


「あっちの患者になんか心当たりでもあるのか?」

「やつらが吸っているのはメドゥーサ教団が生み出した薬の一つだ。甘い茶のような香りがしただろう?」

「砂糖たっぷりの紅茶みたいな匂いだったな。良い薬と悪い薬のどっちだ?」

『あれってドラッグの匂いだったんですね……』

「致命的な失敗作だ。その昔、敵対している組織が我々から勝手に製法を盗み出してな。完璧に再現したそうだが、そいつらは庇護下にある連中ごとまとめて中毒で全滅した」

「しかもひでえオチだ。今日も薬と毒は表裏一体か」

『ち、致命的……あの、それってどんな薬なんですか?』

「残念ながら毒だ。血中酸素を増やして思考や運動能力を長期的に向上させるコンバット・ドラッグとして期待していたが、依存性が強すぎた。ひとたび症状が出ると全身の感覚が曖昧になって神経系が傷ついていく――中毒治療薬を処方しない限り永遠にな」

「ワオ、つまりラーベじゃ服毒ブームか。これから何人死ぬんだか」

「ちなみにあの様子だと末期手前だ、余命はもって半月か」

「最初のお出迎えが余命僅かな薬中か。マジで幸先がいいな、第一印象最悪だ」


 なるほど、どうしてクリューサがいるのかなんとなく分かった。

 どれだけ歩いても目につくのはそんな人種ばっかりだからだ。

 どこを見ようが薬中らしい振る舞いだ。現にお医者様が目を見張ってる。


「――お前らには薬の目利きなどできんだろう、薬物中毒者だらけの場所まで薬の行方を追うとなれば俺の領分だ」


 疑問がバレたか。道のど真ん中で熟睡中の姉ちゃんをまたぎながら認めた。


「それにしちゃお前、周り見て楽しそうにしてないか?」

「実に愉快だ。ここはまるで依存症患者の展覧会といったところか」

「患者を助ける気はゼロか、ひでえ先生だ」

「おめーほんとにメドゥーサ教団のやつだったんだな……あの婆さんが目の仇にしてたやつとご一緒とかおっかねぇや」

「あいにく今は誰とは言わんが脳に傷あるやつの専属医だ。不健康になりたくなかったらそれ以上余計なことは口にしないことだな」

『クリューサ君が同行している理由は彼が述べた通りさ。それにこんな場所に免疫のある人間なんて君たちしかいないじゃないか?』

『ビビらず溶け込める人間はお前らだけってわけだ、頼りにしてるぜ』


 向こうの意図も理解した。こんな場所をきょどきょどせず渡れる俺たちが好都合らしい。

 そう、ウェイストランド人らしくな。俺もすっかりこの世界の住人か。


「ミコ、どうしてもヤバい時は頼む」

『う、うん……マナもしっかり補充したし、何かあったら任せてね?』


 腰にさりげなく取り付けた相棒にも一声かけた。俺たちの切り札だ。

 「仲がよろしいことで」と茶化すタロンはとにかく、地図によればしばらく先で曲がればカジノにありつくらしい。


「なあ、すんなり入れたけどいいのか? いかにも悪そうな連中がそれらしい口上でお出迎えしてくれると思ってたんだけどな」

『企業の境界線を見張ってるのは何も傭兵だけじゃないよ、ただの市民がこっそり監視している場合もあるんだ。そこの場合はラーベ社と繋がっているギャングだね』

「薬中を雇うなんて雇用問題解決に熱心だな。ここにいれば働き口には困らなさそうだ」

『治安の悪さにもテコ入れしているだろうね、おかげで君は滞りなく入れたんだから皮肉なものだよ。ちなみにそのエリアは薬物天国みたいな場所だから人口の八割が中毒者だと思ってくれたまえ』

「地獄の間違いじゃないか? にしてもバロールの目の前で薬中が楽しく暮らしてるってなんの嫌がらせだよ、そりゃ引っ越しも検討したくなるな」

『人的資源を無駄にせず他社への牽制と監視も兼ねた合理的なものさ。辛酸を舐めさせ続けられていたデュオ社長が気の毒に思うよ』

『そいつらのせいでうちの住民は迷惑被ってんだ。チップは吸い上げられるし、そっちの気品のなさが伝染してきて見えない侵略ってのがかれこれ二十年は続いてやがる。よりにもよって俺の代で栄えやがってよ』

『どうだストレンジャー、世界一気の毒な親子だろう? しかし裏を返せばこのラーベの盛んな勢いには付け入る隙があるんだ。どうか哀れなバロールに君の力を貸してくれ』


 俺は不機嫌な社長たちにこの光景をたっぷり見せながら進んだ。

 今度は路地の方からたたたたたんっ、と小口径の連射音が立ち上がった。

 次に言語にならない怒声も追ってくる。アクセントは拳銃や散弾銃も混じった音源豊かな銃の合唱だ。


『このクソどもどんだけいやがる!? 殺せ! 一人も生きて逃すな!』

『増援を要請する! 抗争中のギャングがいきなり結託しやがった! 俺たちがくたばる前にさっさと来やがれクソが! 繰り返す――』

『てめえらをぶっ殺すのは後だ! 先にサツを狙え! ぶっ殺して身ぐるみ剥いでやらァ!』

『俺たちの邪魔してんじゃねえ殺すぞ! 囲め囲め! 援軍が来る前に皆殺しにしろ!』


 通りがかりに覗くと、青黒い身なりの警官たちがごついパトカーを盾にお勤め中だ。

 お相手はいかにも素行が悪そうなギャングのよりどりみどりで、路地を陣取る銃撃戦は末永く続きそうだ。

 それでもここの住民は動じない。そこらでぼんやりと見守っている。


「良かった、こっちのお巡りさんは治安維持する意欲が一応あるらしいぞ」

『堂々と撃ち合ってるね……しかも周りの人達、全然気にしてないよ……』

「やってんねえ。あんまジロジロ見んじゃねえぞお二人さん、ここのやつらみてえに素通りだ」

「おいデュオ、ここの警察とやらは戦闘用ドラッグの服用義務でもあるのか? 銃撃に怯えているくせに好戦的なそれは薬が染み渡っている証拠だぞ」

『そいつらはラーベ社お抱えの市警さ。勤務態度がクソな上に薬で強気になってる連中だ、関わらないようにしとけ」


 戦いに身体が反応してしまったが抑え込んだ。勤しむ警察の背中を横切った。

 ついでに流れ弾が過ぎったが我慢だ。まったくなんて場所なんだここは。

 不発弾みたいに何がしでかすか分からぬ住民に気を張ってると、やがて交差点に触れた。


「見たかよあれ? 警察のくせにレイダーみてえだ。戦前の警察もさ、あんな感じだったとかいわねーよな?」

『戦前のモラルの低さが今なお引きずられている可能性は十分にあり得るだろうね。それよりタロン君、そこの警察も誰かさんにかけられた多額のチップをお目当てにしているみたいだよ』

「今なんつったよ? 歩く宝くじみてえになってんの一人しかいねえぞ?」

『あわよくばその宝くじにあやかろうとするやつは傭兵たちだけじゃないんだ。ラーベ管轄の警察もそうだし、そこらの市民たちですら狙ってるだろうね』

「もしかして眼鏡の姉ちゃん冗談言ってる? そこら中が当選者だらけに見えてきちゃったぜ、ここマジやべえ!」

『そこの市民は食い扶持のためなら何でもするような民度だ。安月給で働かされてる警察官からしてもボーナスか何かに見えるんじゃないかな? そういえばラーベ市警はあっちじゃ一番人気の職業だったっけ?』

『あそこの市民が簡単に成りあがれる仕事っていや警察だ。福利厚生は最悪だがドラッグ使い放題だし寝床もくれるんだぜ? それでラーベ社の犬として一生を終えるんだ、おまけに退職金もないときた』


 耳にはひどい話だ。他人事みたいに面白がりやがってこの角刈り男め。

 途中を見渡すとそれらしい手配書が小ビルの壁に真新しくあった。

 俺の顔は暇な薬中たちの拠り所になってるようだ。しかも【60000】に手書きの0が一つ書き足されてる。


「だってよ指名手配犯。ここでバレたら人生最悪の鬼ごっこだぜ」

「ちょうどそれっぽいのあったぞタロン。報酬額は十倍だとさ」

「わーすっげえ、六十万とか記録更新じゃねえかオメー。なあ、今から裏切ってラーベのお偉いさんに突き出していいか?」

『ろ、ろくじゅうまん……。あの、よくみたら色んなところにいちクンの手配書貼られてるよ? あっちのバス停にもいっぱいあるし……』

「やるなら値下がりする前にさっさとやってくれ。まったく嫌がらせみたいに張りやがってクソ企業め、マジで覚えてろ」


 観光記念に【ラーベ社最大の敵】という文面までしっかりカメラに収めた。

 そこには大げさな言葉の数々がこう物語ってる。



【緊急告知:市民の皆様必見!】

我々ラーベ社はストレンジャーを賞金首として指名します!

彼は企業の繁栄と都市の秩序を乱す危険な存在です!

私たちは都市の未来を守るため、強力な対策を打ち出しました。


*懸賞金:600000チップ*


さらに彼を捕獲(殺害でも構いません!)した者には上級市民権を授与し、特別優遇された住居を提供いたします! あなたの勇気が報われる瞬間です。


【反逆者は許さない!】

この者は我々の正当な事業を妨害し利益を奪おうとしています。彼の行動は資本主義的な陰謀であり都市の発展を阻むものです!

市民の皆様、どうかご協力ください!


【企業の利益こそが持続可能な未来を築きます!】

我々は正義を貫き、都市を繁栄に導きます。

共に立ち上がり我々の未来を守りましょう! 気になる方は最寄りのオフィスまでお越しください。あなたの行動がこの都市の運命を変えるのです!

我々ラーベ社は社会のために尽力する真の英雄を求めています!



 ……これ書いてるやつ、よっぽど暇なんだろうな。

 ラーベに馴染んだ悪人面を眺めていると、人溜めから半裸にジャケットな男が寄ってきた。


「お前も報奨金が欲しいのか? 俺も欲しすぎてもう何度も見直してるぜ」

「手に入るならな。十倍まで跳ね上がってるとかとんだ悪人だなこいつ」

「勝手に付け足したんだ。こんだけありゃ上等なドラッグがいっぱい買えるだろ? 上等なアパートで暮らせるよな? ついでにラーベから恩赦でパスも貰えるだろうよ、こいつには夢が詰まってるぜ」


 犯人はこいつか。夢見る値上げ犯は指名手配犯にうっとりしている。

 不健康な顔色と輝く目が食い違う顔はたぶん薬のせいだし、そういえば腕には【パス】がない。


「いい夢のためにチップ相応の凶悪犯を捕まえなきゃいけないんだぞ? あんたのその夢は場合によっちゃ悪夢に変わるかもな」

「あくまで願望だよ願望、こんなあからさまにヤバそうなのは見て楽しむのがせいぜいだ。それによ、俺みたいなのがバロール側に踏み込んだらパスもねえから即射殺だ。ひと狩り行くにゃよっぽど力とコネのある傭兵じゃねえとな」

「じゃあもしこいつが目の前に現れたら大喜びでひと狩り行くのか?」

「はっ、こんなにかけられてる訳あり野郎がラーベ社の縄張りにのこのこ現れるなんてありえねえ話よ。ここは泣く子も黙る最前線のサベージ・ゾーンだぜ?」


 酔った男はさんざん夢を語ってどこかへ消えた。

 ラーベのやり取りに口を慣らし終えると、道路が何本もつながる巨大な交わりがそこにあった。

 その雰囲気はさっきのやつの言うように『最前線』があてはまってる。

 個性的な市民がばらばらといた道とはえらく違って、かなりの人が行き来してたからだ。


「最前線ね。じゃあ今の俺たちの前にいるやつらは全員敵ってとこか」

『よくみたらみんな武器持ってるね……バロールと違って物騒すぎだよ……』


 そこを歩くのはただ酔った人間だけじゃない。あからさまなギャングの風貌や傭兵らしい出で立ちが多い。

 しかも真昼間から堂々と銃を見せびらかす民度だ――なるほど最前線か。

 でも俺たちは怖気ない。薄汚れた街に溶け込んで通りを曲がる。


「報告だ、バロールが恋しい。ところでパス着けてないやつばっかじゃないか?」

『そういえば腕に着けてる人、全然いないよね……どうしてだろう?』

『あーそれな。ここじゃガキが生まれたら親が高いチップ払ってそいつの市民パスを買ってやる……って制度は知ってるか?』

「部屋にあった『ブルヘッドの暮らし方マニュアル』なら4ページ目で飽きてどっかいった、誰か探しといてくれ」

『そりゃ関心しねえなあ。いいか、次の世代には市民権を買ってやるってしきたりなんだが、例えばバロールじゃ購入費用はなんと半額の太っ腹仕様、ニシズミなら優秀なご両親には全額免除のサービス付きだ。どうだ優しいだろ?』

「ワオ、思いやりだな。でも三つめは優しくなさそうだ」

『そう、ラーベは思いやりが欠けてやがる。お前のゲスト用パスよかずっと値が張るやつを全額自己負担でどうぞってルールだ』

「だから壁の中のくせして片腕に飾り気がないやつばっかなのか」

『正解だ、後でご褒美くれてやるよ』

『うん、つまり彼らはブルヘッドの市民として認められていないんだ。ラーベはそんな身分ばかりだし、そんなのが他企業の縄張りにうっかり入ったら不法侵入者として排除される。もし壁の外に出ようものならパスを買わない限り帰ってこれないから、そこに留まるしか選択肢がないわけだね』

「説明どうも。ブルヘッドの闇に触れた感じだ」

『ここってそういう問題に悩まされてたんですね……』


 相変わらず聞かされる話はひどい。

 違法な市民だらけの大通りを曲がるとお目当ての景色があった。

 真新しい建物と、ただの鋼とコンクリート塊と化した未完成のビルがそこらをあやふやにしていた。

 頭上に並ぶネオン色強めの看板を読み解くに、ここらは宿や酒場が集う場所ってところか。


「くそっ……あの店いったい何飲ませやがっ……ぐえっ……!?」

「そこの兄ちゃんがた、綺麗な姉ちゃんに興味はないか? 最新の手術でニシズミのヘンタイどもが好きそうな豊満ボディになった子がいるぜ? いや、逞しい男の方が好みか? 今ならしらふできれいなイケメンもあんたを待ってるぜ!」

「チップがねえなら出てけ! てめえにご馳走できるのは鉛玉だ、死ね!」

「おい誰だこんなトコで死んでるやつ!? 邪魔くせえなぁ!?」


 まあ、見た感じまともなサービスは期待しない方がよさそうだ。

 ふらふらした末に盛大に嘔吐して倒れるやつ、きわどい服を着てそそら……謳い文句で客引きする男、銃声が響くバーと悪い情報ばかりだ。

 何より臭いがひどい。生ごみの匂いとアンモニア臭と腐敗臭が――おえー。


「なんて匂いだ、マジでバロールが恋しくなってきた……」

『な、なんでこんなところに死体が……!? う゛っ……!』

「うーわ……さっき言ったこと撤回するわ、壁の外よりひでえやこりゃ」

「こいつらにまともな理性など期待していなかったが、腐乱死体を景観のアクセントに使う感性をしていたとはな。最低の衛生事情だ」


 各々から吐き気が出るのもしょうがない。現に足元で仰向けの人間が甘い発酵臭を漂わせてる。

 そうやって雲行き怪しく探るといよいよ一目で雰囲気が変わった。

 傭兵だ。戦闘向けの格好をしたやつらが先ほどよりも数多く練り歩いてた。


『ね、ねえ……あれってもしかして……?』


 唐突なミコの小声に俺たちはつい立ち止ってしまった。

 なぜならその光景の中で、人間以上に大きな背が軽やかに歩いており。


 ――がしょんっ、がしょんっ、がしょんっ。


 そんな重々しくも軽快なリズムを立てるのはまさにロボットだ。

 太く形どった逆関節の足を踏み鳴らし、そこに装甲車の車体を乗っけたような図体が都市用迷彩に彩られてる。

 見る限り全高四メートルほど。ボディの左右と前面を覆うガラスに操縦者がうっすら透けていた。


「ヌイス、なんか歩いてやがるぞ。ウォーカーか?」

『あれはラーベ社製の『カフカMark1』だね、偵察任務や市街戦に使う小型ウォーカーだ。他の機体よりも小さいけれどもブルヘッドじゃその小回りがうってつけさ、歩兵と足並みを揃えて行動できるしね』

『厳密にいやチェコ製、それもデッドコピーだろヌイス。まあチェコなんざとっくの昔に滅びちまったけどよ、それよりバロールの手前にウォーカーなんて歩かせてやがってるのが気に食わねえ』

『だけど動きがややぎこちないね。まあそれもそうか、ニシズミ社やバロール社と違ってあっちは大昔のOSを弄って無理矢理使ってるようなものだし』

『まだいい方だろ、150年モノだがOSはちゃんとしたアメリカ製だ。今でも開発精神に溢れてるニシズミの企業努力を見習えってんだあいつらめ』


 二人の説明通り『カフカMark1』の昆虫的な足のつきかたは、あたりに威圧感を振りまいてた。

 時折旋回する胴体が左右の二連装機銃で目ぼしい獲物を探ってる。

 でもまあちょうどよかった。そいつの胴には遠目でもはっきり分かる真っ赤なペイントが施されていたからだ。


「へっ、ご丁重に自己紹介してやがるぜあいつら。傭兵ごときがウォーカー持ってるとか死ぬほどうらやましいぜチクショー」


 タロンのうらやむような視線の先でこんなシンボルがあるはずだ。

 【レッド・プラトーン】と赤くいばり散らす、カジノチップに血の滴る斧が重なったアートだ。

 どうせキャッチフレーズは『お前の命はチップ次第』とかだろう。


「あんなに分かりやすくアピールしてるってことは、ここらはレッドなんとかの縄張りなんだろうな。ところで傭兵がウォーカー乗り回してるけどこいつは想定内なのか?」

『残念だが想定外だぜ。つい最近になって導入したのかもしれねえな、繁盛してる証拠とも取れるし、バロールを警戒してるようにも見えるのがなんとも嫌なもんだ』

「少なくとも真っ向から喧嘩仕掛けに行くプランはなしだな。このままカジノに接近するぞ、何か指示があったらくれ」


 気を引き締めて勤務中のウォーカーのそばを通り過ぎた。

 このあたりはどうも廃ビルが多い。合間合間にある建物は何かしら使われてるようだが、広い道のせいで活気が散らばってる。

 幸い、傭兵たちは道行く人々を気にしない。もちろん俺たちにも。


【――ここはラーベ社の所有物であり、居住は許可されておりません。皆さまに速やかな退去が求められていることをお知らせします。退去しない場合、法的措置が取られる可能性があります。どうかご協力をお願いいたします】


 その途中、ビルの一つに人工的なメッセージが冷たく向けられていた。

 装甲車とそれを取り巻く傭兵たちが道端で建物を見上げてる。

 車両の後ろには馬鹿でかいタンクがけん引されて、そこから太い管が廃墟の奥へと伸び切っており。


「警告完了だ。さて、さっさと流して終わらせるぞ」

「今日もビルのお掃除だ。俺のスコア更新のためにいっぱいくたばれよ!」


 通りがかりに見る分にそいつらは法的措置とやらを取っているようだ。

 タンクに繋がる機材が重たげに立ち上がると、黄赤色の霧が廃ビルに静かに広がっていく。

 怪しい色は建物どころか通りまで及んできた。そこにはちょうど野次馬たちがいるが――


「……おい、早足で動け。真昼間の街中で毒ガスを流すなど気が狂ってるのか」


 クリューサの警告で即座にヤバさが分かった。何考えてんだマジで。

 早足で逃れるとビルの周りで住人たちが無差別に倒れていくのが見えた。

 なのにサベージ・ゾーンのやつらは物見遊山だ。酒瓶片手のおっさんが俺たちに「あれ」と指を向けてる。


「み、みろよ兄ちゃんがた、きょうもラーベは過激だ。また不法占拠中のやつらをあ、あぶりだしてやがる」

「まったくひどい法的措置だ、関係ないやつらも巻き込まれてるな」

「そりゃ神経毒だからな。い、いちおう退去のためって名目だけど、じつはみな殺しにするために強力なやつをつかってるんだ。も、もうちょっと離れたほうがいい」

「大胆なリフォームのおかげでご近所が死屍累々だ。ご忠告どうも」


 『ひどい……』と漏らすミコを抑えて、薬漬けの野次馬たちから離れた。

 やがてクリューサの足取りがゆっくり落ち着いてきて。


「エネルギスタの症状がよく出ているな。やはりここで間違いないようだ」

「俺には全員等しく不健康に見えるぞ、どの辺がそうなんだ?」

「あれは筋肉や脳の疲労の分解を促進して意識を明瞭にさせる薬だが、活舌の低下や代謝を狂わせる副作用がある。体内の水分を急速に消費することから唇がひどく渇いているのがその証拠だ」


 そんな語り方がぴったりな住人たちを促した。

 言われてみるとどいつも神経質に背が伸びて、口もかさかさに乾いてる。


「なるほど。で、ブルヘッドを不健康にしてる原因ってあれじゃないよな?」


 しかしそれ以上の存在感が遠くにあった。

 ここで一番目立つ赤い看板をこれでもかと輝かせているビルだ。

 【RedLeftCasino】と赤く訴えてるのはいい、問題はそれを取り巻く環境だ。


「ストレンジャー、同じセリフ言っちゃってもいい? あれじゃねえよな」


 タロンが顔も声も引き気味なのもしょうがなかった。

 遠目に見る分だが壁に遠隔機銃が並んでた――スティングで見たあれだ。

 更にがっしりとした傭兵どもが客引きをして、もう一機のウォーカーが用心棒を気取ってた。

 なるほど確かに悪の根城だ。正々堂々はあきらめよう。


『これはまたずいぶんと羽振りがいいカジノだ、この有様だと正面から近づくのは得策じゃないね。とりあえず最初の仕事は目標の近くに仕事道具を設置してもらうことだ、そこから南下してマーケットに向かってくれ』

『ちょっと見ねえうちに素敵なリフォームしてやがるじゃねえか。くそっ、そっちにミサイルでも落としてえ気分だ』


 ヌイスの指示通り横の路地に逃げ込んだ。


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