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毒と健康は紙一重(1)


 デュオの言葉通りに三日ほどの暇をもらった。

 ラーベ社に動きはない。あるいはこそこそと裏で何かをしているかだ。

 そのあたりはデュオに丸投げして、お言葉に甘えてだらだらさせてもらうことにしたものの……。


「……できたぞミコ、これが俺のマイホームだ」

『……うーん、屋根が小さすぎないかな。部屋もちょっと狭いかも』

「いや、こんなもんだろ? 無駄を省いた設計なんだ」

『イチ様ぁ、お造りになったお家ガバガバっすよ。屋根の隙間から丸見えっす』

『ふっ、その程度の建築で手間取るとはまだまだだな? 見よ、俺様はオーガの里にあるダンジョンをここに作ったぞ! 不死獣の廃城だ!』

「うおーい俺の家の隣にすっごいおどろおどろしいダンジョンできてる……」

『ノルベルト君がすごいの建ててる……!? っていうかいちクン、やっぱり屋根おかしいよ』

「おかしくねえって!」

『いつの間にかお城ができてる……! あ、ただいまお兄ちゃん。ダイヤ拾ったから上げるね』

「ワオ、ありがとうオスカー。お礼にこの……なんかよく分からないけど山羊が落とした角やるよ、すっごい音出るぞこれ」

『あ、ありがとう……あははっ、ほんとだ笛吹いてる』

『イチ様ぁ、うちのそばで角笛連打しないでくださいっす~』

『あっ待っていちクン家の中に敵』

「おらっ角笛喰らえダメイド……うわ待てやめろチェストのそばで爆――うわあああああああ!?」

『爆発しちゃった!? いちクン、チェスト! チェスト壊れちゃってる!』

『む、イチの家が爆ぜたぞ。もしやスイーパーの仕業か? 湧き潰しを怠るとは感心せんな』

『自爆テロが敢行されてるっすねえ、開放的なリフォームになってるっす』

「畜生、角笛吹いてる場合じゃなかった! せっかく整理したのに!」

『家の中ちゃんと照明つけないからだよ……』

「やっべえ寝室に灯りつけるの忘れてた――おい俺のエンチャントつきのハルバードないぞ!? 誰か持ってった!?」

『はーっはっはっは! このオリハルコンハルバードは我が頂いていくぞ! 新たな吸血鬼の王女たる我に実によく馴染むっ!』

『じゃがいもは頂いていきますわ~、イっちゃんのお家の前に広大なお芋畑を作りますの! おらっ! 農業魔法一括展開っ!』

『村のミスリルゴーレムに『レイナス』って名付けてやったぜ! あいつだと思って大事にしてくれよみんな!』

『フェルナアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

「なんだこのバケモンども!? ノルベルト、お前の城借りるぞ! 今からここをこいつらの墓場にしてやるっ!」

『オスカー君、イチ様のそばにいると災害が起きるんで退避するっすー』


 ……久々のPCゲームにずっと熱中していた。

 ゲーミングチェアに腰かけ、ヘッドセットとネットを通じて旅の仲間とつながり、幅広いモニタにのめり込んで異世界を冒険中だ。

 画面上のブロック状の世界はごちゃごちゃとした有様だった。

 ささやかな自宅のそばに建築法を無視して作られた魔城と芋畑を舞台に、勇ましい格好をした男が飛び回る吸血鬼を追いかけてる。

 飯食って風呂入ってゲームして買い物いってゲームしてのサイクルだ。元の世界の生活もこんな感じだったな。


 がちゃんっ。


 もう少しで人の武器を盗んだコウモリ女に矢が当たる寸前、ドアの音がした。

 ベッドですやすやしていたニクも「ん」と気づいた――誰だ?


「お前の『休む』というのは三日丸々使ってゲームに熱中することか? どうも俺は模範的な戦前の不健康者を目の当たりにしているようだ」


 なんだクリューサか。いまいちな顔色が人様の健康を気にしてる。


「何言ってんだクリューサ、ゲームは心の栄養なんだ。胡散臭いヨガとか怪しいサプリなんかよりずっと安全だし、合間合間にちゃんと寝てるから健康的だ」

『……いちクン、わたしが眠ってる間もずっとやってたよね。クリューサ先生の言う通りゲームのやりすぎじゃないかな? ほとんど部屋にこもりっぱなしだし』

「ちゃんと風呂にも入って飯もしっかり食ってるからセーフだ」

『でもお昼前とか深夜とか変なタイミングでご飯食べてなかった……?』

「そうか、今の問診で分かったがお前は生活能力が欠如しているようだ」

「俺は元々こういうやつだったんだよ。それより一緒にやらない? マインクリエイターってゲームだ、マルチプレイもできるし面白いぞこれ」

「とりあえず医者として助言をさせてもらうが、話すときは画面ではなく人の顔と面と向かって話せ。それと衛生的な観点から食い散らかしたスナック菓子の袋は片付けろ」

『ごめんなさいクリューサ先生、いちクンずっとゲームに熱中してて……流石にだらしなさすぎるからちゃんとお部屋片づけよう?』

「そして相棒に謝らせるな。だらしのないやつめ」


 せっかく気にかけてくれるのでじゃがいも畑の戦いを中断した。

 悔しいけどフルエンチャハルバードはくれてやる。お医者様に向き合った。


「つれないな。そういえばドワーフの皆様は? あの人たち好きそうなゲームだから誘おうと思ってたんだけど」

「ドワーフどもならお前みたいに戦車シミュレーターとやらにずっとのめり込んでるぞ。まったく、便利すぎる文明は人間の健やかさを吸い取っていくのは本当だったようだ。戦前の世界が滅びたのもうなずける」

『――ごめん今わしら忙しいからまた後でな。これ本格的すぎてすんごいぞ、大昔の戦車から戦前の最新型まで事細かに操縦法が学べるんよ。ゲームの癖にいったいどこまでこだわっとるんだか』

『こっちは銃器整備シミュレーターで遊んどる。ブルパップ式の銃ってこうなっとるんじゃな、興味深いわい……』

「あっちもゲーム三昧か。なんだよそのマニアックなシミュレーター」

「ゲームの話題はここまでだ。それで体調はどうだ? 心身共に疲弊していると聞いたが、身体に違和感はないか?」


 エナジードリンクをかしゅっと開けると、クリューサは不健康なものを見る目で冷たく品定めしてきた。

 こいつが人の心配をしに来るなんて妙だな――ワオ、ケミカルベリー味!


「休んでちょっとはマシになった。にしてもお前、なんか妙に親切だな」

『えっと、この前よりは良くなってるかもしれません……っていちクン、エナジードリンク二本目だよ? 身体に悪いからやめよう?』

「誰かに頼まれてお前の体調を確かめに来たと言えば分かるか? そのクソエナジードリンクはやめておけという忠告もだ」

「だいぶ不本意そうなのも分かるよ、嫌な顔しやがって」

「そうか。ではお前の具合を確かめるということは、次に何を持ち掛けられるか察したか?」

「なんかあった感じだな」

「ああ。ラーベの件で進展があるそうだ、場所はラウンジだ」

『ラーベ……また何かあったみたいだね、なんだろう?』

「らしい。で、大嫌いなあいつらの件で社長がいらしてくださいと。充電もできたし出勤だ」

「ストレンジャーを要するような事態ということには違いあるまい。ところでその画面上に表示されている荒廃した家畜小屋はなんだ?」

「マイハウスだった何かだ。てことでみんな、ご指名されたから先に抜ける。俺の家はイイ感じに改造しといてくれ」

「ん、おさんぽ……? ぼくもいく……」


 体調を気にかけられた思いきや「休んだ分働け」か。気になる誘い方だな。

 俺はエナジードリンクを空にしてゲーミングパソコンから離れた。



 ビルの吹き抜けから見下ろす先は今日も相変わらずだった。

 絶え間なく行き交う人々にフランメリアが溶け込んでる。

 ライオンの獣人が撮影に応じているところも、一服するオークのデカい図体も、ヴァルハラの民は気にも留めない。


「おっ、来たようですぜ准尉。なんだなんだ、すっかりここの快適さにだらけてんなぁお前」

「タロン、貴方だって子供のように浮かれているじゃない。また会えたわねストレンジャー、ここにいると戦前の人間になった気分で落ち着かないね」


 ところがラウンジまでの途中に待ち構えていたのは見知った二人だ。

 ブルヘッドじゃ目立ちすぎるごつい女性と角刈りの男は鮮明に覚えてる。ジータ部隊のアクイロ准尉とタロン上等兵だ。

 せっかくの都市向けの格好も戦場で磨かれた威圧感に上塗りされている。


「……なあ、ジータ部隊のやつらが見えるんだけど気のせい? ゲームのやりすぎてなんか見えちゃってるやつ?」

「見間違いではなく実在しているぞ。いつまでゲーム気分に浸っているんだ」

「ん……? タロンさまとアクイロさまがいる、来てたんだ」

『わたしにもちゃんと見えてるからね……? お、お久しぶりです……?』

「ま、下見ってやつよ。ちょいとここが胡散臭えことになってるから見て来いって中佐に頼まれたんだ、レンジャーを代表してな」

「貴方と接点があるからという理由で私たちが選ばれたのよ。つまりシド・レンジャーズが首を突っ込まなければいけない事態がそこにあると思いなさい、ラーベ社の件はただ事じゃない気がするわ」


 角刈りレンジャーは缶入りソーダを掲げて「よう」と気さくだ。

 でも逞しい方は真摯に腕を組んでるんだから、ただ観光しに来たわけじゃないだろう。


「ちなみにパスは社長殿のおごりだぜ。これで俺も汗臭えレンジャーから立派な文明人にランクアップだ、期限付きだけどな」


 文明に浸ってもなお厳つい二人は腕の『パス』を得意げに掲げててる。

 フォボス中尉が言ってたように、ラーベ社と戦う大義名分とやらで本当に殴り込みにきたわけでもなさそうだ。

 今回は別の何かか。それもシド・レンジャーズが探りを入れに来るほどの。


「そして私もいるぞ。どうだストレンジャー、体調が優れないと聞いたが思ったよりも元気そうじゃないか?」


 と思ったら背に爽やかな声が追いかけてきて、振り向けばブラウンの髭面だ。

 ダネル少尉もいた。まさか知る顔が三人も揃うなんて思わなかった。


「あんたもかよダネル少尉。ちょいとお久しぶりだな、飯食って戦ってゲームして元気になったところだよ」

『だ、ダネルさんもいたんですね……。でも、レンジャーの人達が駆けつけるってことは何か悪い事でも起きたんでしょうか?』

「でもそんなに急いでない気がする。本当に大変だったらご主人のところに大慌てで来ると思うけど」

「イージスもヴェアヴォルフも息災で何よりだ。建前はブルヘッドの有事に駆けつけたという体だが、ほんとのところは妻の土産を買いたくて志願したのさ」

「奥さんに対する思いやりじゃなくて建前の方が知りたい。悪いニュースか?」

「だいたい我々が良いニュースで来ると思うか? 詳しくは社長殿に話してもらおうじゃないか」

「それもそうか、切羽詰まった様子じゃないしそこそこの事態ってとこか」

「にしてもなんだ、どうしてこのビルにはファンタジー世界の住人が跋扈しているんだ? 季節外れのハロウィン・パーティーをやってるなら先に教えてほしいものだ、ちゃんと仮装してやるというのに」

「先週からそういう気風になったってさ。ここのやつらみたいに慣れてくれ」

『フランメリアの人達すっかり溶け込んじゃってるなあ……』

「ぼくも撫でてもらったり遊んでもらったよ。ここはいい人たちでいっぱい」

「お前の犬っ子も馴染んでんな。ここにいると銃弾飛び交うウェイストランドが嘘みてえに感じるぜオイ」

「この都市は長らく閉鎖的だったのに急に外へ足を広げているらしいわね。世の中はどこまで変わっていくのかしら?」


 むさくるしさが増したまま進むと見慣れたラウンジが近づいてきた。

 クリューサが黙々とついてくるのが少し妙だった。まるで深く関わってるような佇まいだが。


「いいかお前たち、良い変化が訪れた時は必ず悪い変化もどこからか迫ってるものだと忘れるな。ところで今回の件はそこのお医者様も色々と絡んでいるそうだ」


 なぜかダネル少尉はこの中で一番不健康なやつを頼もしそうにしていた。

 こいつの医療スキルが求められるような事態がこの先にあるっていうのか。


「クリューサもか、じゃあ俺はいったい何させられるんだ? こいつと一緒に人命救助? それとも手術の助手? 未経験者だから優しくご教授頼むよ」

「患者にとどめを刺しかねんやつに俺の助手が務まるものか。俺には俺の、お前にはお前の仕事があるだけだ」

『クリューサ先生、何かあったんですか……?』

「詳しく知りたければこの先で聞け」


 ラウンジに勢ぞろいで押しかけるとデュオの気さくな顔つきがあった。

 この前までゴミだらけだったりご馳走が並んでいたりと忙しい場所は、今や作戦室とばかりの貫禄だ。

 具体的にはテーブルを囲うカタギじゃないやつらがそうだった。

 デュオの親父さんにセキュリティチームの面々にヌイスという顔ぶれは、死神のようにどこか人が死ぬ前兆を発してる。


「ストレンジャー参上。このメンツからして綺麗なお話じゃなさそうだな」

「待ってたぜお前ら。キャンプ・キーロウからはるばる来てくれて嬉しいねえ」


 そんなところに顔を見せたわけだが、先に一歩進んだのはレンジャー三名だ。

 個性が三つ並ぶとびしっと『少佐』に敬礼だ。即座にやり返してレンジャーらしい空気が流れた。


「これは社長……じゃねえわ少佐殿、貴重なパスをわざわざありがとうございますよっと。いつにもなく楽しそうじゃねーっすか?」

「ちょいとしがらみが抜けちまったのさ。ヴァルハラを満喫するのは後にしとけよ、タロン上等兵」

「前と比べて社長としての貫禄も多少は出ているわね。また会えて嬉しいわ」

「アクイロ准尉も力強さに磨きがかかってるじゃねえか。カーペンター伍長が相変わらずお前にびびってたぜ」

「あっちで一番賑やかなおっさんが来てやったぞ。どうだ少佐、後で世間話も兼ねて一杯やらないか?」

「そりゃいいねダネル少尉、スティングからいい酒が来てたんだ。キーロウの頼もしいやつらが三人も来るとはこれまた豪華だねえ」


 デュオ、いや、ツーショットは上官として饒舌だ。

 図々しいのか肝が据わってるのか、三人は勝手にくつろぎだしたようだ。


「やれやれ、おっかない顔ばかりになっちゃったよ。まるで都市の人口減少に貢献しそうな雰囲気じゃないか」

「この件が我が社の利益や、ましてブルヘッドの今後にも関わっているとなればやむを得ないのだよ。私も息子も前々からあいつらには手を焼いていてね、今こそ絶好の機会なんだ」


 呆れるヌイスと社長の父親も混じって、不穏なやつらのオールスターである。


「確かに人が死にそうな感じだ。俺からの挨拶は「誰を殺すんだ」でいいか?」

『これ、絶対ただごとじゃないですよね……』


 そうそうたるメンツを代表して一声かけた。するとデュオは大げさな動きで。 


「大いにありだストレンジャー。前にとっ捕まえたクソガキは覚えてるか?」


 セキュリティチームの男に「それだ」と何かをテーブルに置かせた。

 透明な袋に押し込まれた小瓶だ。中で青緑のカプセル剤がいかにも身体に悪そうに輝いてる。


「街中で銃ぶっ放してたあのアホか? そういえば違法薬物がどうとかいってたな、ちょうどこういうやつだ」

『ど、毒々しすぎるよ……このお薬、絶対にダメなやつですよね……』

「ん……苦くて嫌な匂いがする」


 こうやって嫌そうに訝しめば、デュオは「それがなぁ」と困った頷き方で。


「お前らが捕まえたクソガキと、ただいま囚われの傭兵の供述が繋がっちまったんだ。んで、新たな問題が発覚したのさ」

「ブルヘッドじゃ多少のドラッグは大目に見ちゃいるが、こいつは大いにアウトだ。ラーベの庇護下で流行ってるキツいやつをどんどん都市に広めてるんだ、くそったれ」


 促されたバロールの警備員がモニターをいじって話の全容を浮かべた。

 都市の様子、傭兵の横顔、拡大された青緑の薬と訴えたいことは山ほどだ。

 中でもトップを飾るのはバロールよりも濃厚な街並みだった。

 人の数もゴミの量も倍ほど溢れかえる景観が、電光掲示板の蛍光色で鮮やかに誤魔化されてる。


「あれが今更回ってきたのか。それでなんだこの……活気のあるゴミ捨て場は」

『すごくごちゃごちゃしてるし、ゴミだらけでちょっと嫌だなあ……? あの、ここってどこなんですか?』

「……ゴミだらけで臭そう」

「こいつはバロール社の支配地域の一コマさ。素晴らしい街並みだろ?」

「ああ、見るだけで刺激的だ。この洗練された現代アートを作ったやつはさぞクリエイティブなやつなんだろうな」

「たぶんお前が一生仲良くできないような性格だぜ。でだ、そのクリエイティブなやつがこっちにクソみてえなドラッグをずっと流してきてるんだよ」

「まるでこのゴミの王国にいってこいみたいな言い方はさておき、この身体に悪そうなやつがそうなのか?」


 そこに袋の中のお薬を重ねると、デュオはクリューサに目配りをしてから。


「そいつは最近になってラーベが流行らせてるドラッグさ、依存性が強すぎて毒同然だがな。あそこはお行儀のいいニシズミとかと違ってこういうのを作りまくって都市のあちこちにばら撒くんだ」

「ワオ、強めのお薬を流行らせるなんて親切だな。ラーベって健康志向の企業だった?」

「おかげで向こうの市民はクソ健康優良児だらけだ。あいつらが末永くやってんのもこんな風に都市の掟を破って荒稼ぎしてるからだぜ」

「あーうん、向こうの辞書にはコンプライアンスって単語が欠如してるようで。どおりでチップばら撒くほど羽振りがいいわけだ」

『絵に描いたような悪い企業だよ……』

「その悪い企業様はドラッグストアでも開けるぐらいいろいろ開発してるんだが、お前の手元にあるのは『エネルギスタ』っていうやつさ」

「身体に悪い見た目しておいて明るい名前だな、ろくでもなさそうだ」

「そいつは戦闘用のきっついやつじゃなくて朝のコーヒーぐらいに気軽にキメられる、24時間すっきりする労働用のドラッグだ」

『ろ、労働用のドラッグ……!?』

「はっ、そこは俺も気に食わねえよ。カフェインぐらい敷居の低いやつだが、コーヒーやエナドリよりも人の寿命をじわじわ持ってく毒だぜ」


 いかにこいつとラーベ社が健康に悪いのかを俺たちによく広めてくれた。

 向こうじゃこいつが労働者を支えてるような言い方だ。バロールで良かった。


『あの、もしかしてラーベの人達っていつもこんなものを常用してるんですか? さすがに冗談ですよね?』

「常用? それどころじゃないぜミコサン。あっちじゃごまんといるギャング、暇な傭兵ども、挙句に病院だって薬物を自家製ビール感覚で作ってんだ。向こうの市民の大部分がドラッグに支えられてるわけだな」

『ど、ドラッグを作ってる……!? いくらなんでも滅茶苦茶すぎませんか!?』

「企業はこぞってお抱えのやつらに薬を売りさばかせて、そいつに酔ったやつらも薬のために薬を売って、いい経済政策ができてるみたいだぜ。あそこは薬と金が一緒に回ってんだよ、血管を忙しく駆け巡る血液みたいにな」


 デュオは向こうの実情がいかに恐ろしいか語って「怖いねぇ」と茶化してる。


「問題はそのドラッグが我が社の地域へ大量に流し込まれていることだ。やつらが他社の縄張りにまで売り込みに来るのは今に始まったことではないんだが、この頃は特に著しくてね。ちょうど誰かが逮捕してくれたクソガキがその証拠だ」


 デュオの親父さんなんて誰が見ても分かるほど不機嫌だった。

 そうか、あの時捕まえたやつがこんな形で絡んでたのか。


「なら捕まえた甲斐があったよ」

「君のおかげで明るい兆しが見えてきたものだ。我が社をずっと悩ませていたドラッグの流通ルートが見えてきたのだからな、そろそろ手痛い一撃を喰らわせてやる絶好の機会だ」

「俺も親父もクソ迷惑な薬屋さんごっこにずっと腹が立ってたが、やっとお灸をすえてやれるチャンスが来ちまったのさ。なんとこの件は向こうの傭兵共が絡んでて、しかもそいつらが企業直属のお利口な忠犬ときやがった」

「忠犬? うちのわん娘よりもか?」

「ん、ぼくの方がご主人に忠実だけど」

「やつらが忠実なのは金払いに対してだ、君のミュータント・ドッグのように利口ではないぞ。そんなタチの悪い者たちがこちらに薬を流してチップを吸い取っているんだ。今回売人と傭兵の証言が揃って、ラーベの悪行と明確な悪意がはっきりとしてしまったということだな」

「つまり一石二鳥さ、いやせっかくだし三鳥までいってみるか? うちにとって目障りなやつらを追っ払えて、あいつらにちょっとした嫌がらせができるチャンスなんだ」

「それでご指名か。親子二人で楽しそうに教えてくれてどうも」

「久々に愉快なものでな。さて、ここから先も聞いてくれるかね?」

「お前じゃないといけない理由もあるんだが、とにかくやることはあいつらへの仕返しさ。もちろんタダ働きなんてさせないぜ、ストレンジャー」


 親子二人の舌の回りのよさはあたかも「だからお前が必要だ」って調子だ。

 耳障りのいい部分はラーベ社に嫌がらせのくだりだ。なので食い入った。


「いいね。まずは俺がご挨拶に行く必要性についてから聞こうか」

「お前はブルヘッドの市民じゃなく、あくまでお客様だって部分が今すげえ好都合なんだ。分かるか?」

「そりゃゲストだからな。ちょうどそういうの腕に巻いてるだろ?」

「そう、愛すべきバロールの市民でもなきゃゲスト用パスを飾ってるだけのストレンジャーだ。つまり限度はあるが好き放題できるご身分だぜ?」

「そうか、悪いことができる選ばれし勇者ってことでいいんだな?」

「いい響きだね。今のお前はバロールの福利厚生がついた傭兵でもねえ、あくまでよそ者さ、これからどこかで何が起ころうが壁の外からずかずかやってきた悪いやつのせいってな」

「なるほど、俺が何しても我が社は関係ありませんってか。こんなに俺向きの仕事はないみたいだ」

「ヌイスが準備してくれた計画にどうしてもお前が必要なのさ、どうだ?」

「ちょうどナインクリエイターのやりすぎで気分転換したかったところだ、悪い夢見せてくれた礼でもしてやろうか?」


 それらしい答え方をした。後ろで「ひゅう」とタロンの口笛に茶化された。


「ちなみにだがウォーカー盗難事件に続いて、法令遵守の『ほ』の字すら捨ててニシズミ社へ何かしらの妨害をしている疑惑があるとのことでな。フォボス中尉が今後本格的に介入するときのために、あくまで社長個人の要請という体で介入しろとのことだ。つまり我々がお前のバックアップを担うわけだな」


 ダネル少尉がブラウンの髭面にいい笑みを浮かべてる。

 ということは俺の背中には北部部隊の支援つきか、そっちも頼もしいことで。

 

「ゲームのせいでご機嫌なのか知らないけど、ずいぶんとあっさりと引き受けてしまったね。まあ君の意思を尊重するよ、行動中のサポートは任せてくれたまえ」


 場違いな白衣の格好も「私はヌイスだよ」とジータ部隊に触れた。

 今度は隠し撮りしたような角度で黒い戦闘服の男たちが映し出されてる。

 バックに赤い太文字で【RedLeftCasino】と宣伝するビルがあるが、まるでそこを根城にしているような風情だ。


「デュオ、このいかにもな連中がターゲットか?」

「こいつらは『レッド・プラトーン』っていうラーベ社お抱え傭兵の一つさ。後ろに見えるレッドレフトカジノってやつとの関係性はわかるよな?」

「まっとうなカジノじゃなさそうだな。ところでどのへんが赤いんだこいつら? 看板に色負けしてないか?」

「ユニフォームまで赤く揃えるような信念はないみてえだ。ご覧の通り店の外観もアレなら中身もそうだ、ドラッグの供給もすりゃあくどいことも山ほどこなして、地元のギャングも入り浸って悪者天国だ」

「分かりやすい悪者の巣窟だな、丸ごと吹っ飛ばしても良心が痛まなさそうだ」

「だからラーベはこいつらをえらく気に入ってんだよ。ここからバロールやニシズミに薬が送られてるせいで鬱陶しくてありゃしないぜ」

「イチ君、君の言う通りまっとうな場所じゃないというのは確かだよ。これを見てくれないかい?」


 ヌイスの手でまた画像が変わった。ブルヘッドを表すマップだ。

 いつぞや見せてもらった勢力図ともいう。相変わらず六割が赤く染まってるが、一目でまっとうじゃない場所が分かった。


『……境界線ぎりぎりの場所ですね。しかもこれ、バロール社の領域のすぐ目の前にありませんか?』


 件のカジノはミコがそう不安がるのも仕方ない位置取りだった。

 都市の北から東の大部分を赤くかっさらうラーベと、負けじと残りを陣取るニシズミとバロールが6:4の様相を見せてる。

 件のカジノはラーベとバロールの境界線あたりにある赤色の街中だ。


「おう、バロール・ラインの手前まで攻めてやがるのが見えんだろ」

「挑発的だな。最前線で俺たちに中指おっ立ててるみたいだ、違うか?」

『こんなにすぐ近くで……ですか? なんだか嫌がらせしてるみたいです……』

「そうだ、前々から気に食わねえ距離感だし喧嘩も売ってやがる。商売上手で腹が立つねえ畜生が」


 デュオはこれに関してとことん気に食わなさそうな顔つきだ。

 掌の錠剤に嫌悪感を感じてきた。クリューサの息遣いも「ふん」と不機嫌だ。


「……まるでどこかの社長が苦い顔をするのを楽しむような趣味の悪い場所取りだな。こんな極めて低レベルなものを得意げにばら撒くのも気に食わん話だ」


 お医者様はとうとう『エネルギスタ』をかっさらってとことん機嫌が悪い。

 するとデュオの親父さんも便乗するようにため息をついて。


「私が特に気に食わんのは、眼前に居座るこいつらがよりタチの悪い手段で我々を挑発していることだ」

「だろうな。俺から言わせてもらうがこのドラッグはただの毒だ」

「都市のあちこちに依存性の極めて強いドラッグを流通させられて市民が脅かされている上に、そうやってバロールのチップを吸い上げられているとなればそろそろ黙っていられなくてな」

「そうそう、しかも最近になって真っ赤な名前の薬売りさんは商売のペースを急かしてやがるんだ。ってことはラーベ社は資金を集めようとこいつらをさぞ頼ってるんだろうな?」


 親子そろって「ぶっ潰してやる」とばかりの面持ちだ。

 話が面白くなってきたぞ。現にタロン上等兵も「へっ」と面白がっていて。


「ここを叩けばラーベ社のお財布に傷がついちまうってことですかい? そりゃいいね、気に食わないやつの不幸は大好物なんで俺」


 話に乗り気だ。俺も「ラーベみたいなやつのな」と軽く挟んでおいた。

 この赤いカジノは悪の根城でもあって敵の弱点だ、食指が進むこった。


「そういうことか」

「そういうことだ」

「あとお前の私怨もな」

「そう、俺の私怨入り。いい機会だしぶっ潰してくれりゃどっかの社長は大喜びだし、あいつらに嫌がらせもできて徳が積めるってわけよ」

「忌まわしいドラッグを撲滅したと広まればバロール社のイメージも良くなるだろういう算段もある。どうか我が社のために存分に力を奮ってくれ」

「ってことは乗り込んでぶっ壊せばいいのか?」

「それで済むんだったらフランメリアのやつら全員招集してるだろ? 結果的にクソほどぶっ殺してはもらうが、まずはちょいと現地に行って下見してきてほしいのさ。できるか?」

「あの画像通りの場所まで行って観光してこいってか、最高だな。了解」


 俺はストレンジャーらしく取り掛かることにした。


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