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108 バッドモーニング、ブルヘッド…

 まぶたが静かに持ち上がると、懐かしい部屋の中にいた。

 そっけないリビングだ。テーブルに覚えのある紙箱とスマホが転がってる。

 冷蔵庫に『今日の晩飯は炊き込みご飯とチキン南蛮』とメモも貼ってあった。

 懐かしい――ああそうだ、ここは我が家だ。


『あ゛~……徹夜でやるFallenOutlawは身に応えるぜ……! COOPプレイで手伝ってくれる二十一歳ぐらいの男子がいたらすげえ助かるんだけどなぁ!?』


 知っている奴もしれっと出てきたぞ。タカアキのやつだ。

 黒茶色の髪を寄せておでこを見せる面白そうな野郎が、エプロン姿で人様の家を荒らしまわってるようだ。


『FallenOutlawってなんだっけ? どんなゲームだ?』


 今日もやかましくて何より。俺は冷蔵庫の中を漁った。


『世は枯れヒャッハーな連中が跋扈しミュータントがうじゃうじゃな世紀末世界を冒険するやつだよ、最近STEELでリリースされただろ?』

『お前いっつも似たようなゲームばっかやってるから違いが分からないぞ』

『世紀末ものは幾らあっても足りないの! あ、今日の晩御飯チキン南蛮な』

『タカアキ、お前ってどうして同じジャンルの作品ばっか積んでるんだ……? なんかそういうの集めないと死ぬ呪いでもあるのか?』

『そろそろ未クリアの作品が五十を超えそうだぜ……もしかして、これって呪い?』

『お祓いでも受けた方がいいんじゃないか、それか病院』

『どっちも行きたくねえわ、何言われるか怖いもの』

『すげえ分かる。幽霊も病気もおっかないからな』

『じゃあ積みゲー生産に歯止めをかけるってことで今夜手伝ってくれ。ギフトでゲーム本体送ったから』

『お前がそんなことするから俺も巻き添えでゲーム積んでんだぞ馬鹿野郎。分かった手伝う』


 いつもと変わらぬ他愛のない会話がここにある。

 次第に掃除機の音が響き渡ると『おらおらぁ!』と楽しそうに駆逐し始めた。


 『……あれ? 冷蔵庫の中どうした? もしかして年に何度かの掃除中?』


 しかし冷蔵庫の中を見たら空っぽだ。面白いぐらい何も入ってない。 

 野菜室すら何もない有様に思わずどういうことかと尋ねようとしたが。


『いいかイチ、たまには部屋ぐらい自分で掃除しないと駄目だぜ? 二十歳超えてるんだからさ、いい加減掃除のやり方ぐらい覚えないとこの先大変だからな?』


 口から出かけた質問に、いつも通りの年上らしい軽いお説教が被せられる。

 ところが――イチ(・・)? タカアキの口から出たのは違う名前だ。

 二文字の違和感に幼馴染を確かめると、機嫌な様子で掃除機を走らせてるだけで。


『おいタカアキ。その、イチって……』


 猫背気味の後ろ姿へ『イチ』を尋ねるも、あいつは振り向かない。

 しばらくしても返事はなかった。何かおかしいと立ち上がろうとすれば。


 がちゃっ。


 玄関の方から妙に通りのいい音がした。

 人ん家の扉が無断で開かれる嫌な感じだ。おかしい、オートロックのはずなのに。


『お前さ、顔はいいんだから生活習慣を整えて、ついでに家事もできるようになって、もっと俺以外のやつと知り合えば人生が豊かになるぞきっと。せっかく生きてるんだからさ、今すぐいろいろ挑戦しないと駄目だと思うぜお兄さん』


 しかしタカアキはいつも通り過ぎた。掃除機を片付けてどこかへ行こうとしてる。

 そこへどたどた、廊下を早足に進む音が混じると流石に何か気づいたらしい。

 何事だとあいつが向く頃には、そこに胡散臭い身なりが雪崩れ込んでくるところだ。


『いたぞ! 供物だ!』

『ようやく見つけたぜ! 逃げられると思うなよ、羊ちゃん!』

『ヒャッハァァァッ! 供物はぶち殺せェェッ!』


 その姿、その物言いは一体なんなんだろう?

 ボロボロの服を着たり、半裸だったり、骨を着飾ったりと独特な姿の男たちがいた。

 手には肉切り包丁や使い込んだ弓矢、そして錆のひどい短機関銃を――そこで脳がびりっと揺らぐ。


『……くそっ!? なんでアルテリーがいやがんだ!?』


 ぼんやりしてる意識がはっきりした。あの人食いカルトどもだ!

 慌てて身構えるがもう遅い。タカアキは「あ?」と奇妙な来客を訝しむ程度で。


『なにこれ、最近のハロウィンが暴徒みたいなスタイルが流行ってん――』


 間近に迫るそれに危機感なく疑問を抱いたようだが、そこへ向かうのは銃口だ。

 いつもは大したことない短機関銃の姿が、この一瞬だけはひどく残酷に見えた。


『てめえも供物になりたいかァァァッ!』


 ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱっ。

 本当に残酷なものだった。

 道の妨げを払うのと同じそれで、誰かが口径九ミリの軽はずみな音を鳴らす。

 タカアキがぴくぴくかすかに跳ね踊りながら転げ回ったのは言うまでもない。

 『なんだこいつ』といいたげなまま、倒れ伏した幼馴染から血の池が生まれた。


『たっ……タカ……アキ……!?』


 死んだ。明確な形で殺されやがった。

 けれども向こうに人の死を慈しむ文化なんてない。

 そいつらは俺を一瞥すると、倒れたタカアキにすぐ手が回り。


『予定変更だ、供物を持ち帰るぞてめえら!』

『今日のところはこいつで勘弁してやるぜ、あばよ!』

『新鮮な供物だァ! こいつの死に乾杯! ひゃっはっはっは!』


 あの人食いカルトどもは後ろめたさもないまま、あいつを引きずりまわす。

 人間一人分の形から流れた血がフローリングに赤い筋を作っていく。

 三人のクソ野郎どもは開きっぱなしの扉へと『供物』を持ち帰るところだ。


 待て、連れてくな、気づいた時には武器を探した。

 何か武器は? 包丁でもいい、三本いや一本あれば十分だクソどこだ――!



「…………返せ! クソ野郎どもがぁッ!」


 身体にびくっと力が流れた。気づくとベッドの上にいた。

 武器はどこ? 枕元を探ると硬い鉄の感触がした、自動拳銃だ。

 薬室を開いて残弾を確認、重さからして十発フルロード、まっすぐ構えてふらつく足で部屋を出ていく。


『……いちクン!? どうしたの!?』


 女性の声がした。今はそれどころか、敵がいないか探る。

 こんな白い部屋だったか? いやどうだっていい、左を見れば身ならぬ風景、右を見れば通路――こっちか。

 頑丈そうな扉が見えた。あの先だ、あの先にタカアキがいる、待ってろ!


「ご主人、何かあったの……!?」


 そこに横から姿が入る。銃を向けた。

 黒い犬の耳を生やしたダウナーな顔が目に映る。くそっ、お前じゃねえ。


「くそっ! くそっ! どこだ! よくもタカアキを!」


 タカアキを殺したクソ野郎はどこだ!?

 怯えて退く誰かを無視して進んだ。

 きっと扉の向こうだ、いつでも撃てるようにまっすぐ向けたまま早足で寄って。


「どこだ!? 出て来やがれ! てめえらぶっ殺して……」


 少し進んで、急に胸から力が抜けた。

 そこでやっと今、頭の血のめぐりと一緒に得物を向けた相手が何なのか理解する。

 振り向けなかった。手から銃の形がすり抜けそうになるが、脳の片隅が暴発を恐れて指がはがれない。


『落ち着いていちクン! 何があったの!? 大丈夫、大丈夫だからね!?』


 後ろも向けずにひたひた歩くが、扉まであと少しというところが限界だった。

 寝室から聞こえる声のおかげだった。

 ミコの呼びかけがただのふざけた夢だったと証明してくれてる。


「…………ご主人、どうしちゃったの?」


 この時ばかりは、あのダウナーな顔を見るのが怖かった。

 どう答えればいいか分からないまま振り返ると、いつもの表情が見上げていた。

 それも怯えながら、だが。耳も伏せて尻尾もすくんだニクが怖がってる。


「あ、う、お、俺……何……」


 とんでもないことをしてしまったわけだ。ひどく乾いた舌が空回りする。

 だけど戦い慣れした身体は馬鹿に律儀だ。

 動きだけは冷静で、取り繕うように銃をいじってる。

 震える指が弾倉を落として、スライドを引いて初弾を抜き、空っぽになったそれをごろっと捨てた。


 強い不安にぶち抜かれたのはその直後だ。

 ニクと表情があうなり、あの犬ッ娘の姿がまた一歩引くのが嫌に焼き付き。


『いちクン、大丈夫。大丈夫だから。深呼吸してこっちに来て?』


 もういっそ部屋から逃げてしまおうか思ったが、あいつの声に呼び戻された。

 誰の顔も見ずに急いで向かった。現代的なベッドにちゃんと短剣が横たわってる。


「あ、わ、分かった、分かった……」


 誰かにそう言い聞かせた。バクバクいう心臓を抑えながら座った。

 部屋の外からはニクが心配そうにこっちを見ていた。

 目も合わせられないまま、言われた通りに深く呼吸した。


『……落ちついた?』


 少しの時間を費やして、ようやく腹から力が抜けた。

 妙にべたつく顔に触れると汗でべとべとだった。

 不健康な場所から絞り出したようなやつがいっぱいだ。


「……ああ」


 口も重くて回らないが、とにかく手短に答える。

 今の気持ちがどれだけクソかは当人のみぞ知るもんだろう。

 ただ最悪だ、身体が勝手に動いて相棒に銃を向けるわ、そのまま外へ出ようとするのだから。


「……ごめん」


 ようやくまともに口にできたのはそれ一言だけだ。

 見上げた先、ひょこっと陰から顔を出すあいつは本当に心配そうだった。


『いちクン、何があったか言える? 大丈夫、もう大丈夫だから立ち上がっちゃだめだよ?』


 念入りにミコの言葉だってかけられた。その通りにした。


「タカアキが死んだ。やられちまった」


 ところが頭からすぐに出てきた言葉はそれだ。あいつの死がこびりついてる。

 いやな汗がまたにじんできた。振り払おうと頭を振ろうが、あんな最悪なものはしつこくこびりついてる。


『怖い夢、見ちゃったんだね。でもタカアキさんは死んでないよ、ちゃんと生きてる、だからこっちを見てくれるかな?』

「ああ」

『わたしをしっかり握って。大丈夫だからね?』


 おっとりしたあいつの声がこれほど頼もしいと思ったことはないと思う。

 言われるままに柄を握れば、ここがあのウェイストランドで、自分がまだストレンジャーだと認識できた。

 そうだ、あれはくそったれの夢だ。

 ニャルの仕業かもしれないし脳の悪い気まぐれかもしれない、現実じゃないんだ。


「……ごめん」

『うん、誰も悪くないよ。だからぎゅっと握ってて』


 武器じゃない相棒の感覚が戻ってきたところで、ひどくブレていた意識も整う。

 無理に持ち上げた視界にニクがすっと映った。

 霜のこぼれるペットボトルを大切に持ってきたみたいだ。


「……本当にごめん」


 謝った。愛犬はやっと近づいてくれた。


「……大丈夫、ぼくもいるから。ご主人、怖かったんだよね?」

「……うん」


 ニクもぺたんと隣に座った。良く冷えたそれのせいでますます現実の重みが伝わる。

 一口飲むと綺麗になりすぎた水の味がした。撫でてやろうとしたが進まなかった。


『ねえ、いちクン?』


 またしばらく黙ってると、ミコに疑問形で呼ばれる。


「なんだ」

『……無理してない?』


 そこから出たセリフは――俺が無理してるって?

 何をだ? 強がって生きてるってか?

 いろいろ考えたが、そんなことはないと思った。

 

「いや」

『……してるよね?』

「……少し頑張りすぎただけだと思う」


 でもけっきょく、あいつの物言いには勝てなかった。

 俺はこの世の真実を受け入れて、アバタールと共に行くことを決めて、ついでにラーベ社に道を譲ってもらうように物理的に頼み込むストレンジャーだぞ?

 だけどミコの沈黙は、そんなものを求めてなさそうだ。


「……ごめん、やっぱしんどい」


 だから正直に答えた。やっぱりしんどいって。


『……うん、そうだよね。だって、一度にたくさんのことを受け入れたんだからね? タカアキさんのこととか、アバタールさんのこととか、この世界のことだって、聞いてて辛い真実だから』


 ミコにそう言われて、やっと「そうだな」と思った。

 別に意地を張ってたわけじゃない。

 言い訳臭いが、どうしてもノルテレイヤのことが頭に浮かぶんだ。


 タカアキの死だって死ぬほどつらい話だ。

 俺のために死んだ幼馴染なんてこの世で一番最悪な知らせだが、少しでもぬぐい落そうと強く振舞ってた。

 死すら殺すのであれば強くあれ、ストレンジャーである限りは。でも今は違う。


「ごめん」

『うん、大丈夫。でも、辛かったらわたしを頼らないと駄目だからね?』

「……ご主人、ぼくもいるからね。つらいことも一緒だから、もっと頼ってくれる?」

「ニクもごめん、相棒に銃向けちまった……」

「ん、気にしてないよ。よしよし」


 今だけはイチでいいはずだ。

 ごろっと仰向けに倒れた。濡れた額に触れる犬の手が妙に気持ちいい。

 PDAの時間を見れば夕方。確か俺は、装備を点検してから軽く仮眠をとったはずだ。


『今日はもう無理しちゃだめだよ? 大人しくしてようね?』

「ああ」

『デュオさん、いちクンを酷使しすぎだと思ってきたよ……。後で言っておくからね?』

「ああ」

『……うん、かなり辛そうだね。絶対安静だよ、いい?』

「うん」


 ひどい目覚めだ。あんな夢を見るのが恐ろしくて眠気がぶっとぶほどの。

 腹も減ったはずなのに食欲も出ない。こんなひどい気持ちになったのは久々だ。


「……できればだけど、このことはデュオ以外に言わないでくれ」

『うん、わかってるよ』

「理解してくれて助かるよ、ありがとう」

『だって相棒だからね?』

「そうだったな」


 いい相棒を持てて本当に良かったな。

 ニクも心配そうに転がってきた。犬だったころもこうしてきたな、撫でてやった。

 もうこのまま明日まで寝てやろうか。そう思ってぐったりしてると。


『イチ殿はいらっしゃいますか? 先発隊のエルフのアキですが……』


 無線から眼鏡エルフの声がして、どんどんと扉が叩かれた。

 いやインターホン使えよと言いたくなったが。何か用があるみたいだ。


「今ちょっと気分悪い、どうした」

『いえ、少し世間話でもいかがかなと思いましてな。社長殿から「じんじゃーえーる」なるものを持たされまして、ですがご気分がすぐれないのであれば手土産だけおいて帰りますので……』


 今の俺にフランメリア人が関わると何か起こりそうな気がしたが、デュオの気づかいで好物が来るとなれば話は別だ。

 無線に「どうしたんだ」「気分悪いのか?」と心配する声があがったが、大した用事じゃなさそうだからいいか?


「良く冷えてるか?」

『とても冷えておりますし、なんなら私の魔法で凍る寸前まで調節できますぞ』

「分かった、今開けるから入ってくれ」


 ジンジャーエールを飲めば少しは気が晴れるだろう。

 まだ重い足を引きずって、俺は鍵を開けに向かった。


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