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97 パーティ―寸前のご様子(ヴァルハラ風)

 昼前のヴァルハラ・ビルディングも賑やかなことだ。

 吹き抜けから見下ろすビルの中心部で住人たちがだらだらしてる。


 そんな様子はさておき、通路に面した扉に目をやる。

 ちょっとした集まりに使える便利な部屋だそうだが、今はぶら下がったボードが『クソ野郎尋問ルーム』とさぞ忌まわしく案内中だ。

 ちょっと気になったのでそっと手をかけてみると。


「で……お前に肝心な質問をさせてもらうが」


 大人締めな部屋の中、穏やかじゃないスカベンジャーの面構えが誰かを囲んでいた。

 中でもスタルカーの丸刈り男がシリアス強めのお怒りを表明してた。

 その名前は『ボレアス』というらしいが、そいつがご機嫌斜めなのも仕方ない。

 なんたってそこいるのは……。


「俺の話をどうか聞いてくれ……! 悪気があってやったんじゃないんだ……!」


 椅子で高度な緊縛を受けた男がひどく怯えてた。ローレルとか言う店主だ。

 そばで腕組む『ランナーズ』たちはそれ(・・)をどうすべきか物理的処遇を考えてそうで。


「あ、そう。じゃあ答えなさい、あなたの新しい雇い主は?」


 ぺちん。

 手始めにビンタが飛んだ。サディスト気味なヴィラの一撃だ。


「のっ、ノーリエフタ・サービスっていう会社だよ!」

「へえ、なんだか聞いたことあるわね? 確か――」

「ノーリエフタ……北部地域にある民間軍事会社じゃなかったか?」

「あの悪名高い奴らだ。ラーベ社と良いお付き合いをしてやがるだろ」


 やはりラーベ社だったらしい。スカベンジャーたちがざわつく。


「何時からのお付き合いだ? いくらでも聞いてやるから吐け、いいな?」


 そんなところ、ブチギレスマイルのサムがしゃがんで視線をあわせた。

 お怒りの『スタルカー』どもは凍って裏切者の命もスカベンジしそうな感じだが。


「あ――あんたらが宝の山と一緒に帰ってきてすぐ。そう、いきなり俺のところに連絡が来て監視してくれって頼まれたんだ」

「そうかそうか。で、お前は親切にも引き受けたんだな? 仕事の内容は?」

「……ランナーズとスタルカーのメンバーがどう過ごしてるかとか、その身辺関係を探って報告しろってやつだ。き、気になることは逐次伝えろって念を押されてたよ」

「なるほどな、つまりここ最近ずーっと俺たちを監視したのはお前の仕業だったのか、元オーナーのローレルさんよ」

「俺はただあんたらの普段の様子を教えただけだ! 本格的に探りを入れてたのはあいつらで――」


 べちん。

 少し早口で吐き出す顔に、ボレアスの強めの手のひらがヒット。

 静かにお怒りだ。激おこヘルティックストーム、にじむ殺意を添えて。


「どうであれ事実はこれだけだろ? お前のせいで俺たちは銃を持った素敵なお客様にちょっとしたサプライズを預かるところだった、そうだよな?」

「聞いてくれ!! そこなんだ、ええと、俺は確かにあんたらの情報を流したけど、まさかそこまでするとは思わなかったんだよ!」

「ほーう? お友達と長きにわたる縁を切ってまでの大仕事だったようじゃねえか? どの辺がお前のそこまで(・・・・)だ? 返答次第で痛い目見せてやる」

「あいつら人の店に急に押し掛けて、勝手に活動拠点にリフォームしやがったんだ! 倉庫は銃器と爆薬だらけ、スタッフルームはあいつらのたまり場、あまつさえ「喋ったら殺す」だ! これでいいか!?」


 入口から覗く光景には、緊縛プレイ中の男が必死にそう訴えていた。

 次第に助けを求める顔つきと視線が重なった――ナックルガードの痛みを思い出したのか、びくっと震えあがる。


「……ローレル、君が裏切ったなんて信じられないよ。一体どうしたんだよ、前はあんなに店をうまく切り盛りするって張りきってたじゃないか?」


 辛辣な視線が向けられる中、エミリオだけは違った。

 まだ親友と思ってるのか。親しみの残った声でその名を呼び掛けている。


「ああエミリオ、聞いてくれ。俺はあの時、罪悪感はあったんだ。だから一つ言っておくつもりだった。すまない、逃げろって」

「……じゃあ、どうして俺たちの情報を奴らに売ったんだい?」

「そうだローレル、お前は料理人一筋でやってくってあんだけ言ってたよな?」

「話してくれよ、きっとなんかあったんだろ? ヴィラ姉さんも許してくれるさ」


 ランナーズのイケメンな顔ぶれも揃いも揃って心配してくれていた。

 ヴィラ? 怒りが籠った笑顔のままだ。スカベンジャーたちのボスに見えるほどに。

 そう問いかける面々を前に、ローレルの少しふくよかな顔は深刻そうに視線を落とし。


「しゃ、借金だ……借金があるんだよ」


 その正体は借金――レストラン絡みか? もっとも今じゃ焼け野原だが。


「店のかい?」

「いや……その、()()()()()()()()で……取り返せなくて」


 ばちん。

 強めのビンタが飛んだ。素晴らしい笑顔のエミリオの彼女だ。

 ミコが『しょうもなさすぎるよ……』とため息をついてた。ひっどい答えだ。


「ねえ、ここから吹き抜けの下まで何メートルだったかしら?」

「けっこうあるな、頭から落ちれば即死、そうじゃなくても死ぬほど苦しむのは間違いないぞ」


 ヴィラ&ボレアスが椅子ごとそいつを運び始めた。地獄の底まで突き落とす気か。

 どいつもこいつも「何やってんだこいつ」と心が一つになってる。あのエミリオですら絶望的な呆れ具合で。


「今のは聞かなかったことにしたい気分だよ。それとローレル、君の店なんだけど……」

「お、俺の店が……なんだ?」

「きれいに吹っ飛んだよ」

「……俺の店が?」

「えーとその、レストランで戦闘があったんだ。それで……」


 恨みを込めてるかはさておき、そいつにとって閉業の知らせが告げられた。

 続くひどいお知らせに裏切者もがっくりうなだれるぐらいだ。


「おい、そこにいる男が見えるか? あのストレンジャーだ」


 が、こそっと見ていた俺にボレアスの指が向けられてしまう。

 怒り心頭な方々もろともローレルが「はっ!?」とこっちを見てた。

 あれは、そうだ、まるで廃墟で幽霊と邂逅を果たしたような顔だ。


「……冗談だろ、あれってタチの悪いおとぎ話かなんかだろ?」

「喜べ、お前の新しいビジネスパートナーはマジのストレンジャーに皆殺しだ」

「忠告する、あいつはヤバいぞ。お前の店を発破解体したんだからな」

「彼は本物よローレル、ほぼ着の身着のままで傭兵部隊を壊滅させたのよ」

「えっ俺?」

『えっそれっていちクンじゃなくて……!?』


 ボレアスとサムはぶちギレ数倍な様子であることないこと吹き込んでる。

 存在感を強めるためにレストラン爆破の罪をかぶされてるが、たくさんの同調圧力に負けて認めることにした。特にヴィラ。


「いいか、お前はその殺戮マシンに戦いを挑んだんだ。あいつがその気になれば次のお前の勤め先は墓の下だぞ?」


 そしてとうとう、丸刈り頭に青筋立てまくりな男が部屋の隅を促す。

 ハムのごとくぐるぐる巻きにされた傭兵がんーんーいいながらもがいていた。

 その上で、ビビり散らかす裏切り者のそばで「乗ってくれ」と数名分のガチギレ眼が俺に促してきた。

 すげえ怖い。人間ってここまでキレることができるんだな。


「あー、うん、次はどうすればいい? 四肢もいで胴体だけ満足にして墓に生き埋めにすればいいのか?」

「どうしようもなくなったらやってくれ、必要になったら呼ぶ」

「そうか、あんまり派手にやんなよ」

「もう派手な仕事はお前に丸投げするさ」


 まだまだ楽しい尋問は続きそうだ。

 何事もなかったということにしてそっと扉を閉じた。

 死ぬほどしょうがないものを見せられた気分だ。吹き抜けまで離れると、


「むーん。あのローレルという男、しかと口を割っているのか?」


 横からノルベルトが伺ってきた。

 一緒に手すりにつくと小さな街が見えた。このビルの内側にある通りは『リトル・タウン』と言われてるらしい。


「捗ってるらしいぞ。みんなお怒りだ」

「それはそうだろう、何せ身内に裏切られたのだからやむを得ない話だぞ」

「怒らせちゃいけないやつ三名をフル激怒させてんだぞ、エミリオの彼女さんとか怒り通り越してスマイルだよ」

「してあの男に一体何があった? ここまでするのだからな、もしや身内を人質に取られてるのかと思ったのだが」

「借金の返済費用にエミリオたちの命が必要だったらしい。対価はギャンブルで大損した分だ」

「なんという……」

『スカベンジャーの人たち呆れてたよ……』

「深刻な背景があると思ったらしょうもない借金だぞ? あの感じからして「簡単なお仕事です」っていう触れ込みに騙されたやつだ」


 あのノルベルトが「うわあ」な顔しやがった、ローレルの野郎ふざけやがって。

 そうやって三人でしょうもなさすぎる話にうんざりしてると


「……ん、きれいになったよ」


 ニクがとてとて歩いてきた。シャワーでさっぱりしてきたらしい。

 手には干し肉入りの袋がある。受け取って少し離れて、一枚ひょいと放り投げた。

 少ししっとりした黒髪のわん娘は反射的にはむっと口でキャッチ、尻尾を振ってもぐもぐ。


「むしゃむしゃ……」

「グッドボーイ。今日も助かったぞ」

『ニクちゃん、ちゃんと髪乾かそうね……?』

「今日もニクは強き戦いぶりだったぞ。武器などなくても鎧を着た相手を打ち倒すのだから大したものよ」

「もうストレンジャーより強いんじゃないかなこいつ」


 隣で楽しそうなオーガの言い方は「よく戦った」とニクをほめたたえてる。

 ボディアーマー相手だろうが問答無用でぶちのめす愛犬は「ちょうだい?」と干し肉を待ち遠しそうにしてた、もう一枚パス。


「動機がギャンブルでスっただけってしょうもないっすね~」


 わん娘が美味しく楽しくしてるのをみんなで眺めてるとロアベアも来た。

 緑髪のメイドが良く冷えた飲み物を手にしてた。ジンジャーエールにドクターソーダに、缶入りエナジードリンクだ。


「誰かさんもどこぞのカジノで大損したのはもちろん覚えてるよな?」


 によによ顔の言う通り本当にしょうもない話だ。三人で飲み物を手にした。


「ニク君の稼ぎで埋め合わせたからセーフっす」

「なんてメイドだこいつは、人の運で得たチップがそんなに嬉しいか」

「むーん、俺様はやはり賭博はほどほどにすべきだと思うぞ。やはり災いしか招いていないのだからな」

『この世界って賭博絡みのトラブルが多い気がするよ……』


 一仕事終えた証だ。手にしたそれをかちっと合わせてから口にした。

 冷たくて殻い。一口楽しんで見下ろせば、都市の騒ぎも構わぬ賑やかさがある。

 やっぱこの街はどれだけ整ってても世紀末世界か――そう思ってると。


「くくく……今日も吸血鬼の恐ろしさをこの世に知らしめてやったぞ?」


 なんかワイングラスを掲げたTシャツ姿のお姉ちゃんがすたすたおいでなさった。

 仰る通りの吸血鬼、ブレイムとか名乗ったあいつだ。

 ハックソウの速さにはしゃいでたくせになんでカッコつけてるんだろう。


「そりゃお疲れさま、いろいろ助かったよ」

『お、お疲れ様ですブレイムさん……』

「ブレイム殿、これほど大きな都市が丸々徳を積める場所とは良き場所だな? 堂々と武器を振るえればもっと良いのだがな」

「真昼間から優雅っすねえブレイム様ぁ、あひひひっ」

「うむうむ。このような市街地では、姿を消し霧から武器を引きずり出す吸血鬼にとっては動きやすいからな!」


 ブロンド色の髪の美少女は今日も控えめな胸を突き出して得意げだ。

 が、どうしてかニクがグラスをすんすんしながら訝しそうにしていて。


「……ん、血の匂いがするんだけど。それ、なに?」


 やがて干し肉を平らげた小さな口から、そんな言葉すらしっとり出てしまう。

 向かう先といえば見せびらかすようなグラスだった。何が入ってるんだろう。


「何それワイン?」

「ふふん、これはな――血だぞ」


 中身を尋ねたが後悔した。どやっとした表情で「これ血液」だぞ?

 うっかり耳にした通行人はその見てくれもあってささっと引いていくし、いきなりそんなもん告げられた俺たちもびっくりだ。


「うわっ何飲んでるんだよやめろんなもん持ち込むな!?」

『ひっ!? だ、誰の血ですか……!?』

「ちっ違うぞアバタールもどき!? これは人工血液というものだ! 街の西側に病院があってな、そこで私の「さんぷる」とやらをとらせるかわりに頂戴してきたのだ!」

「なんと、ここでは血すら生み出すこともできるのか……! しかし吸血鬼殿のお口には合うものなのか気になるな?」

「すすんでるっすねえ、ブルヘッド・シティって」


 生活感溢れる格好の吸血鬼は「人襲ってません」アピールをしながらグラスをゆらゆらさせた。

 真っ赤に震えるそれからは見知った鉄臭さがあるが、くいっとうまそうに含んだ。


「――ご存じですか皆さま、あっちの世界の吸血鬼はもう血を飲まなくてもいいのですよ」


 そうやって各々飲み物を口にしてるところ、誰かが入り込む。

 するっと現れた白エルフだ。ファンタジー要素はフード付きの上着で現世に汚れてる。


「やめろ貴様! せっかく味わってるのにそんな話をするな!」

「えっそうなん?」

「ええ、フランメリアではとにかく分からないものは何でも調べ上げて我が物にするきらいが染み付いていますから。それが吸血鬼という存在に向いても当たり前です」

『だから皆さん、ウェイストランドにすぐに馴染んだんですね……』

「それは俺様も良く知っているぞ。フランメリアの強みとは情報収集の力でもあると良く言われているからな」

「あっちの世界って快適でしたけど、そういう努力があったからなんすかね?」


 吸血鬼の美顔がとても嫌そうにしてるが、白髪エルフはプラスチックのカップ持参で混ざってくる。

 たぶんベリー系のスムージーだ。ずず、と吸い上げる姿に俺たちが続きを伺えば。


「かなり前に錬金術師ギルドが吸血鬼を調べるうちに『血液と牛乳あんまり変わらない』と結果を出しまして。実験したところ牛乳飲んでるだけで別に問題ないどころかむしろ健康的ということになりまして」

「牛乳が血の代わりになるのかよ」

『そういえば牛乳って血と似てるって、人工知能だったころに知ったことがあるよ……』

「おいやめろシロ! その話をするでない!」

「何ならチーズ食べても似たような効果を得られるし、トマトを食べればなおさら体調が良くなるということが判明してしまったんです。今まで人を襲い眷属を増やし血を求める理由が薄れて吸血鬼族の皆さま大騒ぎです」

「なんか急に健康的になりやがったな吸血鬼の皆さま」

「それ以上話すな! 我ほんとに泣くぞ!?」

「しまいには母乳飲めばいいじゃんとか笑われ始めて、吸血鬼の皆様の士気はそれはもう下がったそうな。今では不死者の都市は乳製品とトマトが特産品、そして名物料理がトマトとチーズのサラダなんですよ?」


 話しのオチは「吸血鬼は牛乳飲めば万事解決でした」ってさ。

 冗談みたいな話だが、さっきまで優雅にグラスを手にしてたご本人はぐすぐすしてる。

 けっして人工血液は離さぬままそっと背中に隠れてきた。可哀そうに。


「……くすん」

「うん良く分かったもういいぞ。タメになったよありがとう、吸血鬼泣いちゃってるからもうやめよう?」

「やる気が地の底まで下がった吸血鬼の王が「儂もう寝る」ってふて寝してるんですよ? 挙句に現役の長だったマスターリッチがこんなところまでサボってるんですから、本当にアンデッドって愚か」

「ぐすん……」


 白エルフの追撃は終わらない。世の真実を武器に吸血鬼を追い回す。

 心配してきた住人たちが手をこまねいてるが、とにかくオーバーキルになる前にやめさせることにした。


「おい! おいっ! もうやめろ! 泣いてる吸血鬼もいるんだぞ!?」

『あ、あの……分かりましたからやめませんか……? ブレイムさん泣いちゃってます……』

「エルフ殿よ、その辺にしてやらないか……?」

「あーあ泣かしちゃったっす、ダメっすよそんなことしちゃ~」


 全員で非難した。ニクは背伸びして犬の手でよしよししてる。

 それでも平然とスムージーをいただく姿は非常識的な強者のたたずみだが。


「またブレイムになんか吹き込んだわねアンタ!? いい加減にしなさいこのサイコエルフ!」


 どこか向こうから金髪のエルフが敏感にやってきた。

 キレのある声に白髪のそいつはバツの悪そうな様子になって。


「ちっ、ばれましたか。さらばクソガキ」


 ……手すりを飛び越えて落ちてしまった。

 マジかよとみんなで覗くと、したっと着地した白髪の人柄(エルフ柄?)は驚く人々の間をすたすた避けて消えていく。


「誰がクソガキですって!? やんのかくそばばぁこらぁ!?」


 同族の金髪も追いかけた。二度目のエクストリーム着地に拍手が上がった。

 ここの人たちは幸せそうだな。面白いものが毎日見られて退屈から解放されてるように見える。

 とりあえず残された気の毒な吸血鬼を一目見て。


「……えーと、ほら、吸血鬼も世間に理解されてる証拠だしいいんじゃないか? それに伝統を重んじるスタイルも時には必要だろ?」

『……だ、誰にも迷惑をかけないなら嗜んでもいいと思います……?』


 俺もよしよしした。次第にオーガと首ありメイドの手も加わってみんなで頭をなでるという謎の儀式が生まれた。

 真昼間堂々たる謎の行いに住人との距離感が空いたが。

 

「お゛前゛た゛ち゛は゛い゛い゛や゛つ゛だ゛な゛あ゛……!!!!!」


 吸血鬼は涙いっぱいにすがりつく始末だ。威厳はもうない。


「んもーどうしてあのエルフこんな辛辣なんだ。よしよし」

『悪気はなさそうに淡々と抉ってきたよね、あの人……』

「よしよし……」

「不死者の都市が乳製品で栄えていた理由がまさかそのようなものだったとは……俺様初めて知ったぞ。よしよし」

「吸血鬼の方々も大変なんすねえ、よしよし」


 やがて俺たちの行いが黒魔術かなんかと思われそうになってきたこの頃だが。


「……何をやっているんだお前たちは」

「どういう状況だこれは。何か由々しき事態でもあったのか?」


 エレベーターからお医者様とダークエルフが出てきて、そんな現場を一目見て「なにしてんだ」といろいろ疑われた。


「いいところに来たな、一緒にやる?」

「誰がやるか馬鹿者」

「その様子から察するに意地の悪い白エルフに何か言われたな、あんまり気にするな吸血鬼」


 それなら謎の陣はどうだと誘ったが、二人はそういってどこかへ行ってしまった。

 そんなコンビの後にまた誰かが近づいてくる。妙に周りの目を引く、いろいろでっかいドレス姿のお姉さんが――


「イっちゃん何してますの~?」


 大人びた声から気の抜ける声がした。これはロリじゃないリム様だ!

 いろいろきわどい姿のまま、なんなら下着すらはいてないことが分かる高身長が尻尾をくねくねさせてきた。


「あっロリじゃないリム様!!」

『いちクン言い方』

「ん……リムさま。どうしたの、その姿?」

「おお、そういえば魔女は幾つも姿を持っていると耳にしたな。俺様初めて見たぞ」

「わ~お。せくしーっすねリム様ぁ、なんか変なものでも食べたんすか?」


 久々の大人姿はいろいろゆさゆささせながら接近してきた。

 そんな彼女は泣き止みかけてる吸血鬼を見て、とりあえず「よしよし♡」してくれた。何なんだこの集まりは。


「どうしたんだリム様、なんか変な物食べたのか?」

『どうして二人ともそんな風に疑ってるのかな!? りむサマのこともっと信じてあげようよ!?』

「――食べるならじゃがいもとイっちゃんですわ~♡」

「お前が食欲と混ぜたせいで俺が炭水化物みたいになってんぞ嫌がらせのつもりかこの芋デーモン」


 みんなでブロンド吸血鬼を囲んでいると、こんな姿だけどやっぱりいつも通りのリム様で安心した。

 銀髪の上に乗ったとんがり帽子のせいで魔術的側面が強まってるものの、今日も柔らかく笑んでる。


「ふふふ、こんな格好で驚きかしら? これは私の本気姿ですの」

「何かあったんリム様?」

「これからいっぱいご飯を作らねばなりませんからガチで料理しますわ! 誰か手伝ってくださいまし!」


 せっかくの積み上げた美貌はいつもの言動でぶっ壊されてる。

 だがこの物言いからすると、これから大規模なお料理が始まるらしい。

 スカベンジャーたち込みでも持て余しかねない食材の数を思い出そうとすれば。


「ところでイっちゃん、どうして私があれほどの量の食材を買いこんだかお分かりでしょうか?」


 そんな疑問のところ、リム様のしっとりした顔がこっちを見てきた。

 言われてみれば――あの人使いの荷物運びからして、量が極端すぎる気がした。

 こんな状況だし買いだめでもしてたんだろうか。いやそれにしては盛大に買い散らかしてた気もするが。


「どうしてって……? いやまあ、いっぱい食うやつがいるからじゃ」

『あーもしもし皆さま、いいお知らせがありますよっと。頼もしい奴らがようやく追いついたみたいだ、ヴァルハラにいる暇なやつは下を覗いてみるといいぜ』


 考える間もなくデュオ社長の声が耳元に届く。

 何事なのか気になったが、見ればリム様も尖った耳についたあのデバイスでしっかり受信していたらしく。


「……あら、せっかくのクイズが台無しになってしまいましたわね」

「台無し? まさか今聞こえたのが答えかなんかなのか?」

「ふふふ、ツーちゃんの言う通り下を見てごらんなさい?』


 (見た目だけは)お淑やかに、困り顔でくすっと笑った。

 どういうこったとみんなで手すりにしがみつくと。


『――よっしゃあああああああああああッ! 一番乗りィィィ!』

『――静かにしろフェルナアアアアアァァァァッ!』


 いきなりだった。誰かがビルの底をとてつもない勢いで疾走してる。

 その後を甲冑姿ががしょんがしょんと追いかけていく。

 どっかで見た気がするぞ。スティングであんなやり取りをする連中がいたような。


『誰かあの馬鹿どもどうにかしろ! ここの人たちに迷惑じゃねーか!』

『って見ろよ! エルフの嬢ちゃんどもいるぞ!』


 そうやって見下ろす光景に、通行人の塊が左右に裂けていくのが見えた。

 やはりどこかで見た得物を担ぎ、世紀末らしい姿をした奴らがぞろぞろ行進してる。

 いや見間違うものか。オークやら獣人やら、白いドッグマンすら混ざっているのだ。


「……そういうことか、確かにいっぱい食いそうだな」

『みんな来てる……! 追いついたんだね!』

「ええ、その通りですわ。ちょうどよく来てくれたようで何よりですの!』


 フランメリアの連中だ。後続の奴らがやっとここに来てくれたらしい。

 住民たちは珍しいものを見る目のまま、歓迎ムードでそんな奴らを迎えている。

 おかげでどうして自分たちに好意的なのかとみんな少し不気味がってるが、間違いなくスティングの戦友たちがそこにいた。


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