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96 ダイナミックおかえりなさい、手土産は生きた人間

『ああそうだ! お客様。乗り心地はいかが? 是非ともこいつの評価を頼むよ』


 『ハックソウ』は倉庫だらけの街中を今なお走る。

 運転手から片手間の質問が届くほど、状況は打って変わって落ち着いた。


「履帯だけあって安定感たっぷりだ。気に入った」

『ちょ、ちょっと酔ったけど元気です……』

『そうかそうか、んじゃ販売するときの文句は『ストレンジャーお墨付き! 敵すら踏みにじる走破性です!』って大々的にアピールでもするかな?』

「そんなんで売れるか心配だな、ちゃんと社員と話し合っとけ」

『売れるさ、スパイスが効いてないと市民様の心と購買意欲に響かないからな』

「発売前に交通事故の実績のついた車を皆さまご所望ってか。どんな需要があるか知らんけどひどい街だと思う」

『そういうなよ、壁の中だろうがここはけっきょくウェイストランドなんだぜ?』


 空の青色と左右の倉庫が落とす影の黒色を、履帯がガラガラ突き進む。

 PDAの地図からしてヴァルハラ・ビルディングよりやや北西あたりか。

 俺たちの住処への道のりに今のところ敵はなし、軽口混じりのやり取りで軽く賑わうだけだ。


『多額のチップをかけられて、本気の追跡も力づくで突破して、逃げ切った挙句にずいぶんと余裕そうだね君たちは。いつからここはアクション映画の世界になったんだい?』


 そしてとうとうヌイスの呆れ声も無線機越しに送られてきた。


『ハハ、今度のアバタールはちょっと刺激的だ。面白いモン見れて満足だぜ』


 ついでに骨っ子の深みのある声も楽しそうに混じった。


『エルドリーチ、君もだいぶこの世界に染まってしまった気がするよ』

『郷に来ちまったからそこに従ってるだけさ。お前さんも味わってみろよ』

『私はみんなの後ろで仕事を果たすタイプだということを忘れたのかい?』

『時には外に出てお日様を浴びた方がいいぜ、カルシウム的にもおすすめだ』

『ビタミンならサプリや人工食品で事足りてるよ、お気遣いありがとう』

『ハハ、こりゃ重症だ。オイラの魔法で外に引っ張りだしておいたほうがいいな』

『親切も度が過ぎると毒だからね? あの時のTRPGシナリオの時だって私のキャラを前線に引っ張り出してひどい目に会わせた件については恨みすら覚えてるよ』

『結果的にお前さんだけ助かったからいいじゃないか、英断だと思わないか?』

『こちらノルベルトだ、倉庫が沢山ある地域に刺客どもを見つけたぞ』

『ノル様と一緒に追いかけくるっすよ。あとニク君と合流したっす~』

『ん、ご主人どこ?』

『クリューサだ、誰かさんが私的な会話をするなと言っていた気がするがまあ別にいい。トラックと食材は無事に配送完了したと伝えておく』

『やったな! これでリム様のご飯が食べれるぞみんな!』

『今日はごちそうですわ~!』


 ……私用で使うなといった張本人が忘れるほどこのチャンネルは盛り上がってる。

 が、遠くから細かな銃声がぱんぱん響く。どうも進行先からのものだ。


「……あーうん、賑やかですこと」

『どうしたのいちクン?』

「みんな無事だってさ。リム様たちは無事にお届けされたみたいだ」


 ひとまず囮の活躍あってじゃがいもと裏切者は届いたらしい

 やがて車が建物だらけの入り組んだ通りに差しかったところで。


「こちらストレンジャー、倉庫だらけのところを移動中。遠くから銃声が聞こえるけど心当たりのある御方は?」


 一応現状を伝えた。すると向こうからがしゃんと嫌な衝突音が鳴った。

 ずっと南の方からだ。まっすぐ進めば鉢合わせそうな距離感を感じる。


『傭兵どもが乗った車があったからひっくり返してやったぞ』

『アヒヒヒッ♡ どこいくんすかお客様~♡ お待ちになってくださいっす~』


 続いて銃声が滅茶苦茶に聞こえてきた。ノルベルトとロアベアの言い方からして絶賛交戦中だ。


「タイムリーな情報どうも。デュオ。まっすぐ進めばうちのバケモンどもと合流できそうだ」

『そうか。ブルートフォースとエクスキューショナーに鉢合わせるなんざ、とことんツイてねえな奴さんは?』


 車体をこんこん叩いて促すと、緩んだスピードが丁重に通りを進んでいく。

 念のため拳銃に手をつけるも敵の気配はない――親切な誰かが壊滅してくれたか?


『イチ、後ろから追手は来てないよな?』

「来てたらとっくの昔に賑やかにしてやってるところだ」

『そりゃそうか、流石に奴さんたちも営業大赤字に気づいて諦めたかね?』

そういうの(・・・・・)には詳しくないけど、会社の皆様はわずか数時間でどれくらいの損害を被ったんだろうな」

『戦闘員の装備や訓練にあてがう費用も考えりゃ大損だぜ、おっかねえ』


 特に危険も感じず、二人で少し気を緩ませた。

 北へと続く道路を時折曲がりつつ辿っていくと、ぱぱぱぱぱぱっと半狂乱気味な連射の音が向こうから聞こえた。

 そろそろ発生源に近づく頃か。そう思ってまた車が曲がる時。


「――何がどうなってるのか説明しろ! どうして部隊が壊滅してんだ!」

「他の会社の奴らはどうした!? もう俺たちしか残ってないのか!?」

「うるせえ、少し黙ってくれよ!? おかしいんだ! 待ち伏せに使う部隊から連絡が一切来ないんだぞ!?」


 ルートをゆるやかに変えた先、狭い通りに差し掛かった。

 そこで私服に軍用装備を重ねた男たちがぎゅっとひしめいているところだ。

 仕事に使う得物から見てくれまで統一された、そんな身なりとしばらく目が合い。


「…………おい、報告にあった戦車みてえな車ってあれのことだよな!?」


 当然、視線を交わした相手が裏返り気味な声で武器を取り乱す。

 他の男たちも銃を手に大慌てだ。無線からも『あーやべ』とデュオの声がしたが。


「――デュオ! 反転して突っ込め!」


 いい地形じゃないか。そう伝えてさっき分捕った『取っ手』を握った。

 すぐに履帯も複雑な動きで急旋回、ぐるっと尻を向けて。


『お客さん、スピードはいかがなさいますか?』

「全速で行け、ぶっ殺すぞ!」


 尋ねられた加減にシンプルに答えた。『そうこなくなちゃ!』と履帯が猛加速。

 あわせて取っ手に浮き出たトリガを引いた――握り被りの周りからぶぉん、と振動音と共に青白い膜が広まっていき。


「あいつらどうなってんだこっちに来やがるぞぉぉぉぉ!?」


 敵陣向けてダイナミックな後退が開始、向こうで悲鳴と突撃銃が重なった。


*Brtatatatatatatatata!*


 数人分のオートマチック射撃だ。殺傷力抜群な5.56㎜混じりの斉射だった。

 ところが広がる薄膜(・・)からずん、と重みが小刻みに伝わる。

 それもそのはず、目と鼻の先で白い火花モドキが咲き始めたのだ。

 向けられた弾が殺される様子だった。焼けそうな熱さが目の前に散って、受け止めた衝撃が握った手に襲い掛かる――!


「最悪だ! あの野郎、他の奴らの装備奪いやがった!」

「ふっふざけんなぁぁぁぁッ!? こっちに来るんじゃねえぇぇぇッ!」

「に、逃げろ! あいつら正気じゃねえぞ!」


 その一方、傭兵どもは後ろ向きに履帯を唸らせる車にびっくりだ。

 次第に乱れた銃口が一面を滅茶苦茶に薙ぎ払うも、すぐ諦めて背を向けたようで。


「うあっ、来るなっぎゃあああああああああああぁぁッ!?」


 運悪く逃げ遅れた一人が跳ね飛ばされた。人を轢いた感触が足に届く。

 見事な一撃だ、持ち上がる傭兵がぐるんと吹っ飛んだ。怪我で永久休暇だ。

 追いつかれた奴らも重量のある後退を前に通り道と化した。今頃履帯は赤い線を描いてるに違いない。


「うわああああああああぁぁぁッ!? 来るな! 来るなぁぁぁぁッ!?」


 ところが必死に逃げ延びる男が出口めがけてしぶとさを見せていた。

 『ブレーキ!』と合図。すると車が滑りながらも急停止――投げされる勢いに乗って生き残りへと飛び掛かる!


「くそくそどうなってんだあの社長いかれぐえっ!?」


 いいタイミングだ。振り返ったそいつの視界に向かってダイブ。

 鉄砲玉のごとくやってきたストレンジャーはさぞ効いたらしい、その場で舗装にキスさせるとばたばたもがき始めたので。


「がっ、あ゛っ、はっ離せ……ェ!」

「昼休みの時間だ、お疲れさんだクソ野郎」


 アラクネのグローブで固めた拳を後頭部に叩き込む。

 べぎょっ。そんな感触と共に「ごぼっ!?」と潰れた声を添えて男は静まった。


「おーおー、お疲れさん。おかげでこいつに箔がついたなあ」


 また一つ傭兵の営みをぶち壊していると、ハックソウがゆっくりやってきた。

 車体の後ろからは原材料人間の真っ赤な道が続いてる最中だ。ドアから出て来たデュオの上半身は「やったな」とサインを送ってる。


「これでこいつらの傭兵ライフもおしまいだな」

「今頃死亡手当で忙しいだろうなあ。これで全滅か?」

「虫の息が一人だ」

「ははっ、気の毒だね。長い休暇になりそうじゃないか、傭兵の諸君?」


 戦車モドキは満足のゆく性能だったらしいな、ご機嫌にダクトテープを投げて来た。

 キャッチして手際よく生け捕り傭兵を仕上げた。大きな荷物と一緒に静まり返った帰宅ルートを見守れば。


「うわああああああああああああぁぁぁ~~~~~~~ッ!?」


 しばらく進まないうち、向こうで誰かが倉庫の壁にすっとんでいった。

 続いて素早い銃声が二発。咄嗟に自動拳銃を抜くも――傭兵が一人ふらついていて。


「はっ、ははっ、冗談じゃ、冗談じゃねえ……俺はこんなのっ」


*papam!*


 また二連射。背中をえぐられた男が強いふらつきで倒れる。

 小口径の銃声の持ち主はメイド服と共にあった。あのロアベアが銃を手に近づき。


「あっ、イチ様~♡ お帰りなさいっす~」


 ぱんっ。

 まだ活動していた脳天に5.7㎜弾をぶち込んだ。冥土送りだ。


「おお、よくぞ戻ったな。帰り道はしっかり片づけておいたぞ?」


 続いてノルベルトもやってきた。

 いい笑顔を浮かべる隣で倉庫をめり込ませた死体がある。オーガに投擲されたら人間なんてそんなもんだ。


「ただいま、遠慮なくやってくれたみたいで何よりだ」

『ノルベルト君にロアベアさん……そっちは大丈夫かな? 怪我はない?』

「案の定いっぱいいたっすねえ、でもイチ様たちが暴れてるのを知って狼狽えてたっすよ」

「連中、よもやここまでやるとは思っていなかったようだな。良いところに無防備だったので痛めつけておいたぞ」


 二人が「ついてこい」とばかりに歩くので車が追いかければ、そこはひどい有様だ。

 首なし死体がいっぱい、未来も命も潰れた傭兵どもが捨てられて、待ち伏せていた車がひっくり返されてる。


『ねえ社長、こんなに暴れて良かったのかしら? フランメリアでもこんなことしたら速攻お尋ね者になるレベルなんだけども……』


 そして見上げると、倉庫の上で金髪エルフたちがこっちに手を振ってる。

 好きな武器を手にする振る舞いの下も死体まみれだ。車列が燃え上がり、バケモンから暴行を加えられた証拠が残ってた。


『これくらいブルヘッドじゃ日常茶飯事さ、むしろ社長的には表彰もんだね』

「ここってどうなってんのよほんと……理知的な人たちばっかだと思ってたんだけど」

『そういうもんだよエルフの姉ちゃん、なあにすぐ慣れるさ』


 むごいが社長からすれば問題ないらしい。じゃあ大丈夫だな。

 エルフたちは手で『じゃあね』と合図を送ってひょいひょい倉庫の上を進んでいく。


「ご主人、おかえり」


 そこにニクが尻尾をぱたぱたしながら寄ってきた。返り血まみれだが。

 たぶん武器なしで殺戮したんだろう。こいつは絶対俺より強いはずだ。


「ぐっどぼーい。さあ帰ろうか」

『……後で顔洗おうね、ニクちゃん』

「ん、あいつら大したことなかった」


 俺は犬の手を掴んで引き寄せた。荷台を賑やかにしたハックソウはまた走り出して。


「我も乗る~!」


 ……ついでに霧がこっちに飛んできた。実体化した吸血鬼がずしんと乗った。

 車が虐殺現場さながらの通りを押し通っていくと、あたりは騒ぎに寄せられた住人たちがそろそろやって来る頃だった。


『…………ったくお前らは!? どうしてこうもひどいもんを何度も何度も見せつけられるんだ!? 早く乗れバケモンども!』


 そこへ、見物客を押し退けて小さなバンが走ってきた。スタルカーのボスの声だ。

 急いで荷台を開放してメイドとオーガを押し込めると、クラクションをBGMに物珍しそうな視線をかき分けて逃げていく。


『完璧だ、実に完璧だ。いい仕事じゃないかお前ら、満点だぜ』


 ハックソウが静けさを取り戻した街を再び走り出す。

 街の方々が「なんだあれ」というのを荷台から確かめてると、次第にヴァルハラの気さくな振る舞いが戻ってきた。


「やったな、これであいつらも懲りただろ」

『……ちょっとやりすぎな感じがするよ』


 ミコが気に掛けるレベルで派手な戦いになってしまったが、向こうはかなり嫌な思いをしてくれたはず。

 腰をかけてニクに「おいでおいで」して膝に座らせた。ようやく一息だ。

 そんなところ、ぶぉん、と存在感を出すようなエンジン音が耳に挟まった。


『ヴィラよ。無事に一仕事終えたわ、このバイクは貰ってもいいわね?』


 振り向くとヴィラが並んで走っていた。ただで貰える新車にご機嫌な声だ。


『ストレンジャー、俺は君と知り合ったことを割と後悔してるよ……』

『誰だこいつのことを守り神とか言った奴は、これを機に疫病神に変えちまえ』

「誰が疫病神だ。新しいニックネームをありがとう」

『みてストレンジャー! ぴかぴかの新車よ! 買ったらいくらすると思う!?』


 続くバイクも寄り添ってきた。ぐったりしたエミリオとサムが疲れた目をしてる。

 その点彼女さんはお元気なこった。自慢げに跨ったバイクを主張するほどには。


『ご苦労さんだお三方。そのバイクは記念にやるよ、我が社の保証書はいるよな?』

『ありがとう、それよりも今後の人生を保証してほしいよ……』


 次第に車は人の賑わう通りにたどり着いて、ようやく帰ってこれたわけだ。

 戦車モドキが人々の視線を奪いながら現れると、恐らく出迎えであろう連中がビルの佇まいへの道のりを開けてくれたらしい。


「ようやく帰ってこれたな、これであいつらも懲りたか?」

『さあなあ、まあ痛い目見たのは確かさ。大損害不可避だぜ』


 『ストレンジャーズ』はこうして無事に凱旋を果たした。

 追手はもういない。俺たちの仮住まいで「おかえり」と迎える住人たちだけだ。


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[気になる点]  あわせて取っ手に浮き出たトリガを握った。トリガを引くような感じだ。 表現が気になったので
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