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95 ハックソウ(金属すら断つのこぎり)は邪魔者すらぶった切る

「そういえば気になってたんだけど、60000チップってここまでする価値あるのか?」


 ふとした疑問と一緒に大き目なトリガをがちりと引く。

 ばむっ、と榴弾の低い音に遅れて、追いかけてくる黒塗りSUVの足元が爆ぜた。

 車体を持ち上げるほどの衝撃に彷徨った結果は後続と衝突だ。運よく避けた別の追手は急加速で仲間を出し抜く。


『単純な賞金やらに加えて、クライアントからの報酬。そして任務完了のあかつきには名誉も得られるって感じだろうなあ? つまり俺たちは走る宝くじだ』

『あのね君たち、そこに社長という身分が加われば十分すぎると思わないかい? ラーベ社のお尋ね者が二人も揃えば、向こうがここまでチップをベットする理由にも事足りるさ』


 ふとした答えはデュオとヌイスの無線ボイスで解けた。

 三人を乗せたこの戦車モドキは、弾が当たれば富と名声が配られる大当たりらしい。

 それはもう喉から銃を握った手が出るほどに――丸みのない威圧的な車が追いつく。


*Papapapapapapam!*


 窓や天井ハッチから軽装の傭兵たちが撃ってきた。車体がかつかつ叩かれる。

 お尋ね者の社長も『面白くなってきたな!』とハンドルを複雑に捌いたようだ。

 爆走する履帯が目に付く車を追い越し、続く追手が好き勝手に打ち込むせいで交通事故まみれの迷惑な逃走劇へと様変わりしてる。



「なるほどいつも通りか」


 そこに数量の車両が、荒事と無関係な人々を追い越して迫る。射線良し。

 フォアエンドを前後させて装填。少し遠くに離れた標的に次弾を向け。


*BAM!*


 一発ぶちこんだ。ボンネットに当たったのか車両に火が散った。

 しかし足を止める理由まで至ってない。むしろ加速して突っ込んでくるも。


「うっ、うっ、うわああぁぁぁぁッ!?」


 隣で車両をすり抜けていたエミリオがいきなり割り込んできた。

 あのバイクが撃たれながらも追手の車の左側、運転席まですがりつくと――片手に掴んだあるものを扉に押し付ける。


*BaSshmmmmmmmmmmmm!*


 運転手も咄嗟に拳銃を抜いたがもう遅い。

 テクニカルトーチだ。数千度を超える熱が金属をぶち抜いていた。

 焼き貫かれた車は持ち主の最期にふさわしく幅寄せ、結果は大事故、連中は地獄へハンドルを切ったようだ。


「フォート・モハヴィに比べればマシだな! 誰かさんのせいだが!」


 逃げ出すエミリオに銃撃が追い回すが、今度は反対からサムが寄せてくる。

 誰かさんに一言申したいようだ。手持ちの短機関銃を横に突き出すと。


*papapapapapapapapam!*


 先頭の追手めがけて弾をばら撒きつつ並走、窓から照準をつける男が震えた。

 そいつは銃撃に戸惑う車のふらつきから放り出されて、どうも続く連中のタイヤの汚れに変わったように見える。


「ここの傭兵ってのは思いやりが欠如してるみたいだな、気の毒に」


 バイクからの支援に追跡者たちは標的が絞れなくなってる。また得物を構えた。


『……こんな大騒ぎなのに、警察とか動いてくれないのかな……!?』

「俺も思ったな、元の世界だったら一か月ぐらいは騒がれる話題になるぞ」


 エミリオたちが挟み込むように並走してるおかげだ、敵が良く見える。

 群れの中、天井から軽機関銃を持ち出す傭兵を発見。狙いはサム――させるか。

 民間人色に染められた軍用車に向けて発射、地面が爆ぜて搭乗者ごと揺れた。

 次弾をぶち込もうとするも弾切れの感触が伝わった。足元を探って40㎜弾を込める。


「質問その二。こんだけ大騒ぎになってるのに誰か『ストップ』の一声ぐらいかけてくれないのか?」


 がこがこ三発詰め込んで装填完了、ぶち込みつつ誰かに質問した。

 こうして銃撃爆音もれなく死体がまき散らされてるわけだが、親切な誰かがパトカーあたりでお迎えに上がってくれないんだろうか?


『答えは我関せずだよ。街のセキュリティが対応してくれるのは残念だが不審者、変質者、凶悪犯罪者あたりだと思ってくれ』


 ところがすぐヌイスの返答がきた。公道で堂々と迷惑をかける連中に関しては手が出せないそうだ。

 つまり俺たちでどうにかしろってことらしい。


「そうか、ちょうどその通りに三つ兼ね揃えたのが目の前にいやがるぞ」

『企業絡みの面倒くさい案件は下手に絡むと危ないからさ。バロールだとかニシズミならともかく、ラーベじゃご覧の有様だろう?』


 刺客めがけて連射。二度の爆発で炎上した車が仲間を急停車させていく。

 すると今度は別車線から甲高いエンジンの音が唸る――砲口の先で何台かのバイクが飛び込んできた、増援か。


『ひでえ話だが、あいつらにも関わりたくないイベントってのがあるわけさ』


 デュオ社長はそのひでえ話(・・・・)に笑った。

 戦車モドキが轟音を立てて加速するが、背後でバイクたちが続々と着地したようだ。


『そもそもだ、こんな街中堂々と賑やかにする連中に関わりたいと思うかい?』

『俺だったらちょいと距離を置いて観戦する程度でいいかなあ?』

「まさに関わりたくないパターンの最高例ってか」

『でゅ、デュオさん前! 前ッ!!』


 あれこれ話して約一名が注意を向ける中、余裕のある音を立てて履帯が加速する。

 ちょうどいいタイミングで目の前に敵のバイクが降ってきた瞬間だ。

 いきなり突進する小型戦車さながらの質量に、向こうの運転手は呆然としたまま。


『うっうわっ……!? あああああっ――!?』


 ぐしゃっと嫌な音と感触に変わった。硬い果物を踏みつぶしたようなものに似てる。


『こんなに賑やかなブルヘッドは久しぶりね! やっぱりデュオ社長が戻ってくると最高!』


 次にヴィラの愉快な声が横から近づいてきた。

 惜しみなく投入された追手のバイク部隊にどんどん並走していくと。


『ところで引っ越しの手配はそっちがやってくれるの? いい部屋が欲しいわ!』


 足元のホルスターから抜いた散弾銃が素早く横撃ちされた。一人がぶち抜かれる。

 突然と脇腹を散弾で煽られたそいつは派手に転倒、味方を巻き込み事故を広げた。

 そんな彼女に別のバイク乗りが接近、掴みかかろうとするのが見えて。


「エミリオ! お前の彼女はなんていうかその、逞しいな!?」


 その姿に40㎜グレネードの行く先を重ねた。

 かなり近い。これなら()()()()()()()()距離だ。

 腕を伸ばす男にめがけて発射。ぼんっと40㎜の重みを食らって身体が跳ねて。


「うあっがっああああああああああああああああああ!?」


 不発弾でまた一名事故車が増えた。さようなら。

 続けざまに別のバイク野郎にもお見舞いした。ぼごっと嫌な音を伝えて転げまわる。


「良く言われるよ! 畜生!」


 そこへお強い彼女をお持ちのエミリオがバイクを唸らせてきた。

 最後の一台の横腹をキック、余計な力をぶつけられて反対車線まで路線変更だ。

 追跡してくる連中もそろそろ折れてるみたいだ。攻撃も足も調子がのってない。


『あーくそやっべえ!? 捕まれイチ!』


 もっとびびらせてやろうと思ったが、今度はデュオから悪い方の悲鳴が上がる。

 履帯の進行方向的にその理由はすぐ分かった。

 対向車をぶち抜きながら突き進む――えらく頑丈そうな装甲車が正面衝突を試みようとしてたからだ。


「嘘だろオイ!? 馬鹿かあいつ突っ込んでくるぞ!?」

『えっ、ちょっ、デュオさん前からすごいのきてます!?』


 しかし車が向かうのはその鼻先だ! 馬鹿野郎、避けろ!?

 俺たちの抗議も無視して足元の車体はむしろ加速、かと思えばその前面がウィリーのごとく軽く持ち上がり。


『こういう時は相手の力を利用するだけだ! 飛ぶぞォ!』

「はぁ!?」


 巨大な壁の如く突っ込むそれへと、堂々と突っ込みやがった。

 がしゃんとひどい衝撃が足元から伝わった。ところが車は相手の形状に乗っかるように、逆に圧し掛かっており……。


 ――ぎゃりりりりりっ!


 ここにして履帯の強さが良く生かされたと思う。

 装甲車の姿を険しい足場とみなした車はお構いなしに上り、そのまま足場代わりに飛んだのだ。

 気づけばずっしりとした着地の衝撃が伝わった。思わず手から得物がすっぽ抜けた。


「……うーわ、踏み台にしやがったよこいつ」

『……し、心臓がもちません……』

『さっきの質問だが姉ちゃん、今すぐにでも手配してやるぜ!』

『あなた最高ね! 決めたわエミリオ、ヴァルハラ・ビルディングに引っ越しましょう!』


 とんでもないことしやがったのに社長と彼女さんはご機嫌だ。

 向こうにとっても衝撃的だったのか、遠のく追手どもが足を緩めて戸惑ってた。

 ……まあ、さっきの装甲車は華麗にUターンを決めてこっちに来てるのだが。


「ヴィラ、君と付き合ってて良いと思ったのはそのポジティブさだ! 分かったからもうここから離脱しよう、命が幾つあっても足りないよ!?」

「かく乱はこれで済んだな!? 俺たちはもう離れるぞ! 南に続く裏路地に行くからな馬鹿野郎ども!」


 感極まってきた追跡劇を前に、バイクに乗った三人は道を逸れ始めた。

 逃げるエミリオにヴィラとサムが続けば、横から市街地へ続くコンクリートの斜面へと走っていく。

 銃撃が三人を追いかけるも加速を続けて華麗にジャンプ、街のどこかへ紛れていった。


『やってるなあ。オイラたちも混ぜてくれよ』


 代わりにやってきたのはあの骨の声だ。

 無線からの中性的な声に見渡せば、遠い街の通りにらしいもの(・・・・・)があった。

 俺たちと同じ方向に走るピックアップトラックだ。荷台に大きな弓を構えたエルフがいるような……。


『この程度の相手ならミスリル矢も必要ありませんね、援護します』


 そう思った直後、しっとり声と共に追跡車両から鈍い金切り音が立つ。

 銃座つきの車の運転席に何かぶっといものが生えてらっしゃる――後ろに付いた羽根からして、巨大な矢だ。

 するとまた金属音。がぎんがぎんと二両、三両と増えた串刺し車両が足を止める。


「援護どうも。全弾命中だ」

『く、車に矢がささってる……』


 俺は無線を介していい腕の持ち主に感謝した。謎の攻撃にもはや敵は諦めムードだ。


『飛んでるドラゴンに比べると止まったも同然ですよ。愚か者どもめ』

『ハハ、走ってる車に当てるか、流石エルフの腕だな』

『南に敵が待機していますがみんなでボコボコにしてますよ、待ってます』


 エルフを乗せたトラックは「じゃあな」とクラクションを鳴らして視界から消えた。

 さて、振り向くと重機関銃を向ける銃座と、それに伴い爆進中の巨大な車が必死に追いすがろうとしてるようだが。


「ツーショット! ちょっと親愛の印(・・・・)をお届けしてくる!」

『……待っていちクン? お届けってそれもしかしてっ』


 俺は手榴弾を拾った。ミコから嫌そうな声がするも構わず追手に身構える。

 12.7㎜の銃弾がガンガンと周りを叩いて掠めた。デュオも分かってるのか、回避運動を込めながら勢いを落としていて。


『そうか今日もやるんだな!? ストレンジャー!?』

「ちゃんと迎えに来いよ!」


 運転手もよく応じてくれたと思う、いってこいとばかりに履帯が緩んだ。

 それに対して装甲車は勢いを増すばかり。それなら――


「ハッハァァ! 行ってこい! お前は人間対戦車兵器だぁ!」


 デュオの言葉がかかると同時に敵の方へと飛んだ。手榴弾を手土産に。

 走行中の車から放り出されるあの感触の中、屈強な車の見てくれが目に飛び込む。


「おっおいおいおいおい嘘だろ馬鹿かこいつ!?」


 銃座の男の見せる混乱と、全身にがしんと車体がぶつかる痛みが同時に伝わる。

 構わずボンネットとフロントガラスを足掛かりに這い上がった。

 足元から「畜生イカれてやがる!?」と悲鳴が聞こえて揺れたが。


「手榴弾の差し入れだ、お前らこういうの好きだろ!?」


 銃機関銃の根元まで転がって、戦車モドキを向く銃身を頼りに飛びつく。

 拳銃を抜いた銃座の男に【レッグパリィ】で横蹴り、払った得物が虚しく空を撃つ。

 続けざまにブーツの底を顔面にお見舞いした。よろめく男の首元にもう一発ぶち込んで、手榴弾のピンを抜き。


「――フラグ投下!」


 お決まりのセリフを込めて穴の中に叩き込んだ。

 男をすり抜けてそれが落ちれば「手榴弾!」「うわあああ!?」「早く外にっ」などと悲鳴がいっぱいだ。


『ハッハァァ! 今日も記録更新だ、乗りな!』


 そこにちょうどよく戦車さながらの姿が戻ってきた。

 時限爆弾と化した車に「じゃあな」とお別れの印を手で作って離れると。


*zZBaaaaaaaaaaaaaaaaam!*


 たった一つの手榴弾を放り込まれた装甲車がぼんっ、と跳ねた。

 様々なものを一時で失ったそれは派手な音を立てて道路を滑っていく。

 後を追う車は「もう無理です」とばかりに停滞していた、流石に懲りたか?


『おかえり、どうだったよ?』

「戦車より楽勝だな、スティングの方がやりがいがあった」

『そりゃあなあ! よーし、じゃあ帰り道はショートカットだ!』

『道路がすごいことになってるけど、大丈夫なのかな……』


 振り向けば60000チップを諦めた方々が山ほど留まっていた。

 なんなら降りた傭兵の方々があきらめ気味に銃撃してくるほどで、中には不吉な指の形で罵詈雑言と身振り手振りを送ってた。

 そんな連中の心境などいざ知らず、戦車モドキも道路を横に向かって直進し。


「バーーーーーーカ!! また来たら全員ぶっ殺してやるからな!」

「それでは優雅なランチが待ってるのでさようならだ、懲りずにまた来てくれたまえお気の毒な傭兵諸君!」

 

 最後にそんな罵声を、ついでにわざわざ開けたドアからの社長直々の言葉を浴びせつつ、俺たちの足は横道の斜面へ突っ込んでいった。

 履帯ならではの力強さはがらがらと近道を上っていく。

 中指を向けた連中はすぐ見えなくなった。倉庫だらけの通りまでこぎつけた『ハックソウ』が呑気に安全な帰路へとついたからだ。


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