93 お帰りはあちらです!
心温まるプレゼントの返品後、入り込んだ厨房には複雑な料理の香りが残ってた。
調理台やらには作りかけがいっぱいだ。よほどの臨時休業だったに違いない。
「よーし良く聞いてくれ、今からおたくら『ランナーズ』と『スタルカー』どもを保護する。理由はなんとなく分かんだろ?」
調理器具が所狭しと並ぶそこを、デュオが二挺の拳銃で先陣を切った。
裏口の扉はすぐだ。陽気な社長の顔が「気を付けろ」と注意を促してくる。
「ホワイト・ウィークスの一件だよね? ニシズミ社の人たちから『ラーベ社が関わってるかもしれない』みたいに言われてたんだけど――」
「大体こんなやり方するのはこの壁の中に三つに一つ、ラーベの奴らしかありえないだろ!? 俺たちはそんな奴らのいざこざに首突っ込んじまったわけだ!」
出口に向かうお偉いさんへとエミリオとスタルカーの男が続く。
二人は敵の武器をいつの間にか拾ったようだ。短機関銃と自動拳銃に新しい弾倉がねじり込まれる音がした。
気づけば他のスカベンジャーたちも律儀にバックパックに食材を押し込みつつ、武器はないかと周囲を物色していて。
「バロール社の方針からしてただの親切ってわけじゃないだろうな?」
ウェーブのかかった黒髪の男も包丁を手に取る。サムの素顔がそこにあった。
職業柄慣れてらっしゃるのか、厨房にあった包丁やらフライパンやらを掴んで確かめる皆さまがいた――すっかりやる気だ。
「助けてやるからただ働きはするなって感じかもな」
俺も何かないかと探ったが、えらく丁重にしまわれた包丁ケースを発見。
お高そうな刃物が『料理長ローレル専用、手を出すな』とお堅く記されてる。
「だいたいはそこのストレンジャー君の言う通りだな。おたくらはあいつらからすりゃ生きてちゃ困る存在だ、ついでに四親等以内の血縁者から親しい幼馴染まで手が及ぶだろうな?」
と、デュオはそんな言い草を残してドアを蹴り破った。
「……おい、中の奴らはどうし」
「い、生きてやがっ……くそっどうなってんだ!?」
「おたくらがへたくそなもんで元気だよ、あばよ」
ぶち破った矢先では銃を構えた男たちとばったりだ。
しかしまるで「分かってたよ」と言わんばかりに二挺の得物を打ちまくる。社長の先手に傭兵姿が散っていく。
裏口前には敵の車が止まってたようだ。車体を盾にした銃撃が返ってくる。
「手広く手厚く保護してやるから俺たちに協力しろってか!?」
デュオと一緒に射線から離れた。スタルカーのボスも一緒だ。
そこへ向こうの銃撃が一瞬止まる。そこへ不満そうな坊主頭は身を出して。
*papapapapapapapapam!*
逃げ遅れた敵に容赦なく弾を浴びせた。地面に誰かが重たく横たわる。
だが、無骨な車が幾つも待ち構えている。その分だけの敵がまだまだたくさんだ。
唯一の脱出口に銃撃が集まる。出入り口の形をすり抜けた弾がそばを掠る。
「俺たちを襲うメリットがなくなるまで徹底的にやり返せ、だとさ!」
俺は急いで調理台をひっくり返す。ステンレスの遮蔽物にべちべち弾が当たる。
正面から来た敵はまだ追いついてないようだ。反撃のチャンスをうかがった。
「なんだそりゃ!? 企業同士の抗争でもやってんのかあんたら!?」
「ちなみに先日送り込まれた傭兵に365日分の休暇を与えてやったところだ、いい宣戦布告になったと思う!」
そこで銃撃が止んだ。スタルカーにクソ簡単に伝えてやりつつ起き上がる。
構えた。車のボンネット越しに突撃銃をぶっ放す奴を発見。
金属に阻まれた弾着が胸にがつがつ伝わる中、照準の上に敵の半身を乗せて射撃。
*Bababababam!*
すっかり手慣れた速射だ。抑え込む反動の先でそいつの身体が後ろに捻じれる。
「どの道ホワイト・ウィークスに歯向かった時点で運命は決まってたんだね!?」
今度はあきらめ気味で情けないエミリオの声がいっぱいに響いた。
気の良さそうな人柄のまま壁越しに拳銃を撃ちまくる。その間にクリューサが物陰から出口に近づき。
「俺たちの側につけば今日のところは衣食住は保証されるぞ、さてどうする?」
銃撃の間を縫って、飛び出し際に数発射撃――そこにクラウディアが続く。
援護射撃か、乗った。残った弾を出口めがけて適当に撃ちまくると。
「リム様のご飯も食べれるぞ! 行くぞニク!」
「ん、行ってくるね」
「おいおい突っ込む気かお前ら、どうぞ行ってらっしゃい」
『あっ待って……! 【セイクリッドプロテクション】!』
食いしん坊ダークエルフが両手の短剣もろとも走り込む。
けっきょく全員の援護のもと、あいつは人様のわん娘を連れて殴り込んだようだ。
慌てて追いかけ届いた防御魔法がニクの身体を守るのが見えた。すぐに外から「なんだこの」とか「来やがった!」とか悲鳴が混じる。
「ワオ! 今のもしかして魔法!?」
そんな様子をしっかり見てたのか、通路側から誰かの彼女が感動してやがった。
だが敵も状況に追いついてきた。シールドを手にした追手が通路からやってくるも。
「エミリオ! お前の彼女はほんと肝が据わってやがるな!?」
「お前あとでちゃんと感謝しとけよ、おかげで俺たちも死ぬ気がしないからな」
その時、包丁を手にした『ランナーズ』が二人滑り込む。
素早い仕事だった。敵の姿へするりと近づくと、シールドの中に潜って抑え込む。
続く流れるような動きで床に押さえて急所を二刺し――テュマー相手の戦い方だ。
だけど後続が来た。急いで弾倉交換、短機関銃を持つ姿にトリガを引きまくる。
*Babababababababababam!*
全弾射撃だ、持ってきやがれ!
唐突な十発分の銃弾に傭兵が白い火花と衝撃に「うおっ」とよろめく。
だがシールドは健在だ。そんなところにヴィラが散弾銃と仲良く身を出し。
「ブルヘッドじゃこれくらいできないと生き残れないでしょ?」
温かい言葉と共にシールドの中に突っ込んだ。そしてひどい話だが、12ゲージの銃口で不運な傭兵の口中をごりっと抉る。
「うがっ……!? ひ、ひまっ……たふ……」
そいつは銃身を掴んだままぼぉん!と吹き飛んだ。頭部粉砕手当てが出るはずだ。
暴力的な彼女さんは慣れた手つきで身元を物色すると、使えそうなものを拾ってひょいひょいエミリオに放り投げていく。
「……ははっ、なんにも言えません」
そんな彼氏くんは装備を整えながら「怖いけどいい彼女だろ?」と訴えてる。
返事は「仲良くやれよ」だ。顔で返してやりながら弾倉を交換した。
「よおし、いい感じに外は滅茶苦茶だ。南のちょっとおしゃれな通りで迎えの連中が来てるからさっさと撤収すんぞー」
追手を食い止めてると、外めがけて撃ちまくっていたデュオが一声飛ばす。
外は愉快なことになってた。傭兵が投げ飛ばされて、そこに圧し掛かったニクがべぎっと首を踏み抜いてる。
ぐっどぼーい。滅茶苦茶な外の様子にみんなが大急ぎで出ていくも。
「何やってるんだ、どけ! こんな奴らさっさと全員ハチの巣にしちまいなァ!」
その背後、通路の方からどしどしと力強い足音がした。
次に見えたのは気合の籠った声で突っ込んでくる大男――いや、フルアーマーの傭兵だった。
アーマーで全身をごてごて包み、左手にシールド、右手で機関銃を腰だめに構えるという大胆なスタイルである。
「――悪いな、構ってる暇ないんだ」
が、それがなんだっていうんだ。
対面するなり調理台に手を伸ばして、ケースいっぱいの包丁に手をかける。
そしてぶん投げた。そいつを守る青膜にぎゅん、と音を立てて刃先をそらされた。
「おっ……な、なにしやがるてめっ!?」
勢いと流れを削がれた刃物は身体を掠めたみたいだ、すかさずもう一擲!
左手で掴んだ包丁をぶち込む。今度は防具に弾かれた更にもう一発!
「なっ、や、やめっ!? うおっ……!?」
投擲物の勢いまでは削げないのか重装姿がぐらっと怯んで、反射的に身を守る。
手当たり次第に二本、四本と両手で浴びせていくと、最後の一本がケブラー製の防具にぐっさり刺さり。
――ぶつん。
電力切れなんだろうか? そいつが突き出していた取っ手から膜が消えた。
【ラピッド・スロウ】を食らわせた。すかさずフライパンを掴んでマスク越しの顔面目掛けてぶん投げる。
「じょ、冗談じゃねえどこに包丁でぐへェェっ!?」
勢いを乗せた調理器具の縁がいい感じに刺さったみたいだ。口元をぐちゃぐちゃにされた敵が苦しみ転ぶ。
仕上げだ。一気に近づいて顔面を踏み抜く、ごぎっと嫌な感触が伝わった。
すると通路の奥からばたばたと足音が――迷わず落とし物の機関銃を借りて。
*PapapapapapapapapapapapapapapapM!*
通路をなぞるように壁越しに撃ちまくる。
弾がそらされるあの音にひどく慌てふためく悲鳴が混じった。
とにかく一歩も近づけさせるな。トリガを絞り反動で震え、ただひたすらに5.56㎜をぶち込む。
やがて弾が切れた。放り投げて急いで退店だ。
「お前と一緒にいれば死なないってことがよーくわかった。上等だ、ついてきゃいいんだろ!?」
死体だらけの路地に出たが――スタルカーのお偉いさんが何かを抱えてくる。
ガスタンクだ。しかし気のせいじゃなければ、一体どうしてその頂点に『テクニカル・トーチ』がテープでくっつけられてるように見える。
それになんだかほんのりとガス臭い、というか漏れてるようだ。
「理解してくれてありがとう。で、なんだその組み合わせ?」
「スカベンジャーの知恵ってやつだ。持ってけクソ野郎!」
「つまりお手製爆弾だ、店主には気の毒だが仕方ないよな?」
『な、なんてもの作ってるんですか……!?』
「これくらいやれって社長殿の頼みだ、お見舞いするのを手伝え疫病神!」
ついてきたサムが「いくぞ」と発火スイッチを押してすぐに理解した。
なるほど、手製の爆弾ってことか――店主には気の毒だけど仕方ないな。
着火を始めたそれを二人がかりで店内に放り込むと、これから起こるろくでもないイベントに備えて全力で走った。
*zZZZBBBAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaamMM!!*
割と猶予はなかったらしい。走って間もなくとんでもない爆発が背に届く。
その威力ときたら身体にばしっと破片が当たって、爆風に首を焼かれるほどだ。
『ローレル』という裏切者の名前をつけた店はこれでもう廃業だ。エミリオたちに追いつくと「あーあ……あいつの店が」とかなり困ってたが。
「見たか! 俺たちからも宣戦布告してやったぞ!」
「これでスタルカーもラーベ社のお尋ね者か、せっかく一儲けしたってのになんてざまだ」
スタルカーの連中はなんだかもうやけくそなものを感じる。リーダーとサムが開き直るほどには。
食材を満載したスカベンジャーどもが武器を拾って駆け出す中。
「で、救出してくれるヒーローはどこにいらっしゃるんだ!?」
自動拳銃の弾倉を交換しながら誰かに聞いた。最後の一本だ。
お洒落な店が左右に広がる小さな通りへと差し掛かると、逃げる社長の姿が止まらぬまま。
「少し先行きゃわかるさ、なんだったら今来てくれるだろうよ!」
そう答えてくれた――すると、目先にある店舗からするりと銃口が現れる。
傭兵の連中だ。物陰から姿を見せてくると、待ってましたとばかりに構えるも。
『愚か者め! 背中にちゃんと目を向けぬとはそれでも戦士か!』
そんな時だ、そいつらの頭上に黒い霧がもやもやと流れてきた。
そこから若い女性の声がドヤっと広がれば、いきなりの見知らぬ声にそいつらの意識が上を向くも。
「すまん、待たせたな皆のもの!」
黒い霧が道路のど真ん中に集まる――あのブロンド髪の美少女が形作られた。
現代風の服に鞄を背負ったそれはこれみよがしに元気な姿を見せるたまま、霧の名残から斧槍の形を生み出すと。
「なっ――なんだこいつはァァァッ!?」
「お、おい……今何が起きた? なんなん――」
「我こそは吸血鬼ブレイム! 血液いっぱい貰ってご機嫌だ、死ね!」
ひどい名乗りと共にぶぉん、と得物を軽々振るった。
理解不能な現象に困惑する奴らがまとめて数名、胴から首にかけてざっくりと断たれてしまう。
無残な死がぼとりとレンガ風の床に落ちれば、俺たちを待ち遠しくしていた傭兵たちが慌てふためくのも当然で。
「てっ……敵だ! 撃て! 撃て!」
「なんだこのバケモンは!? 畜生早く殺せエエエ!」
一斉に手持ちの火器を吸血鬼の姿をぶっ放した。
あらゆる口径が同士討ちも厭わず銃声を奏でるも……肝心のそれはまた霧になって去っていく。
かと思えば別の傭兵の後ろに姿を現して。
「早く来いお前たち! 撤退の準備はできているぞ!」
斧槍の先端でぐさりと胸を貫いた。
リム様より少し上ほどの体つきに信じられない力を伴って、串刺しになったそいつを軽々と掲げていく。
「あぁっあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーーーーーーッ!」
「ひっ……う、うそだ……なんて……ああああああっ!?」
「ばけも、ばけものっ! 化け物が……うわああああああぁぁッ!?」
「はーっはっはっは! どうしたブルヘッドの戦士ども! まさかこれくらいで怯え竦むわけじゃあるまいな!?」
ひどいありさまだ。いい笑顔をした吸血鬼の姉ちゃんが旗代わりにした敵と一緒に傭兵どもに寄り添ってる。
何も知らぬまま仲間を惨殺される様に逃げ出す姿すらある。大混乱だ。
「……ねえ、あれ味方なのかい?」
「おい、俺は今何を見せられてるんだ? なんだあの……なんだ?」
「……冗談だろ、吸血鬼って実在してたのか」
「吸血鬼!? 本当にいたのね!? カッコいいじゃない!」
エミリオたちだって(約一名のぞき)気持ち悪そうに足を緩めているが。
「あれが俺たちのヒーローか、スティング思い出すな」
『……ブレイムさん、やけに元気だね』
「あの姉ちゃん相変わらず元気だよなあ、吸血鬼ってああいうのばっかなんかね?」
そんな光景に慣れた俺やデュオにはもはや日常茶飯事レベルだ。
恐怖にすくむ敵に向けてトリガを引く。戸惑う姿の脳天をはじいた。
気づけば他の連中も拾った武器やらを向けて思い思いに撃った。お洒落な通りに大量の血と死体が飾られてしまう。
何事だとそこの住人たちが顔を出してくるも。
――BAM!
そこへ突然の銃声、いや、砲声か?
40㎜のグレネードか。前触れのない攻撃に身構えるも、目の前にからころと弾が転がってきた。
しかも一発二発じゃなく、立て続けにあたり一面に打ち込まれ始め。
『迎えが来るわよ! さっさと乗り込みなさい!』
「ねえ!? 頭上の女の子たちは何!? あの子たち何者なんだい!?」
「エルフだ!」
「エルフ!?」
「味方だから心配すんな、行くぞエミリオ!」
建物の上から女の子の声――金髪エルフたちがいた!
連れてきた同族と一緒にグレネードランチャーを構えてるが、打ち込まれたそれから白い煙が立ち込めてることに気づく。
なるほど、煙幕か。酸味と苦みのあるそれがあたり一面を覆い始めれば。
『お迎えに上がったぞ、早く乗れバカ野郎ども!』
そんな見通しの悪いの通りの中、重たいタイヤの音が近づいてくる。
すぐにその姿が煙をかき分けてくる。大きな貨物を背負った運搬用のトラックだ。
運転席から帽子や眼鏡で雑に変装したハーレーが「早くこい」と手招いてる。これが脱出手段ってわけか。
「……まさかこいつで逃げるのか?」
『……あの、これ普通のトラックですよね……?』
煙幕の中立ち止まるそれにみんなが乗り込もうとするも、用意してくれた足はずいぶんと頼りなさそうに見えた。
荷台側面に『〇〇スポーツグッズ』と書かれるそれはただのトラックなのだ。
頼もしい武装にも頑丈な装甲にも恵まれてないのは一目で分かるのだが。
「イチ、お前は囮役が好きだよな?」
色々思うところ、デュオはにっこりと俺の手を引いてきた。
がしゃんと開くスロープ式の扉では何十人と押し込めそうな広さがあって。
「俺のどこ見てそう思った?」
「顔と生き様だ。どうだい、ちょっと街の中を走ってみねえか?」
そして中には――室内の薄暗さの中、数台の乗り物がうっすら黒く光っていた。
こんなものを手配した社長の表情といえば、それはもう楽し気なものだった。




