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91 汚職事どころローレル

 この通りは穏やかだった。ひっそりしてるというか、寂れてるというか。

 高い建物の間を舗道が突き抜け、フォート・モハヴィの狭い通りがぼんやり蘇る。


 地図で表すなら南の西寄り、少し北上すればラーベ社の手に掛かりそうな場所だ。

 西へ傾けばニシズミ社の縄張りにつくようななんとも微妙な立地条件だった。

 ブルヘッドご在住の市民様はともかく、訳に訳を重ねたストレンジャーにとっては敵地一歩手前という感じなのだが。


「やあローレル、お邪魔するよ。どうせ儲かってないしキッチン貸してくれるかい?」


 そんな中、ひどい物言いのエミリオを掲げてある店舗へとお邪魔していた。

 意識の高そうな雑多な店でも特に目立つ、やたらと小奇麗なレストランだ。

 しかし客席には『無』が座ってるむなしいお洒落さが待ち構えており。


「……あ、ああ……」


 いろいろ持参して踏み込む『OPEN』の看板の先に男が一人。

 薄く髭をたくわえた若い顔立ちなものの、誰もいない客席で虚しそうにしている。

 店の清潔さには押しつけがましい高級感もないが、そんな中で肩の力をやたらと込めて顔を合わせない様子は妙だった。


「どうしたんだいローレル? っていうか従業員は? 今朝は君一人しかいないみたいだけど」

「こんにちは、お客さんが来なさ過ぎてとうとう辞めちゃったのかしら?」


 そんな友人の妙な様子に、エミリオとその彼女はすぐに尋ねる。

 二人の言葉からしてここはよっぽど客入りが悪いらしいな。明るい店なのにそいつの雰囲気と客足のなさが全てを台無しにしてる。


「あ――いや、うん、今日は臨時休業なもんでな」

「臨時休業? どうしたんだい?」

「ちょっと開店前に従業員同士でもめたんだよ、ほら、こんな店だからな?」

「大丈夫なのそれ? 君の店って数人で回してるんだろう? 一人でも欠けたら店が回らなくなっちゃうじゃないか」

「何かあったのかしら、ローレル?」

「気にしないでくれよ二人とも、それで今日のご用件は? どうせ暇だからパーティー会場にしてくれっていう頼みかい?」


 ……もっと突き詰めるなら、そいつの様子は少しおかしかった。

 見知った二人に呆れたため息と笑いこそ取ってるものの、ぎこちないのだ。

 押しかけてきた挙句に厨房を乗っ取ろうとする連中に向けてるというか、明らかに俺を見て表情を引き締めていた。


「おいおい、開店時間はもう過ぎてるよな? ちゃんと宣伝とかしてんのか? 集客にも力を入れないと駄目だぜ?」


 ずかずか続くデュオ社長がそんなアドバイスをもたらせば、なおさら緊張したらしい。

 ローレルという男は見て分かるぐらいに嫌な汗をかいてるぐらいだ。


「こ……これはデュオ社長! ご覧の通り閑古鳥が鳴くような店ですが、ようこそお越し下さいました。それで、一体どんなご用件でしょうか?」


 そして明らかに焦りの混じった様子で一礼してきた。

 かなり様子がおかしい。少しふっくらとした顔が後ろめたく輝いてる。


「ああいや別に大した用事じゃないんだ。うちの料理人のために厨房を貸してほしくてね、もちろん礼はするぜ?」


 そんな様子にデュオは気さくに、それでいて背に「要注意」と指で合図してきた。

 周りを見ればクリューサとクラウディアも感づいていた。

 お医者様は「またか」という感じで、クラウディアは得物に指が伸びたようだ。


「構いませんよ、どうせそこの二人の言うように大層な店ではありませんし……どうぞ、気の行くまでにお使いください」

「ははっ、そこの陽気な二人にさんざん言われてるみたいだな?」

「ええ、そいつらとはちょっとした付き合いがありまして。うちの店に誰も来ないからと、よくここを貸してやってるぐらいですよ」

「薄情な友達持っちまったな、気の毒に」

「まったくですよ、おまけに片方は隙あらば彼女自慢ばっかですから困ったもんです」

「この感じだと開業して間もないだろうな、勿体ねえ。困ってるならうちからこういうシチュエーションに詳しいやつを連れてきてやろうか? 問題解決の糸口になるぜ?」

「いいんですか? こんな店のためにわざわざそんな」

「ブルヘッドの未来のためさ。とりあえず俺からアドバイスするなら、臨時休業なら店じまいの知らせぐらいしとくべきだろうな?」


 話しは滑らかに進むが、あるところでそいつはぎょっとした様子で外を見る。

 男は「どうぞ」と取り繕った笑顔で招くなり大慌てで『CLOSED』に変えにいくも。


「さて、こちらの店主様を見てどう思うよ諸君」


 不在になった店主が離れてすぐ、デュオが疑問をねじ込んできた。

 あんなあからさまな不自然さを見せられたら誰だって気がかりになるはずだ。


『……あの人、どう見ても様子がおかしいですよね……!? 目もずっと合わせてこないし……!』

「まあそうだよなあ、ありゃ典型的な「何かありますよ」って人種の仕草だぜ」


 そこへ最初に大きく声を上げたのは腰の物言う短剣だ。

 こんなに強く言うなら間違いなくあいつに何か後ろめたいものがあるわけで。


「確かに妙ですわね。臨時休業という割にはいきなりすぎますもの」

「気づいたかリム様。ついでに言うとだな、さっきまで客が二名いたそうだぞ」


 次はリム様だ。中をちらっと見て「おかしい」と判断したらしい。

 白い指先が奥まった席へと持ち上がると、そこに食べかけの料理が残っていた。


「……こんな質問したかないが、何がどうなってる?」


 さすがにいい加減感づいたのか、スタルカーの坊主頭もテーブルを見る。

 中途半端なワインの赤が浮かぶグラスから、堪能する前に出て行ったのが伺えた。


「何がって単純なお話だ、ボレアス。またひと騒ぎあるみたいだぞこれは」


 そばにいたサムもとても嫌そうに笑った。

 同行してたスカベンジャーたちも「まさか」という顔ぶれだ。


「エミリオ、医者からの悪い知らせだ。これからお前の友人が一人減る」

「食事の場のはずがこのようなことになるとはな、ひどい話だぞ」


 クリューサとクラウディアのコンビは落ち着いた様子だ。

 医者の手が回転式の弾倉を開いて、褐色エルフがハンドクロスボウを取り出すほど。


「ま、待ってくれよ! どういうことだい!? ローレルが――」


 いきなりの事態にエミリオは困惑してた。

 今現在話題に事欠かないローレルとやらは店の外で何やらまごついている。

 看板を裏返すだけだぞ? すぐに戻ってこれない理由はなんだ?


「ストレンジャー、話したかったのはこのことよ。近頃はずっと誰かに監視されてるみたいでね」


 ところがその彼女たるヴィラは冷静だ。

 なんということか。厚手のコート中から小さな散弾銃を取り出していた。

 折りたたんだ銃床を展開すれば、フォアエンドと12ゲージほどの短い銃身が彼女の殺る気概を教えてくれている。


「そう、んで……お前と関わったスカベンジャーたちがどうもラーベ社に目を着けられてるみたいでな、大急ぎで俺たちに加わってもらったってわけ」


 デュオも服の中から自動拳銃をこっそり二挺取り出していた。


「……じゃあデュオ、ローレルって男の関係は?」


 なるほどそういうことか。俺もそっと45口径の形を抜く。


「新鮮な情報を教えてやるよ。さっきこの通りで傭兵の姿が見えたらしい、んで店の中にも出入りしてた」

「なるほど、見事に魚が引っかかってくれたんだな」

「上等な餌使ってるからなあ、食いつきがいいなやっぱ」

「後は釣り上げるだけか。そうなるとエミリオ、友人名簿から一人減るけどいいな?」

「お前の友達のことは残念だが心配すんなよ、ちゃんと尋問してやるさ」


 事情は分かった、どうやらローレルとやらはいい情報源になってくれそうだ。

 あいつは次第に店の中にいる俺たちをチラチラ見ていた。そろそろか?


「あ、あいつが裏切ったっていうのかい……?」

「仕方ないでしょ、ここはそういうところよ?」


 エミリオには気の毒だがあいつは敵で、しかも真っ先に捕まえるべきターゲットだ。

 しかしまあヴィラはやる気だ。隠した散弾銃をいつでもぶっ放すつもりである。


「……ご主人、店の奥に敵が隠れてる」


 そして次に告げられたのがニクのそんな一言だ。

 いきなりの言葉に全員の緊張が嫌でも伝わった。愛犬の視線をたぐれば厨房側、既に敵が待ち構えていたってことである。


「どんな感じか分かるか?」

「火薬とタバコの匂いがする。多分、何人かいる」

「だそうだぞデュオ、このあたりで火薬とタバコに縁があるやつらは?」

「喫煙者は古今東西共通の人種だろうが、銃まで持つとなると賄賂に弱いセキュリティか、そこらのギャングか……」

「それかまんまと釣られてくれた傭兵様か」

「だろうなぁ、状況的に賞金首と社長の首が欲しい方々だと思うぜ」


 この街の熱心な警備員やらがレストランでこそこそする理由もない、となれば?


「ああそうだその通りだ、何を隠そう俺たちがこうして寄り添ってたのはこいつが理由だからな」

「うすうすラーベ社の恨みを買ったんじゃないかって思ってたがこれですっきりしたな。ここに帰って来てからマジで命を狙われてたのか俺たちは」

「身内に友人、恋人、恋敵、商売敵に続いて裏切者か。最高の人生だ」

「こんな風にけしかけてくれるなんてな、あいつらも本気らしい」


 そこまで言葉を混ぜるとスカベンジャーの連中もいよいよ腹をくくったらしい。

 観念したのか隠していた武器を抜いていた。人数分の拳銃が露になる。


「エミリオ、裏口はあるか?」

「厨房の奥にね。でも参ったな、君の相棒が言うには……」

「敵がいるんでしょ? なら仕方ないわ」


 こうして武装した礼儀正しい奴らがいっぱいになった。俺は厨房への道を見る。

 白い通路がまっすぐ続いてた。ニクの感覚からすれば敵が待ち構えてるらしいが。


「ああ、そうだ、あんたらに一つ言っておくことがあるんだが」


 そこへがらんと扉が開く――看板を返したローレルが戻ってきた。

 緊張した面構えだが、店内いっぱいの得物を見て「しまった」と身をよじるも。


「ミコ、ちょっとあいつと話がしたい。頼む」

『……しょ、【ショート・コーリング!】』


 すぐさまミコに命じた。引き寄せの魔法がぶょんとそいつを引っ張る。

 逃げ出そうする後ろ姿が目の前に落ちてきた。いきなりの転移にその足は止まって。


「んな……!? い、いったいなに」

「後で楽しくお話だ、おやすみ」


 すかさず銃剣を利き腕で抜いて、ローレルの肩を掴んで手繰り寄せる。

 そしてナックルガード部分で顎へ一撃。ごりっとした感触が大の大人をはっ倒す。


「よーし、だいじなもの確保完了っと。んじゃそいつ連れてさっさと裏から退店すんぞ」


 これで重要人物確保だ。

 デュオも動き出して、スカベンジャーたちが裏切者を縛っていく。


「もちろん退路は考えてあるんだよな?」

「何も考えずに来るわけないだろ? 敵をぶっ潰して帰るまでが想定内だ」

「プレッパーズらしい帰り方だな。行くぞニク」


 刺客をわからせてから派手に帰るまでが今日の観光らしいな。

 二挺の拳銃を構えて進む社長に続いて、ニクと仲良く厨房へ向かおうとするも。


 ――ぎゃりりりっ。


 そんなところ、店の外で急ブレーキが喚き散らされる。

 かなり重たいものだ。まさかと振り返れば路駐したばかりの装甲車があった。

 その上には配線の施された機関銃が、六本もの銃身で獲物を探っていて――


「……ま、まじかっ――全員伏せろおおおおおおおおおおおおおッ!」

『なにあれっ……み、みんな伏せてええええええええええッ!?』


 ……伏せた! ニクを抱いて急いで地べたに飛び込む!

 続く連中も俺の一声から「マジかよ」「ざけんな」と大慌てで転びだすも。


*Voooooooooooooooooooooooooooooooooooormmmmmm!*


 人間に向けちゃいけない部類の連射が立ち上がった。

 あまりに早すぎて途切れのない銃声だ。頭上であらゆるものがバリバリぶち壊され、店の中を破壊音をもってリフォームしていく。

 傭兵をけしかけてくるとは聞いたがここまでする馬鹿が一体どこにいやがるんだ。


「み、ミニガンだぁぁッ!? んなもん持ってくんなふざけんなクソクソクソッ!」

「お前が呼んだのかストレンジャー!? いや社長もいるんだそりゃ狙いに来るだろうな直々に!」


 床にひんやり這いつくばってると、スタルカーの二人がクレームを申し付けてきた。

 そりゃ確かに多額のチップつきの人間とどこぞの企業の社長がいれば、真昼間堂々と銃撃する理由もあるっちゃあるか。


「悪い、言うの忘れてたけど俺指名手配されてた! 60000チップだってさ!」

「ああそうそう、俺ってラーベ社にけっこう恨まれてるからさ、そりゃカモが二人いりゃここまで強行してくると思うぜ?」

「なんで君たちはそんな落ちついてるんだ!? ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

「まさかこんな堂々と襲ってくるなんて思ってもなかったわ! 頭下げてなさい、エミリオ!」


 頭上や背中をびゅんと弾丸が通り抜ける。銃声の振動が店内を震わせる。

 ふざけんな、殺す気か、いや殺す気か、文明的な都市の様子なんてまやかしだ、ここは外の世界となんら変わらない暴力的な街だったわけだ。

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