86 ぐっどもーにんぐぶるへっどしてぃ
「ヨーグルトソース……!?」
『ふぁえっ!?』
はっと目が覚めた。よし覚えてるぞ。
いつもとは違う感覚がしたがすっきりと目が覚めた。
というのも、あの変な夢がはっきり頭に残ってるからだ。
『ど、どうしたのいちクン……? また変な夢でも見たの?』
枕からの声にぐぐっと伸びつつ起き上がると、そこはしばらくの自室だ。
無駄に良いベッドのおかげでかなり疲れがとれたが、何より重大な収穫があったのがデカい。
「噂をすればなんとやらの通りだ。ニャルに会った」
俺はそばの短剣を拾いながら教えた。
見渡せばすぐ隣で黒い犬っ娘がくうくうと丸く寝ていた。お疲れのようだ。
『ニャル……まさかニャルフィスさんのこと……?』
「ああ、ご丁重に会いに来たよ。しかも今度は夢の内容をはっきりと覚えてる」
『ヌイスさんたち、言ってたよね? 未来の記憶を植え付けてるって。じゃあニャルさん、まだいちクンのことを諦めてないのかな……』
「いや、クソ丁重にお断りしてきた。んで二人の言う通り、俺はいよいよ本来のアバタールから路線がズレてるらしいな」
『……何かあったの?』
「ん、そこでちょっといろいろ話した。色々事実確認ができたよ」
PDAを見るとそこそこの時間だ。けっこうぐっすりだったらしいな。
気持ちよさそうにすやすやしてるニクはいつにもなくリラックスしてる。
「これでやっとタカアキのメッセージが何なのか分かった」
ふわっとした犬味のある髪を少し撫でた。
つやつやで滑らかな犬とヒト混じりの気持ちいい髪質だ。何度か撫でると「ん」と小さく起きた。
「んへ……♡ おはよ、ご主人……」
ニクがまだ眠そうにゆらゆら起きた。ダウナー顔がとろけてる。
とりあえず「おはよう」と頬をもちもちしてからベッドから離れた。
『もしかして、だけど。タカアキさんがいちクンのことに気づいてたのって……ニャルさんが関わってたのかな?』
「その通りだったわけだ。なんてことない話だった」
ミコと話しながらリビング差し掛かればいい日差しがそこにあった。
窓からは朝の白い都市の姿が眩しい、だが俺のお目当ては冷蔵庫だ。
「大事なことが三つ分かった。タカアキは未来のことを全部ニャルから教わってたんだ」
『そうだったんだ……って、じゃ、じゃあ自分がどうなるかも……!?』
「……あいつがあんな声で録音した理由もそれだろうな。知っちゃったんだよ、自分の最期を」
あの将来有望な邪神見習いが言ったことで何がショックだったって?
俺が消えたら本物の邪神が出る? 世界が終わる? 未来の俺はもういない?
違うね、タカアキがあんな情けない声を出した理由が分かったことだ。
幼馴染が巻き込まれた挙句に無残にくたばる未来しかなかった、なんて知っちまったんだぞ?
『……ずっと前から知ってたんだね、タカアキさん』
「ああ」
『わたしね、その人の声を聞いた時思ったことがあったんだけど』
「なんだ、変な奴だと思ったか?」
『えっと……追伸の部分は忘れよっか? えっとね、タカアキさんの声、寂しいっていうか後ろめたいっていうか、とっても不安そうな調子だなって思ったの』
「その原因がやっと分かったってわけだよな」
『……うん』
キッチンまでの道のりの間、そんなミコの言葉が答えだった。
一度に知りすぎてそりゃさぞ複雑だったろうな。
本当だったらあのメモリスティックに見聞きしたこと全部ぶっこみたかったのかもしれない。
いや、できるもんか。あいつだって相当辛かったはずだ。
『いい人だよね、タカアキさん』
「知ってる、そういうやつだから」
『うん。いっぱい知っちゃって怖かったと思う、でも、それでもいちクンのことを大切にしてくれるんだから……すごくいい人なんだろうね』
馬鹿野郎が。タカアキめ、お前はいい奴すぎるぞ。
こうまで知って「お前は何も悪くない」とかいいやがって。
でもお前は顔も合わせたことのない女の子にいい奴だって思われてるんだ。
何が何でもお前に会いに行く。俺の相棒に「すごくいい人」を見せてやる。
「あっちの世界についたらさ、タカアキに会ってやってくれないか?」
『もちろんだよ。わたしね、おとこの人とか苦手だったんだけど……いちクンとタカアキさんは大好きだよ?』
そう思ってたらミコのふんわりとした声が広がった。
おかげで気が晴れたよ。やったじゃないかタカアキ、俺たち二人そろっていい男だって思われてるぞ。
そうだな、あいつに会ったら三人で飯でも食いに行くのもいいかもしれない。
いや、ニクもいるから四人か。何ならノルベルトたちも加えていっぱいだ。
「はは、そうか。じゃあノルベルトとクリューサは入らないのか?」
『ノルベルト君もクリューサさんも大切な仲間だよ。ふふ、前のわたしだったら話せなかったのになあ』
「あとニクもな。いやまあ、まさか二足で立つところまで立派に育つなんてあの時は思ってもなかった」
『もちろんニクちゃんも! びっくりだよね、精霊になっちゃうなんて……』
「最初ボスが戸惑っててみんな面白がってたよな」
『ふふっ、おばあちゃんも驚いてたよね? でもみんな、割とすぐに慣れちゃったみたいだけど』
「シド・レンジャーズにゆかりがあるやつはみんな肝が据わってるからな」
こうしてミコと話すと、するする話題が浮かぶのも過酷な旅のおかげだろう。
皮肉なもんだなタカアキ。お前がふざけて送ったゲームが、結果的に物事を良い方向へ招いてくれてるんだから。
でもこの旅も間もなく終わる。
ウェイストランドから剣と魔法の世界『テセウス』に俺の舞台は変わる。
そしてなんやかんや楽しくやってきたこの面子と離れ離れになるのが怖い、それだけさ。
「ハハ、朝から仲がよろしいことで」
と、そんなところに何かが投げ込まれる。
『投擲』スキルの高さが生きる、すぐに視界に入ったそれを掴んだ。
ひんやり冷たく透き通ったペットボトルだ。しかもその送り主といえば。
『わっ……!? え、エルドリーチさん……!?』
「おいおい、驚くことじゃないだろ? オイラたちもここに泊ったんだぜ?」
キッチンに佇むパーカー姿の人骨……じゃなくてエルドリーチだ。
換気扇近くで一服してる。冷蔵庫からの新鮮なお水を回してくれたらしい。
そういえばそうだ、話すだけ話してそのあと勝手に泊っていった気がする。
「おはよう、朝から不健康だな」
『お、おはようございます……』
「一応はアンデッドだらけの不健康な都市を収める『マスターリッチ』って肩書だからな。設定どおりに振舞ってるだけさ」
骨の姿は表情不明な顔つきで美味しそうに味わってる。
煙は隙間だらけの身体のどこにこもってるんだろうか。人間らしい喫煙を見せてくれていた。
『あの、エルドリーチさんって、フランメリアで過ごしていたんですよね?』
一服中のところだが、そこに喋る短剣の言葉が向かう。
その間、一口飲んだ。きりっと冷たくわざとらしい綺麗な水の味がした。
「オイラの経歴に興味がある感じかい?」
『……そうですね。昨日の話を聞いてたら、けっこう前からいたって耳にしましたから』
「俺も気になる話題だったな。リム様もお前のこと「リっちゃん」っていってるし」
二人の話題は「いつからフランメリアにいらっしゃったのか」だ。
ついでに水にミコを差し込んでやった。「水だね……」と悩ましい声がする。
「難しい話じゃないさ。フランメリアでアバタールが二度目の死を迎えた後、ノルテレイヤの枷からするりと抜けられたからさ」
「勝手にやってたってことか、つまり」
「最初に好き放題やってたのはニャルとヌイスだからな。それでオイラは最後、勝手にフランメリアで過ごしてみることにしたわけだ」
自由にやってるカルシウムは「吸うか?」とタバコをすすめてきた。
健康のために手で断ると、構わず二口三口と吸い上げて。
「実際は、未来のお前さんが数千年後の地球にどんな影響を及ぼしたか調べに来たんだがな。お前さんのママと知り合ったのもその一環さ」
ふうっ、と濃い煙をどこかに吐いた。
最近ママを自称するリム様のことか。そりゃそうだろうな、一番知り合った奴に内情を聞くのが手っ取り早い。
「アバタールの素行について保護者に聞きに行ったのか」
『……そっか、リム様だったもんね、未来のいちクンと親しかった人って』
「そういうことさお二人さん。それでいろいろあって、アンデッド種族だらけの都市の市長にされちまった」
「リム様の勢いで就任させられたような感じだな」
『市長……? あの、もしかして地下にある都市のことでしょうか……?』
「ハハ、その通り。どっかに地下にある陰キャが好きそうな薄暗い街、短剣のお嬢ちゃんもしってる『不死者の街』の長をやらされたのさ」
「そりゃご苦労なこった。で、なんか知ってるのかミコ?」
『う、うん。まだ人工知能だったころにクランのみんなで観光しに行ったところなんだけど……』
「それが忠実に再現されて、今じゃオイラがそこのボスってことさ。まあ面倒くさくて放り投げちまったけどな」
しかしまあ、煙と一緒に吐き出されるセリフはやはりとんでもない。
ゲームの情報に則って作られた都市があって、なんやかんやで(主にリム様のせいで)そこの市長枠にぶち込まれたとさ。
今頃リーダー不在の街は大混乱だと思うが、フランメリア人の逞しさならどうにか保ってくれるだろうが。
「そりゃリム様も驚くだろうな」
「色々あってな。ヌイスがフランメリアと通じる道についてあれこれと調べてくれたもんだから、こうして夜逃げするような形で遊びに……じゃねえや、お前さんを探しにきたわけだ」
骨の物言いに忘れもしない顔合わせの瞬間を思い出した。
優雅にバイクで乗ったあの姿はどうやってここまで来たんだろうか、そう思うと。
「……ん、骨の人」
まだ眠そうなニクがふらふらこっちにやってきた。
しかしエルドリーチを目の前にじゅるりしてる。寝ぼけ顔にうっすら狩猟本能が垣間見えるほどには。
「ハハ、骨の人か。やめとけ坊ちゃん、オイラ食ったら腹壊すぞ」
「そういえばお前、どうやってここにきたんだ?」
『うん、わたしもどうやってエルドリーチさんがここにきたのかなーって気になってました』
「どう説明すりゃいいかな、こういう時はヌイスのやつがいいんだが」
そこに俺とミコの「どうやってここに?」という疑問が重なった。
骨まみれの手は人様のわん娘に遊ぶようにペットボトルを投げ渡している。
「――単純さ。バックドアがそこにあるからだよ」
と、シャワールームから金髪姿の女性がすたすた歩いてきた。
人の部屋で朝からすっきりしたらしい。しっとり濡れた髪を乾かしながら、ちょっと派手な下着姿のままだ。
『……ってヌイスさん!? 服ッ! 服着ないと駄目です!』
「いや服着ろよお前人のお部屋だぞ」
「いいじゃないか。どうせ君、勃起が面倒くさい男なんだろうアバタール君みたいに」
『ぼっ……!?』
「おい今なんつったこいつ」
しかも朝からとんでもないことをぶちかましてきた。
未来のアバタールも下半身事情が同じだと言いたいのかこいつ。
けっこうな物言いだが、彼女は転がっていた白衣を重ねてだらしない格好に戻り。
「手短かつ簡潔に言おう。二つの世界が繋がったとして、そうなるとやはり何かしらの証拠が残ってしまうんだ」
ほっそりボディにけっこうなものをお持ちのそいつが冷蔵庫にありついてきた。
その片手間に言えるような説明らしいが。
「証拠?」
「例えばそうだな、紐でつながってると思ってくれたまえ。この世界のどこかとあちらの世界のどこかが紐で繋がってる。そしてその紐を辿ってしまえば帰れる、どうだ単純だろう?」
本当に単純に言ってくれた。つながった紐を辿っていけば向こうに戻れるらしい。
しかし世の中は『単純だからこそ難しい』ものだ。実際その通りのようで。
「まるで口にするだけなら簡単ってような感じの話だな」
「ご名答だよイチ君。じゃあこのウェイストランドのどこからそのたった一本の紐を見つければいいかって話になるよね」
「そこでだ、ヌイスが先にこっちの世界で地盤を固めてる間に、オイラはフランメリアでウェイストランドと繋がってる場所を探したのさ」
エルドリーチにからも話してもらって、確かに簡単じゃなさそうな話題になった。
言うなら簡単だ。もしや地道に転移できないか歩き回ってたんだろうか。
「……簡単そうに聞こえるけど質問したい、どうやって?」
「例えるならバグ探しだな」
ところが疑問へのお返しは「デバッグ」みたいなもんだとさ。
そうかバグか、バグって世界が通じてるって言いたいのか。
「なるほどな、デバッグ作業みたいな言い方しやがって」
『バグ探し、ですか……?』
「この世界とのつながりはエラーみたいなもんだぜ。オイラたちにはそいつが分かるのさ、あくまで分かるだけだが」
「あとはその身をもって確かめるだけさ。それに私たちなら連絡はできるしね。それでまあ、転移した場所を探してもらってね。彼はデイビッド・ダムという場所に飛ばされたんだ」
「詳しくは分からないんだが、そこが向こうと深く繋がってる場所だって調べて分かったのさ。他にもあるだろうが、確定した帰り道ができたわけだ」
なるほど、地道にやって確信できる出入り口が見つかったそうだ。
「つまりだ、そこに行けば確実に帰れるのか」
「今は閉じちまってるけどな」
『閉じちゃってる……!? じゃあ、どうやって帰ればいいんですか……?』
「まあ落ち着けよお嬢ちゃん。お前さんの相棒たるイチ君は『鍵』なんだぜ」
そして続く言葉は「今は使用不可能です」だが、ミコの心配を振り払う何かが俺にあるらしい。
鍵だってさ。何時から無機物になったのやら。
「鍵? いつから鍵開け屋に転職したんだ?」
「ハハ、たとえじゃないさ。お前さん、死ぬたびにあっちの世界に引き寄せられてるって言ったよな?」
「世界が入れ替わる原因っていってたな、そういえば。じゃあ――」
「そうさ、お前さんが近づけばその道は喜んで大きな穴をあけてくれるだろうさ。銀の門が開くってわけだ」
その出入り口への疑問にエルドリーチが言ってくれて、やっと分かった。
そういうことだったのか。俺が引き寄せられてるなら、そのエラーで生まれた道がまた口を開けてくれると。
鍵やら門やら言われてた理由もこうして分かった、間違いなく帰れるんだな。
「ただし君が通り抜けたら、もうその道は使えなくなるだろうね」
ところがヌイスが付け足してくれた、まさかの使い捨てだ。
「じゃあなんだ、俺が帰ったらそれっきりなのか?」
「今のところはこう考えてくれたまえ。君が鍵、ダムが門、そして君が通り抜けたら最後その扉は閉ざされる。行ってみれば片道だね」
「お前さんが鍵なんだ、鍵が通り抜けたら最後ってことさ」
そして一方通行、それも二度とウェイストランドに戻れない片道切符か。
でもそうだよな。それくらい元々覚悟してた事だ。
『……もうここには戻ってこれないんですよね、それって』
「私も最善を尽くして調べ上げて、つい最近になってここまで分かったことだよ。この世界とのお別れは寂しいかい?」
「別にいいさ、元より向こうに行く覚悟だったし。それより――」
でも、ある疑問を解きたかった。
冷蔵庫を物色していたヌイスの真っ白な尻にある言葉が浮かんだ。
「一つはっきりさせてくれ。俺があっちに行ったとして、ウェイストランドが消えたりしないよな?」
じゃあ、ここから俺が去った後は?
ちゃんと続きはあるのか? 一応はこの世界を創造したことになるストレンジャーだが、そんなやつが離れたらどうなるんだろうか?
「もちろん君との繋がりが消えるというわけじゃないよ。二つの世界は一本の線で繋がってはいるけど、等しく独立した二つの世界だからね」
「つまりお前がここを去ってもウェイストランドは健在ってことさ、現にあっちもこっちも並行して存在してるんだからな」
しかしあっけないことに返事は「別に問題ない」ときた。
そうか、ならいい。帰る理由は確定した。
ミコもその言葉を聞いて『そうなんだ……』と少し安心した息遣いだ。
「そうか。どうぞ心置きなく異世界転移してくださいってことだな?」
『……あ、じゃあヌイスさんとエルドリーチさんは……? やっぱり、わたしたちと一緒に向こうへ行くんですか?』
そこにもう一つの疑問、この人工知能どもはどうするかって話だ。
ミコを介した質問に白衣姿と骨の形はお互いを見たあと。
「私は、そうだね、あっちの世界へ行こうと思うよ。色々やることがあるからね?」
「そしてオイラはこっちの世界をもうちょっとだけ楽しむさ」
二人の間から導き出された答えはそれだった。
ヌイスがフランメリアへ、そしてこの骨っ子は世紀末世界に留まるそうだ。
「……エルドリーチ、お前も来ないのか?」
「ハハ、もう少しだけこの世界でくつろぐさ。あっちは退屈なんだよな」
「いやそれもあるんだけど都市の管理とかしなきゃいけないんじゃないのか……?」
「そのことなら考えてあるから心配はいらないぜ、なあ?」
「ってことらしいんだ。まあ大丈夫だよ、それにこいつが残ってくれれば、またこっちの世界への道のりを探してくれるだろうしね」
「帰れなくなっていいのか?」「お前の街どうすんの?」という二つ分の疑問は、そんな風にゆるく溶けてしまった。
まあ、そうだな、本人たちの意志を尊重するべきだろう。
「分かった。それでいいんだな?」
障害物を物理的に破壊して前進する奴が口出しする問題じゃないのは確かだ。
それに何か困ったら頼られるのが俺のお仕事だ。
「困ったらヌイスを介してお前さんに何かしら頼むさ」
「そういうことだよ。我々のことは気にしないでくれたまえ」
「何かあったら気軽に俺に頼んでくれ。無茶ぶりも大体どうにかするから」
だから俺は言った。何があっても任せろってな。
二人にどう感じられたかは分からない、でもまっすぐと俺を見てくれていて。
「そうか、そうか、じゃあ君はなんでもしてくれるんだね?」
白衣の美女は嬉しそうににっこりとしてきた。何か複雑なものも込めながら。
「まあそうだな、理不尽な物以外じゃなきゃなんでも」
「うんうん、そうか、それなら後で君にお願いしたいことがいっぱいあるんだ」
「あー、おい、お前さんまさか……」
「大丈夫だエルドリーチ、私は正気だ口を挟まないでくれたまえ」
「誰も正気を疑っちゃいないんだがな」
いやその通りらしい、ヌイスの笑顔にエルドリーチが控えめに挟んできた。
かなり不穏なものを感じたがとにかく白衣の美女は気を取り直して。
「さて、言質を取ったところで。デュオ社長が皆さまに「ラウンジまで集まれ」とのことだ、私たちも今さっき話した事情について説明しに行くから同行するよ」
『あの、ヌイスさん? 今言質っていいませんでした……?』
いつもの落ち着きすぎな調子で、集合の約束を今になって教えてくれた。
言質という単語に若干不安があるが、まあ変なことを頼むような顔じゃないから大丈夫だと思うが。
「集合時間は適当、集まり次第だとさ。準備ができたらオイラたちも適当にいくとしようぜ」
「ボスの真似でもしてんのかあいつ、どこに集まるタイミング適当にするやつがいるんだ」
「フランメリアの奴らなら勝手に集まるさ。あいつも良く分かってるぜ」
エルドリーチもそれはもう適当に、もう一本ふかしながら「着替えて来いよ」とヌイスに促している。
朝からずいぶんと適当な指示だ。やっぱりデュオもボスの弟子なんだろうな。
「了解、落ち着いたら行くとするか」
俺はペットボトルのわざとらしい水を飲み干した。
ついでにそばでくぴくぴ飲んでたわん娘の頭を撫でた、嬉しそうに尻尾をぱたぱたさせていた。
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