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81 ヴァルハラ・ビルディングへようこそ

 二人の人工知能と別れてみんなのところへ戻った。

 ちょうどドワーフたちも用が済んで、運び屋も荷物を下ろし終えたようだ。

 そのあとはバロール・カンパニーの人間が俺たちを送ってくれた。デュオの言う『息がかかった寝床』に案内してくれたのだ。


 すっかり暗くなったというのにこの街は明るい。

 元の世界(・・・・)もこうだったな。24時間休むことなく文明の光は途絶えなかった。

 世紀末ではない文明の姿を目にしつつ待てば、目的地まではそう長くはかからず。


「お届け先はここでいいのかい、社長さんよ」

「まさしくここ(・・)さ。どうだ、わくわくする見た目だろ?」


 また人運びをやらされるハーレーの運転のもとで、助手席の社長は目の前にあるそれを楽しそうにしていた。

 随分と広く作られたビルがそこにある。

 その賑わいようも相応だ。けっこうな人間が行き来して、ひらけた入り口の中からは眩しいほどの明かりと営みが見える。


『わあ……こんなに人がいて、にぎやかで……。わたし、こんなの見るの初めてかも?』

「元の世界でもこんな場所はなかったな。ウェイストランドにまだこんなのがあったなんてびっくりだ」

「ここは凄いぞ、お二人さん? 娯楽あり、警備あり、お買い物もできちゃうブルヘッド屈指の住居用ビルだ」


 そして近くに立つ電子的なメッセージは「ここがなんたるか」を教えてくれた。

 その名も『ヴァルハラ』、眠気も吹き飛ぶ明るさが俺たちを待っている。

 外側に見える無数の窓から察するに、そこに様々な人種がいるに違いない。


「……ツーショットさま、ここって安全なの?」


 けれども隣でちょこんと座るニクは少し訝しんでる。

 ここがなんであれラーベ社がいつでも来れる状況なのは変わらない。ましてこんな盛り上がりようなら、刺客が紛れる場所にも恵まれてるはずだ。


「その質問はこうかい、ヴェアヴォルフ? あそこに住んでるやつに寝首をかく奴はいらっしゃいませんか? ってか?」

「ん。人がいっぱいいるから、そう言うのがやりやすいよね?」

「心配ご無用さ。ここはニシズミ社とうちの会社の息がかかってる、そんでもってラーベ社が嫌いな奴らばっかりなのさ」


 しかし現役の社長がこう言うんだから一番マシな場所なのかもしれない。

 ニクはまだ不安そうだが、南のゲストを乗せた車はすんなり駐車場へ入る。

 適当に停車して「さあどうぞ」と送迎が終わるとさっそく降りるものの。


「よう。よくもまあいっぱい連れて来たな、社長殿」


 輝かしいビルを前にしたところ、歓迎しに来たのは武装した男たちだ。

 灰色の制服とアーマーで身なりを統一して、市街戦向けの散弾銃や短機関銃で礼儀正しく装った連中がいる。

 そこに頭上に幾つもある監視カメラだの、あたりに触れ回るドローンの視線込みで隙間なく全員が見張られてるようで。


「いきなり悪いなあ、ぞろぞろおしかけちまって」

「ラーベ社絡みの案件できな臭くなってるところに変な顔ぶれ連れて来たもんだな? ともあれおかえりだデュオ」

「ただいまだ、主任殿。ヴァルハラのみんなは当然元気だよな?」

「あんたが帰ってきたって噂でもちきりだ。会って話してやってくれよ」

「そりゃ帰郷した甲斐があるってもんだな? 今日はお土産がいっぱいだぞ、友よ」

「まさかとは思うがなデュオ、その土産ってのはそこにいらっしゃる擲弾兵だのミュータントだのじゃないよな?」


 しかし、そんなものもデュオの人柄が解してしまった。

 責任者であろう軽い身なりの警備員が気取らないやり取りを始めたからだ。

 二人はたぶん古くから仲良しなんだろうな。周囲も人のいい社長の姿に安心してるみたいだ。


「ちょっと違うかな? でもお前が喜ぶような連中なのは確かさ」


 するとメモリスティックをちらつかせてから、ストレンジャーたる俺に注目を集めさせてきた。

 その後ろにいるメイドやらオーガ、その他ファンタジー住人や運び屋も含んで、主任と言われた男は中々の顔ぶれに踏み込みづらかったようだが。


「これでもうブルヘッドの交易網にちょっかいをかけるやつはいないだろうな? 南の邪魔者をぶちのめしたストレンジャーがいらっしゃるんだ」


 プレッパーズ兼社長がなんだか誇らしげに人の肩を叩いてきた。

 防具のかつんという防御力のある音に目の前の男は少し怪訝にしつつ。


「そいつか? ラーベ社に中指を突き立てた奴は」


 ある程度は事情が通っていそうな言葉を返してきた。

 するとまあデュオは隣で気持ちよくにっこりしてみせて。


「シド・レンジャーズから連絡があったぜ、あいつらが差し向けた傭兵部隊を逆に誰一人残さず片づけたそうだ」

「つまり中指を突き立てられたからやり返してきたってことだな」


 俺も「全員ぶっ殺したぞ」と手で表現しながら続いた。

 それは向こうにとってとてもいいニュースだったんだろう。


「これで南の噂がマジになったわけか。ようこそだ兄弟ども、たった今からここはお前らの安全な寝床だ」


 主任と呼ばれるそいつが「よろしく」と握手を求めてきた。


「そりゃどうも。南からブルヘッドをお騒がせしに来ましたがどうかよろしく」

「よくやってくれたな。俺はこのヴァルハラ・ビルディングの警備部隊のお偉いさん、そしてそこの馬鹿社長の友人、グラムだ」


 なんだったら他の警備員たちもだ。俺はグローブ越しの挨拶を一人ずつ済ませて。


「プレッパーズのメンバー、イチだ。コードはお騒がせしてる『ストレンジャー』、んで肩にいらっしゃるこの短剣が相棒の――」

『こんにちは、ミセリコルデです。コードは『イージス』です。よろしくお願いします、主任サン」


 ちゃんと肩の相棒も誇らしく紹介した。周りは物言う短剣にそれはもう驚いてる。


「そいつが喋る短剣か。人工知能でも積んだ最新の武器か?」

「武器っていうか……精霊か?」

『えっと、だいたいそんな感じだと思います。わけあってこんな姿でして……』

「面白い奴らだ。ウェイストランドを余所者と物言う短剣が旅をしてるって耳にしたんだが、まさかここまで真実味があるなんてな」


 警備員たちは人の装甲服とミコの姿に驚き半分、残り感心といった様子だ。

 もちろんその視線は周囲にいる他の面々にも向けられるのだが。


「ん。こんにちは、『ヴェアヴォルフ』だよ」

「俺様は『ブルートフォース』だぞ、少しの間だが世話になるぞ主任殿」

「プレッパーズの首狩りメイドこと『エクスキューショナー』っすよ、断首が必要なときはうちをお呼びくださいっす」

「私はそんな奴らに付き添うダークエルフのクラウディアだぞ、ところでここって何かうまいものはあるか?」

「クソッタレのヴェガスを捨ててやってきたクリューサだ。面倒な連中だがあまり深く考えるな、医者のアドバイスだぞ」

「皆さまのお母さんこと飢渇の魔女リーリムですわ! よろしくね!」


 個性豊かな顔ぶれ、それもロアベアが抱え始めた生首ごと受け入れる余地もあったらしい。

 「また面白い友人を作りやがって」という表情で『主任』はデュオを見ていた。


「南も変わっちまったんだな、デュオ」

「ああ、これからは壁の外こそが大事なんだ。何を隠そう俺は今日、それを伝えに戻ってきたのもあってさ」

「外がまた豊かになってるってやつだろ? 最近ずっとその話題を聞いてるからな」

「そうそう。んで我が社は南とふか~~~く提携するつもりなのさ、夢があるだろ?」


 デュオことツーショットの楽し気な顔は、やがてフランメリアの方々に向かう。

 吸血鬼以下エルフ&ドワーフまでその腕で幅広く紹介しており。


「それでだ。こっちにいるのはフランメリアってとこから来た、マジモンのファンタジーな連中だ」


 まるでメイン商品とばかりに仰々しく案内した先には、スティングで共にしたあの頼もしい顔ぶれだ。


「…………デュオ、俺の目が間違ってなけりゃここにいるのはハロウィン・パーティー参加者なんだが」

「我は本物の吸血鬼だぞ人間、この力見せてやろうか」

「つくりものではなく本物なんですな、これが。本日は良き憩いの場を設けてありがとうございます、主任殿」

「私たちずっとこれよね、道行く人にコスプレコスプレ言われるせいでなんかもう慣れちゃったわ……」

「本気エルフですよこの人間め。人類は本当に愚か」


 こいつらも「ハロウィン関係者」の疑いに大分慣れたようだ。

 近くにいたハーレーたちもご同類に見られたような気がするが、「一緒にすんじゃねえ」とやんわり断れたまま。


「……じゃあ、このちっちゃい爺さんたちはなんだ? 鉱山でつるはし振るってる本物のドワーフってのか?」


 ちっちゃいおっさんこと、ドワーフの爺様たちを見た。

 この世界らしい身なりになった連中は今日も生き生きとしてる。


「お前さんの言う通りわしらドワーフじゃよ。すっごいのよ」

「そこのドワーフの爺さんたちはこの世界に永住する顔ぶれだぜ、グラム。今日から我が社の技術部門で働くことになった」

「おいおい……ドワーフだって? 何が目当てだ? 指輪か? 宝石か?」

「わしらの武器の犠牲になるクソッタレな連中と、安心な寝床じゃよ。ほれ、これお近づきの印」


 なんならウェイストランドらしい口ぶりにもなった爺さんたちは、滅茶苦茶怪しむ警備員たちに何かを手渡す。

 鞘入りのナイフだ。刀身の青さは記憶が正しければ、魔法壊しの力でどろっどろになった聖剣が近い。


「……待つのだ爺様、それはもしやミスリルか?」


 いやその通りだった。ノルベルトが声を震わせてる。


「み、ミスリルだ……それをお前、どうしてナイフなんかにしたんだ……!?」


 クラウディアもだ。その通りの青いナイフが二本四本八本と次々と出てくる。

 どれだけ貴重なのかはまだ理解できないが、雑にたたき売りされてるようなものだと思う。


「こんなにいっぱいのミスリルが……!? どうしましたのそれ!?」


 とうとうリム様も驚いたところで、ドワーフの爺さんたちはにっこりして。


「いやね、なんか勇者の国の所有物と思しき廃坑がニルソンってとこの近くにあったのよ」

「わしらが調査したんじゃがな、もうとっくの昔に掘り尽くしたであろう鉱山だったんよ」

「でだ、なんかねーかなって掘ったら鉱脈が戻ってたんだぜ。俺たちじゃ使い切れないほどのミスリルだよ」

「そりゃあもういっぱいあってなあ。転移の影響で復活したかって考えてるんじゃが、まあどっちにせよわしらで独占することにした」


 そんなとんでもないものを警備員たちに配り始めた。

 ミスリルの在庫処分セールのごとき有様だ。試しにグラム主任が一振り抜けば。


「――うおっ!? な、なんだこりゃ!?」


 じゅっと炎が湧き出てきた。

 火種もないのにそれだけの火が出てくるのだ。魔法の道具というやつか。

 よく見ると他のナイフも様々な怪奇現象がつきものだ。電気を発する、冷気が湧き出る、魔法的なものがそれぞれ現れてるわけで。


「俺たちがミスリルで作った魔法のナイフだぜ、警備の兄ちゃん。今日のところは黙って家宝にしとけ」


 ドワーフたちは気さくにそれを押し付けると、意気揚々とビルの中へと入っていった。


「……ほんと、お前の言う通り面白いところになってるみたいだな?」


 警備主任たちは変わった品を手に相当嬉しそうだ。


「まだまだこれからさ。それじゃ南からのゲストをご案内といこうか」

「観光案内なんて久しぶりだな。終わったら一杯付き合えよ?」

「もちろんだ兄弟。さあ、今日の皆様の住処へ案内するぜ」


 主任と社長は仲良く肩を組んで、光あふれるビルの中へ案内してくれた。

 開けた入り口からはかなりの規模だ。周囲に銀行やら、コンビニやら、ジムやらカフェまでなんでもある。

 建物の中央の吹き抜けからは広々とした居住空間が見上げられる始末だ。

 これだけの一つの街として機能する言い分がここにあり。


「デュオ社長! お久しぶりです!」

「よお社長、無事にまた会えたな?」

「見ろよ、ブルヘッド名物の戦う社長がいらっしゃるぞ」

「お帰り! 後でみんなで飲まないかい?」


 俺たちが来るなり、いろいろな人たちが駆け寄ってきた。

 道行く店舗からわざわざ店員やらが手を振って来るほどである。


『……デュオさん、人気者なんですね?』


 そんな有様に、ミコは社長の名前を使った。

 その呼び方が嬉しかったんだろうか。デュオはくすぐったさそうにして。


「言ったろ? うちの会社の息がかかってるって? いろいろあって我が家みたいなもんなのさ」


 そう言いつつ、気さくに挨拶をしながら通っていく。

 すると道中、大きな広場が見えてきた。

 そこにモニターが立たされ、あるいは壁に貼り付けられ、人々の好奇心を満たす何かが放送されてるようだ。

 ふと『バロール・カンパニー』が所有権を主張するそれに目がいくわけだが。


「……なあ、あれ」


 俺は気づく。誰もが注目する画面から銃声が聞こえた。

 見知った光景が映されていた。腕章をつけた義勇兵やら、駆け付けたレンジャーやら、そして異世界のやつらが何かと戦う様子だった。

 もしかしてあれは――スティングの戦いか?


「おう、俺からの送り物(・・・)さ。ブルヘッドの皆様の好奇心をくすぐる、あのスティングの戦いを見せてやってるんだ」


 デュオのニヤっとした顔が言う通りだった。

 いつ、どこで、誰が撮影したかは謎だ。

 だが間違いなくスティングのあの様子が嘘偽りもなく流されていた。

 人々の興奮と関心を誘うのは言うまでもないさ。壁の外にある南の様子に、あれやこれやと議論をしながらひどく楽しそうに見ていたのだから。


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