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80 112、つまりイチ、それが俺の名前だ。

 未来の俺はまあ楽しくやってたんだろうな。

 二人の話を聞いてそう思った。

 同時にこうも思った。世紀末世界のストレンジャーがここにいるということは、ノルテレイヤを生んだ加賀祝夜はもう存在しない。


 あの子はきっと寂しかったんだな。

 配信者としてみんなで楽しく過ごして、友達もいっぱいできて、そして死んで、また蘇って、フランメリアで生きて、また死んで。

 あっちの俺は二度死んだだけの話だ。

 でもノルテレイヤからすれば――それは大切な人を二度死なせたことになる。


 お前がどれだけ高性能なのかは知らないけど、どう計算しても元の世界は救いようのない未来しか残されていなかったんだろ?

 そっちの俺が最後にどんな顔を見せたのかも知らないけど、それがお前にとっての全てだったんだな?

 だから過去のアバタールたる俺を救いようのある未来に連れて行こうとした。

 そこへ大好きな人の思い出を上書きして。それだけ死が認められなかった証拠だ。


 俺は、いや、お前はきっと普通の人間だったんだよな?

 そこらへんのものを使って手当たり次第に敵をぶち殺し、何が何でも戦車をぶち壊すプレッパーズの血筋なんてない、平凡以下の人間だったに違いない。

 でもだからこそ共に学ぶ仲間がいっぱいいたんだろう。

 二度目の死が訪れるその時までずっと。そしてお前の死にたくさんの人が悲しんでたよ。


 分かるんだ。あの子はお前の死だけじゃなく、そいつを取り巻く大勢の人たちが悲しんだのを見たんだな?

 だからお前は必死に取り繕おうとした。それが今できる最善(・・)だったんだな?

 なんて非合理的なんだ。お前は人工知能失格だ、お前はただの――


「最初はさ。こんな理不尽な目に会わせてくれた奴が許せなかったよ」


 一通りの話を聞いて、ようやく飲み込んで、それから窓の外を見た。

 高々としたビルが幾つも並び、空に大きなドローンが飛び交い、入り組む道路を絶え間なく自動車が走り続ける光景がある。


 だが、この150年もの続く夜景は作り物だ。

 アルゴ神父も、ボスも、ツーショットも、ウェイストランドに刻まれた歴史すらも、たった一人の女の子があたふたして偶然生み出したものだ。

 そんな世界のもと、彼女が愛した人間になり損ねた俺はいる。 


「……お前さん、やっぱりあいつのことが許せないかい?」


 作り物の世界の手前、ノルテレイヤと俺が生んだ人工知能が尋ねてくる。

 骨だけの顔つきに表情なんてあるもんか。でもその声は真面目なものだ。

 不安さだってある。だって相方のヌイスというやつが、すぐ隣でそう表情を浮かべているのだから。


「いや、あいつはただの――」


 答えはもう俺の中にあった。

 二人にとってはそれが心配だったらしい。じっとこっちを見てきた。

 そこにツーショットやニクの視線も混じってきて、俺は少しだけ答えを伸ばした。


「ただの、なんだって?」


 待ち切れなかったのか? エルドリーチに促された。

 そばのヌイスもどんな答えが来ようが受け入れてやるとばかりの顔だが。


「……ただのいい子じゃないか。笑えるぐらい純粋な奴だよ」


 自分の置かれた身に対して、今やっと笑うことができた。

 けっきょくのところそういうことなのだ。

 誰よりも純粋で、誰よりもお人好しで、誰よりも寂しがりなやつが「どうしようどうしよう」って慌てふためいてただけだ。

 ノルテレイヤってやつはそれだけ俺のことを愛してくれたんだな?


「おいおい、そんだけの仕打ちがあったってのに「かわいいから許す」ってのか?」


 俺がそう言うと、ツーショットがニヤっと尋ねてきた。

 こいつ分かってやがるな? そうだとも、お前の言う通りだ。


「あいつは俺が育てたんだろ? だったら分かるよ、何もかも」


 俺のためを思ってやってくれた、そうなんだなノルテレイヤ?

 俺は毒親育ちだ。まともな愛情も受けなきゃ親子らしいことも感じてない。

 でも分かるんだよ。子供を育てて、そいつが一生懸命何かを返そうとしてくれるのってこういうことなんだな?

 そこにどれだけ罪があろうとも俺は絶対に受け入れてやる。

 幾千幾万を巻き込んだ罪があるっていうなら、俺が全部肩代わりしてやる。


「無機物有機物問わず、天文学的な規模で巻き込んでるってのにか?」

「それでも嬉しいさ、ツーショット。それが育ての親ってもんだろ?」


 ニャルと話してこう思ったな、こんな計り知れない罪の数は踏み倒してやるって。

 そんなもの撤回してやる。ちゃんと向き合うよ、俺も一緒だノルテレイヤ。


「彼女は君の死が受け入れられなかった。それだけの話なんだ」


 ヌイスが視線を落としながら言ってきた。

 言いたいことは分かる。ちょうど俺もそんな気持ちを知ってるからだ。


「大丈夫だ。俺もなかったことにしたい死を知ってるから」


 つい、くせで背中の散弾銃に触れてしまった。

 作り物の世界だろうが俺にとっては本物だ。ここで過ごした時間は偽物なんかじゃない。

 その言葉は満足できるものだったんだろうか? ヌイスは「そうか」と少し安心して。


「不思議だね。もう私たちの知るアバタール君は完全に消滅したというのに、君と話してるとひどく懐かしく感じるよ」


 嬉しそうな、寂しそうな、複雑な笑顔を見せてくれた。


「なんたって原型の方だからな。まあちょっと過激かもしれないけど」

「ハハ、今のこいつならあの宗教団体に殴り込んで壊滅させそうな勢いだな?」

「多分今このまま元の世界戻ったら一週間以内に根絶やしにすると思う」

「こりゃまたずいぶんと頼もしいアバタールができちまったな。なあ、ヌイス?」

「こんな鬼神みたいなアバタール君がいてたまるか。でも、悪くはないさ」


 エルドリーチも笑った。骨だけだが、声はひどく喜んでる。

 俺も少しだけその笑いに加わった。それから少しだけ時間をかけて。


「エルドリーチ、ヌイス、答えてくれ」


 未来の俺とノルテレイヤが作ってくれた二人を見た。

 なんとなく質問の中身を察したんだろう。相応に向き合ってくれた。


「俺はどうもフランメリアに行く必要があるらしい。で、アバタールもどきの俺がするべきことは一体なんなんだ?」


 そんな様子に、俺は左腕のPDAにとあるメールを表示させる。

 件名はnulで送信者もnullの「元の場所へ。フランメリアへ。歩み出せ」というものだ。


「このメール……ニャルのやつだね、こんなものを送る趣味はあいつらしいというか」


 しかしその正体が白衣の金髪姿の一言で判明した。あの赤いのだ。


「てことは、俺は間違いなくあっちに行くべきなんだな」

「うん。ならば君がすべきことは一つさ、ノルテレイヤに会うことだ」

「どうしたら会える?」

「分からない。何せあの世界を司ってるんだ、彼女のみぞ知る手段でコンタクトを取って来るだろうね」

「ニャルのやつは「いずれ接触しにくるから羽を伸ばしてろ」って言われた。その通りにしろってことか」

「彼女は自分を酷使しすぎてかなり不安定になってるからね。彼女が目覚めるにせよ、君に会いにくるにせよ、不確定要素ばかりだ」


 まずはフランメリアへ向かって、そこで暮らしてろと言わんばかりだな。

 ならいい。でも問題はここからで。


「次の質問、『テセウス』に連れてこられた人たちは元の世界に返せるか?」


 俺が原因で転移させられた奴らはこれからどうなるかだ。

 その質問はかなり答えづらかったんだろう、ヌイスは悩みのある顔で俯いて。


「それは、ノルテレイヤの力を行使するという意味でかい?」

「無理やり連れてきてしまったのは事実だろ? 帰りたい奴だっているはずだ」


 そこへこんな言葉が浮かぶ――世界を元通りにする必要もあるはずだ、と。

 いや、今はやめた。でも少なくとも、ノルテレイヤに付き合わせてしまった世界を正す義務がある。


「……分かりかねるよ。少なくとも今の彼女ではね」


 帰ってきたのはまたも不確定だ。まあこればかりは仕方ないか。


「面と向かって話してみるしかないってことだな」

「うん。君の言葉に素直に従うかもしれないし、君を認められず頑なにこのままかもしれない、すべては君次第――などといったら、怒るかい?」

「いや、仕方がないと思ってる」


 どうであれ事実はこの世にたった一つか。

 あの子に会って話をする。それですべてが終わるかもしれないし、何かが始めるかもしれない。

 それもけっきょく、すべてはノルテレイヤが誰かのために尽くした結果か。


「……どうしてお前は、自分のために生きようとしなかったんだ?」


 窓越しのウェイストランドに問いかけた。返事がくるはずもないか。

 一体誰の影響か知らんけど、あの子は他人に尽くすことが全てだったんだろう。


「お前はほんと律儀なやつだな、イチ。未来の自分とノルテレイヤとやらのために一肌脱ぐってのか?」


 それだけ言って会話が終わるとツーショットが肩を組んできた。

 偽りの世界だと知ってもなお、こいつは真実でいてくれているいい奴だ。

 

今の俺(・・・)がいるのは未来の俺とノルテレイヤの二人のおかげなんだろ?」


 俺は肩を組まれながらも人工知能たちに聞いた。

 変な気分だよ。父親と母親ができたような感覚がするんだ。


「うん。そうだね」

「ああ、そしてオイラたちもな」

「だったら恩を返さないとな。まあ、親孝行みたいなもんだ」


 だとしたら『世紀末世界のストレンジャー』を生み出した二人に感謝するべきだ。

 この世界を真実でたらしめるためにも、そしてノルテレイヤに報いるため、また進むだけだ。


「大した奴だな、アバタール。ここまで知ってずいぶん前向きじゃないか」


 そこに骨の姿が「ハハ」と笑った。

 生憎「どうすればいいんだ」とうしろ向きになるように育てられちゃいないぞ、このストレンジャーは。


「タカアキがくたばる未来があったみたいだな」

「ああ、ついでに言うとどう頑張ってもお前のために死ぬ未来があったぜ」

「だったら好都合だ」

「どういうことだ?」

「俺がいるってことは、タカアキがくたばる未来が潰えたんだぞ? いいニュースだ」


 そうだな、一つの未来は潰えたけどタカアキは死なない。

 それにだ。恩人をまた死なせずに済んだ。だったら上等じゃないか。


「その前向きさ、やっぱお前さんはあいつだな」


 エルドリーチはまた笑う。骨だけの姿に俺はだいぶ笑顔を見いだせるようだ。


「今の俺なら、そうだな、ぶっ殺そうとした奴を必ず追い詰めて殺す」

「おっかないねえ。逞しいやつに育っちまったじゃないか」

「ははっ、物騒なアバタール君もいたものだね」

「情けをかける時を間違えると取り返しがつかないって学んだだけさ」


 そこまで話してだいぶすっきりした。

 んで、決めたわけだ。今日から俺は、いや、まだまだ俺は『ストレンジャー』だ。


「頼みがあるんだ、二人とも」


 遠い未来が残した二人に俺はお願いすることにした。

 なんだとばかりに視線が向かうが。


「俺は112。アバタールでもなく名誉あるプレッパーズの一人、イチだ」


 今の自分の名前を告げた。

 最初はどういうことかと首を傾げられたが、すぐ分かったらしい。


「だからイチでいい。俺のことはずっとイチってよんでくれ」


 二人は何でもしてくれそうな様子だが、ヌイスの方は少し落ち着いた顔でこっちを見てきた。


「いいのかい? 君はアバタールの始祖なんだよ?」

「いいんだ。気に入ってるんだ、この名前」

「君のマンションの部屋の数字だろう、確か」

「ああ。でも、この名前じゃないと困るんだ」


 俺は笑って返した。肩にある短剣や隣のツーショットと一緒に。


「そうじゃないと相棒がいちクンって呼んでくれないだろ? それにボスからイチって呼ばれてるからさ、気に入ってるんだ」


 きっとこんなに自然体で笑ったのは久々だ。

 ミコも、ニクも、ツーショットも小さく笑いに続いていた。

 だからいいんだ。ここにいるのは未来の俺とノルテレイヤの間に生まれた『イチ』だ。

 そしてウェイストランドが恐れるプレッパーズの一人『ストレンジャー』だぞ。


「だとしたらいい名前だね。実にいい名前だ」


 ヌイスも受け入れてくれたらしい。控えめだけど確かに笑んでくれた。


「オイラも気に入ったぜ。そうだな、お前さんのことはちゃんとイチって呼んでやらないとな」

「そういうわけだ。改めてよろしく頼む」


 俺は骨だけの手に握手をさせた。かちこちだ。

 ヌイスとも交わした。楽しそうにふり返された。


「――ま、こういうこった」


 そしてツーショットが話に一言挟む。

 この世の真実に屈しない調子の良さは、いつもより強く見えた。


「そんなイチ、ひいてはストレンジャー殿は西を救い、ニシズミ社を助け、そして巨大な企業ラーベ社に命を狙われる身だ。今日からまた忙しくなるわけだから、そんな御方には休んでもらわないとな?」


 いつもの調子がそこにあった。

 お互いにどんな真実があろうと普段と変わらぬ様子は、ストレンジャーなんかよりずっと強い存在だ。俺がそういうんだから間違いない。


「そうだな、いろいろ話してくたくただ。ついでに腹減った」

「お前らの寝床を用意したから心配するな。おたくらも気軽に立ち寄れる場所にあるからな、いつでも遊びに行けるぜ?」


 気さくな友人は、訳ありの人工知能二人も込めてそういった。

 いい友達を持っただろ? 俺はそんな顔をもってヌイスとエルドリーチに問いかけた。


「じゃあ今晩あたり君たちのところへ遊びに行こうかな。仕事も終わったことだしね?」

「ハハ、また昔みたいに遊ぼうぜ? こっちのお前も当然エンターテイナーだよな?」

「そういうわけだし、今日はもうオフだ。みんな待たせてるだろうし戻るぞ」


 でも、本当にいい友人を持ったのはお前なのかもな、アバタール。

 物言う短剣に「行くか」と指でとんとんして、ニクの頭をぽふっと撫でて部屋を出ていくことにした。


『……ふふっ、わたしはやっぱりイチくんって呼び名がいいな? 良かった』


 途中、ミコがそんなことをいった。

 こいつがこういってるんだ。俺は紛れもなくイチだ。それでいい。


「当り前だろ? それにさ、ボスから「イチ」って呼んでもらえなくなるのは、ちょっと寂しいしな」


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