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76 バロール・カンパニー

「きっと驚くだって? もう既にいろいろ驚いてるところだけどな……」


 この車列が向かう先から地上の様子へ移る。

 確かに現代的な様子があるが、それは必ずしも忠実なものじゃない。

 街のあちこちには目立つほどにゴミが乱雑に捨てられ、銃を携えた警備員の青黒い姿が路地裏までを念入りに練り歩いてる。


「ははっ、ストレンジャー君にはこんな都会は初めてか?」


 外を眺めてると、助手席から軽く笑いがきた。

 俺からすれば元の世界の方がどれだけ平和だったのかを痛感してるぐらいだが。

 上空にドローンがたくさん飛び交って、ゴミの不法投棄を厳罰化して、武器持参でうろつく姿がなければもう少し故郷に近いと思う。


「いや、むしろ故郷を思い出してるところだ」

「なんだ、お気に召さなかったか?」

「そういう意味じゃない、ただ少し懐かしい気分に浸ってるようなもんだ。ちょっとゴミの量が目立つけどな」

『わたしたちのいたところって、少なくともこっちよりも綺麗だったよね。動画でしか見たことないけど……』

「俺のいた札幌じゃ路上にゴミなんて捨てたらドローンに捕まって即罰金だからな。それから銃を持ったやつが必要になるほど世の中終わってなかった気がする」

「心配すんなお二人さん。外の世界よりはずっと安全さ、ちょっと変なやつが多いが慣れちまえば天国だよ」


 でもなんであれ、間違いなく文明的な姿だ。

 いたるところにあるモニターが人々の気を引き、頭上の電子公告が『君には我々が必要だ!』と指さす武装した男どもの姿で意欲を煽り、空で大きなドローンが地上に銃を向ける。

 行き交う車も様々で、武装した装甲車両から傷一つないスポーツカーまでが戦前の交通法のもと道路に織り交じる。

 とても故郷に重ねられる部分はないが、世紀末世界から切り離された人類がここにあった。


「……ん、人がいっぱい。すごく賑やか……」

「ああ、この世界にまだこんな場所があるなんて思わなかったな」


 ニクはこういうのを見るのが初めてなんだろうか?

 尻尾をゆるくぱたぱたさせて、窓際でじっと外を眺めていた。

 何を見てるのかとブルヘッド観察にご一緒しようとするが。


「で、こうしてお前とまた会っちまったわけだが……とんでもない依頼人やら街の様子やらに驚いたかと思えば、今度は隣の兄ちゃんに「よお、乗せてくれ」だ。おかげで俺たちみんなタダでブルヘッドに入れちまったぞ、どうかしてるぜこの頃は」


 ツーショットの言うままに車を運ぶハーレーが声をかけてきた。

 ドレッドヘアの後ろ姿は驚き疲れてるように見える。一体何を目の当たりにしたのやら。


「ちょっと前に別れたばかりなのに久しぶりだな。お仕事はどうだった?」

「お前らの善意が足りないせいで一生頭から離れそうにない思い出ができちまったよ」

「何があったんだ。レプティリアンフェチのおっさんか?」

「畜生、お前がせめて一言でも忠告してくれりゃあんな目になならなかったんだ。おかげでレプティリアンをメイドに召したド変態野郎が頑張ってる現場に居合わせたんだぞ?」


 話を聞くとどうもガレットのおっさんの愛の営みが第一印象になったらしい。

 気の毒に。しかしツーショットは面白がってくすくすしていて。


「あのおっさん毎日頑張ってやがるからな? ブラックガンズと契約して、酒造のビジネスを大々的に始めたんだ。おかげでスティングが早速潤ってやがるぜ」

「俺が見たのは飯食う前に目にかかりたくない方の努力の現場だ。あの野郎、俺たちと取引の話してる最中だってレプティリアン・メイドと触れ合ってんだぞ?」


 どうもその口ぶりから察するに、ハーレーもあの人の無限の可能性を垣間見たのか。

 最後に見た時よりなおのことお盛んみたいだ。何がとは言うつもりはないが。


「良かったなミコ、俺のおかげで被害者がいっぱい増えたみたいだ」

『ガレットさん、もう手の付けられない変態さんになってるよ……』

「もしかしてだがあれもお前のせいだとか言わねえよな、ストレンジャー」

「残念だったなハーレーの旦那、二人の愛を結んでくれたのはそいつだし、あんたの取引先を作ってくれたのも新しい車にありつけたのも同様だ。今のうちに感謝しとけよ」

「ふざけやがって。あの女王様といいあのド変態野郎といい、お前らの知り合いは変人しかいねえのか?」


 運び屋たちが相当気が滅入るほどの思い出ができたことからして、さぞ心に残る邂逅を果たしたに違いない。

 『心中お察しします……』というミコの声が挟まると、運転手は背を向けたまま。


「それにあのスティングの有様はなんだ? ファンタジーな連中がうじゃうじゃいやがったし、郊外にはライヒランドの残した戦車の残骸がクソほど積まれてやがったんだぞ? ここ一週間は信じられない光景をずっと目にして俺たちも死ぬほど疲れちまったよ」


 向こうで何を目の当たりにしたのかをうんざり話してくれた。

 大丈夫だハーレー、非常識すぎると思うがしぶとく生きてりゃそのうち慣れる。

 

「スティングで一週間ぐらい過ごせば慣れるぞ」

「無茶言いやがって、あんなミュータントだらけの場所気が休まらねえよ」

「ミュータントじゃないから大丈夫。あ、そういえば女王様はどうした?」

「スティングに届けたらトラブル起こしやがったぞあいつ」

「トラブル? 何かあったのか?」

『女王サマが……? どうしたんだろう?」

「軍人姿の豚のミュータントがいたんだがな、そいつにいきなり棒で襲い掛かって大騒ぎだ」


 そういえば女王様どうしたんだろう、と気にかけたらとんでもないことになっていた。

 話の内容はたぶんチャールトン少佐だ。きっとあの人のことだ、再開がてらちょっと勝負しようぜと力づくのご挨拶をしたに違いない。


「チャールトン少佐と再会したのかあの人」

『なんでいきなり襲い掛かってるの!?』

「あいつとも知り合いだってのか。とにかくその豚のミュータントを打ち負かして、駆け付けたホームガードの連中も全員ノックアウトしちまったんだよ」

「あの姉ちゃんすごかったよなあ、棒一本でチャールトン少佐に「まいった」って言わせたんだぜ?」


 ……何やってんだあの女王様。

 お疲れのハーレーと楽し気に話すツーショットを見て大体察した。間違いなく再会記念に喧嘩ふっかけたなあの紅茶女。


「良かったなミコ、あの紅茶テロリストは友人と無事に再会したみたいだぞ」

『チャールトンさんに勝っちゃったんだ女王サマ……!? っていうか、なんで戦っちゃうのあの人たち!?』

「一緒に街の中に入った途端におっ始めたところに巻き込まれた俺たちの気持ちを考えてみろよ、危うく自警団の連中に両手の自由をしばらく奪われるところだったんだぜ?」


 まあこれで分かった、スティングも、今まで会った人たちもみんな元気でしぶといんだな?

 相変わらず南は情報量の多い魔境のようだが、おかげで悪い知らせが入り込む余地もないそうだ。


「ちなみに西の各コミュニティは復興支援のため、人員の一部を留めさせてるところだ。で、プレッパーズの二番目ことこのツーショットは休暇をもらって故郷に帰りましたとさ。志願者を連れ運び屋にチップに払ってこうして運んでもらってるわけだ」


 そして助手席のあいつは、仕事を終えたハーレーにここまで運んでもらうように頼んだらしい。

 その結果こうしてぞろぞろやってきた連中と顔を合わせたわけか。


「色々あったみたいだな、ほんとに」

「今もこれからもさ。例えばそこにある本社みたいにな?」


 ツーショットがそういうと車が止まった。

 気が付くと目的地に着いたそうだ。

 横を向けばちょうど、先ほど視界にあった高層ビルの一つがその高さを見せつけてるところだった。


「ようこそバロール・カンパニーへ。さあ、ついてきてくれよ」

「これで俺たちの仕事は終わりか?」

「もうちょっと付き合ってくれ。外回りに駐車場からあるから、そこに停めて入って来いよ」

「付き合えって何にだよ? まあ、金払いの理由だっていうなら仕方ねえが」


 一体その企業とやらとどういう関係なのかはわからないが、ツーショットはいい足取りで外に出ていく。

 俺たちも出た。後ろの車列からもいつもの面子やフランメリアの連中がぞろぞろ降りてきて。


「――よお! 戻ったぞ!」


 それからあいつは変わらぬ足並みで、調子の良い声をビルの入り口の方へと向けた。

 そこには汚れ一つない警備服の男たちが突撃銃を手にがっしりと構えていたが、そんな姿が見えれば。


「デュオ!? あんた帰ってきたのか!?」

「デュオさん! いつに間に戻ってきたんですか!?」

「いやあ、いいタイミングだから戻って来ちまったよ。ほらこれお土産だ、お勤めご苦労さん」


 意外なことに、警備員たちはすぐに態度を柔らかくした。

 それどころかいきなり手渡されるフランメリアな感じの品々にかなり嬉しそうで、その表情はそのままこっちに向けられて。


「噂のストレンジャーやフランメリア人たちを連れて来たぞ。すげえだろ?」


 ツーショットの笑顔がそう俺たちを促すと、警備員たちは関心した様子だ。


「ようこそストレンジャー、歓迎するよ」

「こちらへどうぞ。そのままお進みください」


 偉く歓迎された様子で中に案内されてしまった。

 どういうことなんだろうか。ミコと思い悩むも、考える間もなくビルの中へと連れていかれた。



 そこは本当に企業という感じだ。

 中に武器を持った警備員が普通にうろついていると点を除けば、何かしらの働きを社会に向けてる普通の会社だ。

 壁のモニターにはいろいろな映像や報告が常に流され、ロビーでは受付が業務的に振舞い、一体何の業績があるのかはともかくそれなりの企業だということは分かる。


「見てくれと言い中身と言い、今まで見たことのない建物だぞ。これが150年前の有様なのか?」

「お~、近代的っすねえ。あっちの世界よりこういう見てくれの方がうちは好きっす」


 そしてオーガと首のあるメイドが入る余地もありそうだ。

 いきなりの来客、それもバケモンだらけの面々が押しかけても誰一人怪訝な顔もなく。


「――ああデュオさん、お帰りなさい。お元気そうですね」


 そこらを歩くスーツ姿が気さくに挨拶をしてきた。

 俺たちに対して嫌な顔一つせず、むしろ好ましそうな笑顔を向けていて。


「よおただいま、ストレンジャーを連れて来たぜ」

「あらデュオ、お帰り。いっぱい友達を連れてきたみたいね?」

「お土産もな。あとで全員にくれてやるぜ」

「土産話は別にいいわよ? ようこそ皆さま、あなたたちを歓迎します」

「そういうなよ、まあいろいろ話したいことがあるんだ」


 大きく広く構えられたロビーを仕切る受付嬢ですら、愛嬌をこちらにも見せるほどだ。

 一体どうなってるのやら。全員で理由を考えるもエレベーターに黙って連れてこられた。

 幾つもあるそれで向かうはビルのはるか上だ。案内を見る限りは社長権限が籠った階層までたどり着くが。



「おお……なんなんのだこれは、新手の魔道具か? 足元が浮かぶようだぞ」

「すごいぞ! 今まで見たことのない作りの建物だ、これはドワーフの爺様たちが喜びそうだな!」

「エレベーターは初めてかい? 向こうの世界にこういうのってないのか?」

「……なんだかずいぶんフレンドリーだな、どうしてなんだ?」


 やっと話せる空気になって、オーガ込みの狭苦しいエレベーター内で尋ねる。

 文明的なもののひとつであるそこでフランメリアな奴らに紛れつつ、クラウディアの騒ぐ隣でツーショットはいつもの顔のまま。


「理由はいたってシンプルだ。社長がお前らを気に入ってるからさ」


 昇っていく階層をずっと見ていた。

 待ち遠しそうだ。それから少し黙って浮遊感が止まると、開いたドアを抜けていく。

 かなり綺麗な通路だ。ビルの見てくれに相応しい清潔感と広さが立派な一企業であることを証明してるものの。


「さて、ちょっとストレンジャーズはこっちに来てくれないか? 他のゲストの方々はあっちでくつろいでてくれ、酒もあるからご自由に」


 そんな中、ツーショットは少し慌ただしそうにこっちをご指名した。

 他の連中はたっぷりくつろげそうなほどにソファから娯楽まで充実した途中の休憩所まで「そこでまってくれ」と促したようで。


「なるほど、いったいどういう訳かご本人が俺たちに会いたがってると」


 その理由はすぐ分かった。

 どう見てもこんな場所の重鎮が腰を落ち着かせるような部屋が堂々と構えてあったからだ。


『……ここって、社長室かな』

「おう、そういうわけでお邪魔しますよっと」


 しかし、ミコの言葉に特に迷うことなく、むしろ焦ったようにアイツは手をかけた。

 ノックもせず我が家同然に開けばずかずか押し入ったのだ。

 遠慮ない振る舞いにおいおい、それでいいのか、なんて思ったが。


「おや、やっときたか。今年もまたいっぱい友達を作ったな、デュオ」


 そこはいくつか大きなモニターが並び、大人しめのインテリアがそれらしく振舞う社長室だ。

 大げさなほどの机がそう証明してるからだ。外に見える窓からは夜のブルヘッド・シティが見えて、その手前で白髪交じりの男が座っている。

 どう見ても社長だ。ツーショットそっくりの調子のよさそうな顔が俺たちに嬉しそうにしており。


「ただいま親父、じゃあ久々に交代だ。いいよな?」

「はっはっは、やっとか。おかえり社長、退屈で尻が痛くなってしまったよ」

「その呼び方はやめろよ、実の父親から言われたくない言葉の一つだぜ」

「ずっと退屈させた罰だ。さあ、ちゃんとお前の席は守っておいたからな」


 そんな男は立ち上がって、すたすたとこっちにやってきた。

 それどころか入れ替わりでツーショットが机に向かっていき、すれ違う二人は悪戯心のある顔でハイタッチをすると。


「――ってことでようこそ、バロールカンパニーへ。改めまして俺はこの会社のボス、その名も『デュオ社長』だ、よろしく」


 どすんと光沢のある椅子にあいつは座った。

 それでこういうのだ、「いらっしゃいストレンジャー、俺がここの社長だ」と。


「…………は? お前が? 企業ぐるみの冗談かなんかか?」

『…………え? 社長?』

「……ツーショットさまが社長?」

「どういうことなのだツーショット殿、ここの長はそちらの御方ではないのか?」

「じゃあプレッパーズのメンバーと一企業の社長を兼業してたんすか~?」

「そうか、お前もお忍びでウェイストランドに来ていたんだな。そういう人種はフランメリアじゃよくあることだぞ」

「なんの冗談だ、お前が北の企業の一つを司っているだと? さすがに嘘だろう?」

「ツーちゃんお偉いさんだったんですのね! どおりで顔が広いわけですわ!」


 何の冗談なんだろう。こいつが社長だって?

 他の面々も「嘘だろ」みたいに疑わしい様子になってしまった。

 しかしご本人はによっと楽しそうに笑っていて、なんなら。


「よく来てくれたな、ストレンジャー。私はこいつの親父で影武者さ、我が社は君たちを歓迎しよう」

「悪いなイチ、実はこういうことなのさ。びっくりしただろ?」


 社長と思しきその男は、代わりに親し気に握手を求めてきた。

 そいつの代わりに腰を落ち着かせたツーショットは、一体どうしてかそれなりの風格が漂っていた。


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