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25 どこへゆくか?


「ようこそ我が家へ」


 帰還した。袋に詰めれるだけ詰めてどうにか持ち帰った。

 シェルターは相変わらず薄暗いが、いまは喋る短剣がいる


『わっ……地下室なんてあったんだ』

「ああ、俺のリスポーン地点だ」


 俺は拝借した物資をコンクリートの上にごろごろぶちまけた。

 食料に弾薬に『製作』に使えそうな道具、そしてあいつらの地図もある。

 前に比べたらどれだけ豊かに感じることか。


『ねえ、これからどうするの?』

「そうだな……まずは昼飯だ、ちょっと遅いけど」


 そんなわけで――転がした缶詰の中から適当に一つ選んだ。

 大きめの缶詰を掴んだ、ラベルには『チーズバーガー』とある。


『……それって、いつの缶詰なのかな?』

「ああ、聞いて驚くなよ。百五十年前らしい」

『ひゃくごじゅ……えっ!? た、食べられるの……?』

「どういうわけかここじゃ賞味期限がないみたいだ。味も意外と悪くな――」


 フタを引っ張って開けると、茶色いしわくちゃの塊が飛び出てきた。


『……ね、粘土……?』

「……まあ、見た目に関しては改善点が山ほどあるな」


 開封したら、ちゃんとそれっぽい匂いはしたのは言うまでもない。

 ひっくり返して手の上に落とすと中身が出てきた。

 今にも死にそうな面構えのチーズーバーガーが。 


『……なんかすごいのが出てきたよ……?』

「……わーお」


 ノイローゼになったファストフードの店員が過労死一歩手前のところで作ったらこんな風になると思う。

 食欲をそそられるような見た目じゃないのは確かだ。


『た、食べちゃうの? 変なのたべちゃだめだよ? おなか壊しちゃうよ……?』

「食べてみないと分からないだろ? なに、賞味期限無限だから大丈夫だ」


 冷たいハンバーガーもどきにかぶりついた。

 ……ぼっそぼそだ。そのくせ妙に硬くて噛むと口から破片がこぼれる。

 ちゃんと具はあるようで、良く噛めばかろうじてハンバーガーを感じた。

 玉ねぎ、パティ、やけに多いピクルス、あとなんかねばっとした物体、これらがなんとか一つにまとまっている。


『……ねえ、大丈夫? 顔色わるいよ……?』


 匂いは間違いなくそれだ、ただ味が薄いし、すっごいねばつく。

 まずいわけじゃない、ただ、飲み込めないだけだ。

 ぼそぼそしたアポカリプスハンバーガーを精神力で飲み込んで、


「……なんかすっっっごい」


 語彙力(ごいりょく)と水分を失ったままの食レポを伝えた。たぶん彼女には俺の感じたまずさが伝わってるはずだ。


『ほんとに食べちゃった……』

「ここにきてからずっとこういう食事だ。今朝はドッグフードだったぞ」


 こんな食生活をタカアキのやつが知ったらなんていわれるんだろうか。


『……わたしだったら耐えられないよ』


 軽く笑い飛ばすつもりが、喋る短剣からシリアスな声が聞こえた。

 おかげで引き戻されてしまった。この世界に慣れ過ぎたんだろうか、俺は。


「なあ、こうなる前……」


 ミセリコルデを掴んだ。ついでに適当な布と水筒も引っ張り出した。


「親友がよく中華料理を作って、俺のところに持ってきてくれたんだ。夜になるといつも食わせにくるもんだからぶっちゃけ食べ飽きてたけど――」


 ここにはいつも話しかけてくれた人間はいない。

 布に蒸留した水をかけて、今この場で唯一の話し相手に近づけた。


「……もっと感謝して味わうべきだったな、どんな味だったかもう覚えてない」


 濡らした布でナイフを磨いた。

 なかなか取れないし、あっという間に布が赤く染まってく。

 取り換えて次へ、また次へ、繰り返すときゅっきゅっといい音がしてきた。


『……どんな人か分からないけど、いいお友達なんだね』

「ああ、いいやつだよ。ほんとうに」


 もう自分の舌にはあの料理の味は残っていない。

 短剣がきれいになってきた。


「あいつも……あっちの世界にいるのかな」


 刀身の汚れがすっかり取れた、おとなしい銀色だ。


「よし、きれいになったぞ」 


 一仕事終えた、汚れた布と空き缶を【分解】した。

 思えば親友は今頃どうしてるんだろうか。きっとMGOの世界にいるんだろうが、あいつなら大丈夫かもしれない。


『……ふふっ。ありがとう、いちサン』


 ミセリコルデはくすくす笑ってる。

 きれいになってうれしいのか分からないが、笑う短剣ってのも妙だ。


「ずいぶん嬉しそうだな」

『……うん、それもあるけど……ちょっと意外だなって』


 血なまぐさくなくなった短剣を見ていると柔らかい声でいわれた。

 そういえば女性とこうして長く話すのは初めてかもしれない。刃物だが。


「意外? 何がだ?」

『えっ、えーと……ご、ごめんね? ちょっと言えないかも……』

「ここだけの話だ、遠慮しないで言ってみろよ」

『お……怒らないでね? 本当に言うからね?』

「がんばるから勇気を出してみてくれ」

『……か、顔が怖いから心配だったけど、優しい人だったんだなーって』

「…………」


 油断していたところに久々の言葉がヒットした。短剣にすら顔怖いとか言われた。

 アイツに言われるならともかく女性に言われると傷つくなこれ。


『きっ気にしてたらごめんね……?』


 そして謝られてしまった、別にいいよ遠慮するなっていったの俺だし……。

 たぶん今の自分は物悲しいか、あきらめ悟ったような表情を浮かべてる。


「いや、親友にさんざんいわれてるから慣れてる。めでたいことに女性に直接言われたのは今日が初めてだけどな」

『……やっぱり気にしてるよね?』

「何事にも初めてはあるだろ。次は耐えてやるからまたいつでも言ってくれ」

『も、もういわないよー……?』


 それなりに楽しい会話になってしまった。

 タカアキ以外とあんまり話すことがなかったせいか、それともこんな状況のせいか、とても新鮮だ。


「でだ……ミセリコルデ」


 俺は地図を拾った。

 広げてみるとこの荒れ果てた地(ウェイストランド)の形が書かれていた。

 これはキャンプにあったもので、赤い印などでチェックが何個も入れてあった。

 見る限りあいつらの本拠地ははるか南にある。随分と長旅をしてきたみたいだ。


「これからどうするかについて話しておきたい」


 地図には南からハーバー・シェルターへ進んでいく道筋が記されていた。

 ひたすら北上するわけじゃなく、東側を避けて南西から来たように感じる。援軍と思しきものも同じルートで来るそうだ。


 ここから北西にあるヴェガスという場所は『同盟予定につき干渉するな』とある。

 北もだめだ、何なのかは分からないが同盟勢力がいると書き込まれてる。

 西へ進んでも山々しかない、それどころかアルテリーの手がかかってた。


『うん、それでどうするの?』

「決めた。俺は――」


 あいつらは必ずやってくるし、ここに居座ったってなにも変わりやしない。

 かといってこの荒野や山を適切に進むためのスキルなんて手元にはない。

 でも、それでもだ、止まった人間にチャンスなど訪れはしないのだ。


「南東に向かう。そのためには……まず南だ」


 地図の南東――大きな川の跡の続く東側の世界に指を置いた。

 ここからずっと南には『サーチタウン』と『ガーデン』という街があるようだ。

 アイツらの拠点の方角へ近づくことになるが、ここには大きなバツ印がある。

 つまり……あのカルトどもが何かの理由で避けている可能性が高い。


『……そういえば、だけど』


 するとミセリコルデが口を開いた、いや口はないけど。


『あの人たち……南と東は避けろっていってた気がするよ』

「おい、マジか? あいつらが避けてるって?」

『たしか、あそこは手が付けられないから無視するとか……』


 こいつがいて良かったと思った。そうとなれば話は早い。

 そこが果たして俺にとって安全なのかは分からないが、敵の敵は味方だ。


「オーケー決まりだ。明後日になったら出発する、準備するぞ」

『うん、わかった。わたしも何かお手伝い……したいけどできないや……』

「じゃあ話し相手にでもなってくれ、最近の愚痴を聞いてくれるだけでもいいぞ」

『あ、あんまり過激な話はしてほしくないなー……』


 よし、そうと決まれば旅の準備だ。

 かき集めた物資と対面して、いよいよこの街を出る決意をした。


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