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はじまりは怪文書テロ【挿絵追加】

 しばらく歩くとマンションにたどり着いた。

 いつものエレベーターで上ると我が家の『112号室』に到着。


「ただいま」


 しかしなんだろう、部屋いっぱいにおいしそうな匂いが漂っている。

 ジャケットを脱ぎながら香りの発生源を辿ってみると。


「……なんだこりゃ」


 テーブルの上に紙箱のようなものとメモが置いてあった。

 一昔前に作られた映画で見たような、中華料理が入っている白いアレだ。

 

【今夜は俺と一緒にネトゲ漬けだぜ! タカアキより。今夜は寝かせないぞ♡】


 添えられた紙には綺麗とは言い難い文字でそう書かれていた。

 丁重に折りたたんで、この世に存在していなかったことにした。


 よくわかった、これを置いたのはこのマンションの管理人兼友人のアイツだ。

 というかいつも勝手に料理を置いていくやつなんてこの世に一人しかいない。


「……料理を作ってくれたサイコパス野郎と、百年ぐらい前にテイクアウト容器を作ってくれた人に感謝の気持ちを。いただきます」


 怪文章はともかく紙箱を開けた。

 すっかり見慣れた海鮮焼きそばと麻婆豆腐(まーぼーどうふ)の姿が見える。


「なんでこんな馬鹿みたいにかけてるんだよアイツ……」


 少しかっ込んで、もぐもぐしながら紙箱を抱えて自室へ移動した。

 入るなり隅っこにあるPCに近づいて。


「ただいま。フロスト、起動してくれ」


 電源のついてないマルチディスプレイに向かってそう伝えた。

 すると一瞬で『おかえりなさい』と表示されて、いつもの画面が表示された。


「ついでにヴィスコードとボイスチャットもスタート。新着メッセージ通知は全部既読にしておいてくれ」

『おっそーい! んもー、なにしてたのー!』


 腰を掛けるとさっそく食欲が失せるようなねっとりした声が飛んできた。

 名前は本村高明、いつも飯作ってくれる頭のネジがちょっと外れた幼馴染である。


『ジンジャーエールの補充だ。あとキモい声出すな、怪文章送るな』

『怪文書はトッピングみたいなもんだ』

『あれは食品衛生法に引っ掛かるからやめとけ。それからまたお祈りメール来てたぞ』

『またかよ。この前も惨敗してたよな。お疲れさん』


 画面の中でニュースアプリが人工知能(AI)に関する話題を拾ったようだ。

 ボックスにスプーンを突っ込みながら開いた。

 

『今日もうまい……けど、この痺れる粉の量はなんだ。入れすぎじゃないのか』

花椒(ホアジャオ)だよ、いい加減名前覚えろ。四川料理には欠かせない痺れるスパイスだ。でもチャーハンと一緒に食うとちょうどいいだろ?』


 料理を適当に頬張りつつ操作を続けた、痺れる辛さに汗が出てきた。


『あー……うん、そうだな。確かにうまい』

『だろ? 焼きそばの方は麺が特注品、野菜は国産、エビは国産で人工モノだぜ』 

『愛情もまがいモノか?』

『愛情は……本物だと思う』

『自信持てよそこは。しかしまあすっかり偽エビが主流になったな』


 焼きそばの中に埋まっていた大き目のエビを箸でつまんだ。

 どう見ても殻と尻尾を外したエビ、味も食感もエビ、だけどこれは偽物だ。

 人工的に作られた食品の方がうまいし栄養もあって安い。

 スーパーの鮮魚コーナーから本物が姿を消すのはそう遠くはなさそうだ。


『しょうがねぇだろ本物より安くてうまいんだし』

『ウナギに続いてエビまで人工食品になるなんてひどい話だ。そのうち人間すら人工モノになるんじゃないか?』

『最近アンドロイドの実用化が近いとか言われてるからな、マジでそうなりそうだぜ』


 2030年に入ってからというものの、この国はいびつな成長を遂げていた。


 まず電子工学(エレクトロニクス)の発展、次に新しいエネルギー源の発見。

 そしてより効率的になった農業技術、急激な医療技術の発達。

 精度の高い自動翻訳が普及し、電気代は馬鹿みたいに安くなった。

 こうして並べると良いニュースばかりかもしれないが一つ一つが闇を抱えている。


『ああ……世の中がどんどんディストピアに向かってる気がする』

『そうでもないだろ? こんなんでも十年前よりはだいぶマシになってるし、景気も少しずつ回復してるって言われてるじゃん?』


 ヘッドセット越しのお気楽な声を流しながらニュースを適当に漁った。

 『人工知能用ボディの試作型完成』とか『人工知能風俗店、鋭意開発中!』だそうだ。

 アンドロイドの実用化が現実的になっているそばで、そういう使い方が熱心に研究されているなんておかしな話だ。


『でもこのエビのために失業者が山ほど出たらしいな。次は養殖すら消えるんじゃないかって騒がれてるだろ?』


 たとえばだが――今食べているエビもどきがそうだ。

 おれたちには『養殖されたエビ』か『限りなく近いなにか』の二択しかない。


 なにかを得るにはなにかを失うというのはよくある話だ。

 でもこの美味しい偽エビのために一体どれだけのものが手放されてしまったのか。


『古いものが新しいものに置き換わっただけだろ? 養殖すらなくそうとするのはやりすぎな感じがするけどさ』

『少なくともおれたちがスーツや手書き履歴書から解放された功績はデカいな』

『昔は必ず着るもんだったのになあ。っていうかお前の怖い顔を受け入れてくれるところってあるのか心配になってきたぜ』

『こんな顔にしてくれた神様を呪ってやる』


 焼きそばをもぐもぐしながらチャットに張られてたリンクを開いた。

 『モンスターガールズオンライン』という名前のMMORPGの公式サイトだ。

 正式サービス開始まであと〇時間〇〇分!とか表示されてる。


『ま、焦る気持ちは分かるけどな? お前が切羽詰まって人体冷凍保存実験の求人広告片手に「ちょっと冷凍されてくる」とか言い出した時は何事かと思ったんだぞ。あの時顔に死相が出てたぜ』

『人生に疲れれば冷凍保存ぐらいされたくなるさ』

『なにも氷漬けの幼馴染にならんでもいいだろ。まあなんだ、今夜はかわいい人工知能ちゃんでも見て癒されようぜ』


 人生に疲れたのでページに埋め込まれた【オープン前生放送】を視聴してみた。


 ずいぶんかわいらしい顔つきの人外娘たちが、さながら百鬼夜行(ひゃっきやこう)のごとくゲームの世界で集合している。

 彼女たちはゲームキャラとは思えない滑らかな動きをしていた。

 これから来るおれたちを歓迎するためなのか大きな広場を派手に飾り付けている。


【へいへーい君たち、これ終わったらみんなで思い出のダンジョンいかない? 団長、スタート前に思い出巡りしたいんだけどー】


 生放送のカメラは爬虫類の尻尾を生やした赤い髪の女性に向けられていた。

 彼女はそんなことに気付いているのかわからないが、広場を見下ろせる場所で仲間たちとお話をしているみたいだ。


【うん、いいよ。わたしもどこかいきたいなーって思ってたの】


挿絵(By みてみん)


 近くでピンク色の髪のお姉さんがおっとりと笑顔を振りまいていた。


【ふふん、今のうちに自由を謳歌しなければいけませんしね。なんてったってセアリさんたちクッソかわいい存在ですし、プレイヤーさんたちがきたら毎日ちやほやされて大変でしょうしね!】


 そのすぐ隣では犬のような手足のドヤ顔が似合う青ショート髪の女の子。


【……セアリル、私は目立つのが好きじゃないんだが】


 それに隠れるように、爬虫類さながらの造形の手足を持つ栗色の髪の子もいた。


【えー。そんないろいろ食い込んでるセンシティブ担当がいまさら何を】

【誰がセンシティブだ!? 大体貴様だって私と似たような衣装だろう!?】

【待ってください二人とも! ミコちゃんだって負けちゃいませんよ! センシティブなところに栄養全部いってもっちもちになりすぎて太ももの精霊みたいになってるんですから!】

【あの、セアリさん……わたし太ももの精霊じゃないよ、短剣の精霊だよ……?】

【あっそうだ! 団長いいこと思いついちゃった! ミコにエルのインナー着せよ! もう太ももぱっつんぱっつんになってそれはもうたまらない】

【じゃあエルさんにはマイクロビキニを着せてあげましょう。何色がいいですか?】

【よし、あとで貴様ら対人アリーナに来い。その煩悩叩き潰すぞ】

【やる気なの? やっちゃうの? 言っとくけどエロのためなら無敵だよ団長は】

【はぁ!? 二対一で勝てると思ってんですか!? 望むところです! こっちが勝ったらみんなでマイクロビキニですからね!】

【むっむりだよ!? わたしあんなの着れないよ!?】


 ……そんな四人がわーわー騒いでる。

 そして「これら全てのキャラクターは人工知能が操作しています」と書かれてた。


『人工知能と遊べるMMORPGか……。つーかなにしてんだこいつら』

『なんだこの面白いやつら。やっべえ、すげえ楽しみだよ俺』


 技術が発達した今、ゲーム業界も相応に進化しているのは言うまでもない。

 そんな中で出てきたのがこのモンスターガールズオンライン、略してMGO。


 いわゆるレベルの概念がない完全スキル制。

 多種多様な武器や魔法があって、広大な世界で大冒険とありきたり。

 それだけならただのネトゲだが、そこに人工知能をぶっこんでしまったのである。


 いわく、ゲームの世界の住人として暮らす「人工知能入りの個性豊かなヒロイン」たちと一緒に遊べるとか。

 無茶苦茶だが、結論からいうと人工知能がプレイしているというのは事実だった。

 実際、動画サイトとかには彼女たちが遊んでいる様子が投稿されまくってる。


『だけど情報が公開されてからまだ二か月も経ってないんだぞ? それなのにいきなり正式サービスって大丈夫なのか?』

お嬢さんがた(・・・・・・)がすでにじっくりテストしてくれたみたいだぜ。正式サービスが始まったらヒロインたちのステータスはワイプされるんだとさ』


 ラミアだったり、ハーピーだの、キュクロプスだとかいろいろいるそうだ。

 他にも球体関節な身体の女の子や、肩乗りサイズの妖精さんだっている。

 ただなんというか……みんなもちっとしている。


『なんかみんな肉付きがいいよな、胸とか太ももとか盛りすぎっていうか』

『いいじゃんみんな健康的で! しかも一つ目の美少女もいるんだぞ!』

『……やっぱり単眼目当てかよ』


 ……という感じで映し出されているヒロインはみんな人外の姿だった。

 人間の姿はない。ヒトの姿に近いものはといえば耳が尖っているエルフぐらいか。


 まあこれにはちゃんと理由がある。

 このごろ『人工知能に人権を与えるべきだ!』とか騒ぎ出す団体がいるからだ。


 娯楽目的でアニメ声全開な人工知能が使用されると『性的搾取だ』と非難。

 そこへどさくさ紛れで『AIのせいで地球滅びるぞ!』と偽りの預言者がスポーン。

 さらに『女性に対する差別を助長している』だとか絡んでくる方々もいるわけで。


 それならばとゲーム開発者はすべてを解決する方法を突き出した。

 それは「全員人間じゃないからセーフ!」という強行突破だった。


 かわいい女の子たちだと人権団体がうるさい?

 だったらヒロインを全部人外にすれば問題ないな!

 よってこのゲームにはなんの問題もないのである。ひどいごり押しを見た。


『いろいろな団体が騒いでるのに良くやるよな。なんでこんな強気になれるんだか』

『そういうロックな姿勢大好き! よーし課金で五十万円ポンとくれてやるぜ!』

『早まるな。それよりプレイスタイルはどうする? こっちはいつもどおりだ』

『おう、俺もいつもどーりだな。豊かな器用貧乏スタイルだ!』

『生産と戦闘支援は任せたぞ。素材集めとかはこっちに任せろ』


 とにかくだ、俺たちは情報公開当時からすごく楽しみにしていたのだ。


『とりあえずログインしたら速攻で単眼の子ナンパしてくるぜ』

『……ほんと一つ目大好きだよなお前』


 そんなこんなでサービス開始までくだらない会話を続けようとしてると。


 *ぴこん*


 ヘッドセットからそんな音が聞こえた。

 画面をよく見ると新着メールが来ていたみたいだ。

 さっそく確認してみると件名は無題で。


【加賀祝夜さま。あなたの番です。これから起こることに身を委ねてください】


 ……怪文書だったので反射的にこの世から削除した。


『うっわ怪文書がメールで送られてきたぞ!? またお前か!?』

『おいおい……送るときはちゃんと紙に書いてダイレクトにいくぜ?』

『お前のそういう律儀なところ嫌いじゃない。つーかこの世に怪文書を贈るやつがもう一人いるとは思わなかった』

『マジかよ、ついに俺にライバルができちまったのか……負けらんねぇな!』

『どこで張り合おうとしてんだお前』


 なんで今日は二度もクソみたいな怪文書をお見舞いされるんだ。

 とか思ってたら今度は外からぢー……と控えめなモーター音が聞こえてきた。

 この音は良く知ってる、ベランダに宅配用ドローンがやってくる音だ。


『あー、待った。今度は宅配ドローンがきたぞ。お前か?』

『俺じゃないぞ。前にフライドチキン届けようとして大惨事になったの覚えてる?』

『おかげでチキンが行方不明になったからな。忘れるはずもない』


 ヘッドセットを外してベランダへ向かった。

 ちょうど、ドローンは静かに帰っていく姿を見せていた。

 発着場を見るとそこには……ラッピングされた一本の花がぽつりと置いてある。


「……花?」


 もう一度いう。本物の花が置いてある。

 真っ白で、放射線状にぱさぱさと開いた花……だめだ名前が分からない。

 しかもご丁重にメッセージの書かれた紙が挟まってる。


【次はあなたの番です】

 

 ……わかった、これも怪文書だな。

 一日で三度も怪文書テロをされるなんて最悪だ。


『なんかリアルのほうでも怪文書送られてきたぞ、しかもプレゼント付きだ』


 とりあえず部屋に戻って、アイツに報告することにした。


『爆発物だったら窓から投げ捨てろよ。できればすぐ近くにあるコンビニの駐車場狙え。あいつら俺のことを変人扱いしやがった』

『なにがあったんだよお前は』


 少なくとも爆発物じゃないことは確かだ。


『で、送られたのはこの花なんだけど……』


 スマホで撮影してそのままチャットに張り付けた。


『……白いヒガンバナだなこれ。プラスチック製か?』

『いや、本物だ。すっごいフレッシュ。んでなんかメッセージ書いてる』

『いまどき本物の花かよ。なんて書いてあるんだ?』

『次はあなたの番です、だとさ』

『あーうん、少なくともお花と一緒に添えるようなメッセージじゃないと思うぜ』

『じゃあなんだよこれ、気味悪いな』

『マジで気味悪すぎだな! 誰から送られたんだ?』


 今すぐ距離を置きたくなるきな臭い贈り物をよーく見てみると、


『……ノルテレイヤって書いてるな』


 メッセージの下に『ノルテレイヤ』と知らない単語が書き込まれてた。

 とりあえず……このすごい見た目の花はどうすればいいんだろうか。

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