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56 機械が凱旋するとき

 ようやく静寂が訪れたショッピングモールの屋上に人が集まっていた。

 気づけば、周りは各地からやってきたスカベンジャーたちでいっぱいだ。

 エミリオやスタルカーの面々、道中適当に助けた連中やらが立ち並ぶ中、俺たちはもう一度あの街並みを確かめる。


「こりゃまたずいぶんとスッキリしたもんだな、信じられるか?」


 誰かが金網越しの光景に向かってそう口にしてる。

 サムだ。しっかりと見えるその目でずっとどこかを眺めてた。


「こんな日はこいつが最初で最後だろうな。冗談みたいな光景が続いてやがる」


 どこかからビールを拝借してきたスタルカーのリーダーも、疲れ果てた感じの声でそう笑う。

 二人の先にあるのは深い沈黙をようやく手に入れたフォート・モハヴィだ。

 駐車場は数えきれない肉片が黒い海が作られ、その向こうの通りにはテュマーと二足の無人兵器の混合物が遠く引き延ばされる。

 二十ミリのガトリング砲がこじ開けた道のりは、あいつらの気が済むまでどこまでも続いていた。


「……やっといつも通りに仕事ができるんだな。なんて長い一日なんだ」

「まったくひどい奴らだったな。テュマーと人間に追い回される日が来るなんて思ってもなかった」

「俺たちなんて捕まって拷問されてたんだぞ? 多分、膝に斧が刺さったスカベンジャーなんて俺が初めてじゃないか?」

「お前らはまだいい方だろ、俺たちなんて男女仲良く嬲られてたんだぞ」

「誰かさんが助けてくれなかったら人生のすべてを復讐に費やしてたところだったわ。まあおつりが出るぐらい暴れてくれたみたいだけど」

「南の噂は本当だったわけか。たちの悪い冗談かと思ったんだがな」

「そのたちの悪い冗談がそのまんま来やがったわけだ。おかげで掘り出し物も土産話もいっぱいだな」


 テュマーなき静かな都市をこうして眺めてると、周りにスカベンジャーたちがぞろぞろと集まってくる。

 白い馬鹿どもも、戦前からの死にぞこないたちも見えない光景に誰もが口々に言う。

 そいつらの様子をほんの少し伺うと、疲れてはいるものの親し気な表情を返された。


「で、あいつらはやっつけてよかった類の連中なんだよな?」


 そんな顔ぶれに、俺は手元にある熱々の紙袋と一緒に尋ねた。

 真っ先に向けられたのは複雑な笑みだ。「今更か」とか「もう遅いぞ」とかやり場のない呆れがあたりに散らされるが。


「まあ、よかったんじゃないかな? これで俺たちスカベンジャーは普通の仕事ができるし、北部の血の巡りが少し良くなった気がするよ」

「構うもんか、完璧な仕事だったぞ。俺の目の分もやってくれて満足だ」

「俺から言わせてもらうとようやく天罰が下った気分だ。あいつらに殺された同業者たちも少しは報われただろうよ」


 ビールを手にしたエミリオとスタルカーたちが遠くにそう言葉を向けたので、正解だったみたいだ。

 すっかり大人しくなった街をまた眺めると、ぴとっと頬に冷たさが伝わって。


「しかし、また背中を追われる羽目になるとは相変わらず敵に気を引く男ではないか。よくぞ生きて戻ったな」


 ノルベルトがこっちに「飲め」とジンジャーエールの瓶を渡してきた。

 キャップもむしり取ってくれたみたいだ。一口飲むと、胃がきんと痛むほど冷たくて辛い。


「生きて帰れるようにぶちのめしてきたぞ」

「ふっ、ますますお前の名も広がることだろうな。して、俺様よりデカい獲物を狩ったそうだな?」

「ああ、さっきのでっかいの見たか?」

「うむ、お前が乗っていたのもしかと見届けたぞ」

「ホワイト・ウィークスのボスがあれに乗ったから背中から焼き殺してやった」

「フハハ! 大したやつめ! さては俺様の真似だな?」

「そう、参考にさせてもらったぞ。すごいだろ?」

「だからいっただろう? きっとできるとな」

「お前の言う通りやってみないとわからないもんだな」


 見れば隣でいつも通りの不敵な笑みがドクターソーダを煽っていた。

 冷えた瓶同士をがちっとぶつけた。今日一日でお互い戦果がいっぱい増えたと思う。


「ストレンジャー、やっぱり君って人間じゃないと思うよ。南じゃ人として大切な何かを削ぎ落す訓練法でもあるのかい?」

『エミリオさん、この人頭を撃たれちゃって脳が傷ついてて……ちょっと攻撃的なんです……』

「……当然だけどそういう訓練を受けてるわけじゃないよね? 普通死ぬからね、それ」


 エミリオの目は完全に人外を見るような目だ。ミコの言葉でますます強くなったが、それでもこうしてちゃんと生きてる。

 これでもう死亡フラグと付き合う必要はなくなったはずだ。

 過酷な仕事をやり遂げてどこかすっきりしたイケメン顔を見てると、ぴとっと隣に銀髪がくっついてきて。


「とっっっっても心配してましたのよ? イっちゃんが自分から囮になったのを見て私、ずっと落ち着かなくて……」

「だからって敵地深くで空飛ぶなんて無茶だろ? 俺だってリム様が撃たれてすごく心配だったんだぞ」

「でもでもおかげでイっちゃんが無事だと分かりましたわ! 大事な帽子に穴が開いたのであの方たちは一生恨みますけれど!」

「心配するな、リム様の仇はうったから」

『いちクン、りむサマ元気だからね……?』


 リム様が本当に心配そうに上目づかいで見上げてきた。

 「大丈夫だ」と頭をぽんぽんしてあげたが、すかさず鞄を漁り始めて。


「もう、一人で無茶しちゃだめですわよ? 大丈夫? 怪我はないかしら? ぽてち食べる?」


 ……リム様の頭よりでかいポテチの袋をずぼっと顔に押し付けられた。

 サワーオニオン味だ。角が頬に当たって痛い。


「んもーなんでこの人いっつもじゃがいも押し付けてくるの……」

『りむサマ、人の顔にポテトチップスの袋当てるのやめよう? いちクン痛がってるよ……』

「慌てて地上に降りたらこんなお菓子見つけちゃいましたの! まさか薄切りにして揚げて味をつけるだけだなんて、どうしてこんなおいしい食べ方に気が付かなかったのかしら! 盲点でしたわ……!」

「分かったからサワーオニオン味やめろ。あと俺はトルティーヤチップスの方がいい」


 突きつけられたポテチをやんわりと返したところで、今度はロアベアがすすっとやってくる。

 によっとした顔のまま、そっと手に持った紙袋を持ち上げてきて。


「……ところでイチ様ぁ、これどうするんすか?」


 ショットガン・バーガーの処遇を求められた。

 150年前からカビ一つ生えてない熱々の食べ物だが、まだ誰も手を付けてないようだ。

 まあそうだろうな。こいつがカビだらけならともかく、それすら寄せ付けない何か(具体的には保存料等)が詰まってるんだろうし。


『……ねえ、食べない方がいいと思うよ? だって100年以上経っても完璧に保存されてるんだよ……?』

「ああ、うん、食って大丈夫なのかクリューサに聞くところだった」

「大丈夫だぞ! うまいから直ちに害はない!」


 と思ったら隣でクラウディアが美味しそうにもぐもぐしていた。

 ものすごく食いづらそうな肉まみれのバーガーを強引に潰して頬張ってる。こいつが言うんだから味は大丈夫なんだろうが。


「食べても安全かという相談なら心配はするな。徹底した添加物と放射線による滅菌でこうも元気な姿を保ってるだけだ、そいつの食いっぷりをいい毒味だと思って味わうんだな」

「何を言ってるんだクリューサ、普通にうまいぞこれは! 肉の味わいが爆ぜるようだ!」

『毒味……』


 一番見解を述べてほしかったお医者様からすると、何言ってるか良くわからないが食っても大丈夫らしい。


「……食べてもいいの?」


 次に反応したのはニクだった。ずっと両手で大切に持っていた紙袋に、じゅるりと涎がこぼれるほどに。


「おいクリューサ、わんこも大丈夫なんだよな?」

「犬の精霊とやらに人類の常識が効くとは思えんからな、大丈夫じゃないのか?」

「だとさ、食っていいぞニク」

『いちクン!? ニクちゃんに変なもの食べさせちゃだめだよ!?』

「変なものではないぞミコ! れっきとした食べ物だぞこれは!」


 スカベンジャーたちが「何やってんだあんたら」と視線を向けてくるが、俺はお構いなく食べさせることにした。

 30000チップも払ってくれたうちのわん娘は尻尾をふりふりしながら忙しく包みを開けて、その中身とついにご対面だ。

 そこに広告通りの物が詰まっていて。


「……お肉がいっぱい……!」


 ニクはダウナーな目を輝かせながら、そんな有様に興奮してる。

 薄切りのローストビーフの山、これまたでかいフライドチキン、ソースたっぷりのポークリブ。

 周りにはソースがこぼれ、申し訳程度のバンズがどうにかバーガーとしての価値を保ってるぐらいだ。


『ほんとに肉しか入ってないよね……これ……』

「実質肉料理じゃねーか」


 それでもなお「食べていい?」と首をかしげてきたニクに「どうぞ」と勧めると、我がわんこはとうとうかぶりつく。

 ものすごく食べづらそうなだけあってぐちゃっと具がこぼれた。

 しかし食い意地のあるニクが強引に食いちぎると、しばしもごもご味わって。


「ん……おいしい……!」


 感極まった声でそういうのだから味は確かなんだろう。

 よっぽど腹ペコだったのか、それともただ単に食いしん坊なせいか、ダウナーな犬っ娘はあっという間に平らげてしまう。

 まだまだいけるといった様子のまま、ニクはご機嫌よさそうに尻尾をぱたぱたしてる。


『食べるの早いよ、ニクちゃん……!?』

「美味しいのは分かったからゆっくり食べなさい」


 しかし食欲がまだ収まってないようだ。じとっとした目が近くを見つめる。

 そこにはノルベルトが運んでくれたケースが何個も並んでいて、山のような包みがそこにある。

 するとまた「食べていい?」と見てきたので、もう好きにしなさいと頷いてやった。


「なんだか俺たちも食いたくなってきたな……」


 肉をがぶがぶする美少女(男)の姿に、他のスカベンジャーたちもつられてしまったみたいだ。

 一足先に熱々の包みを渡されたスタルカーのリーダーすらこっそり食い始めてるが。


「……ん。みんな、食べていいよ」


 ご機嫌のニクはいつも通りの声で、終わりなきレベルに積もったバーガーをみんなにすすめた。

 太っ腹な発言だが、確かにここにいる全員で食い散らかしたとしても果たして食べきれるかというぐらいの量だ。

 このまま腐らせるよりかは、いや腐らないだろうが、力になってくれたスカベンジャーたちに振舞った方がいいだろうな。


「うちのわんこのおごりだとさ、味わって食ってくれ」


 俺は手にしていた包みを開けて、ニクと一緒に隅っこに歩きながら言った。

 次第にみんなが戦前から続く食べ物に手を付け始める。

 屋上がショットガン・バーガーでにぎわってきて、そんな賑やかさから外れるように室外機に腰をかけた。


「またお前に助けられたな?」


 広告のイメージを馬鹿丁重に再現したバーガーを前に、俺はついてきたニクにそう言った。

 いや食べづらいなこれ。肩の短剣をぶすっと刺して固定完了。


「ご主人、あんまり無茶しちゃダメ。心配だった」

『……ローストビーフとフライドチキンとポークリブが喧嘩しちゃってる……』


 ぺとっと隣に腰かけたニクは、じとっとこっちを見上げてきた。

 アラクネのコンバットグローブを外して撫でてやった。

 いつもの毛並みの感触に、愛犬はいつもより気持ちよさそうに目を細めてる。


「次からはこうならないように念入りにぶちのめすから心配するな」

『解決法が強引すぎるよいちクン』

「んへへ……♡ 幸せ……♡」


 やっと身も心も休められる時が来たか。

 素肌の分もっと熱く感じるバーガーをぐしゃっと潰した。ソースやらが滅茶苦茶にあふれるが、構わず圧縮してかぶりつく。

 誰がいったか、牛と鳥と豚が戦争してるような感じだった。

 うまいといっちゃうまいけど、何食ってるのか脳がバグる――そんな味だ。


「……ほんとに喧嘩してるなこれ」

『うん……それぞれはおいしいんだけど、無理矢理ひとまとまりにしたような感じだよね?』

「何が三本の矢だよ。これ考えた奴は他人との距離感詰めるのが下手なんだろうな」

『フライドチキンに二つのソースが混じって変な味に感じるよ……』


 三種の肉料理を串刺しにした短剣も「おいしい」とは言い難いほど、この味はどこかずれてる。

 まあ、でも、悪くはないか。

 二つ目をぺろっと食いつくしたニクはもう満足したのか、うとうとこっちにすり寄ってるのだから。

 そんな俺たちの周りには、いつの間にか、いつも通りのメンバーが固まっていた。


「……ん、おなかいっぱい」

『二つも食べたんだ、ニクちゃん……!?』

「大雑把だがうまいではないか! この潔い食べ物は気に入ったぞ!」

「食べづらいから別々に食べたほうがいいんじゃないんすかね~、あひひっ♡」

「くっそ食べづらいですわこれ!!!!」

「豪快な肉料理だな、私は好きだぞ!」

「戦前の奴らは頭がバカになってたのか? どうして三種の肉を無理矢理一つにまとめようと試みたんだ……」


 ノルベルトの大きな口ならいざ知らず、みんなも難儀してるらしい。

 スカベンジャーたちも相当食べづらそうに必死に食らってるが、どいつもこいつもいい顔だ。

 一仕事終えてすかっとしたような、ずっと目の前にあった悩みが去ったような、確かな笑顔と爽やかさがそこにある。


「……な、なあ、あれ――」


 どうにか口に運ぶうちにバンズだけが消えてしまう頃、近くで立ったままバーガーを食らってた誰かが指をさす。

 そいつはラザロだった。いきなりの様子に「あれ」を見る者は最初いなかったが。


【Get ready for the Jubilee――HURRAH! HURRAH!】


 遠くからそんな勇ましい声が届いてきて、屋上の賑やかさが一瞬途切れる。

 一体なんだとみんなが金網に近づけば、俺にも「あれ」の正体が届いてきた。


【We'll give the hero three times three――HURRAH! HURRAH!】


 フォート・モハヴィの幾つもある通りを、無人兵器たちが声高々に行進していた。

 この歌は? 一体どこに向かってるんだ?

 ようやく仕事を遂げた四つ足の機械が、俺たちに背を向けながら街深くまで足を進めている。


【The laurel wreath is ready now! To place upon his loyal brow!】


 そして、わざわざこうして下品なバーガーを食らう姿にも届くほどに歌っている。

 勇ましいような、嬉しさを伝えるような、堂々たる電子音声の規律ある言葉が街を舞う。


【And we'll all feel gay, When Johnny comes marching home...】


 どこへいくんだろうか? その行く先は分からないが一つ確実に分かることがある。

 あいつらは家に帰ってるんだ。ただ陽気に凱旋してるだけだ。

 どこかに消えるその姿を見届けた後、都市のどこかでしぱしぱと何かが撃ちあがった。

 日が落ち始めた空に緑色の光が幾つも浮かんだ。おそらく信号弾だろう。

 その意味を考える間もなく【LevelUP!】と通知が浮かんだ。ようこそレベル13へ。



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