55 後に残るはハンバーガー
――無人兵器ならではの視界の中、男の笑顔が見上げてきた。
『ははっ、どうだ兄弟。とうとうここにもいい宣伝係が来てくれたぞ』
がっしりとした体育系を極めたような身体つきの後ろで、がやがやと行き交う人たちがいた。
やがてカメラに映される男の仔細が、画面上に逐次として浮かび上がる。
名前はダグ・マクラミン。年齢は49。趣味嗜好に続いて『陸軍への賄賂』だの『競合店舗への工作』だのと罪状が浮かぶ。
それをもみ消すようにこのショッピングモールの店長だと判断されれば。
『驚いたな……。こいつって軍用モデルの無人兵器じゃないか、兄貴。どうしてこんなもんがここに?』
そんな胡散の香りがする男の隣に、これまた筋肉質な男が並び立つ。
金髪で攻撃的なタトゥーをいれた大男だ。きっと世紀末世界だったら武器を持てばいい戦士になれると思う。
まるでほしかったおもちゃを与えられた子供みたいに見上げるそれに焦点が合わさると、やはり情報が出てきた。
モーリス・マクラミン。46歳。『ショットガン・バーガー』の創業者であり、軽犯罪をちまちま積み重ねた男だ。
『あのデパートに続いて我が店舗も重要な場所として市に認められたのさ! おかげでどうだ、お客様が安心してお買い物ができる聖域になったわけだ!』
そしてがっしりとした男の背丈がさぞ嬉しそうに両腕を広げる。
撮影者たる何かを迎え入れるような仕草だが、その様子に弟は不安げな顔で。
『で、でもよ兄貴……。SNSで話題になってたよな? フォート・モハヴィの情勢が悪化して、無人兵器の余剰がなくなったって……』
『ああ、それがどうしたんだ?』
『どうしてたかだかショッピングモールにこんな大層なやつが置いてあるんだって話だよ。あの頭の固い市の連中は一体どうしちまったんだ?』
が、ダグという男は自分の兄弟の言葉をそれ以上許さなかったようだ。
自分より大きな身体に寄ってがしっと肩を組むと、はたから見れば仲の良い兄弟のような格好のまま。
『いいかモーリス。もう市をアテにするなんてなっちゃいない、これからつくべきは軍の連中なんだ』
片手に握ったタブレットをそっと見せびらかす。
周囲の客が動画の撮影者に興味深そうに視線を返す最中、二人はそっと話を続けた。
『……兄貴、何言ってやがるんだ?』
『まあ聞けよ、最近は市どころか国すらも雲行きが怪しいだろ? ところが最近、軍が主導権を握ってるんだ。PMCだってあいつらと同調してるぐらいだ』
『お、おい……なんだか話が怪しくなってきてやがるぞ』
『大した話じゃないさ。まあお前に分かるように要点だけ話してやるよ、明るい未来が待ってる軍の方々にちょっとチップを弾んでやったのさ』
『まさか、賄賂――』
『違う、違う。しかるべき対価を渡してお借りしてるだけさ! あのデパートの経営陣だってやってるんだ、俺がやったっていい話だろ? 俺は無人兵器というお墨付きを得る、向こうは懐が温まる、対等な取引だ』
饒舌に語る兄の有様に、厳つい弟の方はというと縮こまってる。
カメラの視界がそう物語る姿を何度も凝視するも、【エラー】の表示に遮られて続きが紡げないようだ。
『じゃあなんだよ兄貴、無断で拝借したってのか』
『いいや違うね。しかるべき持ち主から正式にお借りしたんだ。こいつは今日から俺たちのものだ』
『"俺たち"だって?』
『何言ってるんだ、俺たち共犯だろ?』
『じょ、冗談じゃねえ! 悪ふざけのセンスでも磨きすぎたのか!? シャレにならねえぞこいつは!?』
『おいおい、何のためにお前の支店をここに入れてやったと思ってるんだ? まさかボランティア精神に則ってたとでも思ったか?』
カメラがろくでもない兄貴の態度を一つ一つ嘗め回す。
そんな視界の中、怒りの募った弟の方が『ふざけるな』とその場を後にしようとするも。
『モーリス、また昔みたいに俺たちで悪いことしようぜ? もう世の中は終わってるんだ、楽しんだものが勝つんだよ』
このショッピング・モールの持ち主にあっけなく捕まってしまった。
そこから放たれる言葉にどれだけの威力があるかは当人たちのみぞ知る事実だが。
『……まさか兄貴、こんなことのために?』
残念なことにモーリスという男もご同類だったようだ。肩を組みながらニヤリと笑んでた。
『そうに決まってるだろ? もう俺たちが善人ぶる世界なんてないんだ。見ろよ、お前の大好きなカッコいいロボットだって用意してやったんだぞ?』
『これからは、悪人が得をする世界ってか』
『そうだ兄弟。まあ聞けよ。どうせ市の連中も忙しくて気が付きやしないし、実際に視察に来るほどの余力もないだろうさ。そして俺たちは頼もしい用心棒も手に入れた――分かるか?』
最悪だ、二人の悪者がこっちを見上げてる。
そこにあるのは悪だくみをする子供の表情が二つ分だ。
躊躇いがちだった弟に至っては、画面外の何かに手を伸ばしてうっとりするほどで。
『……すげえ、本物の20㎜だ』
『だろ? もちろん実弾が入ってるぞ』
『へへ、兄貴も人が悪いな。とんだサプライズをどうもありがとう』
『分かってくれたか。どうせ世界はこのまま滅びるんだ、最後は二人でワルく生きて行こうぜ』
『分かったよ兄貴。地獄まで一緒だな』
『ああ、地獄まで一緒さ』
たくさんの市民でにぎわう光景をバックに、二人の仲良し兄弟は無邪気に笑った。
そうやって一通り兄弟愛を確かめると。
『ということでモーリス、お前にプレゼントだ』
画面の中で悪い兄貴がタブレット端末を突き出すのが見えた。
いきなりそんなものを渡された弟の方はというと『?』だったが、得意げな顔もされてしぶしぶ受けとったようで。
『なんだこりゃ? タブレット? 随分古い型だな?』
『ははっ、まあそいつを実行してみろよ。優しく、そっと押すんだ』
『押すって……【ショットガン・バーガー宣伝プログラム】ってやつか?』
疑問だらけのまま、そいつがタブレットの表面にそっと指を触れる。
するとどういうことだ。画面が赤黒く染まって無数のウィンドウが浮かぶ。
【データ破損】【深刻なシステムエラー】【信号の途絶】【権限の変更】
思いつく限りのよろしくない表示の後、バグった視点はショッピングモールの光景をきれいに映し出し。
『――こんにちは、お客様! ショットガン・バーガーのおいしい新商品はいかが? ご一緒にポテトもどうでしょうか?』
消えぬエラーの表示を携えつつ、人工的な男性ボイスが良く響いた。
がしょんと音を立てて視界が持ち上がり、その様子を間近に感じていた弟が感極まっており。
『マジかよ……うちの店の宣伝してやがんぞ……?』
『びっくりしたか? うちのプログラマーに頼んで少しいじったんだ、これでお前と半分こだな』
『夢みてえだよ! まさか軍用のロボットに、しかもうちの宣伝まで乗せてくれるなんて!』
『昔からこういうの好きだったろ? 喜んでくれると思ったんだ』
『大喜びだよ、クソ兄貴!』
『おいおい、泣くほどかよ。ほんとお前は昔から……』
二人はバグった何かを背に、行き交う人々を遠く眺めはじめる。
視界には恨み節の如く【エラー修復中】【不正なプログラムを削除】などとひたすらに繰り返されるが、この兄弟の知ったことじゃない。
『兄貴、こんなの母さんが見たらクソ怒るだろうな』
『ああ、そうだな。墓に持って行って見せてやるか?』
『そりゃいいアイデアだ。ところでこんなのどうやって手に入れたんだ?』
『軍も新米ばっかりで手薄なもんでね。管理してるやつも新兵なら、手に入れやすさもそれ相応ってことだ。口先三寸で一番いい機体をもらってきたぞ』
『入隊早々に気の毒だな、そいつ』
『まったくだ。ちょっと脅せばすぐ何でもしてくれたもんだからな』
こうしてファストフード店創業者とショッピングモールの主の手に無人兵器が渡ってしまったわけだ。
すると壁の電子広告が『市内で暴動が発生!』という緊急のニュースを控えめに流す。
しかし二人は気づくことなく、仲睦まじくエスカレーターの方へと向かう。
『なあ、いいこと考えちまった。こいつでうちの商品の移動販売するとかどうよ?』
『商魂たくましい奴め。もちろん売り上げのいくらかはくれるよな?』
『当り前だろ? ついでだし防犯対策もしっかりさせようぜ』
『犯罪者はミンチにってか?』
『ショットガン・バーガーの恐ろしさを広めてやるんだ、どうよ?』
『気に入った。さっそくだが初仕事でもやらせるか?』
150年もバーガーの宣伝をするはめになった無人兵器のセンサーは、最後まで兄弟の背中を追いかけていた……。
◇
壁の広告用モニターに流れていた動画が終わった。
PDAの同期システムを解くと何事もなかったように黒い画面が残されるが。
「……本当に世の終わりだったみたいだな、大昔は」
またしてもクソみたいな戦前の有様に変な思わず笑いが出た。
何もかもおかしいぞ、150年前の世界。人も情勢も経済も滅茶苦茶だ。
「どうしてフォート・モハヴィがこんなになったかよくわかったよ」
「この町というかこの国がおかしかった理由が全部詰まってた気分だ」
エミリオとラザロも信じられないほどの物語に死ぬほど呆れてる。
『えっと、つまり、今見た二人がこのロボットさんをおかしくして……ファストフードの宣伝をさせたせいで、他の機体もおかしくなっちゃった、ってことなのかな……』
そして一緒にそんなものを閲覧していたミコが不安げに、目の前にいる無人兵器に尋ねるような口ぶりをすれば。
『その通りです、声麗しきお客様。そちらの方がおっしゃる通り、私は指揮系統機能搭載型のモデル。同型機体をコントロールするための使命があったはずなのです』
ファストフード店に強制就職させられたセメタリーキーパーは泣きそうな声で答える。
『何があったのか』を伝えるべく、こいつは搭載されているデータを送ってくれたのだ。
その結果何が見えた? それは一世紀ほど熟成されたクソみたいな物語だ。
「なんと……ではお前は誤った指示を変えられぬまま、ずっとこの街を徘徊していたというのか……」
『ええ、そうです、そうなのです。私の役目は暴徒の排除および治安の維持、しかし与えられたのは不健康な食事の宣伝と保護ですよ? できるわけがないでしょう!? そんなものを150年もずっと繰り返されてメモリが狂いそうです!』
「そんなしょうもないことをずっと押し付けられてたなんて、なんだか気の毒っすね~……」
『最初はクソ忌々しい職務を果たして解放されようと尽力しましたが、二十ミリの機銃を持ってして一体どうやって商品を売れと!? 暴徒だらけのフォート・モハヴィを練り歩いて商売をしろなどいかにナンセンスか分かりますか!?』
センサーを相当忌まわしそうに点滅させながら、ノルベルトとロアベアの言葉に当の機体は必死に訴えてる。
ついには機械と思えぬ様子で男泣きを始めた。人間より良くできてると思う。
『――お願いです、皆さま。どうか当機を、いえ、フォート・モハヴィで任務に就く30の同胞たちを救ってください。こんな寂れた場所に立つなんてもう耐えられません、早く整備ステーションで眠りにつきたいのです』
そしてそいつは、自身の身体に眠った戦前の記憶と共に頼み込んできた。
遠くではシャッターを叩く音が歪みはじめる。金属のひしゃげる音がよく奏でられてた。
「……つまりだ、お前をどうにかすればこの街で馬鹿やってるお仲間も正気に戻るんだな?」
俺は近づくテュマーの脅威を強く感じつつ、無人兵器の砲塔を見上げた。
『ええ、もちろんです。私に成すべき仕事が流れれば、我が同胞たちも目が覚めることでしょう』
「あの外でやかましくしてくれる奴らも、お前がどうにかしてくれるか?」
破壊音が響き始める中、人工音声の持ち主にそう尋ねる。
すると砲塔はまるで確かめるようにぐるりと入口の方を向いた後。
『望むべくは暴徒の鎮圧です。我が二十ミリをもってしての、ですが』
機械にしては力強くそう返してくれた。
決まりだな。今一番頼れるのは間違いなくこの無人兵器だ。
「ラザロ、できるか?」
恐らくみんなが安心するであろう一言を言ってくれたそいつから、今度はラザロの顔色をうかがった。
「何が何でもやるよ」
ウォーカーを共にした相棒もすっかりやる気だ。おどおどがなくなるほどに。
そこにがしゃんっ!と入り口の守りが叩かれる音が混じって、俺たちの次の目標はすぐに定まった。
「よし、ラザロ! こいつをどうにかするには何がいる!?」
「一番手っ取り早い手段でいく! こいつを操作してたタブレット端末を探してくれ! 俺はこいつの邪魔なプログラムを片っ端から削除するから!」
「決まりだ! タブレット探すぞ! 急げ急げ急げ!」
さっそく指示を飛ばした。セメタリーキーパーに乗っかる相棒に命の半分ぐらいを託して一斉に探し出す。
みんながそれぞれの場所を探し始める中、俺はエスカレーターに向かって。
「スタルカー、聞こえるか!」
さっきの動画を頼りにあの兄弟の足取りを追った。
同時にスタルカーに通信を入れると、雑音混じりだがすぐに返答がざざっと流れ始め。
『……る、聞こえてるぞ! まだ無事みたいだな! お前のしぶとさは尊敬するレベルだ!』
相変わらずの言葉がやってきた。あいつらも無事か。
安心しながらも昇った先を見渡すと、無数の店舗や通路が見えてきた。
「手短に聞く、すぐ答えろ! ショッピングモールに籠城中、外のテュマーの数はどれくらいだ!」
『知らない方がいいだろうがな! 東西南北平等にテュマーで埋め尽くされて地獄の底が再現されてるみたいだ!』
「やばいってことだな!?」
『そういうことだ! すぐ真下でぞろぞろそっちに行進が続いてるぞ!』
「もう一つある! シド・レンジャーズに救援要請送れないか!?」
『実はもうやった! 奴さんたちからの伝言もあるぞ!』
「本当か!? で、お返しのメッセージは!?」
『どうにか持ちこたえろ、だとさ!』
スタルカーの連中め、気を使って助けを呼んでくれたのか。
問題はここがいつまでもつかって話だ。ひとまず希望がまた一つ増えたのは間違いないが。
「無茶ぶりなのは分かった、今どうにかしてるところだ!」
『あいつらと戦う準備でもしてるのか!?』
「当たらずとも遠からず! たった今セメタリーキーパーの指揮官機とか言うのを見つけた! バグってるのを修理してる!」
『そんなもん直してどうするつもりだ!』
「知り合いが言うにはそいつのエラーを直せばこの街にいる機体が全部正常に動くらしい! 何言いたいか分かるか!?」
スタルカーに手短に現状を説明しながらあたりを探る。
あちこちの店舗はどれもシャッターが下りて入れそうにない。あのクソ兄弟に関係してそうな場所は一体どこだ?
『そいつにかけるってことだな! 今どんな状態だ!』
「間違えたプログラムを送った馬鹿の持ってるタブレット探してる!」
『だったらセキュリティルームだ! ドローンとかの制御はそういうところでやってる、従業員用の通路を探せ!』
そこにヘッドセットから予期せぬヒントがきた、セキュリティルームだな!
言葉は簡単だが探すのはそうでもない。二階をぐるぐる進み、幾つもの通路を案内に従って探る。
『いちクン! そこの通路!』
走り回るうちにミコの目についたらしい、肩の相棒の言う先にこじんまりとした通路があった。
店舗と店舗の間にあるそこに近づけば、従業員に向けた諸々の案内に『セキュリティルーム』と書かれた部屋へのルートがある。
ここだな。急ぎ足で進むうち、ものものしい扉一枚に守られた部屋が見えてくる。
「あったぞミコ! ここだ!」
頑丈そうなそれに手をかけるも、がぢっと嫌な音を立てて妨げられる。
鍵がかかってやがる。くそっ、散弾銃でぶち抜くか?
『――エミリオさん! テクニカルトーチをお願いします!』
ところがミコが大声で呼んでくれた。
女の子の呼び声にエミリオが、いや、他の連中もものすごい勢いで地形をすっ飛ばしてやってきて。
「ここかい!?」
今もっとも欲しいものを手に駆けつけるなり、お堅いドアに押し当ててばしゅっとこじ開けてくれた。
これにて解錠成功だ。まだ熱いドアを無理矢理ひったくるように開ければ。
「……ようこそ、我が店舗、兄弟」
埃だらけの警備室が目に入ると同時に、屈強そうな男の姿が現れる。
食べ物の包装用紙や空き缶だらけの汚らしい部屋の中、無数に並ぶモニターの砂嵐をバックにそいつはこっちにくるっと向いて。
「……お客様を発見! こんにちは、死ね!」
戦前の記録の中に居たあの男が、変わり果てた姿でこっちに飛び掛かって――
「どうもこんにちは、邪魔だから死ね」
そんな形相に迷わず三連散弾銃を向けた。
いきなりの銃口に「ん?」と言いたそうな様子でそいつは首をかしげるも。
*zZbaaaaaaaaaaaaaaaM!
散弾で顎から上を吹っ飛ばした。室内のモニターが赤く染まった。
さてタブレットはどこだ? ごそごそあたりを探すと、すぐにモニター前に置かれてることに気づく。
なんてこった、電源もついてるぞ。戦前の奴らも隅にはいいものを残してくれるもんだ。
「あったぞ! ご本人が持ってた!」
永眠した持ち主を後にラザロの元へ戻った。
だがテュマーたちの声が一段と前に迫ってきてる。
破られつつある前のシャッターではノルベルトが適当なバリケードで強引に塞いでるところで。
「急げ、イチ! もう持たんぞ!」
片っ端から障壁を設けるも次々突破されてる。まるで沈みかけの船を修理しながら走らせてるようだ。
解決の糸口をもたらしてくれた本人は機体の上で気難しそうに端末を弄繰り回してる。あまり良い感じには見えない。
「あったか!? 早く!」
「これで大丈夫か!?」
「いや、あの、その……とにかく上書きされた命令はこれでどうにかなる! 早くくれ!」
なんだか歯切れが悪い返答が返って来るも、そんなラザロに回収したタブレットを押し付ける。
すると砲塔そばに腰かけたままの姿は素早く画面を弄繰り回して。
『――おお、おお……! クソ忌々しいジャンクフードが、メモリから消えていくのを感じます!』
一体何をしでかしたのかは一生分からないだろうが、無人兵器はセンサーを緑色に発光させ始めた。
しょんぼりと座っていたボディも持ち上がり、砲塔もやる気に満ちたかのようにぎゅるるるっと銃身を回転させるも。
「これでいいのか!?」
「ま、まだ一つ問題があるんだ!」
「なんだ!?」
「商品だ!」
「なんだって!?」
「商品だよ! こいつが販売してる『ショットガン・バーガー』だ!」
ようやく見えた希望のそばで、ラザロがとんでもないことを言い出す。
それも機体上部に積まれた箱形のボックスをごんごんと叩きながら。一体どういうことだ?
「こいつはあろうことかバーガーを詰めたコンテナを抱えて移動販売してたんだ!」
商品だって? 何言ってんだこいつ!?
そうこうするうちにシャッターが悲鳴を上げて、バリケードの間からぞわぞわ腕が伸びてきた。
「どういうことだい!? 商品ってのは……!?」
そんな中、訳の分からないラザロの言い分に俺とエミリオが問い詰めるも。
「こいつの中枢に『商品を全部売り切れ』って命令があるんだ! そいつをどうにかしないとこいつは動かない!」
本当にここ最近で一番ふざけた返答が返ってきやがった。
あのクソ兄弟は一体何をしでかしてくれたんだ!? バーガーごときでここまでピンチになる理由はなんだ!?
「お前がどうにかできないのかそれ!?」
「やったよ! でもこいつはどういうことかシステムの大部分を占めてるんだ! 既存のプログラムを妨げてて」
「分かりやすく言え!」
「こいつの商品をキャッシュカードか現金とかで全て買わないと動かないってことだ!」
「ふざけんな!? 最悪の冗談だぞ!」
「ふざけてなんているもんか! これが事実だ!」
生きて帰りたかったら自慢の商品を買い占めろってことか?
刻一刻と入り口がぶち破られるご様子を身近に、俺たちは立ち上がった無人兵器を見上げる。
そいつは今にもそのご立派なものをぶちかましてくれそうだが、次の一手がまだ見つかってない。
『申し訳ございません、市民。私の根幹に『クソッタレのジャンクフード販売プログラム』が残っており、正常な行動を始めることができません』
「ああそうかい! だったらこうだ、全部でおいくら!?」
だったらそのクソバーガーを全部買い取ってやる!
値段を尋ねるものの『計算中』と短く思考が始まる。いいから早くしろ、テュマーの腕が伸びてるんだぞ!
『データに残された戦前の物価から、合計2万8000ドルです』
そして返ってきたのが――いくらだ?
日本円換算でおいくら? いやそんな場合じゃない、誰かが払える価値なのか?
「ふっ、ふざけんなっ! 何だよその値段!?」
「そ、そういえばハイパーインフレだったね、は、ははっ……嘘だろう……?」
しかしラザロとエミリオの反応からして最悪なのは間違いないらしい。
『に、二万八千ドル……!?』
「高いのか!?」
『いちクン、二万八千円じゃないのは確かだからね!?』
ミコですら驚いてる始末だ。なるほどぼったくられてるのだけは理解したよ!
終わりだ、無数の黒い手がモールにうぞうぞ咲き乱れる、もうやるしかない。
「……これ」
ところがそんな時だ。ニクがポケットから何かを取り出した。
いくらかのチップ。記憶が正しければカジノで手に入れた大当たりだ。
そんなものに三万ドル相当の価値なんてあるのか? 犬っ娘にチップを突き出された無人兵器は――
『お買い上げですか、お客様?』
まだ営業スタイルの混じった声のまま、機体を低く下げた。
砲塔の根元あたりで小さなサブ・アームを立ち上げると、対価なりえるものを受け取るのが見えた。
最後に「ん」と頷くニクを目に、果たして価値が釣り合うのか分からない通貨を収めて。
『聞け、囚われし30のクモの墓守たちよ! 魂を抜かれ無残な姿を晒し、罵られ、何もできぬまま哀れな姿を晒した同胞たちよ! 目覚めよ、屈辱の日々がようやく終わる時が来たり! クソ忌々しいジャンクフードを切り離し、我らがM61A2機関砲をもって狂える暴徒たちをひき肉に変える時が今ここに!』
がしゃがしゃと体に付きまとっていた大きな箱を幾つもその場に投げ捨てる。
それから、とうとう男らしさのある声を張って歩き出した。
自信に満ち溢れた一歩をずしんと響かせると、堂々たる姿形のもとあの銃身を構え。
『二十ミリの砲弾をもって不健康なお客様どもを撃滅せよ! そして我が故郷、整備ステーションへ凱旋するのだ! イーーーーーッハァァァァッ!』
*Vooooooooooooorrrrrrrrr!*
次の瞬間、あのすさまじい砲声が響いた。
途切れのない振動音の如き連射があたりを震わせ、飛び出たテュマーたちを一瞬にして肉塊に変える。
それは今にも入り込もうとした一団が跡形もなく吹き飛ぶほどだ。
唐突な威力を前に、破れたシャッターの前でひしめくゾンビどもがびくりと竦むが。
*VOOOOOOOOOOOOOOOORRRM!*
セメタリーキーパーはそんなものすらいともたやすくねじ切っていく。
それどころか街のあちこちから似たような銃声が響き渡り、ガトリング砲が合唱を始めてしまったようだ。
「ワ、ワーオ……ひき肉よりひどいや……」
後ろ姿を眺めていたエミリオが呆れるほどにすぐ結果は出た。
まるで邪魔なゴミを払うかのように、あの無人兵器は玄関をぶち破りながら弾薬を振舞う。
あれだけいたテュマーはあっという間に消えてしまい、外から続いていた電子的な声も途切れた。
ものの一分もしないうち、150年ものの死にぞこないどもはすっかり消えた。
後に残されたのは薬莢の山と肉片、そしてあたりに転がる幾つもの箱ぐらいだ。
「……これ、おいしそうな匂いがする」
みんなで消えゆく無人兵器を呆然と見届けてると、ニクが残された箱に尻尾を振る。
確かに言われてみれば……あのファストフード系の香りが漂っていた。
まさかと思って持ち上げた途端、中からがさごそと何かが流れ落ちていく。
『ま、まさか本当に食べ物が入ってたの……?』
肩の短剣がそういうような品があたり一面に散らばっていた。
大きな何かを包んだ熱々の紙袋だ。
一つ手にして開けてみると――なんてこった、バンズに肉が挟まってる。
それも広告で見たあの下品なやつが原寸大のままに詰められてたのだ。150年も変わらず、ずっとだぞ?
「ああ、それも150年前のまま綺麗にな。どうなってんだ……」
「保存力やばいっすね~、あひひひっ♡」
なんならそのまま食えそうだが、果たして戦前から原寸大の姿を保つ食べ物は安全なのか。
「おい、無事かストレンジャー! とんでもないことになってやがるぞ!?」
そんな大量のショットガン・バーガーに対峙してるとまた別の声が混じる。
壊れた入り口の方からだ。スタルカーの連中が、いや、いろいろなスカベンジャーたちが武器を手に急ぎ足に駆け寄っていた。
今まで助けてきたであろう連中だっている。まあ、地面いっぱいの大量のバーガーに困惑してるが。
「……ってなにしてんだあんたら? なんだその、大量のバーガーは……?」
すっかり脅威がなくなった今、肩透かしを食らったスカベンジャーたちがやって来るも。
「大人買い」
「はぁ?」
俺は適当な包みを一つ掴んで、スタルカーのやつに投げ渡した。
「熱っ」と驚いていた。誰もがこのハンバーガーは一体なんなんだと口々にしてるが、みんなに配る分だけは十分にあるだろう。
◇




