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53 困ったときはショッピングモール

「やったぞみんな! 夢が叶った!」

「おおクリューサ! イチが戻ってきたぞ! 元気そうだ!」

「戻ったか、馬鹿者め! 俺はにわかに信じがたい光景を今日で何度も目にしたぞ、お前は常々非常識だと思ってたがどこにウォーカーを鹵獲する奴がいるんだ!?」

「イっちゃん! ご無事でしたのね!」


 路上でずらりと並ぶ姿に向かって走った。もちろん白い相棒込みで。

 クラウディアもクリューサもいるし、リム様も自走する杖と一緒に元気だ。


「リム様! 怪我ないか!?」

『りむサマ! 大丈夫!? さっき撃たれたよね……!?』

「私のお気に入りの帽子に穴が開いちゃいましたわ! 高かったのになんたる所業!」

「無事そうだな! 心配するな帽子の仇は討った!」

「後でうちが修繕してあげるっす~、あひひひっ♡」


 俺は両手を広げて待ってくれた小さな魔女を抱っこした。やわっこい。

 が、すぐにリバース。後ろから電子的なざわざわ声が迫ってきてるからだ。

 それにしても別れてそれほど経っちゃいない気がするが、もう何日も会ってなかったような気分だ。


『追跡! 追跡!』

『QUE-TE-COJAN-MIL-CABRASSSSSSSSSS!』

『走れ! テュマー! 走れ!』

『ァァァァァァァァアハハハハハハハハハッ!』


 そこにとうとうはっきりと、あの作り物の声が背筋に届く。

 振り向くな。あいつらはもう息遣いすら理解できてしまうほどに近づいてる。

 エミリオたちの姿が見えないのが気になる。だがとにかく走れ、全員で障害物だらけの道路を駆け巡る。


「ひっ、ひっ、う、うああぁぁぁぁッ!? なんなんだ、あの数はぁぁぁッ!?」


 途中で振り返ってしまったんだろう、汗だくで息切れ寸前のまま並走していた白い相棒が足をもつれさせる。

 まずい、転ぶ――無理やり引っ張ろうとするも、後ろからオーガの手が伸びて。


「フハハ! ずいぶん暴れてきたようではないか!」


 背の低い男を軽々担いで、俺と同じ足取りで話しかけてきた。

 頼もしい奴め。久々に感じるノルベルトの強い顔を見上げる。


「うおおおあぁぁッ!? な、なんだこのミュータント、はなっ、うわあぁぁ!?」

「ノルベルト、お前よりデカい獲物を狩ったぞ!」

「ほう! 後で聞かせてもらおうか!」

「聞いたらびっくりするぞ! なあミコ!」

『今それどころじゃないからね!?』


 巨体に抱え上げられた白い相棒と共にひどいマラソンは続く。

 ホワイト・ウィークスがやってくれたおかげか路上を妨げるのは戦前から残る車だけだ。

 都市からだいぶ離れた今、色濃く窮屈な街並みは整然とした光景へと変わっていた。

 背の低い建物たちがおよぼす、気取らない人々のための大雑把な街の姿だ。


「みんな、とにかく走るんだ! 奴らに追いつかれるな!」

「はぁ、はぁ……! クラウディア、俺たちは、どこに逃げているんだ!?」

「分からんがとにかく街の外を目指すんだ! 奴らの縄張りから抜けるしかない!」


 だが俺たちはどこへ逃げてるんだろうか? それにエミリオたちは?

 先導してくれるクラウディアの姿を追いかけ続けて、息が切れ始めたクリューサの問いかけが聞こえてやっと思考が回る。


「そうだ、エミリオたちはどうしたんだ!?」

「先導して脱出ルートを探してるぞ!」

「つまり落ち合えるんだな!?」

「あいつらの心配は無用だぞ! 信じるんだ!」


 先を走る後ろ姿が答えてくれた。あいつらはもっと先に潜ってルートを探してくれてるのか。

 ならいいさ。できれば早く見つけてきてくれ。


『スタルカーだ! 聞こえるかストレンジャー!』


 と、はるか向こうに構える世紀末世界の荒野に向かっていると無線が届く。

 それもあんまり穏やかさのない報告だ。耳にしようものなら悪いことが起きるはずだ。


「どうした!?」

『残念だが良くない知らせだ! 崩壊したホワイト・ウィークスどもがテュマーに飲まれてえらいことになってやがる!』


 ところが良くない知らせというのは本当にその通りだった。

 ちょうどそれがきっかけとなったかのように、前方の曲がり角からテュマーたちの一団がゆらゆら走ってくる。


「た、たすけっ、やめろっ、あ、ああああああああああ!?」

「待って、おいてかな……あっ、はな、はんせっ、ぁぁぁぁぁぁっ!?」

「鮮度良好の有機物を確保」

「脳みそおおおおおおおおぉぉぉぉ……!」

「アアアアアァッ、アッアッアッアアアアアアアアッ!」


 武器も持たずただ人肉を求めるだけの死者の群れが、道中逃げ戸惑う白い連中をも飲み込んで追いかけてきた。

 俺たちは周りから現れるテュマーたちを突っ切っていく。

 おかげで追いかける連中の頭数も増えた。背後は最悪の百鬼夜行マラソンだ。


「もう既にえらいことになってんだぞ!? なんだってんだ!?」

『あいつら全員やられたってことだ! 北から追いやられたテュマーたちがそっちに戻ってやがるんだ!』

「待て、戻ってるってどういうことだ!? 俺たちの方に来てんのか!?」

『ああそうだ! お前ら全員テュマーお墨付きのいい餌だ!』

「ふざけんな!? こちとらテュマーの津波みたいなのに追われてんだぞ!?」

『いいか、街を出てとにかく距離を離せばあいつらも諦めがつく! それまで根競べだ!』

「お前らは!?」

『屋上やらでやり過ごしてるところだ、俺たちの心配はするな! 走れ!』


 ただ『頑張れ』というアドバイスを受けて、とにかく走る。

 段々シャレにならない状況になってきた。建物の陰から、曲がり角から、一体どこから引き寄せられたのか分からないテュマーたちが姿を現す。

 付き添いの無人兵器たちの重い足さばきも伝わってきて、どどどどっ、と大口径の機銃が見当外れの方向へ放たれる。

 それを聞きつけた別のテュマーが加わり、逃げ進む先の雲行きが段々と怪しくなっていく。


「スタルカーのやつら、なんといっていた!?」

「どうにか街を出て引き離せば大丈夫だとさ!」

「ふっ、ふざけるな……! この状況でできるわけ、ないだろう……!」


 振り返って尋ねてきたクラウディアもそろそろ疲れが見えてきてる。

 背後のクリューサに至ってはそろそろまずい。スタルカーの報告に皮肉も言えないほどに息が上がってた。

 他は? ロアベアは涼しい顔をしてるが肩で息をしてるし、ニクも少し息遣いが荒い。リム様は空飛ぶ杖で軽々ホバー中だ。

 かくいう俺だって一息入れたい気分だ。もう元気にやれるのはノルベルトぐらいしかいない。


「そうか! なら大丈夫だ! もうすぐフォート・モハヴィから出られ――」


 それでも帰ってくるクラウディアの声は前向きだ。

 もう少しだ。これから更に疾走するはめになろうが、もう少しでこの忌々しい街からおさらばできる。

 フォート・モハヴィの終わりが目に見えて近づいているからだ。

 幾つもの通りを抜けて、ホワイトな連中をぶちのめし、テュマーに追われながらも、あの味気ない外の世界に迫りつつ――。

 

「違反者を確認! 制圧! 制圧!」

「逃がすな! 抵抗は無意味! 降伏せよ!」

「オ、ニ、オニクウウウウウウウウウウウウウッ!」

「アアアアアアアアアアアアアアガガガガガガガガガガガッ!」


 だが、なんて最悪なんだろう。

 そんな光景に希望を持って走り続ける最中、なんてことない街の中から青い瞳の一団が立ちふさがる。

 テュマーどもだ。それも十、二十というレベルじゃない人の形をした群れが、俺たちの逃げるはずだった道のりから現れたのだ。


「……どういうことだ……!? なぜこいつらが先回り」


 それは本当にいきなりだった。クラウディアが立ち止まり、一歩退くに値するほどまでに。

 目の前に現れるなり"獲物"にこぎつけたゾンビたちがそんな狼狽える彼女を逃すはずもない。


「――降伏か! 死か! 降伏か! 死か!」


 先頭でめぼしい餌にこぎつけられた一体が不潔な口を開いて駆け出す。

 続いて何人もの同類が足並みを揃えると、立ちふさがるテュマーたちがクラウディアにめがけて殺到して。


*papapapapapapapapapam!*


その光景に短剣二本で身構えようとしたダークエルフだが、突然の銃声が横やりをぶちこむ。

 口径九ミリの軽い銃声――それは続けざまに何丁分もの掃射にまとまって、襲い掛かるはずだった狂った人食いたちをなぎ倒す。


「急げ! こっちだ!」

「お前ら早く来い! そこらじゅうテュマーだらけだぞ!」


 声に振り向けば灰色の姿が何人も。それは間違いなく『ランナーズ』だった。

 エミリオのイケメン姿が、誰かさんの落としたステン銃を手に滅茶苦茶に撃ちまくる。

 おかげで逃げるだけの時間は十分に作られた。俺も背中の短機関銃を抜いて、呼び声の方へ向かった。


「エミリオ! 脱出ルートは見つかったのか!?」

「悪いニュースしか持ち帰れなかったよ! とにかく急いで! 離れないと!」

「お前が来てくれただけでもう十分いいニュースだ! いけいけいけ!」


 俺は他の仲間を先に走らせつつ、エミリオと一緒に銃口を群れに向けた。

 波のごとく迫って来る奴らにぱぱぱぱぱきん、と適当に連射。押しとどめる効果はなかったようだが、巻き込まれた何人かが転ぶのが見えた。

 十分だ。クラウディアたちがランナーズの先導に従って道を曲がっていくのを見守りつつ、45口径で牽制。


「で、逃げ道は!?」

「残念だけど街から出られない! 四方八方テュマーだらけだ!」

「ああそうか! で、行く先は!?」

「ショッピング・モールだ!」

「なんだって!?」


 逃げるアテについて聞いたが「出られない」だって?

 ひどい答えが返ってきたもんだが、打ち切った短機関銃に弾倉を交換しつつ後へ続いた。

 テュマーだらけの道を反れて曲がり、後ろも左右も怨嗟の電子音声だらけの路地を走る。

 入り組んだ道をどう走ってもテュマー、テュマー、テュマーだ。塀を乗り越え壁をぶち破り、数えきれないほどの死にぞこないが行く手を阻もうとする。


「訳はあとで話すよ! とにかくあそこに駆け込むんだ!」


 エミリオがステン銃で左右の追跡者たちに弾を浴びせつつ、必死の形相で「あそこだ」と顔で表してくれた。

 前方を塞ごうとしたテュマーがロアベアにすっぱりと切り落とされ、ニクに縫い留められる姿を追い越せば……そこには駐車場があった。

 ずっと放置された車に混じって大きな『W』を書き込まれた車両が幾つも止まっている。

 それらが向かう先にあるのは――大きなショッピングモールだ。


「マジでショッピングモール!? ゾンビ物のお約束で籠城しろってか!?」

「あそこはホワイト・ウィークスの連中が占領してたところなんだ! 少なくとも今現在一番安全だ!」

「ああそうだろうな! こいつらしのげるなら最高だ!」


 ランナーズの面々の誘導に従って進めば、大量の客を招き入れるための玄関が待ち構えていた。

 防犯対策ばっちりのシャッターが幾つも降りてるようだが、おあつらえ向きに一か所だけ不用心に開きっぱなしだ。

 背後から徒競走の如く走り出すテュマーに追われつつ、俺はエミリオと仲良くそんな入り口に向かって走り。


「うおおおおおおおおおおおおおお! 早く! 早くゲート閉めて!」

「どうして俺はいつも追われるんだクソが! みんな入ったな!?」

「全員入ったっす!」

「急げイチよ! すぐそこまで来てるぞォ!」


 先回りしてくれたノルベルトとロアベアに引っ張られる形で、どうにか入り込むことができた。

 それほど荒らされちゃいないどんよりとしたショッピングモールの中身が視界に入ってくると同時に、背後でがしゃっ…と頑丈なシャッターが下りていく。

 見ればエミリオの仲間が緊急用のレバーをいじって閉めてくれたようだ。


「アアアアアアアアアァ……! にく、おにく……!」


 こうして逃げ込んだ俺たちは、シャッターをがんがんと叩きつつ恨めしそうに声を上げるテュマーたちと落ち着いてご対面できるようになったわけだ。

 しかしその数たるや異常なものだ。駐車場が埋め尽くされて、もはや逃げ場がなくなるというほどに。

 本当にこんな信じられない数のテュマーに追われてたのか?

 中に押し入ろうとガンガン金属を叩く奴らを目にして、俺は思わず尻もちをついて倒れてしまう。


「す、すごい数っす……。こ、こんなに追ってたんすね……」

「……疲れた……」

「な、なんとか逃げきれたようだが……この数は由々しき事態だぞ……」

「……逃げたのは、いいが、これから、どうするんだ……!」


 ノルベルトはともかく、他の連中もかなりぐったりしながらその場に座り込んでしまった。


『……も、もう追って来れないよね……!?』

「さあな、あっちがその気になってくれないことを願お……」


 すぐ間近でシャッターをノックする連中から後ずされば、肩の短剣が「顔があれば青ざめてそうな」感じで声を震わせた。

 ひとまず、これで時間は稼げたはずだ。こいつらがシャッターをぶち破るという凶行に出なければの話だが。


『……お客様を検知。セメタリーキーパー稼働します』


 ……いや、もっとひどいニュースがあったみたいだ。

 俺たちの後ろ、そこに広がるホールで何かがずしりと重く歩んだ。

 人でもなく、車でもない、むしろ両方を掛け合わせたような重みがある。

 もしや、と顔を合わせて全員で振り返ると――


「……先客がいるみたいだぞ? 冗談じゃねえぞおい……」


 きっと誰よりも早く俺は絶望した。

 なぜならそこには、あのクモみたいに歩く無人兵器……『セメタリーキーパー』が待ち構えていたのだから。

 対して街のお役に立ってないそいつは、ご挨拶とばかりにこっちに向けて六つもの銃身を持つ機関砲を鈍く輝かせた気がした……!

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