48 デカブツには魔法の杖(炎属性)
転職して20分足らずでバックれた職場を後にして進むことしばらく。
『――ストレンジャーがすぐそばにまでやってきたという情報があった! 奴の狙いはホワイト・ウィークスを瓦解させることだ! ブルヘッドで俺たちの物資を心待ちにする人々のことなんて全く考えちゃいない、薄っぺらい正義を振りかざす悪党だ!』
人探し中のウォーカーたちが足止めを食らってる現場から離れたところで、あの不愉快で元気な声が良く届く。
白い姿に紛れて進み、建物と建物の間を潜り抜ければ巨大な駐車場があった。
150年前の貨物トラックが何十と放置されたままで、それでもなお誇れる広いスペースに白い姿がざわざわごった返している。
『ねえ、ホワイト・ウィークスの人たちがいっぱい集まってるよ……? それに誰かが演説してるみたいだけど……』
低い金網で覆われたそこに見えるのは、ミコの口ぶりそのまんまの状態だ。
あの機関砲を装備した戦車、手製の砲塔を乗せた装甲車、物持ちのよさそうな軍用のトラック、そういった車両が整列していた。
その隣で逆関節型のウォーカーが何機も周囲を見張っており、さて一体何があるのかと目を見張れば。
『――我々がここまで人々の信頼を勝ち取るまで、一体どれだけの苦労と努力をしてきたと思ってるんだ! あいつは頑張ってきた俺たちを認めようともしない、それどころか人の歩んできた道のりを平気で踏みにじる悪ガキみたいな小物だ! そうだろうみんな、そうだといってくれ!』
ここにきてとても耳障りな声がとっても良く聞こえてしまった。
トラック専用の駐車場のど真ん中、誰にも引きずってもらえなくなったトレーラーの荷台の上でアレが立っている。
白い姿の若い男だ。ヘルメットなしの頭は自信たっぷりの顔つきで、目の前の部下たちを支離滅裂に口説いてるようだ。
果たして本心から聞き入れた奴はどれほどいるのかは別として、敵に回せば厄介な数だけはある。
「こんな時にわざわざ俺一人の為にお気持ち表明してくれるなんてよっぽど暇らしいな。他にすることないのか?」
『テュマーが迫ってるんだよね……? こんなことしてる場合じゃないと思うんだけど』
希望の若きリーダーを構える白づくめどもはあくびをしたり、小声で暇そうにしながらもありがたいお言葉を受けてる。
あれがさっき聞いた『ムスト』さんか。
大げさな言動とそれに伴う手ぶり身振りで必死に気持ちをお伝えのようだが。
『――俺はけっして屈しない! 俺を認めてくれる人間はけっして多くはないがいてくれるんだ! 俺たちの矜持と大義のため、そして待ってくれる人々のため、ここで奴に決戦を挑む!』
興奮しすぎてますます言葉の度合いがブレてきたそいつが示すのは、荷台のそばに立つ二足の巨人だ。
さっき俺にご挨拶してくれたのと同じものだ。腰を落として待機しており、搭乗者を待ち遠しそうにしてる。
あの様子だとあいつらの抱える矜持やらも他人から盗んだものらしいな。
『……何言ってるの、あの人……』
「いいおもちゃがあって早く使いたいんだろうな、それも俺に対して」
そんなドヤ顔の宣伝を遠目に見てると、流石の方の相棒も死ぬほど呆れた。
俺からすればたまたまぶち当たったやつが人のことを勝手に宿敵&諸悪の根源認定した挙句、また勝手に決闘を挑まれた気分だよ。
何が言いたいかって? くっそ面倒臭い。
『――俺たちホワイト・ウィークスの白い旗のもと! 奴と共に戦ってくれる勇者をここに集う! 誰か、誰でもいい、あいつと戦うのに力を貸してくれ!』
俺たちが逃げなければいけない街の北部の光景を背に、そいつはこってりくどい説教で問う。
周囲はまあまあやる気ってところだ。大義に付き合うつもりなのは少なさそうだが。
そのまますっきりしてどこかにいなくなってしまえ。そう思って眺めてた時、不意に視界の中で違和感を感じた。
掲げる両手の後ろ、もっといえば青い空に黒い何かが浮かんでるような。
『……いちクン! あそこ! 北の方の空!』
ミコも気づいた。もしやと思って単眼鏡を手に集中してみれば、空に思いっきり覚えのある誰かが見える。
リム様だ! フォート・モハヴィの空の上、杖に乗ってふわふわしながら周囲を見渡してるようだ。
「ミコ、リム様だ。北側で飛んでる」
『りむサマが!? よかった、あの人があそこにいるってことは……』
「そうだ、あいつら無事に北へ向かってくれたらしい。俺たちも早く行ってやらないと……」
最悪な状況続きだが、やっといいニュースが伝わってきたぞ。
ああして飛んで探してくれてるってことは、ここよりマシな場所にみんながたどり着いた証拠だ。
表情までは分からないが必死にきょろきょろしてるんだ、心配してくれてるに違いない。
『――ん? なんだ? 空?』
が、安心した矢先に荷台上のステージでムストのやつに取り巻きが近づく。
何かを耳に挟まれたと思いきや、はっとした様子で振り向いたようだ。
それから仲間と「あれはなんだ?」「何かいるんだ」みたいに指先込みでやり取りをした後。
『――子供が空を飛んでいる? いやまて、あいつは報告にあったストレンジャーの同行者だ! 俺たちを探ってるんだ! 何してる早く撃て!』
部下の双眼鏡をひったくって一目見るなり、すぐに身近にいるやつのケツを叩く。
いきなり「空飛ぶ標的を撃て」だなんて言われた取り巻きたちは狼狽えながらだが、手にしていた得物を構えだす。
ドラム型の弾倉のついた機関銃を軽々と構えると、その銃身は持ち上げられ――ああくそ、まずい!
*BRTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTT!*
制止が喉から出かけたが、それより早く恐ろしい連射速度が叩き込まれる。
単眼鏡の視界の中でリム様が杖ごとぐらっと揺れるのが見えた。撃たれたのか? いやどちらにせよ、落ちるような形で地上へ戻ってく。
『い、いちクン……リム様が! リム様が撃たれてる……!』
『――あんな子供に偵察をさせるなんて卑劣な奴らめ! ストレンジャーを許すな! ここで奴と決着をつけるぞ!』
そして脅威が一つ去ったと思い込んだあいつは、クソみたいな熱意のもとでそう告げたのだ。
決めた、お前は今ここで殺す。
リム様が無事だろうがそうじゃなかろうが関係ない、お前はやってくれたな?
「……スタルカー、聞こえるか」
今すぐにでも背中の五十口径をここから叩き込んでやろうと思ったが、少し考えて俺は白い人混みに向かう。
『こちらスタルカーだ。どうした、おっかない声して』
「今どのあたりだ?」
『テュマーパレードを眺めつつ北へ向かってるが、そろそろホワイト・ウィークスの支配地域だ。何かあったようだな』
「どうにか北部に逃げた『ランナーズ』と接触してくれないか? あいつらとはぐれて連絡が取れないんだ」
『事情はなんとなく察した。今すぐ急いで北へ潜り込めって無茶ぶりは聞いてやらんでもないが、何か伝えたいことでもあるのか?』
また一人で勝手に盛り上がり始めるクソ野郎の方へと近づきながら、俺は無線と共に前を見た。
気だるく耳を傾ける連中が次の命令を待ってる。荷台に立つ自分たちのボスを守ろうという気概はあまり感じない。
「こう言っとけ。クソ野郎どもに喧嘩を売られたからケリをつけてくる、戻ってくるのを楽しみにしてろ」
『あー……? なんだって? おい、お前まさか――』
交信終了。ホワイト・ウィークスの人混みをかき分ける。
いきなり自分たちを押し退けて、リーダーの立つお立ち台に近づく姿に多少は訝しんだ様子だ。
しかしだからといって止めるやつはおらず、すんなりと得意げに話す馬鹿に近づくことができた。
「――皆が一つとなって奴を打ち砕くんだ! 俺たちの行いを害するストレンジャーを、今ここで……」
荷台に踏み込んだ、心に響かない熱弁をふるまう姿が間近に迫る。
近くにいた白い装甲まみれの男たちは流石に無視できるはずもなく、人間一人には大げさな機関銃を一斉に向けてきた。
当のご本人はというと、マイク越しに「えっ、あっ……」とあたふた躊躇うが。
「……な、なんだ、お前は」
「そうだ、この人の言う通りストレンジャーは極悪非道のクソッタレだ」
構わずそいつのマイクを分捕って、ホワイト・ウィークスのボスたるムストのそばでそう告げた。
後ろで「なんだこいつ?」「さあ?」と不信感混じりの声がする中、得物が下ろされるのを感じつつ。
「あいつは人の尊厳を踏みにじり、大切な車両をぶち壊し、命乞いすらも「安っぽい」と一蹴して容易く殺めるサイコ野郎だ。許していいと思うか? このフォート・モハヴィで一仕事するにあたって、見過ごしていい人物だと思うか?」
「あ、おい、お前なに人の……」
勝手に演説をジャックした。
ムストのやつは慌ててマイクを取り返そうとしていたものの、目の前に広がる白い人間が顔を上げたのを見て躊躇ったようで。
「俺たちの仕事はなんだ? まさか命をかけてせこせこ稼ぐわけじゃないよな?」
隣でうろたえる姿の背中をぽんぽん叩きながら、そう問いかけた。
こいつにとっては都合が良かったんだろう。次第に集まる感心に気を良くしたのかうんうん頷いてる。
「だがこの人の言う通り、ストレンジャーのせいで台無しだ。楽勝だったはずの仕事はあっという間にこのザマだ、俺たちは今苦境に立たされている」
「そ、そうだ……いつも通りの仕事ができなくなっちまってる」
「その通りだ! 楽して稼ぐつもりが命懸けだ、こんなのおかしい!」
段々と声が上がり始める。
隣で棒立ちの様子に「どうだ?」と顔で確かめると、満足したように「続けてくれ」と頷かれたので。
「そこで問おう! 俺たちのリーダーは誰だ? 俺たちがおいしい思いをできる理由はどこにある!」
盛り上がってきた演説の調子にあわせてやった。
当然、白いやつらが注目するのはちょうど隣で言葉をなくしているムストだ。
「ムストさんだ!」「そう、ムストさんしかいねえ!」「そこにいる俺たちのリーダーだ!」「そこにある!」
いい感じの質問だったらしいな。やる気を出した連中が次々とその名前をたたえ始める。
「……そ、そうだ、こいつの言う通り俺にはお前たちを導く大義があるんだ! みんな、ついてきてくれるよな!?」
本人はいい気分になってるのかドヤ顔の笑みだ。
取り巻きたちも唖然としつつも、唐突に乱入した余所者に深く感心してくれてるようだった。
そして良く盛り上がった舞台で歓声が上がる。
まるでこれから、決戦に挑む一人の偉人をたたえるかのようにだ。
「ついてくぜ、リーダー!」「俺たち恩があるからな!」「任せろよムストさん!」「ムスト万歳!」
一通りその場を盛り上がらせると、俺は隣で嬉しさ半分戸惑い半分のリーダーにマイクを返す。
「俺からは以上だ。どうかみんなを導いてやってくれリーダー」
「あ、え……も、もちろんだ! みんな、彼の言葉を聞いたな!? 俺たちは一つだ! 悪のストレンジャーに負けない正義が俺たちにある!」
そうして少し距離を置けば、そいつは降り注ぐ賞賛の声を浴びながらもウォーカーへ近づく。
ここからだとその背中が良く見えた。
開きっぱなしの背中から操縦席らしきものが見えて、上下に分かれたハッチが密封してくれる仕組みらしい。
どうにか人間二人が押し込めそうな閉鎖空間だが、その手の環境が怖い人間には拷問同然だと思う。
「行くぞみんな! 奴と決着をつけるんだ、俺たちの正義を示す時がきたぞ!」
そんな軍事色なカーキ色の巨人の背中に、ムストが乗り込んでいく。
よく見ると装甲に『ニシズミ・インダストリアル』と太文字の主張がしてあったが、大きな『W』にかき消されてる。
あわふやな若い男がひょいと潜り込めば、その大きな背は挟まれるように閉じてしまった。
「……いきなり割り込んできてびっくりだが大した奴だなお前、何者だ?」
「ぶっちゃけるとだな、あの人の演説よりはいくらかマシだったぜ。ありがとよ、おかげですぐ終わった」
それをきっかけに周りが騒々しく動き始める中、近くで事の成り行きをじっと見てた取り巻きが近づいてくる。
「ああ、たぶん俺の正体を知ったら驚くと思うぞ?」
「へえ、びっくりするほどの大物だったのか?」
「ははっ、面白いこといいやがって。で、お前は誰だ? 名前ぐらい教えてくれよ」
親し気に寄ってきたそいつらの前で、俺はアーマーを脱ぎ捨てた。
興味深々な様子は流石にそれで不信感を抱き始めるものの、お構いなしに窮屈なヘルメットもどこかに投げて。
「お前らの大嫌いなストレンジャーだ。決闘を受けに来てやったぞ」
銃剣を抜いた。
取り巻きたちが一瞬、お互いの目を見て戸惑う。
だがそんな余計な動作を一つ挟んだのは間違いだ。
左側の男が機関銃を構えだす――そいつの腕を引きずる、銃の重みでぐらっとよろめく。
「じっ、冗談じゃねえこいつっ!?」
もう一人が得物を向けてきた。腕を抑えたまま銃口を蹴り上げる。
*BRTTTTTTTTTTTTTTTT!*
その拍子に絞られたトリガが祝砲とばかりに短い連射、周囲がざわめく。
「こ、こいつ何考えふっ!?」
よろめいた男の首を刃先でなぞり裂いた、ショックで転がり落ちる。
続けざまに急な連射に体幹を崩すもう一人に潜り込む、そして銃を分捕りつつ脇腹を一突き。
「おああああああああああっ!?」と激痛で悶える声に混乱が広がった。
まだだ、すかさずクナイを抜いてそいつの首に叩き込む。
――残念なことに爆発する方だけどな! ピンを抜いてそいつをごろっと人混みの方へぶん投げ。
「見てろお前らァ! これがストレンジャーだァ! 決闘ォォォッ!」
観客たちが物理的に爆発した。そんな中、もぎたての機関銃を騒ぎ立てる様子にどっしり向け。
*BRRRTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTT!!*
トリガを絞った、シド・レンジャーズの黒人女性が使ってたあれと同じ銃声だ。
並大抵の火器じゃ出ない連射速度を前に、予想外の攻撃を食らったホワイト・ウィークスのパクり野郎どもが散っていく。
だがすぐ弾切れだ。そうやって敵を散らすと、ウォーカーがガシャンと重く立ち上がり始める。
『なっ、何が起きてる!? 何だ、何事だァ!?』
好都合だ。これこそが俺の狙いだ。
今にもどこかに走り出しそうなその巨体に向かって、俺は一切迷うことなく飛びついた。
がっちりと閉じたハッチの取っ手を掴んだ。それと同時にぐんっと機体が立ち上がる。
『いっ――いちクン!? な、なにするつもりなの今度は!?』
『く、くそおおおおおおおおおッ!? な、なにが、どうなって、う、うおおおおおおおおおおおッ!?』
「ストレンジャーだ! あいつが紛れ込んでやがった!?」
「ムストさん! 上だァ! あんたの機体に張り付いてやがる!」
そんじょそこらの一軒家より大きな体躯がたてば、周囲の混乱が一斉にこっちへ集ってくる。
次第に混乱するホワイト・ウィークスどもが銃を向けて撃ってくる始末だ。機体にかんかんこんこん着弾音が響きまくる。
『ばっ馬鹿野郎ォ!! 撃つな! 何撃ってんだクソォォォ!』
「ストレンジャーがいやがるぞ! 早く! ウォーカーから引きはがせェ!」
ウォーカーをぶっ叩く銃弾を前に、ムストはさぞ大混乱だ。
自分への攻撃をやめさせようと、ちょうど正面にいる民衆に向けて。
*dDODODODODODODODODODOMm!*
二連の機銃をぶっ放す――ミンチが出来上がった。
更にオートキャノンが滅茶苦茶に撃たれて、白い連中は火花と共に赤く弾け飛ぶ具合だ。
それでもなお止まらぬ銃撃にどすんどすんと、北へ向かって機体は走る。
『ひゃぁぁぁぁっ……!?』
『畜生ォォォォ! 何度も俺たちの邪魔しやがってェェ!』
そんな姿を追いかけようと後ろで無数の駆動音が響くが、ウォーカーは止まらない。
ムスト、お前は馬鹿だ。俺は決闘を受けてやったんだぞ?
だがな、俺とお前の間にドラマチックな決闘があると思ったか?
あるわけねえだろ、ここで死ね。なんたってお前にピッタリな棺桶があるだろ?
「――ノルベルト、俺の方がデカいぞ!」
俺は二足で走り回る死体置き場の上で、腰からあるものを抜いた。
全長30㎝ほどの魔法の杖だ。別名『テクニカル・トーチ』ともいう。
どうにかハッチにしがみつきつつ、その先端のぎざぎざを閉じた装甲の間に押し当てる。
……そして握りしめるようにスイッチを押し込む。
*bBaashhhhhhhhhhhhhhhhhhmmmmm!*
次の瞬間やってきたのは手袋越しにも感じる温かい感触に、目の前で派手に吹き上がる炎だ。
真っ赤な熱がすさまじい勢いで立ち込め、その先に会ったハッチなど容易くぶち抜いたようで。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーッ!? あ、あつい、あつあ、痛い、助けてっあいやだああああああああああああああああああ!?」
広げられた声越しの、それはもう耳にするだけで吐き気のする悲鳴が響き渡った。
後ろで追跡する連中の足が止まるほどで、ロボットはそれでも走りながら激痛の声をまき散らす。
空っぽになったトーチを捨てれば、機体の動きは段々と歩みを緩めて止まり始めて。
「ぎゃああああああああああああああああああああああっ……!?」
最後の一言はそれだ。
断末魔よろしくまとった絶叫を残して、機体はずしんっ…!と足を止めて――そのまま膝をついてしまった。




