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36 廃墟へGO! ついでにクソ野郎は死ね。

 眠りを妨げられたその晩、俺は陽気なエミリオと一緒に見張ることになった。

 こいつは本当に良く喋る男だ。具体的には家族代々スカベンジャーをやってるだの、自分の彼女は世界で一番美しいだの、彼女との感動的な出会いだの。

 反面、人の話も良く聞きたがるきらいもあった。

 スティングの戦いのこと、スピリットタウンで起きたこと、貪欲というか好奇心旺盛というか、まあとにかく喋るんだ。


 そうやってテュマーうごめくフォート・モハヴィを監視しつつ、クラウディアたちと交代してひと眠りした後のこと。

 ほどほどに休めて、リム様の簡単な食事――じゃがいもをおり混ぜた薄焼きパンに、エミリオたちが持ち込んだ缶詰めの肉やらを挟んだものを食べた。

 早朝の落ち着かない食事を摂りつつ、図書館から出て外の様子を確かめると。


「……おい、スカベンジャーってのは『立つ鳥跡を濁さず』って言葉とは縁がないのか?」


 北へ続く道路が封鎖されていた。

 問題なのはそれを担っているのは無数にうろつくテュマーの群れってことだ。

 先日叩きのめされたトラック周辺で有象無象ともいえる感染者の姿が不気味に揺らめいて、それはさらに北へと続いている。

 それも俺たちが進もうとした道をことごとく塞ぐように。


『……なんなの、あの数……嘘だよね……?』


 絶望的なミコの声に従って数えようものなら、例えばスピリット・タウンでの戦いが上がるだろう。

 あれだけの数を持つ群れが座り込み、眠り、棒立ちできょろきょろして、見事に通せんぼだ。

 そのずっと後ろで銃声がまた響き、何十もの姿が北へふらふら導かれてる。


「どこぞの女王がいれば蹴散らせそうな気はするがな」


 クリューサのコメント通りにあの女王様が欲しくなる状況だった。

 今なお続く銃撃や、隠す気のない爆発音が都市一つ分のテュマーたちを滅茶苦茶に動かしているのだ。

 機関銃の音には迫撃砲の炸裂音すらも混じってるんだぞ、何考えてやがる。


「いっぱいたむろしてるっす~。ゾンビ映画みたいっすね? あひひひっ♡」

「なんという数なのだ、おそらくあの動きからして一角にすぎんだろうな。北の方により集結しているに違いない」

「む、ざっと数えただけで100は超えているぞ。よくもまあこれほどの数がぽんと出てくるものだな」


 150年経ってもまだジューシーなゾンビたちの姿に、ダメイドもオーガもびっくりだ。

 そこにクラウディアの目視換算も含まれれば、どれだけ絶望的だと思う?


「エミリオ、スカベンジャーはああも非常識なのばっかなのか? 今隣にいるやつらの品性も疑いたくなってきたぞ」


 俺は弓に手をかけながら、身近なスカベンジャーのリーダーに問いかけた。

 黒混じりのブラウン髪のイケメンは「まさか!」と身振り手振りを始めて。


「いやいや、あそこまで下品なのはあいつらだけだよ!」

「じゃあ聞くぞ、こうも真昼間から街中で花火大会してる下品極まりない馬鹿は何者なんだ?」 

「コミュニティ・ホワイトウィークスっていうやつらだ」

「コミュニティ・ホワイトウィークス? 大層な名前だな」

「元々はブルヘッドのしがないギャングだったんだけど、人をとにかく集めて『スカベンジャー』とは名ばかりの略奪を繰り返して成り上がったやつらだよ。立派なのは名前だけで、他人の成果を横取りすることしかできないクソ野郎さ」


 この騒動の正体についてさぞ憎たらしそうに説明してくれた。

 ホワイトウィークスとやらはどうもわかり合えない人種らしい。少なくとも現時点では人の旅路を横取りしたただのクソ野郎だ。


「さぞ中身のなさそうな連中だ。で、ぶちのめしていいのか?」

「分かってくれて助かるよ。あいつらが死んだって誰も悲しまないさ、せいぜいリーダーがお気持ち表明するぐらいだよ」

『……北にシド・レンジャーズの方たちが居るって聞いたんですけど、そんなに悪いうわさが立ってるのに何もしてくれないんですか?』

「確かにな。そこまで悪評ばっかなのに素通りさせる理由はなんだ?」

「お二人さん、あいつらは悪知恵だけは働くんだ。ブルヘッドじゃ格安で略奪品を売りさばいてるもんだから人気を集めてるし、レンジャーの前ではいい子ぶってボロをださない、だから厄介がられてるけど直接手が出せないのさ」


 教えてもらったその馬鹿どもの情報からして、すみやかに始末するべき存在だと思った。

 確かにそんな連中をシド将軍たちがどうにかしてしまえば、その名残がねちねちとつきまとうに違いない。


「なるほど、俺様たちが世話になった者に迷惑をかけているようだな」


 そいつらを道中ぶちのめすプランも浮かんだが流石ノルベルト、『やってしまってもいいな?』という強い顔だ。

 ちょうどいいところにあいつらが『事故死』を起こす連中がここにいるわけだ


「質問はこうだ。そのホワイトウィークスってのはこの世から消えても問題ない連中か?」

「少なくとも俺たちは大喜びするだろうし、他の同業者も泣いて喜ぶ、そしてあいつらに迷惑をかけられた連中も報われると思うよ」

「決まりだ、道中そいつらと接敵したら壊滅させて進むぞ」

「フハハ、北の連中はどれほど強いか見せてもらおうではないか」

「やっと生きた人間の首落とせるっすねえ、あひひひっ♡」

「あー、恐ろしいことをさらっというねあんたら。おかげで頼もしいよ」


 これで目標が二つ定まった。

 一つはエミリオたちと共に北へ脱出、二つは厄介なスカベンジャーは俺とノルベルトとロアベアでぶちのめす。

 念のため他のメンバーの顔も「いいよな?」と見てみるが。


「また俺を睡眠不足にしてくれた礼をたっぷりとしてやれ。クソが」


 遠くで蠢くテュマーと、なり続ける銃声にクリューサはブチギレてるし。


「そんな卑劣な人間を生かしておく理由はないぞ。この世界のルールに則って私たちが逆に略奪してやろう」


 クラウディアも朝飯をもごもごしながらやる気だ。


「……ご主人、ぼくもそういう人間は嫌いだから」


 ニクも槍を手にぺとっとくっついてくれた。

 これで全員の意思表示ははっきりした。スピリット・タウンの時みたいに俺たちを足止めできると思うなよ?


「そういうわけだ、お前らが道を示してくれるなら邪魔者は全部ぶちのめしてやるよ」

「人生で一番頼もしい言葉が聞けて光栄だよ! ちなみに俺たちは『ランナーズ』、廃墟を駆ける少人数のスカベンジャーさ」

「その割には失速してないか?」

「痛いところを突くね。でももう大丈夫、うまい朝ごはんも食べたからね」

「腹も撃たれて退路も断たれたと思ったけど、こんな質のいい食事を食べれるなんて地獄に仏だ」

「南じゃこういう飯が普通なのか? いつかそっちに移住しようかね」

「あんたとご一緒出来て光栄だ、ストレンジャー。市街地の行動は任せてくれ」

「テュマー相手の仕事は得意なんだ、うちのリーダーの話の多さには目をつぶってほしいがな」


 話がまとまったところで、エミリオは残った料理を口に押し込んだ。

 戦前の缶詰肉を包んだ生地はさぞお気に召したようで、他のメンバーも充実した顔ぶれでいる。


「ということでよろしく頼むよ、ストレンジャーズの皆さん。なあに、これだけ人がいるならみんな無事に帰れるさ」


 そして『ランナーズ』のリーダーはイケメン相応の笑顔でそう言った。

 外に待ち構えるのは北への道を塞ぐテュマーたち、そして略奪者たちはびこる都市への道のりだ。

 ……やっぱりこいつ、死亡フラグが立ってる気がするが。



 視界に映るテュマーの一団がもっと北へと進んだ頃、俺たちはぞろぞろ足踏みを揃えて都市の方へ向かった。


 図書館をわずかに離れて間もなく、大胆に道路を曲がって歩いた先は人工物だらけの光景だ。

 崩れたり、作りかけのビルが街中に谷を作っているほどだった。

 高い建物に挟まれた道路の上では、今なお人間から忘れ去られた車が奥深くまで渋滞を保ってる。

 都市が丸々一つ廃墟と化した今、これだけの質量をにぎやかす人々は骨だけの姿でそこらじゅうに転がっていた。


 何があったか、それを物語る材料は山ほどある。

 広々とした道路は錆びた軍用車両が壁となり、その隙間をコンクリートのバリケードが塞いでいた。

 それに向かっていくような形でテュマーたちの黒い死体が転がり、近くで職務を遂行しようとした軍人姿の骨が仰向けになっている。

 左右に広がる店舗はレンガや石を叩きつけられ、壁際のATMはこじ開けられて価値のない紙幣を今なお晒す。

 世が終わる瞬間がそこにあった。たくさんの死と共に。


「……よし、前進。瓦礫やガラス片に気を付けて」


 そんな無念そうな市街地を、スカベンジャーの一団が用心深い足取りで進む。

 その後を真似するように俺たちは行くわけだが、こいつらは思った以上にすごいやつらだ。

 自分たちがどう進めばいいか、後に続く連中をどう進ませるか、そう判断しながらすらすら足を動かしている。

 

「――ストップ、前方にテュマー」


 それに、まるで先が読めてるかのようにテュマーに敏感だ。

 突然無人の道路で立ち止まると、エミリオたちはかがんで近くに隠れる。

 俺たちも放置された軍用のトラックやバリケードに身体を押し込めるが――。


『前進、前進!』

『肉に、脳みそ、よこせえええええぇぇ……』

『オオオオオオオォォォォアァァァァァァ……!』

『散開、散開……!』


 ほどなくして向こうで、道を横切る黒い姿が現れた。

 ふらふらとした感染者ご一行が北部にめがけて行進中の様子だ。

 その気になればやれそうな数だ。ノルベルトが這いつくばったままそっと戦鎚に手を伸ばすが。


「それはやめたほうがいいよでっかいの。あれ見てよ、あれ」


 エミリオたちが必死に止めに入ったせいで、巨体相応の疑問符を浮かべた。

 俺たちも声を押し殺して様子を見るも、やがて向こうの足並みにずしん、ずしんと重量感が混じってすぐに気づく。


「……なんだ、あれ」


 『あれ』の姿は堂々と姿を見せてくれた。


 様々な身なりの感染者に混じって、目測で三メートルは超えている背丈が二足でずんずん歩いているのだ。

 身体中をデザートカラーの装甲に包み、その隙間から覗く無骨な機械の身なりが、逆間接の足で道路を横断していた。

 角ばった両手の先からは明らかに重機関銃の銃身を突き出して、両肩の斜め向きなボックスからは弾帯が接続されている。


『非保持者、視認できず。前進します』


 恐らく頭部と胴体を兼ねている、曲線を取り入れた胸部パーツのあたりからそんな声が届く。

 おそらくはテュマーと同じ電子音声を流して、そいつらは通り過ぎて行った。


『ろ、ロボット……なの? テュマーと一緒に行動してたけど……』

「ああいうのは初めてかい? あれはデザートハウンドっていって、セキュリティの弱さからテュマーのお友達をたくさん持つ無人兵器さ」

「友達づくりのセンスないなあいつ」


 そんな姿が通り過ぎていくのを見届けると、エミリオは落ち着いて教えてくれた。

 あんなの目にして良く慌てないな、と思った。


「で、あんなのがいるのにずいぶん冷静だなお前、なんだあのロボット?」

「テュマーの影響で人間狩りをするようになったやつなんだけど、けっこうザルでね。もし会ってもじっと隠れてれば大丈夫、何があってもあいつに喧嘩は売らないことだね」

「俺様だったらあれくらいどうにかできそうなのだがな?」

「大きいの、君がどれほど強いのかは未知数だけど、あれは重機関銃を左右に四問積んでるんだ。もし本気で暴れたら俺たちなんてあっという間にトリッパみたいになっちゃうよ」

「ノルベルト、お前は大丈夫かもしれないけど周りの被害が甚大になるぞ。今は抑えとけ」


 恐ろしい姿がかすかにずんずんと足音を残すが、脅威は消えた。

 二足で歩くロボットなんてカッコいいじゃないか。五十口径を四つも積むとか何考えてやがる設計者は。

 この様子だとウェイストランドにはああいう手合いがまだいるってことか。この都市であればなおさらに。


「クリューサ、あれもお前の知り合いか?」

「ヴェガスじゃパイプランチャーをしこたまぶち込まれて狩られていたぞ、懐かしい」

「ヴェガス? そのお医者様はあの物騒な都市からきたのかい?」

「ああ、あまり身に合わないので出て行かせてもらった」

「へえ、ずいぶん遠い所から来たんだね……」


 そしてまた進む。今度は大きな通りを通り抜けようとするが、遠くにいかにもな姿が現れる。

 テュマーの一団が何やらあたりを探ってるようだ。まだ聞こえる銃声にもうろたえてるようにも見えるが。


「大きな通りはあいつらばっかだぞ、どうする?」

「こういう時は抜け道だよ。街の路地があるからそこを使うんだ」


 弓をいつでも使えるようにしたままエミリオの判断を伺うが、一行はするりと曲がって路地へと進んだ。

 ボルターにいたころを思い出させる広さがかなり続いている。道中不衛生なゴミ箱や死体が転がってる以外、道を妨げるやつらはいなさそうだが。


「懐かしいな、なんかボルターにいた頃を思い出す」

「それってまさかボルターの怪のこと?」

「ひでえ覚え方しやがって。まあそういうことになるな」

「不死身の化け物が人喰いカルトに復讐したとか聞いたけど、その様子だと本当そうだね」

「ああ、おかげで人生で役立つ教訓が山ほどできたぞ」


 興味津々なエミリオに話をしてやるほどには余裕があるのは確かだ。

 妙に静かで、それでいて敵の気配のしない路地を進んでいくと。


『はははっ! こいつおもしれー! まだ生きてるぞ!』

『おらっ、どうした! 誰か助けに来てくれるんじゃなかったのかよ!』

『あ、っ……やめ……助け……』


 道中、その曲がり角の奥からとてもそれらしい声が聞こえた。

 思わず全員の足がぴたりと止まるが、俺は慌てずクナイに手をかけて。


『いちクン、この声ってもしかして』

「エミリオ、この下品な声はもしかしてホワイトなんちゃらか?」

「じ、実際に確かめた方がいいんじゃないかな……?」

「そうか。じゃあそうしよう」


 なんとなくわかるさ、俺は両手に得物を掴んで堂々と曲がった。

 そこは突き当たりだ。逃げ場も行き場もない空間で、白い防具で身を固めた二人組が何やら楽しんでいて。


「さっさと吐け! お前たちが回収した物資はどこだ!?」

「俺たちホワイトウィークスに隠し事とは感心しねえなぁ!? 今度は顔のパーツを削いじまうか!」

「たすけ、たすけて……分かった、教えるから……!」


 一目で「スカベンジャー」と分かる男が、目を赤黒くしながらもがいていた。

 身体中痛めつけられてぼろぼろで、抉られたであろう片目あたりが地面に転がっていて。

 

「――おい、お前らホワイトウィークスか?」


 よくわかった。そいつらの後ろで声をかけてみた。

 すると二人はぴくっと震えた後、手にした散弾銃やバットを手に。


「あぁ? 俺たちになんか用か?」

「俺たちの名前知ってるってことはよ、まさかカモがきてくれ――」


 口元を黒いマスクで覆った相応の顔が、ぎろっとこっちを睨んできたが。


「あ、そう。じゃあ死ね」


 ――むき出しの目にめがけてクナイを振り下ろす。

 びゅおっ、と離れた刃先がぐっさりと刺さった。

 咄嗟の出来事に「お゛お゛……!?」とショック混じりの声でそいつが倒れると、バットを手にした方は唖然とこっちをみて。


「……は、あっ!? な、なんだこいつ――」


 ようやく事の重大さに気づいて逃げようとしたらしい。

 振り返ったところにポイント、むき出しの首筋めがけてぶん投げた。

 重い投げナイフが吸い込まれるように刺さったようで、白いアーマー姿の男は派手に転んでゴミ箱に顔を突っ込んだまま沈黙。


「……ワオ、容赦ないねストレンジャー。これも教訓ってやつ?」


 苦しみ悶える誰かが残されたところで、エミリオが気味悪そうに俺を見てきた。

 同僚たちも似たような目つきだ。こいつら、人殺しには慣れてなさそうだな。


「これもボルターで経験したことだからな。市街戦じゃ敵に会ったらすぐ殺せ」

「さ、参考にするよ。後で『どんな人生歩んできた』とか言ったら怒るかい?」

「後で皮肉たっぷりに話してやるよ。それより負傷者発見だ、頼むぞミコ」

『うん! クリューサ先生ごめんなさい、見てくれますか!?』

「やれやれ、俺の相手はもちろんこの燃やせるゴミのほうじゃないよな?」


 俺はゴミ箱から伸びる二本の白い足をそのままに、目をえぐられた男へと近づいた。


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