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35 初めまして、スカベンジャーたち

古き友人、故takachuのキャラ

ここに生きる

2022/10/07

「あ゛っ……ああああぁぁぁッ! い、痛え……! 助け……くそっ! 腹が……!」


 図書館の床が血生臭い赤色で染まっていた。

 その発生源である男はじたばたとひどくもがいて、連れ添っていた男たちが必死に抑え込んでおり。


「――弾を摘出、傷も塞いだ。ミコ、悪いが仕上げを頼む」

『はいっ、クリューサ先生! 【ヒール】!』


 真っ赤に染まった脇腹にしかるべき処置をしたクリューサが離れて、ようやく肩の短剣の出番だ。

 マナが青い光をもたらしたのち、銃弾でぶち抜かれた下腹部が塞がり始め。


「おあぁぁぁぁぁぁ……!? し、死ぬっ、助け、ああああああっ……!?」

「な、なあ!? 大丈夫なのか!? こんなに苦しんでるんだぞ!?」

「死にやしないから落ち着け! 勝手にショック死するつもりかお前!?」

「……イチ、お前はもう少し患者に加減をしろ。万が一心臓がとまったらどうにかしてやるから心配はするな」

『大丈夫です、落ち着いてください皆さん! 誰か舌を噛まないようにしてくれますか!?』 


 血だらけのそいつがぴたりと動きを止めるまで、そう時間はかからなかった。

 ああ、もちろんいい意味でだ。しばらくするとだいぶ流した血で青ざめた顔がむくりと起きた。

 治療完了だ。夜分遅くの急患は優秀な医者と助手によって成功した。


「……あっ、おっ、俺……どうなってる……? 身体が、軽く……死……」


 生き返った男は放心状態のままあたりをぼんやり見渡している。

 一瞬こっちと目が合うと、俺の姿を見るなり自分の目を何度か疑ったようで。


「……ストレンジャーらしいのが見えるってことは、ここはまだクソ現世か?」

「残念だったな、天国に行きそびれたみたいだ。お帰り知らない人」


 ひどい気付けにようやく意識が覚醒したらしい。ひどい言いぐさだが患者には優しくしてやろう。


「無事で良かったな。リム様が飲み物を作ってくれたぞ、さあ飲め」


 怪我人にクラウディアからペットボトルが押し付けられれば、震える手で開けて。


「……助かったんだな、俺? なあ、エミリオ」


 そいつは一口含んですっぱそうな顔のまま、心配そうな仲間にそう声をかける。

 目の前にいるのは統一された装備を着込んだ集団だ。

 頑丈そうなカーゴパンツにフード付きのジャケット、その上にポケットが一杯ついたボディアーマーを重ねている。

 さらに背中には大きなバックパックを背負い、欲張りなことに何個もポーチを取り付けて物持ちを良くしようと努力してた。


「ああそうだ、助かったんだ。心配かけさせやがって」

「くそっ……あの馬鹿ども、独り占めするだけじゃなく邪魔者を減らす気満々じゃねーか……」

「今は考えるな、休むんだ。いいな?」


 そんな負傷者の手を掴んだのが最初に接触したあの男だ。

 よろよろと不安げに立ち上がる仲間を起こすと、まだパニックの残る顔つきのまま俺を見てきて。


「……ありがとう、助かったよ。まさかこんなところで噂のストレンジャーに会えるなんて思わなかった、あんたは俺たちのヒーローさ」


 疲れた仲間もろとも感謝を示してきた。

 こいつらの素性はまだわからないが、こうしてほっとしてる様子からぶち殺す対象にはあてはまらなさそうだ。


「そりゃどうも。現時点のヒーローは俺じゃなくてそこの顔色の悪いお医者様だ、あっちに感謝しとけ」


 ともあれ、助けたのはこっちだと不健康な医者の顔を指で示したわけだが。


「クリューサだ。医療費はそこのストレンジャーから取り立ててやる」

「はは、じゃあまたお世話になっていいかい? 助かったよ先生」


 目の前の男はちゃんとクリューサに感謝すると、フードを下ろしてブラウン混じりの黒髪を見せてきた。

 軽薄そうな髪型をしたイケメンだ。元の世界に持ち帰ればさぞモテそうな顔だと思う。


「初めまして、俺はエミリオ。北のブルヘッドってところから派遣されたスカベンジャーさ」


 革手袋を外してにこやかに握手を求めてくる。

 それどころか周囲の面々も続々とフードやマスクを外して、エミリオと名乗った男に負けないほどの整った顔を披露してくれた。

 見た感じ全員若いし装備もしっかりしてるようだ。なんなんだこの集団は。


「こっちは噂のあいつだ。ついでにお礼は肩の相棒にも言ってやってくれないか?」

『あ、えっと、どうも初めまして……ミセリコルデです』

「ワオ、ほんとに短剣が喋ってる。ありがとうお嬢さん、君も俺たちのヒーローさ」


 速攻で気を許したのか、エミリオの態度はすぐ軽くなった。

 スカベンジャー。確か廃墟からいいものがないかと探し回る連中のことだ。

 でも俺を一目見た時の反応といい、ミコを知ってる点といい、ストレンジャーに対して何かしらの理解があるみたいだ。


「その言い方からしてある程度ご存じらしいな?」

「もちろんさ! いろいろ噂は聞いてるよ、西じゃ街を襲うミリティアを壊滅させたらしいね? 戦車を手榴弾だけで何両も破壊したとか」

「どこで聞き間違えたか知らないけどそんな戦果上げたことないぞ」

「他には何十年と潜んでいた人食い族を素手で皆殺しにしたっていう話も聞いたよ」

「誰がそんな誤情報広めた? 嫌がらせかなんかか?」

「ああそれからスティングの戦いももちろん聞いたよ! 迫りくるライヒランドの兵を機関銃で何百と殺して追い払ったとか」

「おい、北じゃ俺のことどう思われてるんだ? 俺のこと馬鹿にしてんのか?」

『……原型なくなっちゃってるね……』

「ごめん冗談だよ! そんな噂が流れてるのは事実だけど、行く先々でウェイストランドを良くしてくれてることぐらいちゃんと知ってるさ。俺の彼女なんてあんたのファンだよ!」

「噂そのものはマジなのかよ……」

『いちクン、段々と人間やめてる風に伝わってない……?』

「俺ってイタリア系の人間なんだけどさ、いやヒーローって響きに憧れちゃうんだよね? あんたの活躍を聞いて『俺たちでもいける』って思ってこうして探索しにきたんだけどひどい目にあってさ。ほら見てこれ、さっきいった俺の彼女の写真」


 ……こんな状況にも関わらず、エミリオはものすごく喋り出した。

 その言葉の節々にストレンジャー人外説がにじみ出てるが、北の連中は俺のことを何だと思ってるんだろうか。


「どう? すっごい美人でしょ? ストレンジャーの活躍を聞いて感心してたんだけど、それでも人柄の良さは貴方が一番って言ってくれたんだ。任務前に伝えてくれたおかげで張り切っちゃったよ、でも実際はこんな有様で――」


 フレンドリーというか節操がないというか、さっきまでの状況も忘れてタブレットを開く。

 使い古したそれの画面では、ブラウンの髪をふわっと伸ばしたお姉ちゃんが待ち受けている。

 そうして仲間に「また始まったよ」とみられながらも彼女自慢だ。


「おいエミリオ。とりあえず黙れ、お前に言うべき大事なことが二つ分あるぞ」


 なんだろう、こいつの背後に死神がにっこり近づいてる気がする。


「おっと、ごめんね彼女の話しちゃって。それで大事なことってなんだい?」

「まず一つはお前たちが何者でどういう状況に置かれてるかって話だ」

「さっき話した通り、ブルヘッドのためにこの街でめぼしいものがないか探しに来たんだよ。なんだかテュマーの様子が弱まっててね、だからこうして戦前の物を漁りに来る連中がいっぱい来てるんだ」

「つまりお前たち以外にも同業者がいるってことか」

「うん、そう、でもそれが問題を引き起こしててね」

「どんな問題だ?」

「装備も良ければ数もたっぷりなスカベンジャーのグループが暴れ回ってるんだ。同業者を蹴落とす気概のあるクソな連中さ」


 不穏に感じる彼女の笑顔と共に、エミリオはくいっと親指を後ろに向けた。

 するとまた外からどどどどどっと遠い銃声が響く。

 今度は小口径の銃声も混じっていて、まるで戦場さながらの環境音がフォート・モハヴィに奏でられてる具合だ。


「ほら聞こえる? 重機関銃付きの軍用車で爆走しながら射的大会だよ!」


 仕上げにこいつの困ったような顔を見て理解した。

 ここは今稼ぎ時で、北から廃墟を漁りに来た連中が競争相手をこうして蹴落としてるようだ。

 困った点はここを戦場に変えた原因はストレンジャーにあるところだな。あの町の出来事がまさか次なる争いを生み出すなんて世も末だ。


「なるほど~、同業者同士で小競り合いになってるんすねえ」


 市街地に広がるよろしくない音にロアベアが挟まってきた。

 ただし胸元にによによした生首を抱えて。畜生、またお前はなんて第一印象を与えるんだ。


「そうなのさメイドさん! いやもう小競り合いっていうか戦争みたいな感じだよ、向こうは出し惜しみなしで略奪パーティーだよ! 今じゃすっかりフォート・モハヴィの一部がそいつらに占拠されててさ、しかもテュマーが集められて大変なんだ!」


 しかし予想外なことが起きた、このエミリオってやつはまったく動じてない。

 首なしメイドにかがんで視線をあわせて本当に良く喋る。それから身振り手振りを交えて自分の境遇を伝えると。


「……あー、うちのリーダーがやかましいがとにかくそういうことなんだ、ストレンジャー。テュマーが大きく動いてこの街深くまで探るチャンスが生まれたんだが、ここぞとばかりに独占しに来た馬鹿が暴れてるんだ」


 すっぱそうなドリンクを飲む負傷者の男が要約した。

 さぞ嫌な思いをしたのか下腹部を撫でさすりながらだが。


「お前がやられたのもその馬鹿のせいってわけか」

「ビルの上に陣取って狙撃してるアホがいっぱいいやがる。そいつにわざと急所を外されて、助けが来るまでいたぶられてたのさ」


 そういってチラっと傷をお披露目してくれたものの、おそらく背中からぶち抜かれたのか腹に裂けた痕がぼんやり残ってる。


「医者の観点から言わせてもらうが、その男が食らったのは小口径の銃を使った狙撃だ。完全に人間をターゲットにしたやり方だな」


 ついでにクリューサも指摘したわけだが、なるほど、人狩りも並行して楽しんでるのか。

 北っていうのはあのド変態といいろくでなしばっかなのか? くそ、ふざけやがって。


『……その人たち、そんなひどいことしてるんですか?』

「そうだよ短剣の姉ちゃん。そいつで仲のいい同業者の一団がおびき寄せられたテュマーに食われちまったんだ」

「狙撃でテュマーをおびき寄せて食わせていたというのか? なんと卑劣な奴らめ」


 狙撃を食らった男は不満気にするノルベルトにぎょっとしたが、その物言いに安心したようだ。

 謎のドリンクを飲み終えると、空になったそれをテーブルに置いて。


「南からきたあんたらに教えとくが。スカベンジャーってのは俺たちみたいに気さくなやつらもいれば、今お外で楽しんでらっしゃるクソ野郎の集まりだっているんだ。今回は両方来ちまったみたいだがな」


 まだふらつく身体で得物を手にした。

 滑車のついたクロスボウだ。見れば他の連中の武器はほとんどが静かなものだ。

 オイルフィルターのついた拳銃や小銃、大ぶりのナイフや槍、完全にテュマーを意識してる装備か。


「……またしても私たちの旅路の邪魔になってるんだな?」


 外の様子を見ようとすると、クラウディアが不満そうに外を覗いた。

 最初は銃声だけで済んでいた街並みが、段々と聞きたくない音を発し始めている。

 「ハァァ…!」という電子的な息遣いに、音の発生源へと向かっていく無数の足音。

 せっかく静まり返っていた夜はたたき起こされたテュマーでまた変わりつつあるわけだ。


「おいおい……まさかあいつら、テュマーを呼び寄せようがお構いなしかよ」

「意図的かそうではないかは分からないけどそれは事実さ。あいつらが暴れ回ってるお陰で北へ帰ろうにもテュマーで塞がってる」

『ま、待って……! じゃ、じゃあわたしたち、このまま北にいけないんじゃ……』


 それで被害を被るのがそいつらだけならいい。だが――

 俺はPDAの地図を開いた。この地方の写しだが、本来進むべきだった北への道路を見るも。


「エミリオ、率直に聞くぞ。俺たちは北を目指してるわけだけどこのままいけそうか?」

「ああなるほど、もしかしてあの道路を北上するつもりだった?」

「その通りだ、使えるのか?」

「何を隠そうあいつらがその道路を使って都市へと向かったんだ。多分だけど……」

「その馬鹿者どもがテュマーを連れ回した通り道だから塞がってる可能性があるということか」


 エミリオの不安そうな物言いに、クリューサが腹立たしい調子で言葉をぶつけてきた。

 そういうことだ。かき回されたテュマーが北へ続く道の上でうじゃうじゃしてるかもしれない。

 バカ騒ぎするスカベンジャーたちも追加すれば、どれだけの障害になるのやら。


「冗談だろ……? 今度はテュマーが邪魔するってのか」

「大丈夫、抜け道はいくらでもあるよ。大きな道路を進まなくとも北へ向かう方法があるんだけど」

「一応聞こう、どんな方法だ?」


 エミリオはこんな状況でもそんなに深刻そうじゃない顔つきだ。

 軽薄な顔で左腕のPDAを覗くと、その細い指がある点に向けられて。


「市街地を突っ切るんだ。テュマーに隠れてこそこそとね」


 言うまでもなくそこはテュマーたちが待ち受けるフォート・モハヴィの街並みだ。

 正気か? 敵陣の中をこんな人数でバレずに進めって言うんだぞ?


「言い換えるとこうか? テュマーにやべー同業者が混じってる街中を進めってことになるぞ?」

「まあ聞いてくれよストレンジャー。ここはさ、最近になってようやく手が付けられるようになった場所なんだ。だから今馬鹿みたいに騒いでる連中にとっては未開の地に挑む冒険同然なのさ」


 エミリオの言い分はつまり『冒険しながら脱出しろ』だ。

 仲間の一人も「俺たちにとっても未開だがな」と不安がっているが。


「実を言うと俺たちも無事に帰らなくちゃいけなくてね。そこそこに物資を集めたんだけど、ご覧の通り横取りしにきた連中のせいでこのざまさ」


 陽気なリーダーは彼女の映るタブレットを大事そうに抱えて、ゆっくり暗闇に向いた。

 外じゃテュマーの気配が強まって賑やかな世界が整いつつある。最悪なシチュエーションの一つだ。

 それからこっちに振り向くと、なんだか助けが欲しそうな顔をされてしまって。


「もしかして『一緒に北へ行きませんか?』ってお誘いか?」


 なんとなくその不安げな様子に尋ねると『まさにそうです』という表情だ。


「そういうこと。俺たちはこういう仕事には詳しいし、頼れるストレンジャーズがいる、二人で協力して脱出しないかって話さ」

「だそうだぞみんな。どうする?」


 そういうことか。なら話は早い。

 またしても阻まれたこの旅路の件に、俺はみんなの顔を伺うが。


『うん、それがいいと思う。慣れた人がいてくれたら頼もしいし』

「……ん、ぼくも。力になる」

「フハハ、俺様たちも頼られているわけだな。力が必要なら構わんぞ」

「うち、フォート・モハヴィがどんな様子なのか見てみたいんすよねえ? あひひひっ」

「せっかくだ、そこまでいうなら道中街でも漁ってめぼしい物でも探すか」

「おお、街の中を行くのか。隠密行動なら任せるんだぞ、スカベンジャーたちよ」

「テュマーってほんと嫌いですわ! 見つけたらやっておしまいなさい!」


 全員賛成か。よし、そうするか。


「分かった。エミリオ、お前の意見に賛成だ」

「やったね。流石ストレンジャー、話が早くて助かるよ」

「まーた旅路が潰れたな……。ところでもう一つの大事なことも伝えとくぞ」

「なんだい、ストレンジャー直伝のアドバイスか? 是非とも教えてくれよ?」

「こういうとき彼女とかの写真を見せていろいろ語るのは死亡フラグっていうらしいぞ、今のうちに待ち受け画面変えとけ」

「おいおい! 勘弁してくれよ! 彼女の顔が見えないなんて死んだも同然だよ!」

「俺のそばでドラマチックな死に方されたら迷惑なんだよ、いいから変えろ!」


 ここにきて初日でえらい目になったが、とにかくテュマーの群れを避けて通る必要がありそうだ。

 俺はエミリオに生存のアドバイスをしてから、外の様子をまた伺い始める……。


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