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34 荒廃した図書館で

「……良くも悪くも150年前のご様子ってことらしいな」


 戦前の暮らしがホラー映画さながらに崩れていくシーンを見せられて、『戦前はろくでもない』という言葉が正しかったことに気づいた。


『さ、最後のって……どう見てもテュマー、だよね……? いきなり起き上がって、目の色も変わってて……!?』


 動画が終わってしばらくしないうち、肩の視聴者も気づいたことを口にする。

 倒れていたご老人が、さっきまで義足を自慢していた青年が、いきなり目の前で化けるんだぞ?

 いきなりそんなものが日常をぶち破ってきたら、このカメラの所有者みたいに思考が鈍るだろうし、パニックになるのも当たり前だ。

 この日、一体どれだけの混乱がフォート・モハヴィを襲ったんだろうか?


「おお……もしやこれが過去の記憶なのか? 俺様たちのいる図書館の様子が映っていたが、最後のあの光景はやはり……」

「どう見てもテュマーっすねぇ、おじいちゃん元気になりすぎっすよ……」

「これが150年も遡ったこの世界なんだろうな。いやしかしなんなんだこの機械は? 魔法もなしに鮮明な姿が浮かび上がっているぞ」


 いつの間にかご一緒してたノルベルトやロアベアも考えを巡らせてる。クラウディアは戦前の技術の方が驚きみたいだが。


「……昔は、ここに人がいっぱい集まってたんだね」


 ニクは少ししんみりと、死体の山が残る図書館を眺めていた。

 きっとだが、骨だけになったそれはこの動画の中にいた誰かに違いない。

 一日の終わりが近づく頃、ましてお食事前に見て気持ちいいものじゃないな。


「人がテュマーに化ける瞬間を見れるとはな、興味深いものだ」


 全員でなんとも微妙な空気に浸ってると、クリューサのコメントがこれだ。


「まるで誰かをゾンビにさせようとするマッドサイエンティストみたいなセリフだな」

「心配はしなくていい。そもそもテュマーはお前が知ってるようなゾンビとは違って『噛めばお友達』じゃないからな」

「どういうことだ?」

「そうだな……テュマーは悪意を持ったナノマシンの影響だと前に言ってやった思うが、そもそもの話奴らが生きるための苗床がなければああも元気にしてやれないんだ。条件がないと発症しない」

「何でもかんでもあんな風になるってわけじゃないのか」

「ああ。例えばだが生身の身体にマルウェアが感染することはないし、人間の風邪がパソコンやタブレットにうつることはない。しかし困ったことにだな、戦前の奴らはどいつもこいつもテュマーになりえる条件を抱えていた」


 いうには、機械ゾンビになるには条件が必要だとさ。

 黒染めの画面の前でそう言われて考えてみた。あんな風に人間をやめるには資格がいるそうだが、一体なんなんだ?

 さっきの動画の内容を思い出して、みんなでつい考え込んでしまうも。


『……クリューサ先生、もしかしてその条件って……。身体に機械があることですか?』


 そんなとき、ミコのおっとりした声が恐る恐るな様子で尋ねた。

 満足のゆく言葉だってに違いない、クリューサは軽くうなずいて。


「よくわかったな、その通りだミコ。ほんのわずかでも電子部品が入っていればそれを苗床に、奴らは脳も身体も都合よく書き換えてしまうわけだ。感染というよりは乗っ取られるといった方がいいか?」


 とっても嫌な答えをバラしてくれた。そう言われればさっきの動画でも――老人と義足の青年がああなってた。

 でもそれだとこのウェイストランドにいらっしゃるテュマーの分だけ、機械を埋め込んだ人間がいることになるぞ?


「待てよクリューサ、じゃあそれだけテュマーになれる条件を満たした人間が山ほどいたっていうのか?」

「義肢、人工臓器、更には肉体や感覚を高めるためのインプラント、戦前の世界ではそんなものが流行ってたせいでテュマーにさせられた人類が山ほどいたのさ」


 いまいち信じがたいが、クリューサは不健康な顔で壁を見ていた。

 目で辿れば別のモニターが利用者に向けて一枚の画像でずっと広告を訴えていて。


【忙しい世の中で快適に過ごすにはインプラントがおすすめです! あなたの倫理観をサポートする補助記憶装置、代謝機能向上による疲労軽減には強化循環器、健康な肉体づくりに合金製の人工骨格……初めてのお客様には特典として最新の人工眼球二つをご提供――】


 大の字に広がった男がほのかな笑みと共に、自分の改造具合を主張中だ。

 手足は黒味を帯びた頼もしい四肢に置き換わり、脳みそは機械が刺さって背骨は頑丈な作り物になっているところを図解されている。

 さっきのやかましい宣伝と違って、黙って不気味な姿をさらしてる分まだマシなのが救いだ。

 

 「でもだからって都市一つがこうなるぐらいの数が生まれるんすかね~?」


 俺たちには到底価値の分からぬ広告に、ロアベアは疑問を抱いてる。

 そうだ、当時の価値観がどうであれこれだけの事態を巻き起こすほどそういう人間がいたのか?

 しかしお医者様からの返しは手短なもので、チップを一枚取り出すと。


「ロアベア、お前はこの前話したチップのことは覚えているだろうな」

「もちろんっすよクリューサ様~、チップwithチップって感じっすよね?」

「何もこの技術はカジノの為だけじゃないんだ。国民を管理するために人体にチップを埋め込んでいた――何が言いたいかわかるな?」


 そういって俺たちにまた見せてきた。

 チップの中にチップを詰め込んだ戦前の貨幣の一つだが、言うには人間にも同じように埋め込まれてたらしい。

 ……それがマジなら、埋め込まれた国民はもれなくテュマーになる権利も与えられるわけだ。


「まさかそいつも原因だって言わないよな?」

「どちらかといえば体内に埋め込んだチップの方がデカいだろうな。強制こそされてはいなかったが、国に管理される煩わしさの分いろいろとサービスを受けられたそうだ。となれば希望する人間も続出すると思わないか?」

『……じゃあ、昔はテュマー化する条件に当てはまる人間であふれかえっていたってことですよね?』

「そういうことだ。ここアリゾナのように広大な土地があればまだいいが、日本だとか狭い島国だとあっという間に奴らに食いつくされたそうだぞ」


 そしてミコと一緒に酷い事実も耳にしてしまった。

 どうもこっちの世界の故郷は何を隠そうテュマーのせいで全滅したらしい、元の世界もこんな風にならないでほしいところだ。


「よりよい身体を得るために機械を埋め込んだゆえに機械に支配される。なんとも気味の悪い話だな」


 話が終わると、ノルベルトは壁の広告を見てしかめていた。

 健康のため、いい暮らしのため、はたまた身体を補うためかもしれないが、それが生ける屍となるきっかけになるとはひどい話だ。


「健康が一番ってことだな」

「うむ。俺様これからも健康的に精進しようと思うぞ」

「お前たちはテュマーお断りの路線で強くなってるから安心しろ。まあ、俺だってあいつらはお断りだがな」

「医者目線で見ると手の付けようがないからか?」

「150年分の不衛生が詰まってるからだ。あいつらに噛まれようが別にお友達にはならないが、さぞ熟成した雑菌やらがついてるせいでひどい感染症を引き起こすぞ」

「貴重な情報ありがとう。あいつらに触る前に教えてほしかった」

『……うわあ……』


 さらに追加情報で、テュマーはクッソ汚いことが判明した。

 この先生は本当に為になる話を教えてくれると思う。できればもっと早く、わがままを言えば食前に話してほしくなかった。


「大丈夫だぞクリューサ、私は元気だから病気にはならん」


 その点クラウディアは言葉通りに元気だ。身体さばきとナイフで何匹もテュマーを屠ったドヤ顔には説得力がある。


「お前と一緒に旅をしてると医者と無縁な奴だなとは思っている、せいぜいその調子で一生健康でいてくれ」

「心配するな、お前の分も健康になってやるぞ。でもたまには身体の鍛錬もするべきだと思うぞ」

「うむ。ここ最近はしっかりと食事を摂っているようだからな、あとは適度な運動を加えればより良い医者になれるだろう」

「この顔色は生まれつきだこの馬鹿エルフと馬鹿オーガめ、どうしてここ最近は俺の見てくれをこうも指摘する人間が……」


 今日もお医者様の不健康な顔色はフランメリア人によっていじられてる。

 とにかく、さっきの動画の余韻が少しずつ薄れてきたころに。


「皆さま~! できましたわよ~! 本日はスモークチリですわ~!」


 エプロン姿のリム様がぺたぺたとやってきた。

 気が付けばすっかりおいしそうな料理が漂っていて、やっと夕食の準備ができたらしい。


「まあ、健康のためにしっかり食事はとっておくべきだな?」

「お前らと旅をして良かったことの一つだが、健康に気を使ってなおかつうまい飯が食える点だ。こればかりは認めよう」

「今日の料理はなんだ! 聞いたことない名前だぞ!」


 俺たちはもう二度と広告を流さなくなったモニターから、小さな魔女の用意する食卓へと向かった。



 膝の上にずっしりと柔らかい尻が乗っている。

 目の前に広がるはゆらっと踊る黒い犬の尻尾、ふわっと伸びた黒髪、そして大人しめに立ったわんこの耳で。


「ほら、ちゃんと口開いて」

「あー」

「……ニク、入れるぞ? いいな?」

「……ん♡ んん……っ」

「よしよし。もうちょっと力抜いて……」


 もし目隠しでもして黙って耳を傾けていれば、膝に乗せたわんこにいかがわしいことをしているようにも感じなくはないだろう。

 別にそんなことはしちゃいない。お食事の作法をレクチャーしてただけだ。

 腰かけたストレンジャーに愛犬がぺたりと座って、その後ろから両手を掴んでスプーンの使い方を教えていた。


「……おいしい」


 犬っぽい手を操ってどうにか一口送り込むと、顎の下あたりからそんな声が聞こえる。

 立ち向かう相手は皿いっぱいのどろっとした赤いシチューに、その上に乗ったスライスされたパン―ーあと焼いたじゃがいも。

 ワンプレートのそれをどうにか攻略させようと、腰かけた男の娘の尻にしかれつつも食器の使い方を教えてたわけだが。


「よし、じゃあ今度は一人でやってみてくれ」

「こう……?」

「そう、三本の指でぎゅっと押さえてそっと運んで……」

『あっ、いい感じになってる……! そのままゆっくり口に運んで?』


 やっとストレンジャーの補助なしで食べれるようになったみたいだ。

 犬っぽい手がぷるぷる震えながらもそれっぽく掴んだスプーンを動かして、燻製の香り漂う一口をぱくっと含む。


「……ん。できた」


 とうとう食器という文明の利器を得たニクが、むぐむぐしながら振り向いてきた。

 よくやったぞグッドボーイ。犬耳の間をわしわし撫でてやった。


「よくやったニク。やっと最初の一口にたどり着けたな」

「んへへー……♡ そこ気持ちいい……♡」

『やっと覚えたんだ……! 長かったね……』


 太ももの上でわんこは尻尾をふりふりしてる。

 それでもなお撫でると、感極まったのか頭をぐりっとこすりつけてきた。

 この出来事を忘れさせまいと念入りに撫でていると、柔らかい尻で潰されたストレンジャーにメイドの姿が近づいてきて。


「――背面座位っすか?」


 ニクのふわふわ感を味わってる最中、恒例行事のロアベアのテロがお見舞いされた。

 口にしたい気持ちは分からないでもない。かわいい女の子(男)を座らせて、べったり密着してたら場合によってはいかがわしく見えるだろうし。


「ロアベアァ! 飯食ってるときになんてこと言うんだお前は!?」

『ロアベアさん、いまごはん中だよ……』

「目にしたありのままのものを口にしただけっす!」

「せめてオブラートに包んで伝えろこのダメイド」

「じゃあ手懸けっすね、あひひひひっ♡」

「手懸け……ってなんだ?」

「大昔の日本で名付けられた体位の名前のことっすねえ、その名も背面座位」

「けっきょく背面座位じゃねーかくそが!!!」


 せっかくの感動が台無しだ。

 少し離れた場所でクリューサが『食事中だぞ』と嫌がる顔を見せてくれたほどには。


「あら、お二人とも……仲がよろしいですのね? ふふふ……」


 そんな感じで愛犬と仲良くご飯を食べてると、片付けが終わったリム様もやってきた。

 じゃがいも多めな皿と共にやってきた小さな悪魔風の姿は俺たちを見るなり。


「――背面座位かしら?」


 ちくしょう、なんてことをしやがる! お前もかリム様!

 ものすごく優しい笑顔で二連撃目を決められてしまった。


「んもーこの人も同じこと言ってる……」

『りむサマ、ご飯食べてるときにそんなこと言うのやめようよ……?』

「夜は二人とも犬になるんでしょう!? クラングルで出回ってる薄い本みたいに! 薄い本みたいに!」

「おい、いい加減にしろこの野郎! うちのわんこをなんだと思ってんだこの芋ッ!」


 とっ捕まえようとしたが『ひゃっはー!』とかいってじゃがいもと一緒に去っていった。

 いつも通りのリム様で安心した。でも食事中に不適切な発言をしたことは二度と忘れるものか。


『相変わらずだね、りむサマ……』

「逆にほっとした。あの芋マジで許さんぞ」


 悪しきものが去ったところで、目の前にあるもう一つの皿に手をつけることにした。

 ニクの頭に落とさないように慎重に一口をすくうと……まだ熱いそれから燻製の香りが届く。

 とにかく細かく刻んだ燻製の肉がいっぱいに入ったチリだ。赤色の強い辛そうなスープの中で、野菜や豆が一緒にどろっと煮込まれている。


「……チリビーンズみたいなもんか?」


 一口運んでみるが、見た目以上に辛くはなかった。

 酸味があって甘くもあるし、燻製の塩味のおかげで良く味がまとまってる。

 チリとはあるが水が欲しくなるほどの辛さじゃない、おいしい辛さだ。


『あ……前にブラックガンズで食べたチリに近いかも? そんなに辛くなくて、甘み強めで……』

「あそこで食ったチリか、確かにそれっぽいな」

『ハーヴェスターさんが良く作ってたよね。そっか、りむサマも一緒に食べてたもんね……』


 ブッ刺したミコの感想でやっとわかった、ブラックガンズで食べたものとそっくりだ。

 あっちはクレイバッファローの肉まみれだったが、こっちは燻製肉と野菜の缶詰のおかげで味わい豊かになってる。

 思い出すな。あっちじゃ食後は必ずコーヒーを飲まされてたもんだ。


「ハーヴェスターさま、今頃どうしてるんだろう」


 手元でニクがぴたりと止まって、外の様子を見ていた。

 そうだな、さんざん世話になったブラックガンズは元気にやってるんだろうか?

 ウェイストランドの食糧事情のためにさぞ忙しく過ごしてそうだが。


「あのおっかない先輩たちの心配ならいらないぞ、俺の十倍ぐらい元気にしてると思う」

『いつかこっちにも農場の作物が届くのかな……?』


 ニクの頭をわしわし撫でてから、俺はどことなく思い出深いチリを食べた。

 ハーヴェスター、あんたらのおかげでここまで頑張れてるよ。もしコーヒー豆を見つける機会があれば何が何でもそっちに送ってやるさ。


 


 じゃがいもが多めな食事を終えて、それから装備を整えて、次に待つのは明日の準備だ。

 明日も北へ向かって進んでいくと打ち合わせたところで眠りにつくことになった。

 もちろん全員が一斉に眠るわけじゃない、交代制だ。

 ここは今までと違って危険な場所だ。敵は来ないか、何か異常はないか、誰かが眠る一方で違う誰かがそう気を配らないといけない。


『……静かだね』


 最初の見張りを申し出て、入り口近くの壁にもたれかかってるとミコが言った。

 外にはもう真っ暗な世界が広がっている。相応の静けさもそこにある。


「……ん。変な匂いはしない、問題なし」


 隣でちょこんと座るニクも、今のところは自慢の鼻に何も反応はないらしい。

 ずっとこんな調子だが油断はできない。暗闇から現れそうな何かに意識が離れない。


「しかしまさか、こんな世界だったなんてな」


 少しでも退屈を紛らわそうと、フォート・モハヴィで知ったことについて振った。


『うん……あの動画も、クリューサ先生のお話も、まだ信じられないよ……』

「戦前のろくでもなさが一層良く分かった気がする。そもそもテュマーになる条件を満たした人間がクソほどいるんだぞ?」

『わたしたちもあんな風にならないってわかって安心したけど、それでもひどい話だと思うよ……』

「150年前の奴らも気の毒だな。きっと今の方が快適だと思うぞ」


 そんな風にあーだこーだと話を続けていると、急に外からどどどどどっ……と遠い音がした。

 銃声か? かなり遠くの方から響いた気がする。

 音のテンポと耳ざわりからして重機関銃、五十口径だろう。


「……今のはなんだ?」

『銃声だね……五十口径かな?』

「それもかなり遠いな。遠くで誰か撃ってんのか?」


 急な音に、俺は思わず散弾銃を――じゃなく、弓を取った。

 妙だ。テュマーだらけの都市で派手に銃をぶっ放すやつがいるってのか?


「ご主人、血の匂いが近づいてる」


 外の見えない何かに弓を向けようとしていると、今度はニクが反応した。

 こんな状況で一番聞きたくない単語だ。警戒心を引き締める。


「……また何か始まりそうだな。規模は分かるか?」

「ん、血の匂いに混じって人の匂いもする、数は分からないけど……」

「どこからだ?」

「北の方」

『北って……わたしたちが向かってた場所だね』


 なるほど、誰かが道路の先から近づいてるってことか?

 俺は入り口の近くでじっと外を見た。

 カウンターにいる役に立たなさそうなロボットは無機質に接客を待ち構えるだけだ。

 真っ暗な世界をじっと見つめていてもその正体とやらは一向に見えない――


 *ガランッ*


 その時だ、玄関の方から金属音がした。

 クラウディアの罠か! くそっ、中に入られたか?


『なんだこれっ!? ち、畜生! まさか回り込まれてたか!』

『そんなこと言ってる場合じゃないだろ!? ひとまず安静にできる場所を探さないと!』


 そんな声がしてぞろぞろと足踏みが重なる。

 いきなり聞こえたブーツの音からしてそれなりの頭数が入ってきたらしい。

 どうする? いや、どちらにせよ武器を構える前に一声かけよう。


「おい! 誰だ!?」


 俺は物陰に隠れて声の正体を探った。


「あっ、ひ、人か!? 人がいるのか!?」


 帰ってきたのは若い男の声だ。スティングで会ったあの義勇兵ほどの調子だった。


「いっぱいな! その返答からしてテュマーじゃなさそうだな!」

「そ、そっちこそ! いや、それどころじゃないんだ! 負傷者がいる! 敵に襲われてヤバイことになってんだ!」

「怪我人と一緒に敵を連れてきたってわけか!?」

「話せば長くなるんだ! その、入ってもいいか!? 武器はちゃんと捨てる!」

「どうしたイチよ! 敵襲か!?」

「お客様っすかイチ様ぁ~」

「私の罠の音が聞こえたぞ! やはり敵が来たか!?」


 見えない誰かとそうやり取りしてると、寝ていた連中もぞろぞろやってきたみたいだ。

 恐らく外にいる数に匹敵するほどの面々が揃ったところで、俺はやっと弓を下ろして。


「分かった、早く入れ!」


 事情がなんであれ、ちゃんと話してくれた点だけは信じてやろう。

 身を乗り出して伺うと、図書館の前で律儀に雑多な武器を捨てる戦闘服姿の連中がおり。


「すまない! お、俺たちは北部の探索チームだ! あんたらを襲う悪者じゃ――」


 その代表なのか、声の主であろう若い男が真っ先にやって来る。

 ところが俺を見るなり余裕のなさそうな顔が急に明るくなって。


「そっ……その格好、もしかしてストレンジャーか!?」


 どうもこの姿に何か思うところがあるのか、人様の格好に好意的に驚いていた。

 見れば周りの連中もだ。ぐったりとした仲間を支えながらも、まるで地獄に仏、みたいな感じで俺たちを見ている。


「ああ、俺はストレンジャー、あんたらを襲う悪者じゃなさそうだろ?」

「……そ、そうか、みんな! もう大丈夫だ! 南の伝説がここにいるぞ!」


 結果的に、名前と見てくれでこいつらはすぐに落ち着いたらしい。

 ようやく一息付けたのか肩の力を抜くと、後ろの連中も支えていた仲間ごとごろっと地面に転がってしまった。


「おい! 怪我人ごと転ぶな! クリューサ呼んで来い!」

「言われなくても来てる! 人が気持ちよく眠ってるときに急患か!」

「医者がいるのか!? ってうわなんだそのミュータントは!?」

「早く負傷者を見せろ! ミュータントぐらいで驚くなめんどくせえ!」


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