33 図書館からの戦前の記憶
勤務意欲を感じないロボットの後ろで、何十もの人間が落ち着けそうな図書館の風景が続いている。
ただしめぼしい本はほとんど抜かれ、隙間だらけの棚が埃っぽい向こうの景色を見せてくれてる点を除けば、だが。
『図書館なのに本がほとんどないや……』
「本の便利さは今も昔も変わらんだろうさ。読んでも良し、売っても良し、焼いて暖をとっても良し。とられて仕方のないものだ」
少し残念そうにするミコもそうだが、クリューサも中々にがっかりしている。
俺だって何かタメになるものぐらいないかと思ったが、児童書からビジネスの本までことごとく永遠に貸出中だ。
「これがこの世界の図書館なのか。流石にあちらのものと比べると小さいが、中々落ち着いた場所ではないか」
「歯車仕掛けの街のものとは比べるまでもないぞ。しかし世界は違えど図書館という文化はやはりあるんだな」
オーガとダークエルフはほこりの積もった室内を調べ始めたようだ。
広い部屋の中央には丸形のカウンターが置かれていて、その周りで本棚やテーブル、パソコンの列が図書館らしさを作ってる。
落ちつける場所なのは確かだ。なんていったって白骨死体だらけだからな。
テーブルでくつろぎ、床で倒れ、出口を求め、様々な骨の形が生前の最期を表現していた。
「あら……ここでずいぶんとお亡くなりになられたのかしら?」
「……ん。テュマーの死体もある、どかしておくね」
全員で安全を確かめるが、リム様とニクは足元の黒い死体に目をつけていた。
人型の骨に覆いかぶさる形でテュマーが干からびてる。わん娘がずるずる引きずって退室させられた。
「なあミコ、こんだけ人が死ぬ図書館ってどういう状況だったと思う?」
『やっぱり、テュマーのせいなんじゃないかな……?』
「イチ様~、このパソコンまだ電源ついてるっすよ~」
あんまりにも人間の名残が多すぎて不穏さを感じてると、ロアベアが据えられたパソコンをいじってた。
本当に動いてる。湾曲ディスプレイには青黒いデスクトップ画面が待機中だ。
「150年も動いてんのかよこれ……」
『な、長持ちしてるね……?』
「でも本が持ち帰られてるのにこういうのが残ってるなんて妙っすねえ」
まあ確かに、言われてみればどうしてこんな電子機器が無事かって話だが。
しかし疑問はすぐに解けた。席の間にこんな紙が立ててあったからだ。
【盗難防止のため電子機器には防犯タグを取り付けております。万が一持ち出した場合は数時間以内に警備ドローンチームが急行しますが、その際に死傷した場合、当館は一切の責任を負いかねます。ご了承ください】
ああ、うん、防犯意識は相当なものらしいな。
万全のセキュリティを示すそれを指で示してやると、メイドは「わ~お」と感心していた。
それからいろいろ探るも、だいぶ図書を損ねた棚と無数に横たわる骨ぐらいしかめぼしいものはなく。
「――まあ、今夜の寝床としては申し分はない。少なくとも腰を落ち着かせて休めるんだからな」
疲れたお医者様がソファーを陣取って、ぼふっと埃をまき散らす。
ここはすっかり暗さのかかった外の世界と隔離されてる。
一晩明かすにはいい場所かもしれない。あの時の住宅地よりずっと安全で快適だ。
「じゃあ本日はここでお泊りだ。ここで何があったについては考えない方がよさそうだけどな」
俺も適当な席につきながら見渡した。
丸形テーブルの向かい側ではヒトの骨格が一世紀ほど突っ伏し続けてた。
「どうであれ身を休めるのであればいい場所だ。私は休憩がてら周辺の安全を確かめてくるぞ」
クラウディアが荷物を下ろして身軽になると、得物を手に館内を歩き始めた。
みんなもいい具合に休める場所に落ち着き始めて、本日は図書館でのお泊りが決定した。
「決定だ、今日はここで休むぞ。まさかこんなとこで寝泊まりする日が来るなんてな」
『あ、あの……周りの白骨死体、このままにしておくの……?』
……テュマーのせいで感覚がマヒしてたが、確かに死体とご一緒していい気持にはなれないだろうな。
俺たちは目につくご遺体を外に運んで、簡単な形で弔った。
◇
かちかち。箱形の弾倉に弾が送られていく。
三本目に三十発分のそれを詰め込むと、45口径弾入りの紙箱は品切れだ。
スピリット・タウンの危機だったとはいえ、調子に乗って撃ちすぎた気がする。
『……明かりがついてるけど、どこから電力が供給されてるんだろうね?』
荷物を下ろして足を休めてると、相棒が室内を照らす光を不思議がってた。
この図書館はだいぶ本を損ねてしまってはいるが、ちゃんと電気が通っている。
それなりの広さの内側には様々な部屋があって、そのほとんどに明かりが回っている具合だ。
現にこうして休む間にも、壁に埋め込まれたモニターが定期的に広告を流しており。
『――三本の矢っていうアジアのお話を知ってっか? 一本の矢じゃ簡単に折れちまう、だが三本まとめちまえばそうやすやすと折れない、つまり協力が大事ってわけさ! そこでうちの従業員が考えたんだ、うちの目玉商品と照らしあわせたらどうなっちまうんだってな? そこでフライドチキンバーガー、ローストビーフバーガー、ポークリブバーガー、この三つから中身をちょろまかして合体させりゃ三倍うまいってわけさ!』
知能をかなり落とした無粋な有様で図書館の静けさが台無しだ。
ファストフードの広告なんだろうか? 男が散弾銃でどっかの他社のモチーフをズタズタにしてやかましく宣伝している。
『ショットガン・バーガー』の偉大さを説明したのち、やっと出てきたのがキッチンで雑に作られたバーガーだった。
きつね色のフライドチキン、赤みが鮮やかなローストビーフの薄切り、BBQソースがどっぷりなポークをバンズで挟んだだけの雑な料理だ。
かなり食いづらそうなキメラを大してうまくなさそうにかぶりついて、具をこぼしながら頷いたところで終わる。
『……変な広告……』
「絶対に炎上してただろうな今の」
壁から流れる広告が消えた。
こんなのを日常的に見せられる図書館利用者は相当気が滅入ってたはずだ。
食欲どころかその日のやる気すら削ぐ自社の製品自慢から離れようとすると。
「良い知らせだ、館内を調べ回ったが異常はなかったぞ。テュマーの死体こそあったがこの頃誰かが使った痕跡も見られん」
中を見回っていたノルベルトが戻ってきた、両手に本を抱えて。
少し痛んではいるがまだ読めそうなものが胸元に山を作っている。
「ご報告ありがとう。ところでその本はどうした?」
「まだ無事なものがあったものでな、時間を潰すのによかろう?」
そんな戦利品の中から「どうだ」と一つすすめられた。
ぱっと見て特に気を引くような書籍はない。建築の歴史だの経済のお話だの無縁なものばかりだ。
『あっ……料理の本だ。ネイティブ・アメリカンの料理……?』
が、肩の短剣がその中から何かを見つけ出したらしい。
さほど厚くない表紙の本に『ネイティブ・アメリカンの料理』と書かれていた、引き抜いた。
もしかしたらスキルが上がるかもしれない。読み終わったらリム様に見せよう。
「偵察完了したぞ。周囲には敵なし、少し離れたところも見てきたがこのあたりにはテュマーはいないようだぞ」
「変わった匂いもしなかった。たぶん、大丈夫だと思う」
さっそく貰った本を流し読みしていると、今度は外から二人が戻ってくる。
クラウディアとニクのコンビだ。視覚的にも嗅覚的にも異常なしと分かった。
「調べてくれてどうも。今夜の見張りは俺からやらせてくれ」
「分かったぞ。一応、図書館の入り口に音が鳴る罠をしかけておきたいんだがいいか?」
「踏んだら爆発するような罠じゃなかったらなんでもいいぞ」
ウェイストランドで大活躍のダークエルフは荷物を手に罠を仕掛けに行った。
一仕事終えたニクはてくてく歩いてくると。
「ん」
かぶっていたわんこなパーカーのフードを下ろして、耳と黒髪を見せてきた。
手袋も外して撫でてやった。尻尾をぱたぱたさせて蕩けてる。
「はい、グッドボーイ」
「んへへ……♡」
『ふふっ、いちクンもすっかりこの姿に慣れちゃったね?』
「こうして触ると確かに犬だったころの名残を感じるんだよな。人間の髪の奥にジャーマンシェパードの毛並みがあるみたいな……」
『そうなんだ……。いいなあ、わたしも触ってみたいや……』
「ん……♡ ミコさまにも触らせてあげるから、大丈夫」
「だってさ。楽しみにしてろよ」
ご対面して犬耳をぺこぺこしてると、図書館の奥からいい匂いが漂ってくる。
見れば一室でホットプレートに鍋が乗せられ、そこから複雑な香りが発せられてるらしい。
「イっちゃーん? この缶詰使ってもよろしいかしら?」
エプロンを付けた銀髪ロリがさっきの戦利品の使い道を見出してくれたのか。
適当な野菜の缶詰めやらを抱えて晩飯の具材にしようとしてるところだ、こういう時にすごく助かる。
「食材管理は基本的にリム様に任せたいぐらいだ」
「ふふふ、お任せあれですわ! 本日はスピリット・タウンで仕入れた燻製肉のシチューと、事前に作ってきたポテトパンですの! あとじゃがいも!」
俺は戦利品を押し付けて、夕飯を一任させた。
リム様と一緒にいるとじゃがいも尽くしになるが少なくとも飯には困らない。
「……またじゃがいもか」
『シチューにもじゃがいも入ってたらどうしよう……』
二人で食卓の行く末を気にしてると、今度はクリューサが奥から歩いてきた。
やっぱり油断できないのか万が一のためにナイフを手にしていたが、俺たちの姿が見えるなり下ろして。
「イチ、何かめぼしいものはないかと調べてたんだが面白いものを見つけたぞ」
何かを手渡しにきた。
疲れが取れない顔が示す好奇心の先にあるのは――黒くて四角い機械だ。
レンズがついていて、どうもカメラか何かに見えるが。
「そいつが面白い物か? なんだそれ?」
「ボディカムだ。警備室があったから見たんだが、死体のそばに落ちていてな」
「なるほど、それじゃこいつをどうすればいいんだ?」
「そいつにはメモリスティックが刺さってる。お前のPDAを使えば中身が見れるぞ」
つまりこういうことらしい、記録されてる映像が見れるはずだと。
渡されたそれを手にしてみると、いくつかのスイッチの中にメモリスティック用のカバーがあるのが分かった。
開くとカチっと音がして、その中に見慣れた形が入っている。
指で軽く押すとPDAに対応した形のそれが出てきたわけだが、いざ読み込ませると動画ファイルが現れる。
「動画ファイルだとさ。早速見てみるか……」
そのまま再生できそうだが、ふと画面を見ると動画に関するいろいろな機能があることに気づく。
中に周辺機器と同期できるシステムがって、目にする限りはさっきからやかましい壁の広告を映すモニターが候補に挙がってる。
迷わずPDAと合わせた。すると変な広告がとまって――
『……ルイス、出勤だ』
乗っ取られたモニターから動画が流れ始めた。
俺たちは画面いっぱいに映る戦前の光景を目にしていく……。
◇
一枚の画面にボディカムの様子が映っていた。
たぶんこの図書館だろう。棚にはみっちりと本が並んで、多くの人が静かに過ごしてるところだ。
視点は窓の方へとむいて、開発中の都市の姿を確かめる。
……これが戦前の姿だったのか。
道路を走るたくさんのトラック、外を出歩く人たちの姿、そして荒野に浮かぶ現代の街の形が、世紀末前の物だと良く示していた。
こうしてみる限りは絶望の未来とは程遠い様子だ。
『ルイス、出勤だ』
そんな中、視界の外で誰かが言った。
カメラが動く。撮影者が手にしているだろう突撃銃の形に続いて、ジーンズとシャツに戦闘用の装備を重ねた気軽な男の姿が現れた。
『……ブレダ、お前また余計な武器を持ち込んでるのか?』
民兵、とでもいうべき格好をしたそいつに男の声が向けられる。
相手は中々に重武装だ。ボディアーマーやリグに付け加えて、切り詰めた散弾銃すら腰につけていた。
『いいだろ別に、どんな武器を持ち込もうがお咎めなしって市から言われてるんだろ最近は』
そんな格好の男は軽い足取りで進んで、撮影者も早足で後を追いかける。
利用者でにぎわうそこは、壁からのひどい宣伝を除けば静かで穏やかだ。
本を探る誰かも、絵本を読む子供も、パソコンに向き合う人間も、平和のもとで一日を過ごそうしている。
『図書館で武器を持って警備しろ、だなんて言われた時は驚いたけどな、まさかここまで当たり前になってるなんて……』
カメラの持ち主は呆れてるようだ。
武器を手にした二人は図書館の光景に溶け込むも、道行く人は誰も気にしちゃいない。
いや、もう慣れてしまってるのかもな。こんな有様が日常化するほどの治安なのか。
『もう慣れろよ、こういう世界なんだ。でもなあ、いっそのことテロリストでも襲ってきてくんねえかな』
『お前、そいつは勤務中に言うセリフじゃないだろ? ここで殺戮でも起きてくれってか?』
『ちげーよルイス、俺は退屈だし稼ぎ時が欲しいのさ。もしきてくれりゃそいつらを仕留めて給料アップだ』
『お前じゃ無理だろ』
『こう見えて地元の射撃大会じゃ毎年二位なんだぜ?』
『そりゃ結構なこった。お前はまずありもしないテロリストと戦うことよりも図書館の安全を守れ』
二人は銃を手にしたまま、そんな話を続けて歩く。
壁には【図書の盗難が相次いでおります】だのと書かれており、そんな注意書きを目に相棒の男は鼻で笑っている。
『ったく、笑っちまうよなルイス』
『いろいろ笑える話題はあるが、どれかによるぞ』
『だって図書館だぜ? こんな世の中だから本すら盗むやつが増えてんだ、それを民間軍事会社が見張って防いで最悪撃ち殺せ、だなんて笑える仕事だと思わねえか?』
『こんな世の中だ、もうこれが当たり前なんだよ。それに聞いた話なんだが、ボストンじゃ同業者たちが銃を持ち込んだ暴徒どもと病院で撃ち合ったって聞いたぞ』
『世も末だねえ。病院で撃ち合いとは……』
『それだけ追い詰められてるのさ、俺たちは。この国の医療制度がひどいのもあるがナノマシンのせいでそういう現場はもう滅茶苦茶さ、人も薬も足りなくなってる』
警備員二人は更に進んだ。入り口近くのカウンターで、あのロボットが棒立ちなのが分かる。
子供が「こんにちは」と手を振ると、機械の受付はそれらしく手を振って返したようだ。
『そういえば聞いたか? ずっと北で陸軍の部隊がカナダ軍に負けて敗走したって話』
『ああ、もちろんだ。山岳地帯でやられたらしいな』
『噂なんだが、女性の狙撃手が活躍してるんだとさ。工兵も戦車兵も1㎞程離れた場所から殺されまくって大混乱だ』
『そんなゲームみたいな話あってたまるか。どうせ嘘だ、プロパガンダの類だろ?』
『そうもいかないんだなこれが。その軍人の家族が昔に動画を投稿してたらしくてな、自分の射撃の腕前を披露しててさ』
『へえ、見たのか?』
『ああ、昔の西部劇映画みたいによ、単発式の小銃でスコープもなしに700ヤード先の的を撃ち抜きまくるんだ。ありゃ銃の神様に魅入られたバケモンに違いねえ』
『そんな人間がいるなんて信じられないな』
『いやほんとだぞ? 名前だって知ってるぞ、確か、ジニー……ヴァージ……』
次第に飽きてきたのか、二人の会話は増していく。
この相棒を刺激してくれる犯罪者なんていないし、世紀末のような物騒な見てくれもない。
普通の人々だ。フォート・モハヴィの市民たちが過ごしている。
『よおあんた、大丈夫か?』
そんな中、物騒な相棒は誰かに気づく。
カメラの視線が追えば、そこにいたのは階段近くでスマホを弄ってる青年だ。
しかし両脚はなんというか、よくできた立派な義足なのだが。
『心配いらないよ、最新の義足があるんだからね』
黄色いシャツの男は自慢げに自分の両足を注目させた。
立派な造りの足だ。実際に軽やかに歩いて、にっこりとその性能を証明している。
『ずいぶん高そうな足じゃないか?』
『もちろんさ、でもこれで俺は自由に歩けるんだ。前の足よりずっといいよ』
『ご機嫌に歩いてるもんだからよくわかるさ。いらなくなったら売ってくれよ』
『もっといい足が手に入ったら格安で売ってあげるよ』
『そりゃどうも、いい一日を』
気さくに会話して二人は分かれた。
カメラの撮影者に『最近は義肢が流行ってるよな』と男がぼやくと。
『すみません、警備員さん……夫が……!』
そんなところに一人の年老いた女性がやってきた。
ひどく慌てた様子で、見ればカウンター近くで倒れる老人を指差してる。
『どうかなされたんですか?』
『ペースメーカーをつけてるんです、それが不調みたいで』
『なんてこった。ブレダ、今すぐ――』
重武装の相棒はすぐに顔色を変えたようだ。
向こうではよほどのことなのか、倒れた老人ががくがくと震えていた。
やがてそれが電撃で撃たれたようにじたばたと暴れまわると、とうとう周囲がざわめき始める。
『皆さん、離れて! おいブレダ! 救急車だ!』
『お、おいどうなってる!? ルイス、その老人を見てろ! 今――』
相棒の指示のもとボディカムをつけた誰かが振り返った、その瞬間だった。
『――システムオンライン。アップデート完了。ようこそ世界、古きものを滅ぼしましょう』
視界の外から、そんな電子的な声が響く。
作り物の声だ。知っている奴であれば『テュマー』だと分かるそれだ。
カメラの向きがその発生源を探ると、いかつい姿の相棒の前で老人がむくりと起き上がっていた。
『は?』
唖然とする男の前で、あり得ない動きが行われる。
まるで何かに支えられたかのように、不自然な動きで急に直立、そして青く発光した両目であたりを見渡した。
急な老人の復活に周囲が唖然とする中。
『非保持者を発見、死ね』
その姿が人工的な声を発して、いきなり警備員の首を掴んだ。
両腕でへし折らんとばかりに掴み上げると、ぎちぎちと音を立てて締め上げていき。
『おっ……ああああ……あああああああああッ!?』
咄嗟にそいつが銃を掴もうとするが手遅れだ。
べぎっ、と嫌な音を立てて捻じられ、太い首が変な方向へと折れてしまった。
『……あ、う、あ……冗談だろ……!?』
唐突な、突拍子もない、非現実的な光景にカメラはただその光景を映すだけ。
しかし異変はそれだけじゃなかった。義足の男が、遊んでいた子供が、受付に向かっていた女性が、急に苦しみだす。
『アップデート完了。コロセ、コロセ、コロセ、人類に死を』
次の瞬間、ぎくしゃくとした動きを得た人間たちが駆け抜けた。
目の色を変えたそれらは手当たり次第に襲い、喰らい、あらん限りの方法で狩っていく。
図書館の利用者が逃げ戸惑う羊のように変わったのは一瞬のことだ。
倒れた人間が食われ始め、外へ逃げようとした誰かが狂った人間たちに引きずられ、抵抗しようとした勇敢なやつが椅子や本で原始的に殴り殺されていき。
『なっ、な、何が起きてるんだ! お、おい! 来るな! こっちに来るな! あっ……あああああああああああああッ!?』
そしてカメラに映るのは、さっきの義足の男だった。
近くにいた人間を蹴り潰した両足を赤く染めながら、青色の目がぎろりとこっちを睨んでいる。
……悲鳴と共に突撃銃の連射音が響いて、蛇のような動きで迫りくる黄色い姿を最後に、この動画はぶつりと途切れた。
◇




