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28 スピリットタウンとやかましい女王様にお別れを。

 にぎわう宿の外に置かれたベンチの上で今日の食事を見た。

 プレートに盛られたじゃがいもと玉ねぎのオムレツ(西方風オムレツと言っていた)やトースト、ローストビーフといった食べ応えのあるセットだ。

 そんな膝の上に置いた遅めの朝食を味わいつつ。


「――北のデイビッド・ダムを目指してる? なんたってそんな場所に?」


 西部開拓の時代のまま停滞した町の中、ご一緒していたステアーが言った。

 まるで「そこに何かあるのか?」といった具合だ。


『はい。いろいろあって、わたしたちはそこに行かないといけないんです』

「一応、そこが俺たちの旅のゴールなんだ。何かそこについて知らないか?」

「あんな電気も生み出せなくなったコンクリートの山に何の用事があるか知らんが、周りは険しい地形だらけで人里から無縁な場所だぞ? 戦前の観光客でもない限りは立ち寄る場所じゃないと思うんだが」

「デイビッド・ダムって電力を生んでたのか?」

「おいおい、そんなことも知らないのか? デイビッド・ダムっていうのはその昔、アメリカの南西部に住む奴らに水と電気を供給し続けてたんだ。経済的なシンボルとしてもそりゃ立派だったのさ。水が枯れて機械が暴れて核が落ちるまではな」

「昔は立派な場所だったのは間違いなさそうだな」

「今じゃクソにも役に立たない場所だが、それにしたってこの国の人間なら常識だと思うぞ」

「あいにくインドア派なもんで外のことはあんまり知らなかったんだ」

「そりゃ感心しないな、世の中のためにもっといろいろ知っとけ」


 やっぱり俺たちの目的地に関する情報は一貫して「何もない」か。

 ところがステアーはコートから分厚い紙を取り出して。


「もしもそこに向かうっていうなら進めたい道のりがある。まあどの道テュマーどもの巣食う都市を手早く通り抜ける必要があるんだが」


 戦前のアリゾナ、それもこのあたりを特に拾った地図を広げてくれた。

 そこにはまだ平和だったころの有様が残ってる。

 今俺たちがいるエリアは通称『モハビ・ヴァレー』と書かれていて、そのほとんどが緑色で表現された農地だ。


「ずいぶん緑がかかってるな」

「そりゃ戦前の地図だからな、このモハビ・ヴァレーは人の住む場所より畑の方が多かったんだ。人口を賄うための飯がここで作られてたんだが」

「それが今では全部枯れてただの荒野か」

「そこにテュマーやミュータントの通り道、と付け加えればどれだけ厄介か分かるよな? 郊外を突っ切るよりも人間の痕跡を辿った方が安全なんだ」


 ステアーがオムレツをざくざく切りながら北を向いた。

 この町から道路をまっすぐ辿り続ければ、やがてたどり着くのは今までで一番の規模を持つ街だ。

 紙の上での話だが、ここが律儀に実在してるならビルがぎっしり立ち並ぶ強い都市の姿があるだろう。

 こんな農地と荒野の中でぽつんと都会があるというのはおかしいと思う。さて問題なのは今は誰がいるという話で。


『この"フォート・モハビ"っていう場所、もしかして先日言ってたテュマーのいる廃墟のことですか……?』


 その名もフォート・モハビ。急激な発展を遂げて希望と未来に満ち溢れた都市とある。

 もっとも、ミコの言葉そのまんまに今じゃテュマーも溢れてるらしいが。


「戦前の奴らが馬鹿みたいに賑やかに発展させてくれたおかげで、テュマーがうじゃうじゃいる場所の一つになったわけだな」

「一つ、ってことはまだ他にいっぱいありそうだ」

「言っとくが何もテュマーに苦しめられたのはここだけじゃないんだぞ? カリフォルニア、ペンシルベニア、ウェストヴァージニア……いやメキシコやカナダだって余すことなくうじゃうじゃさ。土地が無駄に広大なだけまだマシな方だぞ、ここは」

『うわあ…………』

「ほんとにまだマシっていいたそうな顔で言いやがって」

「ここがそんなテュマーだらけの場所に近くても希望を見出せたのは、開けた土地が長々続いて監視しやすいのと、レンジャーやプレッパーズとかいう強い奴らが周りにいること、そして豊かな資源の賜物さ」

「ここもしばらく希望に満ちた町になりそうだな」


 ステアーは平和だったころの地図を示しながらオムレツをもぐもぐしてる。

 「なんか芋多くないか?」なんて言葉を挟みつつ。


「車で移動するにせよ、郊外はひどく荒れてておまけに何がいるか分からない。だがこの"フォート・モハヴィ・シティ"は都市のそばを走るハイウェイがあって、そこを突っ切れば特に深く関わることなく通り抜けられるのさ」


 スピリット・タウンから続く道路から件の都市へと登っていく。

 道の西側で住宅地が細々と続き、反対側で広大な街が東に長く構えている。

 つまりこのハイウェイから外れなければ、保安官の言葉そのまんまにゾンビまみれの廃墟に踏み入らなくて済むわけだ。

 好奇心や不意のトラブルがない限りは。残念だが何か起きるのが俺たちだ。


「つまり大人しく道さえたどれば、ただ住宅地と都市の間をすり抜けるだけで済むってことだな」

「ストレンジャーとか言う人種だったら何かしらやると思うがな。まあ今はチャンスだと思うが」

「チャンス?」

「テュマーの侵略部隊が手ひどくやられたからな、あいつらも今頃フォート・モハヴィでびびってるだろう。浮足立ってる今なら手つかずの廃墟からいいものが手に入ると思うぞ」

「なるほど、警備が薄れた今ならめぼしいものをいただくチャンスか」

「それだけじゃないさ、ちゃんとした飯や水が手に入る時代が来てるんだ。そういうの(・・・・・)を目当てに動く奴らが健全に、長く活動できるようになればまた事情は変わって来るぞ? これからは今まで手が付けられなかった場所がどんどん探られるだろうさ」


 「そしてこの町もそういうやつが立ち寄るわけだ」と付け足して、ステアーは料理を平らげた。


「やっぱり芋多いなこれ……。まあとにかく、あんたらが『好奇心で猫をも殺す』が働いて死なない限りはちょっとぐらい探索してもいいだろうな」

「まあそうだな、必要なものがあった時はそうするつもりだけど。問題はテュマーをどう相手にするかだ」

「それだったら得意な方法で殺せばいいだけだろ? まあ派手に銃声なんて鳴らそうものなら目覚ましのご挨拶になるんだが」


 北へ向かう途中にある廃墟は物資の調達先として都合がいいのは分かった。

 でもそういった場所に居るテュマーにどう対処すればいいか?

 そもそも俺はあの不気味な機械ゾンビを「見たら殺せ」ぐらいしかできない。

 それだったらステアーから何かご教授願えないかと顔で伺うと。


「そうだな、まずコツがある。街中では銃声を立てるな」

「つまり銃は使うなってことか」

「それもそうだが一番いいのは消音器があれば使うことだな。この地方だと大体の車がとあるメーカーのオイルフィルターを使ってるんだが、そいつを銃に取りつけるのもいい」

「オイルフィルター? そんなのつけてどうするんだ」

「北からきた俺たちの生活の知恵と思って聞いてくれ、アリゾナで使われてるほとんどの車がやたらといいオイルフィルターを使っててな。実は戦前からある理由でいろいろな銃に取り付けられるようになってるんだ」

『じゅ、銃に着けること前提で作られてたってことですか……?』

「そうなんだよ精霊さま。一説では戦争中に国内で内乱があった時のためとか、テュマーに対処するときのためとか、そういう理由でちょっと手を加えれば銃を消音化できるように作られてるのさ」

「何考えてるのか国民全員を戦わせる気概だったんだろうな」

「おかげで大いに助かってるからいいだろ?」


 テュマー退治のコツは車のオイルフィルターか。戦前の連中は一体何食ったらそんな考えに至るのやら。


「あとはそうだな、テュマーの頭をぶち抜ける腕があるなら弓だとか、投げナイフもいいぞ」

「良かった、弓はともかく投げナイフは得意だ」

「あんたが? いっちゃ悪いが、敵の前に堂々と立って機関銃でも撃ちまくるのがお似合いじゃないか」


 だいぶイメージが乱暴になってるが、いまいち人の言葉を信じてくれないステアーに実践してやることに。

 ベルトからクナイを抜くと「なんだそれは」と目で驚かれた。

 それから、何やら古い木で作った十字架みたいなものを運ぶ住民がいたので。


「こういうのとは長い付き合いなんだよ。おい、ちょっとそれ立ててくれ!」


 クナイを手に「投げさせろ」と手ぶりで伝えると、なぜか嬉しそうだった。

 そこにどんな意図感情があるか不明だが、的が快く建物の柱に立てられた。


「ストレンジャー! いいぞ! やっちまってくれ!」

『あ、あのっ……いちクン、あれってもしかして』


 そして言われた一言がそれだ。大歓迎といった様子が妙だが構わず振り上げ。


「不意を打つ時の投げナイフの頼もしさは良く知ってるぞ。こんな風になっ!」


 金属を削って整えたようなそれを、重みを解き放つように投げた。

 びゅおんっ、といい音を立てて黒い刃が回転しつつ飛んで――ちょうど十字架のど真ん中あたりに突き刺さった。

 こうして深々と彩りが足されたが、いやまて、あの形状は何か引っかかる。


「……あー、お見事だ、さっきいったことは忘れてくれ。ところであれなんだか分かるか?」

「実は今なんか引っかかってる。投げちゃいけなかったような」

『あの形だけど、十字架だよね……? お墓みたいな――』


 投擲を披露してやったものの、保安官とストレンジャー、あと物言う短剣の想像が重なった。

 が、黒色が足された十字架に住民は満足そうに笑んでいて。


「こいつはディアンジェロの墓だ! これからあらん限りの罵倒でも書いてやろうと思ったがあんたが一番槍だな! お見事!」


 不運にも冒涜された墓を担ぐと、ディなんとか(略)のためにどっかにいってしまった。

 オーバーキルしてしまったようだ。まだまだこれからたっぷり痛めつけられるんだろうか。


「あんたが強いのもその容赦のなさのおかげなんだろうな。いや感服したよ、死者に鞭打つなんて」

「いや別に俺は――まあ、あんな雑なもんで墓作られるほどのことしたやつが悪いと思わないか?」

『……あの人、相当恨まれちゃってますね。ちょっと気の毒です』

「下手すればテュマーが南下して、その責任が俺たちに向けられるところだったんだぞ? いやあいつのことだ、きっとあんなド変態行為以外に何かしてるに違いない」


 テュマーにもろくでもない犯人にも怯えなくて済むようになったステアーは良く食ってる。

 それからローストビーフの山をあっという間に平らげると。


「あとは後ろからやる時はナイフはやめとけ。いざ何かあれば機敏に動くし、予想外の動きで暴れて逃す可能性がある」

「刺してもかっ切っても?」

「ああ、あのネイティブアメリカンみたいな長耳の姉ちゃんぐらいの腕ならともかくな。おすすめは大きな刃物や鈍器で首や頭部を破壊する、槍で心臓を一気に破壊する。それから絞殺だ」

「あんなのを窒息死させろってのか?」

「それが意外と効くんだ。手さえ止めなければ救援信号も出さずに殺せる」

「試したことあるみたいな言い方だな」

「実際にやったことがあるからな。紐があればいいんだが、別になくてもいける。ただし中途半端に逃すと……」

「昨日みたいになると。そういえば誰かさんがそういうプレイに興じてたな」

「ああ、おかげで馬鹿みたいに信号が送られてた。とにかく隠密行動、無理はしない、それが大廃墟の鉄則だ」


 音を立てずに殺せ、逃がしたらヤバイ、それがルールか。

 良く分かった、と俺もオムレツに手を付けた。玉ねぎの甘さにじゃがいも成分が進撃している。


「他にはそうだな、廃墟を北上し続けると段々安全になってくるんだが……抜けてしばらくするとシド・レンジャーズの基地がある」


 じゃがいもを食べているうちにステアーの指は都市の廃墟を抜けはじめる。

 フォート・モハビの北側の一部は「安全確保」とサインが足され、そこから二キロメートルもしない場所にそれはあった。

 『モハヴィ大学』と荒野の上にある。今じゃレンジャーの基地ってことか。


「大学? まさかここで暮らしてらっしゃるのか?」

「立地的にも都合がいいからさ。北にはコミュニティがあって、南はテュマーのいる廃墟。こいつらが戦ってくれてるお陰で北部は安泰だ」

「スティングの戦いのときに支援に来てくれたらしいな、そいつら」

「もちろん見たぞ。あのウェイストランドの精鋭って言われるエグゾアーマー部隊がトラックで運ばれてたんだ、さぞ大活躍だったに違いないさ」

「おかげでスティングが砲撃されずに済んだんだ。第一声は『ありがとう』だな」

「だったら『平和になったスピリット・タウンにお越しください』とでも付け加えておいてくれ、できれば保護も要請してほしい」

「任せろ、ド変態の下りはいってもいいな?」

「さも憎々しく伝えてくれ」

『……シド・レンジャーズの人たちってどうしてこんな危険な場所で暮らしてるんだろう』


 ごちそうを食べ終えたステアーは、そういって満足すると。


「ああそうだ、街を救ってくれた礼がしたいんだが」


 皿をそばに置いて、またコートをまさぐった。

 ごそごそ現れたのはチップだ。それも10000だの5000だの大きな数値が書かれた奴が何枚も。


「おい、なんだその額は」

『ぜ、全部で50000チップぐらいありますけど……』

「ディ……いやもう名前呼ぶの面倒だから『アレ』と呼ぶが、あいつのオフィスやら隠れ家やらからいろいろ出てきてな。その半分ほどだ」


 そりゃチップはいくらあってもうれしい、全財産失ったお馬鹿メイドもいる。

 だけどどうしても受け取れない。俺はミコと一緒に町と、それからそばでお腹いっぱいに安らぐ白い馬を見て。


「いや、いらね」

「おいおい困るぞ。街を、いや、ウェイストランドの危機を救ったお礼だ」

「アレの手垢が付いたやつをもらうのが嫌だってのもあるけど、何もテュマーの脅威と戦ったのは俺だけじゃないだろ?」


 顔で遠くを見るように促した。

 ステアーがそこに振り向けば、テュマーの落とした武器やらをまとめて吟味する住民たちがいるはずだ。

 それから『テュマーお断り!』とでかでかと看板を生み出す奴らもいて。


「皆で戦ったんだ。だったらそのチップはスピリット・タウンに使ってくれ」


 断った。俺なんかが使うよりもっといい使い方はごまんとある。


「へへっ、本当にそんなことを口に出せるやつがまだこの世にいるなんてな」

「困ったことにそんな風に育ててくれた方がいるんだ。まあなんだ、どうしてもお礼がしたいっていうなら――」


 それから少し考えて、南の方を見た。

 汚染地域を抜けた先にあるだろうスティング・シティだ。

 あそこにはきっとまだ、フランメリアの戦友たちがいるかもしれない。


「これからこの町にファンタジーな戦友たちが続々やって来ると思う。そいつらに会ったら嫌な顔せずもてなしてやってくれないか?」


 約束通り、そいつらのためにせいぜい快適な旅路を作ってやろう。


「スティングで戦ったっていう戦友たちのことか?」

「そうだな。ミュータントと間違えるなよ」

「分かった。その時はあんたのことも伝えておいてやるよ」

「頼む。いろいろあったけど、そいつを使ってせいぜいもっといい町にしてくれ」


 ステアーは深くうなずいてチップをしまった。

 いっぱい食べて満足したのか、「ふぅ」と息を漏らすと。


「だったらいっそのこと町長にでもなろうかな? その方が都合がよさそうだ」


 少し面白おかしく、さりげなく、そう口にした。

 すぐに柄じゃないとでも思ったんだろうか? 「やっぱなしだ」と加えるも。


『デザートのチーズケーキができましたわよ~!』


 そこに宿の中から元気な芋の……ロリ声が聞こえて、甘い香りも漂ってきた。

 また客が騒がしくなるのを感じて、ステアーはトレイを手にすると。


「こんなにうまい飯が食えるんだ。核が落ちてから150年経ってもなお大変な世界だが、まだまだ世の中捨てたもんじゃないな?」


 お菓子を求めて行ってしまった。

 そして代わりに出てきたのがニクと女王様だ。

 料理が乗ったトレイを手に店の騒がしさから抜け出した感じか。


「やっぱりリムお姉ちゃんの料理はいつどこでも食べても美味しいわね! おかわりしちゃったぜ!」

「……お肉食べ放題」


 一人が二週目、もう一人が大盛のローストビーフというありさまだった。

 よく食べるやつがいてリム様もさぞ楽しそうだな。


「リム様の料理の味を良く知ってるみたいだな」

「そりゃあもちろんよ。私がまだ山岳地帯で捨て子として彷徨ってた頃からずっとごちそうしてもらってたし?」

『す、捨て子……?』

「おっと今のは忘れなさい。とにかくよ、アバタールとか言う人のおかげで拾われて、いろいろな料理を食べさせてもらって、紆余曲折を経て今の私がいるの。リムお姉ちゃんのご飯は人生の半分といってもいいわ」

「まさかリム様の飯の為にフランメリアに密入国してないよな」

「月に二回ぐらいしかしてないわよ?」

『十分すぎますからねそれって!?』

「女王が旅行感覚で不法行為するんじゃないよ」

「あなたもいろいろな冒険をすれば分かるわ。こっそり国に入ることなんて容易いことだって」

「何経験すればそんな思考になるんだよ」


 ……この女王様がおさめる国って本当に大丈夫なんだろうか。

 世紀末世界よりヤバイ国じゃないのかと思い始めると、ニクがぎこちなく薄切りのローストビーフの山をがじがじした。

 犬の造形混じりの人の手はフォークをふらふらさせて今にも抜けそうだ。


「ほんといろいろあったわ。ドラゴン退治しにいったり」

「定番だな」

「かと思ったらそのドラゴン実は無罪で、その子の背中に乗って他国の王様襲撃しにいったり」

「なんでそうなった……?」

「実は国のためを思ってた宰相と国の存続をかけた戦いに身を投じたり」

「どんな問題抱えてたんだよその国、あっちの世界大丈夫か?」

「今度はいやがるチャールトン連れて海へ行ったら、人魚だらけの国で人魚のお姫様を巡る攻防戦に巻き込まれたり」

「チャールトン少佐も巻き込んでるんじゃねーよ」

『何があったんですか本当に……!?』

「面倒くさいから国の軍艦取り寄せて魚人の里を週休二日制で砲撃したり」

「もうわかった、オーケーだ女王様、俺より壮大な物語歩んでるのよーく分かった。畜生あっちの住人はこんなのばっかなのか?」

『チャールトンさん、大変だったんだろうね……』


 この会話で分かるのが女王様がますますヤバイってことと、向こうの世界が世紀末より世紀末してそうなことだ。

 金髪の美女(55歳)はニクの手にフォークの使い方を教えてあげつつ。


「あっ、そうそういっちゃん。明日になったら南に行ってくるわ。つまりお別れってことね!」


 美人相応の朗らかな笑顔で、いきなりそう言ってきた。

 前触れのないお別れの言葉にもぐもぐしてるニクもびっくりだ。


「いきなりだな」

『えっ、お、お別れですか?』

「……んっ、もう行っちゃうの?」

「うん。ちょっと思うことがあってね」

「思うこと?」

「――だからね。あなたたちと一緒に過ごしてたらなんだか懐かしくなっちゃったの。チャールトンだとかと冒険したあの日々がね?」


 女王様はあのぶっ飛んだ調子も忘れて、懐かしむように笑んだ。

 変な言動と奇行さえない金髪姿の女性は、ゆっくりとオムレツを噛むと。


「まあ本命は紅茶たかりにいくことなんだけどね、やっぱりあいつの淹れたお茶の方が私の数倍美味しいと思うし」


 やっぱり女王様だ。台無しだ。


「ああ、うん、どうぞご自由に。それならスティングからずっと北西にあるガーデンってところにいくといい。今そこでお勤め中だ」

「ガーデンね、分かったわ」

「ついでだし、そこの将軍にあったら『ストレンジャーは元気に記録更新中』って言っといてくれないか? あとフロレンツィア様っていうエルフにも」

「あら、フロレンツィア先生もいるのね?」

「その言い方は知り合いってことか」

「薬草の知識を授けてくれた先生よ。まさかあのチャールトンと一緒だなんて面白いわねえ」


 これでますます紅茶をたかりに行く理由ができてしまったのか。

 チャールトン少佐には気の毒だけど、この人間の人生数倍分は元気に振舞う女王様の相手をしてもらうか。


「……ふふ、なんだかあなたを見てると若いころを思い出しちゃうわ」


 冷えたローストビーフをつつくと、隣でヴィクトリア様がくすっと笑った。

 若いころ、というかもう既に若いころのまま留まってる姿なんだけどな。


『……今も十分すぎるぐらい若いと思います、女王サマ』

「実は二十歳超えたぐらいで逆サバ読みしてますって言っても誰も疑わないと思うよ」

「どうもフランメリアに関わった人間は老いを忘れるみたいなのよねえ。まあ私の年齢はどうでもいいとして、いっちゃんはまるで若いころミスしまくって黒歴史まみれの自分を思い出すわ」

「なんでいきなり辛辣な例え方するんだ舐めてんのかこの紅茶デーモン」

『いちクン、一応一国の女王様だからね……?』


 この紅茶テロリストの言動が読めないのはきっと魔女の教育の賜物だ。

 この人のクソ素晴らしい人柄はともかく、すっと千切れる肉をかみしめてると……女王様は自分の皿のトーストに料理を乗せ始めて。


「そこで女王様直々に冒険の秘訣を教えてしんぜよう」


 パンにオムレツとローストビーフを挟んでがぶっと豪快に食らいついた。

 俺も真似した。料理をかき集めて挟んで、ミコをぶすっと刺して完成だ。


『……豪快なサンドイッチ……!』

「そりゃどうも。是非ご教授ください女王様」

「まず旅先では今回みたいに誰かに焦点を当てて気になることを尋ねてみるのが大事よ。言葉が通じるならコミュニケーションがマジ大切」

「なるほどな、確かにそうかも。おかげであいつのド変態が暴けたしな」

「それと余裕を持つことね。物資しかり心持ちしかり、あそびがないと次へ進む一歩が重くなるわ」

「それはすごく分かる。ウェイストランドで良く感じた」

「あと『決闘だ』とかいわれたら速攻で勝負キメなさい。もうそう口にした時点で始まってるから発言直後に首突いて窒息KOさせるぐらいの勢いで挑むのよ」

『なんのアドバイスなの女王サマ!?』

「まるで実績があるみたいな言い方だ」

「昔そういうシチュエーションが何度もあったのよ。まあ後腐れなくするために、それでカタがついたら復讐できないように『決闘ォォ!』っていいながらつきまとって毎夜どつきまわしなさい」

「なるほど、報復防止も大切なんだな」

『何してるの女王サマ!? いちクンも納得しないで!?』

「折れたらすぐに優しくして懐柔するのよ、敵も消えて味方が増えてうっはうはうよ。紅茶一杯おごってあげれば大体解決するから」

「参考になります」

『参考にしちゃだめだと思う……!』


 そうか、二度と仕返しができないように未然に防ぐのが大事なのか。

 俺は女王様のアドバイスを深く心に刻んだ。これで決闘を挑まれても安心だ。


「あとはそうね、休める時はしっかり休む。仮に敵がいるとして、そいつらよりも一秒でも長く休めばこちらが有利になっていくものよ。野外で休む時は周囲を探って少しでも満足できるように食べ物や水、寝床を確保して次の旅に備えること」

「もちろん余裕がある時は、だよな?」

「ええもちろん。けっきょく冒険っていうのはね、体力もそうだけど気力、ひいては心が大事なのよ、私たちの身体の内側に心がある限りはね。気持ちを強く持つ術を持ちなさい」

「了解、女王様」

「旅は噛みしめるものよ、いっちゃん。ところで矢とか持ってないかしら? さっき撃ち尽くしちゃったんだけど……」


 ニクがローストビーフを平らげるのを見守っていると、言い終えた女王様が空っぽの矢筒を見せてきた。

 そういえば昨日の戦いで手持ちの矢を全部上げたんだった……でもご安心、左腕のPDAを立ち上げる。


「それなんだけど、実は作れるって言ったらどうする?」


 俺は画面を見ながら訪ねた。

 クラフト画面には弓用の矢のレシピがある。材料は金属やら木材だ。

 資源は火薬だの電子機器だのが残り少ないが、矢を補充する分は問題なさそうだ。


「えっ、矢作れるのいっちゃん? 矢って結構作るの大変なのよ? そんな悪鬼みたいな顔で繊細な……」

『悪鬼!?』

「いまひどいこと言われた気がするけど、アドバイスのお礼に作ってやるよ。まあ品質は保証しないけどな」

「ほんとあなたって面白いわね~、そりゃリムお姉ちゃんも目にかけるわけよ。じゃあ、いっぱいお願いしてもいい?」

「俺の作った矢でよければいくらでも」


 俺は出来上がったばっかりのサンドイッチにかぶりついた。

 肉と芋とパンの味がした。これを食ったら女王様のためにもうひと働きだ。



 それからまあ、いろいろやった。本当にいろいろだ。

 矢を作って、荷物をまとめて、地図をみんなで確認して、気づけば夕方だ。

 カジノにでも行こうと思ったが面倒だからやめておいた。


 ところでこの宿には更に高い部屋があって、そこに風呂があるという。

 そんな話を聞いて開口一番に出たのは「良かったら使ってくれ」だ。血と破片と疲れがたまった身体を癒すにはぴったりだ。

 という事情があって、俺は一室を使わせてもらっていた。


「……ほんとに風呂だな」


 西部劇調というんだから、さぞそれらしい風呂があるのかと思った。

 実際はそれらしい部屋に備え付けられたなんてことないユニットバスだ。

 元の世界じゃ2030年のあらゆるホテルにあったようなあれだ。それでもきれいに整えられていて、2000チップもする証拠が確かに残されてる。


「……また増えてるな」


 そんな場所で服を脱いで鏡を見れば、傷が一つ二つ追加された身体だ。

 それでも、今の肉体はこの世界に来たときよりもずっと引き締まってる。

 最初は嫌だったさ。ぼろぼろの身体を見て気持ち悪いと思った。


 ――だけどまあ、悪くないか。


 今やストレンジャーの骨身には思い出が詰まってる。旅のこと、仲間のこと、目にした光景も、全部。

 俺はもう傷のことなんて気にせず、熱いお湯をかぶった。

 元の自分なんているのかってあの時は思った。

 だけど今は違う、これが俺なんだ、周りがそうだと認めてくれる限りはずっと。


「ストレンジャーってのも悪くないさ。そうだろ?」


 戦いで汚れた身体がきゅっと締まる。

 筋肉に残ってた緊張もほぐれていく。思えばこんな風に一人の時間を得たのは久々だ。

 赤色混じりの汚れごと水を抜くと、今度は石鹸を手にしようとするものの。


「イチ様ぁ~♡ カジノいかないんすか~? 一緒に遊ぶっす~♡」

「イングランドに帰れ」


 がらっ。

 いきなり扉が開いた。そこにいるのは生首を抱えたおっきな胸の――帰れ!

 ばたん。

 何事もなかったかのように閉じた。「そんな~」とか聞こえるが無視した。


「イっちゃ~ん♡ 一緒にお風呂入りますわよ~♡」

「地底に帰りやがれ」


 がらっ。

 また開いた……。バスタオルを巻いた銀髪の子供がとことこやってきた。

 ばたん。

 スルーした。おっちゃん、どうして鍵ないんだこの浴室。


「開けろ! ロイヤル洗体サービスだ!」


 がらんっ。

 また開いた! 全裸の綺麗なお姉ちゃんがむちっとした張りのある白肌を――いや女王様だこれ!


「――いや流石に女王様は駄目だろこの流れで!?」


 とうとう国際問題が自走して歩み寄って来やがった。

 しかし肝心の女王様はものすごくドヤ顔だ。なんならその後ろには浴室に押し掛けちゃいけない質量が待ち構えていて。


「大丈夫、一緒にお風呂入るだけだから……」

「ダメだって! や、やめろっ! 国際問題になる! 国際問題になるから!」

「……ん、ぼくも入る……」

「ほらあなたの愛犬もこういってるんだし入れてあげなさいよ、男でしょ?」

「これでもう逃げられないっすね~♡ じゃあみんなで洗いっこっす♡」

『あ、あのっ……なんでわたしも……?』


 わんさかいた。しかもダメイドの胸元には見覚えのある短剣も挟まってる。

 あっという間に質量的に限界を迎えた浴室の中、俺は間に逃げ場を失い。


「男だからって許される事柄じゃねーよ! おいやめろっ! おいっ、おい! せめて順番待ってうわああああああああああああああああああああ!?」


 ――ひどい目に会いました。


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