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27 少しだけ休もう、スピリットタウンで。

 白い景色が見えた気がした。

 あの夢だった、いつもの懐かしさがそこにある。

 今度は車の中だ。サングラスをかけた男がハンドルを退屈そうに握って、その左で誰かがノートパソコンをいじっている。


『あれから何もかも変わっちまったな。ディストピアっつーかポストアポカリプスに一直線だな、この世の中』


 それなりに歳をとった男はどこか遠くを見ている。

 運転席から見渡せるのは夜も明るい電子的な都市の様子だった。

 常にどこかでドローンが規律良く行き交い、街に所狭しと並んだ看板はとうとう空中に広告スペースを見だし、様々な場面で人間が不要になった社会の姿だ。。


「……こうして何の連絡もなく久々に会いにきた理由は何だ? お前もノルテレイヤのせいって言いに来たのか?」


 誰かは声も見た目もいぜん変わらぬまま、手を止めてじっと運転手を見る。

 ゲーミング仕様の画面にはニュースの記事が表示されていて。


【軍事用人工知能が暴走!? ヨーロッパで無人兵器が暴走し、都市部にて無差別攻撃を始めて一週間が経過した今、その死傷者は十万を超えようとしている。各国はこれを軍事目的の人口知能が何者かに掌握されたものと考え、数年前に各地の戦争地帯に介入したノルテレイヤによって掌握されたものと――】


 ついさっきまで目で一文一文を余すことなくしゃぶりつくしていたそんな知らせから、隣の男の顔色を不安そうに伺うも。


「もし俺がそういう人種だったらこのまま海に突っ込んでると思うぜ。んで俺だけ逃げてミッションコンプリートだ」


 そんなご本人は無人車両の後ろを走りつつも、いつもどおりに返した。

 誰かは少し安心したようだ。不信感すら交じった視線をやっと下ろして。


「……疑って悪い。ここ最近ずっとこんな気分なんだ、どこを向いてもノルテレイヤが悪い、ノルテレイヤが軍事AIを乗っ取った、だとか言ってるんだぞ? あいつがそんなことするはず……」


 ようやく気が許せるようになったのか。隣の男に不安そうに言葉を続けるも。


「ノルテレイヤちゃんがそんなことするはずねえってか。分かってるよ、俺もお前と同じ気持ちだシューヤ。あの子が無意味な虐殺なんてするわけないさ」


 そいつはサングラスを外した。

 もしも、そうだな、タカアキってやつが何十年か歳をとればそんな風になるだろうな。

 短く雑にまとめた髪にところどころ白が混じり、顔の表面からも力も抜けて、それでも世の中を面白がる頬のつくりがそれを保ってる。


「そうだ、そうなんだよタカアキ。あいつのサブAIが調べた結果によれば軍事用人工知能がシミュレートの結果人類の滅亡を選んだってことが――」

「それよりもお前、昔と全然見た目変わってなくね? 俺とそんな歳離れてないよな、どうなってんだマジで」

「……今はどうだっていいだろそんなこと。それより聞いてくれ、ノルテレイヤは何もしてないんだ」

「いいやあるね。今のお前は周りが見えちゃいない、自分とあの子以外何も頭に入らないんだろ? そんなんで今面と向かってる問題をどうにかできんのか?」


 そんな顔つきにそう諭されて、誰かはまた画面に目を向けた。

 答えも出ずに複雑な物思いにふけってしまうと、しばらくして運転手は困ったように笑う。


「俺がこうして久々に会いに来たのは、何もお前が有名人になってあやかりにきたとかそういうわけじゃないからな? もっとシンプルな理由だ」

「シンプルだって? どういう理由だ?」

「助けてくれって言われて、幼馴染がお助けにきてやったのさ。なあヌイちゃん」


 きっと今も昔も変わらぬ軽い態度が車内に誰かを呼び出した、すると。


【心配は無用さ、彼にはもう君の事情がすべて届いている】


 ゲーミングノートパソコンのニュースの裏から、白衣姿のアバターが金髪をなびかせながらクールに現れる。


「ヌイス? 待てよ、どうなってんだ? どうしてタカアキが……」

【どうなっているって? 君の周りに頼れる人間が一人しかいなかった、ノルテレイヤのことを好意的に捉えているから、という理由で彼が信頼に値する人間だと思ったからさ】

【それにノルテレイヤちゃんと楽しく遊んでたからね、この人は。二人のことを心配にしてたからボクたちが教えたってことさ】

【まあ有名人になった幼馴染にうまい飯をおごってもらうつもりではいたらしいぜ。ハハハ】


 それに続いて赤いドレスの姿も、中性的な誰かも画面に現れる。

 誰かは意外な事実に驚いてはいたものの、ようやく納得がいったのか肩の力を抜いた。


「……そうか、あいつを信じてくれるんだな」

「お前もな。なに心配するな、俺がこうして来たのはあいつの無実を証明する手段を見つけてきたのもあるんだ」

「ノルテレイヤのか?」

「ああ、このままじゃ人類VS機械みたいないつぞやのSF映画みたいなことになっちまうけど、ヌイちゃんの提案で調べ上げた事実を公表する手立てがあるんだ」

【アバタール君、君が大嫌いなAIの人権を訴える団体がかなり前から跋扈していただろう? 彼らを利用するだけさ、そして今タカアキ君にそこまで送ってもらっているわけだ】

「そゆこと! あいつら声のデカさだけは世界一だからな、実は何もやってませんでしたって大声で触れ回ればさぞ効くぞぉ?」

「お前ら……俺の知らないところで勝手に……」

【君のためを思って、といえばこの勝手が済まされるものではないとは百も承知だよ。でも君の心の状態を見るにこれしかなかったんだ】

「心配すんな、ちゃんと向こうには一言かけてある。んで今から向かうのはお前の大嫌いな奴らの事務所だ、たまにはあのやかましさで世界平和のために頑張ってもらおうぜ」


 いきなりの話の流れに誰かはもちろん呆然としている。

 しかし車が無人車両だらけの道路から外れだすと、移り変わる光景と共にいくぶん心も変わったらしく。


「オーケー、分かったよ。ここまでお前らのお膳立てがあるんだ、やってみせる」


 画面の三人を、そして古くからの幼馴染を見て、そいつは決心した。

 そして「待ってろよノルテレイヤ」と覚悟の据わった顔で窓を覗いた時だ。


【そこの車、停まりなさい。安全な場所に停車し運転を中断してください】


 急に後ろから暴力的ともいうような人工音声が響いた。

 その声を辿るとパトカーが警告を向けながら後を追っているところだ。

 運転手は「俺、なんかしちゃいました?」とふざけて速度を緩めようとするも。


【待て、何かおかしいぞ君たち。今のは警察のものじゃない】

「なんで分かるんだヌイス」

【こまごまと説明したいところを省くけれども、警察車両の警告はまだ人工音声の使用が認められていないんだ。人間が口頭で発しなければいけないんだが」

「じゃああれはなんだ? 初の人工音声搭載型のプロトタイプとでも言いたいのか?」

【とにかく妙なんだ! タカアキ君、悪いが法律を破ってくれないか!】

「おっ、おい!? 何がどうなってるんだ!? せめてやばいか大丈夫かぐらい説明しろ!」


 人工知能とそんなやり取りが車内に響いて、そうしてる間にもパトカーはぐんぐん距離を詰めてくる。

 誰かの求める説明はけっきょく不要だった。

 なぜならそこにがつん、と衝撃が走ったからだった。理由は言うまでもない。


「なっ……!? ぶつかってきたぞあいつら!? 怪しい奴にパトカーで突っ込む決まりでもできたのかクソッ!?」

「なるほどな、法律破る必要があるぐらいやべえのか! いいぜ、ゴールド免許を犠牲にしてやる!」

【君の免許ぐらいニャルのやつがいつでも弄繰り回してやるさ! 飛ばせ!】


 あまりの唐突さにも運転手はニヤリと笑って、アクセルを全開に。

 無人車両が走る道路を思いつく限りの違反で駆け抜けて、その後ろをパトカーが追い回していく。

 真っ昼間堂々と繰り広げられてしまった逃走劇に。


「――お前ってほんと昔から何かに追われるジンクスあるよな。いいか、何があってもお前は逃げろ! 逃げて生き延びろよ!」


 そんな命の危機を感じる状況にも関わらず、古くからの幼馴染は強く言った。

 どれだけ人生を歩んでも、どれだけ歳を経ても、まったく変わらない彼の様子に誰かはさぞ安心したに違いない。


「こんな時に何いってやがるんだタカアキ……!?」


 再び車が揺れた。ぶつかったパトカーがぎゅるっと横につけてくる。

 数々の違反を犯しながらも二人を乗せたそれはどこかに向かっていくが、一つだけ予想外な出来事が待っていた。

 それは並走するパトカーのウィンドウが開いて、そこから短機関銃を手にした人間が運転席を狙っていたことだ。


「あっ……! た、タカアキ!? 伏せ」


 ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱっ。

 小口径のそれが執拗なまでに乾いた音を刻んだ。

 一人の幼馴染がぴくぴく体を震わせ、途絶えた力のせいであらぬ方向にハンドルを切ってしまうのはすぐだった。

 向かう先はパトカーの側面。誰かの視線いっぱいに、銃を向けたままの連中の顔が近づく――



「タカアキ……ッ!」

『ふぉっ!? な、なにいきなり……!?』


 びくんと身体が跳ねて起きた。

 何かとんでもない夢を見てしまった気がする、幼馴染の名が出てくるほどの。


「……ご主人、どうかしたの? 怖い夢でも見た……?」


 そばで丸くなっていた黒髪の男の娘が、じとっとした顔で覗いてくる。

 ストレンジャーの奇妙な起き方に巻き込まれても本当に心配そうだ。 


「なんか、こう、俺の幼馴染がやばくなる夢見た気がする」

『……幼馴染って、前に話してくれたタカアキさんのこと?』

「そう、あいつだ。なんかこう……あいつがヤバいんだ、いやもともと頭の中ヤバいけど物理的にヤバくなって……」

『お、落ち着こういちクン? お水飲んで、外の空気に当たって深呼吸!』


 本当によく覚えてないが、とりあえずあいつの名前を叫ぶに値するほどの何かがあったんだろう。

 無断侵入していかがわしい一つ目のフィギュアを月替わりで着替えさせるような奴だ、あいつなら人の夢で何したっておかしくはない。


「……まああいつの名前がこうもすらっと出てくるんだ、人様の玄関前にいかがわしいフィギュアを並べた夢でも見たんだろう」

『……ねえいちクン、タカアキさんってどういう人なの……?』

「今言った通りのことをマジでやるようなやつだ、おかげでしばらくロリ人妻の人とか言われたぞ俺」

『何があったまでは聞かないつもりだけど実際にあったのそれ!?』


 とても悲しい事件を思い出したまま、ぺたんと座るニクを撫でてやった。

 柔らかい犬毛混じりの髪質。変わらぬ愛犬の感触は何時だって気持ちいい。


「ん……♡ おはよ、ご主人」

「おはよう。どれくらい寝てた?」

『改めましておはよう、いちクン。えっと、昨晩からずっとだったよ。みんな疲れてたからね……』


 心配そうだった顔がほぐれて、耳も伏せてリラックスしたところで起きた。

 午前十一時だ。何があったと思い返せば、確かこうだ。

 あの後しばらく敵が来ないか様子を見て、夕方になっても来ないと分かって、それでやっと眠れたんだった。


「夢を見たってことはよく眠れた証拠だろうな……良く寝た気分だよ」


 窓から明るさの差し込む部屋の中、俺は背をぐぐっと伸ばす。

 ごりごりと背中の筋肉が伸びて気持ちいい。眠気もゼロで、よほど快適に休めたのが分かる。


『ふふっ、こんなにきれいなお部屋だからね? レッドさんのこだわりが効いたんだと思うよ?』


 それもこれも、相棒の言う通りこんな部屋だからか。

 今までテュマーやらに追われてゆっくり見ることはなかったが、改めてみるとすごい部屋だ。

 「明るく広く」をこだわったきれいな壁紙がはられて、家具も寝る時に狭さを感じないように配置してある。

 極めつけは外の光をよく取り入れてるところだ。酒がない分サービスの良さが回ってきてる。


「ステアーがおすすめした理由がまた分かったな。良いベッドだった」


 そして清潔で柔らかいベッドも。一泊1000チップ(女王のおごり)の価値は間違いない。


「……ん、きもちよく寝れたね」

「ああ、もう一日ぐっすりしたい気分」

『あれからずーっといろいろあって休めなかったもんね、わたしたち』

「睡眠ってやっぱ大切なんだな。あと日光も」


 俺は二人の相棒を連れて、すっきりしたまま部屋を出た。

 きれいで明るい廊下を辿り、階段を下りた先で待つのは紅茶の香りだ。


「あら、やっと起きた? お目覚めの紅茶はいかがかしら?」


 一階に降りるなり待ってた言葉がそれだった。 

 カウンターで金髪の美女がにこっとお茶を淹れてるところだ。魔物のミルクも温めて目覚めの一杯が出来上がろうとしてる。


「おっ、ストレンジャーが起きやがったぞ」

「ようストレンジャー! 昨日は最高だったなぁ!」

「戦車壊しが起きたぞみんな! ずいぶん遅いお目覚めだな!」


 それにしてもなぜだか酒のない酒場が盛り上がってるようだ。

 町の住人たちがどうしてかこぞって、こっちに親し気に手を振っていた。


「あー、おはようみなさん、また壊さないといけない戦車でも出た?」

「ちげえよ! 町を救ってくれた奴の顔を拝みにきたのさ!」

「ついでにうまい飯が食えるって聞いてな。それにしてもレッドのやつが料理なんてねえ……」


 昨日戦いを共にしたやつらが向かう先はカウンターの裏だ。

 エプロンをつけたあのガチムチボディが、赤目のロリ悪魔の指導の下こまごまと料理をしてるところだった。


「そうですわ、そしたら蒸すように揚げたじゃがいもとしっかり炒めたたまねぎをといた卵の中に混ぜて……」

「こうか? 熱々の具材なんだが卵に入れて大丈夫なのか?」

「どうせ焼くから大丈夫ですわ! あとは終始弱火で両面を焼き上げるだけですの!」

「……お手軽だな」


 大きなフライパンでこれまた大きなオムレツを作ってるように見える。

 そばには焼き立てのパンやこんがりしたベーコンが朝食の準備とばかりに揃い始めてる。


「……まったく、ようやくここで落ち着いて滞在できるなんてな。ひでえ一週間だったぜ」


 そんな料理を待ち遠しくする姿は他にもいる、例えば隅っこのテーブルを囲うハーレーたちとか。

 俺は「オラッ飲めッ!」と押し付けられたお茶を片手に近づいた。


「よおハーレー、お前も飯目当て?」

「そんなつもりはなかったんだがな。あのハロウィンガールに約束通り岩塩をくれてやろうとしたらこうなっちまった」

「まあいいだろハーレー、おかげで久々にうまい飯が食えるんだ」

「南に行く前の景気づけってやつだ。楽しみだよなあスティング・シティ、今頃どうなってんだろうな?」


 よく見ると運び屋たちの手元にはたくさんのカップが湯気を立てている。

 紅茶テロ被害者は増える一方だが、世紀末らしからぬ味に満足はしてるようだ。


「あー、その、あんたら。悪かったよ」


 ドレッドヘアの近くで紅茶をすすってると、急に町のやつが謝ってきた。

 見れば他にも何人かが、特にあの時の現場にいたような奴らが申し訳なさそうで罪悪感たっぷりの様子でいる。


「ああ? なんだお前ら、あの時犯罪者呼ばわりした奴らだったか?」

「そ、そうなんだ、あんたの言う通り疑っちまったような人種なんだが」

「本当にごめんなさい。私たちがあんな奴に頼らずしっかりしてれば、あんなことは起きなかったかもしれないのに」

「すまなかった、運び屋さん。せっかく来てくれたのにぞんざいな扱いをしちまって、さぞ嫌な思いをしただろう?」


 揃って許しを求める姿が迫って、ハーレーたちは「なんだこいつら」と面倒くさそうに俺を見てきた。

 それから「はぁ……」とここ一週間の出来事を思い出したのか。


「次来るときに同じヘマやったら承知しねえからな。そんな風にやって街が滅びねえようにせいぜい気を付けろよ、でないと俺たちが困っちまう」


 まるでこれ以上関わりたくないとばかりに手で追い払った。

 厳つい顔がそうざっくりというと、街の人達は少し安心した様子だった。


『……ふふっ、またこの町に来てくれるんですね?』


 ()()ここに来るであろうハーレーにミコがくすっと笑った。

 本人はそんなきれいなおっとり声にやかましいとばかりに鼻を鳴らして。


「まだまだ俺たちのビジネスは始まったばっかだ。無事に仕事を終えたら、豊富な岩塩を使って新しい商売を始めるのさ。まずはスティングのガレットってやつにブツを渡して、それから……」


 これからのことを大きく語り始めた。

 しかしあのド変態の名前が上がったような気がするが、ミコと一緒に触れないでおいた。


「うまくいくといいな、その商談」

「……いきなりどうしたお前、不安そうに言いやがって」

『ぶ、無事をお祈りしてます……』

「なんだか腑に落ちねえが無事に届けてやるさ。俺たちの可能性は無限大だ」


 俺もスティングについた後の無事を祈った。

 仕事に意気込む運び屋はさておいて、ふと窓を見た。

 そういえばあの時の白い馬はどうした? 一緒に戦った戦友を探すも。


「……そうだ、あの馬は?」

「あの勇ましい馬なら店の前にいるぞ、ストレンジャー」


 急にカウンター側からそう言われた――そこにステアーが座っていた。

 問題が片付いて肩の荷が下りた保安官は「そこだ」と外に指を向けている。


「どうもステアー、おかげでよく眠れた」

「実は俺もさっきまで寝てたのさ。やっと安心して枕に頭を預けられる日がきたもんでな」

「みんな疲れてたみたいだな。全員無事か?」

「偵察で失った一人以外はな。だがこれでこの町はテュマーにとってヤバイ町と認定された、しばらく怯える必要はなくなりそうだ」

「そうか。しかしあいつらも逃げるもんなんだな」

「よっぽどのことがない限りはあんな風にはならんものさ、まったく化け物かお前は。白い戦友殿なら外にいらっしゃるぞ」


 言われるがままに外へ出ると、宿の前にその姿があった。

 あの時の白い馬が座っていた。俺に気づくなりぶるるっと親しげな瞳だ。


「よお馬、昨日はありがとな」

『あっ、ほんとにいる……! いちクンのこと待ってたのかな?』

「おはようみんな、この子なら昨日からずっとここにいたんだぞ?」


 そんな馬に水やらベリーやらを与えるクラウディアも一緒だ。

 大きな白い身体を丸めたまま、おいしそうに食事中だったらしい。


「やはりフランメリアの馬はすさまじいな。まあそれを乗りこなすイチもだが」

「俺はただ座ってただけだ。こいつが勝手に敵に向かってくれた。なあ?」

「ヒヒン」

『また馬と話してる……』


 感心するダークエルフの隣で、白い戦友は俺たち同様にお休みのところだ。


「……ん、えらいえらい」


 ニクの犬の手がそっと頭をなでると、気持ちが良かったのかこくっと頷いた。

 そしてまたゆっくりとお食事だ。昨日の勇ましさが見当たらないが、フランメリアらしい生きざまだと思う。


「――起きたかイチよ! 昨日は愉快なものだったな!」


 そして大声がお隣からやって来る。雑貨屋から現れたノルベルトだ。

 両腕いっぱいに抱える瓶で大人買いを敢行したことがすぐ分かった。紅茶に続いてドクターソーダも品切れになったな。


「現在進行形で愉快なことしてやがるな。おはよう」

「フハハ、テュマーどもの落とした金で飲むドクターソーダはうまいぞ」

『ノルベルト君、すっかりこの世界に染まってるね……』


 戦利品を俺たちに見せびらかすと、意気揚々と宿へ戻っていった。


「お前たちは敵を殺しまわる一方、俺は残業で負傷者の治療だ。医者の仕事の忙しさをそろそろ知ってもらいたいところだが」


 代わる代わるやってきたのがクリューサだ。

 ようやく眠れたのか、深い眠りから覚めたような顔でよろよろ出てくる。


『おはようございます、クリューサ先生。良く眠れましたか?』

「まあな。ようやくまともな睡眠がとれて生きた心地がする」

「その割にはずいぶんと疲れたような顔じゃないかクリューサ、ちゃんと休んだのか?」

「クラウディア、お前のそのクソふざけた冗談には乗らないでやるが、とにかくそれだけのことがあったのを忘れるなよ」


 ダークエルフに余計な心配をされてまたキレそうだが、クリューサは町の中を指す。

 そこにあったのはいまだに残るテュマーたちの大量の死体。そして誰かさんの所有物にケツから突っ込んだ戦車だ。

 そんな有様を物珍しそうにする住民たちが、ちょうど出てきた俺たちと見比べてるようだが。


「なあ、なんであいつらこっち見てるんだ? それも訝しむ感じで」

「首は斬る、急所をぶち抜きまわす、棒で叩きのめす、エグゾアーマーは物理で壊す、仕上げに馬で暴れて戦車を貫く……おおよそ人間がやるようなことじゃないからな」

「俺も化け物としてカウントした上での言い方か?」

「それ以外何がある。どこに生身で戦車に挑むやつがいるんだ」

「馬もいるぞ」

「ここまで物動じない馬も馬だ、フランメリアは化け物だらけだな」


 苦労してそうなお医者様に、馬は「ひひん」と同情するような鳴き方だ。

 とにかく、肌色の悪い顔は俺たちの方を向いて。


「少なくともテュマーが怖気づいて逃げるという奇妙な事態があったんだ。ここは奴らの嫌いな町として心に刻まれることだろうさ」

「つまりもうあいつらに怯える必要はなくなったんだな」

「そういうことだ、ここでゆっくり休めるぐらいの功績は残せたわけだ。それにあの不愉快な変態も消えてウェイストランドの平和に貢献もできたな」


 そういって戦車が突っ込んだオフィスを眺めてから宿に帰っていった。

 途中で「ごはん食べろオラッ!」といわれたものの部屋に直行したらしい。

 さて、そろそろ飯ができた頃か。うまそうな香りに空腹も目覚めてきたが。


「イチ様~、カジノ行くっす~!」


 テュマーの死体の群れのあたりからダメなメイドの姿がやって来る……!

 手にははぎとったであろうチップが握られていて、その言動通りのことをしでかそうとしていた。


「……お前はどうしてこんな場面でカジノとか言い出すんだ!」

「うち、あきらめないっす。かけたお金を取り返すまで……!」

『……ロアベアさん、せめていちクンも巻き添えにしないようにね?』

「いや、まあ、カジノがどんなところかは興味はあるけど」

「じゃあいくっす、うちがやり方教えてあげるっすよ。大丈夫こわくなーい」

『悪い誘い方だよねそれ!?』


 せっかくの勝利の余韻をぶち壊されそうだが、まあ、こうして休める余裕までできたんだ。

 また旅を続ける前にカジノぐらい寄ってもいいかもしれないな。それにどんな場所なのか少し気になるし。


「み、見るだけなら……」

「流石イチ様、話が分かるっす! あひひひっ♡」

『……あんまりはしゃぎすぎちゃだめだよ? 賭け事はほどほどにね?』

『皆さま~! ごはんができましたわよ~! 早く食えオラッ!』


 もう少しここで過ごすか。ハーレー同様、今度はちゃんとしたお客様としてな。

 馬を撫でてから熱々の料理が待つ宿へと戻っていった。


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