21 誰が真相を告げるのか?
ステアーの奴が正気に戻るまでどれほど経った?
階段の上から気の毒な声が消えるまでしばらく要して、ニクが手の空いた監視者をここに連れてきて、それでやっと調査は進んだ。
「……むごすぎるぞ。あんまりだ」
やっと地べたに降ろされたそれに口を開いたのはクラウディアだった。
目も舌も欠けた表情に布をかぶせて、流石のあいつも気分が悪そうだ。
「畜生、あいつはここで何をしてたっていうんだ? なあ、ナイツ……?」
「なんてことしやがるんだあのクソ野郎。人間を何だと思えばこんな……」
ステアーも部下に支えられ、つつどうにかその姿に打ちひしがれてる。
「また食人か。俺の【ぶち殺した人喰い野郎リスト】が増えそうだな」
『ひどいよ、ひどすぎるよ……! 何なの、あの人……!?』
俺はどうだって? 言うまでもないだろ、クソみたいな気分だ。
もうカニバリズムと深く絡まった人生だっていうならそれでいい。
でもこいつはなんだ? いいやつかと思ったらテュマーを飼っていて、しかも人間で燻製を作ってるだって?
ナイツとやらがまだ生きてればどうにかなるとずっと期待していた。
実際はこれだ。死体が残ってるどころか「おいしく加工されてました」だ。
「今から念のため遺体の状態を調べるぞ。構わないな?」
「……ああ、頼むよ。頼む……」
最低の景色だが、クリューサが四肢も顔も損ねた人モドキを調べ始めた。
死体の仲間入りを果たせそうなぐらい顔色の悪いステアーはなすがままだ。
きっとナイツとは仲が良かったんだろう。あの陽気さは残っちゃいない。
いつまでも死体の心配をしてる場合じゃないか。俺もあたりを見回すが。
「ん。ご主人、こんなの見つけた」
部屋をごそごそ探っていたニクが何かを持ってきた。
黒いカメラだ。本体よりも主張の強いレンズが戦前をアピールしている。
「なんだそれ? カメラ?」
『ニクちゃん、それどうしたの……?』
「あいつの匂いがしたから探した。机の中に隠してあった」
鼻を頼りに見つけ出してくれたらしいが、こんな状況で出てくるカメラなんてろくでもないに違いない。
部屋の隅を何度見ても、檻の中で安楽死させられたテュマーがちらついた。
そこに下着やいかがわしいものを並べれば嫌な想像は無限に働く。
「ありがとう。気が進まないけど見るしかないだろうな」
グッドボーイからさぞ思い出が詰まっていそうなそれを受け取った。
画像モニターを引っ張って傾けると、俺はさっそく記録を辿るが。
【私はディアンジェロの親愛なる妻「エヴァ」です】
最初に目に入ったのはえらく達筆でそう書かれたボードだ。
問題は手にした人物がきわどい下着を着せられた女性のテュマーで、赤い瞳のまま無理やり前を向かされてること。
背後で愛人の首を絞め、肩に顎を乗せてにこやかな全裸の黒髪姿が一人。
ボードにはたぷたぷと白く満たされたコンド……水風船が――ファック!
『……う゛っ……』
「……あのクソ野郎、冗談だろ?」
カニバリズムだけじゃなくネクロフィリアの気まであるそうだ。
ディアンジェロとテュマーのねっとりとした忍び逢いは何百枚とある。
どうもこいつの性癖は嫁をきれいに仕立て上げて暴力を振るう傾向らしい。
「ねえ、部屋の物入れにこんなのがあったんだけど――」
すぐそばで死体が検められる中、女王様が地獄絵図から木箱を抱えてくる。
重たそうな箱の中身はきれいに何かの部品が敷き詰められていた。
俺の知識じゃ分かるのは車のバッテリーぐらいだが、とにかく分かるのは車を動けなくするには十分なことぐらいだ。
『これって……車の部品? じゃあ、車が動けなくなったのって……』
目の当たりにしたミコがそういった。
そうか、こいつは運び屋たちの車の部品だ。
ステアーの「なんてこった」という顔からしてその通りらしく。
「そういうことか、あいつはハーレーを引き留めてやがったのか」
そいつの物言いではっきりした。車の部品を盗んだのはディアンジェロだ。
つまり何か理由があったからだ。運び屋たちを留まらせる理由は――
「まさか、あいつらになすりつけようとしたのか?」
俺はあの監視者の死体をつい見てしまった。
クリューサがゴム手袋越しに触れるそれは答えを物語っていた。
永遠に横たわるテュマーもだ。謎の失踪、テュマーの出現、その真実がここにある以上、あいつの言動にとある理由が生まれる。
『街の人たちを促して、やたらと運び屋さんたちに責任を押し付けようとしていたのも、これを隠し通すためだったから……?』
そうだ、ミコが言うようにハーレーたちへの態度も全てこれだ。
まずは運び屋の到着。この時点ではまだお客様扱いだ。
次にナイツの失踪。あいつはやってきた運び屋を怪しがって、ガソリンを求める彼らの素行を探ろうとガイガーカウンターを買って野外に出ていた。
ところがディアンジェロはここの存在を知られてしまって口封じをした。
そして直後にテュマーの接近。これで街は謎を二つ抱えることになった。
「ああ、あいつはたぶんナイツを殺して隠そうとしたんだろうな。燻製までこしらえた理由は分からないけど、そこにいいタイミングで運び屋がいた。そして――」
「直後にテュマーが来た。その原因はこれで、あの人たちは二つ分の謎を押し付けるいいカモになったってわけね」
考えていると、女王様が花嫁姿のテュマーを棒で突きながら入ってきた。
「……ガイガーカウンターを手にしたナイツを見てあいつは焦っていたんだろうな。雑貨屋に在庫の確認をしにいったのがその証拠だ」
ステアーもやっと落ち着いたんだろう、静かにナイツと向き合った。
「運び屋たちはあの時、ガソリンを探しに廃墟を彷徨ってたらしいな。それを怪しく思ったナイツがたまたまここに当たってしまったんだな」
そいつの町のためを思っての結果はこの有様だ。
女王様も気の毒そうだ。沈黙する保安官の肩を叩いていた。
「きっとついうっかり殺めた直後にハーレーたちを見て悪知恵が働いたんでしょうね、こいつは使えるって。そのころから既に濡れ衣をかぶせる気はあったけど、幸か不幸かこれのせいでテュマーが押し寄せてきたんでしょ? 実に都合がいいじゃない」
「大量の商品を運んでるから車がなきゃまともに運べない、それなら足を潰せば簡単に足止めできる。なるほどな、あいつは自分のミスを押し付ける相手に恵まれたみたいだ」
「ええ、それにああまで町の人たちに信頼されてるもの。タイミングもあわさって身動きのとれないところをいいようにしたわけね」
俺たちがどれだけ考えようとディアンジェロの罪は明らかだ。
そこへクリューサが静かに挟まった。手には『リフレックス』の吸引機だ。
「――殺人の不安によるものだな」
あいつはまず、ベッドのそばに大量のそれがあることを顎で示し。
「ウェイストランドでは殺人後のストレスでこいつを大量に吸うことは珍しいことじゃない。夜に雑貨屋で大量に買い込んだそうだが、ナイツが戻らないことに住民たちが気づく頃でもあるだろうな。その心配事をかき消すためならこいつは便利だ」
購入したドラッグの正体も判明した。不安による大量摂取だ。
だが「それと」とお医者様は檻の方を見て。
「禁断症状で異常なまでの性欲の増大がある。これほど臭うまでにお盛んなんだ、帰りも遅くなることだろうな」
九ミリ弾で強引に安楽死させられた美女のテュマーをみた。
ディアンジェロ好みにカスタマイズされたゾンビは、今も香水混じりの生臭い香りを発している。
「ゾンビを着せ替え人形みたいにする挙句、こんなに愛情を注ぐなんてあっちの世界でも中々ないわねえ……」
雑貨屋の手帳をなぞる女性用のグッズに異国の女王様は気味が悪そうだ。
カメラを探ればこの下着やらの使い方はいくらでも分かるだろう。
「つまりあいつは前からここでテュマーと愛し合ってたわけだ。一方的にな」
『……お店で下着とかが購入されたのが一週間ほど前だから、その頃からずっと閉じ込めてたんだろうね』
「テュマー監禁罪も追加するなんて聞いてなかったぞ。あのド変態のせいでこれから罪状を説明するのが大変そうだ、クソったれ」
俺と相棒に愛妻自慢を見せてくれた忌まわしいカメラを投げ渡した。
行き渡った二人はすぐに中身を確認したようだ。吐き気を催している。
「……よし、聞けお前たち。死因が判明した」
性的な臭いと香水の香りと燻製の匂いが混じる部屋で、クリューサはやっと死体から顔を上げていた。
あいつが横たわるナイツの顔に触れながら言うには。
「死因は大口径の銃弾による銃創だ。頭部に着弾したものが後頭部で到達した痕、頭部を破裂させながら貫通していったのが分かるだろう?」
頭蓋骨がごっそりと損なわれた頭部側面を見せてくれた。
そこでは指で脳みそを掻き出せるほど大きな穴が開いていた。
少なくとも確実なのは、頭の中身がぐちゃぐちゃになったことだ。
「……結果は見ればわかるさ、即死だろ?」
そんな医者的な言葉にステアーは不愉快そうだが。
「まあ聞け。使った得物の口径も分かった、こいつは45-70弾だ」
「よくわかるじゃないか、お医者様。どうすればそこで知れるんだ?」
「ストレンジャーがそいつで何度も死体を作ってくれたからな。見る機会には恵まれてた」
俺たちのお医者様は何で撃たれたかまで割り出してくれた。
その説明にはちょうど俺の背中の三連散弾銃があるようだ。こいつの小銃弾が前例をいっぱい積み上げたおかげだなんて皮肉だな。
「ステアー、街で45-70弾を使うやつは?」
俺はポケットから話題の弾を抜きながら尋ねた。
「……45-70なら狩人どもだな、だがミュータント相手だと貫通力が足りないんだ。よっぽど腕がいいやつでもないと難しいし、もっぱら308口径が主流なんだが」
向こうの返事はずっと背負っていた小銃だ。
監視者たちが使う308口径のシンプルな銃はアリバイ証明に役立っている。
『カルカノさんのお店の手帳に書いてたよね? 45-70の注文があったって』
そう、ミコが今言ったように当てはまるやつがいたじゃないか。
ディアンジェロだ。あのレバーアクション式の小銃が凶器だ。
「ああ、凶器はあいつの小銃だ。となると――」
俺は死因を突き止めたところで、今度はナイツの死体を見る。
「あいつは人間を食うような奴だったのか? 目撃者を殺すならともかく、燻製にまでする理由は?」
一体どうしてこいつが加工されたのかという謎がまだあった。
あんな顔を振りまいておいて実は人肉を好むきらいでもあったのか?
「いいや、あいつは人食いじゃない」
ところが、そんな俺の考えはクリューサに否定されてしまった。
「なんでそう言いきれるんだクリューサ、人間が食べられるように加工されてるんだぞ」
当然クラウディアがそう挟まるが、ゴム手袋がナイツの身体をまさぐった。
手先は背中や腰あたりが欠けているのを強調したようだ。
そこにはうっすらと歯形のようなものも刻まれており。
「ナイツには噛み跡が幾つもある。大きさからして奴ではない、むしろ――」
次第に、ディアンジェロが嗜んでいたわけじゃない理由が指された。
嚙み跡の原因はそこにあるとばかりに向かうのは――あのテュマーだ。
「食べさせてた。そういうこと?」
女王様が嫌そうに聞くが、クリューサの無言の頷きが答えだ。
そういうことだ。テュマーの餌にしてやがったんだ。
「証拠隠滅を図ろうとしていたのか、そこまで極まったサイコパスなのかは測りかねるが、どうであれご馳走しようとしていたらしい」
「……ふざけやがって、俺の部下がテュマーの餌だって言うのか!?」
ひどすぎる事実の積み重ねに、ステアーがわなわなと震えている。
気の毒すぎた。同僚が、まして目にかけてたやつがこんな末路なんだぞ?
「これであいつが死刑レベルの罪状なのはよく分かった。じゃあ最後の疑問だ、このアルミホイルはなんだ?」
この世界で相当惨たらしい死に方から、今度は檻を見た。
剥がされたぐしゃぐしゃのアルミホイルがあるが、こいつはなんなんだ?
「おそらく、テュマーの発する信号をシャットアウトしようとしたんだろう」
疑問の答えは、そこらを見回っていたステアーの部下の呆れた口ぶりだ。
そんなことができるのか? という視線が集うも。
「もちろん、俺たち監視者はそれくらいで遮断できないことぐらい分かっているさ。そもそもの話テュマーは全身が発信機みたいなものだ、頭覆って電波を止められるならアルミホイルはとっくの昔に売り切れてるさ」
謎がまた解けた、あいつは救難信号をどうにかしようとしてたんだ。
だがその意味はなかった。なぜならテュマーが来ているからだ。
「……なんてこった。じゃあ、一週間以上も前から送られ続けていたのか?」
そこから導き出されるものはステアーのなおさら青ざめた顔にあった。
つまり、こうだ、信号はとっくの昔に送られていて、もしかすればテュマーたちの巣食う廃墟まで届いてるかもしれないと。
「おいおい……ってことはなんだ、ここにお友達が助けに来るってのか?」
滞在中の街にあの生ける屍が大挙してくるなんて俺たちにとっても最悪だ。
認めたくない事実を尋ねるも、保安官の表情は不安で頼りなく。
「思えばあの時見かけたのは偵察だったに違いない、だとすれば……もしそうだとすれば、あのクソナノマシンゾンビどもは盛大にパレードでもしながらやって来るだろうな」
「つまり今からお友達を山ほど連れてやってくるかもしれないってか?」
「……分からん。だが一つだけはっきりしてることがあるのが救いだ」
「ディアンジェロが全ての元凶ってことね?」
そんな姿を繋ぎ止めるように女王様が階段へと向かう。
「みんな、よく聞きなさい。テュマーの侵攻が気がかりだけど、それよりもこのまま彼の行いを住民たちの前で明らかにするのが先決よ」
この状況で発した一言といえばそれだ。
犯人がまだ起きていて、街の奴らも元気に騒いでる今がチャンスだと。
「無理やり捕まえてぶち殺すっていうのもありだけど、それじゃだめよ。この町を健全なまま保ちたかったら、あいつの悪行を知らしめて公衆の面前で処さないといけない。納得の行く死を与えなきゃスピリット・タウンはここでおしまいよ」
さすが女王様だ、頼もしい言葉で説明してくれた。
確かにそうだ。住民たちがあいつに味方していて、本人は運び屋たちを疑わせるように扇動している。
このまま強引にぶち殺せばそれはそれで終わるだろうが周りは納得しないだろう。だからしかるべき事実を伝えるべきだ。
「なるほど、じゃあ誰があいつらにこの素敵な証拠を突きつけるんだ?」
「そりゃ決まってるでしょ、あなたよ」
じゃあ誰がやるんだ?と尋ねた矢先に向かうのは俺だった。
ステアーあたりを指名すると思ったら俺だ。なぜか周りも俺を頼ってる。
「考えてみなさい、あいつはこの監視者たちよりも信頼されてるのよ? それだったら外から来たあなたみたいなやべーやつが一番いいのよ」
「そうだな、俺たちならともかく、外で名を馳せてるストレンジャーなら効果はてきめんだろう。そもそもあいつはお前を恐れてるからな」
『……確かに、いちクンがいいかも。あの人、すごく怖がってたし』
なんで俺が、と言いかける前にミコまで加わってしまった。
「お前まで言うのかミコ」
『たぶんだけど、事実を探られると思って心配してたんだろうね。あの時の表情はそんな気持ちがあったんだと思う』
いや、でもそうか。あいつは不都合なストレンジャーにビビっていた。
「つまりだ、俺に銀の銃弾になれってか」
いつぞや言われた言い回しを思い出して、階段に足を運んだ。
気は進んでいた。不愉快なものを見せてくれたお礼があるからだ。
オーケー、一発ぶんなぐるどころか腹に散弾ぶち込んでやる。
「戦車よりも楽だろう? お前を恐れているろくでなしが一人いるだけだ」
「事実を打ち明けるなら人を集めた方がいいぞ。私が運び屋の連中を連れてくる、みんなが引き留めてる間に酒場へ向かうんだ」
クリューサもクラウディアも乗り気だ、あいつをぶちのめせとさ。
「任せろ。クリンに次いでひどいもん見せてくれたお返しをしてやるよ」
「よし、頼んだぞストレンジャー。街に来るであろうテュマーの対処はあとだ、とにかくあのクソ野郎をぶちのめしてくれ。できるか?」
「そういえば穏便に済ませろって言ってたな? 破っていいのか?」
「あいつはもうここの住民じゃない、ただのサイコ野郎だ」
「じゃあ問題ないな。深夜の酒盛りを黒歴史暴露パーティーにしてやる」
上等だ、お楽しみ中のところにサプライズをぶっこんでやる。
きっとあいつらがまだ引き留めてるだろう――俺は檻の中の花嫁を見た。
「おいステアー、ディアンジェロの嫁連れてくぞ」
「……こいつを? 何しでかすつもりだ?」
「ちょっとしたお礼だ。布で包んで地上に運んでくれ、急げ」
『……いちクン、ほんとに何するつもりなの……?』
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