19 知らぬが仏(エクストリーム)
「なあ、おっちゃん。その人は?」
みんながうまそうにビーフシチューを食べる中、いかつい姿に尋ねた。
店に入るなり席についた白髪の老人は湯気で眼鏡を曇らせていた。
「隣の雑貨屋の店主だ」
「そうさ。お隣で店開いてるしがないジジイだよ、噂のストレンジャー殿。そこの金払いのいい自称女王様には世話になったさ」
「紅茶をありがとうおじいちゃん、おかげで人生は豊かよ」
「豊かね、私からすれば売れど売れど中々豊かにはならないんだが――いやウマイなこれ!?」
おっちゃんと本人が言うには、どうやらあの雑貨屋の店主らしい。
女王様に気さくに接して、その上周囲に物動じないメンタルは流石だと思う。
「ウェイストランド風クレイバッファローシチューのお味はいかがしら?」
「これは……うん、驚いたな。久々に肉とベリー以外を食った気がする、こんなに深い味わいの食べ物を食べるなんて人生で初めてかもな」
「ポテトパンもありますわよ、いっぱい召し上がってくださいませ」
「ポテト……パン? ふむ、粉末じゃない本物の芋を使っているのか? 外はカリっとしているのに中はもちもちとしている……もしや南で作られているという作物か? こいつは本物の食べ物だ」
「これはマッシュポテトを織り交ぜて焼いた飢渇の魔女特製パンですの~」
「うまいに決まっているだろう。おいレッド、お前さんいつの間に料理なんてできるようになった? これも指導の賜物か?」
「この子に教わったことをそのまま成しただけだ。俺は何もしていない」
「いいえ、確かにあなたがつくったのですよ? 胸を張ってくださいまし――あっレシピも書き残しておきますね! じゃがいも料理も百種類ほど!」
リム様と宿のおっちゃんが作った料理をよく味わっているようだが、ちょうどいいところに来てくれたな。
さっそくロアベアのメイド姿がてくてくとそばに近寄っていく。
「雑貨屋のおじいさん、ちょっといいっすか~?」
「おや? 昼間のメイドじゃないか、もしやお前さんここで働いてるのか?」
「従業員じゃないっす、旅のメイドっすよ。あひひひっ」
「この頃のウェイストランドはメイドもさすらうのか、おかしくなったものだ。で、こんなしがないジジイに何の用だ?」
「あのっすね、ディアンジェロ様について少々お伺いしたことがあるんすよ」
にやつくメイドが愛想を振りまいて例の件について尋ねた。
ところがそのお返しといえば、なんだか具合が悪そうな老人の表情だ。
「あー……彼のことか? 確かにディアンジェロさんは魅力的な男だが、店の顧客の情報を教えろというのなら答えるわけにはいかないぞ」
にやっとした顔にあわせることもなく、目の前のシチューに向き合った。
言葉の調子もさっきまでの柔らかさはない。来るもの拒む態度ではっきりと断っている。
「そんな~……あのお方の人柄だとかが気になるから、おじいさんにちょっと教えて欲しいだけなんすけど~」
「ダメなものはダメだ、私は商品もそうだが客こそを大事にしてるんだ。その日来た人の顔も覚えてれば何を買ったかまで細かく記憶しているが、たとえチップを積まれても個人の情報は渡せないな」
「……最近あの方の体調がすぐれないとお聞きしたんすけど、そのことを気にかけた監視者の方々からお願いされたんすよね」
しかしロアベアもロアベアだ、あきらめることなく尋ね続ける。
言われて「本当か」と、柔らかい肉を頬張る雑貨屋が俺たちを見てきた。
「お前たちが? 一体なんだって他所のもんにそんなことを任せたのやら」
「そうなんすよね~、この頃はお忙しいご様子で中々手が回らないそうなんすよ。失踪された方もいらっしゃって、そこでうちらの出番ってわけっすよ」
実際は「ディアンジェロが怪しいから調べろ」だが、ロアベアの「彼が心配です」路線でいこう。
俺はとろとろに煮込まれた肉を一口で飲み込んで。
「そいつの言う通りだよ爺さん。近頃といい昼間の件といい、あいつの様子に少し違和感を感じて心配してる人がいっぱいなんだ。あんたもだよな?」
硬くなった顔にそれらしく問いかける。
やや効果はあったのか、雑貨屋の老人はスプーンを置いて。
「それは……まあ、私も気になるんだが。いやしかしだな、私から一体何を聞こうって言うんだ? そこが問題なんだが」
いそいそと手をつけていたシチューも忘れてこっちを見てきた。
なぜか戸惑った様子だ。後ろめたい何かが隠れてる気がする。
「ちょうどよかったわ、おじいさん。単刀直入に言っちゃうけど近頃ディアンジェロさんが店で購入したものは覚えてるかしら?」
女王様も絶妙な場所から割り込んだ。いきなり深く来たなオイ。
「あ――か、彼が何を買ったかだって? それこそ私が大事にしてる顧客のことじゃないか、悪いがそいつに関しては答えるわけにはいかん」
「ねえ聞いて。あなたは店が大事かもしれないけど、彼はこの町にとって重要な人物なのよ? 何か取り返しのつかないことが起こる前に知る必要があるの」
「しかしだな、教えたところでお前たちはどうするんだ? 医者か何かでもあるまいし」
「医者ならここにいるわよ? ねえ先生?」
金髪の美女が次々と織りなす言葉に雑貨屋はたじたじだ。
そこに「呼んだか?」といい頃合いでクリューサも混じった。
「クリューサだ、こいつらの体調と馬鹿と面倒に付き合ってやってる医者だ。ディアンジェロさんの心身の様子を見る限りは『リフレックス』の影響らしいな」
そういいながらこの場で医療物資でいっぱいの鞄を開いて見せると、相手の顔はますます焦りが浮かぶ。
なるほど、やっぱり何か大事なことが隠れてたみたいだ。
お医者様はここぞとばかりに例の吸入器をがさごそ取り出し。
「アリゾナにおいて戦闘用ドラッグはありふれた品だが、それを過剰に売りつけて薬漬けにでもさせたのならさぞ印象が悪くなることだろうな。街で一番信頼される人物の体調を損ねたとなればなおのことだ」
クールになれるお薬をカウンターに置いた。
雑貨屋の顔も負けないぐらいクールになったが、お行儀よく食事をしていたノルベルトもずんずんやってきて。
「クリューサ先生よ、この雑貨屋の主は悪意をもって売りつけたわけではなかろう? 単に彼が欲していただけであって、それは疑いすぎではないのか?」
少し大げさなぐらい演技のある調子をねじり込まれた。
楽しんでやがるなこいつら。実際クリューサは「ふっ」と鼻で笑い。
「お前は甘いな。薬は毒にもなりえるのは存じてるだろうが、気に食わないだの憎いだのと都合の悪い人間を薬漬けにして害する手段など古今から続く常套手段だ」
「おお、彼を疑うというのか? ご老人がディアンジェロ殿を害するつもりでいたとでも?」
「直接的に作用する原因が薬しかないからな。俺が知りたいのはこの雑貨屋が薬を売っているかどうかという――」
「落ち着くんだ二人とも。せっかくの食事の場で、このご老人が悪意を持って薬を売っていると疑うのか? 行儀が悪いぞ」
「わっ……分かった! 分かった、話せばいいんだろう!? 私はそんな事なんてしないし今回は口にしづらい事情があるんだ!」
クラウディアまでもが混ざった芝居が行き交うと、雑貨屋がついに折れた。
よっぽど大事にしまっておきたい話があったのか、引きずり出された老人はしばらく考えこんで。
「いいか、店で薬を取り扱ってるのは間違いないし、あの人が大量のリフレックスを買っていったのも事実だ」
「なるほど、つまり薬漬けになる原因は目の前にあるわけか」
「そう思ってもいい。だがお前たちの言う通りだ、最近彼の様子が妙でな」
突き出されるドラッグに目をそらしたまま、なにやら静かに震えだした。
ただ事じゃない理由がそこにありそうだ。
「俺も彼が心配だったんだ、爺さん。何かトラブルでもあったのか?」
人に言えない事情を抱えてしまった姿におっちゃんも気にかけてきた。
そこまで言われてしまって、とうとう話す覚悟になったのか。
「分かった、話すさ。それに自称女王様にはこれでもかと商品を買われて、これほどうまい食事をごちそうしてもらったんだ。応じなければ私が不義理になってしまうな」
周りと手元のシチューを見て、どうにか平静を保ちながらも答え始めた。
「良く聞いてくれ。この頃の彼は内密に、誰にも口にするなと釘をさしたうえで商品を買っていくんだ。リフレックスは在庫がなくなるまで買い占めるし、それだけならまだしも不可解なものまで手を出すんだぞ」
ようやくひねり出された言葉が「不可解なもの」か。
大量のドラッグ以外に何を買った? まさかそこに香水があるのか?
「不可解なものってなんだ?」
「その不可解なものの中には香水は含まれるかしら?」
不安の募る表情へと、俺はヴィクトリア様と一緒に尋ねた。
雑貨は驚いた眼の開き方だ。間違いなく「香水」に食いついてる。
「……その様子だとやはり、ただならぬことがあったみたいだな。そうだ、そういった訳の分からないものまで買い込むのさ」
女王様の予想は的中した。あいつは間違いなく香水を買ってるわけか。
「誰にも口にしないってサービスを付けた上でか?」
不審な様子と繋がっているかどうかまで確認するが、相手は頷いてる。
「……ちょっと待ってろ、実際に見た方が早いだろう」
「実際にって、なんだ?」
「私は良いサービスの充実の為に来た客のことはできうる限り覚えてるし、その日買ったものも一つ一つ記憶してるんだ。リストを持ってきてやる」
いよいよ覚悟が決まったのか雑貨屋はお隣へと戻っていく。
転びそうな勢いで走っていく背中が心配だったが、すぐ戻ってきた。
「持ってきたぞ。まずはここ最近の取引内容について確かめてほしい」
カウンターで開かれたそれはずいぶん使い込んだ紙質の分厚い本だ。
色褪せながらもしっかりと事細かにここ最近の商売内容が並んでる。
ステアーが弾薬を購入したとあったり、宿のおっちゃんが缶詰を注文していたり、まあそれはいい。
「ここだ、これを見てくれ。あの運び屋という連中が来る少し前からなんだが」
しわしわのしなやかな指が問題の部分をなぞった。
運び屋たちが訪れるやや前あたりだ。みんなでその箇所を一斉に確かめる。
「……なあ、これってホントにあいつが購入したのか?」
『……え? あ、あの……ディアンジェロさんがこれ全部買ったんですか?』
そこで俺と肩の相棒が目にした単語は信じたくないものだった。
突然のミコの声に雑貨屋が驚くも、そんなことよりもとノートに向き合い。
「信じられないだろう? 私だってそうさ、あの人がいきなりこんなものを買い始めて気になってしまったものでな」
著者すら認めたくない事実を一つ一つ、思い出すように指で叩いていく。
45-70の銃弾が二箱。
スティムと『リフレックス』。
そして女性用の下着を数人分、猿ぐつわ、徳用のアルミホイル、香水もだ。
「……下着にさるぐつわ? なんでこんなもの買ってるんだろう」
「わ~お……お薬よりやばいの購入されてるっすねえ、あひひひ……」
「あの者が女性の下着を? 男がそんなものを買ってどうするというのだ?」
「私にもさっぱりさ。それも一度や二度じゃない、あれからずっと女性の服や下着を買ってるし、特に性的な道具の購入頻度が増しているんだ」
ニクやロアベアやノルベルトに、雑貨屋は気分が悪そうな思い返し方だ。
次のページからもコンドーム、ディル……無可動実銃まである。
特にこの頃はひどい。今日なんて首輪と鎖までご入用だそうだ。
「……奴がどのような性癖を持っていようが勝手だが、この量は異常だな」
「む? コンドームってなんだクリューサ、食べ物か?」
「下着に衣装に鎖に……鞭ですって、なんだか良くわからないけどストイックなくせして裏ではお盛んなの? こっわ」
「コンドームってなんなんだクリューサ」
「つまり使う相手がいるということだ。この町の誰もが知らない誰かとな」
クリューサはドン引きしながらも冷静に推理してるし、女王様はあの真面目な見た目の裏側にびっくりだ。
この購入履歴は食事の場にふさわしくないだろう、絶対に。
「どんなプレイしてるのかしら!? 私気になりますわ!」
リム様も混じってきてひどい話に行きつきそうだ。
「そう言う話で済めばいいんだけどな。なにこのマジックワンドって」
『うっわ……』
失った言葉がようやく戻ってきた。とんだド変態だったのか?
これが特殊な性癖で済めばまだいい。でも俺たちには失踪者の謎もある。
何か気を引く情報はないかと一週間ほど前からめくりなおすが。
『……あっ。いちクン! 待って!』
町の人たちの買い物を吟味してると、ガチで引いていたミコが声を上げる。
その通りにページを止めると。
「どうした? 何か見つけたか?」
『そのページの最初のところ! ナイツさんの名前が載ってるよ!?』
肩の短剣の慌ただしい声が示す――確かにあった、ナイツの名前だ!
あの失踪者の足掛かりがあって、しかも一つだけ品物を買った証拠がある。
購入した商品はガイガーカウンターとあった。
履歴からして運び屋たちが来た頃、失踪したその日だ。
「……ナイツは失踪当日、ガイガーカウンターを買ったらしいな」
「いっちゃん、ガイガーカウンターって何のことかしら?」
「放射能――目には見えない毒を測定する装置だと思ってくれ。外を探索するなら必要だろうな」
女王様には名前の意味を教えておいて、とにかく疾走前のナイツ買い物をしたことだけは明らかにした。
でも一体、新入りの監視者がどうしてこんなものを?
ここにいる俺たちの疑問はすぐに雑貨屋に向けられるだろう。
「これはどういうことだ店主? 場合によっては重要な手掛かりになりえるぞ」
それっきり現れなくなった奴の名前について指摘したのはクリューサだった。
そりゃそうだ。姿をくらます前のお買い物をずっと黙ってたように見える。
「おい、ナイツが最後にここで買い物だって? なんで黙ってた?」
「……そうだ、そのことについても話さなければな」
答えを促すが、雑貨屋はカウンターを見つめたまま白状するつもりだ。
不穏な空気に宿の店主がおろおろする中、俺は目で続きを訴えた。
「すまない、本当であればそれは監視者たちに伝えなければいけないことだろう。だが――」
「だが、なんだってんだ? 黙らなきゃいけない理由を言え」
「ナイツが店を出たあとだ。ディアンジェロさんがやってきたんだ」
「あいつが? あんたのところにか?」
「そうさ。それでいきなり「ガイガーカウンターを持っているか?」と尋ねてきてな。ひどく取り乱していて、怒鳴るように尋ねられたものだから面食らったよ」
「もう穏やかじゃなくなってきたな。で、その後どうした?」
「ナイツが買ったから品切れだ、といったら出て行った。問題はここからでな」
「あんたの店はトラブルの掘り出し物セールでもやってんのか? それで?」
おいおい、女王様の目論見通りとんでもない爆弾を抱えてやがるぞ。
この不可解な話にみんなが、店のおっちゃんすらも固唾を飲んで聞き入る中。
「あの人が『リフレックス』を大量に買い込んできたのはその日の夜だった。いつもの十倍ほどの量を注文されて驚いたよ、最初は狩り用の買いだめかと思ったんだが」
「じゃあ、ナイツが失踪し始めた頃に購入量が増えたっていうのか?」
「そうさストレンジャー。変なものを買いこんだ次は大量の薬ときた。私だって疑問には思ったが、それ以来彼に会うたびにこう言うんだ――「誰にも言わないでくれ」とね。今朝ってそうだった」
雑貨屋の爺さんはずっとため込んでいたのか、すらすらと吐き出した。
「……おかしいのさ、何もかもな。最近なんて、彼が私のことを監視してるようにも思えるんだ。朝には必ず顔を見せに来るし、彼が狩りから戻った時も店の外でずっとこっちを見てるんだ」
そしてとうとう手が震えだす。
外の様子も気になるのか、夕暮れの町並みが見える窓もしきりに気にして。
「私の気持ちが分かるか? 何が起きたのかは分からないが、確実に悪いことがこの町に隠れている。そして私がその原因を作ってしまった可能性もある。ここ一週間はずっとこうなんだ」
溜まった言葉を吐いて軽くなった老人は「ふうっ」と重く息を吐きだし。
「これで全部だ、包み隠さず話したぞ。お前たちが本当に彼をどうにかしようとしてるなら、もう責を問われて店を失おうがいい。私の安全を保障してくれ」
ようやく顔色を持ち上げた――俺たちに向かって青ざめている。
ナイツの失踪にこの店が関わってるのも分かった、不審なディアンジェロとの深い接点も見つかった。
だが、まさかここまであいつが奇妙なやつだったなんて誰が思ったか。
「爺さん、あんたは……ずっとこのことを黙っていたのか」
震える雑貨屋におっちゃんの気遣いが運ばれた。
グラス一杯のきれいな水だ。少しの躊躇いの後に一気に飲み干された。
「話せるものかよ。それで気が休まるならいくらでも広めてやるが、今の彼は次に何をしでかすか分からないんだ。おまけにこんな町の有様だ、疑ったところで誰が真面目に聞いてくれるものか」
何か覚悟が決まったようだ、こつんとグラスを置いて硬く顔を締めた。
「あんたら余所者を信じてさせてくれ。彼は――あの男は裏で何かをしている。ガイガーカウンターについての件も、確実に失踪者の事件と関わっていると思う」
「俺たちを信じてくれるのはうれしいけどな、じゃあどうして監視者たちに言わなかった?」
「はっ、それはもっともだ。だがな、あの男の息がかかっているのは住民たちだけではないぞ。意味は分かるな?」
「まあそうかもな。でも実を言うと、街のためにあいつの人柄じゃなく腹の内の方を気にかけるやつもいたみたいだ」
「ほう、つまり――」
「ステアーの奴も運び屋と一緒にあいつのことを疑ってた。つまりあんたの味方だ、俺たちと同じでな」
ディアンジェロを悪い意味で疑っていると告げると、雑貨屋はようやく肩の重みが抜けたようだ。
強張った顔が落ち着いてどっと汗が流れている。
「信用していいんだな?」
「あいつが今まで会った奴みたいなクソ野郎だったらぶっ殺すだけだ」
「ははっ。ストレンジャーめ、お前は頼もしいな」
一体どれほど一人で抱え込んでいたんだろうか、力なく握手を求めてきた。
「私はカルカノだ。店に来たら値引きしてやる」
「分かった、カルカノ爺さん。ちゃんとステアーに伝えてやるし守ってやるさ」
ディアンジェロの奴め、もうきな臭いじゃ済まさないぞ。
きっちり握手を返すとカルカノ爺さんはふらつきながら立ち上がった。
「爺さん、部屋ならいくらでも開いているぞ。日頃世話になっている礼だ、チップは気にせず我が家のように使ってくれ」
そこに気遣いあふれる宿のおっちゃんがすぐ駆け寄った。
強面の巨体に支えられた老人の姿はすっかり気弱に感じる。
「悪いな、レッド坊や。お言葉に甘えさせてもらうよ」
「すぐ隣にいるというのに気づいてやれなくてすまない、部屋まで送ろう」
「俺様に任せろ」という声も混ざって、オーガの巨体も加わり挟み撃ちだ。
二人のガチムチに包まれた爺さんは暑苦しさでだいぶ心が安らいだようだ。
「やれやれ、スティングのようにこれが大事まで発展しそうな予感がするぞ」
その姿を見送ってクリューサの一言には死ぬほど同意だ。
「もうなってるかもな。腹くくれ」
俺は改めてノートを確認した。
一週間以上も買われ続けるいかがわしいブツはあいつの人柄を示している。
◇
「……なるほどな、事情は把握した。まさかそんなことになっていたとは」
あれからしばらく、外は夕暮れを超えて夜の世界が広がっていた。
街中は発電機の働きで照明が明るくもたらされているようだ。
そんな中、俺たちの泊まる宿には何人かの監視者たちがいて、そいつらに今までの経緯を話していたところだ。
『カルカノさん、かなりストレスを感じてたみたいなんです。今はお部屋で休んでるんですけど、よっぽど怖い目にあっていたんだと思います……』
「あのカルカノさんがか。くそっ、この町が恐ろしくなってきたな」
事情をようやく掴めたステアーは忌々しそうに外を見ている。
俺だってこの怖い話に、腰のホルスターから意識が離れないほどだ。
「情報は共有できたな。悪いけどカルカノ爺さんを見てやってくれないか?」
「できることならなんでも任せてくれ。それにしても……ナイツの奴がガイガーカウンターを買っていたなんてな」
「おそらくなのだがステアー殿、そのようなものを購入したということは野外に出たのではなかろうか」
俺たちの間にあるテーブルにはいろいろな情報がある。
雑貨屋のノート、地図、それとノルベルトが紙にまとめてくれた経緯だ。
それらを加味しても浮かび上がるのはディアンジェロ=黒説なわけだが。
「確かにな。地図にはおあつらえ向きな汚染地域が幾つもある」
保安官の指はガイガーカウンターを要する地域をとんとん回った。
ところが、それを見て俺はふと疑問を感じてしまう。
「なあステアー。ここに書かれてる場所は本当なのか?」
「本当って、この地図がか?」
「そうだ、実際に汚染されてるんだよな?」
「俺はこんな危なっかしい場所に近づいたこともなんてないが、知り合いのハンターがこう言ってたぞ。ディアンジェロに付き添って地図を作ってる時、あいつが調査してたそうだ」
「なるほど、同行してたやつがいるのか」
『……でも、その人って……言い方は悪いけど信用できるのかな』
「ああ、ここまで来ると町の奴らも怪しい。監視者たちの中で確かめた奴は?」
「ひどいことを言うだろうがここは俺たちの管轄外だ。狩人には狩人の仕事ということで一任させてる」
「その管轄外で事件が起きてるかもしれないんだぞステアー。まあ汚染地域に喜んでいくようなやつはそういないか」
地図に書かれてるのは確かに正確かもしれない。
だがディアンジェロを思い出せ。ナイツが買い物にいったその後のことだ。
「ねえ、そのがいがーなんとやらだけど。ナイツっていう子が買ってそのことを気にしてたらしいわね?」
俺がちょうどそう考え始めた先に、女王様も同じ思考を導いてた。
「ひどく焦った様子だったらしいな」
「都合が悪かったんじゃないかしら」
「というと?」
「例えばよ? あの男が書いたこの地図だけど、ここに嘘があったとしたら?」
『……もしかして女王サマ、この汚染地域って』
「そそ、汚染地域がもしもなかったら?」
そう、そのとおりだ、この地図にあるのが真実だけとは限らない。
もしもだ。ここにディアンジェロに不都合なものがあったら?
「……人が寄り付かないように嘘をついていたってことか」
似た考えの俺もいきついた。
そうだ、この放射能汚染地域という嫌な響きに何かが隠されているんだ。
「ええ、だからがいがーなんとかを持って探られたら困るような何かが、この汚染地域と偽ったどこかにあるとすれば――なんて考えてみるとどうかしら?」
女王様の続く言葉に周りはだいたい納得してる。
「……ミコが言っていたな、おかしい点があると」
そこにクラウディアがぽつっと言葉を漏らす。
褐色エルフの視線は不自然な場所の汚染地域を見ていた。
「道路沿いのこのエリアか。我々監視者も前々から気になっていたな」
「他の場所は放射能汚染が広く連なっているというのに、ここだけ孤立するような形で浮いているなんてやっぱり妙じゃないか。この地図にやつが絡んでいるならなおさらだぞ」
「なあステアー。もしもだぞ、ここが汚染されてなかったとしたら?」
俺はPDAを突き出しながら言った。
こう考えてる。実際に行ってみて、もしこいつが反応しなかったら?
「……軍用のPDAか。なるほど、確かにそれなら分かるだろうな」
「そういうことだ。実際に行って確かめるってプランをここに提案するぞ」
「いいじゃない、そそるわ。もしもそれで地図が嘘だって分かれば大きな収穫だし、そうじゃなくても分かる点はいろいろあるでしょうね」
女王様もすっかり乗り気で、今にも勝手に探りに行きそうなそぶりだ。
地図を少し見て――俺は決めた。
「ステアー、今ディアンジェロは何してる?」
「この時間だとそろそろ戻ってくる頃だな。もしお前が『見に行くからついてこい』っていうなら――」
「その通りだ。あいつがいないうちにここを調べたい、手伝ってくれ」
今から狩場の汚染地域を調べに行く、そして確かめるだけだ。
「俺もぐっすり眠るために不安は晴らしておきたくてな、何をすればいい?」
保安官は話が早くて助かる、もう乗り気だ。
「気取られないうちに汚染地域を調べる。あいつの監視とカルカノ爺さんの様子見、それと現場についてくやつが欲しい」
「行くなら俺が同行しよう。他の手配は任せろ」
「よし、クラウディアとクリューサ、ニク、あと女王様、出発の準備だ」
「夜分遅くにこそこそか、私の得意分野だぞ」
「面白くなってきたな、皮肉だが」
「ん、ぼくの出番」
「よっしゃ! あいつの化けの皮をはがしてやりましょう」
『……うん、もしかしたらだけど、ナイツさんの手がかりがあるかもしれないしね。急ごう』
俺は必要なメンバーをすぐ割り出して、すぐに出かけた。
◇




