14 ブツはおいしい岩塩、まごころをこめて
顔の造形が分かるぐらいに近づくと、そこに人柄があった。
「ここ最近テュマーが近づいてきて何か妙だと思ったんだ。だがこれなら納得がいくな、北部からきたという君たちがここまで引っ張った――そうだろ?」
フード付きコートを着た黒髪の男だ。落ち着きのある顔がどこか頼もしい。
そいつは小銃をスリングで吊って、服には野外向けの迷彩が施されていた。
監視者の連中じゃないだろうな。外で狩りをするための格好だ。
「言われてみりゃ確かにそうだ、こいつらが来た時期と出現のタイミングは重なってる。偶然だと思うか?」
「ここで暮らし始めて今までこんなケース一度もなかったんだぞ? やっぱりこいつらの仕業じゃないのか?」
「それにお前らの格好はどう見てもレイダーじゃねえか! 前々からおかしいとは思ってたんだ、旅人ってのは嘘でこの街を狙ってやがったな!?」
そんな男の言葉にうなずくのはここの住民だった。
老若男女関係なく世紀末世界にしてはそれなりに整った見てくれだ。身軽な格好が西部開拓時代モドキによくあってる。
そう、特に全員が必ず銃を持ってるところが――物騒なところだ。
「人の身なりをどう言おうがかまわねえが、俺たちだってあいつらの脅威は知ってるんだぞ? なんだってそいつらをこんなとこまでエスコートしなきゃならねえんだ?」
「お前たちがここに留まってからだろう、こんなことが起きたのは!」
「そうよ、おかしいじゃない! それにあなたたちが来てから監視者の一人が行方不明になってるって聞いたわ!」
「おい、いい加減にしろよマジで! 俺たちだって好きでこんなところに滞在してるわけじゃねえんだ!」
「ここに来て車の調子が急におかしくなっちまったんだ、お前らの仕業か!?」
そんな街の連中に問い詰められているのは、一言で「レイダー」で、もう二言目でも「人狩り」だ。
年季の入りまくりな戦前の衣装はそう呼ぶにふさわしそうだ。
「ここで何が起きてようが『知るか』だ、偶然の賜物かお前らがミスしたかのどっちかじゃねえのか? とにかく不安なのを俺たちのせいにするな」
その中でずっと辛辣な言葉を引き受けるのはドレッドヘアの大男だ。
でかいのは図体だけじゃない、これだけ言われてもまだ丁重に返している。
全開のジャケットの内側で『POLICE』と防弾ベストが訴えているが、住民は顔で判断するタイプらしい。
「ミス? 我々が? この街の人間はみなテュマー相手にずっと生き抜いてきたんだぞ。君たちとは違って確固たる信念をもってここで暮らしてるんだ」
そんな姿に堂々と立ち向かうはさっきの黒髪男だ。
手振り身振りでこの街や住民たちを指しながらも言葉を振舞ってる。
「確固たる信念ね。それはつまり余所者お断りの狭い閉鎖社会だってことか? 何が古き良き世界だ、差別主義者の街じゃねえか」
「ここに責任を丸投げしようとするような悪い余所者はお断りってことだ。テュマーの様子も車の不調も全部君のような――」
しかしそんな途中に俺たちが目に入ると、その男はなぜか一瞬ぎょっとした。
後ろにいる人外混じりの一団もあれば仕方がない反応だ。ひとまず挟まった。
「よお、なんかお困りみたいだな。親切なやつはいらないか?」
入れた。幸い、全員等しく武装した話し合いの場はまだ穏便そうだ。
「き……君はもしかして、あのストレンジャーか?」
狩人っぽい姿の男はさっそく俺に気づいたみたいだ。
個性豊かな面々の姿も相まってかなり動揺してる、目が泳ぐほどに。
「よくわかったな、やっと南から来れたんだ」
「黒いジャンプスーツですぐ分かったよ。噂には聞いていたが本当にお目にかかれるなんてな」
「ここまで来るのにだいぶ大変だったよ。で、なんの騒ぎだ?」
「それなんだが聞いてくれないか君。どうもこいつらがテュマーを」
「だから何もしてねえよ! こいつら何でもかんでも俺たちのせいにしようとしてやがる!」
「畜生、車さえ動けばこんなところさっさと出てってやるのによ」
そんな男からいざ聞き出そうとすると、レイダーもどきが絡んできたが。
「へっ、お次はストレンジャー様か。今度は悪そうに見える俺たちでスコア稼ぎでもしにきたのか?」
そのリーダー格と思しきドレッドヘアが特に嫌そうな顔だ。
「お前らでスコア稼ぎだって? どう思われてるんだ俺」
「悪者を退治して調子乗ってる誰かさん程度だ、こっちには少なくともそう届いてるぜ」
「旅の邪魔してくれたお礼をしたやっただけだ。手厚くな」
「だとしたらイカれてるな、俺たちも邪魔だってのか? ああ?」
「本当に邪魔だったら黙ってぶちのめしてると思わないか? 落ち着け」
「その言い方だと少なくともまだ話はできそうだな、だがまあ……」
しかし話してみると意外に話は通じそうだ。
そいつはストレンジャーと後ろの奇妙な顔ぶれに嫌悪感全開にしつつ。
「……もういい、落ち着けお前ら。いくら口で説明しようがこいつらは分かっちゃくれないんだ、車もあきらめてスティングまで歩いて向かえばいい、そうだろ?」
「で、でもよハーレー……積み荷はどうすんだよ、あの量を生身で運ぶには大変だぞ?」
「俺がなんとかする。とにかく話して分からねえ上にこんな変な奴まで来ちまったんだ、これ以上余計なトラブルが起きる前に出ていくべきだ」
一悶着が起こる前にレイダーたちをまとめたようだ。
その言葉の通り、物騒な連中は戸惑った様子で引こうとするも。
「――待て君たち、我々の話はまだ終わってないぞ」
さっきの黒髪男が引き留めた。
まるで「お前たちが犯人だ」と決めつけたような感じだ。
強張った顔で睨んでいた。それを向けられた男たちはさぞ苛立ったようで。
「ああ? まさかてめえ「やったのはお前らだ、埋め合わせをしろ」なんて言うつもりかよ」
「そこまでにしとけよクソ野郎、それだったら俺たちだって輸送に使う車を誰かに壊されたんだ、お前らの誰だか知らんがその謝罪ぐらいしてもらいたいもんだな」
「俺たちがやっただって!? それこそ言いがかりだろ! 整備不良かなんかじゃ――」
「それかあなたたちの誰かがいたずらでもしたんじゃないの? ここにそんなことをする人間は――」
挟まれた言葉は物事が悪く働くほどには効果てきめんだ。
またも一触即発な空気が流れ始めるも。
「待つのだお前たち、一体何事だ? そのように面と向かって罵り合うだけでは話など進まないではないか、俺様たちに聞かせてみせよ」
そこに威圧感たっぷりのノルベルトがついに前に出る。
ミュータントとも言うべき巨体に武装した人々は流石にざわめいた。
「なっ……なんだ、そのミュータントは……? 君のペットか?」
黒髪に至っては俺のしもべかなんかと勘違いしてる。
「……ん。ぼくのこと?」
ニクも首をかしげながら前に出てきた。お前じゃない戻ってくれ。
「旅の仲間だ。あんたこれみてミュータントとか騒ぐ人種か?」
「……ま、まあ君がそういうのならそうなのかもしれないが。いや聞いてくれストレンジャー、最近北からテュマーの姿が良く見られるんだが」
「それなら監視者のステアーってやつから聞いた。で、あんたは?」
「申し遅れたな、すまない。俺はディアンジェロ、この街で狩人をやってる」
「狩人? 何狩ってるんだ?」
「ミュータントさ、もちろん食える方のな。最近よく見る馬鹿でかい牛やら鹿やらがいるだろ、みんなの飯の為にせっせと狩ってるんだ」
狩人のあたりが気になると、ディアンジェロは「これだ」と得物を掲げた。
レバー・アクション式の銃だ、良く使い込まれてる。
「お前、ほんとにストレンジャーなのか?」
「ストレンジャーってあの戦車殺しの……?」
そこへ住民たちもやって来る。
どんな噂が届いていたかはともかくとして、名前さえわかればものすごく頼もしいものを見るような目つきだ。
「俺のことを戦車絶対ぶっ殺すマンとか呼ぼうがどうぞご自由に。それよりもだ、この厳つい連中がナノマシン入りのお友達を連れてきたってマジなのか?」
「ストレンジャー聞いてくれ! こいつらが北の廃墟からテュマーを連れて来やがったんだ!」
「このレイダーどもを追い払ってちょうだい! 最近街の様子がおかしいのはこの人たちのせいなの!」
「こいつらがテュマーを? どうやって?」
「きっとつけられてるのに気づかないで連れて来ちまったんだよ!」
「それか私たちを皆殺しにしようとわざと――」
「もういい、黙れクソ野郎ども!」
「ここの街はどうなってやがんだ!? ずっと俺たちのせいにしやがって!」
ダメだ、お互い疑心暗鬼になってる。
この黒髪男が余計なことを言ったせいだ。
しかも本人はずっとレイダーモドキに強く睨みをきかせたままだ。
「オーケー分かった、じゃあそこのレイダーもどき。お前の名前は?」
「レイダーじゃねえ、運び屋だ」
「運び屋?」
「俺たちはこんな見た目はしているがれっきとした商人みたいなもんだ、会社だって立ち上げたばっかだ。名前はハーレー、ずっと北から商品をスティングまで届けにきたんだが」
「つまり、そのテュマーがいるところとやらを通過してきたのか?」
「ああ、そうだ。だがあいつらがどれだけやばいのかはよくわかってるさ、それにうかつに人里に連れてきちまったらどれだけ迷惑するのかもな」
今度は運び屋を自称する誰か、名前はハーレーとか言うやつだ。
見た目はよろしくないが落ち着いた様子で「あれだ」とそばを指してる。
そこには西部劇調の街のど真ん中で立ち往生する車があって。
「あの車はどうしたんだ?」
「どうしたも何も、ここにきてから動かなくなっちまった。調べたら部品が抜き取られてやがったんだ」
「抜き取られた? 車の部品がか?」
「ああ、大事な荷物を運んでるってのにな。少なくとも俺たちの中に自分たちの命綱から部品をちょろまかす馬鹿はいねえよ」
「――なるほどな、つまりお前はこの街の誰かがやったと言いたいのか」
動かぬそれの姿を聞いていると、クリューサが入ってくる。
じっと俺たちの様子をうかがうディアンジェロを一瞥して、物申す住民たちも無視して車を見やると。
「そうだ、そうとしか思えねえ。誰がやったかって分からないのが問題だがな」
「そうか。では積み荷はなんだ?」
「岩塩だ」
「岩塩?」
「俺たちの住む場所に突然岩塩が出てきな。それもタダの塩じゃねえ、汚染されてないクリーンな塩だ」
「そうか。つまりイチ、お前が関わってる話らしいぞ」
「ああ? ストレンジャーが? どういうこった?」
「その岩塩が俺のおかげで出てきたって言ったら真に受けるか?」
「受けてやるさ、ついでに商品が無事配達できるって保証してくれればな」
念のため「見ていいか」と尋ねて、お医者様は興味津々に車に近づく。
意外にも快く受け入れてくれた。装甲と機銃に守られるトラックの荷台からケースが下ろされた。
「ほらみろ、上等な岩塩だ。まるで水晶みてえだろ?」
あっさりと出てきたその中身は――本当に透き通った塊が詰まっていた。
まるで宝石みたいだが、その形にリム様がちょこちょこ割り込んで。
「あら、あっちの世界の岩塩ですわねこれ。マナもうっすら帯びてて……」
その正体を速攻で突き留めてくれた。これはただの塩だ。
「おい嬢ちゃん、うちの商品の何が分かるなんて言わないがべたべた触るんじゃねえ」
「いっちゃん、これ向こうの世界で腐るほどある岩塩ですわ! これでキャベツを漬けるとおいしいですの!」
「次は岩塩か。よくわかった」
つまり俺が岩塩を転移させて、ちゃんとしたものを運んでることは確かか。
こいつらは嘘をついてない証拠が一つ出てきたわけだが。
「おい、あんたら」
ひとまずこれ以上運び屋とやらを疑わせない方がいいな。住民に向かった。
「こいつらは本当に岩塩を運んでるだけかもしれないぞ」
「い、いや、でもな……」
「タイミングが悪いってのも分かる。でも仮にレイダーだとしてもだ、その方法はさておいてテュマーの脅威が分かってるならなんでここまで連れてこないといけない?」
「ふざけて連れて来た可能性だってあるでしょ?」
「そうかもな、それかうっかりか。でもこいつらは本当にブツを運んでるだけだぞ」
「白だっていいたいのか? どうしてそう言いきれるんだ?」
「どうしてかの説明は後でしてやるけど間違いなく岩塩だ。だとしたら商売上、ここは通らなきゃいけない道になるよな? この街が使えなくなったら困るのはお前らだけじゃないって話だ。それにあんたらの誰かが手を加えた可能性もあるだろ? どうして満場一致でこいつらが悪いと決めつけてるんだ?」
言うだけいって、ふと黒髪の男を一度見てみた。
行き交う言葉とにらみ合う人たちの姿に表情が硬い――どうしたんだ?
「た、確かにそうだがな、だが我々だって彼らの邪魔をする理由が……」
「それにここを通るやつはこいつら以外にもいるだろ? この前はナガンっていうトレーダーもここを通ったよな? そいつらがここまでテュマーを連れて来たことはあるのか?」
「そんなことは一度もないぞ、あの人は慣れてるからな」
「そうよ、ナガンさんは何度もここを通ってるもの」
「ならこいつらはどうなんだ。確かに見た目も怪しいけどな、それにしたってなすりつけすぎじゃないか? こいつらが本当に運び屋なら、今後自分たちの通り道になりえるここを潰す理由はなんだ? そもそも最初にそんな風に疑ったのは誰だ?」
いろいろ考えたが、なんだか不自然だ。
どうしてここまでこの運び屋たちを目の敵にしてるんだ?
その原因は誰かと言えば、なぜか住人たちはディアンジェロに釘付けだ。
「……おかしいと思わないのか君たちは? そんな怪しい顔ぶれが来てから一週間が立つんだぞ? そもそも本当に車なんて故障してるのか? 運び屋というのも立ち寄ったのも嘘で、その荷物とやらは盗品で、何か理由があってここにいるんじゃないのか、この胡散臭い連中は」
そんな黒髪姿の口ぶりははここぞとばかりに遠慮がなかった。
しかし、それが悪かったんだろう。
「もう我慢できねえ! さっきから人の身なりを馬鹿にしてふざけやがってこの西部劇かぶりども!」
運び屋の誰かがついにキレた。具体的にいえば腰から抜いた拳銃だ。
「おい、落ち着け! 馬鹿野郎、あいつの言葉に乗るな!」
リーダーの制止むなしく武器が向けられた。
それを皮切りにかちかちと無数の撃鉄が起き上がる――!




