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13 奇妙な街の様子


 荒野の上で『スピリット・タウン』は成り立っていた。

 戦前から開発の止まった荒れ地が手つかずに残るかたわら、まだ形を保つ街の一角に住み着いたらしい。


 さほど大きな集まりじゃないのは確かだ。

 もし今まで見てきた営みの中で一番近いものといえば、クリンがそうだ。

 そう広くはない街中は緑が戻りつつあり、ところどころ草木が繁殖していた。

 そして水も。『きれいな水売ってます』の看板を掲げられる程度には。


「やあストレンジャー。この頃は悪いニュースばっかりでみんな気が立ってたんだ、すまないね」


 そんな場所に入るなり、武装した男がやってくる。

 何人か背後に連れ添っている点から下っ端じゃなさそうだ。


「来て早々悪いニュースか、俺たちにとってもか?」

「場合によってはな。我々はこの街の外を見守る監視者(ウォッチャー)だ、そして俺は保安官のステアー、よろしく頼む」

「改めてストレンジャーだ、こちらこそよろしく」


 見た目は物騒とはいえ、ステアーと名乗るリーダー格に嫌な感じはしない。

 さっき向けられていた不安げな視線もいくらか和らいでるものの、悪いニュースとやらはすぐそこに迫ってる気がする。


「……ところで、その背後の個性豊かな顔ぶれはなんなんだ?」


 まあ、それよりも目につくものが後ろにいるわけだが。

 オーガから女王様に至るまでの多種多様な姿に部下たちも絡みづらそうだ。


「見て分からないか? 旅の仲間だ」

「残念だが見て分からないんだ。そこの美人の姉ちゃんと顔色の悪い奴はともかくとしてだ、角の生えた大男に、長い耳のネイティブアメリカンみたいなやつ、ドッグマンの出来損ないみたいガキ、それにメイドさんだぞ?」

「ファンタジー世界から来たって言ったら信じてくれるか?」

「はっ、ファンタジーね。じゃあそこのふわふわしてるやつは仮装パーティーの参加者じゃなくマジモンの魔女ってことかい?」


 監視者のリーダーは嫌なものでも見てしまったような顔だ。

 きっとここがミュータントだのなんだのに敏感な証拠だろうが、その先になおさら強烈なのがいる。


「あら、私のことですの~?」「HONK!」


 浮かぶ杖にまたがった黒白目の悪魔風魔女、鳴くガチョウを添えて。

 たじろぐ様子にドヤ顔をされるのは初見さんにはきついかもしれない。


「つまり本物の魔女がいて使い魔もいて空飛ぶっていう三点セットだ」

「なんてこった、まじないでもかけにきやがったのか?」

「じゃがいもを普及させにきましたわ」

「あー、じゃがいも?」

「この芋の悪霊のことは気にしないでくれ。まあ俺が仲良くやってるんだ、信用に値すると思わないか?」


 そこにがさごそ取り出したジャガイモを見せつけるのはどうかと思う。

 またこの芋は……!と唐突なる芋テロにみんながそう思ったろうが。


「待て、今なんていった? 芋だって?」


 保安官のリアクションは俺たちの予想をはるかに超えていた。

 リム様の手にあまる大ぶりの芋を目に驚いている、というかなんならものすごく欲しがってるほどで。


「異世界から訪れしじゃがいもですわ! 常食にぴったりの食べ飽きない品種です!」

「おいおい……じゃがいもってのは150年前に絶滅したはずじゃないのか? 種子保管庫ごと吹き飛んだって聞いたことあるぞ?」

「ここらじゃまだないのか?」

「だって北だぞ? この辺は最近ミュータントやらベリーやらがいっぱいあるおかげで食いつないではいるが、いやはじめてお目にかかるな」

「変だな、ブラックガンズの連中だとかがいっぱい作物を作ってるだろ? 回ってこないのか?」

「そりゃ作物があるって噂は聞いてたさ、でも中々こっちに来ないんだよ。ナガン爺さんがその気になりゃ北部にも回してくれるだろうけどな」


 保安官殿はこの世に再び降臨されたじゃがいもをじっと見ている。

 回りの視線も物欲しそうなものに変わるのを魔女が見逃すはずもなく。 


「お芋がないなんてけしからん! ということでお近づきの印に差し上げますわ!」

「お、おい……いいのか?」

「衣食住満ち足りてなんとやらです! 健康な食生活の為にお植えなさい、いいですわね?」


 鞄から無限に湧いて出てくるような芋の一つを進呈した。

 そのステアーといったらずっと欲しかったものを幸運にも手にしてしまったような顔つきだ、まあ実際その通りだが。


「は、ははっ……これで衣食住満ち足りるわけだな?」

「ええ、もちろんです。ちゃんと育ててくださいね!」

「……分かった、分かったよ魔女様。あんたらは悪い奴らじゃないのは良く分かった、ついさっきまで疑ってたがもうこれっきりにしよう」


 こうして悲願が叶った保安官は「こいつ植えてこい!」と部下をけしかけた。

 初対面の人間からの予想外の収穫にとても満足してるご様子だ。


「良かった、あなたが魔女狩りとかする人種じゃないか私も心配だったの」


 そんなやり取りを見ていた女王様もにっこりした。

 顔こそは笑っちゃいるが声は少し張り詰めている。

 もし何かあれば長い棒を振り回そうとばかりの気迫が俺には分かる。


「冗談じゃない、ここは戦前、それも古き良きかの国を目指してるんだ。暗黒時代の野蛮な考えなんて持ち込めると思うなよ?」

「それを聞けて安心したわ。だとしたらここは良いところでしょうね!」

「もちろんさ! さあ来てくれみんな、今日は良い日になりそうだな!」


 保安官の言葉にすっかりほぐれたみたいで、とりあえずお互いトラブルを起こす手立てはなくなったそうだ。


「改めましてここはスピリット・タウンだ。豊かな土地と水が戻ってきたおかげで、こんな荒野のど真ん中のくせしてチャンスに溢れてやがる」

「ナガン爺さんから聞いたぞ、こっち側も水脈が戻ってたのか?」

「けっこう前からな。ついこの前まではただの廃墟だったんだが、水もあるわ植物も育つわと気づいてみんなこぞって住み着いたんだ」


 町中に俺たちを導きながらもステアーは良く喋った。

 やっぱり変わった街だ。戦前の廃墟に西部劇調の街並みが混ざり合ってる。

 高く残されたビルがそびえたつ一方で、今にも保安官だの盗賊団だのが出て来そうな古き良き街並みがあるのだ。


「じゃあ最近できたばっかりか。初々しいな」

「もちろんさ。はるか北にはテュマーの巣窟があるがそんなの関係あるもんか、ここは古き良き戦前が戻りつつあるんだよ」

「それにしちゃ……あれは()()()()()()()じゃないのか?」


 何度気にかけても、あの西部開拓時代の街は数世紀ほどさかのぼってる。


「その手の言葉はよく言われるよ。ありゃ150年前の映画のセットさ」 


 その答えを「口で言うより早い」とばかりに指先で返される。

 街中にある大きな倉庫の壁にボロボロの広告がまだかろうじて残っていた。


【*最後のレンジャーが現代によみがえる!* ゾンビ溢れる20××年のアメリカに、開拓時代のテキサスレンジャーが――】


 どうにか分かるのは、白馬にまたがった黒い男が突撃銃を構えてることだ。

 向かう先はゾンビの大群。内容はともかく映画の紹介なのは間違いない。

 問題は映画の撮影場所はまさにここで、その舞台は今や人が住まうための居住地に変えられている。


「なるほど、すきで西部劇ごっこしてるってわけじゃなさそうだな」

「なんだよ、嫌いか?」

「それほど知らないのもある」

「まあ戦前になって廃れたジャンルだからな、ちなみに俺は好きだ」

「じゃあそのびしっとした格好もあんたの趣味なのか」

「いけてるだろ?」

「けっこう気に入ってる、それに実戦的だ」

「流石ストレンジャーだ、分かってやがる」


 ウォッチャーのお偉いさんは親しく肩を組んできた。

 広い土地を使った古すぎる(・・・・)アメリカの姿に人々は惹かれていて、そこがこの街を表してる。

 「あそこが我が家さ」と離れにある戦前の消防署も教えてくれた。


「俺たちはごらんのとおり、昔の消防署を詰所にしてあんな場所で開拓時代ごっこするやつらを見守ってるのさ。何かあったら何なりとどうぞ」


 ステアーは俺たちに良い滞在を願ってそうだ。

 現代的な姿と西部開拓時代の有様の織り交じる様子は中々にあべこべだ。

 しかし人はそれなりにいるし、街らしい施設もちゃんともあれば狩りたての魔物をさばく連中の姿だってある。


『……変わったところだね、映画のセットがほんとに街になっちゃってる』


 そんな有様に真っ先に言葉を出したのがミコで、その通りだ。

 しかし不思議と世紀末のいかつい身なりにあう街なのは間違いない。


「盗賊団まで再現しなきゃいいんだけどな。とりあえず寝床探しか?」


 俺は人の賑やかさの方を向いた。

 目にして気づくが、街に入ってすぐのところにカジノがあった。

 というのも、あの看板の裏面には『スピリット・カジノへようこそ!』とあるからだ。

 さほど規模のある店構えじゃないが、人が集まり電子的な広告が働き続けるぐらいにはまだ繁盛してるらしい。


「そこのお兄さん、さっそくちょっといいっすか」


 当然、去り際に監視者の連中にロアベアが目ざとく声をかける。

 うきうきした顔は生首を取れるという点を除けばかわいいもので、それを受けたステアーは嫌な顔もせず。


「どうしたんだいメイドさん、早速お困りか?」

「あそこにカジノってあるんすけど、もしかしてまだやってるんすか」

「ああ、あのクソカジノか。戦前から稼働してるよ、今朝からずっと人がきてるがチップをスリたくないならやめといたほうが――」

「本当っすか!? ありがとうっす!」


 それだけ説明すると、ロアベアは食い気味でカジノへ向かってしまう。

 唖然とする俺たちも忘れて旅立つ姿を誰かが止めようとしたものの。


「……カジノって何かしら?」

『ギャンブルっすよ女王様!』

「賭け事ね! よしいくぞっ!」


 カジノとは何か、という疑問をもった女王様もつられていってしまう。

 賭博へ旅立つメイドと女王を止めるやつもいなければ、止める義務もない。


『……行っちゃったよ二人とも、止めなくていいの?』

「惨敗すれば帰ってくるだろ。まったくなにしてんだか」


 二人を見送って、とりあえず街へ移ろうとすると。


「ああそうだ、近頃は北側の郊外でたまにテュマーが目撃されてるんだ。もし見つけたらすぐに俺たちに報告してくれ」

「あのテュマーが? 大丈夫なのかここ?」

「なんだか知らんが、この頃よく近づいてきてやがるんだ。まあわざと引き寄せない限りは街には来れないし、あいつらの対処法は良く知ってるから心配するなよ」


 監視者の男は最後に「悩みを聞いてくれるなら来てくれ」と去っていく。

 悪いニュースにテュマーか、その二つがここで混ざらないことを願おう。


「とりあえずは落ち着ける場所を確保すべきだな。これだけ賑わっているんだ、寝泊まりする場所ぐらいあるだろう」

『あ、あの……二人とも行っちゃいましたけど』

「ギャンブル依存症の治療法などしらん、放っておけ」


 新たなる戦場へ旅立った二人を除いて、クリューサが先を歩いたようだ。


「あいつら絶対有り金溶かして顔で帰ってくるぞ」

『……特にロアベアさんはありえそう』

「むーん、賭博は良くないのだぞ。ほどほどにして帰ってくると良いのだが」


 ノルベルトの心配など果たして届くことか、俺たちは古き良き姿を踏んだ。

 荒野と農園地帯のど真ん中に突如現れた西部劇のセットは騒がしかった。

 昔ながらの建築様式が長い列を作っていて、そこに世紀末世界らしい身なりの人々がいる。


「おお、何なのだこの街並みは。初めて目にするのに懐かしい感じだぞ」

「今までとは違って馴染みのある姿をした街だな! それに美味しそうな匂いもするぞ、この香りはクレイバッファローだぞ」

「お前たちは知らんだろうが西部開拓時代というものがあってな、それを再現しているんだろうが……こんな世界とよく似あうものだ」


 はしゃぐオーガとダークエルフに挟まれるクリューサも感心するほどだ。

 俺たちは150年どころかその倍以上もさかのぼってしまったのか?

 廃墟に目を瞑れば、本当に開拓時代に戻ったんじゃないかと思える光景だ。


『――どうせお前たちが連れて来たんだろう!?』

『はぁ!? ちげえよ! どこみてんなこと言ってんだよ!?』

『俺たちがやったって証拠でもあんのか!? 言いがかりだぞそれは!』

『そんな身なりで信用できるか! お前たちみたいなやつが北から連れて来たんだ、そうに違いない!』

『それに北からの奴だろう!? 絶対そうだ、こいつらの仕業だ!』


 ……いや、踏み入った瞬間に街のコンセプトに相応しい争いが起きていた。

 いかにも『ヒャッハー』な連中が装甲車両の周りで住民たちに詰め寄られてる。

 まだ誰も武器には手をかけちゃいないが、罵倒と否定の言葉はまだ終わらない。


『……どうしたんだろう、なんだか言い争ってるよ?』

「あれは……レイダーか? どうしてこんなところにいるのやら分からんがひと悶着あるようだぞ」


 遠目でも分かる姿にクリューサの言葉を上乗せしても『レイダー』だ。

 そんな連中はしきりに何かを拒んでいるも、周りがそれを許さない。


「……妙だな。行ってみるか」

「さっそく関わるのか?」

「普通のレイダーだったら話し合わないだろ?」


 少し考えて、俺は取り囲まれたレイダーたちの元へと歩いて行った。

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