11 イグレス王国の女王様誘拐テイスト
「初めまして、にぎやかな方々。わたしはヴィクトリア、そちらのおっきい坊やの言う通りどっかの国の女王よ」
お茶をご馳走になると、女王様とやらはすさまじい第一印象を与えに来た。
いったいどこに初対面でこんな感じに身分を明かす奴がいるんだ?
どうかこの金髪のお姉ちゃんが言ってることは嘘で、ノルベルトも思い違いで、知らん国のお偉いさんを拉致した前科がつかないことを願うも。
「ダメですわよヴィクトリアちゃん、いきなり素性を明かしたらいけないとアルミダおばあちゃんに言われてませんでしたの?」
「遠い異国の地だし大丈夫よ。刺客来ても全員ぶちのめすから平気平気」
「ここは異国でもなく異世界的なあれですわよ?」
「えっマジで!?」
「マジですの!」
「じゃあ私、知らぬ間に壮大な冒険に出てたんか……なんてツイてるのかしら」
ヴィクトリアを名乗る誰かは、とてもそうとは思えぬ様子でティータイムだ。
リム様とのやり取りを見る限りは女王な感じはしない、ただの変人仲間だ。
願わくば冗談で名乗った上でノルベルトが全力で勘違いして俺は何も悪くないというオチをどうか再三願うが。
「リム様」
「あら、どうしたのイっちゃん?」
「このお姉さんは、その……どっかの国の女王様だって?」
「もう本人が口にしちゃったからいっちゃいますの、お隣の国にしてフランメリアの同盟国であるイグレス王国の女王ですわ」
「おいっす! わたしイグレス王国女王ヴィクトリア! 趣味は密航と密入国、旅先で紅茶飲むのが生きがいよ!」
とてもそんな身分とは思えない変人だ、きっと女王を名乗る不審者だろう。
「ところでそこのでっかい坊やはローゼンベルガー家のご子息かしら?」
そこで金髪姉ちゃんがマグカップを一口しつつノルベルトの顔を見上げる。
きっとあいつも「もしかしたら違うかもしれない」と思っていたに違いない。
「……こ、これは女王殿下。お、お……」
だけど目が合った瞬間、その深刻さはオーガの強い顔を崩した。
何も知らない俺からすれば「何ビビってんだ」ぐらいしか思えないが、言葉を詰まらせるほどの人なんだろう。
要するにマジであっちのお偉いさんだ。もう少し人を選べ俺の馬鹿野郎。
「いいのよ別に。わけあってここに流れ着いた者同士、お堅いことは抜きでいきましょう?」
なのにこの女性は、まるでいたずらを楽しむガキみたいな無邪気な顔だ。
アウトドア用ティーポットから濃い目のお茶を注いで「入れるわよね?」と角砂糖をちらつかせている。
とてもどこかの国の女王とは思えぬ親しさだが、オーガはまだ強張ってる。
「し、しかし女王様、そのようなわけにはいきますまい、仮にも――」
「ならこうしましょう、私は今お忍びで旅をしているただのヴィクトリアさん55歳、今後の安全のために身分は隠してくれるかしら?」
「……分かりました、ヴィクトリア様。そこまで言われてしまえば仕方ありませぬ、お力添えできるよう努めましょう」
「うーんまだ硬い。ところで砂糖はたっぷりでいい?」
「わ、分かった。わた……俺様は甘さは控えめがいいのだが」
「流石あのオーガの子ね、その理解力マジ大好き」
超フランクな女王は応じてくれたノルベルトを嬉しそうにぺちぺちしてる。
紅茶テロの矛先はオーガだけに飽き足らずダークエルフに向けられ。
「お前はあの海の向こうにある国の女王か、なぜここにいるんだ?」
クラウディアですらそういったんだ、もう本物だ。
マグカップを手に紅茶を待つ姿にティーポットが向けられるも。
「……もしかして俺、そのイグレス王国とやらの国土まで巻き込んだのか?」
『……転移の範囲って、まさかフランメリアだけじゃなかったのかな……?』
耐え切れずに口にしてしまった。
そうさ、俺が死んだらそれが原因で世界が入れ替わる現象がある。
それがフランメリアだけじゃないことは分かってたさ。
あの聖剣然り、遠いどこかのものも引き寄せてる。それが今度は知らない国三つ目のどこかを女王ごと――
「あら、そこの目がおっかない人どうしたの? 紅茶飲む?」
うかつに言葉に出したせいでティーポットが突きつけられた。
どうする、いや、まずはどういう経緯で来たか聞いてみるか。
「あ、いえ……あの、なんていえばいいのか」
「もーどうしたのよ、あなた紅茶苦手?」
「嫌いじゃありません。失礼ですが女王様、こうなる前はどこにいらっしゃったんですか?」
言われるがままにブラックガンズのマグカップを差し出すと、どっかの国の女王は得意げに「ふっ」と笑んで。
「いつもみたいにフランメリアに密入国してたらなんかここに来ちゃったわ、いい歳して冒険心が働きすぎたみたいね……」
お茶とミルクを注いでくれた――いや今なんつったこいつ!?
「……あのすいません、その口から出て来ちゃいけない単語が出てきた気が」
『女王様が密入国……!?』
「フランメリアに密入国して遊んでたら巻き込まれたみたいね」
「いまなんつったこいつ!?」
『みつにゅう……えっ』
「ヴィクトリアちゃんはよくお忍びで海を渡ってきますの」
「女王が不法入国してくるとかどうなってんだよあっちの世界」
「大丈夫、お母さんがすっごい嫌な顔しつつ送り返してくれるから!」
とりあえず人様の国土を踏みにじるような真似はしてないことは分かった。
でもなんだこいつ、いろいろと指摘しないといけない点が山ほどあるぞ。
女王が旅に出て民にどんな影響を与えようが人の趣味の勝手だが、密航だの密入国だのアウトな言葉がどうしてこうぽんぽんでるんだ。
「そうか、かの国の女王はいまだに冒険心を捨てきれずにたびたび抜け出していると聞いたが、相変わらずだったのか」
「あの世界はとうの昔に歩き尽くしちゃって退屈だったわ。でも素敵なことにまったく知らない土地に来ちゃって、大冒険してたところよ」
「いいところだろう、ここは」
「ええもちろん。悪者を全力で棒で叩いてもお咎めなしとか最高すぎない?」
クラウディアも一杯もらっている。美味しそうに飲む姿に女王様は満足だ。
紅茶テロリストの魔の手はまだまだ続く、今度はクリューサに向かった。
「ところでそこの顔色悪い人はどうしたの? 大丈夫? 紅茶飲む?」
「お前が女王だろうが何だろうがウェイストランド出身の俺には関係ないが、とりあえず顔色と手にしたものを結び付けるな」
「心配無用よ、紅茶は大概の問題を解決してくれるから――はいお茶」
「じゃがいももありますわよ!」
「芋はいらん。リーリム、もうこれ以上変人を増やすな」
「む。クリューサ、いらないなら私にくれ」
お医者様は嫌な顔だが、意外にもうまかったのかお茶にほんのり感心してる。
冷えたぼそぼそのじゃがいもは無事にクラウディアの方に回ったが。
「そこのメイドさんと犬の精霊さんもどう? みんなで飲めば美味しいわよ」
次はそばでちんまり座るわん娘と、廃車を椅子代わりにするロアベアだ。
「……ん、いただきます」
「砂糖はたっぷりにしておくわ、お嬢ちゃん」
「あっちの世界の女王様って自由なんすねえ」
「こんな身分になってからいろいろと縛られたけれども自分でぶち破ってやったわ、刺客とか来ても全員ぶちのめせばいいだけよ」
底なしに明るい女王の配る紅茶は二人の口にも合ったようだ。
あまりにもぶっ飛んだ生きざまと情報量に流石に困ったが、女王様は飲んでほしそうにじーっとみてくる。
「飲まないの? 二人とも?」
「あー、いただきます」
『い、いただきます……!』
肩の短剣ごとすすめられて一口すすった。
ミルクの効いた甘い味だ、心なしかどっかで味わった気がする。
『……チャールトンさんの淹れてくれたお茶と味が似てるね』
「そういえばあの時も淹れてくれたよな。あんな忙しい時にさ」
「……チャールトンですって!?」
ミコを突っ込んで一緒に味を楽しんでると、女王様が食いついてきた。
チャールトンという名前にだ。それは間違いなくあの人の知人たる証拠だ。
「ああ、向こうの世界のオークなんだけど……」
何度も力になってくれたあの頼もしい顔を思い出していると。
「なんてことなの! まさかあいつも来てたなんて!」
「オーク」の一言だけでそれはもう胸躍るといった感じで笑んできた。
一体どんな関係なのかは謎だが、友達ほどの親しさはあるようだ。
「あの人とどういう関係なんだ?」
「昔、チャールトンの奴とは冒険仲間だったわ。旦那と私とあいつと、それと貴族のお坊ちゃんを連れて四人で世界中を回ってたのよ」
「ずいぶんと賑やかな旅をしてたらしいな」
「思えばあれが私の全てだったわ。あの人元気だったかしら? 干し肉みたいにしなびてなかった?」
今までの旅のつながりとどう関係があるか、まで尋ねようとしたところで。
「……ヴィクトリアちゃん、この子をよく見てください。アバタールちゃんそっくりでしょう?」
リム様がひょこひょこやってきて、俺の頭を撫で始めた。
その名前が何か彼女に触れたらしい、まじまじと見つめてくる。
「フランメリアを導いた――いいえ、リムお姉ちゃんが大事にしてたあの子?」
「ええ、そうです。見た目だけではありません、魔壊しの力もあるのです」
人の見た目はともかくとして、魔法が効かない体質に関しては特に興味があるようだ。
「言われてみれば確かに似てるけど……あの世界の法則を壊す力がまたここにあるってことよね?」
ヴィクトリア様はとても興味深そうに俺の手をとってきた。
「そういうことになりますわ」
「また世の中が荒れそうね。なるほど、こんな大層な人がいるってことは……」
ただそれだけで大体を察したんだろうか?
好奇心旺盛な顔は「さあ話してみろ」とばかりにこっちを見てくる。
「もしも女王様が俺と今回の件を結び付けてるなら正解だと思う」
「アバタールは数多の人を導いたというけど、あなたもそうなのかしら。それと気楽にヴィクトリアでいいわよ」
「気楽な話じゃないさ。あんたに話しておかないといけないことがある」
異世界のどこかにいらっしゃる女王は耳を傾けてくれた。
俺は甘い紅茶をゆっくり飲み干した。
◇
みんながいる手前、ここまでのことをヴィクトリア様に伝えた。
ここは全面核戦争から百五十年の時を経たウェイストランドで、そこに向こうの世界が混ざってしまってること。
皮肉にもそのおかげでこの世界が変わりつつあること、そしてそうなってしまった原因は俺にあることもだ。
スティングで力を貸してくれたフランメリアの連中のことだって伝えた。
そして――帰る手立てがあるということも。
「……そう、つまりあなたが引き起こしたというのね?」
そんなストレンジャーの勝手な物言いをこの女王様は聞き入れてくれた。
いやな顔などせず、一つ一つを少しずつ受け止めていた。
それどころか時々、合いの手を挟んでくれてスムーズに進んだぐらいで。
「ああ。だから、その、けっこうな人に迷惑をかけてると思う」
一通りのことを話した俺はまとめた。
要するに俺のせいでこうなってるし、スティング侵攻だってその影響で引き起こされた可能性もあると。
そしていくらこの人が世紀末をエンジョイしてようが、どうこねくり回しても強引に拉致された被害者だということもだ。
「私は別に構わないわ、あっちの世界は窮屈に感じてたぐらいだし、むしろ心機一転して気持ちよく旅をしてたから」
そんなヴィクトリア様は四杯目を掲げてご満悦だ。
この人の感性はアレなのかもしれないが、けっきょくは国のリーダーを奪った事実は変わらない。
「……お前がこれ以上面倒になろうが構わんが、この女王様とやらも相当なものだな。国を抜け出し旅に出ることをよしとするとはどうなってるんだ」
そんな様子を聞き入ってたクリューサは、俺が世界を狂わせたことよりも身近な脅威の方が重要そうだ。
「大丈夫、刺客送られるたびに全員棒で叩いて黙らせたから!」
「そういう問題じゃなくてだな」
「それよりも私が知りたいのはチャールトンのことよ、どうなの?」
その国とやらにもどれほど被害を与えたかはともかくとして、女王様があの名前を聞いてきた。
「チャールトン少佐はこっちの世界に残るらしい」
「少佐?」
「偉い人って意味だ。ガーデンってところの軍に所属してる」
答えはPDAの画面だ。今まで撮影した様子を見せた。
ガーデンでの出来事のことから、最近スティングで撮ったものもある。
最初は経験値目的で写したそれも、今じゃ思い出のストックだ。
「……チャールトンのやつ、ほんとに来てたのね」
女王様は飛空艇の残骸を背に立ち並ぶ姿がお気に入りみたいだ。
友人の元気な姿に安心したのかもしれない。
写真はまだまだある。スティングでは暇があった時に撮影していて、フランメリアの連中たちの姿も収まってた。
灰色のオーク二匹を連れてどこかへゆくところや、ドワーフと一緒に茶を飲む横顔、人間の部下と共に休む姿。
「あの人には本当に世話になったよ。俺にいろいろなことを教えてくれたし、何より勇気づけてくれた」
落ちぶれた、といったオークはもうそこにはいない。
こうしてウェイストランドで勇敢さを振るっている。
きっと、今もどこかで立派にやってるはずだ。
「――まったく、最後に見た時はあんなによぼよぼだったのにね。まだまだあの人の全盛期は終わりそうにないわね」
画面越しの姿に、そんなかつての仲間が呆れたように笑った。
けれども顔は穏やかだ。それだけチャールトン少佐という存在は、この人にとって重要だったのかもしれない。
「俺さ、あの人に言われたんだ。確かに俺はとんでもないことをしてしまったけど、果たして悪いことばかりを招いたのかって」
最後の一枚がでてきた、部下たちとマグカップでティータイム中だ。
いつだったか。誰かさんが聖剣を溶かした後か。
みんないい顔だ。生い立ちも種族も超えた戦友たちが写ってる。
「続きの言葉は「これからどうするか」と「前を向け」ってところかしら?」
そこにチャールトン少佐と同じ言い方が出て驚いた。
その通りだ。あの人はは「どうすればよかった」を俺から省いてくれた。
「ああ、その通りだ」
頷いて返した。
よほど満足のいく答えが得られたのか、ヴィクトリア様は気持ちよく笑い。
「よくわかったわ。それであなたは、何か私に伝えたいことでもある?」
「すいません全部俺のせいですって全力で謝るつもりだった」
「そう、じゃあもうその必要はなくなったわね」
そこで「すまない」と言おうとしたところを潰されてしまう。
「……流石にこんな世界に連れてきておいて、謝罪もなしってわけにはいかないだろ?」
「いいのよ、それはちゃんと向こうの世界についてから考えなさい。ここは「うぇいすとらんど」なんだから、まだあなたの旅の終着点じゃないでしょう?」
「そりゃそうだけど……」
「あなたのおかげでもう最高よ。昔みたいに冒険できないと思ってたけど、チャールトンのやつみたいにまた私にもチャンスが巡って来たみたいね」
ああ、そういうことなんだな。
女王様の表情はどこかで見た気がした。
ガーデンでチャールトン少佐に打ち明けたとき、同情だとかそんなものも混じっちゃいない、理解のある表情をしてくれたな。
「本当だったらこの世の理を乱す悪き行為なのかもしれないけれども、本当に感謝してるわ。なんたって紅茶もあるしね」
それと同じだ。それどころか、感謝してくれている。
「……そうか」
「だから男がそんな顔をしちゃだめよ、しゃきっとしなさい。ちゃんと紅茶もあるんだから」
「なんで二度も紅茶言うの?」
「私の血管に流れてるのよ」
「それはただの病気だと思う」
「私の魂が囁くのよ、紅茶をキメろって」
「それも病気だと思うよ女王様」
「うるせえ! 飲もうッ!」
二杯目をもらった。
女王様はにこにこしてて、とても気持ちがいい人だ。
「あなたは信頼できる人みたいね、あいつが信用しただけあるわ」
「そう言ってもらえたらうれしい」
「それに帰る手立てもあるなんて至れり尽くせりじゃない。それならもう少し旅をして、お土産でも集めてから帰ろうかしら」
……まあそれにしてはこんな状況を旅行気分でいるらしいが。
「私達は北へ向かってますの! 良ければ途中までご一緒しません?」
「なるほど、ちょうど東の方から歩いて来たんだけど、北はまだだったわね……チャールトンのところに後で行くとして、付いていってもいいかしら?」
「ええ、もちろんですの! じゃがいももいっぱいですわよ!」
「それにリムお姉ちゃんのご飯も食べられるしね!」
ヴィクトリア様はひとしきりお茶を楽しむと立ち上がった。
それから「少しの間お世話になるわ」とかけて、荷物を整理し始める。
「……イチ、女王をさらうとはお前もやるな」
話が終わると呆れ切ったお医者様が女王拉致犯をからかいにきた。
本人は許しても迷惑をかけたのは確かだ。犯罪歴に困らなさそうだ。
「国際問題の火種になってるのは確かだ」
「そうか、つまりお前は死刑だな」
「よくやったわいっちゃん、私の国に来たら死ぬまで無税にしてあげるわ」
「生きるのに困ったらお世話になるよ」
◇




