10 ダイナミック国際問題野郎
早朝。急いで荷物をまとめてからまた道路を辿った。
変異ウサギのすみかは今頃ヒトモドキに占拠されてることだろう。
幸い後ろに追いかけてくる素振りはなかったが、あの気味の悪い一団から距離を置こうと少し早足だ。
「まっふぁふ、ひおふぃほほいふぁっふぁふぁ」
約一名、具体的に言えば褐色系長耳女子は呑気にじゃがいも食ってたが。
あいつはすっかり冷めたじゃがいもをもぐもぐしながら道を振り返ってる。
「その割には余裕そうだなお前」
「んんんっ、こちらの世界のゾンビは思考ができるみたいだからな。もっと原始的なゾンビだったら私たちの背中を延々と追っていたぞ」
「あっちの世界にもゾンビっていんの?」
「いるぞ。だがまあさっきの連中とは比べ物にならないほどお粗末だぞ、魔術で無理やり動かす生ける屍だしな」
「こっちは機械、あっちは魔法科。どっちにせよ死体に鞭打ってるな」
「ならばアンデッド退散の呪文を唱えればやっつけられるだろうか?」
「なるほどいい考えだ、ミコにセイクリッドウェーブでもやらせるか?」
結果、後ろに敵なし。茹でじゃがを食べるぐらいには安全だそうだ。
今朝の戦いで一番敵を倒したであろう本人は「うまいぞ」と一つ投げてきた。
冷えたぼそぼそのじゃがいもだ。かじったがそのまんまの味だった。
『……はじめてテュマーを見たけど、絶対にゾンビじゃないと思う』
安全がもたらされてからやっとミコが喋ってくれた。
「機械の暴走」に「ナノマシン」の最悪な掛け合わせから生まれたゾンビのようなものだとクリューサは言ってた。
問題はその生ける屍が人間さながらに言語を発し武器を扱う点だ。
「俺からすればまだ人間ってとこだな」
それから、殺した感触もだ。
チェーンソー越しに感じた筋肉の感触といい、あの返り血の生暖かさといい、あの奇妙な見てくれの中にはまだ人間がいる。
「同感っす。切った時の跳ね返りが生きた人間と同じっすね~、アヒヒッ♡」
ロアベアも言うんだから間違いない、つまりあれはまだヒトだ。
「いざ目にしてみれば実に奇妙なものではあったが、奴らは妙に機敏だったな。それにある程度は統率も取れていたぞ」
あいつらの得体の知れなさをじわじわ感じてると、ノルベルトが血まみれの戦槌を拭き終えたところだった。
実際その通りで、銃は避けるわ連携はとるわでよく人間らしさができてた。
「朝ごはんついでに少し見ましたけれども、あの方々は操られてるように見えましたわ」
杖に腰かけてふわふわしてるリム様もそこまで言うが、特にその言葉はクリューサに引っかかったらしく。
「150年前も生かされ続けているからな。一説では、まだ人としての感情を何らかの理由で残されているともいう」
回転式の拳銃から薬莢を抜きつつ、あの恐ろしさについて教えてくれた。
『じゃあ、さっきの人たちって……まだ意識があったってことですよね?』
その結果、肩の相棒はさっきの連中の有様をよく思い出せたようだ。
あのチェーンソー野郎だってもしかしたら生前は勤勉な林業者で、戦後になってもなお誇りを捨てきれなかったのかもしれない。
「ミコさま、たしかに人間かもしれないけど。同じように見ちゃだめ」
そんな心配に、意外にもニクがはっきり物申す。
じとっとした顔は今後ああいう手合いが出ても即座に殺す覚悟がある。
『……喋ってたし、動きも仕草も人間と同じだったんだよ?』
「あいつらはそれをえさに襲い掛かってくる。おじいちゃんがいってた」
果たして愛犬の言う通り、人間への心理的効果を期待してあんな風にされているのか。
それとも本心からまだ人間らしさを持ってるのか。どっちにせよ気持ちのいいものじゃない。
「勘違いするな、ミコ。そこに人がいようがもはや根本は人間を逸脱した何かだ」
『で、でも……戦前からずっと記憶があるんじゃないでしょうか? 人間としての思い出とか……?』
「そこにナノマシン様が命令を上書きして、もはや奴らにあるのは人工知能が決定した集団意識のもとで正常な人間を撲滅することだ」
先生が言うには意思疎通ができないほどの重症で、死をもって楽にしてやれってことか。
現にクリューサはミコにそう答えて、弾倉に弾を込めてかちちちっと回し。
「救いがあるとすれば速やかに機械の支配から解放してやることだろう。まあ、戦前に北部で爆発的に増えた人口の約半分が今もこうして人間を襲ってるわけだが」
やがて進む先にアスファルトが織りなす十字路が見えてくると、道中の電柱に近づく。
何かが貼ってあったらしく、それを引っぺがして持ってきた。
「こういう質問はしたくないんだけどな、どれくらいいるんだ?」
「その返答の前に戦前の北部がどれだけ賑わっていたかを知るべきだな」
「どういうことだ」
「こんな山々に挟まれたような土地が半導体やら新たな資源の研究やらで賑わったからだ。少なくともアリゾナの境界線がスティングのところまで伸びるほどには、このあたりが急激に成長したわけだ」
『それに伴って人がいっぱい流れてきたっていうことでしょうか?』
「そういうことだ。だから北部の開発は目まぐるしいものになった、その結果がアリゾナ州の活性化だ。俺がいたヴェガスという場所にも劣らないほどの賑わいを見せていたらしい」
クリューサは歩きながら色褪せた記事を見せてくる。
『機械よクソ喰らえ!』と赤黒く書かれた新聞だ。重要なのはその文面で。
【アリゾナ州フェニックスにおいて未曾有の事態が市民を震撼させています。死体安置所から運び出された遺体が突然起き上がり、人間を襲うという未確認の現象が確認されました。これに続き同都市の病院では患者たちが突如として暴徒化し、混乱と破壊行為を引き起こしました。これらの事件により多数の死傷者が出ており……】
特に「死体安置所でご遺体が蘇った」部分を見てほしそうだ。
150年前の人間は死ぬ暇も与えられずに酷使されてるのか。
「それだけ人口も増えて今もにぎわってるってことか、機械のおかげで」
「ナノマシン健康法で今日も元気に人狩りというところだろうな」
にぎわった分だけの悪夢は一体アリゾナにどれほどの傷を負わせたのやら。
用済みになった紙を捨てると、
『あの、クリューサさん。ヴェガスって良く聞きますけど……どんなところなんですか?』
歩く医者の背中に、肩の短剣が不意に質問した。
そんなことを聞かれるとは思ってもなかったという顔が返ってきた。
「ヴェガスか? このアリゾナ州に「現金、カード、カジノチップ」という具合に新たな支払方法を持ち込んだギャンブル中毒者の都市の成れの果てだ」
『ヴェガス……ラスベガスのことかな?』
「戦前はそう呼ばれてたらしいな、知ってるのか?」
『えっと……元の世――名前だけ知ってます』
「そうか。とにかく150年前の不安定な情勢の中で、賭博をもって人々の心のよりどころになった場所だ。そこに二発ほど核が落ちて半分が消し飛んだが」
『……か、核ミサイルですか?』
「なんでまたそんなところに落とすんだか」
「今も誰が撃ったか知らんがな。都市の西と北が今なおひどい放射能汚染地域なのを除いても、とにかく大きな都市だ。問題は様々な派閥のレイダーが縄張り争いをし続けてることだが」
『ぶ、物騒なところなんですね……クリューサさんのいた場所って』
「誰かさんのおかげで抜け出してようやく分かったが、どうも俺はあそこと馬が合わない人間だったらしい」
「そのセリフに対して「どういたしまして」はいるか?」
「勝手にしろ。ミコ、お前が知るべきは俺がそんな場所で生まれ育って、今なおろくでもないという場所ぐらいだ」
クリューサも中々にすごい生い立ちらしい。
俺たちとは違って生粋のウェイストランド人な上に、薬の製造から医療まで手掛けるんだから大したやつだ。
「あーうん、大変そうな経歴をお持ちのようで」
「さて、ここまで聞いたからにはお前らの生い立ちぐらい話したらどうだ」
「カルトに追われて日本の札幌在住」
『わ、わたしも日本……なのかな』
「……日本? テュマーに滅ぼされたはずじゃないのか?」
「ついでに言うと忍者の末裔だ」
『……まだその設定引っ張るのいちクン!?』
「よくわかった、冗談だな。もう真面目な返答は期待しないからな」
「いや、日本なのは確かなんだ。説明のしようがないだけで」
「それならうちも日本製っすね~、アヒヒヒー」
一方で俺はどう頑張っても元の世界の人間だ。
何をどうすれば就職活動失敗野郎が世紀末世界の戦士になるのか、冷静に考えてみると理解しがたい道を歩んでると思う。
「む、十字路だぞみんな、中間地点だ」
しばらくすると十字路に差し掛かった。
クラウディアがすたすた歩けば、東西南北に道が広がっていた。
南にはスティングで眺めた例の放射能汚染された街が小さくあった。
西も汚染地域だ。となれば向かうべきは北への道なのだが。
「……あら! もしかして旅の人!?」
一息つかぬ間に進もうとした先で、急に知らない女性の声がした。
間違いなく俺たち以外の誰かだ。どこからだ?
フレンドリーな明るい声を探すと、そばで朽ち果てたガソリンスタンドがどうにか形を残しており。
「こっちよこっち! その格好、フランメリアの人たちでしょ!」
そんな聞きなれた単語も飛んできて、すぐに声の発生源を突き止める。
本日の石油価格を150年も前から晒し続ける看板の下で誰かが焚火をしていた。
外套をかぶった女性だ。姿は人間で顔もはっきりしないが、ものすごく手をぶんぶんしている。
「なんだあいつ? 第一声がフランメリアってことは……」
『フランメリアを知ってる……じゃあ、もしかしてあっちの人かな?』
思わずミコと顔をあわせるものの、次のアプローチに移る直前。
「――あら! もしかしてその声っ!」
リム様が動いた。まさか知り合いか?
ガチョウとノーパン魔女を乗せた杖がすいすい近づけば、焚火近くにいた女性は立ち上がり。
「あれっ!? リムお姉ちゃん!? なんでこんなとこにいるのよ!」
がばっとフードを取って駆け寄って来た。
そこにあったのは気品さがにじみ出る金髪だった。
なんてことはない、好奇心たっぷりな表情のいいお姉さんがそこにいた。
「いろいろありましたの~! ヴィクトリアちゃん、お久しぶりですわ~」
「てことは死後の世界じゃないのね! ちょうどよかったお水ない!?」
「また紅茶ですの~? しょうがないですわぁ……いいよ!」
「やったぜ! こっちの世界って茶葉が小さな袋に入れてあって便利ねえ、あっミルクある?」
下りてきたリム様とその場で仲良くハグを決める。
それだけの仲らしいが、この女性は一体。
「……冗談だろう、流石にこれは……」
なんだあいつと思ってれば、なぜだかノルベルトがシリアスだった。
顔を横に向けると――どうしたんだ、深刻なレベルで顔が青い。
声だって異常なぐらい勢いがない。この世の終わりを見つめたようなやつだ。
「おい、どうしたいきなりシリアル三倍みたいな顔して」
『……の、ノルベルト君……どうしたの?』
「二人とも、俺様はこの事実を伝える義務がある。どうか落ち着いて聞いてほしいのだが」
心配していると珍しい声色でそう返された。
それだけ重要なことらしいので「どうした?」と見上げると。
「来たらヤバイやつだったか? お前の宿敵かなんかだったとか」
「彼女は、その、隣国の女王ヴィクトリア様だ……」
答えが返ってきた。どっかの国の女王様だってさ!
「へー女王か……は?」
『……んん!?』
問題はそんなたいそうなやつがどうしてこの世界にいるかって話だ。
つまり俺はお隣の国の女王様を拉致したってことか、そうかそうか。
ふっざけんな! 国の宝聖剣奪って溶かした挙句にどっかの国のボス拉致したってか!?
「はあ、やっぱり紅茶って他人が入れてくれるのが一番おいしいのね。あいつの入れてくれたお茶が恋しいわ」
その女王様とやらはきれいな水をめぐんでもらってティータイム中だ。
たじろぐ俺たちを見ると「こっちきなさい!」とにこやかに誘ってきた。
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