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6 一説では嵐の前のなんとやら

 そこはナガン爺さんにすすめられた道路の途中に面した小さな住宅地域だ。

 ガーデンの規模よりはいくらか大きいし、サボテンやリュウゼツランといったこまごまとした植物が好き放題に自生していた。

 当然人の姿なんてあるはずもなく、廃墟の姿はそこらの家々を取り込んでいる。


 そんなこじんまりとした集まりに踏み込むと、しばらくしないうちに夕焼けが濃い灰色に包まれてしまった。

 クラウディアの提案が正解だと思った、おかげで荒野の姿は鬱蒼としている。

 墓場のごとき不穏な空気をたたえるその光景は野宿どころか歩くのもごめんだ。


「ひどく曇ってるな、早めに目星をつけおいて正解だったかもしれないぞ」

「クラウディアの選択は間違ってなかったな、感謝してる」

「ダークエルフのカンは白エルフより鋭いんだぞ、すごいだろう」


 三連散弾銃を手に廃墟を進む。

 隣で歩くダークエルフの直感には感謝したいところだが、こっちもこっちで中々に薄気味悪い場所だ。

 この居住区は小さな道路が通されていて、ところどころに車が捨ててある。

 150年前のスクラップともいうが、これだけの車を乗り捨てた戦前の人たちは一体どんな死に様だったのやら。


『車がいっぱいあるね……なんでこんなにあるんだろう?』

「ああ、少なくとも愛車をほったらかしにするほどの出来事があったみたいだ」


 肩の短剣と幾つか調べてみたが乗用車としての価値は一ミリたりともない。

 野ざらしの車はやはりというかご丁重にパーツが抜き取られていた。

 反面、所有者がいたであろう付近の住宅は戦前から良く姿を保ってる様子だ。

 ガレージつきの平たい民家がいっぱいに並ぶ光景はここが住みやすい土地という証明に違いない。人がいればだが。


『……ここってなんか不気味だね。静かなのに気が落ち着かないよ』

「……ナガン爺さんおすすめルートから少しそれただけでこれか、ほんとに何か出てきそうだな」


 俺だって不気味がるミコに負けないぐらいに気味悪さがまとわりついている。

 それになぜか胸の傷、いやもっと言ってしまえば全身のあちこちがうずく。

 古傷が内側からじくじくとうごめくような、気持ちの悪い感触が止まらない。


「あっ……皆さま~、雨降ってるっすよ~」


 不快感にどうしようもないままいると、ロアベアの言葉の次にぽつっと頭に何かが触れる。

 思わず見上げたところ、鼻先にぽつっと冷たい水が――何十倍にもなって下りてきた。

 果たして奇妙な感覚通りというか、ひどいタイミングで雨が降り始める。


『わっ……ほんとだ、雨が降ってる! こっちでも降るんだね……?』

「ウェイストランドの雨なんて久々だな。ボルター以来だ」

「皆の者、こっちだ! ちょうどよい場所を見つけたぞ!」

「このお家あいてますわ~! 早く雨宿りしますわよ! かもん!」


 そんな中、ノルベルトとリム様が近くの民家にある開きっぱなしのガレージに飛び込んでいた。

 圧迫されるような息苦しさになんともいえぬまま、俺はニクを連れて入る。


「久々に雨など見るはめになるとはな。近頃のウェイストランドは俺の予想の範疇を上回るばかりだ」


 閉じ方を永遠に忘れたガレージドアをくぐって、最後にクリューサが来た。

 これだけの数を入れてもだいぶ余裕がある広さだ。もっとも目ざとい誰かが工具から何まで全てお持ち帰りしたみたいだが。

 ともあれ腰を落ち着かせる場所が見つかった、冷たいコンクリートの上だ。


「……それにしたって降りすぎじゃないか?」

「世界の変異の影響かもしれんが、まあおかげで今夜は水の調達に困らなさそうだ」


 ずっと歩き続けてお疲れなお医者様が「ようやくか」とばかりに腰を下ろす。

 俺もようやく未完成のまま放置された自動車に腰をかけるが。


「お前たち、よく聞け。しばらくしたら水を集めるぞ」


 水筒に手をつけようとすると、クリューサが外に親指をやった。

 この世紀末世界の雨水を集めろってことらしい、その目的は水分補給だ。


「クリューサ先生質問が二つ。一つはどうやって? 二つは飲めるのか?」

『……こ、こんなところの雨水とか大丈夫なのかな……?』


 みんなが思い思いに休む中、俺も「大丈夫かどうか」を指で聞いた。


「返答も二つだ。そこらへんに材料があるから作ればいい、そして飲用に変えるのが俺の仕事だ。水を切らさないようにして体力の維持に努めるぞ」


 そういって、ガレージの隅にあったプラスチック製のドラム缶に目をつける。

 あの時ナガン爺さんから水を分けてもらったが、確かにこの調子で旅を続けるとなると使える水は多い方がいい。


「俺様も手伝おうではないか、力仕事がいるだろう?」

「私も手伝うぞクリューサ、何をすればいい」

「後でそこにあるドラム缶の表面を覆える布を持ってこい、他には炭や砂も必要だな」

「火なら私が起こしますわ~」

「じゃあうち燃えそうなもの探してくるっす~」


 みんなもやる気だ。俺もあとで手伝おう、ひとまず足腰を休ませた。


「……ふう」


 くそっ、相変わらず胸が苦しい。

 まだかろうじて役目を保つ屋根からばしばしと雨音が響いているところだ。

 ひどい音で気が休まらないが、息苦しさを整えようと荷物を下ろせば。


「……ご主人、どうしたの? なんだか息苦しそうだけど」


 そんな様子をじっと見ていたのいうのか、とてとてニクが顔を覗きにきた。

 ダウナーな顔はそのままに、くたっと耳がやや倒れて心配そうにしている。


『……そういえばいちクン、さっきからずっと胸抑えてるけど……大丈夫?』


 肩の短剣にも気づかれた。大人しく症状を伝えよう。


「なんか古い傷がじくじくする、胸とか腹とか足とか腕とか首とか」

「じくじく?」

『それって全身だよね、うん……。く、クリューサ先生出番です……!』


 申告したらクラウディアが「出番だぞ、先生」とクリューサを連れて来た。

 一目見て大体察したらしく、そんな医学的見解はどのようなものかといえば。


「さっきから具合が悪そうだったが、それは気圧の変化で痛覚に対して過敏になってるだけだ。疾患や未知なる病気によるものじゃないから死にはしないぞ、よかったな」


 それだけいって終わりだ。

 どうもこの痛みを和らげるお薬なんてものはないそうだ。


「良く見てくれてありがとう。で、俺が必要なのはそこから先なんだけど」

「少しでも苦痛を和らげたいならとりあえず休め。適度にストレッチをして血の巡りを良くして身体を休ませろ、足も揉んで明日に疲れを持って行かないようにするといい」

「適度な運動と休憩ね、健康なこった」

「可能ならカリウムやビタミンでもとるんだな」

「こんな場所に栄養素が落ちてるとでも?」

「そこはプレッパーズだ、どうにか自分で調達してくれ」


 患者がとるべきアクションは「栄養取って適度に運動して休め」だとさ。

 クリューサはじゅうぶんに答えてから自分の荷物を整理し始めてしまう。


「まあとにかく休めってことだな、今日もお医者様に従おう」

『うん。とりあえず……どこか楽になれる場所を探して休もう? さすがにここじゃ休まらないと思うし……』


 俺もアーマーを外して楽になって、ひとまず身体を両手ごとぐぐっと伸ばす。

 よっぽど固まってたのか背中や脇の筋肉がごりっと動くような音がした。

 そのまま半身を軽くひねると、ばきぼきと背中の芯あたりから骨が唸った。

 旅の相棒が『今すごい音した……!?』とドン引きだが。


「……ん。ご主人、どこか痛いところはある?」


 ニクがぺとっと隣に座った。変化の薄い顔は気にかけてくれてるみたいだ。

 しゅんと倒れた耳と尻尾のとおり、くっついたままこっちを見上げてる。


「特に胸のあたり。スプーンでほじくり返されてる気分」


 身軽になって幾分負担はほぐれたが、ご覧の通り軽口も言えない有様だ。

 そんなご主人を一体どこまで思ってくれてるのか、ニクはゆったり小首をかしげ。


「大丈夫? ぺろぺろする?」


 八重歯混じりの小さな舌をぺろっと見せてきた。いつものダウナー顔のまま。

 果たしてその効果のほどは気になるところだが、とりあえずご主人こんな風に育てた覚えない。


「舐めて治るなら一生舐めてほしいもんだよ。お気遣いどうも」


 きっとニクもジョークを言えるようになったんだろうな。

 ありがとう、と頭をぽんぽんした。口元を緩めてべったりくっついてくる。


「ん、分かった。じゃあ脱いでご主人」

『冗談じゃなくて本気で言ってたのニクちゃん!?』

「舐めなくていいから今は俺と一緒に休んでくれ、つっこむ気力もない」


 俺の愛犬はこれから先一体どうなってしまうんだろう。

 変態変人だらけのこの集まりでどれほどの影響を受けてしまうのかはさておき。


「大丈夫? おいも食べる?」


 なんでそこに両手に芋を持った魔女様が来るのか。

 リム様はどやっとした顔のまま生のじゃがいも(品種不明)を突き出している。


「リム様はとりあえずじゃがいもでゴリ押すのやめてくれ」

『りむサマはなんでここぞとばかりにじゃがいもをすすめてくるんですか!?』

「栄養と聞いて持ってきましたわ。召し上がれ」

「いやいらないから押し付けるのやめてくれっていってんだろこの芋の悪霊」

「――もし生まれ変わるなら、私は鳥になりたいですわ」

「しらねーよなんだよいきなり来世のお気持ち表明しやがって頭マッシュポテトか?」


 丁重にお断りした。諦めきれないまま部屋の隅へ帰っていく。

 そして鞄とガチョウと共に恨めしそうにこっちを見る――隙あらばじゃがいもの姿勢だ。


「……ちょっと家の中見てくる」


 このままだと絶対休まらない、それだけははっきりしたので隣接している民家を見に行くことにした。

 ガレージから直通の通路で持ち主の家へと入り込むと、そこはまあなんとも、外からの見た目通りの有様だった。

 リビングは空っぽだ。夜逃げしたと思うぐらいに何もない。

 たぶん戦後に誰かが持って行ったんだろう、それだけは確かなのだが……。


「ご主人、何かいる」


 ニクが突然言い出した。

 その先はほぼ暗い部屋の中、かろうじてがらくたで彩られたオープンキッチンが見えるだけで。


『な、何かいるって……どうしたの、ニクちゃん?』

「……おいニク、こんな時にそのセリフはやめてくれ」

「……あそこ」


 あそこ、と犬の手で指をさされて分かるはずもない。

 しかし暗さに目が慣れるにつれて、なんとなく輪郭が分かってくる。

 それに独特の獣くささがあるというか……ドッグマンのものじゃなさそうだ。


「おい、どうしたお前たち。そんなところで何突っ立って――」


 そんな光景にたじろいでいると、後ろからクリューサがずかずかやってきた、

 おりよくその手にあった懐中電灯が照らしてくれたみたいで、リビングの片隅にその姿がようやく見えた。


「……なんだあれ!?」


 その姿を見て最初に驚いたのは俺だ。それはもう散弾銃を抜くほどに。

 人も物も失せた民家の奥で、ジャーマンシェパードの大きさに匹敵するほどの何かが丸くなっていた。

 あれは、そう、農場で見たウサギか?

 ニクがさんざん狩っていた兎が犬のごとき大きさまで育ってしまって、その上で牙も顔も鋭くなってしまったらどうだろう。


「ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……!」


 ……それから鳴き声も太くてかわいげのないものになってる。

 まるで「頑張れば人を殺せる」とばかりの大きな兎の化け物が、なぜだかこっちを見てひどく威嚇してるみたいで。


「……ご主人、兎のミュータントがいる」

『な、なにあの大きなうさぎ……!? 怖いよ……』


 ニクがその正体を教えてくれた。こいつは化け物だ。

 思わず散弾銃の銃口がそこまでたどり着くものの、一向に次の行動に出ない。

 危害を加えるつもりはないのか? トリガを引く理由はまだだ。


「待て、撃つな」


 今にも右に左に駆け出しそうなそれを見てるうちに、ようやくクリューサの声が挟まる。

 銃を下ろした。すると相手は少し警戒しつつ、ずんぐりとした体で機敏に逃げ戸惑う。


「おい、なんだあのクソデカいウサギは。敵か?」

「あれはジャックラビットが変異したものだ。見てくれはひどいがとても臆病な生き物だから殺す必要はない」

「あんな人殺せそうな顔してるのにか?」

「確かに殺傷力はあるぞ、追い詰められると噛みつくからな。とにかく撃つな、こんな時間に銃声なんて響かせたら何を引き寄せるか分からないだろ」


 そんな異形の姿に俺とニクが身構える中、お医者様の落ち着いた説明が説得力をもたらす。

 どうしてここにいるかは分からないがリビングの隅にうつってどいてやると、兎の化け物は見た目以上の速さで駆け抜けていく。


「……行っちゃったな」

『は、早い……あんな身体なのに……』

「……お肉、逃しちゃった」

「お前たちがアレを食いたいというなら話は別だが、基本的にああいうのに殺意を向けるのは余裕がある時だけにしろ。いいな」

「オーケー」


 ともあれこれでリビングの探索ができるわけだ。

 クリューサも家の中を漁り始めたので、俺たちもめぼしいものがないか探った。

 外からはきっと逃げたウサギモドキが何かしてるんだろう、がさがさと草木を漁る音がずっと響いている……


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