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4 ミュータント料理の行く先

 あの時お世話になった商人と少し話した。

 どうやら北部の方で商品を仕入れたはいいものの、ライヒランドの侵攻と重なって立往生を食らってたらしい。

 それでも噂の方が相変わらず早いようで、耳には擲弾兵うんぬんの話が届いていた。

 

「――次は漬け込んだカニのお肉に砕いたクラッカーと粉末玉ねぎ、卵とマヨネーズを混ぜて……」

「……150年前のマヨネーズ入れるのかよ、何作ろうとしてんだほんと」

『ねえ、瓶に賞味期限なしって書いてるよこのマヨネーズ……』

「リム殿よ、殻はこのような感じで構わないか?」

「とてもいいですわ! ノルベルトちゃん、もう一つお願いできるかしら?」

「じゃがいもの皮むいたっすよ。こんなの取っておいてどうするんすか」

「皮はカリカリに揚げてトッピングにしますの、料理は無駄なく!」

「一体これほどのじゃがいもをどこからもってきたんだ、魔女リーリムよ」

「私のかばんにめっちゃ入ってます!!」


 そして、気が付いたらなぜかメンバー総出で飯を作るはめに。

 ナガン爺さんたちが見守る中、そこらへんの瓦礫やらを組み立てた即席の調理場でカニ料理ができつつある。

 ノルベルトが殻をぶち折り、ロアベアがじゃがいもを丸裸にし、暴食エルフがカニの身をほじくるその傍らで何をさせられてると思う?

 でっかいボウルの中でカニと調味料を混ぜてるだけだ、隠し味は瓶入りのマヨネーズ。


「……二つ言わせてくれ、これだけの水を惜しみなく使って大丈夫なのか?」


 クリューサが料理中の擲弾兵を筆頭としたそんな面々に物言いたいそうだ。

 ご本人の前では大鍋がくつくつ音を立てていて、茹でたカニの足がはみ出てる。


「それなんだがな、どうも西側のように水脈が蘇った土地が幾つかあったんだ」


 そんな医者の疑問に、ナガン爺さんは鍋を眺めつつ答えた。

 まるで熱湯から逃れようとする爪先からは甘みのある香りを漂わせてる。


『水脈が戻ったってことは、北の方でも転移が起きてるみたいだね……』

「あっち側だけじゃなかったんだな。くそ、どこまで広まってんだ」


 くみ取れた情報は果たして良いのか悪いのか、行く先でも変化が起きてるらしい。

 経験上、豊かさが訪れる一方で何かしら悪いイベントが始まるのがオチだが。


「そうか、やはりあちらと同じような現象が起きていたか」


 クリューサが見つめる先では、水の価値が暴落した結果茹でられたカニが真っ赤に色づいていた。


「そうさお若いの、おかげでこの前水を売りに行ったらそりゃもう大損だ。昔は水なんて少し運ぶだけで儲かったんだが……もう同じ手は通用しないだろうなあ」

「商売の風向きというものは刻一刻と変わるものだろう、これを機にもっといい金づるを見つけることだな」

「金づるね。水につぐ需要といえばやはり食い物だろうな」


 トレーダーの老人も食欲のこもった目で茹でガニを見てた。

 最初こそは嫌そうにしてたが、今じゃ酒を片手に眺めるほどだ。

 もう間もなく再会した商人のもとにごちそうが来るのは間違いない。


「……それで、もう一つは俺の薬をそんな風に使うとは正気かということだが」


 医者の心配が向かう鍋の中身はカニのパーツ、塩と水、そして――


「大丈夫ですわクリューサちゃん! 念のためもうちょっとぶっこみますわ!」

「……俺の薬はそんな効果なかったはずなのに一体どういう」

「さらにもう一錠!」


 魔女の手により医師謹製の放射能に効く錠剤が追加で一錠ぶちこまれた。


「……お前は今何を入れたのか分かってるのか?」


 処方された薬のほどは俺の理解には及ばないが、結果的にカニの汚染は消えた。

 原材料は思い出したくない。ともあれきれいな甲殻類になったのは確かで。


「すごいなクリューサ、ガイガーカウンターがカリカリ言わなくなってんぞ」

『ほんとに消えてるけど逆に心配になってきたよ……』

「良く混ざりましたわね! では次にタネを楕円形にまとめてくれるかしら?」

「なんかハンバーグみたいになってきたな……」

『カニのハンバーグ、かな。何作ってるんだろうねわたしたち』

「この世界のお料理本から知った料理、その名もクラブケーキですわ!」


 まとまってきたカニ肉をこねこねしながら、左腕のPDAが反応しないのを確認した。 

 そんな現場を見てクリューサは「くそ」と世の中に毒づきはじめ。


「……荒野のど真ん中で水を惜しげもなく使って、しかも放射線の薬を食物に使うとは世もおかしくなったものだな。いやこれも世界が変わった証拠なのか……」


 カニから離れていった、行き先は調理場から少し遠ざかった焚火のもとだ。

 見れば鍋やらビーカーやらで例のカニ味噌が医学的に処理されてるらしい。


「しかし驚いたな。お前さん料理もできたのか?」


 一方でカニ肉をそれっぽくまとめてると、ナガン爺さんは声を向けてきた。

 警備員たちと飲み明かす姿はそろそろつまみが欲しそうだが、何より俺が台所に立つ姿は珍しいらしい。


「ブラックガンズで最低限は教わった」

「あのシエラの奴らに次ぐ物騒な連中か、その様子だとみっちり叩き込まれたみたいだな」

「人生で一番タメになったよ。爆薬のつくり方から目玉焼きの焼き加減まで」

「コルダイトの馬鹿にも何かされたか」

「スティングで戦ってた時だ、俺たちの足元にいつの間にか爆薬しこたま詰め込んでやがった」

「今年で一番ひどいことしやがったな。あいつはレンジャーだったんだが、そんな素晴らしい態度だからシド将軍が直々に除名したんだぞ」

「そんな素晴らしい人材を拾ったブラックガンズはどうなってんだろうな」

「あいつらだってお前さんのボスの教え子たちさ、ライヒランドだとかミリティアみたいな馬鹿どもみたいにならないように教育されてるから心配はいらんぞ」


 何度か味わったコルダイトのおっさんの所業に同情してくれている。

 この人の口ぶりと「あの馬鹿め」という顔からしていい縁はないんだろう。


「フライパンが温まってきましたわ!じゃあ焼き上げますわよ~」

「そういえばなんでリム様がここにいるんだ?」

「休憩してたら空から急降下してきてな、新手のミュータントかと思ったぞ」

「お昼ごはん中でしたからもっといいご飯を食べさせてあげようと思いましたの~」

「だとさ、お前もちょうど良く来てくれたもっといいのが食えそうだ」


 新米擲弾兵の任務で作られたカニのハンバーグが焼き上げられていく。

 ナガン爺さんも警備兵たちも釘付けだ、うまそうなカニの匂いが漂ってる。


「……じゅるり」

「ニクちゃん! もう少しでできますからね! すてい!」


 ニクもそばでじっと出来上がりを待つぐらいにはうまそうだ。

 こうしてリム様のそばで料理を見つめる姿は、確かに犬だったころと変わらぬ様子だ。


「それにしても、ライヒランドがお帰りになるまで大変だったみたいだな」

「ああ、武具やら電子機器やら仕入れていたらいつのまにか戦争が始まって驚いたもんだ」

「スティングはだいぶやられたけど健在だ、安心してくれ」

「商売先が無事でよかったな。プレッパーズやらなにやら総出でおっ始めたんだって?」

「そこまで知ってるってことは俺が何やらかしてきたかも知ってそうだな」

「たくさんな。人食い族からドッグマンカルトまで手広く手をかけたそうじゃないか」

「心配すんな。未来永劫、他人に迷惑かけられないようにしてやった」

「まったく恐ろしい男に育ってしまったなあ、お前さんは」

「『値引きしてくれたいいおじさん』が売ってくれたこいつのおかげで何度も助かったよ」


 俺はカニ肉のまとわりつく手で腰の銃剣をさした。

 ナガン爺さんは「なるほどな」と小さく笑んで。


「デュオのやつめ、あいつの言う通りに明るい未来がやってきたな。お前さんに投資して正解だったみたいだ」


 150年前の酒入りのマグカップを掲げて乾杯しはじめる。

 周りの従業員も遅れて真似するが、そんなに良いものと巡り合えたんだろうか。


「俺に投資した見返りはなんだったんだ?」

「商機さ、新兵。北部とのつながりが戻って来たんだ。そうだな、ブラックガンズの作物やらを仕入れて……そして北部の工業品をスティングあたりに……いや東の擲弾兵たちにも……これは儲かるぞ」


 酒が回ってよっぽど上機嫌なのか、これからの商売に期待を膨らませてる。

 ツーショットの賭けはこの人に新たなビジネスチャンスをもたらしたそうだが、これで値引きしてくれた分の礼は返せただろうか。


「……まあ、一番うれしいのはお前さんたちが立派に出世したことさ」

「俺だってあんたにまた会えて嬉しいぞ」

「少佐は実に人を見る目があるみたいだな、いつだってそうだ」


 だいぶアルコールに毒された商人は俺たちを見て満足げだ。

 「一杯おごってやれ」と誰かをそそのかしてトレーラーからジンジャーエールを持ってくるほどに。


「グレイブランドの指揮官いわくまた新兵からやり直しだってさ、二等兵だ」

「その点だが指揮官殿とやらも人を見る目がないな、こいつだったら新兵じゃなく上級曹長ぐらい与えてやってもいいんじゃないか」

「いいんだ、まだまだこれからさ」

「つつましいやつめ。そういえばお前、そのホルスターの銃は……」

「メルカバってやつから買った。あんたの知り合いだろ?」

「戦火の中生きてたか、しぶといやつめ。そうなるとあいつは商売に成功したらしいな」

「こいつはいい銃だ。それに似合うだろ?」

「始めてあった頃にそんなセリフを言おうものなら鼻で笑っただろう、すっかり変わったな。そうだ料理ができるまでの間でいい、酒の肴代わりにもっと旅の話でもしてくれないか?」


 カニのハンバーグが焼きあがると、殻にソースとチーズが盛られ始めた。

 もう少しで完成らしい、それまでみんなに旅の経験談でも話してやろうか。



「できましたわ! 飢渇の魔女特製クラブケーキとカニグラタンです!」


 料理を手伝う傍ら、今までの話をしていると料理が完成してしまった。

 それは荒野のどこかで食べるにしてはあんまりにも豪華すぎだ。

 カニを使いつくした料理がこれでもかと簡易テーブルの上に並べられている。


「あのカニがごちそうになってる……」

『……さすがりむサマだね、すごくおいしそうだけど……』

「……こりゃたいしたごちそうだな、こんなのにありつけるなんて初めてかもしれん」


 話に聞き入ってたナガン爺さんがすごすぎて逆に引くぐらいには。

 大皿に規律正しく盛り付けられたクラブケーキの山が湯気を立て、カニの殻いっぱいに注がれたソースとチーズの焦げが食欲をいざなってる。

 付け合わせはフライドポテトとマッシュポテトだ、食いきれるかこんなん。


「さあ、熱々のうちに召し上がってくださいませ」


 そんなミュータント料理をすすめられて、みんな一斉に飛びついた。

 あの恐ろしい姿はもう忘れよう、目の前にあるのはただのカニ料理だ。


「……クラブケーキね、俺にはカニのハンバーグにしか見えないな」


 ところでクラブケーキというのは要するにハンバーグってことなんだろうか。

 カニの肉を成形してバターで焼いたものだが、すさまじいカニの香りがする。

 カニ・アレルギーじゃない限りはごちそうだ、大して好きでも嫌いでもない甲殻類が今は魅力的だ。

 その辺に座って取り分けた料理に手をつけようとすると。


「ご主人、これ食べていい……?」


 尻尾をぱたつかせたダウナーな犬っ娘が、料理でいっぱいの皿を手に寄ってきた。

「お先にどうぞ」とすすめると手づかみでクラブケーキを頬張ってしまい。


「……ん。おいしい……!」

『ねえ、いい加減ニクちゃんに食器の使い方教えよう……?』

「俺もちょうど同じ気持ちだったところだ。今日のところは見逃してやろう」


 一口で珍しく感極まった声が出た、とてつもなくおいしそうな様子でがつがつ食べ始める。

 皿に顔を突っ込まないだけまだいいが、ともあれ相当うまいのは確かだ。

 ニクにならって俺も一口運ぶが――


『……いちクン? どうかな?』


 これは、うん、間違いなくカニのハンバーグだ。味も匂い食感も。

 あんな見てくれのくせして意外と身が柔らかい、それにきめ細かいというか。

 噛み応えはあるけど硬いわけでもなく、口の中で解けて甘さ混じりの濃い味が広がる。


「いやうまいぞこれ……こんなにおいしいカニ料理食べたの初めてかもしれない」

『じゃ、じゃあわたしも食べてみていいかな……?』


 もうミュータントだとか言ってる場合じゃない、ミコの刀身をぶっ刺す。

 そうしてる間にも周りの連中が山盛りになったクラブケーキをどんどんかすめ取っていき。


『すごくおいしい……!? このミュー……カニ、すごく味が濃いよ……!?』

「流石リム殿だ、ミュータントからこれほど美味料理を作るとは……」

「お~……こんなにうまい料理食べるの、うち初めてかもしれないっす……」

「なんだうまいじゃないか! でかしたぞ魔女リーリム!」


 クリューサ以外全員口を揃えて「うまい」だ。

 この料理はそれしか言いようがないぐらいうまい。

 さくさくした表面の下で歯ごたえのいいカニ肉の味がみっちり詰まってる。

 甲殻類アレルギーがショック死しそうな点を除けばごちそうだ。


「なるほどな、ミュータントクラブも作り手次第でここまで化けるわけか。手間を考えるとやはり商品にはしがたいが……」


 ナガン爺さんも見た目からは想像できない勢いでかっ食らってる。

 さすがウェイストランド人というか、商人の皆様のほうは本当によく食う。

 あれだけあったクラブケーキがものの一分足らずで半分まで戦力を失うほどには。


「……馬鹿な、あんなのを入れたのにどうしてこんなにうまいんだ……!?」


 離れて食ってたお医者様もとうとう認めたらしい、あまりのうまさに驚いてる。


「ふふふ、お口に合ったようで何よりですの。カニグラタンも冷める前に召し上がれ」


 さて、あの大きな殻には熱々のグラタンが押し込まれて湯気を立てていた。

 ちょっと具のバランスがおかしい、ソースよりもカニの方が多い気がする。


「次は荒野でカニグラタンか、ここほんとにウェイストランドだよな……?」

『……カニ入れすぎだよ……ソースから溢れちゃってるよ……』


 おかしな状況だがとにかく実食しよう、スプーンで一口喰らった。

 熱々のソースと角切りじゃがいもにカニの身が良く混ざってる、始めての味だ。

 さすがリムさまだ。じゃがいもは食感を損ねないように柔らかいし、塩味からコクまですべてがカニににあわせられてる。


「本当に奇妙だな、こんな世界でどうしてこうまでうまいものにありつけるのか……私は夢でも見てるのか?」

「うむ……料理ギルドマスターの実力が遺憾なく発揮されているな、俺様これほどうまい料理を食べるのは初めてかもしれん」

「ほらニク君、あ~んっすよ」

「あっふい……!」

「クリューサ! 次からあのカニを見つけたら必ず狩ろう!」

「何十年と生きてきたが、放射能で変異したカニをここまで化けさせる輩は初めてだ。分かった、お前の腕は確かに認めよう」

「ドヤァ……」


 ナガン爺さんや従業員たちの食欲をまだまだ刺激するほどの味なのは確かだ。

 みんな延々と食ってる。クリューサも渾身の魔女のドヤ顔に迷惑そうだが手が止まらない。

 しばし全員がカニの変死体を食らうと、ナガン爺さんが「ふう」と落ち着き。


「年甲斐もなくこんなにごちそうを食ってしまうなんて初めてだ。ありがとよ、お嬢ちゃん」


 見た目から想像できない量を平らげてようやく満足そうに笑んでいた。


「いいですのよ! ウェイストランドに美味しいものを伝えるのが私の使命だと思ってますので!」

「崇高な使命をお持ちみたいだ。やれやれ、いいニュースのあとうまい飯を食うとこれほどまでに人は幸せになれるのか」


 思いがけないごちそうにすっかり気が良くなっている、リム様に対する目線もすっかり親しみがいっぱいだ。

 俺はグラタンの中で『カニとチーズがすっごい……!?』と声を上げるミコを引き抜いて、


「そうだナガン爺さん、俺たちデイビッド・ダムを目指してるんだけど」


 貰い物のジンジャーエールと一緒に北の方を向いた。

 ここからずっと向こうにあるそこで、俺たちのゴールが待っているはずだ。


「デイビッド・ダムか。あんな廃墟に何かあるのか?」

「廃墟? ダムが?」

「ああ、水もなければたいしてめぼしいものもないダムの抜け殻だぞ。まあそこで何をしでかすのは勝手だが」

「哨戒任務のゴールなもんでな」

「そうか、それなら道路を辿って北へ向かえ。険しい荒野を進むよりはずっと安全だが」


 目的地を伝えると、ナガン爺さんは「待ってろ」と戦前の地図を取りだす。

 このあたりの地図だ、150年前は円形やら四角形やらのだだっ広い農地に囲まれていたらしい。

 ちょうどいま俺たちは入り組んだ北部の手前まで差し掛かってるようで。


「いいか、クロラド川の跡地に沿わなきゃ安全だ。地図で見て西に寄れば寄るほど放射能汚染がひどくなるものと思ってくれ」


 指先はスティングでも見たあの川の跡をなぞった。

 例えばの話このまま西へまっすぐ進めばスティングまでたどり着くだろう、放射能地帯で不健康になるが。

 あそこでみた光景を避けるように進んでいくわけだが、川から最低でも三キロメートル以上は離れて北上しろとのことだ。


「つまり放射能地帯を避けて北上するだけでいいんだな?」

「ああ、ただし気を付けろ。北はあっちよりずっと危険だぞ」

「分かった、ところで何か北部の噂とかないか?」

「いいや特にないな、これを良い知らせと受け取るかどうかはお前次第だが」

「いいニュースだと思って挑もう」

「その前向きさで頑張ってくれ」


 ついでに「こう進め」とルートを指で書いてくれた。

 地図上の話だが、広大な畑の跡地に挟まれた道路を辿って道中いくつかの街を通り過ぎるというものだ。


「おすすめは人里を通過するルートだ、私達が商売で使うぐらいにはな。ここをなぞれば大体はどうにかなるが」

「なるが?」

「途中でえらく大きな廃墟がある、そこだけは気を付けろ。テュマーがいる」

「テュマーってなんだ」

「ありきたりな表現で言おうか、ゾンビみたいなもんだ」

『ゾンビ……!?』

「おいおい、B級映画かよ……」

「噛まれても仲間にはなれんさ。ただ奴らは危険だ、それでもこいつらのそばを通り抜けた方が外よりも安全だからな」


 ここから進めばいろいろなコミュニティがあるらしい、スティングよりもずっと大きな街やこじんまりとした場所もある。

 人気のない場所の危険さよりも人里の脅威を選べってことか。

 それでも地図には時々「盗賊」だの「危険」だのと様々な負のイメージが書き込まれていたが。


「ありがとうナガン爺さん、あんたのおすすめでいこうと思う」

「西よりも過酷かもしれないがお前さんなら大丈夫だろうさ」

「戦死して二階級特進しないように努めるよ」


 さっきまさに戦死しかけたが、幸先思いやられる経験からして俺もまだまだ未熟だな。

 ふとPDAを見た、レベル12になった証拠がスキル画面にある。

 レベルが上がったので『PERK』を習得したわけだが。


【人々はあなたのことを生けるリサイクル施設か、あるいは二足で歩く便利なゴミ箱と思うことでしょう! 【分解】可能なサイズが向上し、資源入手量が増えます。いっぱい殺すためにより効率的に資源を集めよう!】


 今後のことを思って【リサイクラー!】というのをとった、歩くゴミ箱は言い得て妙だ。

 そして擲弾兵になった証拠というのか、特殊なPERKが増えてた。

 その名も【グラント】というもので。


【数奇な運命の一環として、あなたは誉れある擲弾兵の第一歩をようやく踏みしめました。重火器、投擲に追加ポイントがつきます。楽にしろ、新兵】


 だそうだ。

 スキル画面を見ると重火器と投擲に『EXポイント』という追加のレベルゲージが隣にくっついていた。

 どうやら既存のスキルとは別枠でSlevを付け足す効果らしい。

 つまり重火器4に『+EX1』だ、効果のほどはさておき、これで俺も正式に擲弾兵か。


「……少し落ち着いたらそろそろ行くよ」


 腹もいっぱい、ニクも満足してうとうとする中――俺はまた北を見た。

 今だ得体はしれぬものの、向こうの世界へ渡る手立てがそこにあるはずだ。


「またお別れだな」


 ナガン爺さんも一緒に見てくれたが、少しだけ寂しそうだ。


「あんたにこんなこと言うのも変だと思うけど、ボスのことよろしくな」

「なあに心配するな、あんな人の形した戦闘機械みたいな人ならそうくたばらんさ」

「ひどいいいようだ」

「だがあの人から生まれた新兵はみないいやつさ、お前もな。やっぱり出来のいい上官はできのいい部下をいっぱい生み出すんだろうなあ」

「あんたもいい部下みたいだな」

「そう見えるならうれしいことだ」


 しばらく眺めてると、がっちりとした皺だらけの手が握手を求めてきた。

 握り返した。老人とは思えない力強さはボスのとひどく似ている気がする。


「ご武運を、ストレンジャー。今はたいした商品はないが、次会う時までに何か気に入りそうなものを仕入れてやろう」

「楽しみにしてる。俺からも商売繫盛を祈らせてもらうよ」


 気づけば周りの警備兵たちもずいぶんと親しい顔をしてる。

 前はあれだけ恐ろしく感じてたいかつい連中だけど、すっかり受け入れられたらしい。


「へいへいクリューサちゃん! 何してますの?」

「内臓から酵素を抽出してる。言っておくが味見なんてしようと思うなよ、命を失うぐらいまずいぞ」

「あら、フランメリアに来れば錬金術ギルドへご紹介してさしあげますわよ」

「お前が何を言っているか分からないが元からそちらへ行くつもりだ」

「そうでしたの! じゃあ是非とも歯車仕掛けの街へおいでくださいませ! すっごいところですのマジで!」

「やかましいぞ」


 ……ちなみにクリューサは黙々と飯を食いながら毒々なカニ味噌を加工中だ。

 リム様をしっしとおい払いつつ、蒸留器やら何やらでフラスコに何か集めてるらしい。


「あっ、私も少々同行させていただきますわ! イっちゃんのお話聞きたいので!」

「えっリム様ついてくんの? もう用事終わったの?」

『ふふっ、りむサマも一緒なら安心だね。またよろしくお願いします』

「おいイチ、こんなジャガイモの悪霊みたいなのがついてくるとか冗談だろう!?」


 そして何かと思えば、リム様もいつの間にか荷物をせっせと整え始めてる。

 なぜかついてくるらしい、クリューサが絶望してるがまあいいか。



 ◇

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