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2 カニ味噌ときどきガチョウ



「イチ! 昼飯が逃げたぞ、捕まえろ!」

「フーッハッハ! 逃がすものかカニのミュータントよ!」

「イチ様~、そっちいったんで気を付けてくださいっす~」

「俺もこいつの昼飯になりかけてるんだよ見て分かんないのかお前ら!?」

『いやああああああああっ!? がさがさしてて気持ち悪いよこれー!?』


 道路に向かってひたすら走った。

 後ろでカニだかクモだか分からない化け物がガサガサ追いかけてきて、そのまた後ろを人外どもが追い回すという阿鼻叫喚の様だ。


「アドバイスだ、ミュータントは基本的に一度狙った獲物はしつこくつけ狙うぞ」


 振り返ればクリューサは落ち着いた様子で距離を置いていた。

 食べがいがなさそうなのかカニミュータントはするっと素通りしてこっちに……クソッ! 不健康な医者め!

 重たく鳴らされる鋏がとうとううなじのあたりまで、というところで。


「……ぼくがやる、そのまま走って」


 ニクだ、一緒に走っていた愛犬がすっと逸れて反転した。

 言われた通りにしてやると、すぐ背後でがきっと硬い音が響き渡り。


「ご主人から離れろ……!」


 クナイを抜きながら振り返れば、黒い犬っ娘が耳も尻尾も戦闘態勢のままカニの鋏を受け流していた。

 小柄な身体のどこからそんな力が湧いてるのか、どうであれ振り落とされた一撃を槍で打ち払う。

 続けざまにもう片方が突き出されるも、くるりと踊るように逸れて回避。

 見事だ。こんな新兵から興味を失うぐらい見事にタゲを奪ってくれた。


「SSSSSSSSSHHHHHHHHHHHHH!」


 しびれを切らしたカニの邪神みたいな何かは腹立たしそうに動きを変える。

 今度は甲殻類の広い面積をもってして突撃、ニクを追いかけ始めた。

 標的になったわん娘はしたたっと地面を蹴って離れるも、しつこく迫るそれが許そうにもない。


『いちクン、ニクちゃんが……!』

「うちのわん娘を昼飯にするつもりかこのクソ蟹!」


 四足でずんずん走るそれにめがけてクナイを構える、狙いは側面に見える片腕の付け根だ。

 ニクがごちそうになる前に素早く投げ放つ――【ピアシングスロウ】を食らえ!


 がきんっ。


 鋏がわずかに持ち上がる瞬間と重なった、さぞ身が詰まってそうな関節をぶち抜く。


「SSSSSSSSSSHHHHHHHHHHHHHHHmmmmmmmmmmm!?」


 どこまで貫通したかは分からないが、腕をだらりと下げて痛そうに暴れ狂うだけの効果はあったみたいだ。

 逃げるニクの尻尾をあきらめると、おっかない巨体に対してまだかわいげのある触角がこちらを睨み。


「ようやく立ち止まったか! 足止めは俺様に任せろォォォッ!」


 そのわずかなスキにノルベルトが戦槌と仲良く横入りしてきた。

 泥だらけの黒いカニミュータントが動こうとした瞬間、地面に突き立った足の一本めがけてぶちかます。

 ごぎんっと有機物が立てていけない音をバックに、鋭利な部分が足が砕く。


「nnnnnnsssssshhhhhhhhhhh!?」


 さすがにこれは効いただろう、とたんに体幹を崩して傾く。

 それでもなお一矢報いようと爪を振り回すも、その重みごと得物の柄で受け止めて防いでしまい。


「うーわ殴り壊したよあいつ……」

『ノルベルト君、武器を持ってからすごく強化されてるよね……』

「ロアベアよ! やれ!」

「魚介類って大きければ大きいほどおいしいらしいっすよ、あひひっ♡」


 合間にメイド姿が挟まった、仕込み杖を一閃して【ゲイルブレイド】を放つ。

 ノルベルトに叩き込まれたままの腕が関節からすっぱりと切り落とされる、新鮮なカニ肉がごどっと落ちた。

 いよいよ攻撃手段がなくなってきた不幸なカニモドキは逃げようとするも。


「新鮮なカニ肉だぁぁぁぁッ!」


 ごちそうを目の前にした荒ぶるダークエルフが立ちふさがった。

 自分よりずっと大きな化け物の姿など食べがいがある食材とでも言いたいのか、嬉しそうに懐へ潜り込んでいく。

 当然追い払おうと体当たりで迎え撃つも、クラウディアはものともせず。


「逃がすものか! 大人しく私の昼飯になれッ!」


 器用にかがんで無防備が一段と晒されたところに、得物を向けた。

 エラなんだろうか? 首元にあるそこへハンドクロスボウをばしっと打ち込み。


「――――sssssmmmmmm……!」


 射抜かれた昼飯予定の化け物は大きく震えた。

 口から泡を吐き出し、今なお生きたままなぜか俺の方を向いてこっちに……。


「……だからなんでこっちに来るんだよ、畜生!?」

『ひっ……こ、こっちにまた来た……!?』

「イチ! 仕留めるんだ! できれば余計な傷をつけないようにするんだぞ!」


 まるで最後の力でも振り絞るかのように駆け寄ってきたが。


「ご主人、使って……!」


 ニクがこっちに槍を投げ渡してきた、向かい合って構える。

 腰を落として引き絞り、白泡まみれのギザギザの口の中へと投げ込んだ。

 クラウディアの要望通りになったかはさておいて、穂先をぐさりとごちそうされた化け物はようやく動きが止まる。

 魂が抜けたように身震いしたきり、もう食われる心配はなくなったようだが。


「……まあ、なんだ。そんなミュータントを一人じゃないとはいえ、槍で仕留められる人間は今のところお前ぐらいだろうな」


 遠くで観戦していたクリューサがのそのそ歩いてきた。

 その顔は食べがいのあるカニ肉を前にはしゃぐ誰かへの呆れがあるものの。


「――俺を二等兵のまま戦死させるつもりかお前ら!? 何考えてやがる!?」


 みんなでわいわい哀れなカニ君を取り囲むみんなにブチギレた。

 運悪くこいつらに目を付けられたミュータントは気の毒だがどうだっていい、問題は俺がお昼ご飯になるところだったことだ!


「フハハ、お前ならそれくらいで死ぬわけがないだろう?」

「信頼してくれてありがとう、次から一声かけてからやれマジで」


 ノルベルトめ、俺を本気で人外かなんかと認めてるのか。

 生憎こっちは先日正式に擲弾兵になった新兵だ、なんだと思ってるんだ。

 もう少しで指揮官殿に「戦死。死因はカニ」って不名誉な報告が飛んでたに違いない。


「危うく二つほど昇格しちゃうところだったっすねえ、あひひひ……♪」

「ああそうだな、もう少しで最悪の二階級特進を迎えるところだった助けてくれて本当にありがとうこのバケモンども」


 腕を落としてくれたメイドがによによしながら来たのでぶにょっと頬を挟んだ。

 「なんふかなんふか」と次の言葉を出せないようにしてると、ニクが立ったまま絶えたカニから槍を抜いて。


「……クラウディアさま、これ食べれるの?」

「分からんがこれだけ元気なんだ、さぞ美味なカニの肉が取れると思うぞ」


 三メートルほどのカニ肉オブジェを褐色エルフと興味深そうに見上げていた。

 すまないミュータント、別にお前に恨みなんてないしカニ料理は好きでも嫌いでもないけど、どうか憎むならバケモンどもにしてくれ。


「やれやれ、人の忠告を無視した挙句に見事に狩ってしまうとは本当に最高の旅の仲間だな」


 現にクリューサは半ばブチギレた様子でカニ肉を見上げてた。

 でも鞄から道具を取り出している、ナイフやゴム手袋を次々持ち出すその姿はまるで一仕事取り掛かろうとしてるというのか。


「言っとくけど俺はあれだ、えーと、降りかかる火の粉を全力で払っただけだ」

「まあその全力の結果これだけ状態のいい死体が手に入ったわけだ、その恩恵にあずかるとしよう」

「どうあずかるって?」

「おおクリューサ、さばくのを手伝ってくれるのか」

「違う、手伝うのはお前だ。鮮度が落ちる前にやるぞ」

『えっさばくってやっぱりそれ……』


 まさかお医者様も食肉加工でもやられるおつもりなんだろうか。

 腹のあたりの隙間やらを刃物でなぞって「こうしろ」とかいってクラウディアに指示を飛ばしつつ。


「こいつからは医薬品に使える強力な酵素が抽出できる。まさか人生でこいつの中腸腺を独り占めできる時が来るとはな」


 医学的な観点のコメントを添えた上でオーガに「やれ」とひっくり返させる。

 仰向けになった大きなカニの腹は意外と柔らかそうだ、実際その通りでナイフで切り裂いており。


「……ちゅうちょう……せん? よくわからないけど身体にいいんだな?」

「医者の目線で言わせてもらうとこうだ、肉以外は劇物だと思え。クラウディア、足の根元に切り込みを入れてノルベルトに全部抜かせろ」

「ということはこいつのカニ味噌は食えないのかクリューサ……!」

「カニ……ミソ? お前は何を言ってるんだ」


 腹部を関節ごとばきばきと引っこ抜いてしまった。

 中身はすっかすかだ、それでもノルベルトがばきばきべきべき足を一本ずつ引っこ抜くとますます貧しくなり。


「とにかくこいつの内臓は何かと貴重でな。扱えるだけの技術があればだが」


 仕上げに全員で甲羅を押さえて胴を引き抜き――立派なカニ味噌が姿を現す。

 緑色の野菜を手あたり次第混ぜ込んで、腐った土みたいな匂いを添加したぐちゃぐちゃの……見なきゃよかった。


「……ワーオ、こんなひどいかに味噌始めてみた」

『待ってこのかに味噌毒々しいよ!?』

「わ~お。人を殺せそうな色してるっすねこのかに味噌……あひひっ」

「腐葉土のようなひどい臭いだが焼けば食えそうだな!」

「むーん、まずそうな腐臭がするではないか。マナクラブとはえらい違いだ」


 そこにはポイズンカニ味噌が待ち構えていた。

 直視するだけで吐き気がするレベルだ、ロアベアは完全に毒物扱いしてるし、ノルベルトも遠慮してるし。


「……この匂いきらい。気持ち悪い」


 ニクに至ってはとてつもなく嫌な顔をして自主的に離れてしまってるレベルだ。

 こんなものをまだ食おうとするダークエルフの食欲は正気じゃない。

 だけどクリューサ先生はお構いなしだ、少なくとも食う気はないらしいがナイフでほじくり始める。


「一目見て分かるのはこの色だと食えそうにないってことぐらいだな」

「食ってもいいが内臓がずたずたになって苦しみ死んでもお前の責任だぞ」

「そんなの薬に使うのかよ……」

「どうせお前にこいつのすばらしさなど説明したところで無駄だろうが、こいつの酵素があれば毒の予防薬や抗ストレス剤、戦闘用の鎮痛剤まで至れり尽くせりなんだぞ」

『い、いろいろ作れるんですね……』

「そりゃすごいな、で何作るおつもりで?」

「金づるだ。これそのものですらそれなりの価値があるんだからな、いい金策(・・)になる。まあその抽出法は俺ぐらいしか分からないだろうさ」


 ミコと一緒に近寄りがたい悪夢のカニ味噌から目を反らしてると、クラウディアに「それだ」と殻を持ってこさせた。

 戦槌でボウルサイズまで縮まったそれに、緑色が山盛りにされていく。


「このかに味噌は食えないのか……」

「足なら食えるぞ、食えるものならな」

「くっ、カニの肉が食べれるならそれでいい。早速焼いて食べよう」

『……ほ、本当に食べちゃうの……!?』


 がっかりしてるダークエルフだが、オーガサイズの四本の足があるからすぐに気を取り直したみたいだ。

 「やるぞ」と俺に一本渡してきた、かなり重いしPDAがかすかにカリカリ言い始める。


『ねえ!? 待ってクラウディアさん!? このカニもしかして汚染――』

「クリューサ先生、これカリカリ言ってるけど絶対大丈夫じゃないよな!?」

「不安なら俺の作った薬をアテに勝手に食え」


 放り投げようとしてるとクリューサが何かをちらつかせた。

 市販品のボトルだ、中に錠剤が入ってるのかじゃらじゃらいってる。

 どうやらあの時作ってくれた放射線から身を守る薬とやらだ、だからって食いたいかといえばNOだが。


「どうせそろそろ休憩をはさむ頃合いだ、お前たちがゆっくり休んでる間にお仕事に取り掛かるとしよう。……ところでお前たちがさっきから言ってるカニミソとはなんなんだ」


 悪夢の毒毒かに味噌を殻いっぱいに手に入れた医者は満足気味に吟味している。

 その時がさっと音がしたので振り向けば、ぬかるむ地面の上であの変異したカニどもが起き上がっていた。

 しかし行く先は遠いどこかだ、俺たちを見てびびって逃げてしまってる。

 すまないカニ君、せめてものお詫びだ、君の身体は余すことなく使い切るよ。


「お~、でっかいっすねえ。足一本で何人分あるんすかねこれ……?」

「むーん。あれだけの図体だけあってすさまじい肉よ、食いごたえがありそうだ」

「このまま焼いてしまおう、ほじくり出して食べるんだ。調味料も持ってきたから味付けの心配はいらないぞ」

『あ、あの……やっぱり食べるのやめよう? 汚染されてるよ……?』


 一体どうしてか俺とミコ以外みんな食う流れになっている。

 まあ薬があるなら大丈夫だろ、脇に抱えてここから離れることにしたが――


「ご主人、あそこ」


 カリカリ和気あいあいとしてるところにニクに引っ張られた。

 どうした、と犬っぽさを真似て首をかしげて見てみると。


「……ん? なんだあれ?」


 やや遠くで緑色に佇む湖に、何か白いものが浮かんでる気がする。

 他の奴らも気づいたらしい、特にクラウディアは目ざといもので。


「むっ。鳥がいるぞ」


 鳥? さすがのご本人以外はいきなりの単語に心に「?」だ。

 どういうことなのか単眼鏡で見てみると、確かにそうだった。

 どうやらガチョウに縁のある湖なのは間違いないらしい、あの毒々しい水場に白い鳥が優雅に泳いでいて。


「あんなところに鳥などいるわけないだろう、食い意地のせいで何と見間違えたか知らんが……」


 クリューサも双眼鏡を渡されて一緒に見たらしい。

 たぶん俺たちの視界には間違いなく鳥がいるはずだ。

 おしゃれな首輪をつけた白いガチョウがすいすい遊泳してるところで、まるでその姿はこっちに来るような……。


「……おい、あのガチョウもしかして」

「なるほどクリューサ、確かにここはガチョウとゆかりがある湖だったんだな。本当に泳いでいるぞ」

「…………いや、そんな馬鹿な。待て、どうしてあんな危険地帯でガチョウが」

『……ガチョウってことは……!?』


 困ったことにその姿はとても身近なものだし、明らかにこっちに来ている。

 汚染された死の湖をものともしないガチョウはそのまま現世への上陸を果たし。


「Honk!」


 誰かの使い魔系カモ目カモ科ガン亜科なことを得意げに主張しながら来た。

 翼も広げて気さくな挨拶も添えて――リム様の使い魔だこれ!


「アイペス! なんでこんなところにいるんだ!?」

『りむサマのガチョウだ!? この子がいるってことは……』

「おお、使い魔のアイペスではないか! お前だったのか!」


 クリューサの言うとおりに本当にガチョウの湖だったか。

 見知った俺たちに気づくと「Honk!」と見上げてきたが。


「待て! どういうことだ!? どうしてこの世界にガチョウがまだ……いやそもそもあんな死の湖を……くそっ! お前たちは常日頃どんな交友関係を結んでるんだ!?」

「お~、ガチョウっす。首輪もつけちゃってかわいいっすねぇ、あひひっ」

「リーリムの使い魔だと!? くそっ近くにあのジャガイモの化身がいるのか!?」

「落ち着けクリューサ、例のリム様の飼ってるペットだこれ」

『あの、いろいろと突っ込みたいのは分かりますけど……受け入れてください』

「ここまで俺を戸惑わせるんだ、さぞ素晴らしい飼い主がいるんだろうな……」


 事情を知らない三名が三者三様に見ているのを知ると、一瞥するように羽をばさばさして。


「Honk!」


 一通り注目を集めると、ぺたぺた北へ走り出した。

 途中で振り返って「Honk!」と一声かけた上で。


「……ついてきてほしいみたいだよ。行こう?」


 そんなガチョウの後ろ姿からニクがそう言い出したので、俺たちは仕方なくついていった。

 白い尻尾を追いかけた、極太のカニの足を抱えて。


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