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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
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134 英雄なんてごめんだ


 ――やがて夜明けの頃から戦い続けてきた戦場が見えてくる。


 砲撃の応酬の結果といえば当り前だが、俺たちの守ってきた防御線は跡形もなかった。

 どこにあるか分からないと言うべきかもしれない。

 よりどりみどりの死体とくず鉄のせいで塹壕も埋まり、一体どこで自分たちは戦っていたのかと迷うほどだ。


「……あそこで戦ってたんだな、俺たち」


 進む先、度重なる爆破で資産価値を損ねた民家を見つけてやっと把握できた。

 こんがりと焼けた家の周りに五体満足とは無縁になった軍人モドキが散らばっている、それと破壊された兵員輸送車も。


「勇敢な魔物どもがいっぱい殺したと無邪気に喜んでいたが、誇張でも冗談でもなく事実だけを口にしていたみたいだな」


 旅の道連れになったクリューサの診断結果によるとご臨終だそうだ。

 この世のどこからこれだけの数を連れてきたのか分からないが、死者の列は住宅街まで続いている。

 せめてもの嫌がらせで死臭をスティングへまき散らすぐらいの努力はしてるらしい。


「お医者様目線でどれくらい死んでるように見える?」

「お前ぐらいの知能に落として言えば『いっぱい』だ、俺から大雑把に見れば五百ほどに見えるが」

「そこに向こうでほったらかしにされてる車両を含めたらプラス何人だろうな」


 近寄りがたいひき肉の山から目を反らして、最南部から続く郊外に指を向けた。

 最初の攻撃で破壊された戦車たちが大きな墓場を作っている。

 爆発炎上という形で廃車になったものもあるが、そのほとんどはきれいな姿のまま乗り捨てられていた。


「まさかあれもお前たちがやったなどと言わないか心配なんだが」

「俺たち以外に誰がいると思う? 数十名で迎撃してああなった」

「俺様も何両か破壊したぞ、愚直に進むものだからよく当たってくれた」

「うち全然当たんないから観戦してたっす」

「よくわかった、おかげでライヒランドの連中が気の毒に思えてきたな」


 クリューサは『バケモンを見るような目、ストレンジャー込み』で呆れたあと、いきなり郊外の戦車に向かう。

 どうしたのかと思えば褐色エルフもついていく、何をするのかと追いかけた。


「おい、どこいくんだクリューサ」

「金づるのところだ。あんなハンバーガーの原材料みたいなので満たされたところで漁るのは衛生的にも勘弁したいからな」

「そういうわけで戦利品を集めに行くぞ、ついでにご飯もだ」


 なるほど、死体がいっぱいあるから収穫しろってことらしい。

 確かにところどころに放置された戦車の周りには、お上品な死に方をした死体がいっぱいある。

 なんだったら戦車にも――ボスの20㎜砲弾を食らった人間の姿は考えたくない。


「収穫だな。分かった」

「ん、ぼくも手伝う」

「こうしてみると我々は良く殺したものだな、フハハ」

「おばあちゃんだけで何両撃破したんすかねえ、すごい数っす……いひひ♪」


 褐色エルフのいう「戦利品」を求めて俺も近づいた。

 正面装甲にどでかい穴の開いた戦車だ、運転手はひき肉よりひどいに違いない。


『戦利品……うん、そういうことだよね』

「ミコ、残念だがお前が思う以上に北では何かとチップがいるぞ。そのために必要なことだと割り切った方がいい」

「そんなに金がかかるのか?」

「こっちはブラックガンズどものおかげで飯には困らないが、これから先は果たしてどうなるか分からんからな。まあチップはいくらあっても悪くはないだろう」

「クリューサ、大変だぞ! 中で人がぐちゃぐちゃだ!」

「余計な報告を嬉々として伝えるなこの馬鹿エルフが」


 まあ確かにそうか、あの農場のおかげでスティングはここまで戦える余裕があったといってもいい。

 なんにせよ飯には困らなかったからだ、食うものがあればどうとでもなる。

 そして食べ物が乏しくなれば、人間だれしもできることも限られる。

 じゃあここほど豊かじゃない北は一体どれほど大変なのか?


「地獄の沙汰も金次第ってことか」

「それが本来のウェイストランドだったんだがな」

「ここより北には行ったことあるのか?」

「いいや、人生の殆どは混沌としたヴェガスで過ごしただけだ。もっとも今やその故郷も終焉が訪れたがな」

「俺たちの行く末が地獄じゃないことを願うばかりだな」

「賊が蔓延り無秩序だけが取り柄の地獄だった場合はお前たちの出番だ、蹴散らして快適にしてくれ」

「そして死体を追いはぎしてより一層豊かになれるわけだ」

「ウェイストランドの富豪になれとまでは言わないが、少なくとも食糧から医薬品まで万全の状態に備えられるぐらいには富が欲しいものだ」


 世紀末らしいひどい会話をしながら近くをまさぐった。

 クラウディアの潜った戦車からぐちゃぐちゃ嫌な音がするが、履帯のそばで緑色の姿が転がってるのに気づく。

 兵士が二人死んでる。一人は胸をぶち抜かれ、もう一人はヘッドショットだ。


「よお、さっきぶり」

「どうした、知り合いだったか?」

「逃げてるところを狙撃したやつだ、もう一人はサンディの獲物だな」

「意外だな、お前みたいな突撃馬鹿がスコープを覗いてこそこそ撃てるようには思えないが」

「一応これでもシカの化け物とかで練習させられてたんだぞ、まあ腕前に関してはボスごっこがせいぜいだ」

『そう言えばシカの解体とかもそのたびにやらされてたよね……』

「サンディの妹たちに干し肉のつくり方も教わったよな。おかげで毎日ガム感覚でかじってた」

「お~……みてみてノル様、この戦車砲塔だけきれいに吹っ飛んでるっすよ」

「中身が丸見えではないか。なるほど、戦車とはこういう構造だったのか」


 スパイシーな干し肉を思い出しながらみんなで漁った。

 お偉いさんだったのかけっこう物持ちがいい、かなり使い古された財布の中からチップがじゃらじゃら出た。

 1000と刻まれたチップが何枚も出るほどには。侵略先で何を買うつもりだったのやら。


「……サンディさまの作ったシカの干し肉、また食べたいな」

 

 死体を辿っているとニクがじゅるりはじめた。

 サンディ、うちのわんこがグルメになったのはたぶんお前のせいだぞ。


『ニクちゃん、口からよだれが出ちゃってるよ……』

「いつか作ってやるから口ふこうね?」

「シカというとワールウィンディアのことか? あいつは好きだぞ、あの肉は炙り焼きがうまいんだ」

「お前たち、死体を漁りながら飯の話ができるとはさすがだな。すっかりウェイストランド人らしいというか」


 そしてたった今クラウディアのせいで悪化した、ニクはすっかり肉のことで頭がいっぱいだ。


「そうだニク、もしあのシカを見つけたら私が炙り焼きを作ってやろう」

「……ほんと?」

「料理ギルドの頭のおかしい芋女ほどではないが、上手に焼くことぐらいは造作もないぞ」

『芋女……』

「なんかじゃがいも持ってまた現れそうだよなあの人、そんな気がする」

「お前たちが誰の話をしているか分からないが、ろくでもない知り合いがもう一人いることだけは確かだろうな」

『えっと……かなり個性的な人だから、覚悟してください……』

「なるほどミコがここまでいうのか、であればそいつと会う時が俺の命日になりそうだ」


 いずれひどい出会いをしてしまいそうなお医者様を気の毒に思いつつ漁る。

 まだ無事な車両から、車載機銃から、近くに転がる死体から目につくものを拝借した。

 小火器の弾に手榴弾にそしてチップ――それくらいしかなかった。

 食料や医薬品? ほとんどない、あるのは武器と金ぐらいだ。

 ついでに壊れた装備品は片っ端から『分解』した、リソース補給だ。


「なんか武器とお金ぐらいしかないっす、つまんないっすね」


 目に見える範囲を適当に漁って、そんな成果を口に出したのはロアベアだ。

 他にあるとすれば作戦に使う地図やスティムぐらい、本当に最低限というか。


「連中、まさか本気で片道切符を渡したわけじゃないだろうな……」


 あまりの結果にクリューサが引くぐらいだ、やっぱりあいつらは正気じゃない。


「戦いの保証は最低限するからご飯は向こうで調達してくださいってことじゃないのか?」

「なるほど、その方針ならスティングの人口がそのまま奴らの胃に入るだろうしな」

「お医者様のコメントがマジならボスが言ってた「ただの軍人コスプレ集団」っていうのも間違いじゃなさそうだ」

「それも中身はアルテリーみたいな人食い集団のな。どうであれ、奴らが正気じゃないのははるか昔から知れ渡ってたことだ」


 南へ向かいつつ戦利品を回収してると辛口な医者の手がどこかを向く。

 そこには小さな丘の上に機銃が据えられて、死体が幾つかまとまっていた。

 たぶんここで支援射撃をしてたんだろうか? それにしちゃ違和感がある。


督戦隊(とくせんたい)が必要なほどには士気が低かったようだな」

「とくせんたい?」


 とくせんたい、とかいう単語の疑問に手袋越しの手が答える。

 北へ向かう銃身を目で追うと、そこにはちょうど死体が道を作っていた。

 妙だ、射線上にある死体のいくつかは銃座の方を向いたまま倒れてるような。


「うち知ってるっす、後方待機して逃げてくる味方を撃って押し返すだけの簡単なお仕事っすよね? あひひひっ」


 ロアベアが機銃を調べながら言葉の意味を教えてくれた。

 そういうことか、それがマジなら銃口で味方をコントロールしてたわけか。


「どうしてお前みたいなメイドがその意味を知っているのかについては問わないが、機関銃をもって兵士やレイダーの規律を整えたのは確かだ」

「つまり無理やり押し込んでたんだな」

『……ひどいよ』

「お前の言う通りひどい話だが、そんなやり方ですら何十年と積み重ねたあいつらの文明にとっては普通だ。俺たちのような感性と並べて考えるような事柄ではないだろうな」


 まあ、でも、そんな立派なお仕事も台無しになったようだが。

 兵士たちは機関銃に寄り添うように死んでる、死因は長距離からの脳天狙撃。


「それすら満足にできぬまま一生を終えたようだがな、見事な腕前よ」


 ノルベルトがまとわりつく緑服をそっと地面に並べた、良かったなサンディ、褒められてるぞ。

 もう十分だ、残りはスティングにいるみんなに任せよう。

 収穫を終えて離れるが、まだ南へと続く死んだ車両の群れの中で何かが見えた。

 破壊された鉄くずの中に比較的よく形の残る六輪の装甲車がある。


『……いちクン? ねえ、あの車って――』


 肩の短剣もやっぱり目についたらしい。

 戦前の形を持つそれは、車輪は抜け落ちハッチは外れ、爆風でひしゃげた車体を野に晒している。

 覚えのある車両だ。もしそこにコートと帽子で気取ったやつがいて、手錠のついたストレンジャーがいれば当てはまるはず。


「エゴール……」


 そうだ、俺たちはあのイカれ野郎とそいつに乗った。

 三連散弾銃を抜いて近づく。


「おい、いきなりどうしたストレンジャー」

「人の腹刺した馬鹿野郎の乗ってた装甲車だ、見てくる」


 もしかしたらを信じてハッチの方へ向かった、生きてやがったら殺す。


「……ご主人、中に人はいないよ」


 ついてきたニクがそばでそっと伝えてきて、それでも銃身と一緒に中を覗く。

 出口のついた鉄の牢屋の中は……あの時見た光景と全く変わらなかった。

 狭い車内にテーブルまでついたバカみたいなリフォームをされてる。


『誰もいない……?』


 ミコの言葉そのままに無人だ、運転席にだって誰もいない。

 それでもなお踏み込めば、あの冷蔵庫に赤い文字が大ぶりに書かれており。


【英雄に乾杯、君の勝ちだ】


 赤くて黒い――そう、血を原材料とした言葉が誰かに向けて残されてた。

 中にはジンジャーエールの瓶が二本、誰が誰のためにこんなことをしたのか。


『……いちクンに向けた言葉みたい』

「ああ、まるで俺が来てくれるのを分かってたみたいなやつだ」


 あきらめたように続く文字と、このジンジャーエールの意味は良く分かった。

 足元を見ればあの気取った帽子がある。拾ってニクに近づけた。


「ニク、頼んでいいか?」

「……ん。追うの?」

「ああ、逃がすつもりはない」


 姿は変われど愛犬な相棒は一仕事任されてくれた。すんすんしはじめる。

 すぐに「こっち」とダウナーに教えられ、少し迷って俺は瓶を二本手にして。


「悪いみんな、ちょっと行ってくる。そこで待っててくれ」


 みんなにそう告げた。

 クリューサがまた辛辣な言い回しでも言いかけたらしいが、「勝手にしろ」と口を閉じたので進んだ。


 ……それからニクの黒い尻尾を追うと、荒野にまた戦車の残骸が見えた。

 やや離れた場所だ。砲撃で力を失った車両のそばで誰かが腰を下ろしている。

 言うまでもなくエゴールだ。

 白人らしい髪色はだいぶ健康さを損ねて、あの不気味な顔で強引に笑っていた。


「――やあ擲弾兵。律儀な男め、ちゃんと来てくれるなんて」


 けれども長くはないだろうさ、腹から何か突き出ているのだから。

 原料はさておいて鉄くずが腹に刺さっていた、一物が生えて血が広がってる。

 ちょうど自分に刺さった短剣を思い出させるようで皮肉な形だと思う。


「…………ニク」


 ぴったりとくっつくニクを呼んだ。

 変化に乏しい顔つきこそあるが、尻尾と耳は臨戦態勢だ。


「どうするのご主人? こいつ、まだ生きてるけど……」

「頼む、みんなのところに戻ってくれ」


 そんなところにこうもお願いされたら、流石のこいつも戸惑ったみたいだ。

 何も言わぬまま「どうして」とでも言うように見上げて来たものの。


「…………いいけど、何かあったらすぐに助けに行くから」


 とてもためらいがちに言葉の通りにしてくれた。

 心配そうに一度見向いてきたほどだ。「心配するな」と顔で返して。


「よおエゴール」


 それとようやく向き合う。

 見れば嬉しそうに、近づけば微笑み、しゃがんで視線をあわせれば満足に頬を緩め。


「どうだ擲弾兵。君は勝ったぞ」


 そこからどうにかひねり出された一言はそれだ。

 そいつの顔にあるのはなんだ? 恨み? 妬み? 悲しみ? いいや違う。

 喜んでやがる。兵士モドキをぶち殺し、指揮官の頭を吹き飛ばし、あまつさえ自分の運命を受け入れてる。


「君はすごいな。「全てを一つに」みたいなバカげた思想は、たった一人の擲弾兵から始まる物語で全て台無しになったんだぞ」


 続く言葉なんてこれだ。絶望的な敗北をどうしてここまで喜べるのか。


「それだけじゃないんだ。君の活躍にかつての古き英雄たちが蘇ったんだ、遠い地で戦う最後の擲弾兵の噂を聞きつけてグレイブランドが重い腰を上げた。我々の前にまた立ちふさがったんだ」


 腹に刺さったものなんてきっと些細なことなんだろう。

 エゴールは血をぼたぼたとこぼしながら、ただ早口に語るだけだ。


「ライヒランドは負けた、完敗だ。もう我々にはかつてのように振舞う国力もない、君がもたらした死が武器も、兵隊も、食べ物も、全て使い果たしたのだから」


 なのにどうして一言一言のすべてがこんなに嬉しそうなんだ?


「そうさ、擲弾兵はようやくリベンジを果たしたんだ! おごり高ぶる悪の大国を打ち破り、絶望する人々に希望を与え、人知れずどこかへ去っていく――英雄として完璧じゃないか?」


 ああ、そういうことなのか?

 こいつは今、あの時となんら変わらない笑顔を浮かべている。

 裏も表もない純粋なものだ。ようやく望むものを目の当たりにできたんだろう。

 冗談じゃない、お前の大好きなヒーローになんてなってやった覚えはない。


「誰が英雄だって? 気持ち悪い冗談はよせ」

「違うのか? いや分かるよ、君はきっとあのヴァローナをやっつけたんだろう? それだけじゃない、世界の終末を信じ込んで好き放題に振舞うカルトどもを内側からぶち壊し、敵が籠る要塞から物資を根こそぎ奪って跡形もなくぶっ飛ばし、迫りくる戦車を生身で破壊する――これだけやってまだ英雄じゃないとでも?」

「良く知ってるみたいだな、俺のこと」

「ああ、よく見聞きしてたからさ。いや楽しかった、まちに焦がれた映画を特等席でずっと見てるような……最高の人生だったよ」


 エゴールはそれだけ口にすると、満足そうに視線を落とした。

 だが俺だって聞きたいことがある。


「エゴール、あいつらが難儀してたのはお前の仕業か?」


 ずっと気になってたことを尋ねた。

 ライヒランドの連中の動きが不自然だったことだ。


「……それは内緒だ。あいつらは元々おごり高ぶった人間だ、昔ながらのやり方が好きみたいでな、だからうまくいかなかったんじゃないか?」


 その返答も相応のものだ。

 目こそはまっすぐ向いてはいるけれども、言葉のペースが少し早い。


「――だから、その、なんだ」


 聞き終えると、エゴールはあれだけ弾んだ声を弱めて。


「私でようやく最後だ、擲弾兵。まだ我々の侵略は終わっちゃいない」


 血をだいぶ損なった肌色のまま俺を見上げる。

 人生のあらゆるものを楽しみそうな表情なんてそこになかった。

 あきらめか、本望か、穏やかに笑って自分の胸を示すと。


「まだここに最後の一人がいるぞ。そして擲弾兵が一人いる、君たちを痛めつけ、かの地まで追いやったライヒランドとの決着をつけるべきだよな?」


 言葉の流れでこういっている――「やれ」と。

 腹に刺さった金属片はまるでナイフみたいだ、このままほっとけば死ぬ。

 でも、こいつはそれだって良しとするような態度をしてる。

 たとえ俺の気がますます狂って、こいつを痛めつけて殺したって、それが最適解だと導くまでにだ。


「これでハッピーエンドだよ、擲弾兵」


 ここまで伸ばしておいて行き着く先がハッピーエンドだって?

 俺は二本の瓶を置いて近づいた。


「あの忌まわしい祖国に勝ったんだ。幾度もない屈辱にけがされたあの輝かしい擲弾兵たちも、君の物語が呼び戻してくれた。そしてたくさんの人々がこういっているはずだ、『ありがとう』と」

「そして誰かさんを殺せば、物語がきれいに片付くとでも?」

「そうさ、そうじゃなきゃだめだろう? 忌むべき宿敵が残されたまま幕を閉じるなんて、あってはならないんだ」

「仮にお前が宿敵だとしようか。腹も刺されて足は撃たれて、おまけに殴られ蹴られてくたばりかけた、そこまでしてくれたクソ野郎には相応の終わり方があると思わないか?」

「もちろんさ、擲弾兵。今から少しずつ命を刈りとって苦しめようとも、それもまた英雄の一つだ」

「ひどい英雄もいたもんだな」

「残念ながら改心なんてしないぞ。たとえこの世におわす神が許しても、私はどうあがいたって残虐な人食い族だ、君たちと仲良くなんてできないさ」


 死にたがりはそこまで言いたどって「さあやれ」と招いてきた。

 その表情といえば、満足そうな、疲れ切ったような、全てぶん投げた形だ。

 煮るなり焼くなり後はどうぞ、私の命を貴方に捧げます擲弾兵様――だとさ。


 ふざけんな、それが俺の返事だ。

 この街もろとも、こいつらの所業でひどい目に会ったのは事実だ。

 特に人の腹に相棒をブッ刺して傷つけたことに関しては一生許すつもりはないし、それなりの意趣返しをするつもりだった。

 ところがどうだ、こうして戻って来た俺を見て「満足しました」だ。


「言いたいことはそれだけか?」

「別れのスピーチも考えて来たんだが、君の勇姿がまぶしすぎて忘れてしまったよ」

「次からはメモでもとっとけ」

「そうするさ。さあ殺せ、そして私のことをずっと覚えておいてくれ」


 だいぶダメージが回って来たんだろう、それだけ言うとそいつは力なく笑った。

 文字通り後はお好きなように、そんなところへ。


『あの、エゴールさん』


 ミコが呼びかけた。

 呼ばれた本人はゆっくり頭をおこして、肩の短剣と向き合いはしたが。

 

『……もういいんですよ? 無理に悪者にならなくたって』


 そこから言われた言葉はなんとまあ……とんでもなかった。

 こいつだって何をされたか嫌でも覚えてるはずだ、到底許せるものじゃない。

 だけどその言葉は俺のクソみたいな軽口よりずっと効果があったんだろう。


「――君は何をいってるんだ」


 動揺してる。あれだけ落ち着いていた目が泳いで怯えるほどに。


『ごめんなさい。あなたのやったこと、わたしは本当に許せませんから』

「そうだ、そうだとも、君にしたことは私だって覚えてるさ。だったら」

『……エゴールさん。いちクンと一緒になりたかったんですよね?』


 肩の相棒の言うことにどれほどの力があったのか分からない。

 さっきまで何もかも受け入れてやる、とばかりに構えていた顔が崩れた。


「いいや、私はヒーローになりたかったんじゃない、ただ君の姿を」


 まるで痛いところを突かれたような、触れてほしくないところを掴まれたような、苦しさすら感じるものだ。


『あなたがどれだけ自分の国のことが嫌ってるのか、わたしにはわからないけど。今までずっといちクンを助けてきたんですよね?』

「違う、支えてなんているものか! 君たちに試練を与えただけで……」

『一緒になりたい、戦友になりたいって思ってた。違いますか……?』

「戦友になりたいなんて、ふざけるな。私はただ見届けたいだけだったんだ」

『じゃあどうして、二本も(・・・)用意したんですか?』


 エゴールはもう冷静じゃない、その目は置かれた二本の瓶のところにある。

 誰かさんへの乾杯だ。一つは擲弾兵のため、さてもう一つは?

 そうか、そういうことだったんだな。


『もう一本はあなたのため、ですよね? 二人で勝利して、一緒に飲みたかった……違いますか?』


 旅の相棒の声は柔らかいのに、妙に鋭かった。

 けれども同情するようなしんみりとした物言いのせいで、この指揮官はやっと。


「……一つ間違ってる。確かに君の相棒と乾杯するためだが、もう一本は死んだ私への手向けだ」


 強がるのをやめたみたいだ。

 こいつは本当に、祖国とやらを裏切っていたのか。

 どれだけの物語や思いが籠っているのかは計り知れないが、こんな男をここまで思い立たせる何かがあるんだろう。

 誰かの背中を押して最後に自分もやっつけられるまでには。


「分かったよ、白状する。私はライヒランドなんて大嫌いだし、そんな国の人間である自分も嫌いだ、ずっと消えてしまえばいいと思ってた」


 エゴールは本音を吐き出して、そこに「でも」と付け加え。


「擲弾兵、私は君たちをずっと愛してた。あの伝説が私に希望を作った、私に夢を見せてくれた、いっぱい与えてくれたじゃないか? だから頼む」


 狂った変人の姿はどこかに消えてしまった。

 俺の目の前にはもうライヒランドの指揮官なんていないように見える。


「私がまだ君たちの敵でいられるうちに終わらせてくれ。みじめなまま死ぬなんていやだ、耐え切れないんだ」


 その上でこいつはこう言うんだ、殺してくれと。

 そうか、ならお望みどおりにしてやる。


「いいんだな?」


 よくわかった。腹に刺さった鉄くずにそっと触れた。

 一体どんな末路を想像したのか分からないか、余裕のない表情が一瞬怯えたような気がする。


「……いいんだ。いまさらまともな死に方など期待するなんてぜいたくだ」

「そうか。殺してやってもいいけど条件がある、守れるか?」

「ああ、なんだってする」

「これからお前がどうなっても受け入れろ、ノーは禁止だ」

「ノーは禁止、わかった。愛する君に従おう、この命をかけても」

「いい返事だ、それじゃ――」


 肩の短剣に目をあわせた。何も言わないってことは構わないらしい。

 これで話はまとまったわけだ、腹に刺さったそれに触れて。


「悪いけど頼んでいいか?」

『もちろんだよ、いちクン』


 質問された、【分解】しますかだとさ。

 イエスだ。刺さっていたそれが急に消えて、ぶしっと血があふれる寸前。


『ヒール!』


 あの詠唱とともに――いつもの回復魔法が発動する。

 効果は言わずもがな、青い光の働きでぽっかり空いた傷は一瞬で消えた。

 エゴールといえば唖然としたままだ、何が起きてるのか理解しきれずにいて。


「ここにいるのはただの裏切者だ。敵の指揮官なんていない、そうだよな?」

『うん。そんな人は見てないよ』

「そういうわけだ、困ったことにどっかに逃げたみたいだ、それかどっかで野垂れ死んだか」


 そいつがそんな表情のままよりかかってるところに手を伸ばす。

 約束通り「ノー」とはいえないまま受け入れて、掴み返されて。

 

「まあ逃げたってことは擲弾兵の勝ちだな? エゴール」


 持ち上げると律儀な男は少しずつ、面白そうに笑い始めた。

 どれだけ笑ったんだろうか、腹の傷も忘れてくつくつと楽し気に震えて。


「ああそうだ。これで侵略は失敗したようだ、あの国もおしまいだな」

「気の毒だな、ウェイストランドはこんなにも面白いのに」

「まったくその通りだ。こんな広い世界を独り占めなんてできるわけがないだろう? 馬鹿げてるよ」


 足元のジンジャーエールを拾って渡してきた。


「お前が誰だか知らないけどちょうどいい、乾杯だ」

「そうだな、乾杯といこうか」


 キャップをむしって二人で乾杯だ。

 こいつの抱えるものと背負うものは様々だが、俺だって負けちゃいない。

 まあ後ろめたい人間同士、今は仲良くやってやろう。


「……やっぱりからいな、こんなのに慣れるのも強さの秘訣なのか?」

「無理に慣れる必要はないさ、自分の好きなものを信じればいい」

「そうか、いや、その通りだな」


 二人で飲み干した。エゴールは少しむせこんでいたが。

 しばらく辛さの余韻に浸っていると。


「――そうだ、君たちの名前は?」


 だいぶ親しんできた相手が尋ねてきた。

 確か前にもそんな質問がされたが、あの時は答えてなかったな。

 ミコと少し顔を見合わせて、俺は答えることにした。


「色々ある。擲弾兵、ストレンジャー、イチ……本当にいろいろだ。でもそうだな、本名なんてどうだ?」

「本名か。それはそそる話題だな」

「じゃあ教えてやるよ。本当の名前は加賀祝夜(かがしゅうや)だ」


 すっかり誰にも呼ばれなくなった名前を教えると、相手は何度か「カガシューヤ」と言い回して。


「いい名前だ。東洋のミステリアスな感じがする」

「ほんとか? 名前の印象がミステリアスだなんて初めてだ」

「いいじゃないか、私は気に入ってしまったよ」

「なら良かった」


 ひどく気に入ってくれたらしい、「覚えておこう」とにっこりしている。

 今度はミコの方を見てその答えを求めたようだが。


『……私はミセリコルデです』


 やっとのこと出てきたその名前に、この男はえらく感心した様子だ。

 そして教えられた言葉をよく噛みしめたように頷いて。


「慈悲を感じる。今のウェイストランドに相応しい……いい名前だ」


 エゴールはスティングの方を見た。

 変わってしまった世界の姿を色濃く映し出す街の姿は、きっとこの男にとって興味深いものかもしれない。 

 けれども諦めたようだ、どこか遠くを見て。


「擲弾兵、君の勝ちだ。やっぱり君は私の憧れていた英雄なのかもしれないな」

「英雄だったらもっとうまくやってると思わないか?」

「少なくとも私を助けてくれたさ」


 コートも脱ぎ捨て帽子もなくなり、身軽なまま荒野に進みだした。

 そのまま見送ろうと思ったが、ふとポケットにあるものを思い出す。


「ほら、持ってけよ」


 呼び止めてそれを放り投げた、その正体は誰かさんに引きちぎられたタグで。


「記念品だ。どうせ俺が持ってても意味はない」


 手のひらの上でそれを読み解くと、エゴールは優しく笑った気がした。


「大事にするよ、ありがとう」

「その代わりもしもヴァローナみたいな馬鹿やったらぶちのめしにいくからな」

「ははっ、私もとうとう恐ろしい知人を持ってしまったな」

「その気持ちで自由にやってくれ、じゃあな」


 それから俺たちに満たされたような顔を見せつけて、静かに去っていく。

 一人の男は荒野に消えた。これでもうスティングには敵なんていない。


「……行くか」

『うん。いこっか』


 肩の短剣を小突いてから、みんなの待つところへと急いだ。



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