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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
221/580

132 邪魔者は消した、先へ進め

ちょっと変更しました(2022年9月1日)

 ぴちゃぴちゃ。

 道路を歩けばいくらでもそんな音が聞こえた。

 潰れた内臓の腐ったような香りの混じる、あの鉄臭さがたちこめている。

 元人間から絞り出された血の海と、動かぬ鉄の棺桶の列が街の外まで逃げるように伸びていた。


「……ふざ、けるな」


 ひとかけらの地獄を再現したようなその場所で、白髪の男が呆然としている。


「ふざけるなッ! こんなことがあってたまるか、私は認めんぞ!」


 バラバラに皆等しく一つの肉塊となった兵士たちの上でそいつは続けた。

 ただし、その周りでご聴講するのは一仕事終えた戦士どもだ。

 そいつのスピーチを妨げるものはいないんだからさぞ幸せに違いない。


「ここまで我々がどれだけ心血を注いできたのか分かるのか!? このスティングを手に入れるために、あの敗北からどれほどの苦労を味わってきたと思っている!?」


 まあ、でも、真面目に聞く奴なんざいないのが今のスティングだ。

 串刺しになった車にもたれかかり、必死に何かを伝える先にいるのは死体を漁る亜人どもで。


「こいつら兵士の癖にけっこう持ってやがんな。へへ、全部俺のもんだ」

「ダメだ、街の奴らにも回してやんねえと親父殿に怒られちまうぞ」

「少しぐらいいいだろ? 俺がカジノでどれだけの損害を被ったか忘れたか?」

「誰がどう見てもあれはお前の自己責任だ、今日は観念してスった分は他所で稼ごうぜ」

「へいへい、今日のところはな。だが諦めねえぞ、いつかカジノで取り返してやる。今度こそジャックポットだ」

「こっちの世界は恐ろしいぜ、この馬鹿を賭博中毒にさせやがって。それよりさっさと死体運ぶぞ、早くしねえと腐って大変だ」


 灰色オークがおおむね人としか形容できない残骸からチップをはぎとる。

 用済みになった死体をせっせと街の外へ運ぶその姿に遮られながらも。


「――シド! また貴様らが現れようものなら必ず息の根を止めてやると、あの時私は誓った!」


 片手も片足も失ってなお口の強い老人のそばで、シド将軍はただ黙っていた。

 シエラ部隊は無人の戦車の上で装備を整えつつ思い思いに過ごしてる。

 時折カーペンター伍長が鼻で笑ったり、言葉に合わせてひょうきんな身振り手振りをするせいで台無しだ。


「――ホームガードども! つぎ我々を妨げることがあろうものなら、あの時のように戦場で蹂躙してやると決意した!」


 一方でホームガードの軍曹は背筋を伸ばして聞き入っているようだ。

 チャールトン少佐も部下に合わせてスピーチに付き合ってるが、心を動かされてる様子は何一つない。


「――エンフォーサー! 鬱陶しいお前たちにどれだけ邪魔をされたか一時たりとも忘れたことはない、このゴキブリどもめ!」


 少し離れた場所でオチキス隊長は腕を組んでいた。

 呆れて聞き入るその姿の隣ではハヴォックがつまらなさそうにしていて。


「――シャープシューター! もしお前とまみえる時が再びあろうものなら、お前も大切な仲間も、手足を切り落とし生きたまま家畜として生き長らえさせてやろうと決めた!」


 その真正面に立つボスには言葉なんてものは届いていなかった。

 タバコの味の方が大切らしく、退屈さのあまり煙を一服していた。

 付き合わされたツーショットはくたばった外骨格を椅子にして、ヴァローナの言葉をまずそうに味わってる。


「だというのに、だというのになんだこれは? こんなの戦争なんかじゃない」


 そして血の海の上、黙って聞いてたストレンジャーにその顔が向いた。

 世紀末世界らしい強い顔は幾分損なわれていて、ぼさぼさな白髪は老人の落ちぶれた姿に拍車をかけていたところだ。


「兵を集い、武器を集め、裏で根を回し、積年の恨みが集うこのスティングまで軍を率いるのに我々がどれだけのものを費やしたと思っている!?」


 このヴァローナとか言うやつにはかなり腹が立ってたが、今やクソみたいなお気持ち表明マシンだ。

 おかげで集中が切れてどっと疲れてきた、腹だって減ってくる。

 考えてみれば日の出からずっとこいつらと戦ってたのか。


「これは戦争だ! 我が祖国は必ずやウェイストランドを統一する、このスティング・シティも我々のものになるはずだったというのに、お前は――」


 すっかりみすぼらしい顔になった男が真っ赤な顔で見上げてくる。

 失った右手も震えてどこまでも終わらぬ怒りが延々と吐き出されてるところだが、ロアベアがそっと近づいてきた。

 トルティーヤチップスの袋だ、空気も読まずに気を使ってくれたらしい。


「認めんぞ、私はこんなの認めんぞ! この化け物め! お前みたいな化け物一匹が、こんな地獄の底から出てきたような異形の化け物たちが、戦争を覆すだと!?」


 開封した、150年もののジャンクフード特有のスパイシーな香りがする。


「我が祖国の大義を――私の積み重ねた時間をよくも嘲笑ったな、擲弾兵!」


 そこまで言われて一通り話が終わったようだ。

 恨みつらみと真っ赤な顔は罵詈雑言をもって俺の言葉を待ってるが。


「――いや知らんからそんなの」


 目の前で堂々とバリバリ食らった。これが俺の答えだ。

 おそらくウェイストランド人として最低最悪のお返事に、ヴァローナは顔も喉も引きつらせてぷるぷるし始め。


「お、お前……は、話を……私の話を、聞いていたのか……!?」

「お前の言う通り俺に大義なんてもんはない、なんたって模造品だからな。お前がどんなお気持ち表明しようが知ったことか」


 これみよがしに二口目、バリバリ音に顔色がトマトに親しくなっていく。

 周りの反応はいろいろだ。ボスは諦めたように笑ってるし、シド将軍は「なにやってんだあいつ」だし、ホームガードあたりは「なんてことを」だ。

 それでも、ヒドラだとかブラックガンズの愉快な連中は面白がってるんだ、十分な答えだと思う。


「まあせいぜい腕と足一本ずつで残った人生を楽しんでくれ、もういいか?」


 残ったチップスを口に流し込んでかみ砕いた。

 頬いっぱいにむしゃむしゃしてるとヴァローナは全身をひくひくさせ。


「――き、きさ、きさっっ貴様あぁぁぁぁぁッ!」


 ずたずたになったコートの中から何かを抜く、構えてきた。

 黒い仕上がりの自動拳銃だ。狙いは俺の頭、それならこうしてやる。

 袋を捨てて銃口の先で手を広げ。


*Bababababam!*


 至近距離で何発も叩き込まれた。ところがぶち抜かれることはない。

 肉も骨もぶち抜かれることなく、ただ手のひらに温かさとわずかな衝撃が伝わるのみ。

 アラクネ製のコンバットグローブが働いてくれた、全弾受け止めた。

 鉛玉がぽろぽろ落ちると、ヴァローナは「ひぃっ」とようやくそれらしい声を上げて。


「あっ、あああああっ!? どうなってるんだ、一体なんなんだお前は……!?」


 残弾の行く先を求めて銃身をあちこちに向けるが、そこへかひゅっと風切り音。


「――ぎっっ!? うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ……!? 手がぁぁぁ……!」


 銃弾のゴール地点がボスかシドか悩んだところに、その手がぶち抜かれた。

 小さな矢だった。鋭い刃が束なった矢じりが手のひらを貫通している。


「お前があの軍の指揮官とやらか」


 そこにクリューサの声が混じる。

 周囲のギャラリーからあの白衣姿が褐色肌のエルフもろとも出てきて。


「おっ……お前は……なんだ……誰……ああっ……?」


 ヴァローナがふらふらと倒れる、顔だけはその二人に向いたままに。

 あれだけ強張っていた身体が骨を抜かれたように脱力している、もしかしてこのお医者様は。


「医者からの忠告だが、お前はもうはいずり回ることしかできない。いいか良く聞け」


 きっと毒か何か仕込ませたに違いない、褐色エルフがハンドクロスボウを突き付けるそばでクリューサが尋ねる。


「手短に質問しよう、人食いカルトどもを唆したのは貴様か?」


 たったそれだけの問いかけだった。

 ヴァローナはわずかな頭の動きと目の動きだけで、質問者を睨みつつ。


「……お前は、なっなっ何者だっ? あの役立たずどものっ、なっ仲間か」


 ろれつの回らない舌回りでどうにかそう伝えた。

 果たしてそれが元メドゥーサ教団の男にとって必要な答えだったかは誰にも分からないが。


「我らが母を死に至らしめた者がどれほどの者かと思えば、こんな些末な男だったとはな」


 白衣姿に背を向けさせるだけに足りるものだったらしく、つまらなさそうに離れていく。


「いいのか、クリューサ」

「いいんだ。もはや目も合わせる価値もない、時間を無駄にするだけだ」


 そう吐き捨てられてライヒランドの指揮官から絶望の色は濃くなる。

 あいつに代わって、俺は足元に転げ落ちた拳銃を拾って。


「聞いたか? お医者様の診断結果は「手遅れ」だとさ、お前の余命は僅かだ」


 俺は三連散弾銃を抜いた。

 人混みの中で一瞬、去る途中のクリューサが頷いたような気がした。


「……うっ、うあああ……っ、お前、お前は……」

「俺か? 自己紹介がまだだったな、誰かさんの言う通り擲弾兵の模造品、ヒーローごっこを楽しむ馬鹿みたいなストレンジャーだ」


 銃口を頭にポイント、倒れ伏すヴァローナがずりずり逃げる。


「シッ……シドォォォォ……!」


 近づいた、まともに動けないヴァローナの身体が芋虫の如く血の海を這う。

 血も肉も踏みつぶしながら更に迫ると、もうない右手がシド将軍の方を探り。


「降参だ! 降参する! 頼む、助けてくれ!」


 力ない腕の動きもあわせてそう乞い始める。

 それはあまりにいきなりすぎた、シド将軍もまさかそんなことを言われるのかと思ってもなかった顔だ。

 しかし何も口にしない。レンジャーたちも見守るだけだ。


「何をしてる! 降参すると言っているだろう!? 頼む、頼むから助けてくれ! いやお前たちなら殺されたっていい――」


 薬の影響なんだろうか、口にすることが支離滅裂になってきた。


「嫌だ、嫌だ! こんな、こんなやつに殺されるなんて! それだけは嫌だ!」


 白髪の老人はどこにいったんだろう?

 まるで絶望のどん底に追い詰められた子供みたいにもがいていて。


「シャープシューター!  こいつは化け物だ! 何も気づかないのか!? 分かったぞ、こいつは人間じゃない! 人のガワをかぶった化け物だ!」


 ボスにすら何かを求めるが、本人の顔は怒りすらにじみ出る真顔もどきだ。

 それなのにこの男は続ける。


「お前たち、何も思わないのか!? これだけ数え切れぬほど人を殺して、どうしてこうも平然としていられるんだこの男は!?」


 周りに求めたところで同情すら湧いていないようだ。

 更に近づくと、こっちを見上げたままずずずっとあとずさり。


「ウェイストランドの英雄!? 擲弾兵!? そんな生易しいものなんかじゃないだろう!? 自分の手で一体何人殺してきた、何両もの車両を破壊してきた!? お前は死をもたらす悪魔かなにかだ!」

「ライヒランドじゃそういう命乞いの仕方が流行ってるのか?」


 追い詰めた。巨大な矢の刺さる装甲車の前で、仰向けに転び倒れる。


「お前はっ、お前はあと何人殺すつもりだ……化け物め!」

「いっぱいだ、ついでに一人確実に死ぬ」


 問われたので答えた。相手の顔がますます青ざめていく。

 俺はこれからも山ほど殺すだろうし、こいつもそのうちの一人になる。


「ヴァローナ、お前から受けたことは何一つ忘れていないし、一度ぶち殺すと決めたんだ。その通りにしてやる」


 誰かさんの遺品をしっかり構えた。

 トリガを引けばお前の脳天は散弾の洗礼で吹き飛ぶ。

 お前を殺したってアルゴ爺さんを死なせてしまった原因は俺の中から消えることはないだろう。

 だが、今からお前の頭をあの人への手向けにすることぐらいはできるんだぞ。


「はっ、ははっ、そうか、そうだったか」


 これ以上喋れないように機会をうかがってると、そいつは勝手に納得し始めた。


「お前は悪魔だな? そうだろうな、エゴールの奴に何かを吹き込んだのもお前だな!? お前が奴をそそのかしたんだな!?」

「エゴールっていうとあの変態野郎か?」

「そうだ、そうか、擲弾兵お前はあいつに何かを囁いたんだなそうだそうでなければあいつが裏切ることだって」


 気になることが出てきた、人の腹に相棒を飾ってくれたクソ野郎二号だ。

 まあいい、あいつが実は裏切りものだったとしても今はどうでもいい。


「ヴァローナ、世話になったな」


 見上げようと必死にもがく頭を踏みつぶした。

 口元にアルゴ神父の散弾銃を添えて。潰れた声が助けを求める。


「お前の言う通りだ、俺はヒーローにはなれない化け物だし、粗悪な模造品だし、お前みたいに大層立派な欲も大義もない」

「んんお……!? は、ははふぇ……! ふぃふぉ! ひゃーふふーふぁー!」


 残った手がシド将軍とボスに向けられた、構わないで踏みつぶす。

 必死に生き延びようとする口からぐぱっと銃口が外れる、しぶといやつだ。


「待てッ! わ、私を殺せばどうなると思うんだ!? ライヒランドが消えたら、南からいろいろな奴が押し寄せてくるんだぞ!? 誰がそいつらを防ぐつもりだ!?」

「知ったことか」

「ば、馬鹿が! やめろ、助けてくれ……! お前みたいな何の思想ももたない人間が、崇高なる祖国の大義を背負う人間を殺めていいとでも」


 こいつはまだまだ殺されるのに納得できないらしい。

 このままライヒランドらしい口上を述べさせて殺すのもありだが、それならもっと受け入れられる死を与えてやる。


「――ボス」


 口元に散弾銃を添えたまま、俺はどこかに助けを求めた。

 呼ばれた本人はというと「やれやれ」とばかりに思い腰を上げていて。


「なんだい、あんた一人じゃ荷が重かったかい?」

「すみません、俺もまだまだ新兵みたいですね」

「私から見てもせいぜい二等兵ぐらいだよ」


 ストレンジャーのお願いを聞いてくれたらしく、ボスが背中にくっついた。

 老人の、まして女性とは思えぬ鋼みたいな身体が、外骨格みたいにまとわりつくと。


「――いいんだね? こいつはあんたの獲物だが」

「まあ仕方がないと思います。お互い納得するにはこれしかないみたいなんで」

「そうさね、私の悲願の一つだ。人生でやりたいことリストの上位にぶっこんであったよ」


 そんな人間の片手が、散弾銃を握る手を支えてくれた。

 散弾を二発、45-75の弾を一発ぶちかませるこの銃に二人分の――いや、三人分の力が集まってる。

 その上で、向かう先はライヒランドの些末な男の顔面だ。


「…………あっ、待っ、待って、やめてくれッ! 悪かった、死にたくない、分かった私もライヒランドなんて捨ててやる!」

「二人で仲良く半分こといこうじゃないか、ストレンジャー」

「もしかしたら三人かもしれませんね」

「……はっ、そうだったね。だとしたらいい手向けになるだろうさ」

「そのつもりで呼びましたから、どうか付き合ってください」

「ほんとあんたは律儀なやつだね、大馬鹿もん」

「それくらいしか取り柄がないみたいですからね、大事にします」

「――――やめろッ! 私にはまだ輝かしい人生が、残っているというのにッ」


 命乞いに向けて、三人でトリガを引いた。


*BAAAAAAAAAAM!*


 12ゲージの散弾に祝福された顔面がきれいになくなった。

 そんな威力があったのか、とばかりに首から上が吹き飛んでいる。

 二度と残りの人生を進めなくなった誰かの首無し死体に【LEVELUP!】と通知が重なって、ようやく終わりが告げられた。


「……わがまま言ってすみません、ボス」

「いいさ、あんたのおかげでせいせいした。それにこれであんたの旅が続けられるんだ、いいことづくめだろう?」

「そうですね。じゃあそろそろ行ってもいいですか?」

「さっさと行きな。まあできれば出発の挨拶ぐらいしとくんだよ」

「了解、ボス」


 まだ硝煙がまとわりつく得物を戻して、俺は用済みになったヴァローナから離れた。

 するとボスは思想も魂も抜けた身体をごそごそ探って。


「忘れもんだよストレンジャー、受け取りな」


 何かを投げ渡してきた。

 千切れたタグだ、誰かの血で汚れてるが名前は【ストレンジャー】らしい。

 おかえり俺。こいつの生首は天国で鑑賞中のアルゴ神父にでもくれてやるさ。


「……これでヴァローナの奴が死んだのか。長かったが、実に妙な最期だったな」


 死体を後にその場を離れようとすると、シド将軍がそう言っていた。

 俺に気づくと……まるで「ありがとう」とでもいいそうな口ぶりだった。

 首を横に振ってやめさせた。


「邪魔者が片付いたからそろそろ行く。迷惑かけたな、シド将軍」

「迷惑などかけられてはいないさ。むしろ人生に良い経験がまた一つできた、お礼を言いたいぐらいだ」

「礼があるなら他に回してくれ、それでいい」

「そうか。了解した、他の誰かに回すとしよう」


 シド・レンジャーズに一つお願いしてから、人混みをかき分けた。

 ニクもロアベアもノルベルトも黙ってついてきてくれた、ここにきていい仲間に恵まれたもんだな、俺も。


「宿に帰って荷物取りに行くぞ、さっさと出発だ」

『……うん。やっと、進めるんだね』

「ああ、やっとだ」

「……ん。どこまでもご一緒するよ、ご主人」

「どこまでもついてきてくれ相棒」

「出発前に世話になった者たちに一声かけてからにするぞ、良き戦いだったなぁ?」

「当り前だ、まずはママからだな」

「アヒヒヒッ、うちもついてくんでよろしくっすよ?」

「お前のおかげで退屈とは無縁になりそうだな。ちなみに今のは皮肉入りだ」


 俺たちはぞろぞろ進んだ。

 後ろがまた騒がしくなるのを感じてると、ちょうど行く先でローブ姿があった。


「おお、生きて戻ったか」


 ヴァナル爺さんがそこにいた。

 こそこそとした仕草が残ってる、きっと陰で見てたんだろう。

 最初は俺が戻ってきて喜んでたものの、しばらく眺めていると何とも微妙な表情をされた。

 「どうしたんだ」の一声は必要ない。見れば、貰ったアーマーがぼろぼろだったからだ。


「……ああ、こいつのおかげでな。ごめん、ぼろぼろにしちゃったけど」


 取り外してみてみると、それはもう悲惨だ。

 散弾を受け止めてどうにかとどめた穴だらけの姿に、爆発や破片から護り切った証拠に焼き焦げ砕けた有様。

 これを擲弾兵のシンボルとして訴えるにはだいぶ難しい話だと思う。


「……そうか、戦ってくれたのだな」


 身に着けていたものを一つずつ返した。

 そんな黒い装甲を見て、相手は満足したような、悲しいような、複雑な表情だった。

 けれども流石ヴァナル爺さんだ、少し無理矢理にそんな様子を押し殺して。


「――ほほっ、これで博物館に展示する品が増えたな! 擲弾兵の戦いのあかしとして飾ろうではないか!」


 それでもやっぱり無理の混じった元気を見せて、頷いてくれた。

 いいや、言わなくたって分かるよ、そいつの持ち主は確かに戦友になってくれたから。


「ああ、せいぜいそいつで稼ぐといい」

「もちろんだ、お若いの。これは擲弾兵の勇敢な姿そのものだ、さぞ物珍しいだろうさ」


 胡散臭い博物館の主は新しい展示物を手に入れた、満足そうだ。

 そんな姿から別れる寸前、「ありがとな」と聞こえたような気がした。

 きっと届いてるか分からないが「ああ」とだけ返した。


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