123 最後の擲弾兵
あれやこれやと過ごしていたらもう夕方だ。
街中は車両が絶えず行き交い、南部に物資が運ばれていくのが伺えた。
聞けば郊外に幾つか前線基地を設けてるようで、そこにドワーフたちが魔改造した戦車が留まり本軍を迎え撃つらしい。
食品工場も拠点として改修され、そこから離れた場所に砲兵陣地も構築された。
敵はどう突っ込んでくるか?
街の横から南東へ走るクロラド川をなぞる道のり、南部から橋まで伸びる公道、その二つを軸にするはずだと言われている。
街の南部に誘い込むように、ライヒランド本軍に向けた陣地が待ち構えている状態だ。
万が一遠回りして回り込んできたときもに備えて、南東側に掩蔽した戦車やらが待ち伏せしてるらしい。
もしも攻撃を諦めたら? もしも矛先が俺たちじゃなくなったら?
その時は後ろから襲い掛かりに行く。それだけだ。
街のあらゆる誰かが、近づきつつある一つの敵に意識を集中し始めてる中。
「ボスに将軍殿、いい知らせだ。北部レンジャーが素敵な贈り物をしてくれた」
地図をじっと眺めていたボスとシド将軍に、ツーショットがやってきた。
「なんだい、あいつらだけで全軍ぶちのめしてくれたのか?」
「ジータ部隊の連中がやってくれたようだな。結果はどうなんだ?」
「速達で届けさせたブツで狙撃しまくったらしい。長距離砲を全部潰した」
「そんなバカげたことできるのは私とあいつぐらいだね」
「そうか、やってくれたか。君の教え子は相変わらず人を辞めているな、ジニー」
「ただそろそろ戦闘を維持するだけの食糧やら水やらが不足してるそうだ、これ以上の行動は無理があるって言ってたぜ」
「くそっ、陸路が通じてりゃいくらでも飯も水も送ってやるんだがね」
「北部はまだ世界の変化にまだついていけていないと聞いたからな。奴らさえいなければ、あちらにも十分な水や食料を提供させられるのに……」
「今できないことを考えたって仕方がないさ、お二人さん。とにかくこれで向こうの士気はだいぶくじけたんだ、今はそっちを喜ぼうぜ」
そんな様子の傍らでマカロニアンドチーズを食っていた俺は、ちょっと気になってテーブルを見に行く。
地図の上では防御線が作られ、橋の向こうの存在に構えてるところだ。
そしてたった今、そこから脅威となりえる砲のマークがかき消された。
「それと報告だ、邪魔しに行ったついでに敵の規模を確認したらしいんだが」
三人の話を聞いていると、もっと深刻な話題も出てきた。
悪い報告は聞きたくなさそうな二人に、ツーショットは地図に指を添えつつ。
「目視する限り、装甲車両の乗組員、輸送車両の定員含めて……2000は超えているいるそうだ」
2000。
地図上ではあまり想像は働かないが、戦車やらを運用して更にしっかりと武装した連中がそれだけいると考えると――
「やつら本気だね。後先考えてない数だ」
「ああ、補給なども考えずに一斉に来るつもりだろう。昔ながらのやり方でな」
「やっぱり後がないんだろうな、こいつら。報告によれば逐次戦力をかき集めて,ようやくまとまったところらしいぜ」
「ということは今更引く気も、帰るための用意もさせてもらってないんだろうね」
「そうなると間もなく進軍が始まるところだな。これだけ出鼻をくじかれたんだ、得意の搦め手も使えず自暴自棄に突っ込んでくることを願おう」
三人の会話から、タイミング的に『2000』が突っ込んでくるとのことだ。
さすがというか、テーブルを囲う連中はさほど焦ってもいないが。
「――ということで聞いたかい、野郎ども。良いニュースは長距離砲を台無しにした、悪いニュースはこれからお客さんがぞろぞろやって来る。全員、今から戦闘に備えておきな」
それどころか落ち着いたご様子でボスがそう言い触れて、周りの連中は程よく適当に応じてくれた様子だ。
「おっ、ついにあいつら来ちまうんですかボス」
「ちょうどいいの! たった今あんたへのプレゼントができたぞ!」
周りがまた動きを変える中、そこに宿屋へずっしりと重さが入ってくる。
ヒドラとドワーフが二人がかりで何かこう――「携帯する大砲」みたいな恐ろしい姿を運んできて。
「……で、あんたらは一体私に何をさせようっていうんだい?」
それがどすんと床に立てられると、ボスはその銃口を見上げた。
人間の平均的な身長をゆうに超える銃がそこにある。
光の反射を防ぐように妖しく黒色に染められた姿はまさしく小銃なのだが、問題はスケールだ。
大きなマズルブレーキと極太の銃身が延々と長く突きでて、冷却用の穴がぼつぼつと開き、途中のピストルグリップがどうにか武器だと説明している
肩に当てるための銃床にはバネやらパッドやらがとんでもない反動の行く先を示していて、不吉さすらある。
「できたぜ、ドワーフの爺さんたちと作った"対戦車"二十ミリ小銃っすよボス」
「ギリギリの重量ということで弾倉式ではなく薬室に一発ずつ込める仕組みになったんじゃが、こいつやべーぞ。聖剣でコーティングした二十ミリ砲弾をぶっ放すんじゃ」
「さっき試し撃ちしたんすけど、まじすげえ。90ミリぐらいあった正面装甲ぶち抜いたんすよ……」
「こいつだったら冗談抜きで竜も殺せるな!」
ノルベルトあたりが手にしてようやく扱えそうなそれを見て。
「そうかい、つまりあんたは老体に鞭打って死ぬ気でこいつをぶっ放せっていうのかい?」
「時々思うんだがジニー、君の周りには常人離れした発想をして、それを押し付けるような人材しかいないのはなぜなんだ?」
ボスは試しに受け取った。屈強なご老体には無理かなと思ったがそうでもない。
どうにか持てることをアピールすると、かがんでテーブルに乗せて。
「……だが、こいつはいいつくりだね。見た目も重さも最悪だが、身体にまっすぐと馴染むような構えだ。見事だとしか言いようがないよ」
「ウェイストランドに出回ってる手製の対戦車ライフルなら幾度も見たが、これほどとなるともはや砲だ。君の手で扱えるのか?」
「反動で上半身がぶっ壊れるっていうならお断りだがね、こいつで敵を撃ったら楽しそうじゃないかい」
「心配せんでいいぞ、衝撃を緩和するように防御魔法のエンチャントしといたぞ」
「また訳の分からん事言いやがって、このクソジジイ。で、私にこんなもん持たせてなんのつもりだいあんたら」
テーブルに乗せられた青い二十ミリ砲弾も見て、ドン引きするシド将軍はさておき、ボスは呆れていた。
そんな先にいる――ここのところずっとヒドラとつるんでるドワーフは。
「……いやあ、最近思うんじゃがなあ。わしも"ぷれっぱーず"の一員として認めてもらいたいなーなんて、なんか楽しそうじゃし」
この世に恐ろしいものを生み出した顔つきのままもじもじしている。
「ボス、このじいちゃんマジでうちらの一員にしたほうがいいっすよ。こいつ一人だけでファクトリーの技術力に匹敵するようなもんだし」
ヒドラも入ってくれたようだが、このドワーフの爺さんは本気で俺たちの仲間入りを果たしたいらしい。
「くそっ、安易に他所のモンを入れるべきじゃなかったと思うよ。で、あんたに「どうしてうちに?」なんて言わんが、フランメリアとやらに帰る場所があるんじゃないのかい?」
「それなんじゃがの、別に向こう帰っても暇じゃし~?」
「ずっと暇持て余してっからこっちに永住したいってことっすよボス」
「そゆこと! あっちって平和になりすぎて停滞しとるから、是非ともこっちの乱世で暮らしたいんじゃが……だめ?」
この構図はあれだ、拾ってきた犬を「飼っていい?」ってねだるやつだ。
ボスにそれだけの迷いをもたらすのは確かだ、隣のシド将軍に「どうすればいいんだい」と顔をしかめるほどで。
「やっぱり向こうに帰りたいだなんて言われても知ったことか、の一言しか返せないがそれでもいいんだね?」
「こっちでいずれ事業立ち上げるぐらいの気概でおるし大丈夫じゃよ」
「また変なのが増えちまったね。ヒドラ、その洞窟の奥で宝石掘ってそうなジジィはあんたが面倒を見るんだよ」
「やったな爺ちゃん!」
「よっしゃぁ! 輝かしい未来の第一歩が始まったな!」
プレッパーズにまた珍妙なメンバーがものすごくいやいやに増えた。
そんな様子を間近で見ていたシド将軍は――さぞ面白かったんだろう。
「はは、ははははっ。そうか、ジニー、君もずいぶんと……」
周りの邪魔にならない程度に控えめに、けれど腹の底から確かに笑っていた。
「なんだいシド、言いたいことはここが戦場になる前に話しときな」
「いや、人はいつまでも変わるものなのだなと思っただけだ。あれほど恐れられた伝説の狙撃手が、こうも振り回されるほど世の中は面白おかしく変わったのだな」
「あのネイティブアメリカンもどきの姉弟たちを拾ってから路線は狂ったが、そこのストレンジャーとかいうやつのせいが大体の元凶だよ」
とうとうご指名された。俺は手にしていた皿を持ちながら。
「なんかいろいろと迷惑かけてすいません」
『いちクン、こういう時ぐらい食べながらはやめよう……!?』
「とりあえずあんたは物食いながら人の話に立ち会うのやめろ、ぶち殺すぞ」
「ごふぇんふぁふぁい」
『いちクン!? なんであえてそこで食べちゃうの!?』
今までさんざん迷惑をかけてきたボスに謝った。食べながら。
カウンターでばしっと頭を叩かれた。勢いはないが呆れが籠ってる。
果たしてその光景のどこが面白かったのか謎だが、シド将軍は笑いを深めて。
「君はどうも周りにいろいろなものをもたらしているみたいだな。なるほど、確かに皆が一目置く存在なわけだ」
屈強なレンジャーのリーダーとは思えない、親しみ深い言葉を向けてきた。
まあ、俺がもたらしたものはその言葉通り良くも悪くもいろいろなのだが。
「ウェイストランドにご迷惑をおかけしてるっていったほうがいいかもな」
「そういうな、ストレンジャー。このような事態になったのは残念だが、しかし世の中は良き物へと変わりつつある。君の旅路がこの世を変えてくれたと信じてるよ」
「ならもっといい世の中になれるようせいぜい頑張ろう」
「私は少なくとも君のことを高く評価しているさ。少なくとも、まだ君にレンジャーに入隊してもらいたいと思うぐらいにはね」
そしてついに、レンジャーの将軍から直々に勧誘をされてしまった。
とはいえ向こうも事情は分かってるようだ。冗談だろうが、それにしてもまだ未練がましさも感じる。
「じゃあいつか入れてくれ、兼業でもいいんだろ?」
カウンターに皿を戻しながら俺は返した。
予想外だったのか一瞬戸惑ったが、シド将軍は頷いて。
「ああ、もちろんだ。その時は入隊試験を受けてもらうが構わないな?」
「面接なら得意だぞ、うんざりするぐらいやったからな」
「我々は正規の軍とは異なるんだ、そこまではしないが簡単じゃないぞ?」
「今の状況とどっちが簡単だ?」
「ライヒランドの侵攻が楽に感じるほどさ」
「なら大丈夫だな、その時まで待っててくれ。履歴書も持ってくる」
もしも、そうだな。本当に何かがあってまたここに来た時があるとしよう。
その時俺はどうなってるかは分からないが、レンジャーとして働いてみよう。
いろいろと世話になってるし、一緒にこの世界の為に働くのも悪くない。
「ありがとう。我々レンジャーは君のことをいつでも歓迎しよう」
本当に嬉しかったのか、シド将軍は信頼のある笑顔だ。
あのシエラ部隊の面々が本当にこの人から生じたのかと思うほどに。
「あ、ストレンジャーさん? ちょっといいかしら?」
「ごちそうさま」を言いに行こうとすると、ママに呼ばれた。
「どうしたママ」
「ごめんなさいね、お暇してるならお願いしたいことがあるのだけど、いいかい?」
「実に暇してたところだ。なんでもいってくれ」
マカロニアンドチーズを食らうほどもてあましてる俺に仕事があるらしい。
ママは調理場から平たく、けれど深みのある紙箱を持ってきて。
「なんだかこれから物騒になりそうだからね、私の知り合いにご飯を届けてほしいのだけど」
そういって渡された。結構ずっしりしてて、すごくいいにおいがする。
すぐそばにいるニクがうっすらよだれを出すぐらいには。拭いてやった。
「お弁当の配達か、任せてくれ」
「良かったわ。できれば熱いうちに届けてくれないかしら?」
「誰に届ければいいんだ?」
「ここから少し北の線路沿いにいるヴァナルっていうおじいちゃんなんだけど」
紙箱に"ママのスペシャルミール"と銘打たれた品を見てると、その言葉と一緒に張られたメモの内容も突き刺さる。
【ヴァナルおじいちゃんへ、今日はあなたの大好きなサヤインゲンと桃のコブラーを入れておきました。あまりへんなことはしないでくださいね】
ヴァナル。ああ、そうだ、誰かさんのせいでヴ抜きになったお爺ちゃんだ。
『……いちクン、ヴァナルさんってもしかして』
「あら短剣さん、もしかして知ってるの?」
「あーいやまあ知り合いだ、なあ?」
『う、うん……知り合いです……』
「しばらく来てくれなくて心配だったの、ヴァナルおじいちゃんに届けてちょうだい。ついでに様子を見てきてくれると助かるんだけど」
「了解ママ、今すぐ行ってくる」
まさかこんな形でまた行くことになるとは。
夜が来る前にさっさと運んでしまおう。弁当箱を手に宿を飛び出した。
◇
熱々の紙箱を手にあの時の道をたどると、ヴァナルの博物館があった。
目玉商品もなくなったせいか、それとも元々か、ヴォイド抜きのまま営業してる気配はなく。
「――おっ、お前は!? 何をしに来た、この疫病神め!」
ベンチに腰掛けて暇そうにしてたおじいちゃんが威嚇してきた。
疫病神たりえることをした俺は、申し訳なさが分かるように控えめに。
「ごめんアナルおじいちゃん、ママからごはんの配達に来ました……」
『いちクン!? だからなんて呼び方してるの!? ちゃんと呼ぼうよ失礼だよ!?』
「……あのときの胡散臭い人だ」
『ニクちゃんも今はそんな事言っちゃだめだよ!?』
いまだに胡散臭い爺さんは俺やら犬ッ娘やら喋る短剣を見て訝しみつつ。
「そうか、しばらくママのところへ行っていなかったな」
ヴァナル(ヴォイド抜き)じいちゃんは大人しく受け取ってくれた。
その一瞬、どこか視線に違和感を感じたのは『感覚』のせいだろうか。
「ママが心配してて見て来いって言われて持ってきたんだ。熱いうちにどうぞ」
「ふむ、そうか。街がこうなってたからな、それに妙な連中がたむろして中々行けなかったんだ」
しかし、少し態度が和らいだような気がする。
弁当箱を開けるとママの手料理のとてつもなくいい香りがした。
炙り焼きの肉、ベイクドポテト、さやいんげんやらが入ったセットだ。
「ファンタジーな連中のことか? 別に悪い奴らじゃないぞ」
「それは見て分かるぞ。この前の我が博物館の前にレイダー共の死体の山を築き上げていったからな、おかげさまで儲け……いや迷惑したもんだ」
「そりゃ大変だったな。それと侵略者の所有物は早い物勝ちだってさ」
「ほお、そうだったか。じゃあ儂はいっぱい儲けたわけだな」
あれからどうなったのかは記憶の片隅にあったが、うまくやってたらしい。
現にヴァナル爺さんは紙箱いっぱいのそれを美味しそうにかみしめている。
物欲しそうに「じーっ」とするニクを遮って。
「えーと、その、悪かったな。営業妨害して」
どっかの魔物の肉をかみしめる相手に謝っておいた。謝れるうちにだ。
生首を展示すると所業はどうかと思うが、本人は許してるしいいとしよう。
しかしまさか謝られるなんて思わなかった、みたいな顔が返ってきて。
「構わんぞお若いの。私だってなりふり構っていなかったのが悪かった」
顔をあわせないままにもぐもぐした。
良く食べるな、と思った。だけどよく感じ取ってみると違和感がある。
何かこう、目線をあわせたくないような。向き合いたくないような。後ろめたさを感じる。
果たしてそれは生首展示事件に関することなのかと気にはなるが。
『……あの、ちょっといいですか?』
隣で静かに食事をするヴァナル爺さんに、ミコが言葉をかけた。
喋る短剣に一瞬驚きはしたが、その呼びかけよりも深いものがあるんだろう。
「どうしたんだい、お嬢さん」
また目を反らされた。
ミコの声に驚かないとなると、やはり何かがあるなと思った。
『えっと、お食事中ごめんなさい、ヴァナルさん。気になったことがあるんですけど』
「気になってた? 何がだ?」
『……さっきからずっと、顔をそらしててどうしたのかなって』
何気ない疑問だったんだろうが、それでも黙々と食事を食らう。
しかし変化はあった。少し顔を持ち上げて。
「――お前さん、擲弾兵か?」
フォークの手を止めながらこっちを見てきた。
あの時の胡散臭い顔つきの代わりに、一体どうして真面目なものがあった。
ボスとかシド将軍にも似た、よくこの世界を生きてきた強い人間のそれだ。
「もどきさ。色々呼ばれてる」
「ではその格好はどうした?」
「これはシェルターの衣装だ。爆破されたほうのな」
ダークグレーをくいくいして見せると、相手は「そうか」とまた口にして。
「グレイブランドから手ほどきを受けたあの連中のことか」
最後の一口を食べ終えたようだ。満足してるのか、肩の力を抜いている。
「俺も詳しくは知らないんだけどな。グレイブランドとやらに憧れてて、真似したってのは分かる」
「そんなことをいうな、もはや真似などではないさ。お前さんはもう立派に擲弾兵の一人だ」
その様子をじっと見てると、ヴァナル爺さんは見つめ返してきた。
不思議だった。親しい人間のような、そんな感覚がする。
決していい印象がないのは確かだが、それを上回る何かがあるというか。
「俺ってそんなに擲弾兵なのか?」
「ためらいもなく戦車に乗り込んで手榴弾を放り込む姿など、まさしく擲弾兵そのものだよ」
「見てたのかあんた」
「あれだけ馬鹿騒ぎをしていれば嫌でも目につくだろう?」
ここまで話してやっと、ヴァナル爺さんはにっと笑った。
少しこの人に興味がわいてきた。そんなところで俺の姿を確かめだして。
「お前、歳は?」
「二十一だ」
「最後の擲弾兵がまさか二十一とはな」
「擲弾兵の平均年齢について聞いたほうがいいか?」
「平均で四十ほどさ。長く闘い続けた熟練した者たちばかりだったからな」
「ずいぶん詳しいんだな」
そうやって続いていた会話が急に止まる。
視線を床に落とし始めた。何か思い出すような、悩むようなしぐさだ。
「――お前さん、擲弾兵と呼ばれてどう思った?」
その状態から出てきた質問だって人を悩ませるに十分すぎるとは思うが。
「どう、って?」
「難しく考えるな、お若いの。気持ちがいいとか、格好がいいとか、好きじゃないとか、いろいろあるだろう? 今の気持ちを教えてくれないか」
「別に擲弾兵のことなんてそんなに知らないからな、なんともいえない」
「そうか」
「でも」
「でも?」
「呼ばれてなんだか誇らしいよ。今はもういないらしいけど、一緒に戦ってる気がする」
振り返ると今ままでの旅路の中にも擲弾兵がいた。
レイダーからカルトまで戦った俺の姿にはそいつらがいるんだろう。
このジャンプスーツを着てる限りは。
「色々聞いたよ、スティングの為にくたばったとか。ウェイストランドがあるのもその人たちのおかげらしいな」
「その通りさ。未来のために戦ったんだ、そして無念のまま死んだ」
「だったら俺がこれを着て勝ったら、ご先祖様とやらもさぞ喜ぶんじゃないか?」
これからも一緒に戦ってやるよ、と示すと、ヴァナル爺さんは驚いた。
「……お前さんに一つ質問がしたかった、よいか?」
そしてまだ後ろめたさそうな顔のまま尋ねてくる。
「構わない」と頷くと、相手は一呼吸置いてから。
「お前さんはどうしてそのジャンプスーツを着て戦い続けてる? 自分が擲弾兵か何かと思ってるのか?」
そんな質問をしてきた。でも表情にはどこか緊張がある。
返せる答えに大したものなんてない。強いて言うとすれば――
「擲弾兵のルーツだとかなんとか、そういうのはさっぱりだ。でも、ライヒランドのやつらが暴れ回る俺を見たらさぞ震えあがるんじゃないかって楽しみなんだ」
これだけだ。
ガワは擲弾兵かもしれないが、中身は世にも奇妙なストレンジャーだ。
これ見よがしに得意げな顔を作ると、ヴァナル爺さんは「ほっ」と笑って。
「なら心配いらん。お前さんはやはりウェイストランドの恐れる擲弾兵だ、まぎれもない最後の擲弾兵だ。少し待ってろ」
そう言葉を置いて立ち上がってしまった。
どうしたのかとそのローブ姿を見送ると、しばらくしないうちに戻ってきて。
「さあお若いの、これを持っていけ」
軍用色の強いプラスチックの箱を置いて、いそいそと開けた。
長物の銃が幾つも入りそうなそれの中には――黒いアーマーが入っている。
胴体、腕部、腰、足、といった箇所を守る装甲が並んで、どれも使い古された痕があった。
「……ヴァナル爺さん、これって」
持ち上げて分かってしまった、これはジャンプスーツに合わせられてる。
「まあつけてみろ」と勧められるまま、胴に防具を重ねると程よく着く。
腕から足に至るまで、どれもがダークグレーにきれいに収まるようなつくりだ。
間違いない、これは。
「もしかして、擲弾兵の装備なのか?」
傷はあれど全身にフィットしたそれの正体を尋ねた。
ヴァナル爺さんはそれ以上は語らぬ、といった様子で緩く笑い。
「それを着けて戦うといい。お前さんの言う通り、その姿で勝利すればあいつらも報われるはずだ」
そのまま博物館の中へと戻ってしまった。
最後に一言、「ご先祖様は嬉しいぞ」と冗談っぽく残して。
『……ヴァナルおじいちゃんも、そうだったのかな』
いなくなってしまった姿に、ミコの言葉は重なったんだろうか。
事実がどうであれ、擲弾兵と一緒に戦ってやろう。
そしてせいぜい、無念に散った人たちにいい思いをさせてやろう。
「了解、行ってくるよ」
もしかしたら本当の最後の擲弾兵だったかもしれない誰かに別れを告げた。
◇




