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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
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118 とりあえずシャワーだストレンジャー


『いちクン……、ニクちゃんが……』


 ぼんやりと目が開く。これはミコの声だ。

 身体を起こすとそこは暗闇。PDAもまだなりたての深夜を示しているだけだ。

 そばのサイドランプで部屋を照らすと、落ちかけていた意識も蘇ってきた。


「……どうした?」


 呼び声にしたがって見渡せば、自分が何をしてたか思い出す。

 机の上には分解整備し終えた後の銃やらが並んで、その足元で整えられた荷物が置かれている。

 確か、そう、寝る前に装備の点検をしてそのまま寝たんだった。


『ニクちゃんが部屋から出ていっちゃったの……どうしたんだろう』


 枕もとの短剣に顔を向けると、そう気にかけた声がして気づく。

 ニクがいない。確かまた床で寝るなとか言って添い寝させてたような。


「……あいつが?」

『うん、そーっと』

「いつだ」

『ついさっき、なんだけど。急に起き上がったからわたしも起きちゃった』


 本当にどうしたんだあいつ。

 寝る寸前までべったりだったあの犬っ娘がひとりで出ていくなんて妙だ、俺も心配になってきた。


「なんかあったのか……?」

『分からないけど、階段を下りる音がかすかに聞こえたよ』

「……探すか。心配だ」


 せっかく程よく寝つけたところが台無しになったけど、ニクの行方に比べれば大したことない。

 念のため自動拳銃のホルスターもつけて部屋を出た。廊下は薄暗かった。

 本日の営業も終わった宿屋も同様だ。こもる暗さと共に賑やかさも失せている。


「一階にはいそうにないな」

『……誰もいないと暗くてちょっと怖いね』

「先に言っとく。以後お化けとかそういう単語禁止」

『……ふふっ、怖いんだ?』

「ああ。幽霊に45口径が効くといいな」

『いちクン、その発想の方が怖いよ……!?』


 幸いにも階段を下りた先でスティングに住まう幽霊には遭遇しなかったものの、ニクは見当たらない。

 あいつ何処に行ったんだ、と探ると……『感覚』が働く。

 玄関の向こう、外から気配がする。


「……ニク?」


 直感を頼りに外に出ると、呼びかけ通りの奴がそこにいた。

 出てすぐのところでニクがちょこんと座ってる。少しびっくりした様子だ。


「……あ。ご主人、ミコさま」


 穏やかなジト目が見上げてきた。声だって少し緩んでる。

 夜のウェイストランドの寒さが効いてるんだろう。犬耳がすっぽり入るわんこなフードを被って丸まってた。

 身体の向きを見るにどうもずっと北の方を見ていたらしい。

 尻尾はぺたんと床に伏せていて、落ち着いてるのか、それとも悩んでるようにも見える。


「眠れなくて外の空気を吸いに来たんだ。なあミコ?」

『えっ。う、うん……わたしも眠れなくって気分転換したいなーって?』


 どうであれ何かあったんだろう、気を遣わせないように二人で適当言った。

 ニクは「そうなんだ」と静かに受け取って、またどこかに顔を向けてしまい。


「どうしたんだ?」


 余計なことは足さずにただ尋ねた。


「……ん。考えてた」

「悩み事か? だったら俺も一緒に悩ませてくれ、ちょうど悩みの種が山ほどあるんだ」


 しっとりと考え込む姿は来るもの拒まずといった感じか。

 敵がいる? 何か危険を察知した? いいや、ただのお悩みのようだ。

 中身がなんであれ隣に座ると、ニクはすすっ……と静かにすり寄ってくる。


「ご主人」


 近すぎる距離感はともかく、黒い犬耳は後ろにぺたりとしていた。

 上目遣いな顔に元気のなさも重なり、やっぱり何かあったんだと分かって。


「なんかあったのか? 言ってみろよ」

『……ニクちゃん、どうしたのかな?』


 耳の間を撫でた。くりくりするとくすぐったさそうにしつつも。


「……前のご主人のこと、考えてた」


 思った以上に重そうな話題を返してきた。

 そうだ、そういえばこいつにはもともと別の飼い主がいたんだろう。

 忘れもしない。あの時、シェルターに残されたメッセージの持ち主はこのグッドボーイを気にかけていた。


「あー、前のご主人っていうと……」

『……そっか。前の飼い主さんのこと、考えてたんだね』

「ん。みんないい人たちだったよ、ぼくのことを大切にしてくれたから」

「みんな?」

「うん。スカベンジャーに買われて、その人たちにずっとついていってた」


 ニクがそう言ってくれてようやく分かった、飼い主は一人じゃなかった。

 一体何人いたのか見当もつかないが、はっきりしてるのはその最後の誰かはもうこの世を去ったってことだ。

 俺には計り知れない何かを思ってるであろうニクを見てると、


「……なんだい。その話、気になるじゃないかい?」

「まあそうだよなあ、ずっと前からあそこに住み着いてるの見てきたし」


タイミングよく宿の方からボスとツーショットが出てくる。


「……わたしも、気になってた」

「己れもだな。ニク、お前は姉者たちがずっと気にかけていたのだぞ」


 アレクとサンディもだ。ニクの事情を知ってるやつらが揃った。


「おばあさま、ずっとぼくのことを見てたよね」

「そりゃあ私らのテリトリーに勝手に住み着く連中がいたもんだからね。何かしてこないか目が離せんもんだったよ」

「どういうことですかボス」

「どうもこうも、この世界がこうなるけっこう前からあそこにスカベンジャーの連中が居付いてたんだ。男女かしましくわいわいやってる奴らでね、正直鬱陶しかった」

「あの時のボスは気が立ってたよなあ、少しでも変な気を起こしたら全員ぶち抜くぞ、ぐらいいってたんだぜ」

「そりゃ人様の土地を挨拶もなく通り過ぎるからだよ。あいつらうちを道路か何かと勘違いしてやがって毎日腹立たしかったもんさ」

「……でも悪い人じゃない。みんないつも撫でてくれたし、ごはんもいっぱいくれたから。困った人たちにも手を差し伸べてた」


 まるでそんなご一行を気まぐれに壊滅させてそうだったボスはともかくとして、ニクは北を見て懐かしんでた。

 あの小さなシェルターにそんな過去があったとは。


「そうかい。じゃあせっかくだからそんな親切な連中と一緒にいたご本人に質問しようか、あんたを売ってたのはどんな奴だい?」

「名前は分からないけど……みんなおじいちゃんって呼んでた。ぼくたちはその人にアタックドッグとして育ててもらった」

「なるほど、それなりに年季の入った奴があんたらを仕込んでたわけだ。どのあたりだい?」

「北のブルヘッド。知ってる?」

「ツーショット、ブルヘッドっていやあんたの故郷じゃないかい?」

「はは、マジかよ! お前俺と同郷だったのか! 上と下(・・・)どっちだ?」

「……上、下? ってどういう意味なの?」

「なるほどな、知らないってことは上の方か。あんなところで犬育ててる酔狂なやつがいるなんて初耳だぜ」


 三人の話に耳を立てる限りは、ずっと北にあるブルヘッドっていう場所がニクの故郷でもあるらしい。


「……そのおじいちゃんっていうのはどんな奴なんだ?」


 俺はふと気になって、育ての親であろう人物について尋ねてみた。


「とてもやさしくて、ぼくたちを一匹一匹大切にしてくれた人。しつけの時は厳しいけど、人間なのに本当の家族みたいに扱ってくれる、そんな人だった」

「そんなお優しい奴なのかい? 世が恐れる規律正しいアタックドッグを生み出せるようなお人柄には聞こえないね」

「……みんな、おじいちゃんに報いたかったから」

「はっ、あんたらみんな親思いってことかい。どんな奴か興味が湧いて来たよ」

「長年生きてきたがアタックドッグを育ててるやつはもっとこう、おっかないイメージがあったぜ俺は。想像の逆だったなんてな」


 ボスとツーショットはもっと厳つい人間を考えてたのかもしれないが、ニクの物言いからしてそうでもないらしい。

 そんな人のおかげで何度も命を救われたんだから、いつか会ってお礼を言いたいもんだ。


「……前に、ニクを飼ってた人たちは、どうしたの?」


 そこにサンディの眠そうな声が、重たい質問を放り込んでくる。

 アレクが「姉者、それは」と困るほどのお題だ。そばでニクの耳が深く伏せるのが見えた。


「……みんな仲間割れしちゃった」


 返ってきた言葉もかなりのものだ。あの廃屋にどんな物語があるっていうんだ。


『……仲間割れ? 何があったの……?』

「……ぼくのせい」

「ニク、お前のせいってどういうことなんだ?」


 そんな背景を作った原因が自分にある、なんて言われて俺たちは戸惑う。

 変化しづらい表情が悲しそうに見えるのも、それだけ耳と尻尾がぺたんと訴えているからで。


「食べ物が少なくなって、みんなお腹をすかせてた。それでもぼくにごはんをくれた人がいたんだ」

「……あいつか」


 あいつ。名も姿も知らないやつだけど、確かにいた。

 断片的なものから読む限りそいつは死んだ。この世に残したのは謝罪と、ニクが良い犬であることぐらいだ。


「うん。そんな余裕はないって言い争ってた。ぼくも食べられるところだった」

「……犬を食うほど困ってたってことか」

「でも、その人が助けてくれた。みんな死んじゃったけど、その人だけがぼくのことを大切にしてくれた」

「あいつらが姿を消したのはあんたを巡る内輪揉めってことかい。その最後の生き残りとやらはどうしたんだい?」

「……ぼくのごはんを探しに行ったけど、もう帰ってこないみたい」


 あの手紙に書かれていた通りのことがそこにあったんだろう。

 黒い耳を後ろに傾けたニクの様子は、残された一言を読み上げた時と同じだ。

 そうか、あの時お前が何を思ってたのか、やっと分かったよ。


「……つまり、ずっとあそこで主人を待ち続けていたというのか?」


 アレクも北に向けて聞くが、あの時のジャーマンシェパードはなんとも言えない表情のまま。


「……うん。でも、もう諦めたから」


 何かを惜しむような、そんな調子の声でどこかに向けてそう言っていた。

 かつてお前と会った場所からずっと遠くに俺たちはいるけど、そうだったのか。

 あの手紙の持ち主に言ってやりたいよ。本当にグッドボーイ(いい子)だって。

 あんたの犬はこうして勝手に連れ回してるけど、こんなに離れていてもまだ恩を捨てきれてないんだぞ?

 きっと、あんたもさぞいい人間だったんだろうな。


「……ぼくのせい、なのかなって。ずっと思ってた」


 それから、グッドボーイは暗いウェイストランドに疑問を向ける。

 何も言わずに「んなことあるか」と頭をぽんぽんすると、少し犬耳が立つ。


「ったく、本当にこの世界は嫌になるね。いつだって食い物は争いの種だ」


 ボスも同じ方向に向けてタバコを咥えた。ライターを取って()けてやった。

 かなりの量の白い煙が立ち込める。もしため息だとすれば、相当なものだと思う。

 もう一度だけ軽く吸った後。


「……あいつらなんざ、せいぜい人の庭を踏みにじる厄介な隣人ぐらいな認識しかないがね。それでもうちのもんに良い物をもたらしてくれた礼ができちまったね」


 吸いかけのタバコが突き出された。吸えってことらしい。

 しかし断ろうものなら速攻で拳が返ってくるのがオチだ。

 それらしく吸うものの、なんとも言い難い喉の刺激に「ごふっ」とむせる。


「あっちに帰ったらちゃんとした墓でも作ってやるよ。だからあんたは、せいぜい新しいご主人とよろしくやってるといいさ」


 ボスもニクをぽんぽん撫でたみたいだ。犬の耳が所定の場所に戻っていく。

 ついでにタバコをひったくられて「ほんとあんたは格好がつかないね」と叩かれた。痛い。


「ま、誰が悪いかって言われたら……俺はこう答えるさ、こーんなウェイストランドが悪いってね。ついでに150年前の人類が悪いとでも付け足しとこうか?」


 ツーショットも面白がって撫でた。少しニクの様子が和らいだ気がする。


「それにだ、幸いにもここにおわすのは誰だと思うよ。敵には歩く散弾の嵐か何かと思われ、うちらからも自走する銀の銃弾と思われてる、今一番ホットなやつだろ? こいつについてきゃ当分は困らないさ」

「誰が鉄砲玉だ。一体どうしてこんなに面白い人生になったんだろうな」

「そうさ、面白おかしいお前の新しいご主人だ。だからニク、過去だけじゃなくこれからも(・・・・・)大事にするといいぜ」

「ふっ、言い得て妙だな。確かにイチが現れるたび、やつらは慌てふためいていたからな」

「……悪魔、とか、いわれてたしね」

「ここまでガチであいつらに恐れられてるようじゃ、ストレンジャーというよりはバレットストーム(銃弾の嵐)シルバーバレット(銀の銃弾)の方が良かったかもね。つくづくそう思うよ」

「ボス、今すぐにでもそっちの方に改名しませんか!?」

「なんだい、わたしの選択に文句があるってのかい? 聞こうじゃないか」

「すいません今ちょうど幸せなのでもう大丈夫です」

『折れるの早いよいちクン……』


 もう俺は一生『ストレンジャー』なのかともかく、みんなに囲まれたニクはすっかり元気だ。

 それどころか、ちょっとくすっとしてる。あの顔がようやく笑ってくれた。


「……うん。大事にするね」


 旅の相棒はぴとっとくっついてきた。オーケー、それでこそニクだ。



 ……それからというものの、少し話した後にみんな解散した。

 深夜なのにだいぶ目も覚めたし、昼間の人を燃やして作った焚火も思い出して寝つきも悪くなってしまう。

 どうしよう。少し悩んだ末に、俺は隠されたシェルターにお邪魔していた。


「じゃあちょっとシャワー浴びてくる」

『う、うん……それはいいんだけど……』


 せっかくだし中の設備を遠慮なく使うことにしたわけだ。

 シャワールームにありつくと、プレッパーズタウンのそれと変わらぬつくりが待っていた。

 あそこと違う点はといえば、ケヒト爺さんの手が加えてあるのかこっちの方がかなり綺麗だということと。


「……ん。ぼくも浴びる」


 ――背後にジト顔な女の子がいることだ。

 ジャンプスーツを脱ごうとした矢先に、ミコの言葉でようやく気付いた。

 いつのまにか後ろにニクがいる。人の動きを真似するように、黒いパーカーをもぞもぞ脱ごうとしてるところだ。


「……えっいやっちょっと待って。なんでお前も来てるの?」

「……来たら駄目だった?」

「いやそうじゃなくて……そうじゃなくて。あの、女の子……?」

『いちクン落ち着いて、語彙力下がってるよ!?』

「……オスだから大丈夫」


 黒い相棒は「むふー」と自信たっぷりにスカートを持ち上げてきた。

 大丈夫と言われた先にあるのは、オスを自称する割にはだいぶむっちりと肉のついた太ももが二つ。

 膝上からの人間的な部分はとてもじゃないが男とは見えないし、それに付け根には可愛らしくひらひらした白い――おい。


『ニクちゃんっ!? なにしてるの!? えっ、女の……?』

「……お前、メスだったんか……?」

「……メスじゃないけど」


 全然大丈夫じゃない。なのにニクは尻尾をゆらゆらさせながら上着を脱ぐ。

 白い。犬としての黒い部分に比べて、白くて柔らかそうなお腹や二の腕が見えてきた。

 肩幅は確かに男っぽさがあるけれども、腰回りとか、胸(男です)のあたりは程よく肉としなやかさがついてるというか。


『……どっちなの……!?』

「いやまて、まだわからないぞ」

『……あといちクン、まじまじと見ちゃだめだよ!?』

「……ご主人。そんなにみられると、ちょっと恥ずかしい」


 認識がバグるがニクはお構いなしに脱いでいく。

 ぷにっとしたお腹周りを見せつけながらも黒いスカートを下ろして、けっして男性のそれじゃない白い下着も――


「あっ、脱いだお召し物は洗濯しとくっす~」


 ……どこからかやってきたメイドが床の洗濯物を回収しにきた。ロアベアァ!

 神出鬼没のファッキンメイドはもういい、それよりも眼前には文字通り裸になったニクがいるわけで。


『ほっっっほんとに……男の――』


 慌ててミコを手で隠したが手遅れだったようだ。すまない、ミセルコルディアに所属してるみんな。

 オーケーもう分かった、マジで男だ。俺は極力ニクの顔だけまっすぐ見て。


「……うん、オスだったんだな」

『だから言ったじゃないっすか~。アヒヒ~』

「……ん。分かればよろしい」


 8割女の子の相手から離れて、俺もさっさと脱ぐことにした。

 しかしぺたぺたとついてくる。オスを自称するオスが尻尾をふりふりしながらずっと見てくる。


「…………ニク」

『……あの、二人とも』

「どうしたの?」

「……見てないで早く入っておいで」

「ん、ぼくも入るから待ってる」

「それ一緒に入るってニュアンスだったのか!?」

「……だめなの?」

「いやダメっていうか……」

『……見た目的にちょっと、まずいと思う』

『そういう時はシャワーの浴び方が分からないから教えてほしいって言うといいっすよ~♡ アヒヒー』

「どうやって浴びればいいのか教えて欲しい」

「ロアベアァ!!」


 どうして俺はシャワーのためにこんな目にあわないといけないんだろう。

 ニクはジトっと期待してるし、ミコは戸惑ってるし、ロアベアはロアベアだし。


「……いや、あの、見た目がね?」

「ぼくはオスだよ」

「分かってる、もう理解した。でもその、かわいいからね? そんな奴とこんな世紀末野郎が一緒に入ったらどうなると思う?」

「問題ないと思う」

「そうか、でも俺は問題あると思うんだ」

「……じゃあミコさまはいいの?」

『えっ……あっ、それはね、えーと』


 痛いところを突かれたのでメイド召喚の口笛を吹く、ロアベアがやってきた。


「ロアベア、ミコ預かってくれ」

「うぇーい、預かるっす~♡ あとでうちらも入りにいくんで~♡」

『えっ』

「そのまま冥府に帰れ」

「そんな~」

『わたしも道連れで冥府に帰っちゃうよねそれ!?』


 デュラハンを退散させた。これでよし、一対一だ。


「とりあえず後ろ向いてくれ」

「ん。わかった」


 もしこれで「どうして後ろを向かないといけないのか」まで言われたらおしまいだったが、そうでもないようだ。

 ジャンプスーツから何まで脱ぐと、ようやく裸になれたものの。


「……ねえ、ご主人」


 ニクがくるっと振り返ってきた。もう無視してシャワーのある場所に入り込むことにした。

 そこにまたぴったりとくっついてきて、柔らかくてすべすべした感触がする。

 距離感バグってる。もういい、このまま浴びてやる。


「なんだ?」


 はたから見れば犯罪事案の一角だが、構わずお湯を出す。

 火炎放射器と白リンの余熱でさんざん温まった身体が洗い流されていく。

 ついでにニクもぴったり耳を押し当てて来ながら、


「……オスがオスを好きになるって、おかしい?」


 ……一緒にシャワーを浴びた、けども。


「――なんでそれ今言うの?」


 それはこういう時に言うには適切な言葉じゃないと思うんだ。

 熱いお湯をじゃばじゃば浴びながら、俺は「何言ってんだお前」と顔で表すが。


「……だって、二人きりになれたから」

「それ二人きりの示す状況によらない?」

「でも、ご主人」

「なんだ!?」

「……ぼくのこと、愛人っていってたよね?」


 ふとニクを見ると、ジト顔が少してれてれしながら上目遣いになってた。

 待て、そんな事俺言った――いや言ったわ死の淵から蘇ったころに。


「……言ってたわごめん」

「……ん。いいよ、犬の頃から好きだったから」

「待ってくれニク! お前だけスピードが早すぎる!」

「……だめ?」

「お前俺のことどんな目で見てたんだ……?」

「大好きなオス」

「犬の頃から!?」

「……うん」


 …………こいつ、原型だったころからこうだったのか?

 元愛犬はシャワーを浴びながら気持ちよさそうにしてるが、それはもうべったりくっついてる。

 とりあえず距離感を一度改める必要があると思った。少し身を引くと、その分向こうも寄ってきて。


「――ということでうちらもさっぱりしにきたっす~♡」


 後ろからべたべた足音がした。メイドを捨てた首ありメイドがやってきた!


「ほんとに来る奴がいるかロアベアァ!?」

「ダーリン、僕も入りにきたよ!」


 しかもまた違う声も挟まった、ハヴォックだ!

 振り向けば自主的にメイドをクビになったロアベアの後ろで、栗毛の爽やかなお姉さんが――えっ!?


「ハヴォッ……は!? お前、おんな……」

「え? 僕女だけど?」

「そんな……女だったんか……信じてたのに」

「……わたしも、はいる」

『えっ、あっ、まっ待って!? どういう状況なの!?』


 まだ地獄は終わらない。くっそ見覚えのある褐色爆乳女も混ざってきた。

 しかもなんなら喋るタイプの剣持ってる。何だこの有様は。


「おい、おいっ! やめろ! ここは俺の領域だ! 出ていけお前ら!」

「アヒヒー♡ どうせだしまとめてきれいになるっす~♡」

「まあまあいいじゃんか~、ほら、裸のお付き合いってやつ?」

「……だいじょうぶ、優しくする、から」

「だっ誰か男の人呼んで!!」

「……オスだけど」

「オスだけども!」


 ……えらいことになった。

 シャワーブースは一瞬にして質量だらけ。しかも退路たりえる道のりには、


「ダーリンの身体って不思議だねー? 傷だらけだけど白くてすべすべしてて……でも思ったより筋肉バッキバキってわけじゃないし、あの強さは一体どこから湧いて出てくるんだろうね……」


 泡まみれになる栗毛のちっこいお姉さんが中性的なハスキーボイスを聞かせながら、人の身体を探り。


「……背中の、抱き心地が、すごくいい……?」


 メロン二つ分横並びにしたような質量のせいで余計にブースを狭くする褐色肌に。


「はーい、わしゃわしゃするっすよ~♡」


 泡だらけの身体をわざとぶつけてきながら、ダウナーな黒髪犬っ娘の頭にシャンプーするメイドも塞がって。


「……ん……っ♡ これ、気持ちいい……♡」


 情報過多な空間で、誰かさんの愛犬はよほど気持ちがいいのか目を閉じてゆったりし。


『なんでわたしも……!?』


 物言う短剣が白い壁にかけられて、入浴シーンを見せつけられていたところだ。


「……いや狭いんだよ!!!!」


 そこそこ快適だったはずのブースの中で、みっちり囲まれながら体を洗うストレンジャーが一人、もうめちゃくちゃだ。

 狭い空間に泡を溢れさせる連中も無視して勝手に洗って出ていこうとするが。


「へへへへ……それじゃダーリン、洗ったげるね?」


 ハヴォックがにやぁ、と妖しく笑って……まずいと気づく。

 おい、まさか、そう思って振り返る先には。


「……洗って、あげるから、逃げたらだめ♡」


 ずいぶんと大きな泡の塊で立ちふさがるサンディも待ち構え。


「アヒヒー、逃げ場ゼロっすねえ♡ 観念するっす♡」

「……ご主人、恥ずかしいからあんまり見ないでほしい」


 ちゃんと男だった愛犬を人質に、にたぁ、と捕まえる気満々のロアベアも加わり。


『…………わぁ♡』


 おそらくこれから確実にひどい目に会うであろうストレンジャーに、なんかこう、いやらしい息遣いになるミコすら混ざってる。

 そして迫ってきた。下がろうにも壁しかない、前にあるのも泡まみれの肉壁だ。


「おい、待てみんな――やめろっ! なんでそんな迫ってアアアアアァァァァ!?」


 ――捕まりました。


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