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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
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116 全員ぶちのめした、楽にしろ。

 ――それからどうなったって?

 西部で唯一の拠点を根こそぎ燃やされたとなれば、その恐ろしい知らせは残党どもの心にとても響いたらしい。

 そりゃそうだろう、撃ち殺す、斬り殺す、じゃなく焼き殺すだ。

 焼かれながら逃げてきた連中のもたらす説得力も相当なものだと思う


 そこに各地でこんなやつらが出てきたらどうなる?

 オークやオーガが率いる連中が白兵戦で殴り込んでくる。

 住宅街を駆け回るエルフや、高所に陣取った狙撃手に射抜かれる。

 自分たちより士気も数もたっぷりな義勇兵たちが殺意をもってなだれ込む。

 立てこもったところにドワーフが建物ごとぶち壊しに来て、神出鬼没のメイドに首を斬り落とされる。


 焼けただれた警察署を理由にスティングに蔓延るクソ野郎どもは消えた。

 戦いが終わったのは、ボスがスコープ越しに見た光景を報告した時だった。

 街の西部から落ち延びた連中が、果てしなく続く荒野へと姿を消していく光景が見えたという。

 ……まあ、そんな奴らの背中にすら追撃する連中もいっぱいいたそうだ。


「……みんな、俺からの報告だ。北寄りの集合住宅に巣くってた連中は全員排除、市民がいなかったので建物ごと吹っ飛ばした。損害はゼロだがもう一生分運転した気がするぜ……」


 主要メンバーが宿でテーブルを囲う中、最初にそんな疲れ声を上げた奴がいた。

 やっと武器とハンドルを手放せたツーショットがいる。あれからずっと住宅街で戦い続けてたらしい。


「……私からも報告だ。エンフォーサーと少数の義勇兵を率いてしらみつぶしに住宅街を調べたが、囚われの市民を数十名救助した。負傷者こそいたが健全なものばかりだ、どうも我々の活躍を耳にして最後まで希望を捨てなかったらしい」

「……それでね、義勇兵への参加を希望する人もいたから配属させることにしたんだ。他の人は本人たちの希望で炊事や物資の運搬などの業務に携わるってさ。疲れた……」


 オチキス隊長とハヴォックも報告した。怒涛の攻勢についていったおかげで疲れた顔色をしてる。


「……こちらの報告なんだが。我々ホームガードはフランメリアの者たちや義勇兵の志願者をつれて敵地に肉薄したものの、向こうはこちらに対応できずほとんどが無秩序なまま身動きがとれていなかった。……これはもはや虐殺だ」

「可能なら捕虜をとろうとしたのだが、奴らめ死にもの狂いで逃げておったわ。まああのカモ……侵略者どもは荒野に向かっていったぞ。明日には野垂れ死ぬであろうな」


 返り血まみれのホームガードのオークと、それに振り回される軍曹もだった。


「俺たちは他に敵が立てこもる場所の制圧に回ってたが、どうも病院に強固な陣地を構えた奴らがいて手間取った。まあ中に市民がいないということでドワーフどもに任せたんだが」

「ふっふっふ、"野戦砲"とやらの試し撃ちにちょうど良かったわい」

「ああいう大砲ってわしら慣れとるしな」

「こっちの世界の大砲は良くまっすぐ飛ぶのう。フランメリアに持ち帰らんかあれ」


 オレクス率いる自警団も疲労困憊、戦い続けたせいで顔がストレスまみれだ。


「俺たちは……こんがりやってきた、以上」

「おう、シェルターの中をガンガン燃やしてかまどみたいにしてやったぜ」

「今も良く燃えてるらしいわ。やっぱりウェイストランドに立つ炎は綺麗ね」

「レアで済んだ連中が逃げ回ってくれたおかげでヤバさが伝わったみてえだなぁ、プレッパーズに関わるやつはロクデナシばっかだぜ」

『……刀身がべとべとして気持ち悪いです』

「……ん、ご主人といっしょに頑張った」

「我々の任務は気楽なものでしたね。白リン弾とナパームをお届けするだけで済みましたから」

「俺の四連装機銃がだいぶ効いたんじゃねえの? ああくそもっと撃ちてえ」


 まだまだ身体が熱い俺たちも口々に報告すると、


「……で、その結果わずか数時間で街を全て解放したってことかい」


 今日で一体何人仕留めたか分からない様子のボスが、ようやく肩の力を抜く。

 そばにはいまだ銃身から熱を漂わせる小銃があった。

 すると、その場に褐色肌の二人も返ってきたようだ。


「――ヴァージニア様、姉者と市街地を見て回りましたが組織的に行動する敵は見られませんでした。ほとんどが郊外に逃げました」

「……こそこそしてるのは、へっどしょっと」

「あんたらが口を揃えてそういうなら信じられるね。ということは西部も奪還、これで私たちは安心して敵に備えられるってわけさ」


 ボスの言う通りだ、鬱陶しい奴らはこれでお帰りになった。

 ひとまずすべきことが終わったんだと分かった瞬間、そこにいる全員が一斉に脱力した。

 ずっと俺たちを悩ませていたクソ野郎どもがいなくなった。まだ遠いところに本当の脅威はいるが、身近なところにはもう誰もいない。


「…………たった一週間足らずで人生一回分は戦った気がするな」


 特に気が滅入ってたであろうオレクスがぐったり肩を落とす。

 他の連中もあれからずっと張っていた気が緩んで、かなり安心している。

 俺だって同じだ、レイダーからカルトまで、街に蔓延る無数の敵がとうとういなくなってせいせいした。


「なにいってんだい、次は橋の向こうにいる連中をどうにかするんだよ。それに制圧した地域に人員を送り込むなりしないとならないんだ、まだまだやることはいっぱいさ」

「……ボス、あんた疲れないのか?」

「私だってここに来てから人生2回分は狙撃した気分だよ。ひとまずここにお集まりの現場慣れした精鋭どもは良く休みな、あんたら――いや私たちは良く頑張ったもんだよ。ライヒランドの奴らの驚く顔が見たいね」


 そういって解散させられると、やっと俺たちは一仕事終えた充実感を覚えた。

 宿の面々は疲れ果ててはいるものの、それに見合った結果を得られて満足気味だ。


「……はい、おにいちゃん。冷たいお飲み物をおもちしました」


 テーブル席に取り残されてぐったりしてると、ビーンが飲み物を運んできた。

 どうやらみんなに冷たいドリンクのサービスがあるみたいだ、大好きなジンジャーエールが一目で分かるぐらい冷えてる。


「ビーン、だいぶ仕事に慣れてきたみたいだな」

「うん。みんながんばってるから、俺もがんばらないと」

「そういう向上意欲は大切だと思う、えらい。お兄ちゃんがチップをあげよう」

「へへへ、ありがとうございます」


 ポケットにチップをねじ込ませながら頂く、それからキャップをむしって飲む。

 手が凍りそうなほど冷たくて、刺激の増した甘辛さが全身に回る。

 一瞬で飲み干してしまった。まだ汗の残る身体がすっかり冷えた。


「……うまい」

『いちクン、あとでいいからわたしをお水につけてくれるかな……? あとできれば拭いてほしいよ……』

「熱かったもんな……オーケー、ちょっと待ってろ」

「うむ、賊どもを屠った後のドクターソーダは格別なものだな」

「エナドリが脳に染みわたるっすねあひひひひひひひっ」


 空瓶を『分解』してると、ノルベルトとロアベアがやってきた。どっちも一仕事終えたようにすっきりしてる。

 それに他の連中に比べてまだまだ元気なご様子。一人キまってるが。


「よお二人とも、どうだった?」

「チャールトン殿と共に敵を追い回してきたぞ。実に爽快だった」

「首狩りついでに試し撃ちしてきたっす。この銃いいっすねえ……アヒヒー」

『……二人とも元気だね』

「むーん、ミコはどうしたのだ? 疲れているようだが」

「精神衛生上良くないものいっぱい見るはめになった」

『一生の思い出になりそうだよ……』


 ミコは相当やられてしまってる、早く綺麗にしてやろう。


「ママ、きれいな水ないか?」

「ええ、あるわよ」

「良く冷えた奴が欲しい、いくらだ」

「代金はいらないよ、ビーンにチップをはずんでくれたでしょ?」


 疲労困憊の面々に対してママは相変わらず明るく元気いっぱいだった。

 注文通り冷たい水をグラスに注いでくれたようだ、適当な布に垂らしてミコの刀身をこする。


『おあ゛~~~~……』

「なんだその声……大丈夫かミコ」

『だ、だって熱くてべたべたして気持ち悪かったんだもん……』

「そういえばお前金属だったよな……」

『わたしのこと金属って言わないでー……』


 何度か水を足しながら妙にべたつく刀身を磨いていると。


「ご主人」


 横からべたっと誰かがくっついてくる。

 見ればダウナー声の持ち主が立っていた。ニクの顔は相変わらず変化に乏しい。


『すっきりしてきたー……あ、今度は水に入れてほしいな……?』

「ニク、どうした?」

「ん」


 物言う短剣をグラスに浸からせてるとニクがジト顔でせまってきた。

 おでこを突き出し頭を下げるように、それもちょうど目と鼻の先で黒い犬耳がぺたっとして。


『……ニクちゃん、どうしたの?』

「ん?」


 一瞬、なんだと首をかしげると「ん」とまた促された。

 少し遅れて「撫でてほしい」と気づく。そういえば、いつもそんなやり取りしてたもんな。

 しかしこの判断の遅さは致命的だったらしい、ニクの口と目が物悲しさを語り出す。 


『あっ……撫でてほしかったんだ。いつもイチくんに撫でられてたもんね?』

「あー……グッドボーイ」


 慌てて黒い犬耳美少女の頭を撫でた。くそ、やっぱりまだ慣れない。

 少し不満気ながらも喜んでくれたニクのご機嫌をとろうと撫で続けてると。


「……ニクは、どう?」

「そのような姿になっても、やはりニクはニクなのだな」


 サンディとアレクがやってきた。どうもニクが気になるそうだが。


『うん、まだ信じられないけど……やっぱりあのわんこなんだなあって思うよ。いちクンにべったりだし』

「ああ、まあ仲良くやってる。なあ?」


 仕上げに頭をぽんぽんすると、ニクは――


「……ん」


 頬がぷくっとしてる。もちろん不機嫌な意味合いで。

 とてもじゃないが仲良くやってるように見える態度じゃない、どうしたんだ。


「……その割には、ご機嫌ななめ? どうしたの?」

「いや、なんだか機嫌を損ねているようなのだが……」

「サンディさま、アレクさま、なんでもないから大丈夫だよ」

「……なにか、あったよね?」

「その言い方といい様子といい大丈夫なわけもないだろう、何があった」

『ニクちゃんどうしたの……? まさかいちクンが何かしちゃった……?』


 サンディやらアレクやらミコやらが問い詰めるが、ニクは耳を悲し気に伏せたまま。


「……いつもいっぱい撫でてくれるのに、ご主人が撫でてくれない」


 それはもう悲しそうに答えてくれた。ほんのり泣きそうなぐらいに。

 言われて気づいた。そうだ、いつものニクだったら俺はどうしてた?

 さりげない時に撫でてやったし、よくスキンシップをしてた、でもこの姿になってからは?

 答えは全然してない。そりゃそうだ、女の子にべたべた気安く触れるなんて正直気が引けるからだ。


「ごめんニク! 俺が悪かったマジで!! やっぱお前なんだな!!」

「……うわあ、急にあやまるなー」

「イチ、いきなり大声を上げて抱き着くな」


 でもおかげで分かった、やっぱりお前は俺の知ってるニクだ。

 セクハラにならない程度にハグしてたっぷり撫でた、やっと尻尾をぱたぱたしてくれた。


「……ん♡ 気にしないで、もう大丈夫だから」

「何やってんだいあんたら」


 ジト目の犬っ娘に抱き着いてそれはもう頭を撫でまくってると、そんな様子に目がいったのかボスが来た。


「いえ、愛犬を寂しがらせてしまったので」

「……ライヒランドが恐れて義勇兵たちの希望である擲弾兵がこんな奇行に走ってるって知ったらどうなるんだろうね」

「それはもう面白いことになると思います」

「もうなってんだよ馬鹿もん」


 そんな俺たちのリーダーは呆れながらニクを見て。


「でも不思議なもんだね。あの犬が私らの一員になって、しかもこうして二足で立って喋れるようになるんだ、ほんと長く生きてると何があるか分からんもんさね」


 それから面白がった表情に変わって、そっと手を伸ばす。

 狙撃の技術が刻まれた硬い手のひらが近づくと、かつてのジャーマンシェパードは撫でてほしそうに頭を見せた。


「あんたも酔狂な犬だね。飼い主を助けるために化けるだなんてどうかしてるよ」


 ボスは犬とヒトの混じったそれをよく撫でた。子供にするような優しい手つきでだ。

 ニクの顔は相変わらずだけど、口が緩んで耳も尻尾も喜んでるみたいだ。


「……ん。だって誰かを助けるのが、ぼくの役割だから」

「はっ、アタックドッグらしい考え方だね。それとも飼い主に似たのかね?」

「ついでに言うとサンディにも似てますね」

「……わたしに、新たないもうとが?」

「姉者、ニクは犬だぞ……」

「アレクこまかい」

「痛いっやめろよ姉ちゃん!?」


 アレクがいつも通り蹴られてるが、愛犬はすっかりリラックスしている。

 その様子を見てどう感じたのかは分からないが、ボスはふっと満足したように息をして。


「まあなんだい、戦況は変わった、街は取り返した、明日には敵が大挙してやって来るかもしれないクソみたいな戦場であるのはかわりゃしない。それでも――」


 肩を叩いてきた。ついでにグラスに浸かるミコの柄も小突いて。


「やっぱり、あんたらがいるとこんなところも面白おかしくなるもんだね。その調子で頑張りな、今日のところはしっかり食って休むといいさ」


 そう言葉を残して行ってしまう。

 最後に見た表情はかすかに笑ってた気がした。

 その通りにしよう。そういえば腹が減ったな、何か昼飯でも食おうか。

 

「了解ボス。そろそろ昼飯だな、なんか食うかニク?」

「……ドッグフード食べたい。……ダメかな?」

『またドッグフード言ってるこの子……』

「ドッグフード以外だったらなんでもいいぞ、だから頼む。なんか女の子にドッグフード食わせてるようで良心がアレなんだよ!」

「……ぼくはオスだよ、ご主人。だから心配しないで」

「ダメだ男か女か分からなくて認識バグる! どっちなんだお前は!?」

『いちクン! 何スカートめくってるの!? やめなさい!』


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