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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
201/580

112 ストレンジャー=稼ぎ時

タラちゃん事件を経てニクの口調を変えましたごめんなさい(燃え尽きた)

Oh FUXX!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

「……朝だよ。ご主人、起きて」


 ダウナー系な女の子の声がして、体をゆさゆさされて目覚めた。

 朝だ。横目の視界に黒犬耳の誰かがちょこんと立っている。

 肉球のついた犬の手が優しく揺さぶってくるのを止めて、


「ニクか、おはよう」


 体を起こした。柔らかそうな顔を表情乏しくジトっと見つめる誰かがいる。

 危うく忘れかけたがニクだ。ジャーマンシェパードの耳はだらんとしてる。


『んー……おはよう……』

「……おはよう、ミコさま」

「久々にぐっすり眠れた気がする。ロアベアは?」

「……宿のお仕事」


 あいつは一足先に起きて仕事中らしい。勤勉なのか怠惰なのかよくわからない。

 それにしても良く眠れた。ここに来てからまともに眠ってなかった気がする。

 欲を言えばまた踏んで――いやマッサージしてほしかったけども、枕を高くして寝られただけ贅沢な方だ。


『なんだか久々に感じるよね、こんなにゆっくり休んだのって……』

「スティングに来てからずっとトラブル続きだったからな、やっと落ち着いて眠れるところまで巻き返せたみたいだ」

『プレッパーズタウンにいたころは恵まれてたんだね、わたしたち……。毎日安心して眠れるし……』

「食うも寝るも困らなかったよな。今思えばウェイストランドで一番安全な場所だったんだろうな、あそこ」

『……りむサマもいたから賑やかだったね』

「ああ、今頃どこで何してるんだろうなリム様。どっかで飯作ってるのかな」

『あの人本当に料理が上手だから、どこにいっても通用しそうだよね』

「そういわれるとまたリム様の料理が恋しくなってきた……」

『うん、わたしもだよ……またラザニア食べたいなぁ』


 荷物を整えて、二人でプレッパーズタウンにいた頃のありがたみを感じてると。


「……じー」

『ところニクちゃん、さっきからどうしたの? ずっと見てるけど……』


 ニクが突っ立ったまま、こっちをじとっと見上げていた。

 一体何を待ってるのかと思ったものの、黒いジャーマンシェパードがお座りして見上げている姿に重なって。


「あー……グッドボーイ」


 少しして思い出す。待ち構えていた頭を撫でてやった。

 指先一本一本に伝わる形にはもう、あの犬の姿から感じられたつるつると硬い毛の肌触りはない。

 つやつやして柔らかい人間の毛と、それに混じる柔らかい犬の毛は、ニクが首からぶら下げるタグ通りの『ヴェアヴォルフ(人狼)』になった証拠だ。


「……んっ♡ ……覚えててくれてたんだ、うれしい」

「うーん人間と犬の混じった触り心地……」

『ふふっ、わんこの頃から変わってないんだね』


 正解だったのか変化量の少ない顔はくすぐったさそうに緩んだ。

 あんまり髪を乱さないように撫でると、満足したニクは尻尾をパタパタさせ。


「……行こ、ご主人」


 腕を引っ張ってきたけども、思った以上の力強さに引き寄せられる。

 そういえばドッグマンを槍でぶち抜いてたなこいつ。ノルベルトほどとは言わないけど、少なくとも俺よりは力強そうだ。


「うちの犬も逞しく育ったもんだな」


 頭をぽふっと撫でてから部屋を出た。

 レイダーどもの朝這いのせいでぼろぼろだった廊下はなぜだか綺麗だ。

 というのも、そこには濃い茶色の髪と髭のドワーフ……確かケヒトとかいうやつが、床に大工道具を並べていて。


「おっ? お目覚めのようだなアバタールもどき。よく眠れたかの?」


 目に見える傷を修繕中だったみたいだ。ひと汗かいてすっきりした様子のまま、こっちに親しく笑った。


「おはよう、ケヒト……だったか?」

「あっとるあっとる! わしケヒト!」

「ケヒト爺さん。なにしてんだ?」

「なにって大工仕事。ママがお困りのようでの、そこでわしの出番じゃよ。大工のできるドワーフはどこいっても忙しいわい」


 通路ど真ん中を牛耳る脚立の存在からして、天井の弾痕も見事に塞がれてる。

 壁も扉も天井も床も、戦前かそれ以上なほどに整って新たな姿を得たようだ。


『わー……なんだか前よりきれいになってますね……。昨晩までずっとぼろぼろだったのに、新品みたい……』

「なに、ベテランのわしに任せれば数時間でこんなもんじゃよ」

『数時間で!?』

「ここまで立派にリフォームされたらママが喜びそうだな」

「どうせじゃしもっと喜ばしちゃうもんね! こうなりゃフルリフォームじゃ!」


 このドワーフの爺さんはどこまで腕を振るうのか見ものだ。

 作業に気合が入りすぎたのはおいといて、階段を下りようとすると。


「……てけり・り」


 隅で作業と通行人の行方を遮らないように佇むぶにょぶにょがいた。

 玉虫色のスライムは前よりも元気に見える。蠢き方に張りがあるというか。


「ケヒトじいさん、ぶにょぶにょどうしたの? なんか元気になってない?」

「ぶにょぶにょちがう! ケリー! なんか知らんが元気になっとるんじゃよ、怖いなあ」

『……前より色が濃くなってるよ、このスライム』


 階段に近づくとぶにょぶにょは不定形の身体をいっそう激しく揺らすが、


「……ご主人、それ危ない」


 ニクが「ぐるるる」と犬らしく威嚇的に遮ってきた。

 当のぶにょぶにょスライムは意にも介さずという感じで。


『てけり・り(おお……クリエイター様、この器に生命を授けてくれた御恩は忘れませぬ)』


 何かの言葉なのか、鳴き声なのか、はっきりとしない音で――ん?

 いや待てなんかおかしいぞ。今こいつ、喋ったのか?

 違う、喋ったというよりは頭の中に直接言葉が浮かんだような、そんな直感的なものを特化させたような感じがする。


「……お前今喋った?」


 念のためお尋ねになったが、玉虫色のスライムはぐねぐねして。


『てけり・り、てけり・り(貴方が成し遂げた深き夢の具現化は神の所業。ありもなきはずの外なる神々を真なる神として世に呼び下ろすその業は、かの者たちにとっての創造主たりえるのです)』

「朝から何言ってんだぶにょぶにょ!? おい、本当にどうしたお前!? なんか変なのたべさせられたのか!?」

「変なもんなんか食わせてないわい! どうしたんじゃおぬし!?」

「いやなんか……すげえ喋ってるぞこいつ、クリエイター様とか言ってくる」

「今朝からずっとてけりりとしかいっとらんぞこの子」

『てけり・り(どうか貴方の行く先に真なる祝福を、クリエイター様)』

「ほらなんか行ってらっしゃいとか言ってるし……」

『……どうしたのいちクン、まさか頭の傷が……』

「うちの子が喋るわけないじゃろ~、そんな冗談ドワーフには通じんぞ」

「ほんとだもん! なんかめっちゃ喋ってるもん!」


 くそっ、誰も信じてくれないしニクは尻尾を立てて威嚇してる。

 けっきょくぶにょぶにょはそれだけ言ってぬるぬると廊下の掃除を始めてしまった、なんだったんだ。


「……今朝は気持ちがいいね。あのクソカルトどもがいないせいで清々しいじゃないか」


 作戦本部みたいになった宿屋に降り立つと、ボスが待っていた。

 特等席になったテーブルには情報が更新された地図やらが広げられ、既に何名か周りを囲んでいる。


「……おはようございます、おばあさま」


 そんなところにニクのしっとりとした声が挟まると、ウェイストランドきっての狙撃手も困ったようだ。

 つい最近まで足元でお行儀よくしてた犬が、サンディみたいにじとっとした美少女に変わればそりゃ戸惑うと思う。


「……あー、ニク。その「おばあさま」っていうのはやめてくれないかい」

「だめ、ですか?」

「わたしなんかにそんな大層立派な呼び方はいらんってことだよ。なんだいその大げさな呼び方は」

「……尊敬してるから、そう呼びたかったんだけど」


 ボスの一声に対してへにょっと垂れる耳と尻尾の威力はさぞ効いたみたいだ。

 そのしぐさに頭が痛そうにするボスに、カウンターからツーショットが来て。


「まあいいだろボス、好きに呼ばせてやれよ? 今やこいつもストレンジャーやミコサンと並ぶ功労者だ、そのご褒美ってことでどうだ?」

「ああそうかい、じゃあ好きにしな。ったく、これだからガキは苦手だよ」

「……ん、よかった」

「ここ一週間以内にいろいろなことが起きたわけだが、まさか『ヴェアヴォルフ』がその名の通りになるなんてなあ……」


 静かに機嫌を直したニクの手をそっと取った。

 人間らしい造形に犬の手足を重ねたようなそれは、指先から肘までが黒くて柔らかい毛に覆われている。

 つま先からうっすら伸びた爪は肉を切り裂けそうだし、何よりそんな手の形の中に肉球もあった。


「……ツーショットさま、どうしたの?」

「いや、こわ~いお姉ちゃんがお前の身体のつくりに興味があるみたいなんだ。誰か分かるよな?」

「あら、それって紛れもなく私のことかしら?」


 手を持ち上げられて困ったところに、白衣姿のおっかない方のお医者さんがやって来た。

 実に興味深そうに。つま先から黒毛の生え際までじっくりと手に取り調べ始めてる。


「おい、うちのわんこで変な実験でもするつもりかメディック」

「大丈夫よ。そういう危ないのはもっと屈強な奴に頼むわ、あなたとかね」

「だとさストレンジャー、良かったな」

「よくねえよ。いいか、ニクに変なことするなよ」

「ちょっと状態とか調べるだけよ、貴方みたいに薬の実験台にはしないから安心して」

『……やっぱりあれ実験だったんだ』

「……メディックさま。手のひらとか、あんまり触らないで欲しい」


 ニクは触診でもさせるとして、俺はボスに近づいた。

 テーブル上の地図からして戦況はまた変わってる、特に例の工場が消えた影響がデカいと思う。


「さてストレンジャー、あんたの働きのおかげでまた一ついいニュースができたわけだが」

「この勢いで最南部も取り返しましたとか、ですか?」

「惜しいね。まあ似たようなもんさ」


 図を見る限り、白狼教会が消えたせいで南部への足がかりが固められたようだ。

 しかし前見た時と比べてかなり押し返してる気がする。

 最南部の住宅地にいたっては、敵性勢力がおられるのはその末端ぐらいといった具合で。


「昨晩のカルトどもは覚えてるね?」

「嫌でも覚えてます」

「教祖を失ったおかげで自暴自棄になってたんだが、熱心な奴らが念入りにそいつらを追撃したんだ。降伏しようがお構いなし、まったくひどい話さね」

「どうせファンタジーどものせいでしょうね」

「その通りだよ。でもまあ、おかげで物資が大量に手に入った。それにあの工場近辺に【マナポーション】だとかの材料になるっていうキノコが山ほど生えてやがったのさ」

『……マナポーションの材料ですか?』

「ああ、連中どうやら魔法とやらを使ってたみたいじゃないか。工場の中を調べたらそいつを使ってマナポーションをそこで作ってたらしいんだが」

『……あ、そっか……! あの人たちが魔法を使えたのも、マナを補給する手段があったから……』

「そういうことさミコ。機材やらも接収して魔力とやらの確保ができたもんだから、ファンタジーどもも気楽に魔法が使えるようになったらしい」


 まずはあの工場を制圧したついでに魔力補給のアテができてしまったようだ。

 地図上に接収した物資のリストもあるが、内容からして例の砲台から自動機銃に至るまでキレイにぶんどったことが分かる。


「それでだ、復讐を狙う信者どもがしばらく跋扈してたわけなんだが、熱心なやつらが狩りにいってね。そのついでで夜のうちに勝手に夜襲してきたらしいんだ」


 ボスの指は戻って、街の最南部へ。

 昨日までそれなりに残っていた勢力は今や軽い力ですくい取れるほどまで弱っているが、これは恐らく。


「誰ですかその夜襲馬鹿は」

「あんたの素敵なお友達、チャールトンのやつさ。義勇兵とホームガードを連れてカルトの残党狩りついでにお邪魔しに行った」

「その結果がこれですか」

「そうさ、だから南側の奪還は時間の問題だね」


 ……これはつまり、完全に街を取り返せる一歩手前まで来てるってことか。


「残った場所も近々一斉に攻勢に出て取り戻すよ。まあそれと並行して、いよいよ橋の向こうにいる本軍に備える必要もあるからね」

「ということはますます忙しくなるってことですか」

「そういうことさ。可能な限り情報を集めるために尋問から調査まで行わなくちゃいけないし、敵の攻撃に備えた防御の構築、前線となりえる場所への偵察、補給関係の整備……全員で一つずつ片づけて少しでも勝率を上げなきゃいけないわけだ」

『やることがいっぱいですね……考えただけで目が回りそう……』

「ライヒランド本軍の状況はどうなってるんですか?」


 書類の面を一つ一つ確認する限り、膨大な量の仕事が待ってる。

 果たしてスティングにいるやつらを全て足しても二日三日で処理できるかどうかって程の量のタスクだ。

 ひとまずは攻撃に向けて身を固めるようにするというのが方針らしいが、間に合うんだろうか。


「それについては情報がまとまり次第後程全員に告げるよ。でだ、あんたに用がある人間が来てるらしいんだが」


 そして次に告げられるのが変な客が俺に用があるって話だ。

 変な赤猫耳女、喋るクモ、お次はなんだ?


「……俺にですか? そいつはほんとに人間ですよね?」

「れっきとしたウェイストランド人だよ。まあツーショットの知り合いなんだが」

「あいつの知人ならまあ大丈夫でしょうね。で、何の用なんですか?」

「ファクトリーの武器を売ってる商人だ。あんたにお会いしたいとさ」


 そこまで話したところで宿屋のドアがゆっくり開く。

 まるでタイミングを見計らっていたかのように、話通りの人間が入り込んでくる。


「やあ、おはよう皆さん。そこにいるのがストレンジャーか? 少しビジネスの話がしたいんだがいいよな?」


 この世界にはまだ見合わない、黒いスーツ姿にネクタイまでしっかり決めた白人の男だった。

 太陽の光で焼けた金髪もこれまた規則正しく固められてはいるものの、顔は表情豊かに気持ちを表そうと大げさなまでに作られてる。

 聞き取りやすくした声ですらすらと喋る男は、ひょうひょうとした様子でこっちに近づいて。


「私はメルカバ、まあ残念ながら死の商人だとか言われるようなビジネスマンだが、売り時が来たと思ってあんたのところにきたんだ。どうだ、少しリッチなお買い物でも楽しまないか?」


 きっと相応のものが入ってるであろう、重たそうなケースをちらつかせてきた。

 表面にはペンでこう書かれてる。『礼儀ある社会は武装した社会!』だそうだ。

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