110 うちのわんこはよくやった
ニクの口調が説明めんどいおわり!!!!!!!タラちゃんいった奴マジぶちのめすぞ!!!!!
お手数をおかけしますがご了承ください(切実)
変なカルトどもは解散した。
子供たちは無事だし、あいつらが残した物資は全部いただいた、生き残りも報復できないレベルに可愛がられてるみたいだ。
こちら側に死者はいないし、スティング最南部への足掛かりもこれで完成だ。
完璧だろ? そうだとも、完璧な終わり方をしたっていうのに――
「なるほど……世界は違えど霊薬の効果は確かにあるようですな。何かこう、違和感などはありませんかな? 他に何か気づいた点だとかは……」
「……違和感? えーと……視界が高くなって、少し距離感が掴みにくい」
「そういう問題なのか……? 犬だったころの記憶は残っているんだな?」
「……ん、もちろん。ここにいる人たちの名前はぜんぶ覚えてるから」
「これは興味深いわね。人間に近い姿になってからはどう? ちゃんと歩行できてるみたいだけど歩き方はどうやって覚えたのかしら?」
「……そういえば、人間みたいに歩けてる。この姿になったとき、自然と足が使い方を覚えてたみたいな、そんな感じ」
第三の我が家である宿屋の中、向こうでは人だかりができてた。
ちょこんと座った黒髪わんこな女の子が、眼鏡エルフのお兄さんとお医者様とマッドメディックに質問攻めにされている。
「驚いちゃうわね。まさかあなたの犬があんなにかわいい子になっちゃうなんて」
「おつかれさま、お兄ちゃん。ジンジャーエールです」
そんな様子をカウンターで眺めてると、マカロニアンドチーズが差し出された。
すっかり仕事慣れしたビーンも冷えたジンジャーエールを持ってくる。晩飯だ。
黄色味の強いソースでいっぱいのそれを一口含んで、うまいと感じて。
「マジでお前……なんてことしてくれたんだ……」
すぐ隣にいる褐色肌の爆乳少女に強く問う。
「……潜入作戦、成功」
ふいと顔を反らされた。その更に横に座るアレクは申し訳なさそうだ。
「姉者、確かにイチが助かったのは紛れもない事実だが……人が大事にしている犬に、あのような効能も得体も知れない薬を飲ませるなど流石にどうかと思うぞ」
「アレクが、いらないっていうから」
「いやいらないとは言ったがな、だからと姉者の好きにしろとは言ってないだろう」
「おとうとがうるさい」
「やめろってば姉ちゃん!?」
忍者になった弟は相変わらずげしげし蹴られてる。
『あ、あのねいちクン……? わたしもアレク君と同じ気持ちだったんだけど、わんこ……じゃなくて、ニクちゃん……?がすごく飲みたがってたの』
「……ミコの、いうとおり。自分から、飲もうとしてたから」
「あいつが?」
『うん、おばあちゃんたちも否定的だったんだよ。でもあのエルフの人が犬を祀る組織なら有利に働くかもしれないって言って……』
「姉者が器に注いだ瞬間にすさまじい勢いで飲み干したのだ。すると青く輝いてあんな姿になってしまって……」
三人の言う経緯であんな姿に変わり果てたニクを見た。
変化の乏しい顔つきのまま静かに受け答えて、尻尾をぱたぱたさせている美少女が一人。
あれが紛れもない俺の相棒だってさ。一緒に敵を屠ってきたわんこが、一体どうしてあんな子に。
「……百歩ほど譲って、変身したっていうならまあいい。次の問題はあの姿は何だって話だよ」
『……わたしたちヒロインみたいな姿なんだよね、ニクちゃんの格好って』
「まさかヒロインになったとか言いたいのか? そもそもあいつオスだぞ? いやまさかメスだったのか?」
「……ちゃんと、オスだったよ?」
『えっ』
「待て姉者、その発言の意味はどういう意味だ」
「マジかよ俺も確かめてくるわ」
『いちクン、やめなさい』
「はい」
速やかに真実を確かめに行こうとしたがミコに怒られそうなのでやめた。
つーかいい加減にしろと言いたい。世界の創造主説すら浮き上がって驚愕の事実が崩壊寸前のジェンガみたいに積み重なってるっていうのに、次は犬が美少女化だって?
改めて彼女――いや彼を見れば、白黒の上着とスカート越しの輪郭はどう見たって女の子だ。
ありきたりな表現をすれば、あんなかわいい子が男の子なわけがないんだ。
というか今までずっといてくれた黒いわんこの姿はもう見れないのか? そう考えると寂しいものもある。
「確かにうちらヒロインっぽい姿っすよねえ、ニク君……あひひひ♪」
次々来る質問をゆったり受け答えするニクを見てると、一仕事終えたロアベアがやってきた。
「……どうしようロアベア、あいつとどう付き合っていけばいいんだろう俺」
「イチ様の為に身を張ってくれたんすから、ちゃんと報いてあげないと駄目っすよー? 姿は変われどみんなの知ってるわんこなんすから」
「スカートはいてるんだぞ?」
「中はあらためた方がいいかもしれないっすねーアヒヒ」
「よし後で確かめるかー!」
『二人ともやめなさい』
「イチ、おまえはもう少し別のところを気にするべきだろう……」
軽く食事をとりながら向こうの様子を見てると、本当にいろいろだ。
「なあ、俺たちの名前ちゃんと分かるよな? お前ほんとにニクだよな?」
「うん。ヒドラ様だよね? ラシェルさまのこともちゃんと覚えてるから」
「ほんとにあの子なのね……。不思議ね、あの犬とこうして話せるなんて」
「はっ、これほどおかしなことがあるもんかい。ずっと見てきたあの犬がこんな姿になっちまうなんて……」
「目の前でいきなり化けやがったからなあ……。つーか本当にこいつ、あのニクなのか? 元のイメージからだいぶかけ離れてないか?」
「……おばあさまにツーショットさま。こんな姿だけど、ぼくはちゃんと二人のこと、覚えてるから」
「ははっ。ハーヴェスター、今の聞いたかぁ?。ボス相手におばあさまだってよ」
「農場でウサギどもを狩っていた犬がこうなるとはな。原型はどこへいった?」
「……コルダイトさまにハーヴェスターさま。その節はありがとうございました」
「フハハ、お前とこうして言葉を交わせる時が来るとは思ってもいなかったぞ」
「……ん、ぼくもそう思う。いっぱいお話したい」
今までの旅路で出会った奴らとそうやって話す姿を見てると、犬部分の造形が確かにあの姿と重なる。
それに、あんな姿にまでなって助けに来てくれたんだ。あの体には間違いなく俺の知ってるニクが宿ってる。
そんな姿を眺めてるとこっちに気づいたらしい、無表情のまま尻尾を振ってきた。
しばらくみんなの気が落ち着くまで質問タイムを見守ろうとしていると、
「ほう、これが霊薬で生まれた犬の精霊ですか」
宿に白いエルフが突入してくる。きゅうり女め何しにきた。
あの仕草でかくっと首をかしげるニクに近づくと、じっとその顔を見て。
「あぁ……ニクはかわいいですね。どうですか、お姉さんと少しお散歩でも」
あんまり清らかさがない感じにほめたたえてた。
なんだったら下心丸出しで言い迫ってる。エルフってみんなこうなのか?
何してんだお前とやんわり割り込もうとしたが、ニクは無表情のまま。
「……ごめんなさい。ぼくにはご主人がいるから」
黒い尻尾をふりふりしながらこっちに寄ってきた。
それからぴとっとくっついてくる。犬だったころも良くこうしてくれた気がする。
こんな得体のしれないエルフより俺を選んでくれたのは嬉しいが、問題は状況的に何か特別なものを含んでるってことだ。
「えっ男同士ですよ正気か?」
『えっ男同士ってえっ』
……かなりこじれたことになってる。
我がわんこはじとっと上目遣いだ。なんだか別の意味すら含んでそうだが。
「……まあ、とにかくだ。そこのストレンジャーと元ジャーマンシェパードのおかげでとりわけ邪魔だったクソカルトどもは壊滅した。ついでにあいつらがため込んでた物資や資材も確保して戦力に組み込めそうだ、これで明日にはスティングを全て奪還できそうなところまで来たわけだが……」
二足で立ってしまう忠犬と一緒にいると、取り繕うようにボスが口にした。
「これで戦況はまた著しく変わるよ。私らはそろそろ橋の向こうにいらっしゃるライヒランド本軍に向けて備える必要がでてきた、今後はそのことを頭に入れて活動しな。あんたらは実によくやった、よく食いよく休め。以上」
そう締めくくられると、ようやくその日の戦いが終わった気がする。
また宿屋に緊張感のない空気が流れだす。あの時のお葬式みたいなムードはどこにいったのやら。
「……やったね、ご主人。大戦果」
代わりに可愛らしくなってしまったニクが迫ってきたが。
良く覚えてる仕草だった。目の前で見上げて来たら頭を撫でてほしい時だ。
「……やっぱりお前、ニクなんだな」
間違いなくこいつは俺の戦友だ。だからグローブを外して、いつもみたいに撫でてやった。
毎日のように撫でてたあの感触じゃない、もっときめ細かくてふわさらしてしまってる。
だけど、くすぐったさそうに目を細める顔はあの犬だった。グッドボーイ。
「……ごめんなさい。ご主人が心配で、勝手にお薬飲んじゃった」
一通りわしわしされると申し訳なさそうな顔をされた。
ふと窓の向こうで、二人の獣人がローブを被ったドッグマンと子供を連れて歩いてるのが見えた。
他の子どもたちも街の人間に迎え入れられてるところだ。やっとマシな顔をしてる。
ファンタジーな連中は今日も馬鹿騒ぎだ。ライヒランドの軍勢なんて忘れるぐらい明るいスティングがここにある。
「でも大勢助かったんだ。そうだよなお前ら?」
後ろめたさそうな顔を手で挟んでもちもち捏ねた。
「ん……顔を捏ねるのはだめ……あっ……♡ ふふ……♡」
「……我々の、圧勝だー」
「完膚無きまでにな。まあ、姉者の判断は間違っていなかったか」
『ふふっ、そうだね。でもわたしびっくりしちゃったな、ニクちゃんが変身して助けにいきますっていきなり言い出したんだよ?』
「即決だったのかよ。悪いなアレク、あれってお前の戦利品だったろ?」
「気にするな。あのまま己れが持っていても腐らせるだけだ。こうして有効活用できたのだから構わんさ」
そうだったな、俺たちの戦果だ。
生まれ変わってしまった旅の相棒と今後も楽しくやっていこう。
きっと向こうの世界につくまでの間、退屈しないで済みそうだから。
考えることは高くそびえたってはいるが、今はもう一人で背負う必要はない。
「そうだニク、何か食べたいものないか?」
「……食べたいもの? 別に、なんでもいいけど」
「ちょっとしたお祝いだ、好きなものを食べさせてあげよう」
「……ほんとにいいの?」
「ああ、なんでもいいぞ」
「じゃあ……ドッグフードの缶詰がいい」
『ドッグフード!?』
「待ってくれそんな返答想定してなかった……!」
「……うん。あのごはん、大好き」
「ドッグフードなら倉庫にあったんで持ってくるっす!」
「馬鹿野郎持ってこようとするな! ほんとに待てよおいっロアベアッ! 」
……ついでに新しいニクの食べ物のことも考えないといけなさそうだ。
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