100 それなりに余裕のある最後の砦
目が覚める。なんだか割と気持ちよく起きれた。
いや、なんだったんだあれは。俺は何を見せられてたんだ?
『あっ……起きた?』
冷静にむくりと体を起こすと、ちゃんとミコの声がする。
「起きたっすね~、おはようございますっす。あひひ……♪」
なぜだかそばにロアベアも腰かけてたけど、まあいいとする。
「おい、俺……どうしてた? 寝てたのか?」
「どうしたんすか」と生首をけしかけてくる奴は無視して、ミコに聞いた。
「え、えっと……いちクン、ニャルフィスさんに触ったら急に眠っちゃったの」
「眠った? 俺が?」
『うん。そしたらあの人、消えちゃって……でも気持ちよさそうに眠ってたし、起こしたら駄目だよねって思って……』
「よっぽどお疲れだったんすね。ぐっすり眠ってたっすよイチ様」
ニクもこっちに寄ってきた。尻尾を振りながら手にすりすりしてる。
「……そうか、おかげでぐっすり眠れたわけだ。ありがとう」
外を見る限りもう朝か。どんだけ寝てたんだろう俺は。
それよりなんだかとんでもないものを見せつけられた気がする。
あれはなんだったんだ? あの地球や月よりデカい一つ目は? 無限の玉虫色は? 黄衣の誰かは? 黒い山羊は?
とにかく分かることは一つだ、あの野郎なんてモン見せやがったんだ。
『どうしたの? また顔色悪いけど……』
「あの野郎、変なの見せて来やがった……」
『変なの?』
「ああ、なんか……すっごいデカい神様が夢に出てきた」
『神様……? いちクン、ほんとにどうしたの……?』
「いやもういい、どっちにせよあいつのおかげで休めたんだ。クソッ」
あのニャルフィスとかいう奴め。
人にとんでもない事実を伝えた挙句にあんな変な夢見せやがって、なにがささやかな贈り物だ。
いや、待て、確かあいつ「キミが生み出してくれた唯一無二の素晴らしいもの」だとか言ってたよな?
「……まさか俺があんなの生んだわけじゃないよな……?」
『……ほんとに何があったのかな……?』
「怖い夢でも見たんすかー? あひひっ」
「当たらずとも遠からず」
いつものようにPDAを開くが――映るのは【特殊PERKを習得!】という通知だ。
タイミング的に嬉しくないそれはPERK画面に【外なる観客席】とあって。
【観客たりえるボクたちは特等席から見ているよ。仲良くみんなで見てるから、ずっとボクたちを愉しませてね?♡】
どこぞの誰かとしか思えないメッセージがあった。せめて効果書けクソが。
「……ミコ、昨日の話はどう思う?」
『……ニャルフィスさんが話してたこと?』
「ああ。本当のことか、嘘言ってるかだったらどっちだ」
『わたしは……本当のことを言ってると思うよ。それに』
「それに?」
『……あの人、すごく楽しそうに夢中で話してたし。いちクンのこと、ほんとに好きそうな感じがしたから』
「あんなに誇らしげにしてたのも、やっぱり事実なんだろうな……」
二人で話してると、どうしても昨日の話の内容が蘇る。
この際あいつの話が全て真実だと決めた上で言えば、寝起きで考えたくないクッソ重い話題なのは間違いない。
崩壊した世界をゲームデータで上書きして強制修復させた馬鹿野郎、それが俺らしい。
「……ミコ、今は考えるのやめないか。あんなん寝起きには重すぎる」
『……うん、わたしもそう思う。今は忘れよっか……』
「こんな無責任な奴に世界の命運を握らされたらどうなるかよーくわかったな」
「なんすかなんすか」
「俺が創造主って説は大当たりみたいだぞロアベア」
「お~、うちの予想あたったんすねえ。なんか景品くださいっす」
あの話とロアベアはいったん忘れるとして、ついでに【PERK】を覚えよう。
ステータス画面を見るとさんざん撃ちまくったせいか【小火器】がSlev5に上がってたようだ。
さて、今回は【テクニカル】という、習得条件に【小火器】か【重火器】どちらかのSlevが5も必要なものがあって。
【ウェイストランドの銃器の扱いにだいぶ慣れてきましたよね? あなたは様々な火器を手にして大事なことを学びました。それはどんな問題も「弾さえ出ればどうにかなるさ」ということです。射撃武器の損耗を押さえ、リロード速度が向上します】
とあるので習得した。こんな状況だし今は無難さを選んでおくべきだ。
「何してるんすか」
今日も成長を終えると生首が尋ねてきた。
「レベルが上がったからPERKっていうのを習得してる。パッシブスキルみたいなももんだ」
「へ~、イチ様にもスキルシステムあったんすか?」
「あるぞ。どうもお前らとは違うらしいけどな、Slevって表記されてて最大10まで上がるらしい」
『こっちの世界の元になったゲームのシステムなんだって。わたしたちみたいにいっぱいスキルがあるわけじゃないけど、その代わりパッシブスキルを覚えられるみたいだよ』
「ちなみに肉食って治ったのもPERKのおかげだ」
「いいな~、羨ましいっす」
レベルもスキルも上がりづらくなってるが、強くなってるのは確かだろうな。
成長した証拠ともいえるスキル画面を見て少しだけ誇らしく思ってると。
「そういえばロアベア、お前はスキルとか今どうなってんだ」
そこに覗き込んできた生首を見てふと思ってしまった。
ロアベアはヒロインだ、見た感じこっちの世界でもMGOのスキル画面を開けるそうだが。
『あっ……わたしも気になってたな。ロアベアさんのスキル』
ミコも同じ気持ちだったか。デュラハンメイドのスキルが気になってるようだ。
「え~っと……まず刀剣が今81っす」
『わっ、そんなにあるんだ……』
「最大が100だったか?」
「そっすよ~、最大値100でこんなにあるんすよ? あひひっ♡」
『他に何か覚えてるスキルはあるのかな?」
「えーと他には……受け流しとかも覚えてるんすけど……」
刀剣が81、それが「そんなに」ってことは向こうでも相当な数値なんだろう。
一体そこに至るまで何をやらかしてきたのは知らない方がよさそうだけど。
「そう言えばイチ様ぁ、ちょっと気になったことがあったっす~」
部屋を出る準備を済ませると、所定の位置に戻ったロアベアヘッドがこっちを見てきた。
「どうした」
「うちのスキルなんすけど、こっちの世界に来てから知らないスキルが増えてたんすよね」
「スキルが増えてた?」
「そっす。えーと、【小火器】とか【重火器】とか、あっ【製作】とか【電子工作】とかもあるっすね。なんすかこれ」
……いきなりのそんな知らせに、ミコと顔を見合わせた。
いやまて、その名前はついさっきPDAの画面にあった――G.U.E.S.Tのスキルだ。
どうしてロアベアのスキル画面にそれが?
「……待て、なんでお前のスキル画面に俺と同じスキルがあるんだ?」
「なんか気づいたらあったっす」
『確かそれって……こっちのスキル、だよね? どうしてあるんだろう?』
「マジかよ……」
しかし今までの経験上、なんとなくその原因はさほど苦労せず浮かんだ。
世界が混ざった、となればやはり。
『もしかして、こっちの世界に来たから?』
ミコのはっきりとしない言葉の通りなんだろう、こっちに来たせいで覚えてしまった可能性だ。
「てことはうちもこっちの世界の住人になったんすねえ、あひひひっ♡」
「スキルはあがってるか? Slevで表示されてるか?」
「ん~~~と……【小火器】スキルが20っす」
20ということは、Slev表記ではなくあっちの世界基準で上がってるらしい。
大体Slev2ぐらいと換算するべきなんだろうか。それにしたって結構上がってる気はするが。
「どこで上げた? とかは言わない方がいいか?」
「手にしたら撃ちたくなるじゃないっすか、アヒヒヒー」
『……それしかないもんね』
よくわかった、この返事からして絶対撃ってるな。誰とは言わないけど。
「【弓術】とか【投擲】は追加されてないか?」
「ないっすね。そんなんあるんすか」
『……MGOの方にも似たようなスキルがあったけど、それと混ざってるのかな?』
なるほど、弓スキルが向こうにあるなら統合されててもおかしくない。
一体どうしてか、ロアベアは今G.U.E.S.Tのスキルも覚えてしまってるわけか。
「思ったんすけど、うちがこれ覚えてるってことは……ミコ様にもあるんじゃないんすかね」
そしてそう言われてみて、そうか、確かにそれもあり得ると思った。
『……わたしにも?』
「そうかもな、お前のスキル欄に重火器とか操縦とかできてるかもしれない。向こうについたら要確認だな」
『……そんなスキルいりません……』
【小火器】だの【重火器】だの扱うミコなんてあんまり考えたくはない。
どうか今のままでいてくれ。そう願いながら部屋の外を出た。
ちょうどいい時間に起きたみたいだ、一階はそこそこに賑やかな様だ。
「おはよう。今日もずいぶん早起きしたようだが、ちゃんと休めたのかい?」
見慣れた人だかりに近づくと、ボスがこっちを見てきた。
テーブルの上では狙撃銃とも言うべき出で立ちが丸裸になってる。分解清掃中だ。
だいぶ場の雰囲気は緩んでる。
今日なんて特にそうだ、こうして朝から少しぐらいだらだらする余裕があるみたいだが。
「おはようございます。夜更かしなんてしてませんから安心してください」
『おはようございます、おばあちゃん』
「おはようございますっすー」
「義勇兵どものおかげでだいぶ余裕ができたもんだね、ここも。さて今朝は特に頼むこともないわけだが、しいて言えば見回りをしてくれないかね?」
朝から言い渡されたのはまさかの指令だ。
それも見回りか、了解。朝飯代わりにいってやろう。
「見回りですか?」
「パトロールって言った方が気が引き締まるかい? 今のところだいぶ状況は落ち着いてるんだが、今は中央部の保全を強くしたくてね」
そういってボスは外を見た。
宿の前には件の義勇兵とやらが魔物混じりで行きかう有様だ。
「大きな行動はないが、かといってこんなクソ早起きなあんたを遊ばせたくもない。マーケットやらそのあたりで異変はないから調べて、変な奴がいたら――」
「やっちまえ、ですね」
「その通りさストレンジャー。中央部はあんた以外にも見回りをしてるやつはいっぱいいるから安心しな。自由行動ついでに交流でもしてこい、朝飯食ってこようが自由だ」
「了解ボス、これより気楽な朝の任務に向かってきます」
「うちもいってくるっす~」
「あんたはここに残りな」
「そんな~」
……ロアベアは留守番させられるみたいだが、まあ他の奴と一緒に「悪さができないように堂々と歩きまわって来い」ってことらしい。
装備を確認してから、ママたちに「行ってきます」と宿から出ようとしたが。
「おっと。これは戦利品の一部だよ。あんたらの給料がわりだ」
チップを投げ渡された。5000チップもある。
まだ戦場だっていうのに、まるで買い物でもしてこい、みたいな雰囲気で見回りを頼まれるほどの余裕はあるそうだ。
◇
犬を連れて中央部のマーケット近辺まで歩くと、不思議な光景だった。
初めて見た時とさほど変わらぬ賑やかさだ。
そこに前よりも色濃く人間じゃないやつらが混じったまま、スティングのがらくた市は商売の場として機能している。
商魂たくましいやつらだ、こんな状況で平然と取引ができるものなんだろうか。
「……そういえば屋台があったよな。行ってみるか」
適当にぶらつきながら、早朝のマーケットの外を見た。
同じように巡回する見知った顔や義勇兵の一部は、倉庫の外側に無秩序に並ぶ屋台に向かっている。
『屋台……どんな食べ物が売ってるのかな。気になるなぁ』
「ワゥン」
そこでひときわ目立つ大きなトラベル・トレーラーが煙突から煙を吐いていた。
看板の主張によると店名は『ラスト・スタンド食堂』だそうだ。
……すごい名前だ、今となってはいろいろな意味が込められてると思う。
「飲食店に最後の砦とか名付けんなよ縁起悪い……」
『ちょっと食べづらいよね……うん』
その名前が最後の手段じゃない方を願いたい。
きっと「空腹の救世主」的な意味合いなんだろう、その証拠に行列ができてる。
行きつく先はトレーラーの窓のところで、そこで注文をしているみたいだ。
……地元の人々に混じってファンタジーな姿が混じってしまってるが。
「一応、客はいっぱいいるんだから大丈夫じゃないか?」
『食中毒とか大丈夫なのかな……ちょっと心配になってきたよ……』
「常連がいるってことはまだ大丈夫らしいな。ちょっと行ってみるか」
『……うん、まだね。本当に行くの……?』
「こんなに並んでるんだから気になるだろ?」
けっきょく俺は変なチャレンジ精神が働いてしまった。
犬も連れて列に挟まると「擲弾兵か?」などと好奇心が向けられるけども、それより気になるのが前にいた。
ずんぐりとしたオークと地元の男が何やら話し合っていたからだ。
「あんた、ミューティか?」
「ああ? ミューティ……まあそうだな、そういうことでいいだろ」
「そうか。あんたら、俺らを助けてくれたよな?」
「さあな。別の奴じゃねえの、お前なんか初めて見るが」
「……まあ礼を言うよ、助かった。あんたらのおかげで友人も命拾いしたんだ、帰るべき我が家も無事だ」
「知るかよ。ところで人間、この屋台はなんだ? 腹が減ったから並んでみたんだが、そんなにうまいのか?」
「ああ……ここは昔から続いてるスティングの名物食堂さ。その名も「最後の砦」だ。安くて味はそこそこってところだ」
「地元向けってことか、そそるじゃねえか。店につける名前じゃねえと思うがな」
「心配するなよ、ここでまだ食中毒で死んだやつはいないぞ」
「まだ、だなんてこれから出てくるみたいにいうなよ。俺は飯を食いに来たんだぞ」
「けっこう通ってるが幸いにもまだなんだ。安心してくれ」
「まだ、な。俺たちオークの胃は頑丈だが、お前みたいな人間は気を付けるんだな」
「何言ってるんだ、ここに通ってもう十年になるがご覧の通りさ。最近はまともな食材が流通してるからだいぶ味もまともになってな……」
良かった、こうして後ろから見る限りはファンタジーどもは地元民と仲良しだ。
それにしても、ボロいトレーラーは今なお火を絶やさず行列を作っているんだから、食中毒による死者はいなさそうだ。
今のうちに壁や立て看板に書かれたメニューを見るが、思ったより品数は少ない。
・ミュータント豚の串焼き 250チップ
・ミックスサラダ・クリスピー 250チップ
・ミックスサラダ 200チップ
・マリガンシチュー 200チップ
・野菜抜きスープ 150チップ
……野菜抜きスープってなんだ。
「思ったより変なメニューは……いや最後のなんだよ」
『野菜抜きスープ……? どういうことなんだろう……』
「ワゥン」
たった五品だが、なんでこんなに迷うんだろう。
クリスピーとは? マリガンシチュー? 野菜抜き?
いろいろ悩むところはあるが、とりあえず串焼きとサラダにしておこうか。
「豚のミュータントが豚肉食うなんてな、今日はおっかないぜ!」
待っていると前でタンクトップ姿の料理人が馬鹿笑いしていた。
「フランメリアじゃ普通だぜ、あっちじゃミノタウロスが牛肉食うんだからな」
「まあ味は保証する、たっぷり食って悪者退治頑張れよミューティ! あ、食器はできれば返却口に突っ込んどけよ」
無事、料理を受け取ったオークは倉庫の壁に向かっていったようだ。
ご本人はそこそこ納得した様子で離れたのだから、料理には問題なさそうだが。
「旦那、いつものだ。マリガンシチューをくれ」
「はいはいいつものな。さっきのは新しい友人かい」
「そうなったらしい。オークだなんてファンタジー作品かなんかかよ」
「うちが平常運転してるのもファンタジーどものおかげだ、ご機嫌を損ねない方がいいだろうな」
前にいた地元民も何か受け取って離れていく。
俺の番か。いざ進むと、窓口に無駄を削いだ料理人が立っていた。
「……おっと、その格好は」
料理に気でも使ってるのか、それとも別か、健康的なスキンヘッドの男だ。
こっちを目にすれば、きっとその姿に思い当たるものがあったかもしれないが。
だけど後ろにはけっこう人が並んでるようだ、「擲弾兵」という言葉が来る前に、
「欲しいのは飯だ、いいな? 豚の串焼きを二つとミックスサラダのクリスピー」
必要なチップをねじり込みつつ、事前に考えておいたメニューを告げた。
ダークグレーのジャンプスーツに何か言いたげだったが、相手はにっこりだ。
「ははっ、そんなに腹減ってんのか?」
「地元民の様子を見に来たついでだ、繫盛してるみたいだからな」
「だったらちょうどいい、ご覧の通りだ。このミューティどもは親切だな、ヒーローみたいに思えて来たぜ」
「だったら心配するな、ミューティたちはあんたらを助けるように動いてくれてるぞ」
「ほんとか? いつか俺たち食われたりしないよな?」
「だったらなんでこうして律儀に食堂に並んでるんだ?」
「そりゃそうか。チップ握って並んでるんだから今は食われずに済みそうだな」
「ついでにアドバイスだ、このヒーローたちは人を食うとか言われると怒るぞ」
「良いアドバイスどうも、これからヒーローと仲良くやってくよ」
異物混入しそうにない頭に汗を浮かべつつ、食堂の男は料理を組み立てた。
ところどころへこんだ、まるで気合と根性で再利用したようなプラスチック皿にいろいろな野菜が放り込まれる。
細切りになったにんじんとキャベツ、レタス、素揚げしたカブやジャガイモ、カットしたマッシュルーム、いろいろだ。
十分なボリュームだ。その上にきつね色の――カリカリしたものが散らされる。
「ところでクリスピーってなんだ?」
「豚のミュータント……いやさっきのやつじゃないがな、クソデカい豚から食用の油をとるんだが、その副産物の脂カスさ。いいアクセントになるぞ」
念のためカリカリについて聞いたが、食べても大丈夫そうだ。
そしてもう別の粗い皿の上に面白みのない串焼きの肉が二つ外される、完成だ。
良かった、ちゃんと食えそうなものがでてきた。
「できれば皿は返してくれよ。返却口は横にあるからな」
さてどこで食うか。両手に皿を手に彷徨ってると、倉庫の外側に誰かがいた。
赤褐色で筋肉増し増しなミノタウロス――雄っぱいの人だ。
しかし食事中だ、皿いっぱいのサラダを黙々と食べてるようで。
「よう坊主ども」
軽い挨拶が飛んできた、また嫌な顔でもされると思ったが機嫌がよさそうだ。
「隣いいぞ」とばかりに静かに食べてる、ここで食べようか。
しかし牛の化け物が野菜をいっぱい食べてるというのは中々におかしい光景だ。
「……なんだよおめーら、俺が野菜食っちゃ悪いか?」
しまった、疑問が顔に浮かんでしまった。牛の人はむすっとしてる。
「いや、その……牛の人って肉とか食いそうな気がして」
『ご、ごめんなさい……私も、お肉とか食べるのかなーって思ってました』
むすっとした様子に二人で正直に答えるが、相手は構わずむしゃむしゃした。
「肉なんて食えねえよ、なんたって俺はミノタウロス原種の血が強いからな」
「ミノタウロス原種?」
「もっとも牛に近いって言ったら分かるか? つまり俺は草食系なんだ」
『そうだったんですね……お肉、食べれないんですか?』
「その気になれば消化もできるが気分が最悪になるぞ。それと俺は牛の人じゃねえ、スピロスってんだ」
「スピロスか、いい名前だな」
「本気で言ってんのか?」
「口にして気持ちがいいな、スピード感がある」
「へへっ、面白いこと言うな。確かにそうだ、ミノタウロスはまっすぐ突進する生き物だ」
牛の人、あらためスピロスさんは見かけによらずゆっくり食べている。
俺も食べよう。壁際に座って、添えられたフォークを手に取った。
さっきまで串刺しになっていた豚肉はそっけないがうまそうだ。脂身の効いた一口大の塊が何個も乗ってる。
黒いジャーマンシェパードも同じ気持ちらしい、よだれがこぼれてる。
「ほら、ごはん」
「ワンッ」
フォークでつまんで放り投げるとキャッチ、尻尾をぱたぱたしながら食らった。
味見の結果「おいしい」だそうだ。もっと食べたさそうに見上げてきた。
『ふふっ、美味しそうに食べてるね?』
「ずいぶん利口な犬だな、そいつ」
「こいつはすごいぞ、強いし賢い。俺の相棒だ」
「そりゃ羨ましいな。フランメリアじゃ犬なんて絶滅危惧種だ、そもそもこうして実物を目にするのは久々だ」
「あっちだと犬はいないのか?」
『そうだったんですね……わたし、初めて聞いたかも』
「そうだぞ。あっちは魔女どもが使い魔代わりにどんどん犬を連れてって、しかも雑に扱うもんだからあっという間に希少種だ。ひでえことしやがる」
『うわあ……』
「ほんとひどいな!? 責任もって飼えよ!」
「クゥン」
「俺もよ、女房が犬飼いたいっていうからさ、いつか飼おうと思ったんだが……そういう事情があって結局叶ってないのさ」
犬を大事にしないなんてひどすぎる話だが……このミノタウロスのおっさんが結婚していて、それを引き離してしまったのもよっぽどだ。
「……奥さんいたのか」
「ああ、まあちょっとこっぴどく喧嘩して別れる寸前だったよ。おい、申し訳ないとか言うなよ」
「そりゃ、家庭を持ってたのにこんな世界に連れてきたら申し訳ないだろ?」
「いろいろあったんだ。こうなっちまったのも、誰かが俺に頭を冷やすきっかけを与えてくれたんだろうさ」
かなり複雑な背景があるみたいだ。
ニクにもっとご飯を上げつつ、スピロスさんにならってサラダを食うことにした。
フォークと短剣でさっそく一口運んでみるが、素揚げ野菜とラードの副産物が乗った野菜盛り合わせだ。見た目も、味も。
もし味があれば、コクと甘みのある後味の効いた良いサラダだと思う。
味があればだが。
「……味ないじゃんこれ」
『……そのまんまの味だね、せめて塩だけでも欲しいよ……」
「舌が草食動物系じゃないと味気ねえだろうな。つーか短剣の嬢ちゃんはなにしてんだ、味分かんのか」
『いろいろあってこの姿のままなんです……一応、こうやってご飯の味は分かるんですけど』
「そりゃ気の毒に。早く飯が食えるようになるといいな、食べることは生きることだぜ」
いっそ食感を味わうものだと思ってかっ食らった。口直しは串焼きだ。
ごろごろした肉は、まあ見た目通りの味だ、最低限塩味はある。
噛めば油混じりの汁が溢れて食べ応えはあるものの、サラダの味を補えるほどじゃない。
「……味薄いよなやっぱ」
『……うん、もうちょっと塩味があれば絶対美味しいと思うよ』
「まあ食えないことはねえだろ? なんてったって、こいつは俺たちが育ててた野菜だからな」
どうにか平らげると、ミノタウロスは少し得意げに笑った。
育てた? この大皿いっぱいの野菜を? こいつはたぶんブラックガンズの農場で作られた野菜だろうけど。
「育ててた、ってどういうことなんだ?」
「この世界にある作物は農業都市で育てられてる野菜だろうな。何を隠そう俺はあそこの農家でな」
「……どこだそこ」
『農業都市っていうのはあっちの世界にある場所だよ。農業がすごく盛んな都市で、いろいろな食材が集まるところなんだけど……』
「そうだな、どこぞのじゃがいもの魔女様のおかげであらゆる食材が生まれる都市になっちまった。俺はそんなところで働いてるしがない農家さ」
「……リム様か」
『リム様だね……』
「なんだオメーら、知ってんのか」
「こっちで世話になったよ」
「は? この世界にいんのか? なんであのイモの悪霊がいやがるんだ」
『イモの悪霊!?』
「短剣の嬢ちゃん、オメーは知らねえと思うけどよ、俺たちが農業都市でどんだけあの魔女様に苦しめられたと思ってんだ。畜生が」
ああ、この人もリム様の被害者だったか。
ガチで怨むような物言いに同情してると、
「……けっこう前、自分からじゃがいもの出荷箱に入ってクラングルまで出荷されてたよな」
のしのし、と大きな熊の身体が歩いて来た。
マーケットでお買い物してたらしい、ビール瓶が二本握られてる。
「あ、熊の人」
「プラトンだ、覚えとけ」
「あの事件か、しかも魔女様がやるもんだから誰も文句言えねえしひどい始末だったな」
「どうして止めなかったって言われてもよぉ、俺たちじゃ止められないんだよな今の法制度じゃ」
「それどころかあの芋の悪霊め、わたくしが法なのです、とかいってクラングルシティまで出荷されたからな」
「それからしばらくしたら帰ってきてどうして止めなかったのかとか怒られたよな」
「最近思うんだ、ひょっとしたらフランメリアって馬鹿ばっかじゃないのかって」
「止めようがなかった俺たちも馬鹿っていいたいのか。あそこの大体の良いところは魔女様の奇行のせいで全部台無しになってんだぞ」
「二人に一人は魔女どもの奇行を目の当たりにしないといけない国だからな……」
スピロス&プラトンは嫌な思い出を肴にビールを飲みはじめてしまった。
「オメーらもなんかされなかったか、大丈夫か?」
「いろいろされました」
『……良くじゃがいもを押し付けられてました』
「ほらみろ、関わったやつみんなこうだ。あいつらは善行を積んだ分何してもいいと思ってんのか?」
「ああいうのは真面目に向き合うとロクなこと起きないからな、ほどほどにしとけよお前ら」
もうどっぷり仲良しだから手遅れだと思う。
ミコと一緒に今までの奇行を思い返していると、
「しかしお前があのアバタールのそっくりさんとはな」
ミノタウロスが遠いどこかに目を向けていた。
「知り合いだったのか?」
「いや、直接会ったことはねえんだけどよ、世界をどんどん変えちまってすげえ奴だとは思ったよ。それに」
「……それに?」
「親しみがわいたんだ。あいつの境遇にな」
聞けばこの人はアバタールの持つ何かに共感していたらしい。
そいつが俺みたいに毒親育ちで苦労してるかどうかは分からないが、大体共通してる。
「……なんかあったのか?」
気になって尋ねてしまった。
いい友人であろうプラトンさんは何も言わず同じ方向を向いてるだけで。
「お前はアバタールみてえだから話すけどな。俺の女房、ガキが作れないんだ」
……想像以上に重い話題が飛び出てきた。
『子供が……ですか……?』
「そういう体質らしくてな、どう頑張っても生まれねえのさ。もう結婚してからそれなりに経つのにな」
本人は言葉は軽くしてるつもりなんだろう。
心配そうなミコにそうは言うものの、ぶっきらぼうな顔には辛さがある。
「だからってよ、奥さんと喧嘩して逃げて、ひとりぼっちにしてしていいもんかね」
熊の姿は良くわかってくれてるんだろう、ビールは手放さずに問いかけてた。
「……ああ、そうだな、逃げちまったよ」
そういえば言ってたな、「頭を冷やすきっかけだ」って。
みんな黙ってしまった。ほんの僅か気まずい時間が経った後、
「アバタールのやつは。最高の嫁を見つけて、ガキが作れないのに幸せな一生を遂げたらしいな? すげえと思ったよ、どうしたらそうなんだよって」
俺を見てそう言った。羨むような顔をして、答えを求めるように。
だけど残念なことに、こちとら親の愛情も知らない毒親育ちだ。
しかも子供も作れないらしい。だから、俺にはこの人の辛さをすべて理解できるほどの力はない。
「……俺さ」
だから、せめて今思ってる気持ちでも伝えよう。
「そいつと同じで、子供を作れないらしいんだけど……どんだけ辛いのかまだ分からないんだ」
「……子供が作れないってのはな、オメーが思ってる以上に辛いもんさ。俺だって、最初は分かんなかったよ」
「悪いけど俺、そういうのはさっぱりだ。でも、喧嘩しちゃうほど辛いことなんだろうな」
「そうだな。一番辛えのはアイツだったろうに、どうして逃げちまったんだろう」
自分はまだ「子供が作れない」という事実にそれほど興味も関心もなかった。
いや、この人に会ってなかったら一生感じなかったのかもしれない。
きっと……本当に大好きな人を傷つけてしまうんだろうな、これは。
「子供が産めねえお前なんていらねえ、みたいなままお別れだなんて最低すぎんだろ。馬鹿か俺は、どうしてあの時逃げたんだ」
そのもっともたるものが目の前にいる。
子供が作れないっていうのが、まさかここまで重かったなんて。
「スピロス、その反省は故郷に帰るまで取っとけ。きっとお前が帰ってくるのを待ち遠しく思ってるぞ」
アバタールというやつがそれを抱えて生きていけたのも、こうして目の前にそうあるように理解者がいてくれたからかもしれない。
プラトンさんの言葉に励まされる姿を見て、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「……ごめんな、俺のせいで」
「謝んじゃねえよ。おかげで大事なことを学べたんだ、無事に戻れたら――」
「おい、そういうことを口にするのはタブーだろ。お前奥さんを未亡人にするつもりかよ」
「馬鹿言うな、ミノタウロス種は生命力の高さが売りなんだ。そうやすやすと死ぬもんかよ」
「お気持ち表明は向こうに帰ってからだ。たっぷり徳を積んで土産も持ち帰ってびっくりさせようぜ」
二人はここですべきことは済ませたらしい、屋台に食器を戻して街のどこかへ行ってしまった。
「……アバタールも辛かったのかな」
今や複雑なものに絡まれたその名前は、どれほどのものを背負ってたんだろうか。
俺は残った味気ない料理をかっ込んだ。皿も戻して巡回任務にまた戻る。
◇




