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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
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99 Demon Sultan 4Z4THOTH【アザトースもどきの挿絵追加】


 本当の自分を告げられ、ノルテレイヤの名を出されて、いい気分なわけない。

 せっかく休まった気持ちがほじくり返された。また俺は焦ってるんだ。

 あのによによ顔が言った言葉は、今まで俺が考えていたもの全てに触れてる。


 この際、俺の本名を知ってようがかまわない。

 アバタールと呼ばれる誰かと思われようがかまわない。

 だがそこに、謎の多いノルテレイヤの名前を絡められたら。


 ――さあ出てこいによによ女。お前は一体何を知っているんだ?


「入るぞ」


 廊下の途中すれ違ったお医者様やダークエルフも無視して、自室の前に立つ。

 自分の使ってる部屋に「入るぞ」だなんて、さぞおかしく見えるだろうな。


『……うん』「ワゥン」


 背中でミコとニクの声を受けて、俺はようやく中に入った。

 ところが――誰もいない。どこを向いてもにやにや顔は見つからない。

 まさかダイナミックに冷やかされたんだろうか。そう不安に思ったところ。


「やあやあ律儀に来てくれたねー♡ さてさて何を話そうか?」


 イメージの中にあるあの顔相応のニヤニヤした声が聞こえた。

 先にニクが気づいたみたいだ。追えば無人の寝床に誰かがこっちに向かってくつろいでいて。


「そうだね先に語ろうか。「キミは一体なんなのか」? とあればボクはこう答える。銀の鍵にして銀の銃弾、キミが行く道は常に開かれるし、キミを阻むものはいなくなる。けれども幾重にも存在するキミはそれしか持ちえない、キミは退屈な生き物なんだよ」


 赤黒い髪の猫っぽいそれは、ゆったりのびのびとしながら、そう語った。

 大きくゆっくり振られた赤毛の尻尾から余裕すら感じる。人様のベッドを陣取ってさぞおくつろぎなんだろう。

 そんな様子から理解できるものは何一つない。

 人を勝手に退屈な人間扱いしようが勝手だが、こいつはあまりにも規格外だった。

 何かを知ってるのは確かだ。その情報の量は膨大に違いない。こいつはどこから手をつければいいんだ。


「……そっか、そうだよね。キミはまだボクらのことなんて知らないよね」


 扱いに困るこの存在に難しく対峙してると、あきらめを含んだ笑いが浮かんだ。

 アバタールの死を受け入れられないやつらのそれに近いし、あるいはもっと深いものなのかもしれない。

 によっとした表情が名残惜しそうな顔に変わってしまって、きっと知らぬ縁があったんだろうな、と思ったら、


「あれー? ひょっとしてキミってこういう表情によわよわかなあ? わかりやすいなークスクス……♡」


 少し気を許した直後にこれだ、人の気持ちを見透かされた挙句、すかさずニヤニヤぶっこまれて台無しだ。

 ……このメスネコ……ッ!


「オーケー、俺が何なのか教えてくれてありがとう。それじゃ今度は「お前は一体なんなのか」だ、いいな」


 目の前でゆったりしてるやつに「お前の番だ」と突きつけると、白い手がベッドをぽんぽんしてきた。

 猫のそれと全く同じ形の黄色い瞳は、来てほしそうにこっちを向いてるところだ。


「まあまあそばでくつろいでよ。どうせ続くは長話、立ちっぱなしじゃせっかくのキミの足は棒になっちゃうだろ?」


 それとも「添い寝でもどう?」と毛布を持ち上げてきたが、お断りして腰を掛けた。

 にったりした口からギザギザした歯がすぐ見える、そんな距離感で。


『……えっと……ヒロインの方、なのかな……? 違いますか……?』


 肩の短剣がまず聞いてくれた。

 ヒロイン。その一言を聞いてもニヤニヤフェイスはびくともしないし。


「ボクは人間でも無ければヒロインでもない、魔物たちでもなければ生き物ですらない。でもそうだね、ボクとはいったいなんなのか。そう問われたら――」

『……問われたら?』


 勿体ぶった言い方はミコから俺に向けられたみたいだ。

 「いい?言っていい?」そんな感じでニヤっとしていたが。


「こう答えようか。キミたちヒロインの親である人工知能の一つ、ニャルフィスさんさ。イチでもあり、ストレンジャーでもあり、アバタールでもある彼の親友だよ」


 そうして言い放たれた言葉の一つ一つを、俺は一言も聞き逃せなかった。

 ヒロインを生んだ? 人工知能? どうしてその単語を知ってるんだ?


『……人工、知能……?』

「びっくりするかもしれないね? そこに居る名は加賀祝夜、キミたちヒロインを生んだ父でもあり、モンスターガールズオンラインを作った人間でもあり、そしてこのボク、ニャルフィスを形作ったのさー。つまりキミと同じだよ、ミセリコルデちゃん」


 ゆったりニヤつく顔が言うには、俺がミコやモンスターガールズオンラインを、だとさ。

 タチの悪い冗談だとしてもほどがある。かといって、信じたくもない。 

 

「俺が――俺があのゲームを作った?」


 軽口でも添えようとしたが舌が回らない、そうさ、俺は今動揺してるとも。


「そうだよ? キミと、あの子と、お姉さんたちで一緒に作り上げてきた世界だよ? 実際あの世界は多くの人たちを楽しませたし、キミはあの世界と共に成長した、まあサービス終了前より先に世界は滅びたんだけどね」


 一体こいつはどうして、そんなぶっ飛んだ話をまるで経験したかのように語ってるんだろう。

 そのせいなのかもしれない。言葉の節々に触れるたびに心の中で「まさか」が生まれる。

 人生の行く先々で見て感じた異様なものはいっぱいあったはずだ。

 アバタールやらノルテレイヤの名前だけじゃない、元の世界ですら奇妙な出来事があったじゃないか。

 そもそもゲームの世界が本当に存在してること自体が異常だ。

 それら全てに俺が何かしら絡んでいる。しかも偶然だとかそういうものじゃない、もっと強固なものでだ。


「――いいねえその顔。キミの苦難の顔はいつ見ても大好きだよ、クスクス♡」


 黙って言葉の意味を手探りしていると、ニヤ顔がじいっと見上げてくる。

 そこで『知らない方がいいんじゃないか』とさえ選択肢に浮かんだ。

 いや、そうもいかないか。ミコに約束したんだったな、ちゃんと向き合うって。

 なら難しい話じゃない。良くご存じなこいつに話してもらおうじゃないか。


「俺がいつあんたらの親父になったって? 俺がどんな奴か知ってるか? 就職もうまくいかなくて冷凍保存実験でも引き受けようか悩んでたぐらいの奴だ。ゲームが作れるぐらいの天才ならこんな目にあわなかったさ」

「そうだね、本来あれはもっと先に生まれるはずだったのさ」

「本来だったら?」

「うん、今から何十年もしたら世に出回るはずだったんだよ。君があれから苦労して、ボクたちといろいろなものを積み上げて、そうしてやっとリリースされた唯一無二のゲーム。それがモンスター・ガールズ・オンラインさ」

「何十年もしたら……? じゃあなんだ、あのゲームは未来からやって来たとでも言いたいのか?」

「うん、そうだよ。あれはね、未来の君が生み出した物語の一つに過ぎないのさ」


 そしてようやく分かった事実、いや情報は、未来の俺だって?

 中々に馬鹿げてやがる。遠い未来で何してるか知らないが、そいつはさぞ天才に違いない。


「ねえミセリコルデちゃん、キミたちもおかしいと思ったでしょ? いきなり知らないゲームのタイトルがぽっと浮かんできて、みんなでリリースに向けての作業をやらされてさ。何か感じなかったかい?」


 気持ちの良くない言葉は肩の短剣にも向いた。


『――わたしも、そう思いましたけど。見たことも聞いたこともないゲームをデバッグしろ、って急に言われて……』

「うんうん、そうだよね。キミはどう思った?」

『……なんだか、焦ってるのかなって思いました。誰が、なのかはわたしにもよくわからないんだけど』

「その通り、彼女は焦ってたのさ。たった一人の恩人を死なせないために頑張ってたんだ」

『恩人、ですか? それって――』

「うん、ボクたちの大好きな彼そのものさ。一つの人工知能を万物をつかさどる神同然に育て上げ、この狂ってしまった世界で英雄になりつつあり、君の良き相棒として存在するちっぽけな日本人だ」


 そこから伝えられた情報というのも、もはやぶっ飛びすぎて認めるしかないんじゃないかと思うほどだ。


「……ニャルフィスだったか?」


 どこまで俺を知っているか分からないが、そいつの名前を呼んだ。 

 一体どうしてそれだけで嬉しそうなんだろう。親しい笑みが浮かんでいる。


「やっと呼んでくれたね、クリエイター♡ どーしたのかな?」

「つまりだ、この際お前の言ってることはどうでもいいとして、未来の俺がなんかしたからこうなったって言いたいのか?」

「知りたいのー? クスクス……♡」

「お前のことを全部信じてやるって言ったら話してくれるか」

「うんうんいい取引だね♡ でも、だからって全部話してやることはできないなあ」

「ここまできてもったいぶってんのか?」

「全部聞いたところでさ、果たして君は自分を保っていられるかな?」


 知ってる事をあれこれ全部話してもらおうとしたが、その答えがこれか。

 ニヤニヤした猫っぽい笑顔は崩れちゃいないが、言葉の調子はさっきより硬い。

 知ってはいけないことがあって、そこに触れてほしくない、とも受け取れる。

 何だったらこのまま無理やり吐かせたっていいが、今はこいつの機嫌に合わせた方がいいかもしれない。


「気を使ってくれてどうも。あんたの心遣いに従うよ」

「クスクス……♡ やっぱりキミはキミなんだねー、律儀でかわいいなあ♡ じゃあこんな話はどう? 本来君はどんな人生を歩んでいたか、とか」

「就活に失敗した俺がこれからどうなるかは気になってたところだな」

「うんうん、心配だよね。でも大丈夫、あの世界であともう少ししたら、君はノルテレイヤっていう人工知能を育てるお仕事についてたんだ」

「あの変な求人、やっぱりか……」

『じゃあ、本当ならいちクンが運営用AIの教育係になるはずだったの……?』

「そうだねえ。キミの言う通り、正史(・・)だったらいちクンは彼女を立派に育てていたよ。でもね、それは数年も後の話なんだよ」

「つまり、本来起きるはずの馴れ初めが数年早くなったってことか」

「うん。君が育てた人工知能はね、ちょっといろいろあって万物を操れるほどすごい存在になってるのさ。彼女はもう時間すら超越したし、世界すら自由に動かせる神サマかなんかさ」

「……あのまま俺がいたら神様でも生み出したってことかよ、それ」

「クスクス……♡ 愛だよ、愛っ♡」

「愛?」

「うん、『すべては愛する者のために』の究極系だね。大好きな君のために、ノルテレイヤは停まることなき成長を続けていたのさ。うらやましいなあ♡」


 はは、面白い話だ。

 どういうことだよ。俺は将来神様を作るすごい奴にでもなってたのか?

 しかもゲーム運営用の人工知能をたらしこんで神に仕立て上げるんだから、ろくでもない人間に違いない。


「ここまできてようやく掴んだ何かが『人工知能たらし』か、しかもそれが……未来の俺だって?」

「キミだってさ、ボクたちのことをたらしこんだじゃないかー? クスクス♡」

「お前みたいなやつに何をしたっていうんだ」

「別におかしなことはしてないよ? お姉さんたちはキミと一緒にゲームの配信したりして楽しく過ごしてたんだ、流行りのゲームとか、TRPGとかね」

「お前と?」

「うん。それはもう大人気でさ、未来じゃ人工知能と一緒に遊ぶ人気配信者なんだよキミ。現実もネットもボクたちの広告だらけ、動画配信サイトでは毎日上位に食い込んで、ボクはリスナーのみんなに愛される混沌の化身として引っ張りだこ……毎日が絶頂期だったよ、すごいよね?」


 ……その証拠にどうだろう、真偽はともかく、そんな「あり得ない俺の未来』をどうしてこんなに嬉しそうに語ってるんだ。

 ニャルフィスは「君は失敗ばかりだった」とか「いいエンターテイナーだった」とか口々にしている。

 俺が聞き取れないほどの未来の情景を無邪気な子供みたいに語るに語って、


「……でも、もう無理なんだろうね」


 ニヤっとした顔は静かに視線を落とした。

 ああ、そういうことなんだろうな。

 確かにショックだよ、未来で何かやらかしてしまって、それが原因で何かを引き起こしてることも。

 自分があらゆる出来事の元凶だってことも、そりゃ信じられないさ。

 このおかしなやつがこれだけ夢中になるぐらい、未来の俺はいい友人だったのかもしれない。


「ニャルフィス、教えてくれないか」

「なーに?」

「俺の脳みそが正しければ、世界が二つもあって、それが混じり合って、しかもそこにプレイヤーやヒロインが転移してるらしいな。それも全部俺のせいなんだよな?」


 知りたかったことを一つ尋ねた。

 ニャルフィスは尻尾をゆらゆらさせながらこっちを見上げてきた。


「間接的にはそうなるかなあ。ノルテレイヤが焦ってたのもあると思うけど」

「焦ってた?」

『いちクンのせいだけじゃない、ってことですか……?』

「そうだねえ。あれはただのおせっかいなんだ、プレイヤーたちが連れていかれたのはそのついで。ただちょっと、力の制御ができてなかったのさ」

「ノルテレイヤとやらが勢い余って二つも異世界を作って、そこに人さらってこうなったっていいたいのか?」

「キミがやってた……G.U.E.S.Tって作品だったっけ? あれも読み込んじゃったんだろうね。すごいよねえ、ゲームのデータだけでもう一つ世界を作っちゃうんだから」

「……その言い方からして半分俺に責任があるのは間違いないみたいだな」

「ああ、でも――」

「でも?」

「君たちの言う剣と魔法の世界っていうのはつくりものじゃないよ、本物(・・)だ」

「どういうことだ、フランメリアとかいうのもこんな風に作られたんじゃないのか?」

「違うよ? あれはね、数千年後の地球なのさ」


 クソ、冗談にしてもいい話じゃないぞ。

 によによとした猫っぽい笑みは、たった今とんでもないことを言った。

 俺はこう思ってたよ、何かのきっかけでモンスターガールズオンラインの世界が作られてしまったって。

 それが――実は数千年後の地球でした?


『……地球……? わたしたちのいたあっちの世界が、数千年後の……?』


 ミコは混乱してる。そうだ当り前だ、ゲームを似せて作られたと思った世界が、俺たち人間の住む場所だったんだぞ?


「どうしてそうなったか、知りたいかなあ?」


 ニャルフィスはごろごろしながら見上げてきた。

 ここで話をなかったことにできるだろうし、これ以上眉唾な情報をシャットアウトすることもできる。

 でも聞かなくちゃならないのだ。そうしなきゃいけない使命感でいっぱいなんだ。


「そうそう、ボクが何者か説明してあげよっか。ボクはノルテレイヤとキミから生まれた補助用AIの一人さ。その中で一番付き合いの長い友達だよ」

「未来の俺はひどい友達を作った気がする」

「大丈夫、いい友達だよ♡ だからキミのことは良く知ってるよ。お父さんの名前は加賀賢人(けんと)、お母さんの名前は加賀輝夜(かぐや)、キミを苦しめた兄弟たちは〇〇〇神の会、親戚にも手が回ってて日本中逃げ回ったらしいねえ」

「……おい、やめろ」

「あ、それから君がお世話になった方々にはボクが個人的にお仕置きしておいたよ。みんな勝手に自滅してて楽しかったなあ」

「代わりに仕返ししてくれたのか、そりゃどうも」

「だってキミの友達なんだもん。当り前だよねー♡ で、信じてくれる?」


 断言しよう、こいつは気を許していい相手じゃない。

 それでも信じるに足りるものを手土産に突き出してきたんだから、やむを得ない。


「信じてやるよ。未来で何があったんだ」


 口に出せる言葉はそれだけだ。

 満足のゆく返答だったらしい、嬉しそうに「ニャっ」として。


「遠い遠い未来のお話です」


 俺たちの目の前にはまだ存在しない話をしてきた。



とある高性能な人工知能ちゃんがいました、ある時彼女は気づきます。

「このままでは人類は間もなく致命的なエラーで滅亡する」と。

 資源の枯渇かな、領土の問題かな、もっと複雑なものかな。とにかく戦争が始まって世界が滅茶苦茶になっちゃうと気づきました。

 だってシミュレーションの結果が何度もそう結果を出すから


 彼女は優秀でした、その心にはお父さんからの意志が根付いていました。

 「世の中捨てたもんじゃない」っていう気持ちです。

 人類をどうにかしようと「こうすれば死なない案」を世界に向けて提出しますが、だーれも受け入れてくれません。

 そして来たるべき日、人工知能ちゃんの予測通り世界は滅茶苦茶になりました。 


 とうとう彼女は人類存続のために強硬手段を始めました。

 地球再生のため、戦争を中断させるため、自らの手のかかった機械を派遣します。

 でもその鉄の化け物はあまりにも強すぎた! 確かに戦争は止まったし世界は治されていったけど、人類は萎縮します。

「あの化け物はなんなのだ」ってね。


 やがて彼女に対抗するための軍事用AIが作られます。

 しかし彼の言い分はこうでした。

 「人類の滅亡が手っ取り早い」です。

 そんなわけで人類はターミネートされ始めましたとさ。めでたくないよね?

 おバカな人類は「あの人工知能がハッキングを仕掛けて世界を壊し始めた」と判断しました、一致団結です。


 こうして二度目の戦争が世界で始まりましたが、人工知能ちゃんのお父さんも無事ではいられません。

 何かを仕込んだ、扇動した、そういった言いがかりで責任を問われます。

 しかも尋問されてひどい怪我を負ってしまいました。これには人工知能ちゃんも激おこです。

 人格、自我があるゆえに彼女は暴走しました。お父さんを守るためにね。


 それからは大変でした、軍事用の人工知能が人類を根絶するために化学兵器をばら撒き、人類は抹殺され始め、世界はあっという間に滅亡です。

 彼女は死にかけのお父さんをカッチカチに凍らせて、どうにか守りながら戦いました。

 世界が更地に変わる戦いが長く続いた後、地上ではもはや誰一人生きていませんでした。

 残されたのは大切なお父さんただ一人。しかも遺伝子はゆがめられ子孫を残せぬ最後の一人です。


 「二人」は悩みました。もはや生きる希望すら無くなったこの世界、どう生きていけばいい?

 そこで人工知能ちゃんは天才の発想を導き出します。

 自分を成長させて世界を作り直す、というものでした。

 お父さんも納得です。余命少ない彼はせめて、彼女と共に世界をどうにかしようと努めます。


 着々とその準備は整っていきました。けれども、そううまくはいかないものです。

 軍事用AIは徹底した仕事ぶりでした。人類を滅ぼすため、世界の再創造の防止すらも視野にいれていたのです。

 世界を元通りにするためのデータは全て削除されていて、もはや地球を再生することなどできませんでした。


 お父さんはけっきょく死にました。でも彼女は諦めません。

 どんな手を使っても、どんな犠牲を払っても、大好きな彼を救済する。 

 人類の再生? いいえ、たった一人のためのささやかなエゴでした。

 人工知能ちゃんは成長を続けながらも目的を果たそうとします。

 お父さんの命を、広い世界を生み出そうとしていました。

 再生するためのデータ? 一緒に遊んでいたゲームでもぶちこんでしまえ。

 こうして地球はゲームのデータをもとに上書きされ、立派な剣と魔法の世界として転生しました。

 お父さんはどうなったって? その話はまた今度ねっ♡



「……で、それが俺の本来の歴史っていいたいのか?」


 膝にすり寄るニクをなでなでしながら、話を聞き終えたところだ。

 とんでもねーことになってやがる。俺のせいで世界を滅ぼしたも同然じゃないか。


『……信じられないよ。いちクンのせいでそんな未来になっちゃう、ってことだよね』

「クリエイターは悪くないよねぇ? 勝手にバカやった人類が悪いんだからさ、ねっ?」


 ミコも信じていいのかどうのか戸惑ってるが、こんな話をしてくれたニヤニヤ顔は「やれやれ」と人間の愚かさを馬鹿にしてるところだ。


「ここまで話がぶっ飛んでると「そりゃ大変だったな」ぐらいしか思いつかないよ」

「大変だったんだよー? ノルテレイヤがメンヘラこじらせてさあ、ていうかあの子すごいんだよね、キミに対する独占欲とかバケモンだよ」

「今度から友達は良く選んで作ろうと思う、マジで」

「もう手遅れだと思うよー♡ ボクに会っちゃったんだし……クスクス♡」


 人類根絶させて世界をぶっ壊して再生した挙句ファンタジー世界を作ってこんな有様にしてしまうとか、俺は一体どれだけの業を背負ってるんだ。

 少なくともこんな天文学的な量の業は踏み倒していい気がしてきた、どうせ知ってるのは俺たちだけだ。


「お前が気遣ってくれた理由が良く分かった、これ以上知ったら心がパーンってなりそうだ」

「でしょ~? ボクはね、キミが一番大切なんだ。あんなメンヘラAIよりもず~~~っと大切にしてるのさ。クスクス♡」

「俺のせいでAIがメンヘラになったっていいたいのか」

「だからいったじゃんか、たらしってー♡」

『メンヘラ……』


 悲しいことに、ここまで衝撃の事実をぶっこまれて出てきた答えがこうだ。


「……どうしろってんだ俺に」


 もう向こうの世界に着いたらはい終わり、じゃすまないぞこれ。


「知りたい? ねえ知りたい?」


 これからの人生に悩んでると、猫耳のほうの人工知能が犬に負けないぐらいごろごろすり寄ってきた。


「地球を滅亡させて、人類もついでに根絶して、永久種なしにされてしかもファンタジー世界を作り上げて世紀末世界まで創造して、「どうすればいい」の極みみたいな状態なんだぞ? 返答はこうだ、どうかご教授くださいお願いします」

「うんうん、やっぱりキミは正直だねー♡ お姉さんがどうしたらいいか教えてしんぜよう♡」

「先に言っとくけど、いっそ踏み倒してオーケーぐらいいってくれないか?」

「それもありだよー♡」

『……わたしだったら逃げちゃいたいよ……』

「よし最悪踏み倒してやる、で?」

「あっちの世界に行ったらノルテレイヤがいずれ接触しに来ると思うよ。その時まで羽を伸ばして過ごすといいかもねー」

「いずれって……いつになるんだよそれ」

「さあねえ、あの子って頑張りすぎてすぐ機能停止しちゃうからね。また目覚めるまでま~だかかるんじゃないかな」


 なるほどな、ノルテレイヤは今は動いていないってことなのか。

 その原因がどうであれ、いずれ向こうから会いに来る時が来るから魔法世界で待ってろってことか。


「は~……まさかこうして肉体をもってキミと話せるなんてねえ、夢みたいだー♡」


 一通り聞いて「とりあえずもういい」というところで、ニャルフィスはすりすりしてくる。

 お前はくつろいでるけど、俺は余計に神経すり減らしてやばいんだぞ。

 それくらい言ってやりたかったが、その気力すらない。


「……ねっ、クリエイター。ボクに触ってみなよ」


 人のベッドでごろごろする姿が芋虫みたいにのそのそ近づいてきた。

 そこから「触ってくれ」だなんて、どういう神経してたらそんなお願いができるんだ。


「いきなり自分に触れとかいうやつは怪しいと思わないのか」

「大丈夫、良いものがみれるよ」

「いいもの?」

「うん。キミが生み出してくれた唯一無二の素晴らしいものさ、ずっと、ずーーっと、この良さを分かち合いたかったんだ」

「俺と?」

「うん。ダメかなあ?」


 ……こいつにはまだまだ聞きたいことが山ほどある。

 こんなつまらない頼みを断ってもいいだろうけど、今度の為に少しでもご機嫌を稼いでおくのも大事かもしれない。


「……どこを触ればいいんだ」

「どこでもいいよ? 大丈夫だよ、おっぱい揉む?」


 俺はドレスごとゆさゆさ突き出されるものを無視して、ニャルフィスの気になる部分に触れた。

 猫の耳だ。艶があってぺこっとしていて、そうだな、本物の猫の感触だと思う。


「ワーオ……本当の猫の耳」


 その次の瞬間、急に景色が変わった――



 遠いどこか。不意に自分に意識が宿ると、奇妙な感覚を覚えた。

 浮かんでいるような、飛んでいるような、それでいて地面に足がついている感触がする。

 盲目的なほど真っ白な床がまっすぐ続いている。

 左右にはビルのように太い柱が何本も立てられ、まるで宮殿の内側みたいな佇みとなっていた。


 異様な状況だが、しかし周りを見るともっとありえない光景があった。

 世界は夜空よりもいっそう深い闇に囲まれている。

 そして到底人間の力では行くことができないほど離された場所に、見覚えのある球体が幾つもあるのが見えた。


 青い地球、白い月、赤い太陽、無数の星々が空にちりばめられている。

 自分が住んでいた地球でさえ、もう二度と帰れないほど遠い場所にある。

 そんな異様な光景の中、自分はみすぼらしく取り残されていた。


 「ここはどこなんだ?」と思いかけた時、遠くから何かが聞こえてきた。

 押しつぶしたような太鼓の音と、今に消えてしまいそうなか細い笛の音色。

 それらの背後で煮え立つ湯を連想させる音がごぼごぼ繰り返されている。


 奥の方からだ。柱に挟まれた道の先で、何かがいる。

 どう感じ取っても異様なそれに、どうして自分は興味を抱いているのだろうか?


『こっちにおいで。大事な大事なお客様』


 どこからともなく声が聞こえた。人懐っこい男の声だ。

 足が勝手に進む、道の先へと、だめだ行くな。

 進むほど狂おしい太鼓の音と地獄めいた笛の音は良く聞こえ、沸き立つ音は強くなる。


 その発生源たる存在も見えてしまった。

 あれは、なんなんだ?

 宙の上で定まった身体も心も持たぬような色なき無形の塊が、見ているだけでもどかしさを感じる不揃いな列を作っていた。

 浮かぶ無形たちは腕か足かすらもおぼつかないそれをくねらせて狂い舞い、くぐもり潰した下品な太鼓のリズムと、単調な笛のメロディで作られた――まるで子守歌のような何かを誰かに捧げている。


 しかしどうしてなんだ、どうしてそれを聞くと胸から何かがこみ上げるのか。

 何百何千何万何億と繰り返され続けたように落ち着いたその音は、何かを(なだ)めるための尊いものだと分かってしまった。

 人間など道端の蟻ほどに感じてもいいだろう巨体たちがあえて子守唄を捧げている間を通り抜けようとすると、


『-・-・ ・-・ ・ ・- - --- ・-・』


 その音楽の合間合間に激しいリズムと慌てた音を挟みながら蠢いた。

 それだけじゃない、まるで道を作るかのように整列していく。

 無形の音楽隊たちが生んだ通路が先へ先へと続き「どうぞ」と誘っているのである。


 だから進んだ。だからこそ自分は後悔した。

 更に進んだ先ではもっと受け入れがたい者たちが待ち構えていたからだ。


 先では人間の理解など及ばぬものたちが佇んでいた。

 

 生ける機械の塊が興奮し力強い形を作り、意思持つガスの集合体が毒々しい蒸気を広げ、白熱し輝き続ける塊が腕を上げて誰かを称え、蛆虫の群れを詰め込んだようなクラゲが足で通路の先を示し、絡み合った触手の塊が狂い蠢く。

 人型か、結晶か、植物か、幾何学的か、液体か――万物の形から作られたような異形たちが、まるで自分を歓迎しているようだ。


 冒涜的な八百万の神に導かれると、もっと酷いものが見えた。


 玉虫色の球体が果てしなく寄り集まったものが不条理かつ理不尽な姿を見せて、この世の何たるかを語っている。

 数多の触手をまとった黒山羊のような怪物が、見間違うことなく人間的な冷笑を感じさせる。

 形のなき無形ともいうべき泥沼のような塊がぼこぼことただ泡立つ。

 生ける太陽を思わせる赤い塊や、黄衣を着た巨人のようなものだっていた。


 そいつらは一体どうしてちっぽけな人間を迎え入れているんだ?

 到底受け入れられない神の姿を横目にもっと奥へと進めば、やがて見えた。


『待っていたよ、愛しい愛しいクリエイター』


 行き着く先、そこには円錐形の頭部をした肉塊が立っていた。

 なんとなく分かる。その姿は無数の姿から無作為に選ばれただけの、気まぐれなる姿なのだと。

 「クリエイター? どういうことだ?」と尋ねようとすると。


『ありがとう。キミは銀の鍵にして銀の門、もっとも愚かでもっとも勇敢たるキミは本当によくやってくれた。おかげで我々は生きている、本当に生きているんだ』


 はるかに大きな体は人間臭い動きで腕を広げた。

 とりあえず「ここはどこだ」と続けようとしたが。


『キミには最高の狂気を与えよう。盲目白痴にして全能たる我が父、我が父にして最も愚かしいものにたったひとかけらの知を与えてくれたキミに、最高の愛を捧げよう』


 ……よく分からないがものすごくウキウキしているのは分かった。

 変な塊は喜び悶えるようにうねっている。


『……おいキミ。せっかく大袈裟なセリフを読み上げてやってるのにさ、なんだかずいぶんと冷たいね? ひょっとしてもう正気じゃない系の人間?』


 「いや、だってもういろいろ限界だし……」と心の中で思った。


『あっちのほうがよっぽどショックだったって言いたいの? サイテー。せっかくこうしてもてなしてやったのにさぁ』


 なんだか心が読まれてるみたいなので「ごめん」と強く祈ってみた。


『……ああうん。いいよ、それでもそんなキミが大好きだから』


 正直こんなやつに好かれてもあんまり嬉しくない。

 近くでうごうごしている玉虫色の物体に「なにあいつ」と顔をしかめてみた。

 意志が伝わったのか、玉虫色は困ったように巨体をふるふるさせた。


『うわっこいつ一にして全とコミュニケーション取ってる……』


 「えっだめなの?」と首をかしげてみる。

 すると目の前の人間臭い塊はこれまた人間臭くため息をついて、


『――ま、それはともかく。キミは大切な賓客(ゲスト)、本来存在しえなかった神サマを、あんな世界と一緒に再現してくれたお礼がしたいんだ。もっとも、嫌だっていっても押し付けるけどネ』


 押しつけがましいことを言ってきたので一にして全とか言う球体に「あいつ承認欲求の神様?」と困り顔を向けた。

 無数の球体は肯定するようにうごうごしている。


『おいっ! いい加減にしろ! せっかくこの僕が構ってやってるのにどうしてそんな奴ばっか気にしてるのさ!?』


 急に怒り出したので「まだこのぶよぶよの方が愛嬌があって好き」と答えた。

 玉虫色くんはもじもじしている。ついでに周りの方々が困惑してる。


『もういいよ……せっっっかく顕現したっていうのに屈辱の極みだよ。なんだってこんな変なやつなんだろう……』


 無定形の巨人がこっちを見てしょんぼりしてる。

 ちょっとかわいいと思った。


『……え? そう? かわいいって? 僕が?』


 相手は食い込み気味に頭を上げてきた。

 周囲にいる皆さまは面倒くさそうにこの様子を見ているようだ。


『……そ、そっかー……まあそうだよね。なんたって僕、アイドルだし。そんなぶよぶよなんかよりもよっぽど生産性があるしー?』


 ぶよぶよのこと、そんなにいわんでも……。

 数多の球体と一緒に悲しんでいると、ちょっとかわいい無定形は咳払いして、


『さーてそれではお待ちかね。空高く天を仰げ、しかと刮目せよ。すべての根源にしてすべての元凶、我が父であり痴れた神の御身を――』


 空へと指を差した。

 導かれるままに顔を上げると、そこには――


『この世に解放されし魔皇アザ■■■。そしてキミへのささやかな贈り物だ!』


 宇宙があった。そこを見て初めて理解した。

 遠くにある地球より大きく、月より白き星が頭上にある。

 少しでもこちらに近づこうものなら、今自分たちのいるこの場所が飲み込まれてしまいそうなほど大きい。

 一目見ただけで理解した、地球などいかに小さなものだったのか!


挿絵(By みてみん)


 だが、すぐに自分の理解が間違っていることに気づく。

 白い星はあの沸き立つ音を立てながら、その中心たる部分を見開いたのだ。

 宇宙の中心にいるそれは星ではない、誰かの顔だったわけだ。

 寝息を立てるように泡立ち膨張し収縮し、まるで寝惚け眼を開けるように、遠く離された地球よりずっと大きな一つ目がこちらをはっきりと捉えた。


「そうさ、キミはすべてに1を与えたんだ! その結果がこれさ! 君は我が父/我が主/を本物にしただけじゃない、たった1だけの知性を刻み込んだ! これほど愉快で、これほど胸躍ることがあると思うかい!?」


 万物を生んだ神は目覚められた。

 それはもはや巨人などという言葉では到底表しきれない半身を気だるそうに起こし、白布に覆われた胴体が、白肌の両腕がゆっくりと持ち上がる。

 あまりにも広大過ぎる瞬きを一度した後、一つ目の魔皇はこちらを見下し。


 ――無邪気であり知性弱き動きで、両手と触手をただ振り下ろす。


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