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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
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96 集えスティングの戦士たち

 思えばあれは相当効果があったんだろうな。

 結果から言ってしまうと、物資を大量に持ち帰ったらいつのまにか北部が奪還されてた。

 何言ってんだよくわかんねえぞって? 俺もだよ。


「いやはや、圧巻ですなチャールトン殿。まるでこの世のいたるところからかき集めたようで……」


 フランメリア人のたまり場で、エルフの男が荷下ろし中のトラックを見ていた。


『自警団の装備品がいっぱいあるぞ、あいつら手付けてなかったのか?』

『なんで調味料と一緒にマナポーションがあんのよ、馬鹿じゃないの?』

『おい馬鹿そこのエルフ! ガソリンあんだぞタバコ吸ってんじゃねえ!?』

『この大砲は何じゃ、斜め向いとるが』

『それは迫撃砲って言って……いやそんな風に抱えて使うもんじゃなくてだな』

『邪魔だ邪魔だ! 後は俺たち獣人に任せろ、欲しいもんは後で探せ!』


 周りは荷下ろし兼戦利品漁りをしにきた人間と異種族で賑わってるところだ。

 そんな光景に軍服姿のオークは満足げに鼻を鳴らして、


「貴公らとて盛大に戦果を上げたようではないか、吾輩もそちらに行くべきだったかな? はっはっは」


 道路をとぼとぼと歩かされる人間の群れを見てにっこりしていた。

 笑顔の先では、俺たちの目の前を重い足取りで横切る有象無象たちがいる。

 レイダー、ミリティア、ライヒランド、そこに裏切者や同調者の交じった複雑な列だ。

 その数――分からない、とにかくいっぱいだ。どれもこれもが自由を奪われ、半殺しにされ、悲観的な様子で連れ回されている。


「さっき途中で一人死んで五十人だ、俺たちの勝ちだな」

「何を言ってやがる、こっちだって同じぐらいあんだろ」

「死にかけの奴は勘定に入らないぞ、こっちは綺麗に生け捕りだ」

「なんだとぉ? 頑張って生きてるんだ、カウントしてやれよ」

「いや頑張ってるとかそういう問題じゃなくてな……おい! 逃げたらわかってるだろうな!」

「あー……一人倒れたぞ、死んだなありゃ。すまんさっきのやっぱなしで」

「人間は俺たちみたいに頑丈じゃないんだぞ、もうちょっと優しく扱え」


 はしゃぐモンスターどもがその『捕虜』を持ち帰ってきたようだ。

 一体どうなってるんだ? 夢でも見てるのか俺は?

 六人編成で一組のチームが幾つも集まって、自分たちよりも何十倍も多い人間を捕まえてくるんだぞ?

 よっぽど怖い思いをしたに違いない。どいつもこいつも逃げる気力すら失って、道中で永久に倒れる奴がいるほどだ。


「あいつらマジで何してきたんだよ……」

『……あれって全部捕虜なのかな。でも、扱いがひどすぎるよ……』


 俺たちの前を通り過ぎて、その誰かから向けられた顔は「助けて」だった。

 レイダーからミリティアまでが俺に助けを求めてる。ごめん無理だ。


「おおアバタールの、わしらもお土産をいっぱい持ってきたぞ。どうだすごいじゃろう」

「やはり戦いは良い、心が癒され脳に活力が戻るな」


 荷台近くで座ってそんな様子を見てると、異種族の一団が気さくにやってきた。

 無邪気なドワーフの爺さんと、正気を取り戻したリザードマンの剣士といった連中がまた別の捕虜の列を連れてきて。


「――ああ、狼犬の神よ。どうか卑しき魔物たちから我らをお救い下さい。どうか、どうか白き聖なる加護をお与えください」


 その列に混じった白いレインコートみたいな衣装を着た男が祈り抜けていく。

 侵略者どもと仲良く足並みを揃えてるなら「(いこーる)敵」でよさそうだが、カルト的な口ぶりは耳にしたくなかった。色々な意味で。

 ボスが言ってたな、南部の工場を占拠したカルトがどうこうって。これで厄介な奴らを敵に回したかもしれない。


「おいトカゲの、なんじゃあの白い奴。やかましすぎるぞ」

「分からん。まあこちらに武器を向けたのだから、敵なのは確かだ」

「自分から喧嘩売ってきてけっきょく神サン頼りとかば~っかじゃねえの」

「まったくだな。大体なんだ狼犬の神とは、ノルテレイヤ様だろうそこは」


 二人は自分たちの捕虜をどこかへ連れて行ったようだ。

 見上げれば綺麗な朝の空が広がっている。もうこんな時間だったか。

 そうやって一仕事終えた疲れをその場で休めてると、


「ここにいると気が休まらないね。次から次へと面白いことが起きやがる」


 緑色の瓶に視界が遮られた。ボスの声だ。

 その手を辿ると小銃を背負った屈強な老人が俺の好物を持っていて。


「そりゃ帰ってきたらファンタジーな連中が街の大部分を奪還して、こんな捕虜のデスマーチ連れて帰ってくるんですからね」

『……みんな疲れちゃってますよね、驚くことが多すぎて……』

「あの元気なモンスターどもならいいんだがね、私ら人間はそろそろパンク寸前だよ。問題ばかり起きて押しつぶされそうさね」


 渡された。栓も抜いてくれたみたいだ。

 一口飲むと寝ずに動き続ける身体に甘辛さがじわじわ染みる。

 辛くて甘いジンジャーエールを生み出した人は偉大だと思う。


「まったく、一つ問題を片付ければ二つ問題が出るものだから気が休まらないな」


 賑やかすぎる様子を三人で眺めてると、そこに青黒い戦闘服の姿が混じった。

 エンフォーサーの隊長、オチキスだ。顔色からして心身共に疲れ果ててる。


「一応俺たちは良かれと思って全部奪って来たんだけどな、タイミングが悪いっていうか」

「君たちの働きは素晴らしいものだとは思うんだが、いかんせんこのモンスターたちがな。加減というもの知らないせいで苦労してるんだ」

『あの人たちって、どんどん先に進んじゃいますよね。悪気はないと思うんですけど……』

「どう頑張ったってあっちとこっちのペースは合わないさ。うちらが一歩進んだら向こうは三四歩先歩いてんだ、気にかけて戻ってきてくれるのが唯一の救いだがね」


 これからどんな運命をたどるか分からぬ捕虜の列は間もなく終わるようだ。

 武器も戦意も失った人間がそこで途切れて、オチキス隊長がため息をついた。


「……もしこの状況をどうにかしたい、となれば単純な話だ。人手だ、とにかく人手が足りない。この際モンスターの手でもいいがもっと数が必要なんだ」


 ファンタジーな方々が加わったのにそれでも足りないそうだ。

 俺は「これでもまだ足りない?」とかしげて見せたが、


「確かにいいことだろうな、こんなに急速に支配地域を取り返せて、物資も大量に奪還して、ご覧の通り捕虜も山ほどいる。ではそれらを誰がどれだけの数で制御する必要があると思う?」


 早口で、神経質な物言いで返されてしまう。

 それもそうか。急速な拡大に追いつけないというありさまだ。

 占拠されてた場所を取り返したとして誰がそこ保持するか、山ほどの物資をどう運用するか、これだけの捕虜をどう処理するか。

 答えは「今はどうしようもない」だ。そりゃそんな具合悪そうな顔になる。


「そもそも市長を筆頭にして街のあちこちに裏切者がいたんじゃね。アテになる人材なんて元からいないようなもんさ」

「我々エンフォーサーもどうにかできないとは努力はしてる。市民の避難、潜伏する敵の対処、街の状態の保持、なんでもしてる。それが間もなく限界を迎えようというところだ」

「ファンタジーな人たちはそんな事お構いなしに好き放題やってるからな。とうとうメリットよりデメリットが先に出てきちゃったわけか」

『……このままだとわたしたちの方が危ないですよね?』


 明るくない話題にこの場がずーんと沈むが、けれどもオチキスは気を取り直して。


「危なくなる前に希望が見えてきたのが唯一の救いだろうな」


 捕虜の列が消えた道路の向こうを見た。

 その言葉通りなのかは分からないが、また別の一団がこっちにぞろぞろ前進中だ。


「なんだいありゃ、ずいぶん頭数揃えて行進してきてるが」

「ここの市民だ。もう少しで難民になるところだった犠牲者というべきかもしれないが」


 ボスの疑問の先から来たのは、ただの人の群れだった。

 無様な捕虜でもなければ勇ましい戦士でもないし、恐ろしい化け物でも無ければ頼れる人間でもない。

 つまり、スティングの市民だ。それなりの身なりで、ついこの前までは平和に暮らしていたかもしれない連中が大挙してる。


「今度はなんだ。なんでこっちに来るんだあいつら」

『オチキスさん……? すごく来てますけど……あの人たちは?』

「ここで暮らしてらっしゃる連中だろうね。でも見てごらん、あれは物乞いしに来たってわけじゃなさそうだよ」


 ミコと一緒に老若男女問わない群れを見てると、ボスが感心したようだった。

 遠目に見れば取り返した物資の行方を聞きつけてもらいに来た連中にも見えるが、何かが違う。

 もし『感覚』で物を言うなら――戦意だ。やる気が身体に浮かび上がってる。


「一体誰がそうさせたのかは分からないんだが、侵略者どもと勇敢に戦う覚悟ができた連中らしいんだ」


 オチキスは俺を見てきた。

 この流れからして、そんなやる気を与えるきっかけがここにいるらしい。


「誰が、ってのは俺じゃないよな」

「じゃあ直接彼らに聞いたらどうだ? はっきりするぞ?」

「それがいいだろうね。相手してやりな」


 捕虜たちの後を追うように進む足並みはどんどんこっちに近づいてくる。

 それにしたって数がすごい。何十人だとかいうレベルじゃないんだ。

 そんな塊が歩いてくるもんだから周りのモンスターたちも「なんだあれ」と妖しむが、


「……擲弾兵(グレネーダー)だ!」


 その先頭にいた男がこっちを見て立ち止まる。

 列も崩れた。少しでもこっちを目にしようと人が続々詰め寄ってくる。

 いろいろな身なりの連中があっという間に目の前を囲んで、前にも後にも踏み込めないカオスが広がるが。


「みんな落ち着け! 見ろ、ここに擲弾兵がここにいるぞ!」


 誰かがそう制して、静まり返った連中から視線が集った。

 それがもしも恨みつらみばっかのものだったらさぞ気分が悪いだろうが、信頼や期待ばっかなのも相当なものだと思う。

 現に無数の人間からそんな目つきを注がれていて。


「見たぞ、あんたさっき戦車をぶっ壊してたよな!」

「あいつらを派手に吹き飛ばしたよな!? そうだ、擲弾兵が蘇ったんだ!」

「さっきなんてライヒランドの奴らを一人で皆殺しにしてたぞ! 伝説なんかじゃない、マジだったんだよ!」


 一体どこまでを見られたかは分からないが、市民たちはとても興奮してた。

 一人の所業にどうしてここまで熱狂できるかは、やはりこのジャンプスーツのせいだと思う。


「あー……なんかご用で? みんなで握手しにきたのか?」


 さすがにちょっと引いた。本心から一歩後退するほどに。

 しかしこんな物言いにも誰一人気も悪くしてない、それどころか。


「もっといいことをしにきたんだ。なあみんな?」


 先頭の誰かがニヤっと笑った。

 他の奴らもそうだ。びっくりするぐらい意志が一つにまとまってる。


「お、俺たちも戦うよ、擲弾兵」

「ああ、もう指くわえて好き放題されるつもりなんてないんだ」

「家族がやられちまったよ。でもあんたが活躍したって聞いて少しマシになったんだ」

「街も家もぐちゃぐちゃにされたんだ、この怒りを晴らさないとこれから生きていけなさそうでな」

「あのおっかないミューティどもを仲間に引き入れたんだろ。どうやったか知らねえがすげえよあんた、おかげで救われたんだ」


 なんてこった、ここにいる連中全員が――戦うって?

 一人一人の顔をざっと見てみたが、残念なことに「仕方がなく」とか義理でやって来た奴はいない。

 誰もが自分にできることを探しに来てる。こいつら、本気だ。


「はっ、あんたらはいい時に来たね。ちょうど戦える奴を探してたんだ」


 そこにボスも加わわった。

 「誰だ?」という視線が老人一人分の身体に集まるが、


「私はシャープシューター。シド・レンジャーズにいた頃あいつらに一発お見舞いしてやったババァだよ、この頼りない擲弾兵のボスさ」


 その名前を堂々と口にして、相応の姿勢で向き合ったようだ。

 いつにもなく険しい顔と強く伸びた背筋は説得力があったんだろう。


「シャープシューターって誰だ?」

「……スティングの戦いにいたっていう英雄だ……!」

「嘘だろ……!? 伝説の狙撃手までいやがるぞ!?」

「じゃあなんだ、先の戦いの英雄もついてるってことか……!?」


 一体ボスの身にどんな偉業が染み付いてるのかは謎だが、みんなかなりの衝撃を受けてる。

 もうこいつらは俺らを「たまたま助けてくれた親切な人」ぐらいじゃ許してくれなさそうだ。

 そこに「で、どうするんだい?」とボスが問いかけて、人だかりは硬くなる。


「私らが求めるのは単純だ。銃でもいい、机の上でもいい、退屈で単調な作業でもいい、あんたらが得意なことを駆使してやつらと戦え。できるかい?」


 そして、言葉だけが下された。

 この世で最も単純な指示だと思う。英雄になれだの、敵をクソほど殺せだの、そんなものじゃない。

 世の中のために適当に戦え、それだけだ。


「……戦う」「戦うぞ」「やってやる」「やれる!」「俺も行くぞ!」


 あたりは一瞬でやる気で満ちてしまった。

 ずかずかやってきた連中はもう不安なんて残ってないようだ、取り返した後のスティングのことで頭がいっぱいらしい。


「どうだい、これで人員確保したよ」

「……完璧だな、ボス。分かった、彼らは全員共に戦う仲間だ。そういうことにしよう」


 さすがのオチキスも困ったように笑ってる。

 するとこんな騒ぎを聞きつけたモンスターどももわらわら駆けつけたみたいで。


「なんだ、やる気じゃねえかおめーら」

「いいねえ、ただの民から戦士に昇格だ。来いよお前ら、一緒に戦おうぜ」

「仲間がいっぱい増えましたね。そろそろ我々は何か名前を得るべきだと思いますよ、一団となった証拠にね」

「そうだな、まとめるための名前が必要だな。フランメリアって単語は必ず入れないか?」

「馬鹿、ここは異世界だぞ。フランメリア人ならちゃんと郷に従え」


 人ならざる姿たちがとてつもなくフレンドリーに迫ってきた。

 さすがに大挙してやって来る化け物の姿に、みんな腰がちょっと引けてて可哀そうだ。


「――その心意気や実に良し!」


 そんな彼らを一番に迎え入れたのはチャールトン少佐だった。

 威圧感のある軍服姿と大剣がずんずん一団の前に迫り。


「諸君らはとても良き戦士だな。ならばその気持ちがどれほどか、今ここで示してもらおうぞ」


 その太い手で、モンスター蔓延る元自動車整備工場の中に招く。

 ……しかし気のせいか、行く先にはバケモンたちが周りを取り囲んでいて、その中央に捕虜がいるような。

 そしてなんでそいつは怯えたまま、片手の剣を無理矢理持たされてるんだろう。


「あー、チャールトン少佐? 何させるつもりなんだ?」

「少佐!? お待ちください! 何考えてるんですか本当に!?」


 なんだか違和感を感じる有様に疑問を浮かべるが、お付きの軍曹の制止の声と重なってしまう。

 オークの少佐は無作為に一団の中から一人、指で招いて。


「そこの男子(おのこ)よ、良き目をしておるな。来い」


 満面の笑みで迎え入れていた。

 大人になったばかりといった感じの人のよさそうな奴は「俺ですか?」と、怖れと嬉しさが混じった様子だ。


「さて、貴公に尋ねるが。あそこに捕虜がいるであろう? 見えるな?」


 そんな顔に対してすることは、緑服の兵士を丸く囲ったモンスターたちの方だ。


「み、見えます」

「うむ。して、かの侵略者どもとどのようにして戦うつもりで来た?」

「どのように、って……」

「そう難しく考えるな。貴公は自信の力をどう生かし、戦に貢献したいのだ?」


 チャールトン少佐は落ち着いた笑みでそう尋ねてはいる。

 ただ、なんか、穏やかじゃないのは確かなんだ。

 一体どうして剣やら斧やら物騒な得物を持ったドワーフたちが近づいてきてるんだろう。


「……ぶっ殺したいです」

「ほう! 殺したいか、何ゆえだ!」

「家も焼かれて、母さんが……ひどい目にあったからです」

「それ以上言わずとも良いぞ、十分である、では貴公は言葉通りに動けるな?」


 口の調子は穏やかなのに決してやさしくはないやりとりに、物騒な得物が割り込んできた。

 ドワーフが作ったであろう剣、斧、槍、人を殺すには十分なものだ。

 その先にはライヒランドの兵士が周りにおどおどしながら、震える手で柄を握って――クソ、そういうことか。


(おいおい、止めた方がいいんじゃねえのか)


 これから何が起こるかとうとう分かってしまうと、流石のツーショットも小声で伝えてきた。


(そうはしてやりたいんだがね。まあ、気を引き締める分にはいいんじゃないのかい?)


 ところがボスの答えはひどいものだった。


(やめろっていってもやめそうにないですしね、この空気じゃ)


 せめて、俺は肩の短剣を手で覆ってやった。

 周りは盛り上がってる。特に人間じゃないやつを主軸にだが。


「では――貴公はその兵の血で自らの手を汚せるな?」


 案の定、それらしい命令が出てしまった。

 せっかくやる気になった一団も萎えかけてしまってる。

 しかしバケモンたちは待ってましたと言わんばかりに大騒ぎだ。「殺せ」だの「やれ」だの「やってみせろ」だのと。


「お……俺が、ですか」

「できずにそう口にしたというなら、考えを改める最後の機会であるぞ」


 ここに殺意のある道具が近づけられて、魔物ごみの中に残された緑服が怯えた。

 そんな姿にオークの笑顔は向いて。


「"らいひらんど"の者よ。今からこの者に勝つことができたのなら、貴公は去っても良いぞ」


 ウェイストランドだとしてもかなり残酷であろう言葉を伝える。

 こんな状況で「じゃあ戦って生き延びる」なんて言えるやつはそういないはずだ。

 でも、たとえ震える手でも剣を握ってることは――こいつらにとって「Yes」なんだろうな。


「俺は、俺は」


 誘われた男は突き出された得物を探ってる。

 やがて数ある武器の中でごつごつとした金属製の棍棒を握ると、チャールトン少佐が「ほう」と珍しそうにして。


「この腐れ外道どもを叩き潰すために来たんだよッ! 馬鹿にしやがって!」


 吹っ切れた。鈍器を片手に捕虜へと駆け出していく。

 囚われのライヒランド兵士だってそれなりにいい作りの剣を持ってたはずだ。だけど、立ちすくんだ。


「いっ、いひぃ……!?」


 すさまじい勢いで突撃してくる男を剣で受け止めようとするが、これは手遅れだ。

 怒りが籠った、としかいえないような一撃で、行く手を遮る刀身をごぃぃんっ!と弾く。

 不思議なものだと思う。あれほど難色を示していた人間の一団や、隣にいるツーショットですらその姿に「おおっ」と感心して。


「お前たちが奪ったものは、俺たちがッ……!」


 それでも剣を手放さない兵士にまた一撃、握った柄ごと手を打ち払った。

 そりゃ痛いだろう、片腕をダメにされた捕虜は簡単に膝を折って転んでしまい。


「このスティングと一緒に楽しく過ごしてきた時間なんだよ! それをッ!」


 両腕を広げて地べたに倒れたそれを、男が踏みつける。

 胸を潰された兵士が「おあぁッ……!」と苦しくもがくが、棍棒は掲げられ。


「――自分たちが気持ちよくなるために滅茶苦茶にしておいて、ただで済むと思ったのか?」


 きっとそいつは、この一瞬で変わったんだろう。

 何をどれだけ奪われたのか俺には分からない、でも本人がそうたりえる何かで、その目つきは変わっていた。

 金属の塊が降り下ろされる。見事な一撃で割れたようだ。


「それが貴公の答えかね」

「……ああ、これが俺なんだ」

「実に良き男子もいたものだ。さて、これほどの心意気はある者は他にいるかね?」


 困ったことに、この刺激の強い余興はまだまだ終わりそうにない。

 だって捕虜はまだたくさんいるからだ。なるほどな、そのためにこんなに連れて来たのか。


「……もう好きにしてください、少佐」

「おおそうか。では遠慮なく続けるぞ、さあ我こそはと腕を上げる者はおらぬか!」

「おっ……俺も、俺もだッ!」「私だって」「俺もやるぞ!」「やらせろッ!」

「いいぞ人間! お前たちは良い戦士だ!」

「早くぶちのめすのですよ、ほら我々に力を見せなさい早く」

「おい、次の奴勝てると思うか? 賭けないか?」


 全てをあきらめる軍曹の一言で、全員が満足するまで続くことが確定した。


「ま、悪いことはしちゃいけないってことだな。さて仕事は終わったし飯でも食おうぜ」

「これで少しは楽ができそうだね、ライヒランドの連中今頃泡吹いてるに違いないさ」


 ツーショットに肩を叩かれてようやく動くことができた。

 フランメリアってのは何もかわいい美少女がいっぱいいる場所じゃないらしい、それだけははっきりしたよ。


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