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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
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88 Meet Monsters

 宿を出て間もなくという場所にそこはあった。

 小さな工場の名残があるとする、そこにどこから持ち出されたか分からない道具や設備を詰め込めばいい作業場になるよな。

 そんな場所であのちっちゃなおっさんどもが鍛冶を始めて、それにバケモンたちがつられてやってきて、各々があれこれ持ち寄って集まれば?

 異種族たちで固められた物騒な広場の完成だ。


「チャールトンの親父が言ってたぞ、ミュータントってのは化け物って意味だとさ」

「えっ? じゃあ俺たち、こっちの人間どもに化け物扱いされてたのか?」

「本当かよ。だったらあいつら誉め言葉だって知らずに使ってるぜ」

「こっちの世界は進んでるんだか進んでないんだか良く分からんなあ」


 そんな場所に足を踏み入れたばかりの俺たちの前を横切ったのは、どっかの少佐と姿が重なるオークたちだった。

 錆びだらけの鉄くずをいっぱいに作業場に抱えていったようだ。

 行く先では熱気あふれる中、ドワーフたちがハンマーをかんかん打ち鳴らしている。


「――そんなものを使うなんてエルフの風上にも置けませんね」

「はぁ? あんたまだエルフの教えなんて律儀に守ってんの?」

「いいですか、弓はエルフの姿そのものなんです。そんな『じゅう』とかいう道具を使っているようでは徳など積めませんよ」

「こんな世界でも律儀に守るなんてご立派ね、おばあちゃんのくせに」

「失礼ですね、まだあなたとさほど変わりませんよ」

「あんた自分の歳忘れたの?」

「二百も六百も変わらないでしょう?」

「いや全然かけ離れてるからね……?」


 コンテナに寄り掛かって仲良く……してるであろうエルフたちもいた。

 ガーデンのフロレンツィア様が世紀末なりの格好をして、お淑やかさをあきらめればそんな姿になれると思う。

 タバコ吸うわなぜかきゅうりかじってるわで自由に生きてらっしゃる。


「暑すぎるだろこの世界は……」

「そりゃ、オメーはクマだからな」

「こんなクソ暑いのに鍛冶始めるとか、あのジジイどもどうなってやがんだ?」

「あいつら熱に強い種族だからなァ。それに材料さえありゃその場で何でも作っちまう変わりモンだ、誰の耳も貸さねえよ」

「おれたちの勤め先って環境的にも恵まれてたんだな。年中暑すぎず寒すぎずで」

「魔女様の襲撃がない分、こっちのが快適だと思うんだがなァ」

「それもそうだな……それにしたって暑すぎるが……」


 カーポートの下では廃車を椅子代わりにする獣人がいる。

 二足歩行が身についた灰色の熊、としか言えないやつが鎧を脱いでこの世界の暑さにぐったりしてるようだ。

 隣ではそんな奴と親しくする、見覚えのある屈強な胸をしたミノタウロスの姿があった。


 ここがどんな世界だろうが自分たちらしく過ごしている、そんな面々を見て。


「……すげえ入りづらい」


 とても次の一歩が中々進まなかった。

 人間が入ろうものなら「なんだこいつ」と奇異の目と興味を向けられるのは間違いない。

 なんだったら、既に「なんかいるぞ」とけっこうな数に注目されてる。


『……やっぱり踏み込めないよね。みんな強そうで怖いよ……』

「あっちの世界ってマジでどうなってんだミコ。俺のイメージとだいぶ違うぞ」

『わたしたちにも見えないところがいっぱいあったんだと思います……』

「その見えないところがここに集結してるぞ。かわいいヒロインはどこいった」


 魔境と化した自動車整備工場の姿に躊躇ってると、


「お呼びっすかイチ様」


 後ろからロアベアがひょこひょこやってきた。


「いや全然」

「そんな~」

『いちクン、ロアベアさんに失礼だよそれ!?』

「うちはもう気さくな挨拶か何かと思ってるんで大丈夫っすよ~、アヒヒ」


 デュラハンメイドも加わったが、やはり行きづらい。

 「なんすかなんすか」とぶつかってくるメイドを無視して、俺は恐る恐るだけど更に踏み込んでみるが。


「――そうだ、刀を作ってほしいんだ!」


 鍛冶場の方から熱のこもった声が聞こえてきた。

 耳に覚えがあるそれは間違いなくアレクのものだ。というか実際そのまんまで。


「刀だァ? そんな大層立派なモンは作れねえぞ? 大体刀っつーのは失われし技術の一つだ、俺が作れんのはモドキだぞ?」

「構わん、あなたに作ってほしいんだ! どうかカタナを己れに作ってくれ!」

「さっきからなんなんだこいつ……ニンジャの物まねしたこっちの世界の人間らしいが」

「さあな、だがよっぽどわしらに作って欲しいみたいじゃな」

「材料が必要ならいくらでも持ってこよう。費用もいくらでも出そう。だからどうか、頼む」


 黒装束のアレクがドワーフたちに必死に頼み込んでいるところだった。

 見た感じ、いきなり頼み込まれて戸惑ってるようだが。


「おもしれーやつだな、だがなんだってお前みてーな人間が俺たちに頼むんだ?」

「本物に作っていただきたいのだ。己れの一生を決めるためにワザモノが欲しい」

「はっ、ワザモノだって? その口でよく言うぜ!」

「上等だ小僧! わしらに一生預けたいんじゃな!? だったらその度胸に免じて一本作ってやらぁ!」

「本当か!?」

「まずはお前の一生の第一歩だクソガキ! 使えそうな廃材持ってこい! 頑丈な奴だぞ!」


 かなりパワーのあるやり取りで忍者としての一生が早まったらしい。

 アレクは俺たちの視線に目もくれず、廃材を取りに姿を消してしまった。


「……アレクが、うるさい」


 代わりにやってきたのが――眠そうな褐色肌のお姉ちゃんだ。

 ずっと付き合わされてさぞ面倒だったような顔のままこっちに近づいてくる。


「サンディ。こんなとこで何してるんだ」

『サンディさん、アレク君どうしたの……?』

「……モンスターがいっぱいいる、って、はしゃいでた? 心配だから、見てたよ」

「はしゃいだ結果これかよ」


 大きな胸元をゆっさゆっさしながら仲間に加わってきた。

 少なくともやり取りを見て分かったのは、意外と話が通じるかもしれないことだ。

 ……ついでだ、聞きそびれたことを今尋ねてみるか。


「いやそもそもな? あいついつの間に忍術使えるようになったんだ?」

『……うん、そうだよね。アレク君、【アーツ】使ってたよね』

「……いつも、にんじゅつ? の練習してたら……使えるようになったって」


 その練習の結果、アレクがニンジャになれましたとさ――マジかあいつ。

 しかしお姉ちゃんからの対応は相変わらずみたいだ。弟のことをいつもどおり面倒くさがってる。


「だとさ、ミコ」

『スキル上げしたんだと思うよ……。こっちの世界の人も、練習さえすれば使えるみたいだね』

「……朝から晩まで、術とか叫んでて、うるさかった……」

「どういうことっすか皆さま」

「ウェイストランドの人間も【アーツアーカイブ】を使えば習得できるって話だ」

「わ~お」

「……アレクが、調子乗ってて、ほんとうるさい」

『……アレク君まだ十五歳だよ? 大目に見てあげよう?』

「やー」


 俺が覚えられなかった【氷鏡の術】が使えるってことは、やはりあれも魔法の一部だったのか?

 その点も後で本人に聞くとしようか。 

 女性率が強くなった面々で更に進むと、


「――おい、あいつの肩見ろ。あれ短剣の精霊だぞ」

「精霊だって? どこだよ」

「あいつの肩だよ! ほらあの肩に着けてる鞘! マナ出てるじゃねーか!」


 黒い皮鎧を着たオーク二人がずんずん歩いて来た。

 ちょうど俺の身に着けてる短剣に目をつけてるようだ。

 確かこいつらは……チャールトン少佐と面識がある人物だったか?

 そうだ、再会を喜びながら人間ぶっ殺しに行った奴らだ。


「あんたらは……チャールトン少佐の知り合いだった?」

「おう、元部下だよ。旦那からお前のこともちょっとは聞いたぜ」

「親父殿をまた戦場に連れ戻してくれたみたいだな。いや俺たちも呼んでくれたみてえだが、おかげで心が満たされてるぜ」

「相変わらず旦那は人間のことをカモ呼ばわりしてたけどな」

「あの頃からほんっと変わってねえよな。いや、俺たちもか」

「しかしなんだってあの性の悪いエルフどもも来てるんだよ」

「あいつらの頭のおかしさも相変わらずだよな。腕は立つんだが、何を代償にああなったんだか……」


 やっぱりあの人と思考が似てるな、こんな世界に連れてこられて感謝されてる。

 しかしこの二人は意外とフレンドリーだ。見た目はいかついが、話し方もとっつきやすそうというか。

 ……まあ、この世界に無理やり連れて来たことには変わらない。いずれそのことについても謝らないといけないわけだが。


「ところでそいつ、精霊だよな?」

「そうだそうだ、見た感じ短剣の精霊か?」


 二人の視線はほかならぬ肩の短剣にある。


『こ、こんにちは……? ミ、ミセリコルデです……』


 ミコは少し戸惑いながらも挨拶をした。

 するとオークたちは「やっぱりか」と少し嬉しそうにして、


「本物の精霊か。珍しいな、こりゃご利益があるぞ」

「そんな怖がらなくていいぞ、短剣の姉ちゃん。俺たちこんな見た目だが昔のオークみたいに乱暴じゃねえぜ」

「そういえば一昔前のイメージはひどかったよな、女をさらって人間食うとかなんとか」

「オークは必ず女騎士をさらうとかも言われてたよな。もうそんな蛮族いないっての」

「今じゃ体の頑丈さと愛郷心の強さだけが取り柄の種族だからなあ、俺たち」


 良く喋りながら肩の短剣を拝み始めてしまった。

 『何してるのこの人たち』みたいにミコが言葉を詰まらせたようだが、お構いなしに勝手に祈ってる。


「そうだな。これからの戦いがうまくいきますように、と」

「――ついでにカジノで溶かした分戻ってきますように」

「馬鹿、お前! 人が真面目にやってんのに雑念を混ぜるなよ!」

「しょうがねえだろ最後の最後で大爆死したんだし……」

「昔から旦那が言ってただろ? 引き際をよく心得よって。賭博だってそうだろ」

『……あの、賭け事はほどほどにしましょうね?』

「ほら見ろ、短剣の姉ちゃんもこういってるんだ、もう賭け事はやめろ。みっともないぞ」

「せめて負けた分は取り返したいんだがなあ……どうか返ってきますように」

「すまねえ姉ちゃん、こんなやつだが許してやってくれ。ほらいくぞ」


 ……オークたちは俺たちに一礼してからどこかに行ってしまった。


『……拝められちゃった』

「……ミコは、神様、だったの?」

「わ~お、女神様だったんすねミコ様」

『ち、違うよー……?』


 ミコは女性二人にいじられてる。まあ少し楽しそうだからいいか。

 そんなやり取りをしてからまた進むと。


「アアアアアアアアアアアアアッ!! アアアアアアアアアッ!?」


 ……廃車の前で奇声を上げるリザードマンがいた。

 どこかの屋敷で見たレプティリアンを男らしい体つきにした感じのやつだ、うっすらと青い鱗と肌をしている。

 気がおかしくなったんだろうか。心配した熊と牛の亜人が気にかけてくれてるようだが。


「こいつほんとに大丈夫か……? この前までキリっとしてたのに」

「相当ダメージがでかかったんだろうな……どうしたってんだ」


 ……覚えしかないミノタウロスのおっさんがいる。

 そうだ、そうだった! あの時触らせてくれた牛の人だ!


「あの時のおっぱいの人だ!」

『いちクン!? どういう覚え方してるの!?』


 俺は爬虫類系の背中を撫でているその姿に猛ダッシュした。

 とても嫌そうに振り向いて、とても嫌そうな顔をされたが気にしない。


「うわっでやがった変な奴……」

「なんだこの変な人間は」

「こいつだよ、俺が言ってたの」

「いきなりおっぱいとか言って走ってくる奴初めて見たわ……」

「覚えててくれたんだな!?」

『あの、ごめんなさい……この人、悪意があるわけじゃないんですけど……』

「いや短剣の嬢ちゃん、オメーは謝らなくていい、っていうかこいつに謝らせんな人間」

「こんな変なのを精霊とセットにするなよ、台無しだ」


 歓迎はされてないけど、覚えてくれてすごく嬉しい。

 まあそれはそうと、二人が挟み込んでいる発狂したリザードマンはどうしたのやら。


『……そのリザードマンの方はどうしたんですか?』


 廃車に向かい合って慟哭する蜥蜴人間については、ミコが代わりに問いかけてくれた。

 ロアベアとサンディが「大丈夫?」とその背中をさする……というか鱗の感触を楽しみ始めているが。


「いや、それがよお……あのトカゲの兄ちゃん、ちょっと複雑でな」

「なんか複雑なことになってんだよな、かつての上司があられもない姿だったとか」

「あいつ確かあれだろ? 北の方で騎士やってた……」

「そうそう、アイスリザードだっけか。こっちの暑さにやられたんじゃねーの」


 こうなってしまう何かがあったらしい。

 中々強そうな見てくれなのにここまで取り乱す何かとはいったいなんだろうか。


「なんかあったのか? このトカゲの人」

「ああ、メイドがどうこういってたぜ」

「どうしたんだろうな本当に。メイドに良い覚えでもないのかね」

「いやほら、リザードマンって気難しい奴らばっかだろ? こっちに来てから神経質になりすぎてんだろ」

「だといいんだがなあ、ああも取り乱してると俺たちも心配になって来るな。今はそっとしといてやろうぜ」


 ……メイド? リザードマン?

 そうだ、そういえばだけど屋敷に就職させたレプティリアンも、ちょうどこんな感じの青色だった気がする。

 そんな考えが過ったが、ミコが『いちクン』と発したので今は忘れることにした。


「…………そ、そうか。あんまり真面目過ぎるのもダメだよな、うん」

「オメーもこんな風になるなよ坊主、長生きできなくなるぞ」

「しかし、どーしてこういうやつはみんな頭が固いのかねえ」

「仕方ねーだろそういう種族なんだし」

「なーんか最近いたっすよね、メイドに就職したリザーむふっ」


 ロアベアが余計なことを口にしようとしたので塞いで食い止めた。

 バレたらぶっ殺される。早急にここから離れよう。

 「それじゃまた」と早足気味に距離を置いて、俺は次にどこに行くかと悩んだ挙句。


「ったく、チャールトンの坊主は相変わらず武器の扱いが荒いわい!」

「お前さんまた武器の手入れを適当にやったな!? せっかくの業物がどうしてこうボロボロに……!」

「いやあ、すまんな爺様。吾輩はどうもこの手のセンスがないようだ」

「持ち手の感覚だとかそういう次元の話じゃない! 適当にやるなといっとんの!」

「あと鍛冶場で茶を沸かすな! お前はどうして昔から所かまわず茶を飲もうとするんだ!」


 鍛冶場から聞こえるチャールトン少佐とドワーフの声に導かれることとなった。

 向かえば、そこであの巨体が鍛冶場に熱されていて。


「――おお、来たか。見ろ皆のもの、アバタールを継ぐ者がここに来たぞ!」


 研がれ整えられる自分の得物から目を離すと、そんな大声を上げて近づいてきた。

 この場で一番影響力のある人物の一声に、周囲の異種族たちが一斉に顔を向けてくる――。


 ……いや、アバタールを継ぐものだって? 何言い出してるんだこいつ……!?


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