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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
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85 *ひとまずの鎮静化、ひとまずの休憩*

『仕事は終わった、これ以上突っ込むな、ひとまず戻れ』


 オークの軍人率いるモンスターどもを見送った後、耳に届いたのはそんな言葉だ。

 スティングシティの中央部は半日もかからずに大人しくなっていたからだ。

 絶えず長引いた銃声もとうとう静まり、時々どこからか聞こえる程度には落ち着いていた。


 多分、それはボスたちが想定していた以上に早かったに違いない。

 目的は果たした、それ以上余計な真似はするな、手に負える範囲に留めろ。

 ってところか。必要以上のことをすれば痛い目を見ることは俺も良く知ってる。


 俺たちは道中逃げ散らばったやつらに銃撃しつつ戻ってきたわけだが、一仕事終えた先に待ち構えていたのは慌ただしい光景だ。

 いろいろな格好をした人間が飛び交い、宿や周辺の建物が強固な守りへと上書きされていく様子と。


「――む、みんな戻ったか。おかえり」


 宿の壁に寄り掛かってそんな様子を眺めるダークエルフのクラウディアだった。

 それだけならまだしも、生のにんじんを馬のごとくぽりぽりしている。

 長らく続いた戦いのせいでだいぶ疲労がたまっているところに、ずいぶんのんきな姿を見せられた気がする。

 おかげで全員気が抜けた、余計に疲れるほどに。


「ただいま。そこに突っ立って人参を食べる仕事でも貰ったのか?」


 とても暇そうに見えるそれを口で突いてみたが、本人は根拠のないドヤ顔で。


「――心配するな、うまいぞ。食うか」


 わきに抱えていたにんじんの束の一本を渡してきた、

 俺が元の世界で見てきたものよりずっと細いし長い、まあくれるなら食べよう。


「そこの屈強な者どももどうだ、うまいにんじんだぞ」

「……おい、この人参女はなんだ」

「人参の配給でもしてんのか? 何考えてやがる」

「タダでくれるならもらってやるさ、ところでメスゴリラってこれ食えるか?」

「人参が拷問器具に代わる前に黙りなカーペンター」


 シエラ部隊の面々にも配り始めるという凶行にでているが、欲張りな伍長以外は受け取らなかったようだ。

 ツーショットが「また今度な」とお断りしてから、宿の中にようやく戻ると。


「おうお帰り、だいぶ暴れたみてーだな」

「こんなに早く片が付くなんておっさんびっくりだぜ。まあ休めよお前ら」


 ヒドラとコルダイトのおっさんがすっかりくつろいでいらっしゃった。

 それならまだしも他の連中も良い感じにだらけてる。まるで俺たちぐらいしか頑張ってなかったんじゃと思うぐらいには。

 掃除する余裕があったのか店の中も綺麗だ、ママとビーンが平常運転で切り盛りしている。


「シエラ部隊とチームバケモンのお帰りだぜ、勲章でもくれてやったらどうだ?」


 そこにツーショットがいつものようにへらへらとボスに会話を交わすせいで、プレッパータウンの懐かしさを感じた。

 肝心のご本人様はというと、小銃を立てかけたテーブルを数名ほどで相変わらず囲んでいて。


「――ちゃんと帰って来たみたいだよ、さてどうしたもんかね」

「情報によるとホームガードの連中が暴れ回りながら帰ってきてるらい、困ったものだな」

「もう十分に役目は果たせたんだろ、ひとまず今日は態勢を立て直したいところなんだが」


 オチキスとオレクスも、そこで頭を悩ませていた。なかなか帰らぬ人となったホームガードの軍曹を除いて、だが。

 ボスが「あんたらは楽にしてろ」と目で訴えてきたのでその通りにしよう。


「言われた通りに暴れてきました」

『……いちクン、人参食べながら言うのやめよう?』


 さっき貰った人参に噛みつきながらテーブルに報告しにいくことにした。

 見た目は頼りないが、俺が知っている日本のにんじんよりずっと甘くてポリポリしてる。

 確かにクラウディアがすすめるだけある――くそ、PERKのせいで舌が敏感だ。


「どこにさんざん暴れ回った挙句にんじん食いながら帰ってくるやつがいるんだい! あんたのせいとはいわんが計画がだいぶ狂ったじゃないかまったく!」

「いてっ」


 褒められると期待してたのに脛に蹴りを食らってしまった、そうだお説教だった。


「ご老人、一応彼は立派に敵をかき回してきたんだ、何もそこまでしなくても」

「いいかい、確かに私はあんたに暴れてこいとは言ったがね、見境なく爆撃しろとまでは言ったかね?」


 オチキス隊長の声にも関わらずボスが「この新兵が」と呆れている。

 爆撃――ああ、うん、あれまずかったんだろうな。

 そう思いながら俺は続きを聞こうと人参をぽりぽりした。


『あ、あの、おばあちゃん……!? もしかして関係ない人を撃っちゃったとかそういうのでしょうか……!?』

「半分正解、半分外れだな」


 さすがのミコも細かく尋ねるが、そこにいたオレクスが地図を見て。


「偵察チームの報告によればだが、誰かさんが奪ったグレネードランチャーをぶちかましてくれたおかげで敵の指揮官の一人が事故死したらしい」

『じ、事故死……!?』

「ああ、誰かさんの暴れようから撤退しようとしたら、突然の爆発にびびって電柱に衝突して死んだとさ」


 そういって手袋の指先で街の中央部、西よりのエリアを指す。

 大雑把に見れば敵地ど真ん中だが、確かに言われてみればそのあたりに打ち込んでた気がする。


「じゃあよかったんじゃねえの? 奇跡の一撃、クリティカルヒットってな。まさか戦場で事故死とは笑えるぜ」

「また敵の武器奪って暴れてたのか、ほんと好き放題やってやがったな」


 まあ戦果になったのは間違いない、イェーガーとカーペンターが絡んできた。

 だけどその他の反応はというといまいちだ、手放しで喜べないようだが。


「問題はそのせいでスティングに潜んでた侵略者がほぼ暴徒化してるんだ。本軍はまだ橋の向こうだが、街に残された奴らは規律もなければ物資もないレイダー同然の何かになったわけだ」

「更に言うとだな、あの豚のミューティが率いる化け物集団のせいで、せっかく助かった街の住民がひどく怯えてる。確かに助かってはいるが余計に混乱が広がってるのさ」

『め、滅茶苦茶になってますね……』


 ……エンフォーサーと自警団のコメントがクソ面倒そうな声でそう告げてきて、なるほどなと思った。

 つまり活躍はしたし取り返しはしたが、お前らやりすぎだ、と。

 地図上にある主要部分はもう俺たちの物かもしれないが、それ相応の何かを背負ってしまったわけだ。


「そりゃあんなおっかない方たちがパレードしてたらびびるっすよね~」


 百鬼夜行の弊害にみんなが頭を悩ませてると、ロアベアもにんじんをかりかりしながら割り込んできた。


「むーん、フランメリアの者たちは「わざと」だとか「あえて」で楽しんで暴れるきらいがあるからな。父上も良くそのことを教えてくれたものだ」


 ノルベルトもだ。さくさくしながら頷いている。


「……そしてなんであんたらはさっきからにんじんを食ってんだこの馬鹿者ども! ぽりぽりかりかりうるさいんだよ!」

「ほんとすみませんボス……」

『いちクン、ちゃんと謝るならにんじんはやめよう!?』

「しかもなんだいあの屋敷の大惨事は!? 確かに屋敷は無事だったが、ド変態が外でおっ始めてて昼から嫌なモン見ちまったじゃないか! あんた一体ここで何したんだい!?」

「おばあちゃん、あんま怒ると血圧やばいっすよ」

「ご老人よ、案ずるな。状況は複雑だが、フランメリアの者たちがいれば負けることはないぞ」

「しかもこんな変な奴ら仲間に加えてどういうつもりだ! バケモンだらけのチーム作りやがって!」

『やっぱりわたしも入ってるんだ……!?』

「クゥン」


 俺たちは人参を食べながら説教された。

 カウンターの方でハーヴェスターとコルダイトのおっさんが笑いを押し殺してるのが見えた、さぞ愉快みたいだ。


「おい婆さん。このヒーロー様は一度再教育してやった方がいいんじゃないか、このままだとこいつもバケモンになるぞ」


 そんな様子にルキウス軍曹も交じってきたが、あの強い声には面白がるような何かも籠ってるようだ。

 ツーショットに「いいじゃないか、プレッパーズにバケモノ枠でも設けようぜ」とか言われつつも、


「……とにかくだ、ストレンジャー。良くも悪くもあんたのおかげ戦況は進んだ、今日のところは休みな。あれからちっとも休んでないだろう?」


 ひとしきり終えて、ボスはカウンターの方に親指を向けた。

 つられてそこに顔を向けると、ママが冷蔵庫を開けてビーンに何か持たせていた。

 目で見て分かるほどに良く冷えたジンジャーエールとドクターソーダだ!


「そういえばそうでしたね」

『……たしかに一睡もしてなかったよね、わたしたち』

「あんたのことだから『まだやれる』とかいいそうだがね、体は大丈夫でも精神的な疲労はまた別だ。状況も変わったことだし今は休むんだ、いいね」


 そこまで言われると、不思議と疲れが増してきた気がした。

 そういえばドクが言ってたな、戦闘時の興奮は疲労を感じづらくさせるが、一度緊張が解けると溜まった疲れが戻って来るとか。


「お、おにいちゃん、おかえり。これ」


 休憩命令が出されたところで、ビーンが飲み物を持ってきてくれた。


「ただいまビーン、ありがとう」

「おお、かたじけない。良く冷えたドクターソーダだ」

「……エナジードリンクはないんすかね」


 良く冷えてる、後もう少しで指の感覚がなくなりそうと思うほどには。

 ジンジャーエールからボトルキャップを引っこ抜いて飲んだ。内臓にしみるくらい冷たくて、甘くて辛い。

 ノルベルトも豪快に飲み干したみたいだ。とても満足した笑みだ。

 ……約一名不満そうに良くわからない炭酸飲料の瓶を飲み干してたが。


「それじゃお言葉に甘えて失礼します」

「よろしい。あとは私らに任せな、あんたら下っ端は明日に備えるんだね。あと次にんじん食いながら来たらぶちのめす」


 俺は【分解】で瓶を消した後、自分の部屋に戻ることにした。

 階段を上る途中、なんとなく見た宿屋の姿には俺が今まで繋がってきたいろいろな人間がいた。


 ここには戦友がいっぱいいる。

 始まりの地からかなり遠く離れているというのに、ここは我が家のように安心できる場所だ。

 もしかしたらチャールトン少佐も同じ気持ちなんだろうか?

 場所は違えど、かつての戦友と会えたであろうあの顔は確かに嬉しそうだった。


 ――俺もあの異世界のオークみたいに、戦場で生きる人間になってるんだろうな。

 

 ついてくるニクの頭を良く撫でてから、部屋に戻った。


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