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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
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78 銀の銃弾は難しき話も穿つ

「いいか、お前のような馬鹿者に分かりやすく説明してやるが、胃は刺突による損傷がひどくスティムでどうにか塞がったぐらいで、肝臓はもうじき一つ駄目になるところだった、おまけに全身打撲と骨折だらけ、片足は5.56㎜弾で骨も欠損、大量出血で棺桶に片足を突っ込んでいたんだぞ、それなのに――」


 カウンターに座らされ、クリューサに服をめくられ抜糸されながら説明された。

 人が飯食ってるときにあんまり聞きたくない話題だが、確かに傷は塞がってる。

 足だって痛みがないどころかもう普通に動けるレベルだし、全身の痛みも倦怠感もない――肉食ったら治った。


「完治しただと? 悪い冗談はやめろ、ふざけるな、魔法でも使ったのか!?」

『あ、あの……怒りながら処置するのは危ないですよ……?』

「怒ってなどいるか! ふざけやがって! お前は人の心配を何だと――」


 もはや『可哀そうな患者さん』から『やべえバケモン』を見るような視線が飛んでくるが、お構いなしだ。

 傷を確認されつつ身体中の縫合糸が手際よく外されていく。痛みはない。

 衆人環視のど真ん中で傷の後片付けが行われていると、


「そのことなんだがな、メドゥーサの兄ちゃん。そいつは魔法が効かない体質だぞ」


 ようやくツーショットがへらへら割り込むが、当の医者は見向きもしない。

 ヒドラたちもやってきて「すげえマジで消えてるぞ」とコメントしにきた。


「クリューサだ! こいつの身体どころか脳みそすら非常識だろうが俺の知ったことじゃないが、何をどうすればこうなるんだ!? 内臓も正常に活動して大量出血に伴う症状も全て消えているんだぞ!? お前は一体なんなんだ!?」

「ごぇんふぁふぁい」

『いちクン、食べながら謝るのは失礼だよ!? ちゃんと謝って!?』

「お前はまず食うのをやめろ頼むから、無礼にも程があるだろう!?」

『ごめんなさいクリューサさん、この人たまに暴走しちゃうんです……!』

「それが礼節を欠く理由になるものか!? そもそもお前に謝らせるな!」

「だからいっただろうクリューサ、肉を食べれば元気になるんだぞ」

「元気になりすぎだ……! お前たちプレッパーズは常日頃からこいつにどんな教育をしてるんだ!?」


 話を振られたツーショットとボスはどう説明しようか悩んだみたいだが。


「まあ、少なくともどんな時も食事を欠かさず体力を保て、ぐらいの心構えは教えたぜ? なあボス?」

「問題は飯食って傷が治るようになれとまでは教えてないんだがね。どうなってんだいお前」

「いや、うん、ほんとお騒がせしました」


 そこから呆れかえった視線を向けられてきて、とりあえず肉をもぐもぐした。


「オーケー、肉食いながら謝るとはいい度胸だね。食うのを直ちにやめな。ぶっ飛ばされたいかい?」


 おかわりを食べてるとついにボスに怒られた、代わりに付け合わせの素焼きトウモロコシをかじった。

 大胆にも丸々一本焼かれたトウモロコシだ。焦げ目もついて甘く香ばしい。


「おい、食いながら喋るなって言ったのが分からないのかい」

「肉じゃないんで……」

「いったん食うのをやめろといってるんだよ私は! おいメドゥーサの、こいつは旅してる間に馬鹿になったのかい!?」

「こいつは旅をする前からこうじゃなかったのか?」

「おい婆さん、そいつは脳へのダメージが蓄積してぶっ倒れたんだぞ。ちょっとは大目に見てやれ」


 さすがボスは寛大だ、ハーヴェスターの一声で「まったく」と見逃してくれた。

 今のうちに残った肉を全部かみしめた。うまかった。


「ごちそうさまでした」

「まあいいんじゃないのか? 俺はこっちのが愛嬌も度胸もあって好きだぜ」

「そいつが人間やめようがまあいいさ。それよりも――」


 使い終えた食器を戻していると、宿にずかずかと巨体が二つ入ってくる。

 ちょうどボスの話に入り込むように現れたそれは『一仕事』終えた後のようだ、返り血がついてた。


「戻ったぞ皆の者! 近隣の家屋にいた賊どもを少しばかり懲らしめて来たぞ!」

「おお、イチ! もう立てるようになったのか?」


 チャールトン少佐とノルベルトだ。今日も戦って来たらしい。

 すぐに俺に気づいて近づいてくるが、ボスはそんな二人を目の当たりにして難しそうな顔をしている。


「肉食ったら治った」

「そうか、やはり良き戦士は傷が癒えるのも早いな。よくぞ戻った」

「よし、後で仕返しに行くぞ。まず俺の足撃った馬鹿からだ」

「うむ、やる気に満ち溢れているな。仕返しならば俺様も手伝おう」

「あの野郎必ず見つけだして吹っ飛ばしてやる」


 オーガに続いて「イチではないか」オークの巨体も迫ってきた。強い顔は敵なしと言わんばかりの余裕の笑顔だ。


「傷が癒えたようだな。貴公も随分とやる気に満ちた目をしておるではないか」

「やられっぱなしは嫌だからな、全員にやり返すつもりだ。助けてくれてありがとう、チャールトン少佐」

「はっはっは! 礼などいらん、その分忌まわしき賊どもに存分に腕を振るうと良い」

「そうだな、俺に手を出したことを一生後悔させてやるよ」

「よろしい、その目その意気だ。まあなんだ、病み上がりにはまだ辛かろう、吾輩が茶でもいれてやろうか。ちょうど茶葉とミルクをうばっ……手に入ったところでな」


 チャールトン少佐はずかずかとキッチンに入ってしまった、ハーヴェスターが窮屈そうだ。

 キッチンで本当に紅茶を作り始めるオークを目にしたボスは俺を見て。


「で、なんだいこのありさまは? 街は敵だらけ、あんたはまた死にかける、ガーデンは豚のミュータントが指揮官やってて、おまけに――」


 そう言い出したところで、メイド服がふらふら間に入ってくる。

 「なにしてんすか?」とニヤニヤした生首を抱えていて、事情を知らない連中が露骨に引いていた。


「あ、どうもっすおばあちゃん。みんな何話してるんすか」

「アイルランドの妖精だって? ふざけんな、ここは街ぐるみでハロウィンパーティーしてんのかい?」

「ハロウィンじゃないっすよ、本物っす。アヒヒヒ……♡」

「次はなんだい? 杖持って髭生やした賢者かホビットでも出てくるってか? くそっ、どうなってんだ本当に」


 ボスも大変そうだ、そりゃそうか、スティングまで来たら異種族いっぱい、敵もいっぱいで変なメイドもいるんだから。


「まあ落ち着くがよい、鋭き老人よ。俺様たちは何も人間を害すような古き類の魔物ではないのだからな、共に賊を屠ろうではないか」

「これほどいいカモ――ああいや、徳を積むのにふさわしい賊どもがいるのだ、ぞんぶんに暴れ回る良き機会だな、はっはっは」


 二人の屈強な戦士に絡まれたボスは俺の交友関係を疑うような目をしてる。


「まあこいつらがお友達だってのは良く分かった。とにかくだ、あんたらが無事で何よりさ。こっぴどくやられたようだがね」


 その視線が俺の胸元までやってきて思い出す。

 タグだ。大事なタグをあのクソジジイに奪われてしまった。

 みんなとの繋がりを感じる唯一の品が、あんな形で取られてしまうなんて。


「すみません、タグも奪われました」

「あんなのただの飾りさ、そこまで深刻な顔しなくてもいい。それよりもだ」


 ひどい喪失感を覚えていると、ボスはタバコをくわえ始めた。

 誰よりも早く火を――と思ったが、ない。ライターもなければジャンプスーツもない。

 代わりにツーショットが灯してくれたが、またいっぱい奪われたわけだ。


 たった一日であまりに多くのものを奪われた。あの時脳天をぶち抜かれた時以上にもっと多く、もっと色濃く。

 腹を刺され、足も撃たれ、リンチで全身をいたぶられ、心すら折られた。

 その挙句にタグを奪われて、何より大事な相棒にここまで傷をつけてくれた。

 これほど腹が立つことはこの先ないだろう。

 だが幸いにも、あいつらは判断をミスった。


「また病み上がりのところ悪いが、この場での丁重なご挨拶もお気持ち表明もなしだ。今からあんたにこの世で最もシンプルな質問をするよ」


 この日喰らった仕打ちを一つずつ思い返していると、ボスが立ち上がる。

 宿に集められたいろいろな奴の前に立つと、あの硬く締まった顔が向く。

 俺も立った。どうせこの人の出す選択肢は一つ、それも最善のだ。


「質問は一つだよイチ。あんたやられっぱなしで気が済むタチかい?」


 その言葉を待ってたよ、ボス。

 俺は「いいえ」と一言添えてから周りを見た。

 いろいろなやつがいた、本当にいろいろだ、今まで見知った顔もあれば、ずっと共にしたやつもいる。

 キッドタウンで見知ったエンフォーサー、ガーデンで共に戦ったチャールトン少佐と軍曹、ブラックガンズの奴らに、自警団の連中。

 プレッパータウンのみんなだっているが、何よりそばには旅の仲間がいた。


「俺の返答も一つだけですよ、ボス」


 ニクとノルベルトを見た。犬の相棒は信頼して見上げているし、オーガの笑顔は相変わらずだ。

 ロアベアもにへらっとしてるが、どこまでもひょこひょこついてくるだろう。

 クリューサとクラウディアは、まあなんやかんやで残るかもしれない。

 ママとビーンは? こんな状況なのに元気になった俺に安心してくれている。

 ミコは――何も言わない、でも分かるんだ、大事な相棒だから。


「この手で全員ぶちのめさないと気が済みません。賊どもも傭兵風情も、ウェイストランドを一つにとか口にするバカ共も等しくぶち殺す」


 答えはこうだ、大軍がなんだ、統一がなんだ、全員ぶっ殺す。

 崇高な理由なんてもはや必要ない、お前らが奪ったものを根こそぎ取り返す。

 ヴァローナ、お前なんか「クソ野郎」だってことしか分からないがそれで十分だ。

 あんな風にアルゴ神父の名前を口にしたことを後悔させてやる。


「――よろしい、それでいい。何時にもなくいい目をしてるじゃないか」


 自分でもどんな表情をしてるのか分からないが、ボスは俺を見て言った。


「今からあんたを作戦に編入する。これから現状と概要を頭に叩き込め」

「了解、ボス。またあなたと戦えて光栄です」

「言っただろう? あんたは一人じゃないってね」


 握った拳をぶつけた。ストレンジャー、戦線復帰だ。

 早速現状を教えてもらおうとすると、


『……おばあちゃん。わたしも、何かできることがあるならやらせてください』


 意外なことにミコの言葉が挟まってきた、が。


「なにいってんだい、当たり前だろう? こいつが行くんだ、その相棒であるあんたも連帯責任で行ってもらうよ。自分なりに頑張りな」

『……はい! 頑張ります!』


 それだけ残してテーブルの方へと俺たちを招いた。


「ということは俺様もだな。奴らにはたっぷりと礼を返さなければな」

「アヒヒー。楽しくなってきたっすねえ」

「ワンッ!」


 人間じゃないのもついてきたが、まあボスは受け入れたみたいだ。

 その途中、屈強なブロンド髪が赤毛の姉ちゃんと一緒に手を振ってきた。

 ヒドラとラシェルだ、その幼馴染の機関銃男と双子もいる。みんなここまでやってきたのか。


「おかえりだな、ストレンジャー。また会えて嬉しいぜ」

「あなたってほんと面白い人ね、おかえりなさい」

「退屈してたけどよ、また面白えことになりそうだな。待ってたぜ」

「ボロボロだったらしいけど良く戻ってきたわね、みんなでまた暴れるわよ」

「ミコにしたことは許さないわ、あいつらに痛い目見せてやりましょう」

「またお前らと戦えるなんて嬉しいよ。やってやろうぜ」


 任務を共にした全員と挨拶を交わすと、褐色肌の二人もやって来る。

 ぼさっとした黒髪に、相変わらず異様に大きい胸をぶら下げた褐色肌のお姉ちゃんと――フードと黒布で褐色の肉体を覆ったイメチェン済みの弟だ。

 前者はともかく、後者は完全にニンジャを取り繕ってる。というかもはや隠すことをあきらめたみたいだ。


「……元気、だった? 傷、大丈夫……?」

「イチ、久しぶりだな」

「アレクにサンディもか。さっきはありがとな、助かった」

「お前の言う通りだった、己れも忍術が使えるようになったぞ」

『……アレク君、やっぱり【アーツ】を使ってたんだね……』

「まあ細かいことは後で話すとしよう、まずはボスの話を聞け」

「……アレクが、調子乗って……うるさい」

「やめてくれよ姉ちゃん!?」


 アレクは相変わらずお姉ちゃんに蹴られてるみたいだ、安心した。

 優しく姉の愛情を止めてから、俺はボスの待つテーブルに近づく。


「さて、銀の銃弾(・・・・)が届いたところで今一度現状を確認しようか。席についてくれ」


 そこで腰を掛けていたホームガードの軍曹が俺を手招いていた。

 エンフォーサーの隊長のオチキス、自警団のオレクス、ツーショットも席を共にしている。

 そんな俺たちが囲んでいるのはウェイストランドやスティング・シティの地図、書き込まれた紙の束で。


「ストレンジャー、まず私から説明させてくれ。今現在この街では統制の回復の為、まずは市内に浸透しているレイダーとミリティアの駆逐を行っている。とても幸運なことにそれだけ時間を費やす余裕がたっぷりあるんだ」


 早速席に着いたストレンジャーに、オチキス隊長が街の見取り図を指で示した。

 戦前のものとしか思えない古い地図だが、なるほど、街の保存状態がいいならそのまま使えるわけか。

 既に街の彼方此方には文字や印で書き足されており、ぱっと見る限りは敵の支配地域や制圧状況がうかがえる。


「……でもライヒランドが攻め込んでくるんだろ? 悠長に市内を制圧する余裕はないんじゃ?」


 だけど疑問に思った、あいつらは間違いなくこの街のどこかにいたし、そもそも侵攻してきていると聞いた。

 それなのに、このスティングに送り込まれた賊やら傭兵やらを処理する時間的余裕はあるのか――と思ったが。


「そうさ、そうだったんだ。でも君のおかげさ」


 そんな疑問を浮かべる俺に、エンフォーサーの隊長はにやっと笑った。

 まるで「よくやった」とばかりの顔だ。良くわからないが何かしちゃったらしい。


「私も信じられないが事態は好転し始めてる。今、この世界は大きく変わろうとしてるんだ。奴らが大軍で押し寄せてこようが我々には勝機が生まれつつある。君がいるから絶望が希望に早変わりしたのさ」


 良く分からぬまま、今度はその場にいる面々から信頼感たっぷりの目線が来る。

 自分はひょっとして都合よく祀り上げてるんじゃないかとか疑ってしまった。

 しかしボスやツーショットも茶化さず疑わずなのだから、今この場にあるのは事実だけなのかもしれない。


『あの、いちクンのおかげって……一体、何をしたんでしょうか?』


 代わりにミコがいち早く聞いてくれた。

 すると「それだはな」と軍曹がウェイストランドの地図を引っ張る。

 東側の地図だ、主にスティングやライヒランドの場所や距離も記載されているが、中でも強調されてるのは――


「良く聞けストレンジャー、君の活躍がグレイブランドに届いたんだ。かつて本物の擲弾兵がいたというあのグレイブランドが、ようやく重い腰を上げたんだ」


 いつもはオークの少佐に振り回されるお堅い軍曹が、今ばかりは嬉しそうに砕けていた。

 そこにはどこぞで耳にした『擲弾兵のルーツ』ともいえるコミュニティ、グレイブランドがこじんまりと丸で囲われている。

 スティングの反対側、ライヒランドの更に東側に、幾度か聞いたそこは存在している。

 それが本当なら、ここを狙う侵略者は東西の二正面に敵を抱える羽目になるわけだが。

 問題は……ここに一体どうして俺が絡むのかという話だが。


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